フェイトはシュトルヒから転がるようにして降り、駆け出した。対する男も、同じだ。不自由なのだろうロードスキッパーから降り、しかし自由に動かせない脚をもどかしく思いつつも駆け寄った。
「お父さん!? お父さんだよね!? 本物だよね!?」
「フェイトか!? 大きく、なった、なぁ……」
離れていた時間を埋める様に二人は抱き合った。ずっと離れていた両親と、娘との再会だ。互いにもう会えないだろうと思っていただけに、溢れる想いもひとしおだった。
「あれが……フェイトの親父さん? なのか? ……なんか、案外若いな。俺の父ちゃん、俺がフェイトと同じくらいの時もだいぶ老けてたぜ」
「人と比べちゃダメよ。でも、どうしてここに?」
「積もる話もあるだろうが、しばし、我々は邪魔だな」
ヴォルフの言葉に二人は頷き、しばらくは離れていることとなった。だが、フェイトもフェイトの父も、その気遣いに気づくことなく、しばしの時を過ごすのだ。
「ゼル・ユピートだ。娘が世話になったみたいで」
「いや、それは我々ではなく、フェイトの兄に言ってほしい。フェイトに最も尽くしてきたのは、あいつだ」
「フェイトに兄が? それは……、ああ、そういうことか」
ゼルは僅かに疑いを見せたが、なぜかすぐに納得したように呟いた。
「ところで、フェイトの話では、わが父、ギュンター・プロイツェンの攻撃を受けて行方不明となったそうだが?」
「……そのことか。フェイトにも、話しておくべきかな」
そう前置きを入れ、ゼルは語り始める。
運命の日。ゼルの住む村に帝国軍の攻撃があった。村の守備隊筆頭でもあったゼルはすぐに出撃、愛機――ブリッツタイガーを駆って村の郊外まで出向いた。
襲撃をかけたギュンター・プロイツェンの目的は、デスザウラーを制御する力を持った古代ゾイド人――その力を持つ――ユーノ・ユピートを渡すこと。並びに、ゼル・ユピートの命だった。
ユーノが狙われた理由は、帝都決戦の際にプロイツェンがフェイトを攫わせたのと同じだ。デスザウラーの制御を確実とするため、プロイツェンはユーノを欲したのだ。
ゼルの命を狙った理由だが、これにはゼルの血筋が関わっていた。その秘密は、ゼルが首から下げているペンダントにあった。蛇と短剣があしらわれた『国章』の刻まれたペンダント。それは、ヴォルフにとっても大きな意味を持つものだった。
「まさか……確かに、その噂はあった。だが、今も生きて、しかもそれが受け継がれているなど……」
「俺の両親は戦争で死んだ。数少ない“落胤”である俺の家族が死んだことで、もはや滅亡したと思われたんだろうな。プロイツェンは、どこからか調べ上げたみたいだが」
その先は視線で交わらせ、ゼルは話を続けた。
ゼルの機体――ブリッツタイガーはとある数奇な運命による巡り合わせで手にしたゾイドだ。同じものは他に存在しない。その上、現行のゾイドをはるかに上回る性能を有していた。
だが、多勢に無勢か、敵機の数に押され、ブリッツタイガーは大きな負担を背負っていった。オーガノイドのパルスを併用してなお、ゼルは追い詰められた。
その戦いには、普段は村に残っているユーノも出向いていた。対地攻撃性能を向上させたレドラーに乗り、ゼルを援護していたのだ。だが、どこかに潜んでいたのだろう。一体のゾイドの精密射撃を受け、レドラーは撃ち落とされた。そして、ゼルもまた向かってきたプロイツェンの部隊を全滅させたのだが、同じく狙撃を受け、機体諸共崖から転落したのだ。
その後、村の襲撃はなかったらしい。プロイツェンは戦力をすべて失い、ゼルにとどめをさした狙撃者はプロイツェンが雇った人物で、それ以上は攻撃してこなかったのだ。
崖から転落したゼルは、慣れない海中の操縦に悪戦苦闘し、そのまま意識を失った。気がついたら、海流に乗って遥か北の大陸、暗黒大陸テュルクに流れ着いていたのだ。
