ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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タイトルから想像できますよね、鮮血注意、残酷描写過多です。ご注意を。


第73話:鮮血の暴風

「あなた方が、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)なのですか?」

「正確には、その破壊工作員デスヨ。帝都動乱の前からずっと、PK師団に潜り込んでいました。もちろん、アナタとも面識がありますヨ? タリス・オファーランド少尉」

 

 牢獄から出たタリスは、歩きながら工作員を名乗る二人から説明を受けていた。ただ、そのほとんどはコンチョからで、ズィーガーはふらふらと廊下を歩きながらあちこちに小さな何かをセットしているだけだ。

 

「バックハツ♪ バックハツ♪ き・れ・い・な・ハ・ナ・ビ! イェイ♪」

 

 妙なテンポの鼻歌と共に設置されているのは、“C4”と呼ばれる小型のプラスチック爆弾である。それを慣れた手つきで、一見違和感が感じられないようにあちこちの影に隠すようにセットしていく。

 

「ズィーガー君は、昔は真面目な工作員だったんだけどネェ。任務中に敵にばれてしまって、さらに上層部の指示で見捨てられて、潜入した基地の始末に巻き込まれたんダヨ。その時に頭が壊れちゃってサァ、爆弾狂に変貌したんデスヨねェ」

「は、はぁ……随分と重苦しい過去をお持ちで」

 

 陽気な調子でC4爆弾をセットしていくズィーガーの調子からは、そんな過去は微塵も感じない。頭のネジがねじ切れた。もしくは、どこかに飛んでしまった人間を表現するなら、彼のような人物なのだろう。

 

「まぁ、アイツと比べても遜色ないデスが、どちらが辛いのかネェ」

「あいつ?」

「アナタも良くご存じでショウ? 悲劇に変わりはナい。なら、覚えているか、忘れてしまうか、果たしてどちらが苦しいのでショウ。さて――」

 

 無人の廊下を歩くコンチョが脚を止める。大きな扉の前だ。その扉の先にあるのは、様相ゾイドホエールキングのある意味心臓部である司令塔、艦橋(ブリッジ)だ。

 コンチョとズィーガーのコンビは、プロイツェンが顕在している頃から密偵として、PKに潜り込んでいた。嘗てローレンジがプロイツェンの秘密研究所に忍び込んだ際も、彼を助けるためロカイの潜入を手助けしている。

 そんな二人の任務は、内部の情報を鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)本隊――正確には司令官ヴォルフに伝えること。二人が潜入を続けているという事実は、ヴォルフ以下数名しか知らない特記事項なのだ。

 そして、今日その任務は終えようとしている。最後の一仕事を持って。

 

「さぁて、輸送艦ホエールキング。オイラたちに譲っていただきまショウか」

 

 コンチョは、まるで散歩にでも行くような気軽さでブリッジの扉を開く。

 

 

 

「はいはーい! PKの老若男女の皆様方、今からこの艦はオイラたちの物でース! さっさと武装解除してクダサイ」

 

 陽気な、良く通る声でコンチョが宣言する。ブリッジへの闖入者、そしてそれが発した言葉があまりにも唐突なため、ブリッジクルーは一瞬ポカンとした表情を浮かべた。が、すぐに乱入者であると察し、護身用の拳銃を手に持ち構える。

 

「デスヨネー、さって――ズィーガー」

「あいさっさー!」

 

 コンチョの声に応え、ズィーガーが近くの若い士官に飛び掛かった。咄嗟の判断で若い士官は発砲するが、ズィーガーは驚異的な反射神経で弾丸を肌に掠らせる。最小限の動きで近づき、懐から何かを取り出すと驚愕に開いた士官の口にそれを投げ込む。そして……。

 

 

 

 ボンッ!

 

 小さな破裂音と共に、士官の喉が破裂した。

 

 

 

「ズィーガー」

「おっけー」

 

 次いで、ズィーガーは胸ポケットから別の起爆スイッチを取りだし、すぐさま押し込む。

 ホエールキングが大きく揺れた。艦内のどこかにセットされた爆弾が起爆し、ホエールキングを揺るがしたのだ。

 

 喉が破裂した士官の呆けた目を一瞥し、コンチョは全く変わらない陽気な声音で続けた。

 

「すでにホエールキングは一個の爆弾デスヨ。あなたがたが崇拝する方のお役に立てず、ここで果てるのがお望みなら、どうぞ。オイラたちと一緒に地獄への片道切符をお受け取りくだサイ♪」

 

 サングラスの下、変わらぬ陽気な調子の目で、コンチョはにっこりと笑った。

 

 

 

 コンチョの要望は、難なく通った。コンチョ曰く、PKの彼らは死を賭してでも目的を達成する集団だが、目的すら達成出来ぬまま朽ちるのは望まないらしい。今はコンチョの指示を受け、背後から迫るネオタートルシップと通信し、合流を謀っている。

