ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第75話:ケープ遺跡

 ケープ遺跡は暗黒大陸テュルクの南方に位置していた。望むアンダー海の先には、故郷である西方大陸があるのだが、その間は深い暗雲で包まれていた。強電磁海域、トライアングルダラスである。西方大陸に存在するレアヘルツと同じく、中は強力な電波が乱れ飛んでおり、進入したゾイドは機種問わず行動不能、暴走に陥ってしまう。ゾイドを狂わせる、悪魔の海域である。

 

 崖から望む、暗雲立ち込めるトライアングルダラスをフィーネは複雑な面持ちで眺めた。

 嘗て、一度だけ入ったことのある西方大陸のレアヘルツの谷。そこで、フィーネはどこか懐かしい感覚を覚えていた。同時に、薄氷を踏むような恐ろしさも。口にするのも恐ろしく、未だ誰にも話してはいない。目覚めてからいつも一緒だった、バンにすらも。

 

「フィーネ?」

 

 背後から声をかけられ、フィーネは軽く驚きつつも、平静を装い振り返った。同じようにトライアングルダラスを見つめ、バンは不思議そうな表情だ。

 

「ううん、なんでもない」

 

 務めて朗らかな笑顔を見せ、フィーネは振り返った。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)本隊と離れて以来、フィーネはバン、フェイト、ヴォルフの三人と共に全速力でケープ遺跡に向かっていた。

 この戦いを収めるために必要な行動と解っているが、少しでも遅くなればどれだけの犠牲を強いてしまうか分かりたくもない。だが、これが切り札になると分かっているのはフィーネとフェイトだけだ。バンは護衛として同行し、ヴォルフに至っては総指揮官の役目を放棄してまで同行したのだ。フィーネとフェイトが無理やり来てほしいと頼み込んだとはいえ、ヴォルフ本人からすれば場違いと思えるだろう。

 

 そのヴォルフは、愛機アイアンコングmk-2のコックピットでズィグナーと連絡をとっていた。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の進軍は順調。近く、古代遺跡トローヤに到達するだろう。

 

「それまでに、合流したいのだがな」

 

 アイアンコングのモニターに表示された地図では、トローヤは大陸を横断する位置にある。山脈を越え、荒れ果てた大地を踏み越え、どのくらい時間がかかるか分からない。下手を打てば。全てが終わった後ともなろう。

 

「ごめんなさい、ヴォルフさん。でも、どうしてもついて来てほしいの」

「お前たちの感覚は、我々とは大きく異なる。お前たちを信じたのが私の判断なのだから、気に病むな。それよりも、一刻も早くケープ遺跡に到達せねばな」

 

 アイアンコングが始動し、シュトルヒとブレードライガーがそれに続く。フェイト達が目指すケープ遺跡は、もう目の前だった。

 

 

 

***

 

 

 

 ケープ遺跡の入り口は、荒野の中ほどにあった。ぽっかりと口を開いた遺跡の内部は薄暗く、地下の古代遺跡という不気味さを醸し出していた。

 そして、遺跡の入り口には簡素な墓石のようなものが建てられている。

 

「お墓?」

 

 最初にその存在に気づいたのはフェイトだ。寂しげな、廃れた遺跡の哀愁に目を奪われていた三人には、その横にポツリと建てられた墓石を気にすることもなかった。

 よく見ると、墓石はきれいに整えられていた。良く磨かれて陽光を反射し輝いている。そして、花も備えられており、最近誰かが訪れたのは間違いない。

 

「えっと、なんて書いてあんだ?」

「私にも分からないわ。フェイトも」

「……全然読めない。でも、どこかで見た気がするんだよね」

 

 墓石の文字は、見慣れぬものだった。古代遺跡の近くなのだから、古代の文字かとも考えられる。古代人としての記憶を取り戻したフィーネは、多少ながら古代ゾイド人の文字を読み解くこともできる。また、フィーネは古代の石版などから、それに刻まれた記憶を引き出すこともできる。

 しかし、墓石の文字に触れても、フィーネが感じるものはかけらほどもなかった。

 

「うーん……ヴォルフさんは?」

「…………いや、私も分からんな」

 

 ヴォルフは墓石に顔を近づけ、じっと文字を睨んでいた。最初に目を向けた時、僅かばかり目を見開いたが、結局何もわからず仕舞いだ。

 