その後はテュルク大陸を根無し草のまま彷徨っていたのだが、ある時封印強化の儀式を終えたマリエスと遭遇。そして、彼女の頼みでケープ遺跡の奥で、あるゾイドの研究に没頭していたのだ。
ゼルは、話を終えると深く肩を落とした。平和に暮らしていた先に訪れた悲劇。その上、家族に会うことも出来ず、ずっと未開の大陸で生き抜いてきた彼の苦しみは、想像を絶するだろう。
「……ねぇ、お母さんは、そのまま会えなかったの?」
フェイトの疑問は尤もだった。ゼルがテュルクにたどり着いたのなら、同じようにフェイトの母――ユーノ・ユピートもこの大陸にたどり着いている可能性が高い。
だが、フェイトの問いにゼルは言いずらそうに口を噤んだ。しかし、隠しきれないと分かっているのだろう。ゆっくりと語り出す。
「確かに、俺と一緒にこの大陸にたどり着いたんだ。だけど、元々ユーノは……その……蘇生させられた身だ。俺と一緒に、この歳まで生きられたことが奇跡なんだ」
先が見える回答だった。そして、それを肯定するように、ゼルは一気に続きを吐き出す。
「数ヶ月前だ。ニクスの方で騒ぎが起こる少し前に、な。マリエスや、この大陸で世話になった人に見守られて……」
それ以上は、ゼルも口にしたくないのだろう。メガネを外し、流れる雫を手で押え、しかし隙間から涙が流れ落ちた。
ヴォルフは、声に出さず納得する。
遺跡の入り口にあった墓石。そこには、ゼネバス帝国で使われていた文字で記されていたのだ。『ユーノ・エラ・ユピート ここに眠る』と。
この辺境の大陸で、なぜゼネバス帝国の言葉が見られたのか、なぜフェイトの母であるユーノの名が記されているのか、ヴォルフは不信に思っていた。それゆえ、あの場で話すこともしなかったのだが、今の話でようやく合点がいった。
「……そっか。お母さん……」
再会が叶うかと思った矢先の事実に、フェイトも目に涙を浮かべた。余り昔のことは覚えていないと本人は口にしていたが、やはりショックなのだ。
だが、今は過去の話で落ち込んでいる場合ではないのだ。ゼルは目元を拭い、バンとフィーネに向き直った。
「バンにフィーネ、だよな」
「な、なんで俺たちの名前を!?」
「それは……まぁちょっと複雑な事情があってな。……世話になったよ」
「??? ま、いいや」
新たに生まれた疑問もあるが、バンはそれを払拭する。ここまで来たのは、マリエスに教えられたからだ。マリエスは「ケープ遺跡に向かい、ある人物に会え」と言っていた。マリエスやニクスの現状、PKの暴走や『惨禍の魔龍』についてゼルに話す。すると、ゼルは目と目の間を抑え、辛そうに表情を歪めた。
「そうか。もうそこまで状況が進んでいたのか。一刻の猶予もないんだな。それに、マリエスは……」
「お父さん?」
不安そうに見上げるフェイトに、ゼルは優しくその頭を撫で、表情を改める。悲しみにくれた姿も、不安と辛さに濡れた顔も、そこにはない。決意したその表情は、まだ若々しい外見と相まって頼もしく見える。
「あなた方の要求は分かった。おれも、マリエスとの約束を果たす時が来たんだな」
そう言うと、ゼルはロードスキッパーを立ち上がらせる。歩き出したスキッパーにパルスが続き、早く来いと四人を促す。ゼルに案内されて向かった先は、先ほどもちらりと見えたゾイドの前だ。
片方、青い機体はゼルの愛機――ブリッツタイガーだ。最初に乗っていた機体はニクス大陸に漂着した際に完全に機能を停止してしまったらしく、今あるのは残骸から採取したデータと僅かに生きていたコアを再生させた二号機だ。しかし、まだ実用段階ではないらしく、また、このブリッツタイガーには
そしてもう一体。
こちらは、元々この遺跡の最奥部に安置されていたゾイドだ。
シールドライガーなどと同じくライオン型だが、その顔つきはシールドライガーよりもブレードライガーに、もっと言えばローレンジがザルカに話していたゾイド――ライガーゼロに近い。だがそのライガーゼロよりも、従来のライオン型ゾイドよりも一回り大きい。ライオン型ゾイドはスマートな身体付きだが、こちらは全体的にどっしりと構えた印象だ。