 タリスは口元を押え、悪いと分かっていながら倒れ伏した士官から距離を取る。そして、責めるような口調でコンチョに問いただす。

 

「あそこまでする必要があったのですか!?」

「見せしめ、デスヨ。オイラたちの本気を見せておかないと、彼らも簡単には折れてくれないデショウ」

「ですが、先ほどの彼は――」

「まだ若い、デスカ? お年寄りをやったら、彼らは折れないデショウ。未来がある若者を断って、こちらの非道さを見せつけておかないと、彼らは死ぬまで抵抗しマス。未来を託そうとした若者を奪われることほど、年配の苦痛はありまセン」

 

 まるで、それが当然であるかのようにコンチョは言った。余りにも残虐な、惨い殺し方だ。しかも、それを平然と直視できるコンチョの精神が知れない。

 そんな、くやしさに歯噛みするタリスを見てか、コンチョは声を潜めて口を開く。

 

「そんな精神で、彼を救えますかねェ。あなたに」

「……どういうことです」

「いや、だってアナタ。牢獄内で彼を助けることを考えていたでショウ?」

 

 コンチョはブリッジの出入り口に目線をやり、煙草の煙を吹きかけて歩き出す。先ほどの爆発で電気が壊れたため、ホエールキング内の廊下は暗い闇の中だ。

 

「アナタが救いたい男は、オイラよりも惨く、酷く、残虐で、冷たい男デスヨ」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 眼前は紅に染まった。ねっとりとした紅い液体が彼の顔に噴きかけられ、しかし、彼は呆然とその様を眺めた。

 

 ――なぜだ……?

 

 紅の理由を、彼は理解している。彼が無造作に抜き放ち、突き出した刃が一人の男の胸を貫いているからだ。最初はたらりと、しかし膿を切ったように噴きだした。

 

 ――なぜだ……?

 

 もう一度問う。己に。

 

 ――どうして、あの時のように()()()()()と思えないんだ。どうしてこうも――虚しいんだ。狙った獲物じゃないからか? 獲物が、別の()を盾に翳したからか? 俺がやりたかった奴じゃない、別の奴が俺の刃に貫かれたからか?

 それとも、()()()()()()()()()()()()()()のか……?

 これが正しいと自分に覚えさせるのは、やっぱり無理なのか? じゃあ俺があいつにしたことは、どうしようもない過ちなのか?

 

 問いは、その答えは、分からなかった。ほとんど意識もせず凶刃を走らせた彼には、何も分からなかった。

 ただ一つ、目の前の白髪の獲物が、彼が取りこぼした刃でもう一人の小さな鴨(少年)を血に染めようとした。

 

 ほとんど反射で、彼はその少年を庇った。

 彼は嘗て、自分自身の手で一人の少女に刃を立てた。家族のような付き合いのあった少女を、この手で殺したのだ。

 

 ――なら、なぜ俺は、このガキを庇ったんだ……?

 

 分からない。なにも、分からなかった。

 

『ああ、あああぁ……』

 

 喉の奥から声が零れる。右腕に深く突き立った刃を引き抜き、その痛みすらどうでもよく、彼は嘆きを漏らす。

 

『うぁあああああああ!!!!』

 

 勢いのままに、その部屋を飛び出す。すると、目の前に驚愕を顔に張り付けた男たちが居た。ここは帝国のトップ、皇帝の居城だ。そこに血まみれの少年が現れたら、そういった反応にもなるだろう。

 ただ、この時の彼にはどうでもよかった。目の前に立ち塞がる男の一人の腹に、ナイフをねじ込む。もう一人の男が反応する前にナイフを引き抜き、返す刃で喉を掻き斬った。

 それからは、あまり覚えていない。

 目の前に立ち塞がる兵士も、城に勤めている執事のような男たちも、給仕の女性たちも、誰彼かまわず斬り捨てた。

 

 後に訊いた話、彼が去った後の城は一面血だらけだったという。まるで、台風が暴風を撒き散らし、その場の全てをもみくちゃにして、弄んで、過ぎ去ったら捨てて、そんな惨状だったという。台風だったら残されるのは瓦礫や木の葉、倒木や枝なのだろうが、その時城内に残されたのは、血の跡――鮮血だ。

 床にも、壁にも、天井にも、ところ構わず吹き出し、撒き散らされた血が飛び散っていたという。

 

鮮血の暴風(ブラッディストーム)

 

 そう呼ばれた、後にも先にもないだろう皇帝暗殺事件。皇帝官邸襲撃、無差別大量殺人事件。

 それは、省略した形で、主犯とされるある殺し屋の異名になったという。

 

