ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第71話:真実の手紙

「やってくれたなぁ、スティンガー。やっぱりテメーは信用ならねぇか」

「元から信用なんてしてないくせに。アタシが信じるのはお金だけよ」

 

 後ろに回した手を、ゆっくりと腰のホルスターに動かす。だが、あと少しで掴めそうだと言うところで、マグネンの部下が発砲する。アーバインの足元を叩いたそれは、ただの威嚇だ。だが、それが意味することはアーバインにも分かる。

 舌打ちと共に、アーバインは拳銃を投げ捨てる。

 

「無様だなアーバイン。隻眼の賞金稼ぎの名は、その程度か?」

「今日はコンビ組んだ奴が悪かったな。依頼人(クライアント)もだ。運のツキだぜ」

 

 やれやれとアーバインは両手を挙げた。そして、射抜くような目でスティンガーを睨みつける。

 

「テメー、奴への借りはどうすんだよ」

「ちゃーんと返すわ。アタシなりのやり方でねぇ」

「ちっ、ホントに運のツキだな」

 

 二人のやり取りを無視し、マグネンはほくそ笑む。すでに自身の目的の半分を果たしており、露呈する最後の砦もこうして守られたのだ。ガイロス帝国の目を引き付けると言う役は、十二分に果たしたと言っていい。

 

 

 

 だが、

 

「ま、運のツキはアンタのほうだがな。マグネン」

 

 アーバインは、ニヒルな笑みを浮かべマグネンに笑いかけた。その余裕ぶった態度にマグネンが疑問を挟むより早く、揺れが地下を襲った。強い揺れに書斎の資料がバサバサと床に落下し、マグネン達は体勢を崩さないようにするのでやっとだ。揺れは断続的に続き、一向に止む気配がない。

 

「マ、マグネンさまぁ!」

 

 そこに、一人の兵士が駆け下りてきた。マグネンの屋敷を警護する兵の一人だ。慌てふためきながら駆け下りてきた兵は、舌を噛みそうな勢いで一気に報告を吐き出す。

 

「て、帝国軍が攻めてきています! 第一装甲師団です! それに、見慣れない部隊も……!」

「なんだと!? これはいったい――!?」

 

 突然のことにマグネンも動揺を隠せない。そこに、さらに動揺を誘う事態が起きる。スティンガーがマグネンに対し銃口を向けていたのだ。それだけでなく、アーバインも落とした拳銃と隠していたもう一つの拳銃を両手に持ち、その場の兵たち威嚇する。

 

「残念、もう終わり? もう少し、そこのゴリラを甚振ってお楽しみしたかったのに♪」

「うるせーよ。しかし、裏切りはお手の物ってか? 流石は釣り人(フィッシャーマン)だなぁオイ。気に入らねぇが」

 

 余裕の表情で舌なめずりをするスティンガーに、マグネンは達観とも諦めとも取れる視線を向ける。

 

「貴様、言い値で払うと言った筈だが……?」

「それ、向こうからもよ。まぁ、理由を教えてあげるとしたら……あっちを捨てると金づるが居なくなっちゃうのよ~。それって、アタシとしてももったいなくてね」

「なぜ……貴様のような人間が……」

「情なんて、クサイものとか勘違いしないでよ。アタシにとって、あいつら(アイゼンドラグーン)は最高の依頼人(クライアント)。いくらアタシでも、あれを捨てるのはリスクが大きいのよぉ」

 

 得意げにウィンクして見せるスティンガー。その仕草は、アーバインも見覚えがあった。当時を思い返し、苦い表情を隠すべく鋭い眼光を走らせる。

 アーバインは作戦の成功に安堵しつつも、複雑な心境で引き金に指をかけた。

 

 

 

***

 

 

 

 アーバインが撮った写真は、そのままデータ化されある男のゾイドに送られた。そのゾイドとは、ビームランチャーを装備したディメトロドンmk-2である。ガイロス帝国ではほとんど運用されていないディメトロドンを保有する部隊。それは、エウロペに置いてただ一つしかなかった。