「とにかくさ。入ってみようぜ。この先にリエンが俺達に託してくれたものがあるんだろ。逆転の一手って奴がさ」

 

 バンの言葉に皆が頷き、それぞれのゾイドに乗り込んで始動させた。ケープ遺跡は入口も大きく、ゾイドがそのまま進入しても問題ない大きさだ。かなり大きな遺跡なのだろうと目される。

 ブレードライガーが先行し、シュトルヒを肩に乗せたアイアンコングがそれに続く。遺跡内部への道を進む中、ヴォルフは愛機の肩に乗るフェイトを思い、心の中で呟く。

 

 

 

 ――あの墓石の文字……「ユーノ」。まさか……な。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ケープ遺跡の内部は、相応に広い。テュルク大陸全土に広がっているのではないかとさえ考えてしまうほどの広大さだ。そして、侵入者に対する防衛まで備えられていた。

 何時の頃からこの遺跡に居たとも知れない、野良ゾイドたちだ。

 フェイト達の進入を感知し、一体、また一体と野良ゾイドが立ち塞がる。

 野良ゾイドとは、戦闘用に作られたゾイドが敗れ、廃棄されたものが再び野生化し活動し始めたものだ。言うなれば、飼いならされ、しかし捨てられたゾイドのなれの果てである。

 野生ゾイドとの大きな違いは、元が戦闘ゾイドだったことだ。整備不良とは言え、戦闘ゾイドとして有していた火器や戦闘用の装備、それらが、野生化した今でも利用されているのだ。

 

「くそっ、厄介だな。敵が多すぎる」

 

 アイアンコングのビームランチャーが唸りを上げ、相対したデッドボーダーを怯ませた隙にブレードライガーが飛び込み撫で斬り。デッドボーダーは、上半身と下半身に別れて倒れ伏した。

 

「なんか、変な感覚だよな。自動操縦(スリーパー)でもないし、でも人が動かしてる訳じゃない」

 

 ブレードライガーが跳び離れたそこに、地面を突き破って新たなゾイドが姿を見せる。銀色のメタリックな装甲色を輝かせるブラックライモスの改装版、メタルライモスだ。

 メタルライモスは、機体性能はブラックライモスとほとんど変わりがない。ただ、使用される装甲の違い故か、ブラックライモスに比べて隠密性は落ち、代わりに頑強になっている。また、遺跡内と言う無機質な空間では銀色の装甲の目立ちが抑えられていた。

 

 だが、バンのブレードライガーとヴォルフのアイアンコングmk-2の敵ではない。超硬度ドリルを翳し真っ向から突撃する様は勇ましいが、アイアンコング相手ではそれもあっさり止められた。頭を掴まれ、逆の腕で叩き潰される。投げ飛ばされなおも抵抗するが、起き上がると同時にブレードライガーに一閃され、真っ二つに斬り捨てられた。

 

 

 

 メタルライモスを倒し、戦闘が止むと同時に遺跡内部は水を打ったように静まり返った。そうなれば、戦闘に向けていた意識が、遺跡の内部構造へと移り変わる。

 遺跡内部は、全体的に青みがかっていた。上層階は朽ち果てた遺跡と言える荒れ放題の内装だったが、奥に進むにつれ、徐々に光源が確保されてもいた。天井からは無機質なライトが照らし、ぼんやりと遺跡内部を浮かび上がらせる。

 照明が生きているということは、放置されてからずっと、人知れず存在し続けていたのか。あるいは、誰かが今なお遺跡の最奥部に居るということかもしれない。そもそも、この遺跡に誘ったマリエスの言葉からして、後者の可能性の方が高いだろう。

 

 マリエスの言う『逆転の一手』とは果たしてなんだろうか。状況から考えて、マリエスは『惨禍の魔龍』の復活を食い止めることは不可能と考えていただろう。その上でフィーネたちに残した『逆転の一手』。それが意味するところは、つまり、『惨禍の魔龍』を()()()()()()()()なにか、だろう。

 そんなものが本当にあるのだろうか。『惨禍の魔龍』を倒すほどの存在が……。

 

 ――何を弱気になっている。

 

 ヴォルフは、己の思考に毒づく。倒すことが出来るそれを求めて、ヴォルフ達はこの遺跡に赴いたのだ。今まさに、『惨禍の魔龍』が目覚めようとしている緊急事態にあってだ。

 逸材があるか否かではない、あると信じるのだ。なければ、ヴォルフ達の未来は限りなく暗い、闇夜なのだから。

 

