ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第76話:ニクス、決戦へ

 ホエールキングは揺れる。寒空と零下の突風に晒されながら、暗黒大陸の北東方面へ舵を切った。すでに暗黒大陸は寒冷期に差し掛かっており、これからは長い期間真っ白な雪景色が暗黒大陸の大地を覆い尽くすこととなる。

 暗黒大陸の夏は短く、冬は途方もなく長い。大地が白で覆い尽くされる期間も、それに応じて一年の半分以上を占めるのだ。

 

 そんな冬の時期を、なぜ太古の人々は封印の条件の一つに当てはめたのだろうか。

 ホエールキングの中の狭い一室。その小さな窓から白く染まった大地を眺め、マリエス・バレンシアはそんなことを考えていた。

 

 マリエスが身に纏っている服装は、フェイト達と共に旅をしていた頃の簡素なものではない。上は袖にゆとりのある小袖。下は、ゆとりのある緋袴。神に身を捧ぐ、巫女の装束だ。

 

 フェイト達と別れ、ユニアの手により再びPKの手の中に納まった彼女は、それ以来ずっとこの狭い部屋の中に軟禁され続けた。あれから一週間が経とうとしていた。伝承の通りならば、今日が封印を解き放つ日なのだ。

 

 ホエールキングはゆっくりと下降し始めた。封印の祭壇が眠る地、古代都市トローヤに到着したのだ。

 

 ガチャリと扉が開かれる。振り返ったマリエスの瞳に映ったのは、相変わらず無法者の体を成したような格好の男。形式上マリエスの護衛役を担っている、ジーニアス・デルダロスだ。

 

「よぅ、主サマ。着いたぜ」

「……ジーニアス、君はなぜ彼らに手を貸したんだい?」

 

 作法の全てを無視したジーニアスの態度にはもはや言葉もなく、代わりにとマリエスは疑問を投げかけた。ジーニアスは、相変わらずニヤリと嫌な笑みを浮かべて話す。

 

「決まってんだろ。退屈だったからさ。来る日も来る日も何も起きやしないのに、主サマの護衛で、傍にいるのが退屈だったんだ。任務でエウロペに行って、PK(あいつら)が問題起こしてくれれば、少しは面白くなると思ったんでな」

「そのために、たったそれだけのために、たくさんの人を犠牲にしたと? ニクスの民を二つに別つ大問題を引き起こしたのは、全部君の退屈しのぎだって、そういうのかい!?」

「それだけじゃねぇさ。オレは『最強』になりてぇんだ。『最強』にならなきゃならねぇ。そのためには、強者に来てもらわないといけねぇからなぁ」

「……結局、自分勝手な理由なんだね」

 

 呆れ、ため息を溢す。

 マリエスはジーニアスの事が嫌いだった。その態度も、性格も、全てが好ましいとは思えなかった。だが、そんなジーニアスの中でたった一つ評価している点があった。

 それは、驚くほど生真面目なことだ。どんなに嫌だろうと、意志に反しようと、与えられた任務や規則には従った。従った上で、その範疇の中で、彼は自由奔放だった。

 

 だが、今回のことでその前評価も覆すしかなかった。ジーニアスは、己のやりたいことを成すために混乱を呼び込んだのだ。ニクスの守護者たる、その役を放棄して。

 

「主サマ。時間だぜ、さっさと出ろよ」

「分かってるさ。逃げないって、決めたからね」

 

 ジーニアスに促され、マリエスは動きづらい格好のまま部屋を辞した。

 

 

 

***

 

 

 

 ホエールキングの口は、そのままゾイドの発着艦となっている。奥には数体の幻獣型ゾイドが鎮座していた。猛禽類のような顔つきに、獅子のような雄々しい身体付きをしている。

