名もなき遺跡の内部は非常に入り組んでいた。さらに奥へ進むのを阻むかのようにスリーパーゾイドが次々と襲いかかってきた。
ローレンジは狭い遺跡内という高速戦闘ゾイドには不利な状況の中、レーダーの情報を頼りに一機ずつ確実に仕留めていく。しかし、スリーパーゾイドはいくら潰しても数が減る様子は一切ない。無限に湧いて出てくる錯覚すら覚えた。
「まったく、これで何機目だよ。しつこすぎんだろ」
脚を破壊されてなお、背中のミサイルでの攻撃姿勢を崩さないマーダに機銃を撃ち込み、機能停止させる。
「しかも、使い古されたような奴等ばっかだな」
現れたゾイドは先のマーダを始め、ゲルダー、ザットン、シーパンツァー……嘗ての戦争時に使用され、旧式化により戦場から姿を消したゾイドたちだ。ゼネバス帝国で開発され、後にガイロス帝国でも使用されてきた小型ゾイド。
「まぁ、スリーパーは動きが単調だし、仕留めるのはたやすいから助かるが……」
そんなスリーパーの行動パターンなど、この先に待ち構えている者は承知の上だろう。さらに、遺跡の入り口で派手に戦ったから、護衛のスコルツェニーが敗れたことも承知済みのはず。つまり……
――このスリーパーは時間稼ぎ用のゾイド。奥にはもっとどえらいのが控えてると見るべきか……いや、確実に居るな。
この先に居る者、ザルカは研究者だ。しかも、そこに至る道筋には使い古された旧式ゾイドという護衛。旧式機を実用可能レベルに仕立て上げているのなら、強大なゾイドを保有していてもおかしくない。それは単なる予測ではない。裏付けるような証拠もあったのだ。
遺跡を進みながら、ローレンジはヘルキャットに内部の情報を探索させていた。その結果分かったのは、遺跡の最深部には並のゾイドを軽く凌駕するエネルギーを持ったゾイドが存在するということだ。
先に進むにつれ、旧式機には共和国のゾイドも交じり始めた。ガリウスにエレファンタス、ハイドッカー……数が増すにつれ、厚い弾幕が張られて近づくのも困難になってきた。
地下遺跡でここまでの戦闘となると、最悪天井の崩壊も考えられた。野放しにしては置けない。速やかにスリーパーゾイドを排除しなければならない。
――やるか!
思い切って隠れている岸壁から飛び出し、スリーパーゾイドを相手取る。だが、それは失敗だった。スリーパーは、ローレンジがしびれを切らして出て来るのを待ち構えていたのだ。一斉に放たれる雨のような射撃。ヘルキャットの華奢な装甲では受けきれるはずがない。
ローレンジはとっさにその場を走り抜けさせた。その先にはスリーパーたちの砲撃で空いた大穴があった。迷う暇もなく、ローレンジはヘルキャットを穴に飛び込ませる。
ズンッ!
落ちながらも壁を蹴って衝撃を弱め、どうにか着地には成功した。だが、怪我を追っているローレンジにはそれだけでも大きな痛手だ。
「くっそ……バカやっちまったか……」
血を流し過ぎて判断能力が鈍ったか?
何が原因とか、そんなことを考えている余裕はない。早くザルカの元を目指さなければならない。だが、少し休まないと辛い。スコルツェニーとの戦闘で、かなり消耗していたようだ。
「…………ん? あれは?」
手持無沙汰になって遺跡のあちこちに目を向け、その一点に小さなカプセルが映る。人間よりも一回り大きなカプセルだ。中に何かが入っているのか、カプセル内の緑色の液体が怪しく揺らめく。
ヘルキャットのコックピットを地面ギリギリまで降ろし、転がるようにしてローレンジは遺跡内に降りた。痛む足を押さえ、引き摺りながら近づく。カプセル内の液体の所為か、中身は分からない。だが、何かが入っているは確実だった。
見つけたカプセルはまだ機能しており、どうにかすれば動かせそうだった。
「こっちは……ふーん、機能が停止してるな」
カプセルの脇にはもう一つ、機能停止したカプセルがあった。中には人のようなナニカがあるが、カプセルの状態から中身の惨状を察することが出来た。
最初のカプセルをよく観察し、脇の方に会ったスイッチを迷わず起動させる。すると、カプセルの内部が光り、ピシピシとヒビが入る。
そして次の瞬間、カプセルが砕けた。破片があちこちに飛び散り、内部を満たしていた培養液が流れ出る。そして、中に収められていたソレが崩れ落ちるように倒れ出た。
「…………こいつが中身か」
純白のボディ。竜のような頭部に、太く長い尻尾。人間よりも一回り大きな体躯に、それを支える四本の脚。