武装は右前脚に備えられた二連装のキャノン砲、左足に装備されたガトリング砲の二種。そしてライオン型らしく足の爪はレーザークローとして格闘戦に使用される。また、このゾイドをライオン型と呼ぶには首をかしげるものがあった。
それが頭部に突き出した一本の鋭い角――グングニルホーンと、背中から広げられるブレードライガーのブレードにも見える翼である。
装甲色は全体的に赤。それも、機体を焦げ付かせながら炎の中を疾駆するイメージを与える、少しくすんだような赤だった。爪と角も焦げたような黄色。そして、機体全体も若干影を帯びたようだった。
「ゼル殿、この機体は……?」
「こいつは、嘗ての古代ゾイド人たちが、自ら生み出した強大なゾイドたちを打ち倒すべく創り出したゾイド。おれがいろいろ調べたんだが、そのシステムはさっぱりわからない。完全なオーバーテクノロジーのゾイド――」
「――エナジーライガーさ」
長く、鋭い槍のような角を掲げる姿は、全ての獅子型ゾイドの頂点に立つにふさわしい圧倒さを兼ね備えている。
「……古代ゾイド人の傲慢が顕著なゾイド、だよな」
ため息を吐くようにゼルは言った。フィーネがその横顔を見つめるが、ゼルは気づくことなく続けた。
「『破滅の魔獣』や『惨禍の魔龍』を生み出したのは彼ら、それぞれのゾイドを多大な犠牲を払って封印したのも彼らだ。なのに、彼らはそれを越えるゾイドを生み出そうとした。封印なんて負けたようなものだ。この星を真に支配するのは、
「なぁ、ゼルさん……」
バンの言葉に、ゼルはようやくフィーネの硬い表情に気づく。フィーネも古代ゾイド人なのだ。それも、少なくともデスザウラーの封印に関わっただろう当事者だ。
ゼルは「すまない」と誤りつつ、しかしやめようとはしなかった。研究を進める内に溜まった想いを、一気に吐き出してしまいたいらしい。
「魔龍を倒すために生み出したのに、結局エナジーライガーは古代ゾイド人に頭を垂れることはなかった。力を上回る力を、そんなことを続けた結果、ゾイドに頼ってきた事実にも気づけなくて、見放されたんだ。それでも諦めず儀式なんかを残す。正直、呆れるしかないな」
「どういう、ことだ?」
バンの問いかけに、ゼルは続けた。
「封印の儀式は、封印し続けるためのものだ。ならなぜ、古代ゾイド人は復活の儀式なんかを作ったのか。答えは簡単さ。エナジーライガーを従えたその時、彼らは過去の力を越えるつもりだったんだよ。力を誇示するって、くだらないことのために」
ゼルは大きくため息を吐いた。傍らのパルスはそんな主をじっと見つめる。
「マリエスも、それを知った上で二人に頼んだんだ」
疲れを吐き捨てるように、ゼルは言葉を続ける。フィーネとフェイトに顔を向け、二人にとって残酷な事実を突きつける。
「マリエスが君たちに託したのは、『惨禍の魔龍』を倒す術だ。自分の命と引き換えに惨禍の魔龍を復活させ、そこをエナジーライガーで倒すつもりなんだ」
「……えっ…………!?」
「お父さん、それって……!?」
二人の表情を見ていられないのか、ゼルは視線を外した。だが、話さずに入れることではなく、苦しげに口を開く。
「魔龍の復活は、封印の血筋の巫女を取り込んで完成する。巫女は魔龍のコアと一体化し、魔龍は己の意志の代弁者を手にする。それこそが、魔龍の完全復活だ」
ゼルが告げる事実は、つまるところ、一言で表せば、簡単だった。
魔龍は、巫女を取り込む。融合し、一つになる。
『魔龍=マリエス』なのだ。
「それって……」
フィーネが震える声で紡ぎ出し、フェイトがそれを拾う。
「リエンを……諦めろってことなの、お父さん……?」
すがるような瞳。長く離れていた父に、どうにかできないかと嘆願する娘の瞳を、父は、壊すしかできなかった。
「……そうだ」
「そんなのおかしいよ!」
駆け寄り、ロードスキッパーの上に乗り、フェイトは父に詰め寄る。