 オルディオスが彼らの手にある時点で、マリエスもそれを予測していた。嘗てオルディオスの護衛を務め、『惨禍の魔龍』に立ち向かったと云われるゾイド、バトルクーガー。太古の時代では『惨禍の魔龍』に敵対したそれが、今では復活を助ける立場にある。皮肉としか言いようのないそれに、嘗てその役を授けた己の先祖たちの意志を測りかねる。

 そしてもう一つ。バトルクーガーの隣には別のゾイドが立ち並んでいた。

 装甲は赤く塗られ、流線型のボディに獰猛な猛獣の顔つきは、ドラゴン、天馬、グリフォンを模した『惨禍の魔龍』と敵対したゾイドとは場違いな印象がある。しかし、これも伝承で語られるゾイドだ。グリフォン――バトルクーガーがオルディオスの護衛機ならば、こちらはガン・ギャラドの護衛機。どの現行ゾイドよりも素早いそのゾイドは、背中に隠された大型砲弾で敵を内部から消滅させる未知の兵器を有したと伝わっている。

 名は、デス・キャット。

 ガン・ギャラドと共にある、ニクスの民の最高戦力のゾイドだ。

 

 ――戦力的にはすでに十分、か。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)がどれほどの力を持っていようと、勝ち目は薄い。けど!

 

 絶望的な状況を見せられようと、マリエスはかけらほども諦めを抱かない。その理由は……、

 

「おい、こっちだ」

 

 ジーニアスが投げやりな態度でホエールキングの口の先を示す。移動用の車が準備してあり、傍らには一人の男が立っていた。マリエスは見たことが無いが、彼が纏っているのは共和国の軍服だ。軍服に着られることなく、そつなく着こなしている。彼は見た目五十代くらい。ただ、僅かに疲れをのぞかせるその表情は、彼が見た目よりも実年齢が若いのだと伝えてくる。

 しなだれた松のように枯れた印象の男は、纏う雰囲気とは逆に親しげな表情を浮かべ右手を指し出す。

 

「ようやく、顔を合わせることが出来たな。私が“K”、オーダイン・クラッツと呼ばれる者だ」

 

 マリエスは、指し出されたその手を掴むことなく半眼でクラッツを睨み上げる。しばし手を指し出したままの体勢で立っていたクラッツだが、やがて諦めたように手を引いた。

 

「嫌われたようだね」

「当たり前だろう。僕らをめちゃくちゃにしておいて、よく愛想のいい会話が出来ると考えられたものだよ。頭がボケているんじゃないかい?」

「手厳しいな」

 

 クラッツの後ろに控えていたもう一人の男が思わず一歩踏み出すが、クラッツは片手をあげてそれを制する。

 

「ドルフ、無理をさせる必要はないさ」

「しかし……」

「彼女が我らに敵意むき出しなのは、彼女自身が言った通り当然のことだ。むしろ、こうして臆せず我々の前に出て来たことを褒めるべきだろう?」

 

 ドルフと呼ばれた男は、しばし表情を硬くしクラッツを睨んだが、やがて諦めたように下がった。

 この一連の動作でも分かった。マリエスも話に訊いていたが、PKの頂点はドルフ・グラッファーとオーダイン・クラッツだ。だが、その実態は、オーダイン・クラッツが上なのだ。

 

「さぁ、行こうじゃないか。魔龍の元へ」

 

 クラッツは、穏やかな声音でその言葉を紡いだ。穏やかでありながら、どこか狂気を孕んだような口調で。

 

 

 

 

 

 

 車はドルフ達を乗せて走った。その背後からはオルディオスとガン・ギャラドが無言のままに追従する。

 マリエスは、吹き抜けの車から周囲の景色に見入った。マリエスがここに来るのは、封印の巫女の役を負って、これが三度目だった。毎年、一年に一度この地に出向き封印の強化を行うのだ。

 その封印強化の作業とは、自らの血を封印の祭壇に流し込むこと。毎年、この時のために少しずつ己の血を瓶に詰め、祭壇に垂らしてきた。そのため、マリエスの腕にはいくつもの傷痕が残されている。毎日毎日、この役目のために少しずつ血を抜き続けたのだから。