 そう、『殺し屋暴風(ストーム)』と。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 無造作な動作で、しかし尻を蹴られたように、唐突にローレンジは駆けだした。狙うのは自分たちを包囲する兵士たちの一人。逆手に持ったナイフを構え、一直線に走った。当然、兵士は応戦に入る。構えられていたアサルトライフルから唾を吐き出すように弾丸が発射される。

 それを、ローレンジは躱した。射線から逃れるように動き、逃れた先で入った別の兵士の射線から逃れるようにまた身を傾けた。口で言うのは簡単で、実行するのは限りなく不可能に近い。現に、数発の弾丸がローレンジの肌を掠った。皮と、僅かな量の肉が抉られ、激痛が電気のように神経を遡り、脳が激痛を訴えた。

 だが、ローレンジは歯を食いしばってそれを抑え込んだ。流れる紅を床に散らし、最初に狙った兵士の懐まで潜り込むと、銃を支える腕にナイフを突き込んだ。瞬間的に走る痛みに兵士は銃を落とし、ローレンジはナイフを捨て、片手で銃を掴んだ。もう片方の手で兵士の首を掴み、後ろに回り込んで“盾”とする。一拍後、情けを捨てた弾丸が“盾”を痙攣させる。

 

「一匹」

 

 “盾”を投げ捨て、両手でアサルトライフルを構え、ところ構わず乱射した。兵士たちに包囲されている位置のジョイスとリーゼはスペキュラーが守ってくれる。それが分かっていたからこそ、薙ぎ払う様に弾丸を撒き散らした。

 数発の弾丸が兵士たちの腕や足を殴った。噴きだした血と激痛に怯んだ隙を突いて、落としたナイフを拾い上げそのまま走り込む。一気に距離を詰めたローレンジに兵士はライフルを持ち上げるが、腕を伸ばせば触れられるような距離に近づいたローレンジを捉えることはできない。突き出されたナイフが一気に心臓を貫き、引き抜かれた軌道に沿って鮮血が噴水のように噴きだした。全身に血を浴び、自らを紅に染めながらローレンジは吐き捨てる。

 

「二匹」

 

 倒した兵士の身体を盾にし、次の標的(ターゲット)に鋭い眼光を向ける。その眼光に射抜かれた兵士は、あまりの凄惨さ故か、竦みあがった。

 さらに、視界の端で数人の者たちがジョイスたちに向かっているのが見えた。人質にでもとろうというのだろう。無論、それを許す訳がない。

 

 ローレンジは倒した兵の懐からナイフを抜き取る。接近戦に備えて持っていたのか、小型のナイフが二本だ。手首のスナップを効かせて水平に投げる。狙い違わず、ナイフの切っ先は兵士の腹部に突き刺さる。動きが鈍ったそれに、同じように奪い取った拳銃を向け、素早く照準を定めて引き金を二回絞る。弾丸は、容赦なく二人の額と顔面を撃ち抜いた。

 

「三、四匹」

 

 盾に使い過ぎたせいで穴だらけになった死体を捨て、別の兵士に一気に接近し、首を薙いだ。流石に斬り捨てることは敵わないが、激しく噴きだした鮮血は確かだ。ローレンジの鼻孔を、鉄臭い血の味が刺激する。

 

「五匹――スペキュラー! リーゼを取り込め!」

 

 ローレンジの命令に応え、スペキュラーは腹部を開いてリーゼを格納し、ジョイスを守りに入った。これで二人を気にする必要はない。ローレンジは残る相手にナイフと拳銃で斬りかかる。

 

「六匹」

 

 顔面に押し付けた拳銃が火を噴き、獲物の頭が血を噴いて倒れた。まだ終わらない。

 

「七匹」

 

 掴んだ腕を捻り、悲鳴を上げる口内にナイフを押し込んだ。喉を貫いて突き出したナイフを引き抜き、鮮血を全身に塗りたくり、持ち上げてまた“盾”に使う。鮮血が、さらに床を染める。終わらない。

 

「八匹」

 

 拾ったアサルトライフルを一点に向けて乱射し、兵士の身体を穴だらけにする。倒れた兵士の絶望の表情を踏みつけ、足元を血で塗りたくった。終わらない。

 

「九匹」

 

 奪い取ったグレネードの信管を抜き、増援だろう集団に向けて投げ込む。逃げるより早く拳銃でグレネードを撃ち抜き、部屋を揺らす振動を起こした。爆音と衝撃が、増援を嬲った。終わらない。

 

「十匹――もう知らね」

 

 別の廊下からやって来た増援に向けて、今度はスモークグレネードを投げつける。煙にまかれた集団に突っ込み、息を止めてナイフを操った。腕に布を切り、肉を切り裂く柔らかい、そして硬い感触が伝わる。もう、どうでもいい。

 

 

 