「リエンは……リエンはわたしたちの友達なんだよ! わたしが必ず助けるって言ったら、マリエスは返してくれたよ。待ってるって。ここに来れば、その手段があるって。なのに、お父さんは! それを! どうして! 諦めるの!?」
「どうしようもない事実はあるんだ。救えない犠牲、救えない命。命は、いつかは尽きるんだ。それは、遅いか早いか――」
「でも、マリエスはわたしと同い年だよ! まだ十歳なんだよ! 早すぎるよ……それに……」
「フェイト、問題はそれだけじゃないんだ」
そう言ってゼルはエナジーライガーを見上げた。遺跡の最奥部に鎮座する獅子の皇は、眼下で起こっていることの全てを視界に収めていない。
「魔龍を倒すにしても、コイツの力が無ければ今はどうしようもない。だが、こいつは誰一人として認めないんだ。整備は完璧、いつでも動かせる。だけど、コイツの意志が、戦いに出ることを拒絶する」
フェイトは、ロードスキッパーから跳び下りるとエナジーライガーに駆け寄った。真摯な瞳で雄々しき姿を見上げる。エナジーライガーの目に、光が、僅かばかり灯された。
――マリエスを助けたい。そのためには、少なくとも魔龍の
フェイトが心から訴え、それにフィーネも同調した。フェイトの隣につき、手を組み合せてエナジーライガーに祈った。二人に、力を貸してくれるように。
「フィーネ? フェイト?」
二人の身体が、少しずつ光に包まれる。バンの声は二人に届かず、その光は少しずつ強まって行く。
古代ゾイド人の力の一端、だろうか。見守るバンとヴォルフ。それにゼルは、それがエナジーライガーに通ずるか否か、ただそれだけを祈り、見守る。
だめ、だな
それを感じたのは、ヴォルフだった。
途端、二人の身体が何かに弾かれたように、吹き飛び、大地に叩きつけられた。
「フィーネ! フェイト! 大丈夫か」
駆け寄るバンの手を、しかし、フェイトは払いのけた。
「どうして……」
小さく、苦言が呟かれる。
「どうして!?」
フェイトはゾイドの声を聞きとれる。シュトルヒやグレートサーベル、ジェノリッターと言った多くのゾイドの声を聞き、心を通わし、交流を重ねていた。一度だけだが、ジェノリッターを乗りこなしたことさえあった。
自負があった。自分なら、どんなゾイドとも友達になれる。例え、相手が『破滅の魔獣』であっても、共に生きていけるという想いがあった。
だが、エナジーライガーは彼女を否定した。一切の言葉を向けず、無言のまま、フェイトを拒絶したのだ。フィーネも、
「どうして……? エナジーライガー。リエンを助けるには、あなたの力が必要なの。お願い、力を貸して……」
再び、痛む体でエナジーライガーに歩み寄るが、エナジーライガーは再び拒絶の意志を示す。弾き飛ばされるフェイトを、見ていられずゼルが割って入った。
「フェイト。悔しい気持ちは分かる。だが、エナジーライガーは想いだけで心を開いてくれるゾイドじゃない。コイツは、何千何万の時をここでじっと過ごしていた。生半可な気持ちじゃ――」
「生半可じゃない!」
フェイトの怒号が、遺跡に響き渡る。
「わたし、リエンが連れて行かれる時に、諦めたの。ロージが言ってた、『次』を待つために。次って言うのは、今、これからなんだよ。次のチャンスを絶対に逃さない。そのためには、どうしても
ゼルの手を振り払い、再三にフェイトはエナジーライガーの前に向かう。すると、エナジーライガーがかすかに動いた。僅かながら希望の光が射し――しかし、それは希望ではない。
【無様に嘆願などするな。キサマがいくら頼もうと、動く気などない!】
声、だ。
エナジーライガーの、はっきりとした拒絶の意志が、フェイトに叩きつけられた。ゾイドが発するとは思えない迫力が、現実の衝撃波となってフェイトを襲う。それでも、フェイトは耐え抜いた。
【ならば……】
業を煮やしたのか、エナジーライガーが動いた。だが、それは、目の前の不埒物を消し去るための行動。黄金のグングニルホーンが、遺跡の照明で瞬く。