 

 古代都市トローヤは、その名の通り古代ゾイド人の繁栄の証である。そして、同時に破滅の記録でもあった。

 立ち並ぶ建造物は今の技術では到底作れないだろう。ゴジュラスの数倍もある巨大なビル群。碁盤のように揃えられた道。用途が分からない巨大な建造物。今も動き続ける謎の装置。

 崩壊した未来都市。と言えば、理解もしやすいだろう。

 

 一年に一度来るこの場所も、すでに見慣れたものとなってしまっている。初めて来たときは、見たこともない建造物に目を輝かせたものだが、二度目からは何の感動も得られなかった。つまらない、酷く退屈な場所だ。崩壊したのに動き続ける装置など、未練がましくて情けないとしか感じない。

 マリエスは、一度来ただけでこの場所が嫌いになった。役目柄、仕方なくこの場所に来たが、結局その意欲を満たしたのは、役目が終わった後に向かうあの遺跡での語らいだけだった。

 

「つまらなそうだね」

 

 そんなマリエスの様子を見てか、クラッツが口を開いた。

 

「元からここは好きじゃないんだ。それに、あなたたちと一緒ってのもそれをプラスしてるんだ」

「ずいぶんと嫌われたものだな」

 

 ため息交じりのその言葉は、常に疲れているような印象を与えるクラッツから吐き出されるからか、余計に場の空気を重苦しくした。

 

「あなたは、魔龍を目覚めさせて何がしたいんだい?」

「知らない訳がないだろう? 我々PKの御旗、ギュンター・プロイツェンの意志を継ぐために必要なのだよ」

 

 感情を切り捨てた声で返すクラッツ。マリエスは、その答えに頭を振った。

 

「僕は()()()()()の望みを聞いたんじゃない。()()()の望みを聞いたんだ」

 

 断言するように、顔を近づけ、瞳を見据え、問いただす。クラッツは感情の読めない瞳のまま見つめ返す。

 

「……亡き友、ギンの望みを叶えるため。奴の望んだ破壊を私の手で果たすためだ」

「そうじゃないだろう?」

 

 感情を押し殺した声で、クラッツは言った。前の席に座るドルフがそれを聞いて目を見開くが、マリエスは構わずさらに問いただす。

 今度は、クラッツも口を噤んだ。無駄口は一切叩かないと決めたかのように、真一文字に噤んだ口はミリ単位も動かない。動かないまま、口内だけを動かしてほんの小さな声で、呻くように吐き出す。

 

「…………彼らへの、()()、だよ」

 

 やがて、黒龍と天馬が脚を止め、封印の祭壇へと向かう最後の門が現れた。

 

 

 

***

 

 

 

 不気味なほど静けさが続くトローヤの街並み。白く塗りつぶされてもなお、嘗ての文明の大きさを見せつけるように白の下に覗くコンクリートは、無機質でつまらない。

 

「……けっ、つまんねーとこだ」

 

 奇しくも、己が主も同じ感情を抱いているとはつゆ知らず、ジーニアスはガン・ギャラドのコックピットで毒づいた。

 ガン・ギャラドはオルディオスと隣り合って古代都市の大地に立ち尽くした。封印を解くためにはガン・ギャラドとオルディオスが所定の位置に居なければならない。そのため、二体は隣り合って封印の祭壇へ続く門の前で鎮座しているのだ。

 

 こうして隣り合うと、二体がいかに対照的であるかがよく分かる。

 ガン・ギャラドは漆黒の装甲に赤い顔、メタリック調な装甲を上乗せしている、いかにも禍々しいゾイドといった印象だ。

 逆に、オルディオスは白を基調とし、そこに青と真紅の角が特徴的だ。青と白に混ざる真紅は決意を感じさせ、凛々しくも神々しい印象を与える。

 