 煙が晴れた時、そこに生き残った者はいなかった。ただ、死体と間違いそうなほど全身を紅に染めた青年が一人、幽鬼のような表情で立っていた。人を人と見ないような、『鮮血の魔物(ブラッディモンスター)』の冷たい目が、舞台の上でその惨状を全て見届けていたハイデル・ボーガンを見据える。

 

「あとは……あんただけだ」

「なっ……あっ……」

 

 ハイデルは腰が抜けて立てなかった。ハイデルは拳銃を持っているが、それを抜くことすら出来ない。理解したからだ。今、ゆっくりと、上半身を揺らしながらやってくる“風”には、通用しないと。

 台風と同じだ。いくら対策しようと、がっちり根を張って待ち構えようと、全て薙ぎ払われてしまう。生み出された“暴風”は、人間の小賢しい対処など、嘲笑って薙ぎ払う。今、ハイデルに近づく青年は、“暴風”――『鮮血の暴風(ブラッディ・ストーム)』なのだ。

 

「覚悟はいいか?」

「なっ……ゆるし――」

「言うなよ。俺は、あんたに言ったよな。『許さない』なんて、口にしたくないって。訊きたくもないぜ、バカが吐くようなセリフはな。そんな言葉に、意味なんてカケラほどもないんだよ。決意の表れだとか、訊いてて呆れちまうよ」

「あ……た、たの……」

「お前の自己中な脳味噌でも、やられてムカつくことくらい分かるだろ? それを他人にやれば、その分のツケが返って来ることくらい分かるだろ? 言われなくても、許しを乞えるわけがない。なぁ、アレスタの元市長さん」

「そ、それは……お前だって――」

「そうだな。このツケ、いずれとんでもない形で返って来るだろうな。けどよ、俺はそれでもやるさ。返ってきたときは、納得いく形にして受け入れるさ。それが、罪を犯したものが背負う“業”って奴だ。やるからには、それくらいの責任が付きまとうんだよ。分かるだろ?」

 

 ローレンジの表情は、一切変わっていない。完全な無の顔だ。だが、ハイデルは直感で理解した。今のローレンジは、彼は、これが“素”なのだと。今まで仮面をつけてきた、これが本当の姿なのだと。

 そうハイデルに()()させるには、十分だった。

 

「お前は、スレクスに罪を選ばせた。俺の妹を奴隷なんてふざけた物にしようとした。俺からジョイスを奪った。()()()()にも罪を背負わせた。全部、お前の意志ではないにしろ、お前から出たサビが俺の物を汚したんだ。ほったらかしにはできねぇよ。『許さない』とか、口にするまでもねぇよな。お前に、んな言葉言う必要も、その意味も、ねぇよな。言うだけバカだ」

「た、頼む……助け……」

「言われなくても分かるよなぁ。助けてもらえるわけがないって。代わりに俺が言ってやれるのは、単純だ。……苦しみ、喘ぎ、のたうち、発狂し、その末に――――『死ね』よ」

 

 見開いた眼球に一瞬力が宿り、ローレンジの血塗れの腕が紅に染まった刃を突き出す。

 

 

 

「待って!」

 

 澄んだ声が、広間に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「信じられません」

 

 漆黒に包まれた廊下をコンチョが持つ懐中電灯の明かりを頼りに進む。その道中、タリスはある話を訊かされた。

 コンチョはPKと鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)を行き来しながら任務を果たしており、ギュンター・プロイツェンという大元が統括する下で、二つの組織の橋渡しのような事もしていたのだ。やがて、ヴォルフの思想に触れることで鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の密偵という地位を確立したのだが。

 そんなコンチョの経験には、ある事件の内容も含まれていた。凄惨で、鉄臭く、発狂しかねないようなある事件。

 

()()ローレンジさんが、とてもではないですが、信じられないですよ。だって……」

「アンタの前でアイツがどんな態度を見せたか、オイラは断片的に察するしかないけどサ。アイツは、オイラたちよりもずっと残酷な――いや、残酷になろうとしている」

「でも、彼には妹が……フェイトちゃんがいます。それを理解していないローレンジさんではありませんよ」

「だねぇ。だからさ、アイツは求めてるのさ、口実を。人当たりのいい自分を演じながら、どっかで『非常で残酷』な自分を演じないと、自分が保てない。まるで脅迫されている様サ。殺人を()()()()()()()()()みたいにネ」

 

 コンチョはそこで言葉を切り、通路の先を示した。懐中電灯を消したことで下りた暗闇の先では、PKの兵士たちが慌ただしくある部屋へ向かっていた。この先は、先ほど確認した艦内図からすれば、広間の筈だ。

 

「確かめてみればいい。アイツの本当の姿を。アンタを助けようとしたアイツが、奥底で求めていたものを」

 

 陽気な口調を潜め、コンチョは煙草を取り出しながら言った。口に咥え、ライターで着火し、実に美味しそうに煙を吸い込む。そして、この先にある惨状など与り知らぬといった表情で呟く。