 

「シュバルツ中佐。謀反の証拠を掴みました。突入、オーケーですよ」

「ありがとう、ハルトマン殿。第一装甲師団全機出撃! 謀反人、ヴァシリ・マグネンを捕らえるのだ!」

 

 シュバルツの号令に応え、ゾイドたちが一斉に方向を上げた。ダークホーンにイグアン、モルガ。ガイロス国防軍の至宝とも呼ばれるカール・リヒテン・シュバルツ率いる第一装甲師団の有能な兵、そしてゾイドたちだ。

 ひそかにマグネンの要塞付近に忍ばせていた彼らが、証拠をつかむと同時に立ち上がった。

 

 マグネンの屋敷にはすでに何人かの密偵が証拠をつかむために進入し、しかし厳重な警備体制の前になすすべが無かった。ガイロス軍が表だって動くには証拠が無く、しかしそれを掴もうにもつかめない。そんな話を訊いたヒンター・ハルトマンは国の意志関係なく動ける賞金稼ぎ、それもとびきり優秀な者たちを潜入させることにした。

 そうして選ばれたのがスティンガーとアーバインであり、二人は見事にその証拠をデータと言う形ではあるが届けてくれた。

 軍を動かす理由が作れれば、後はどうとでもなる。

 

 西方大陸に残っていた少数の部隊を率いてハルトマンがこの場に駆け付けたのは、単衣にこの事件がPKの密接に関わっているからだ。PKは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にとって何が何でも倒さねばならない怨敵なのだ。介入しない理由がない。

 

 マグネンの屋敷から破れかぶれの防衛隊が現れる。見慣れないゾイド――ヴァルガ、ガルタイガー――がいるものの、精鋭揃いの第一装甲師団の前にはなすすべもない。その上ハルトマン率いる鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)もいるのだ。瞬く間に蹴散らされていく防衛隊の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 戦いはすでに決着がついているようなものだ。

 そこで、ハルトマンの思考は別の方向に向かっていた。アーバインから送られてきた資料には、いくつか不可解な点があった。

 

 一つはジェノザウラーについて。

 知っての通り、ジェノザウラーはデスザウラーから零れ落ちて生まれたゾイドだ。元となるデスザウラーが居なければ誕生し得ない。同じジェノザウラーからゾイド因子をクローニングして生み出そうにも、ジェノザウラーはこの世界に置いて鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が保有するジェノリッターただ一機しかいない。PKが保有できるはずがないのだ。

 

 ――いや、違う。

 

 その大前提が間違っていたことにハルトマンは気づく。ジェノザウラーはいない。デスザウラーも倒れた。だが、デスザウラーの()()()は存在した。たった一度だけだが、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の前に姿を現し、あわや全滅という危機に追い込んだ、『破滅の魔獣(デスザウラー)』から生まれし『血濡れの悪魔(ブラッディデーモン)』。

 姿を見たのは一度だけだが、その圧倒的破壊力はハルトマンの脳裏にも焼き付いている。

 散り散りなるあの瞬間、ハルトマンもその場にいたのだ。そして見た。デスザウラーと酷似したゾイド、ブラッディデーモンの恐ろしさを。

 

 ――ブラッディデーモンは間違いなくデスザウラーのゾイド因子から誕生した。となれば、ブラッディデーモンから因子を採取すればジェノザウラーを生み出せる。

 

 プロイツェン打倒という大望を果たし、新たな目的へ漕ぎ出したことで、一つの懸念が放置されていたことに、今更ながらハルトマンは気づいた。

 ブラッディデーモンを所有している組織の名は『テラガイスト』。テラガイストは、ヴォルフの指揮の元、プロイツェンの思惑から外れて行った鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)()()として生まれた組織だ。その使命は、おそらく鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)と同じ亡国の再誕。だが、やり方は大きく違うだろう。

 ヴォルフが総括する鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の目指すはへリック・ガイロス両軍と共存する国。