「ユニア。お前はどうよ。オレは奥まで行ったことねーけど、お前は付き人ってことで祭壇まで行ったんだろ」

「ええ、『惨禍の魔龍』のお姿も拝見したわ。圧倒的ってまさにあのことだわ。あなたは、『破滅の魔獣』を見たのでしょう?」

「まぁな。確かにすげぇゾイドだったが、紛い物だ。悍ましい感覚もあったし、ありゃ自分(テメェ)の手で殺りたかったな。血沸き肉躍る、奴との死闘を演じてみたかったもんだぜ」

 

 当時を思い返しながら、ジーニアスは追憶に耽った。破滅の魔獣――デスザウラーが帝都ガイガロスを蹂躙する様を、ジーニアスは遥か上空から見下ろしていた。干渉を禁じられていたために手は出さなかったが、猛る想いを抑え込むのに必死だった。

 

 ――そういや、あれに魅入られたプロイツェンは魔獣と運命を共にしたんだっけな?

 

 ふと、その最後の光景が思い起こされた。魔獣に魅入られ、虜となった男の哀れな最期。魔獣と共に破滅の中へと消えて行った男は、死んだだろう。もしもあれと同じことが起こるのならば、復活を望んでいるドルフ・グラッファーとオーダイン・クラッツは過ぎた力に飲み込まれるのがオチだ。

 分不相応な力など持つものじゃない……。

 

 ――待てよ。もし、二人が飲まれるとして、封印解除に直接かかわる()()()はどうなる?

 

「なぁ、ユニア。封印を解くとして、代償ってなんだ?」

「代償? 何で急に……」

「気になったんだよ。いいから答えろ。封印強化の儀式に関わったお前なら、知ってんだろ?」

 

 単なる疑問。その程度の軽い気持ちでジーニアスは問いかけた。だが、反対にユニアは口を重く閉ざし、苦しげに答えた。

 

「……それは、答えられないわ」

「なんでだ。守護者のオレにも言えないって、いったいなんだよ。つか、儀式の内容すらオレには知らされてねぇんだぞ。オスカーは知ってるらしいが、主サマの傍にいて知らないのってオレだけじゃねぇか。除けモンにすんなよ」

 

 口を吐いて出てくる言葉は一切飾らず、ただ問いかけるジーニアスに対し、ユニアは無言を貫いた。耐え切れず、ジーニアスは語気を強め「答えろ」と一言言及する。それでようやく折れたユニアの口から流れたのは、残酷な事実だった。同時に、それこそ根が真面目なジーニアスに語られなかった理由。

 

 ジーニアスは視線を車に走らせた。すでに祭壇へ向かったのか、そこには誰もいない。

 

「――クソが!」

 

 ガン・ギャラドが一声吠え、祭壇に突っ込んだのは、そのすぐ後の事だった。

 

 

 

***

 

 

 

「始めろ」

 

 ドルフ・グラッファーが命じ、マリエスはゆっくりと脚を動かした。円形の祭壇には、その端に器が置かれている。今までならば、この器にマリエスから抜いた血を一定量注ぎ、封印の祝詞を口にすることで、封印の強化は行われる。

 だが、今回は封印を解き放つゾイドがこの地に集まっていた。ガン・ギャラドとオルディオスだ。今までならオルディオスが眠りに就いていたため封印が解かれることはなかったが、今日は違う。

 

 マリエスは溜めてきた血の入った瓶を傾け、器に血を流すと、さらに自分の手首を切り、真新しい血を一滴注ぐ。

 全てに注ぎ終わると、最後は中心の台座の器に同じように血を注ぐ。それぞれの器に注がれた血は器の底の管を通って地下に送られる。それが、封印解除の第一段階。枷を一時的に外し、封印の巫女たるマリエスが祝詞を唱えることで、封印の装置が音声を認識し起動、紡がれた言霊(ことだま)に従って封印、若しくは開放をつかさどっている。