容姿はガイロス帝国で使用されているヘルディガンナーが近い。だが、目の前のそれはもっとずっとシャープな外見をしていた。〇〇型と表すなら、オオトカゲ型というべきか。
それらがゾイド特有の光沢を放つ装甲に覆われていた。その機械的な姿から、ゾイドであることは間違いない。
「……まさか……オーガノイド、なのか……?」
オーガノイド。古代ゾイド人が残したと云われる惑星Ziのオーバーテクノロジーの一つ。
その存在は一機だけでゾイド一個大隊と渡り合えるとも云われる。多大な戦果をもたらす存在。さらに生きる機械――金属生命体と呼ばれるゾイドよりも高い知能を併せ持つ。
そのオーガノイドの発見は稀で、多くのオーガノイドが未だ遺跡の奥深くで眠っているか、あるいは保存カプセルの劣化により復活が不可能になってしまったものがほとんどだ。
「オーガノイド……実物を見るのは、初めてだな……」
こいつが居れば、この後に控えるザルカとの戦いにも役立てられるかもしれない。怪我を忘れて、ローレンジはそのオーガノイドに近づく。
「ギィァ!」
オーガノイドは牙をむき出しに激しい威嚇をする。咄嗟に手をひっこめる。一歩遅かったら噛み千切られていたかもしれない。
「ギィィ……」
「おいおい、落ち着けよ。……うーん、手懐けるのは難しいか?」
少し距離をとり、遠巻き気味に様子を窺った。オーガノイドはローレンジのことを警戒しつつ、背後のカプセルを気に掛けるそぶりを見せる。
「その……カプセルの中身が気になるってか? 止めといた方がいいと思うが」
仕方ない。
そう覚悟を決め、足の痛みを我慢して無理やり走った。オーガノイドが反応して牙を剥くよりも早く、ローレンジの指がカプセルに備えられたスイッチを押し込む。
オーガノイドが現れた時の様に煙が溢れることも、中の液体が流れだすこともない。「パリンッ」という乾いた音と共にカプセルが砕け、中に収められていたそれが崩れ落ちる。
「キィッ!」
オーガノイドは喜んでソレに飛びついた。ローレンジは、その先の予想から目を逸らすしかない。
「…………キ、キィア……?」
戸惑いが溢れたようなオーガノイドの鳴き声。
ローレンジが顔を上げると、予想通りの惨状だった。長年放置されてきた遺体は、オーガノイドが飛びついた衝撃でぼろぼろと崩れた。
カプセルの中は密閉されていた。元は、中には特殊な薬品が、若しくは繋がれていたチューブからか、とにかく中に収容されていた人体が何百年と経っても復活できるような措置が施されていたのだろう。だが、それは何らかの事故により効果を果たさず、中に居たソレは人知れず朽ちていった。
「お前の、ご主人様か何かだったのか?」
問いかけるがオーガノイドは悲しげに「キィ……」と呟き朽ちたそれを咥えようとして、崩れ去るソレを目で追った。
「はぁ……これじゃあ手伝ってくれって頼み辛いな」
ローレンジはオーガノイドに背を向け、ヘルキャットのコックピットに乗り込む。レーダーを確認すると、数体のスリーパーゾイドが迫っていた。ローレンジを確実に仕留めんと、この場を目指しているのだ。
「ふぅ、悲劇のワンシーンを邪魔するなんて無粋なこった」
ヘルキャットのコックピットを閉じ、スリーパーの元への道筋を確かめる。スリーパーたちが現れるその先、そこにザルカがいる。ならば、ここからは強行突破だ。
「おい、オーガノイド」
声をかけると、オーガノイドはくるりと首を回して振り向いた。幻覚だと理解はしているが、ローレンジの目にはオーガノイドが涙を流しているように見えてならない。
「俺はこの先でひと仕事してくるから、早めに逃げろよ。巻き込まれたら溜まったもんじゃない。態々助けてやったんだ。そのまま死なれちゃ寝覚めが悪いんだ」
――って、殺し屋の言う事じゃないか。
ヘルキャットの脚が力強く地面を蹴り、遺跡の奥へとその姿が消えていく。オーガノイドは、その姿をじっと見つめていた。まるで、見定めるかのように。
スリーパーゾイドを蹴散らし続け、機体はすでに限界に近かった。それでもヘルキャットは――ローレンジは走り続けた。そして、最後のスリーパーゾイドを仕留め、その先へと歩みを進める。
そこに、ついに目的の男がいた。
「フフフフフ、ようやくここまでたどり着く者が現れたか。待っていたよ、コーヴ君」
原作イメージと言いつつ、中身は悲劇的でした。
次回、いよいよザルカと対面!