 

 

「ねぇ、フィーネが眠っていた遺跡って言うのも、こんな感じだったの?」

 

 ケープ遺跡に進入して一時間。青く、不思議な幻想空間のように感じられる古代遺跡を探索する中、フェイトが問いかけた。

 

「うーん、フィーネとジークが眠ってた遺跡は、俺の村の近くにあったんだ。そんなに大きな遺跡じゃなかったぜ。でも、どうしたんだ?」

「うん、前に話したよね。わたしのお母さんも古代ゾイド人だったって話」

 

 フェイトの母――ユーノ・ユピートは古代ゾイド人の身体特性をコピーして作られた、人造人間であった。これについては、当時、その研究に関わっていたある人物から証言されていた。

 

「お母さんは――ううん、お母さんも古代ゾイド人なんだ。眠りに就く装置、……えっと、『こーるどすりーぷ?』の装置が誤作動を起こして、ほとんど仮死状態だったんだって。でも、その人が別の遺跡で見つけた古代ゾイド人の身体特性をコピーして、その上で蘇生させたんだ。デスザウラーを操れるように」

「……その人ってのは?」

「ザルカさん」

「あのジジイ!?」

 

 唐突に明かされた事実に、バンが驚愕する。だが、それは事実であった。

 帝都決戦の後、フェイトは嘗てのゼネバス帝国を知るというザルカに己の母について尋ねたことがあった。すると、ザルカは己こそがユーノを蘇生させ、デスザウラーを操る力を与えた張本人だと言ったのだ。

 

「わたしも驚いたよ。でも、ロージはザルカさんと敵同士だった時のことを考えればそうなるか、って言ってた」

「何でもありだな、あのじいさん。ドクター・ディといい勝負だぜ」

「でもフェイト、なんで急にそんな話を?」

 

 フィーネの問いに、フェイトは少し逡巡する。

 

「……うん。なんでだろう。この遺跡を進んでると、なんでか思い出すんだ。お父さんとお母さん、それにわたし。三人で過ごしてた時のこと。もう、ずっと前に無くなったのにね」

 

 寂しげに紡がれたその言葉に、バンとフィーネは続きを聞けなかった。

 バンも幼いころに両親と死別しているものの、バンには姉がいた。口うるさく、世話焼きの姉だが、おかげで両親のいない寂しさに暮れることもなかった。元バンの父の部下である教会の神父や村長の存在もあり、バンが孤独にさいなまれたことはほとんどない。

 フィーネは、今の時代に目覚めてまだ一年と少しだ。古代の時代の記憶はほとんどなく、その頃の交友関係はほぼ断絶している。しかし、その頃の記憶もほとんどないため、今の交友関係が、フィーネの全てでもあった。

 

「ずっと昔のことだよ。もう、覚えてもない。でもどうしてここに来ると思い出すんだろうね」

 

 フェイトはシュトルヒの狭いコックピットの中で一冊のノートを取り出した。それは、フェイトが肌身離さず所持し続けていたノートだ。フェイトの両親が調べ、記してきた古代遺跡の調査記録。

 フェイトは思い出したようにノートをめくる。改めて見直すと、両親がどこまで熱心に調査していたか、その成果がうかがえる。『破滅の魔獣』についても記され、驚くことに、かけらほどだが『惨禍の魔龍』についても記されていた。そして、もう一体の古代のゾイドについても。

 

 『破滅の魔獣』、『惨禍の魔龍』、『轟雷の魔神』。

 

 嘗て惑星Ziの文明を破壊し尽くした、三体の強大なゾイド。だが、『破滅の魔獣』はエウロペの大地で地の底に沈み、『惨禍の魔龍』は今まさに目覚めようとしている。そして、『轟雷の魔神』は、未だ眠ったままだ。

 魔龍についての記録があり、フェイトはやっと分かった。何度か、両親が長い間帰らない時があったが、それは、このニクス大陸を訪れていたからだろう。何かを調べるために、そして……。

 

「お母さんたち、ここに来てたんだ」

 

 万感の思いを込めて、フェイトはその言葉を吐き出す。どこか、運命のようなものを感じたケープ遺跡。その探索は、友達を助けるためであり、フェイト自身も運命に導かれたようだ。

 

「フェイト。実は……」

 

 ヴォルフが、ゆっくりと口を開いた。

 

「遺跡の入り口にあった墓石だが、あれは――」

「――ヴォルフさん! また来たぞ!」

 