 テラガイストの目指すは、嘗てギュンター・プロイツェンが目指した両国を廃して亡国を頂点に置くエウロペの統一。

 

 そして、今回のPKの反乱にガイロス帝国内での工作。これらは、反乱分子がガイロス帝国内部に潜んでいると見せてガイロス軍の目を内部に向けさせるためのものだとしたら。彼らの本心が、ニクスでの新戦力の確保だとしたら……。

 それ以前に、今回の事柄が全て新兵器の実験のための()()()()だとしたら……、

 

 ジェノザウラーをニクスにて発見させたのは対抗しうるゾイドを派遣させるため。ガイロス内部で反乱の兆しを見せたのは、ガイロス本軍の目を内部に留め続けるため。

 

 ――ここまで、全て彼らの予測通りなのか……。

 

 ハルトマンの中に嫌な予感が湧水のように生まれてくる。それは今すぐに目覚めるものではない。いつか、近いか遠いか、しかし確実に、未来に種を芽吹かせるための布石。

 

 これは、全て、()()()に過ぎない。

 

 

 

 だが、そうなるともう一つ懸念事項があった。

 PKはなぜ、Kと言う人物に従ったのか。PKにはプロイツェン亡き後を継ぐドルフ・グラッファーという人物がいた。だが、PKはドルフだけでなく、Kも頂点に据えていた。この理由は……?

 

 通信音が鳴った。潜入していたアーバインからだ。

 

「――どうした?」

『ハルトマン。ちょっと妙なものを見つけてな。上の戦いはそろそろ終わってんだろ。確認に来てくれ』

「分かった」

 

 いくつか考えねばならぬこともあるが、今は目先のことを優占すべきだろう。ここはマグネンの所有する地であると同時に、ギュンター・プロイツェンが嘗て所有した地なのだ。疑問点を解消するなにかも、きっとあるはずなのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 マグネンの屋敷は、残された戦力も第一装甲師団によって蹴散らされ、武装解除された。制圧部隊が内部に入り込み、証拠の裏付けとなるものを探している中、ハルトマンはシュバルツと共に地下室に向かった。

 

「アーバイン、スティンガー」

「おう、ようやく来たか。で、こいつなんだが」

 

 待ちかねたようにアーバインが一枚の封筒を指し出す。丁寧に折られた封筒には、宛名も差出人も記されていない。中には、美しい筆遣いで書かれた手紙が入っている。

 

「手紙……?」

「そこの引き出しに入ってたんだ。マグネンのヤロウに訊いたが、奴もこの手紙については何も知らないらしい。ってことはだ、プロイツェン宛じゃねぇかと思ってな」

「なるほど」

 

 ただの手紙なら無視してもいいのだが、差出人不明のプロイツェン宛の手紙の可能性があるのならば、何かしら分かるかもしれない。ハルトマンはポケットから白い手袋を取りだし嵌める。

 

「……中身は触ってないな?」

「そりゃまぁ。スティンガーが覗こうとしてたがな」

「他人の手紙よ! 気になるに決まってるじゃない!」

 

 なぜか鼻息荒く宣言するスティンガーはさておき、ハルトマンは慎重に手紙を取りだし、ペンライトの明かりを頼りに読み始めた。

 

 

 

 

 

 前略、

 

 こうして手紙を出すのはいつ以来の事でしょうか。あなたと別れ、異国の地で暮らす生活は苦労の絶えぬものでした。しかし、それは憎むべき敵国の中で、その発展に尽くさねばならないあなたにとっても、同じ想いでしょう。

 

 さて、近頃あまり明るいとは言えない話題を耳にします。帝国上層部が太古の魔獣の復活に躍起になっていると。あなたのことだ。おそらく、その先頭に立っているのはあなた以外他にいない。

 太古の魔獣については、私もいくつか調べを進めております。切っ掛けをもたらした私が言えたことではありませんが、あれは人の手に操れるものではありません。逆に、人を飲み込んでしまう悪魔です。どうか、御再考のほど頼みたく存じます。もしも、彼の魔獣が復活したとあれば、我らが悲願の祖国すら完全に消し去ってしまうでしょうから。