 

「……アンタがそれを含めて、奴を救ってくれることを祈るよ」

 

 その言葉は、吐き出した煙草の煙と共に艦内に流れて消えた。

 

 

 

***

 

 

 

 刃は、ハイデルの心臓をまっすぐ貫ける位置で、ピタリと止まった。身動き一つも許さず、血塗れの青年は振り返る。

 広間の出入り口に、タリスが居た。

 

「よう、無事逃げれたみたいだな。よかったよ」

 

 まったく感情の籠ってない乾いた声で、ローレンジは呟くように言った。タリスは、広間中に倒れる死体に目を見開き、身体を震わせながらも広間に踏み入った。

 

「いいとこに来たな。今、こいつが死ぬとこだ。お前と、お前の兄貴に苦しみを与えてきたこいつが。……あ、お前が殺りたい?」

 

 ローレンジは、変わらず死人のような目でタリスに言った。声にも抑揚はなく、それが本心とは思えない。なのに、タリスには本心のように思えた。

 

「恨み憎しみでこっちに踏み込むのは、勧めやしないぜ。でも、それでも殺りたいってんなら、止めもしない。俺に、その権利はないからな」

 

 舞台に登る階段に足をかけ、タリスはゆっくりと上がってきた。事態が静まりを見せたからか、背中にジョイスを背負ったスペキュラーが追従する。

 

「この男、ハイデルはプロイツェンの傘の下でやりたい放題してきた男さ。町一つ歪め、己の欲のままに振舞ってきた。PKの中でも評判はいいって言えなかったんだろ? 知り合いに話は訊いてるからな。どうする?」

 

 答えはなく、タリスはローレンジの前に立つ。ハイデルは両者の間で視線を揺らし、しかしローレンジの冷たく、乾いた瞳を見た瞬間、身を縮こませた。

 

 

 

「――ごめんなさい」

 

 むせ返るような血の匂いが、広間中に充満する中、タリスの澄んだ謝罪の声が響いた。

 

「……なんで、謝るんだ?」

 

 ローレンジは、軽くナイフを振った。付着した血液が床に散らばり、獰猛な血の痕を残す。

 

「あなたに、全部押し付けてしまいました。そのことを、一言謝りたかったんです」

「要領を得ないな。らしくないぜ」

 

 ローレンジはナイフを己の前に寄せ、人差し指と中指を刃に這わせて血を拭き取った。二本の指はあっという間に血に染まり、それをするまでもなく彼の全身は真っ赤だ。

 

「あなたが彼に訊いたように、私も彼からあなたの事情を訊きました。“鮮血の暴風”、その全ても」

「……へぇ」

 

 まるで、タリスとローレンジが対峙した時と真逆の立場だ。だが、ローレンジは当時のタリスのように分かりやすく動揺しなかった。口元を僅かに歪め、小さく笑みの形を作ると、僅かに鋼色の輝きを取り戻した刃を再び足元に向けた。まっすぐ、ハイデルの心臓に直進する位置で。

 

「参考までに、どこまで聞いた?」

「あなたが、ガイロス皇帝暗殺の犯人と言うこと。コンチョ・キャンサの口から、彼が知る顛末まで訊きましたよ」

「ほぅ」

 

 ローレンジは、左手を顎の下にやり、軽く皮を引っぱった。考え事をする時の、ローレンジの癖だ。

 

「それで、なんで押し付けたと思ったんだ? まだ、そこを言ってないだろ」

 

 ローレンジは口では尋ねるが、その実、別にどうでもいいという意思を言葉に含ませている。

 

「……ローレンジさん、私に手を差し伸べてくれましたね。私は、素直に嬉しいと思いました。あの状況で、縋らせてくれるあなたに、甘えてしまった。でも、それが間違いだった」

「……間違い?」

「縋ってはダメなんです。あなたに情けなく、考えない子供のように縋っては、ダメだったんですよ。あなたは、それを口実にしたんですから」

 

 タリスは、目を伏せながらちらりと舞台の下に目線をやった。見る影もない。ついさっきまで人だったそれが、広間のあちらこちらに崩れ落ちている。常人が見たら、あまりの凄惨さに勅使は出来ないだろう光景。

 タリスの視線に促され、ローレンジもそれを視界に収めた。切り裂かれ、撃ち抜かれ、爆散した、人の形を成していない死体。ローレンジは、生ゴミでも見るかのような感情の無い目でそれを浚った。

 

「……あなたは、意識下でこれ(殺人)に囚われている。目的を成し遂げる手段の一つに、当たり前のようにこれ(殺人)が含まれている。安易にとれる手段として。そうでしょう? あなたは、何かに囚われた様にこれ(殺人)を行った。……あなたは、これ(殺人)をしてはいけないんですよ」