 だが、ヴォルフの言葉は遮られた。視線をモニターに向けると、そこには一体のゾイドが立っていた。長大な尻尾に直立した怪獣体型。鋭い爪と牙を持つ、エウロペでは今も昔も変わらぬへリック共和国の切り札。

 

「ゴジュラスか!」

 

 目の前に現れたのは、ゴジュラスだ。それも、装甲が黄土色に着色され、背中には大型の砲塔――バスターキャノンを有し、バックパックから伸びたチューブは腰のミサイルポッドに繋がれている。

 ただのゴジュラスではない。旧大戦で名を馳せたゴジュラスの強化タイプ。接近戦がメインだったゴジュラスに圧倒的な遠距離射撃能力を施したmk-2タイプ、その限定型だ。

 

 ゴジュラスmk-2の背後には通路が見えた。アイアンコングのレーダーでスキャンした遺跡の内部構造が正しければ、ゴジュラスを突破した先が遺跡の最奥部だ。

 

「最後の門番、というわけか。フェイト、下がっていろ。遺跡内部でシュトルヒは相性が最悪だ」

 

 肩に止まっていたシュトルヒを下がらせ、アイアンコングは高らかにドラミングをした。腕を振り上げ、己の腹を叩き、戦いへ向けて己と主を鼓舞する。響き渡る鉄と鉄がぶつかり合う音は、戦いが始まりを告げる合図(ゴング)

 バンのブレードライガーが、それに呼応し雄たけびをあげ、走り出す。

 

 ゴジュラスとの死闘が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 バスターキャノンが咆哮をあげ、鉄の弾丸を放つ。その前動作から予測したヴォルフは、射線上にビームランチャーを向け、瞬く間に迎撃した。バスターキャノンの弾丸が爆発し、遺跡が倒壊するのではないかと思うほどの衝撃を撒き散らす。青く美しい遺跡の外壁が音を立てて崩れ、土煙が舞った。

 立ち込める煙が両者の視界を奪う。そんな中、真っ先に動いたのはバンだった。土煙を突っ切り、奪われた視界を利用してゴジュラスの懐に飛び込む。背部のレーザーブレードを展開し、一気に斬り込んだ。

 

 だが、ゴジュラスも甘くはない。尻尾を振い、ブレードライガーの脚を掬うように払うと、そのまま尾先のビーム砲で迎撃に移った。狭い遺跡の通路だ。ブレードライガーは恵まれた機動力を活かせず、ブースターを前方に向けて勢いを殺し、跳び離れることで尻尾の一撃を逃れた。続くビーム砲も、Eシールドを張ることで事なきを得る。

 

 次はこちらの番だとゴジュラスは胸を張り、腰のミサイルを一斉に放つ。小型のミサイルポッドだが、ゴジュラスに搭載されたそれは、中型ゾイドを吹き飛ばすくらいの火力は備えている。避ければ遺跡が倒壊、当たればダメージは避けられない。

 ヴォルフはアイアンコングの左腕を持ち上げ、手の甲に備えられたパルスレーザーガンの照準を合わせる。

 

「……いけっ」

 

 僅かな集中の後、ヴォルフの指がトリガーを引いた。撃ちだされたレーザーはミサイルを一発一発、確実に処理していく。腕を稼働させ、別の方向から攻め行ったミサイルもすべて処理する。

 そして、再びブレードライガーが前に出た。Eシールドを前面に展開し、レーザーブレードを機体の横に水平に構えた。自身を一本の矢と化し、ブレードライガーは敵を貫く。嘗てデスザウラーにとどめを刺した時の特攻形態。

 

「ジーク! ブレードアタック行くぞ!」

「グゥオオ!」

 

 ブレードライガーに合体するジークが応え、ブレードが黄色い輝きを纏う。

 駆け出したブレードライガーに対し、ゴジュラスは素早く迎撃態勢を取った。バスターキャノンの照準を自身よりも小さな獅子に合わせ、遺跡が崩れんばかりの咆哮を上げてバスターキャノンを打ち放った。

 

 だが、全ての砲弾が撃ち抜かれる。ゴジュラスが相手にしているのはブレードライガーだけでない。ヴォルフのアイアンコングがいるのだ。そして、アイアンコングに一瞬でも気を盗られたのは、ゴジュラスの敗因だ。

 すでに、ブレードライガーが眼前まで迫っていたのだ。

 