 

 ですが、あなたのことだ。私の言葉など、頭の片隅に置いてくれはしても、結果は変わらないでしょう。あなたは、昔から己が信念に忠実な男でしたから。

 もしもあなたが彼の魔獣を復活させたとあれば、私は全力であなたを助けたく思います。

 私は彼の魔獣の復活を望みません。ですが、あなたの力になる事こそが、幼き頃より己に課してきた信念です。どちらを優先するかと言われれば、私はあなたに尽くすことを望みます。

 あなたが、破壊を望むと言うなら、私は、私の手で、この世を破壊に包みましょう。遥か北の地に眠る、魔龍をもって。

 

 あなたの望みを叶えて見せましょう。私とあなたの下、あの時の誓いは、きっと成就させて見せます。亡国の再誕を。

 すべてをあなたに注ぎます。あなたのたった一人の親友として。

 

 ではまた。

 願わくば、若かりし私たちが思い描いた、亡国の旗の下で再会せんことを。

 

 親愛なるギンへ

 変わらぬあなたの親友、ダッツより。

 

 

 

「……ギン? ダッツ?」

 

 訊きなれぬ名だった。そもそも、ここはギュンター・プロイツェンの屋敷だった場所であり、そこに全く違う人物の名が記されていることは考え辛かった。

 

「シュバルツ中佐。なにか、思い当たることは?」

「……確証は持てません。ひとまず、陛下にお見せすべきかと」

「ルドルフ陛下に?」

「ええ。プロイツェンは陛下の後ろ盾を担っていた時期があります。もしかすると、この名前にも訊き覚えが……」

「僕ならここに」

 

 その言葉は、真後ろから聞こえてきた。振り返ると、そこには現ガイロス帝国皇帝ルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリン三世その人が立っていた。

 ルドルフとはスティンガーは一悶着あったはずだが、ルドルフの接近を察知してすでに隠れている。そのふざけた性格からは想像し難いが、彼は彼で優秀な賞金稼ぎなのだ。

 表れたルドルフに、シュバルツは思わずこめかみを掴み、沈痛な表情で口を開く

 

「なぜ、陛下がここに……?」

「此度の一件が気になったもので、安全を確認したのちに入らせてもらいました。それで、これですか……」

 

 シュバルツの苦言など露知らず、ルドルフはハルトマンの手から手紙を受け取りその中身に目を通す。最初は興味を持った程度だったが、徐々に引き込まれるほど手紙を読みふける。

 

「これは……! …………そうですね。まず、ギンというのは、プロイツェンのあだ名です。プロイツェンはただ一人にだけ、その名で呼ぶことを許可していました」

「それが、ダッツという人物ですか……こちらも、あだ名でしょうね。となると、この人物はまだどこかに……っ!?」

 

 そこまで言い、ハルトマンは思考に閃光が走った。

 気づいたのだ。余りにも簡単なことに。

 

「ハルトマン殿?」

「おいおい、どうしたよ」

 

 シュバルツとアーバインが訝しげに問いかけるが、それに返す言葉をハルトマンは持っていない。

 この手紙一つで、気付いたのだ。誰がこの騒動を引き起こしたのか、首謀者が誰なのか……そして、なぜ()()()()を調べた()|が、事実を他に話そうとせず、二人の間だけに隠したのか。

 

「……ダッツ。ギュンター・プロイツェンと同じように、本名を省略しただけなら、簡単だ」

 

 今回の事件に関わりがあると思われ、しかし目立った証拠もないまま消息を絶った人物が一人いるではないか。高い自動操縦(スリーパー)の技術を持っていたという、彼の人物が。

 

「オーダイン・クラッツ。共和国の少佐殿が、ギュンター・プロイツェンの親友だと……? なら、彼が望むことは……」

 

 

 

 潜む国を違った嘗ての友への手向けとして、オーダイン・クラッツが賭けたことは……。

 


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