「見てもないのに、まるで立ち会ったように言うんだな」

「実際、止めずに見ていました。この目で見ないと、コンチョから訊かされたことが正しいかどうか分かりませんでしたから。でも、後悔しています」

 

 広間の片隅でぽっかりと浮かぶ煙。その発生源である男は、凄惨な光景の中で飄々と煙草を噴かしていた。残酷な死体が転がり、血生臭さが充満するこの空間にあって、その周りだけは、別物だ。まるで、世界が違うと主張せんばかりに。

 

「これ以上は、やめてください」

 

 タリスの手が、ローレンジのナイフを握る手に添えられた。自らの手が血で汚れるのも構わず、タリスはその手を強く握り込む。たった一言に込めた想いを、手の力に滲ませてタリスは訴える。

 

「もう、そんな乾いた目をするのは止めてください。ローレンジさんは、いつまでもそこ(殺人者)に居る人じゃないです」

「……無理だな。俺には、過去を覆い隠すなんてできない。俺は不器用で、ぶれる奴だ。俺に滲みついた汚れは落ちない。だったら、俺は汚れることを恐れず、あいつらを守ってやるんだよ」

 

 苦笑しつつ吐き出す言葉。ローレンジの生き方を自ら表現したそれを、タリスは頭を振って否定した。

 

「あなたがどんな道を歩んで来たのか、私は知らない。あなたの心の内を知る術を、私は持っていない。でも、あなたがどんなに汚れた道を歩んでいたとしても、これ以上汚れないで。……だって、あなたには、フェイトちゃんが居る。あなたが守りたい人は、あなたが汚れることで守りきれる存在じゃない。そうでしょう?」

 

 ローレンジは自ら汚れ役を被ろうとしていた。今回も、あえて捕まって内部から全て破壊し尽くすつもりだったのだ。コンチョやズィーガーと密かに繋がり、ハイデルの拷問に耐えながらその機会を虎視眈々と狙ってきた。そして、ジョイスの崩壊をきっかけに、それらを表に出したのだ。

 そこにあったのは、自己犠牲的な思考。それでいて、強欲なローレンジの性だ。己の大切な人たちを守るため、大切な人を失いたくないからこそ、自らを粉に、穢れを被る。

 

「ローレンジさん。あなたは頑張りすぎです。それも、極めてよくない方向に、自分を蔑ろにし過ぎです」

 

 タリスの一言一言が、ローレンジの心に染み込む。

 ローレンジ自身、分かっていたことでもあった。こうして、時々湧き起こる衝動は、嘗ての経験から来る癖ではない。意識せずとも、逃げようとしているのだ。嘗て、己の手で犯したことを、自らの手で、大切な人を葬り去った事実を、無意識下で認めようとしていなかった。

 理性では認めている。あれが、間違いだったこと。だが、意識の外ではそれを認められない。人を殺すことに()()()を求めて、あの判断を正しかったと()()()()()()()()だけだ。

 

「あなたがそれ(殺人)をすることは、あなた自身にも、あなたの周りの人にとっても良くないです。いいですか、これっきりにして下さい。あなたは、もう二度と、その手で殺人をしない」

「ふざ、けるな。お前に、口出しされたかねぇよ……」

 

 ローレンジの胸の奥から言葉が溢れる。ずっと、誰にも話さずにしまってきたことだ。ヴォルフにも、フェイトにも話せなかった。悔やんでも仕方のない、取り返しのつかないこと。しかし、背負い続けて来た業。

 

「俺は! 兄弟弟子を、俺を好いてくれた奴をこの手で殺したんだよ! 分かるか!? 亡くしたくない奴を! 自分の手で! この手で刃を叩きつけて、永劫の眠りをもたらす重さが! 辛さが! それを人づて訊いただけの奴が、説教垂れるんじゃねぇ!」

 

 もう片方の手で、ローレンジは拳銃を振り上げた。真っ直ぐタリスに突きつける。全身の力を籠めて握られる拳銃は、普段らしさがないほど震えている。そして、ローレンジの瞳からは雫が伝った。涙――ではない。全身に被った血が、たまたま流れ落ちただけだ。

 

「要するに『構うな』ということですか。冷静でいられないと無様ですね。あなたの口から、そんな子供のような文句が出るとは」

 

 対するタリスは、冷静にローレンジを見つめていた。水滴一つ落ちない、風一つない湖面のように、凛と静かだ。ローレンジに聞かされた事実は衝撃的だったはずだが、タリスはそれに揺るがない。

 

「あなたのそれは、『逃げ』です。あなたにとって、それ(殺人)に逃げることは安息かもしれません。ですが、あなただって分かっているでしょう? 人にそれを言えるくらいには、今の自分が間違っていると理解できています。あなたは、それぐらいの聡さがあるはずでしょう?」

 