 

 そして、今日マリエスが紡ぐのは解放の言葉だ。

 両手を合わせ、硬い石の台座の上に立ち、マリエスは目を閉じて言葉を紡ぐ。

 

 

 

「我、マリエス・ゲアハルト・バレンシア。魔龍の封印を司る者なり。古の時より刻まれし封印の鎖、今解かん。我が血族に伝わる血と、汝を封じ込めし獣たちの力を借り、目覚めよ。惨禍の魔龍――」

 

 

 

 後一言、それで封印が解かれる。その時だった。

 

 

 

「クソ主サマがッッッ!!!!」

 

 轟音と共に門が崩れ、その奥から黒龍が飛び込んできた。黒龍は祭壇の間に乱入すると同時にコックピットを開き、パイロットの男を投げ出す。

 投げ出されたジーニアスは普段から羽織っているコートを脱ぎ捨て、己の身体を黒金と化して封印の間に飛び込む。

 

「てめぇ、何勝手に死のうとしてやがんだ!」

「なっ……」

 

 突然の出来事にマリエスは思わず絶句する。封印が解かれること、それすなわちマリエスの死と言う事実は、マリエスも知っていた。万に一つの可能性に賭けてこの場に来たのだ。きっと助けは来ると信じて。来なくとも、最悪の事態を避ける種は撒いて来たのだから。

 だが、第一の助けが、よもや敵対していたジーニアスとは思いもしなかった。

 

「なんのようだ?」

「なんのようだじゃねぇ! 伝統と掟に縛られたニクスのジジイどももそうだが、テメェも知った上で俺をいいように扱ったんだな!」

 

 クラッツは心底疑問だと言わんばかりの表情でジーニアスに問いかけた。隣のドルフはもっと素直で、反射的に引き抜いた拳銃の引き金を引くが、鉄化(メッキ)を施したジーニアスの腕に弾かれる。

 

「君は我々の側だろう? 『惨禍の魔龍』が目覚めることに、なぜ意を唱える?」

「魔龍の復活に異論はねぇ。だがな、主サマが死ぬとなれば反対だ!」

 

 なぜ? その場の誰もが疑問を持つ。全員からの視線を浴びつつ、ジーニアスは吐き捨てるように告げた。

 

主サマ(コイツ)が死んだら、オレが最強である証明にならねーだろうが!」

 

 

 

「は……?」

「主サマよぉ。このニクスに置いて、最強の称号を手にするのは、同時に主サマの護衛役に付くんだろ。だったら、主サマに死なれたら、オレが最強である()()が無くなっちまうだろうが!」

 

 ……唖然とするほかなかった。

 

 マリエスは、ぼんやりとジーニアスの行動を思い返す。

 ジーニアスはニクスにPKを引き入れ、この事態を引き起こした張本人だ。その理由は、刺激がほしかったからと自ら告げている。

 マリエスが逃げた際、ジーニアスは自らその捜索に出向いた。その過程で鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)と激突したが、その間にマリエスは保護された。結果的に、安全圏に避難できたのだ。

 最後に、ジーニアスはマリエスを取り戻しに来た。マリエスが自ら出向いてくると分かってレジスタンスに戦力をぶつけ、自身は自ら取り戻しにやって来た。バンたちと争うことになったが、結果的にマリエスがそのまま下っていれば、余計な傷を負うこともなかっただろう。

 

 ――そっか。

 

 その行動原理は二つに絞られた。自らの戦闘欲求を満たすための刺激の投下。その過程で、自らが最強であるためにマリエスの護衛であり続け、彼女を危険から遠ざけてきた。

 

 ――バカだよ、お前。

 