 

 

 ガァァァァ………………。

 

 脇腹を抉られたゴジュラスは、長く尾を引く悲鳴と共に、崩れ落ちた。

 

「よっしゃ! 仕留めたぜ!」

「バン、お疲れ様」

 

 コックピットの中でガッツポーズをするバンにフィーネが労いの言葉をかけた。

 

「なんとかなったか。まさかこんなところにゴジュラスが居るとは思わなかったが」

 

 ヴォルフも安堵の息を吐き出す。エウロペで起こった旧大戦、今は亡きゼネバス帝国とへリック共和国の戦争の初期、ゴジュラスは戦場に現れた。そして、ガイロス帝国を交えた三つ巴の戦争、さらにゼネバス帝国が滅び、ガイロス帝国とへリック共和国の決戦に発展してなお、ゴジュラスは戦場を離れなかった。

 共和国の象徴的ゾイド、ゴジュラスとは、それと相対することは、多くのゾイドが生まれてなお、背筋を凍らせるほどのことなのだ。

 

「ともかく、これで奥に進めるな」

 

 崩れ落ちたゴジュラスの背後、その先に続く道を示し、ヴォルフとバンは互いの愛機を進ませる――だが、

 

「待って! まだ!」

 

 フェイトの悲鳴のような叫びとゴジュラスが起き上がったのは、ほぼ同時だった。ブレードライガーによって切り裂かれた右腕が歪な形で再生し、キャノピーに覆われた瞳は憤怒の烈火を宿していた。

 

「まさか――!?」

 

 先に標的なったのは、バンのブレードライガーだ。素早く繰り出された爪に掴まれ、そのまま放り投げられる。ヴォルフはその様を視界の端に収めつつ、冷静にその腹部にパルスレーザーガンを撃ち込んだ。だが、ゴジュラスには効かなかった。貫かれたはずの腹部は、ゴジュラスの驚異的な自己修復能力によって瞬く間に再生を遂げる。

 圧倒され、僅かに晒された隙。ゴジュラスは、そこに素早く踏み込んだ。機動力では上の筈のコングに掴みかかり、その胸倉をつかみ上げる。アイアンコングの胸部装甲が、溶けたガラス細工のようにねじ切られ、先ほどとは逆に、アイアンコングがその巨体を崩れ落とすこととなった。

 

 ガァァアアアアアッッッ!!!!

 

 勝利の雄たけびをあげ、ゴジュラスはその脚をアイアンコングに落とした。太い足がひしゃげ、強靭な腕が踏みにじられる。

 

「ダメェ!!!!」

 

 あまりの事態に、フェイトもその場に飛び込んだ。小型のシュトルヒではゴジュラスに致命傷を与えることなど不可能。だが、イラつかせ、注意を引き付けることは出来た。

 ゴジュラスは左腕を持ち上げ。四連衝撃砲の銃口をシュトルヒに向ける。放たれた空気弾がシュトルヒの周囲の空気を歪め、微妙にバランスを崩した。だが、シュトルヒは落ちない。そのままゴジュラスの顔に飛び込む。ずらりと並んだ牙が、シュトルヒの華奢な機体を噛み砕かんと開かれ――それこそが、フェイトの狙いだ。

 

「いっけぇええええっ!!」

 

 フェイトの指がトリガーを引いた。口内に向けて放たれたビーム砲は、シュトルヒの首元に装備されたもので、大型ゾイドを破壊するほどの火力はない。だが、装甲の薄い、弱点ともいえる箇所への攻撃なら、一泡噴かせるくらいは可能だった。

 口腔内への一撃。ここまでにアイアンコングとブレードライガーの攻撃を受け、その度に自己修復を重ねてきた機体には、痛すぎる一撃だった。

 

 ゴジュラスは、一旦のけ反ったのち、壁に背を預けるようにして崩れ落ちたのだ。

 

 

 

「本当に、門番だったんだ。この子」

 

 激戦の後、しかしどうにか機体を動かせたバンはフェイトの傍に機体を寄せ、その言葉に疑問を持った。

 

「どういうことだ?」

「このゴジュラスが言ってたの。『ここは守り通す』って。誰かの指示だったのかとかは分からないけど、役目を果たしたんだよ」

「うん、なんだか満足してるみたいね」

 