 容赦なくたたみかけられるタリスの言葉に、ローレンジは二の句を言えない。それは、タリスの言葉を肯定することを暗に示していた。分かっているが、抑えられない。

 

「なこと……お前に言われたかねぇ。部外者のお前がでしゃばるなよ!」

「おや? おかしいですね。私と兄さんのことも、あなたからすれば蚊帳の外の話題だったはずですよ」

「それは――ユースターには借りが……」

「でしたら私も、あなたには借りがあります。断片的ですが、あなたのことも少しは知ったつもりです。部外者とは言い難いですよね」

 

 無茶苦茶だ。

 タリスの言い分は、少し事情を齧った程度で物事の底に踏み込もうという、極めて自分勝手な言い分だとローレンジは思う。だが、咄嗟に否定できないのも事実だった。

 

「そうですね。ここで誓ってください。私の口から弱音を引き出したんですから、あなたも一つは誓いを立てて頂かないと」

「おい、意味不明だぞ」

「いいえ、当然の対価です。むしろ、安すぎるくらいですよ。『女の涙』と『頼られる権利』という、この世でもっとも価値の大きな事の代償が、あなた自身が『殺人を禁忌とすること』なんですよ。これからの平和の世では、当たり前の事ですから」

「俺が得たその二つ、俺へのメリットって言えるのか?」

「十分なメリットじゃないですか。私みたいな美少女の心を手にできたんですから」

「……うさんくせー」

 

 こういう時、ウィンザーだったら気障なセリフの一つや二つも言えるのだろうか。見習う気の無い同僚の馬鹿顔を思い浮かべ、ローレンジは柔らかい微笑を溢した。血みどろで、この場に惨劇をもたらした男の溢せるものではない、笑顔。

 それを顔に出すことが出来たのは……。

 

「くっくっく、とんだ茶番に付き合わされたものだ! この私が!」

 

 そこに、汚い声が割り込んできた。

 聞き間違う筈もない。ハイデル・ボーガンだ。

 

「キサマに恨みを晴らすつもりが、キサマの業を訊かされ、同情しろとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい! 私がキサマに向けるのは、私の位を奪った事への憎悪だけだ!」

 

 未だ恐怖が焼き付いているのだろう。ハイデルは震える脚に無理やり力を籠め、立ち上がった。反射的にローレンジは腕を持ち上げるが、タリスがそれを押さえた。

 

「無駄です。もう、気力がない」

 

 ハイデルは転びそうになりながらも、広間の隅に向かって歩いた。

 

「くそっ、くそっ、くそっ! この私が、キサマら蛆虫どもの上に立つべき私が! 役に立たない身体だ!」

 

 闇雲な侮蔑を吐き捨て、それでもハイデルは脚を止めなかった。やがて、赤く濡れた窓枠にたどり着くと、ハイデルは力を振り絞ってそれを開く。

 開け放たれた窓から、冷えた冷気が一気に吹き込んだ。遥か北の大陸の最北端を目指す空を漂うホエールキングの空は、すっかり冬模様へと変貌していた。舞い散る白い粒は、決戦の地を白く染めるために降ってきたもの。

 後を追ってきたローレンジとタリスに向かい、にやりと暗い笑みを浮かべる。

 

「……だが、もう遅い。キサマがどれだけ強かろうと、あれには勝てん」

「あれ?」

「クック、ハーッハッハッハ! 『惨禍の魔龍』よ! キサマらはもう手遅れなのだよ! このホエールキング諸共、辺境の地の礎となるがいい! 我々に、この私に刃向かった報いだ――」

 

 ダン、と乾いた銃声が鳴り響いた。

 モアモアと漂う煙は、硝煙によるもの――と見せかけ、煙草の煙だ。とぼけた男の口から吐き出された煙が、硝煙を掻き消す。

 

「見苦しい。敗者は、さっさと舞台から降りなさいナ。もう、アンタの出番は終了ってハナシ、デス」

 

 煙草の煙を吐き出すと同時に、拳銃から漂う硝煙を吹き飛ばす。まるで、その煙に押されたように、ハイデルの身体はゆっくりと落ちて行った。

 

 

 

 静寂が、広間を包む。

 開け放たれた窓からは粉雪が舞いこみ、ねっとりとした空気を少しずつ乾かしていく。

 

 ローレンジは、じっとコンチョを睨んだ。余計なことをと言わんばかりのその視線に、コンチョは軽く肩を竦める。

 

「あれを見逃せないのは、誰だって一緒デスヨ。アンタは若い。やり直しはいくらでも効く。そーゆーのは、オイラみたいな狂った年配の役目デス」

 

 にっこりと笑みを浮かべて見せるコンチョ。赤いサングラスに覆われた小さな瞳の奥は、見通すことができない。

 以前、ローレンジはアンナにある言葉を伝えている。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のメンバーは、みんな抱えているものがある。一人一人、大きさも数も違う。だが、その抱えているもの故に、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)以外、居場所がないのだ。