 心の底から、マリエスは吐き捨てた。自分の欲求を満たしたいがために問題を引き起こし、その中で自分が最強であることを示すために、役目を果たそうとした。ジーニアスは真面目に、愚直に自分の役目を果たしていたのだ。例え、周りからは非難されるやり方だとしても、自分の欲求と真面目に役目を成すことを両立するために。

 

 ――大バカだよ、ホント。

 

 バカらしくて、涙が浮かんできた。

 ジーニアスは怒号を散らしながら喚いている。このやり方は認められない。主サマを死なせることは、護衛役として見過ごせない、と。止めるためにやって来たユニアにも罵詈雑言を浴びせ、腰からは刀を抜き放った。

 ジーニアスが格好から入ると言って作った刀を振り翳したのは、思えば初めての姿だった。型も何もない、無茶苦茶な構え方。自らの腕を黒金に、刀を鋼色に輝かせて、ジーニアスはマリエスを背に立った。

 

 その姿は、マリエスの目には本当に……マリエスを守り抜く、最後の護衛が居るように思えてならない。

 

 ――……遅いんだよ。だから僕は嫌いなんだ、君が……ジーニアスが。

 

 

 

 マリエスは、ジーニアスの背を強く突き飛ばした。

 

 次の瞬間、封印の祭壇は崩れた。びしりと走った亀裂は瞬く間に割れ砕け、マリエスの身体を飲み込んでいく。マリエスはちらりと下を見た。青く脈打つ球体が瞳に映る。

 ゾイドコアだ。並みのゾイドのものよりはるかに大きい、『惨禍の魔龍』のゾイドコア。このまま落ちれば、ゾイドコアはマリエスを飲み込むだろう。

 

 視線を戻す。この世の終わりのような絶望を張り付けた、ジーニアスの顔がそこにはあった。ふと、ジーニアスが初めてマリエスの前に現れた時のことを思い出す。

 

『俺がニクス最強の男、ジーニアス・デルダロスだ。喜べ、最強の俺がてめぇの守護者になってやるんだからな。――主サマ!』

 

 あの時は、単に変な男が来たと思った。でも、思い返してみれば、あの時のジーニアスの顔は輝いていた。夢が叶った子どものように、眩しい笑顔を浮かべていたものだ。

 そうだ、ジーニアスは喜んでいたのだ。最強の座についたことを。その役を果たせることを。

 

「バカだよ。ジーニアス」

 

 最後につぶやいた言葉は届くことなく、マリエスの身体はコアに取り込まれた。

 

 

 

***

 

 

 マリエスは、『惨禍の魔龍』のコアに取り込まれた。その事実は、ジーニアスを最強の座から降ろすものだった。最強を誇示するために失ってはならない者を、ジーニアスは失くしたのだ。

 

「巫女は魔龍に取り込まれた。君が守護者であるなら、魔龍を守る事こそ、その役ではないかな」

 

 畳み掛けるようにクラッツが告げる。相変わらず、感情を失くしたような瞳のままに告げるクラッツに、しかしジーニアスは怒りを覚えなかった。

 ジーニアスは生真面目な男だ。状況が変われど、役は果たす男だ。己がいる枠の中で、最強を目指す男なのだ。

 

「……分かってるさ。主サマが魔龍ってんなら、オレは魔龍を守護する。それが、オレの最強の証って奴よ」

 

 変わらねぇな、オレは。そう、一言吐き捨て、ジーニアスはガン・ギャラドに向かった。役目を果たすため、魔龍を倒そうと向かってくる、幾多の敵を迎え撃つため。

 それが、ジーニアスの役なのだから。

 

 

 

 

 

 

「あなたは、いつもそう。……でも、これからあなたを縛るものはなくなる。あなたは、最強になれる」

 

 悲しげに、ユニアが呟いた。

 

 

 

 そして、トローヤの地に、惨禍が巻き起こる。

 




 ここまで長いだろうなぁ、長かっただろうなぁ。
 失礼。次回より、暗黒大陸編の決戦がスタートです。

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