「フェイト!」
エナジーライガーが成そうとすることに気づき、真っ先にフィーネが走った。次いでゼルが動かない脚を叱咤してフェイトを守ろうとする。バンも、ジークと共にフェイトの元へ走る。
エナジーライガーの鋭い角がフェイトの胸を穿ち……、
ピタリと、止まった。
エナジーライガーの角は、一人の青年が間に入り、そこでピタリと動きを止めた。青年は、角の先端を握り込み、僅かに切ったのか、握り込んだ掌から赤い滴が垂れる。しかし、視線でエナジーライガーをまっすぐ射抜いた。
「私をここに連れて来たのは、このためだな。フィーネ、フェイト」
握りしめた掌から、血がさらに流れる。だが、それを気にせず、皇の迫力を纏った青年は――ヴォルフは、告げる。
「ゼルさん。あなたは、娘と離れていたから、娘のことをよく知らない。我が父と同じだ。己の使命に感け、我が子の成長を見守らなかった。あなたの知らないところで、あなたの娘は成長していたんだ。強く、剛く。……全て、フェイトの新しい家族のおかげさ」
その言葉に、間に合わなかったゼルは眼鏡の奥で目を見開く。
「フェイト。お前が成したいことは、マリエスを助けることだろう。決して、マリエスと魔龍を滅ぼすことではないはずだ」
フェイトは、呆然としつつも頷く。込み上がった涙を抑えながら。
「フィーネ。私がここに来るよう訴えたのは。こうなることを予感していたのだろう? 君も、大切な友のためにここまで来たのだ。私を、私の使命から引っ張り出したこと、見事だった」
フィーネは、口元を押えながらその光景を見守った。
「バン。デスザウラーを倒した英雄。君の役目はもうない。分かっているだろう。決戦は、私たちが受け持とう。君は、君の成すべきことを成すんだ。君の夢は、これからなのだから」
バンは、呆然とヴォルフの姿に見入っていた。共に戦ってきた、しかし届かない、皇の姿を。
「エナジーライガー」
最後に、ヴォルフは自らが攫む角の主の名を呼んだ。
「誇り高き獅子の皇よ。私の名は、ヴォルフ・
その名がかたられた時、ゼルは提げているゼネバスのペンダントが熱を持ったように感じた。父と同じ名を持つ、真の皇の名に、熱を覚えた。
「今、この地で魔龍を復活させんとしているのは、我が父を崇拝する者どもだ。私は、父の代わりに、彼らの暴走を止めねばならん。彼らに、私の意志を伝えねばならん。嘗て、お前が生み出された理由が『力を誇示するため』ならば、私のために戦え。お前を生み出した古代ゾイド人のためではない。今を生きる我々のために、私が掲げる『
ガァォオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
獅子皇が、吠えた。
***
「うっ……く」
アンナは、一瞬ほど飛んだ意識を齧りついて引き戻した。先ほどアンナとジェノリッターの視界いっぱいに広がった
「アンナ! 無事か!?」
「……くっ、ズィグナーさん?」
駆け寄ってきたのは装甲がひしゃげかけているツインホーンだ。
「なにが、あったの?」
アンナの問いに、ズィグナーは息も絶え絶えながら告げる。
「共和国、だ。惨禍の魔龍、いや……ギルベイダー、か。奴を攻撃する為の砲弾を、あの
その時だ、戦場に爆音が響き渡った。空を駆けるは無数の弾丸、ミサイル、ビーム弾。遠距離に布陣した連合軍重砲隊の連続砲撃だ。ギルベイダーはそれを全て受け止め、しかし健在な様を見せつける。
「あの砲撃……デスザウラーだったら頭部の装甲を飛ばせたんじゃない?」
「ザルカ博士曰く、あのデスザウラーはコアから復活させたもの。オリジナルとは少し違うらしい。今目の前に居るのは、本物のデスザウラーと対峙した『惨禍の魔龍』だ」
魔龍の翼基部の装備された二門の砲塔が射線を捉える。砲塔の先にエネルギーが集中し、爆音とともに打ち放たれた。空を駆ける流星のようなスピードで飛んだそれは、着弾点のゾイドを、地面諸共踏み潰した。圧倒的な圧力が、ゾイドたちを