 壁を背に沈黙したゴジュラスの姿は、まさに燃え尽きた武者といったようなものだった。狭い遺跡内部の通路という戦場で、一切の侵入者を許さず戦った猛者。

 通路の隅には、ゴジュラスに敗れたのだろう野良ゾイドの残骸がいくつも転がっていた。これだけでも、ゴジュラスがこの先を守り通していた強い想いが伝わってくるようだ。

 

「さて、この先に何があるのか、それが問題だがな」

 

 ひしゃげた脚を無理やり動かし、アイアンコングがふらつきながら歩み寄ってくる。

 

「ヴォルフさん、アイアンコングは大丈夫?」

「ダメージが大きすぎるな。これ以上の戦闘は難しい。これでは、トローヤへは向かえんか、くっ……」

 

 ヴォルフは、語気を震わせながら呟いた。この先にある何かを求めて来たのは、託してきた部下たちに希望をもたらすためだ。だが、その移動手段どころか自身が戦うための力――相棒の力を失った。ヴォルフの喪失感はかなりのものだ。

 

 しかし、だからと言って歩みを止めるヴォルフでもない。その意思はアイアンコングにも伝わっていた。戦闘は出来なくとも、せめてこの先にある『なにか』はヴォルフと共に見届けたい。そんな硬い意志で、アイアンコングは歩みを進めた。

 

 

 

 そして、閉ざされていた最後の門が、開かれる。

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 最初に言葉を発したのは、バンだった。

 ゴジュラスが守り通した道の先にあったのは、見たこともない機械がいくつも立ち並ぶ不思議な場所だ。広さもかなりのもので、また立ち並ぶ機械はゾイドの整備工場のようだ。遺跡の各所にはエネルギーを吸い出すポンプが繋がれ、それはさらに奥にあるゾイドに繋がれていた。

 

「……む、誰だ!」

 

 その傍ら、一人の男の影が見え、ヴォルフは語気を強めた。十分に警戒しながらアイアンコングを進ませる。

 男は、脚が不自由なのか、それとも作業中なのか、小型のゾイドに乗っていた。駝鳥型のゾイド――ロードスキッパーである。ヴォルフに似た爆発したような金髪。眼鏡の奥に覗く瞳は、このような遺跡の奥に暮らしているとは思えないほど穏やかだ。たった一人で暮らしている男とは思えない、優しい雰囲気を纏った壮年の男性。

 遺跡の奥に二体のゾイドの姿があった。どちらも見たことの無いような姿で、片方は赤く、もう片方は青に黄色のラインが走っている。

 赤い機体は、見た目からして四足歩行の獅子型ゾイド。だが、獅子型と言っていいのか分からない。そそり立つ一角と、オレンジに輝く翼を備えている。

 もう一体はさらに謎だ。口元から覗く牙と、四足の哺乳類タイプの見た目、頭部の形状から虎型ゾイドを元にしているのは分かった。だが、それでも言われなければ虎型と断定はできない。時代錯誤な、未来的な造形と言う言葉がしっくりくるゾイドだった。

 

「ヴォウゥゥゥ……」

 

 アイアンコングの前に黄色がかった機体色の小柄な影が現れた。明確な威嚇の意志を示すそれは、機械的な姿からゾイドであることは間違いない。しかし、その大きさは人とさして変わらぬ程度のものだ。先のゾイドと同じ四足歩行、だが大きさから言えばそれはオーガノイドだ。豹型のオーガノイド。

 

「パルス、落ち着け。彼らは敵じゃない」

 

 男は、オーガノイドを一声で落ち着かせた。ロードスキッパーがガシャガシャと音を立てながら遺跡の地面を踏み抜き、パルスと呼ばれたオーガノイドの傍まで進む。

 

 その時だ、シュトルヒが地面に下りた。さきほどまでアイアンコングの肩で、同じように警戒していたのだが、男の顔がはっきりと分かると、弾かれたように降りたのだ。

 

「……………………嘘……」

 

 呆然と、フェイトは呟いた。シュトルヒのコックピットが開かれ、その姿が男からも分かると、今度は男の方が驚愕を宿した。この世で起こるありとあらゆる奇跡、その全てを上回る奇跡に遭遇した時、人はこんな表情になるのだろうか。

 男は無表情だ。無表情なのに、男の驚愕はその場の全員に伝わった。

 

 

 

「ま…………まさか………………!?」

 

 男の呟きを引き継ぎ、フェイトがその一言を告げた。

 

 

 

 

 

 

「おとう……さん…………?」

 


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