 むろん、ズィーガーの()()()()()の名目で所属しているコンチョも、例外ではない。

 

「……今は、そういうことにしとくよ」

 

 ローレンジは、かろうじてそれだけ言った。

 

 コンチョが去り、広間にはローレンジとタリス、そして気を失っているジョイスとスペキュラーが残された。

 

 その内の一体、スペキュラーは窓に近づくと、強靭な尻尾を振って壁に大穴を空けた。ホエールキングの強固な壁をも突き破り、スペキュラーの蒼い瞳が粉雪の舞い散る空を見つめる。

 

「行くのか?」

 

 ローレンジの問いかけに、スペキュラーは頭をぐるりと回し振り返った。腹部の格納庫を開き、中から青髪の少女――リーゼを排出する。

 リーゼは、相変わらず表情の無い瞳でローレンジを見上げた。同じように見返すローレンジだが、ふと違和感に気づく。リーゼの瞳に、どこか感情を起伏があったように見える。

 リーゼは広間に倒れるジョイスをちらりと見、目を伏せる。

 

「いずれ、迎えに来るよ。――()()()と」

 

 リーゼが紡ぎ出した名前に、ローレンジは彼女と初めて会った時のことを思い出す。あの場で出会った赤髪の男、赤いオーガノイドを連れた、凄みを効かせる男のこと。

 

「……そっちを、選んだのか」

「僕は、あいつと行く。そして、レイヴンも、いつか、ね」

「それは、ジョイスが決めることだな」

 

 リーゼは微笑を浮かべ、スペキュラーと共に飛びたった。零下の暗黒大陸の大空へ。白く煙る空へと立った青髪の彼女の姿は、あっという間に消えていく。

 

「よかったので? ローレンジさん」

「別に、あいつがそれでいいなら、引きとめる理由もないさ。そこまで深い仲でもない。今日は、借りを返してもらったってことで」

 

 オーガノイドには、対となる古代ゾイド人の記憶を内包する機能があるという。それは、古代ゾイド人を格納した時に還元させるシステムだ。つまり、先ほどのリーゼは古代ゾイド人としての記憶を取り戻したのだ。

 すっかり血に濡れた身体を無理やり歩かせ、ローレンジはジョイスの傍に立った。タリスの言い分から言えば、ローレンジはジョイスの想いも利用した。

 ジョイスが身を犠牲にしたからこそ、“怒り”と言う名分で殺人を犯したのだから。

 

「どうするのです? 彼」

「ま、これからも俺が面倒みるさ。たぶん、もう先は、ないかもしれないけどな」

 

 リーゼは、人の精神に付け入ることが出来た。ローレンジが初めて彼女と会った時、過去の罪が一斉に押し寄せて来たのも、彼女の力によってローレンジが心の奥底に眠らせていた罪を表に出させられたためだろう。

 意識していない罪の重さは尋常ではない。あの時だけでも、ローレンジは押しつぶされかけたのだ。そして、ジョイスはレイヴンの記憶に耐えられただろうか。加えて、ジョイスが記憶の底に封じていた、両親を殺される光景の重さもある

 

 レイヴンとして犯した業。目の前で両親の死体を見せつけられた様。プロイツェンの私兵として躾けられてきた過去。そして、絶対の自信を持っていたところにやってきた――――敗北。

 ジョイスはもう、目を覚まさないだろう。きっと、心が死んだ状態で、これからを生きるのだろう。ローレンジにできることは、彼の傍に居てやることだ。

 

 

 

 それも、全てはこの戦いに決着をつけてからだが。

 

 

 

「キィ?」「グゥゥ?」

 

 広間にひょっこりと顔を出すオーガノイド。白と黒の機械の動物は、ニュートとシャドーだ。シャドーは、紅に染まった床に倒れるジョイスに気づくとすぐに駆け寄ってきた。倒れた主人にすぐさま駆け寄る姿は、まさに忠犬ならぬ忠竜。

 「うっわー、なぁにこれ?」とでも言う様に周りを見渡しながらやってくるニュートとは、大違いだ。

 

「ニュート、ぶらぶらしてないで、さっさと行くぞ」

 

 ジョイスのことはシャドーに任せてもいいだろうと判断し、ローレンジは広間の出入り口に向かう。

 

「どこへ?」

「決まってる」

 

 タリスに短く答え、ローレンジは奪ったナイフを投げ捨てた。カランと乾いた音を立て転がるナイフに一瞥もせず、歩みを止めることもない。

 

「決戦だ」

 

 砕けた広間の壁、そこから覗く大地に、巨大なエネルギー波が暴風の如く吹き荒れているように感じられた。

 

 

 

 惨禍の魔龍の目覚めは、もう間近だ。

 


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