ギルベイダーに味方するデスキャットもバトルクーガーも、お構いなしだ。
「なにあれ、味方まで!?」
「デスザウラーと同じ、暴走か? だが」
潰されようと、破壊されようと、PK師団は一切臆さなかった。むしろ、自ら囮となる様に立ち回り、ギルベイダーの砲撃に巻き込んでいく。
ギルベイダーの足元で、火の手が上がった。至近距離まで接近した高速戦闘隊が攻撃を始めたのだ。硬い装甲に爪牙を立て、通じないと分かれば離れて装甲の薄い箇所を狙って砲撃を加える。
煩わしい小虫どもとでも感じたのだろう。ギルベイダーは巨大な翼を羽ばたかせ、宙に舞いあがった。
全長二〇〇メートルはあろうかという巨体が空に舞い上がる姿は圧巻だ。足元で攻撃を仕掛けていた高速部隊は、そのあまりにも大きすぎるスケールに呆気にとられる。そんな高速部隊を、ギルベイダーは腰のミサイルポッドで迎撃した。一発一発がアイアンコングの地対地ミサイルに匹敵するのではと錯覚するほど巨大な対地ミサイル。着弾の衝撃と熱で、一気に薙ぎ払われる。
それにとどまらず、ギルベイダーは翼の中ほどに備えられた回転鋸を輝かせる。灼熱のマグマの色合いまで赤熱した回転鋸は、赤いエネルギーの塊を解き放つ。同じ回転鋸の形をしたそれは、一○キロ先で砲撃を行っていたゴジュラスの腹部を突き抜け、貫き、切断する。
『これが、ギルベイダーだ。雑魚どもなど話にならん! これぞ力! あなたが求めた力ですぞ! プロイツェン様――閣下!』
ギルベイダーのコックピットから告げられた声。最初にギルベイダーの名を告げた少女ではない。澄んだ美しい声音ではなく、むしろ、邪悪に支配された禍々しい声だった。
その主は、ドルフ・グラッファーのものだ。プロイツェンが健在の頃、PKと交渉を行っていたズィグナーには、すぐに分かった。
『まずは、あなたを裏切った愚か者どもを始末しましょう。鉄竜、いや蛇どもが! 我らがプロイツェン様に逆らった報い、今こそ受けるがいい!』
ギルベイダーの口内に再びエネルギーが集束する。最初に全てを薙ぎ払った、エネルギー塊の
「まずい、あれが再び来ると……」
「あたしが! 行くよグラム!」
起き上がり、荷電粒子砲の発射体勢に移るジェノリッター。だが、それまでに受けたダメージが大きく、荷電粒子吸入システムも不調を起こしたのか、満足にエネルギーを溜め込めない。
「ダメ、これじゃあれを壊せない――間に合わない!」
アンナの絶望を纏った悲痛な叫び。それを嘲笑うかのように、
刹那、一筋のビームキャノンが
『……なに?』
かすかに驚きを見せたドルフ。だが、それは他の者も同じだった。唐突に現れた力は、魔龍に匹敵するものなのだ。
『全軍に告ぐ』
通信機を通して、声が響いた。ガイロスへリック連合軍に、
その声が響いた瞬間、
『これより指示することはただ一つ。お前たちは、全力を持って『惨禍の魔龍』ギルベイダーの行動を阻害、足止めに徹するのだ』
ガン・ギャラドと死闘を演じるウィンザーがにやりと口端を持ち上げ、オルディオスと市街戦を繰り広げるローレンジが会心の笑みを見せた。海中部隊を率い、ギルベイダーの背後から攻撃のタイミングを計っていたエリウスは左の掌と右の拳を打ち合せる。
アンナは、ため息交じりに呟く。「遅いのよ」と。
ズィグナーは待ち望んだ瞬間に胸の内を熱くし、彼の指示に応えるべく通信マイクを握った。
『奴へのとどめのタイミングは私が指示する。とどめの一押しは、私が担当しよう。だから、それまで――全力を尽くし、生き残れ! この戦いに勝つために!』
『
ガァォオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
刃の獅子と小さな鳥竜を従え、獅子皇は吠えた。
例の機体は、オリジナル設定をつけました。でないと、こんな時期に出せませんよ。
次回より、トローヤの激闘三戦が始まります。