ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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さて、ウィンザーたちのストーリーも大詰めです。


第69話:チェピンの激闘

 ニフル湿原西端、ミッド平野と隣り合わせの地点に、PKの前線基地チェピン要塞はあった。

 チェピンは嘗ての古代ゾイド人の遺跡『ダークネス』を改造して作られた要塞であり、古代遺跡の様相を成す壁画が描かれた壁面がいくつも存在する。内部は非常に入り組んで作られており、外から侵入した者は迷いやすい。朽ちた遺跡の壁面である関係上、破壊するのは容易なのだが闇雲に破壊していては守る側の思う壺である。遺跡の内部におびき寄せ、侵入者が気づいた時にはもう遅い。入り組んだ遺跡のあちらこちらから包囲し、一気に殲滅することが敵う。守りの面から見ると非常に有用な拠点であった。

 ニクスの大地に攻め入られることは想定されていないはずなのだが、拠点の立地からそういった特性があるならば利用してしまえ、と言う訳である。

 

 ただ、それをうまく利用できるか否かは、結局のところ現場の指揮官次第である。

 

 

 

 チェピン要塞に爆音が響き渡った。

 

「何事だ!」

 

 癇癪を起こした子供のように怒鳴ったチェピン要塞の責任者、ハイデル・ボーガンに通信機で警備兵が答えた。

 

「敵襲です! 遠距離からの砲撃です!」

「ふん、破れかぶれの攻勢か? ジークドーベル隊を出せ! 一気に肉薄し殲滅するのだ!」

 

 ハイデルの指示は素早く伝達され、要塞からジークドーベルが飛びだしていく。元々、山岳地帯や平野、森林での戦いを想定して作られた高速戦闘ゾイドだ。要塞のような狭い場所での守城戦は不得意。のびのびと戦える平野に送り出し、その機動性を存分に発揮するのは上等な指示だろう。

 問題は、敵の意図を一切想定していないハイデルの甘さであった。

 

 ジークドーベルを送り出して五分。再び要塞に爆音が響き渡った。驚愕と共にハイデルが窓から見た光景は、レドラーが率いた飛行ゾイドが爆撃を開始する様だった。

 ジークドーベルは高速戦闘が得意なゾイドだ。襲撃を行っている者たちの戦力から、対抗できるのは空戦からの援護を駆使するしかない。だが、裏を返せばジークドーベルのみを誘い出し、各個撃破すれば、その後は気に掛ける必要が無くなるのだ。空戦ゾイドはのびのびと攻城戦に専念し、彼らが切り開いた道を重武装の陸戦ゾイドが悠々と攻め入るのだ。

 

 ミッド平野の彼方からゾイドたちの雄たけびが響き渡る。

 溜まった恨みを晴らさんと高らかにドラミングをし、先陣を切るアイアンコングMS。それに同調し、勇ましく頭部のドリルを回転させながら突撃するブラックライモス。軽快な走りで続々と攻め入るディロフォース。低空飛行ながら、複眼を赤く光らせ、軍隊アリのように着々と距離を詰めるディマンティス。そして、最後尾ながら王者の風格を漂わせ、これから喰らう獲物を想像して歓喜に打ち震える狂竜(バーサークフューラー)

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)混成部隊とガイロス帝国特務隊のチェピン攻略戦が、幕を開けた。

 

 

 

***

 

 

 

 要塞の中は泡を食ったような騒ぎだった。先遣の自動操縦(スリーパー)部隊全滅の報がもたらされたのは二日前。貴重なディオハリコンを投入したゾイドたちの敗北は司令官にとって予想外だったらしく、部隊の再編とヴァルハラ方面の本隊との連絡の取り合いもあり大いに慌てていた。そこに、重ね合せたような襲撃である。怒号が飛び交い、格納庫では一機でも多く進撃させようと躍起になるPK団員の姿があった。

 

 その騒ぎはチェピン要塞の地下、独房まで広がっていた。

 普段なら詰めているはずの監視員の姿がなく、不審に思ったその男は身を起こす。

 

「どうしたんです? パリス中尉?」

「いや、騒がしくなってきたなと思ってよ」

 

 独房に押し込まれたへリック共和国機動部隊のトミー・パリスは、檻に顔面を押し当て、周囲の様子を窺う。時折聞こえる爆音が、パリスの耳にも届いていた。

 

「なにか、あったんでしょうか?」

「さぁな。ただ、これはチャンス到来かもしれねぇぜ、レイ」

 

 パリスはにやりと笑みを浮かべ、同じ独房に放り込まれた同胞――レイ・グレック准尉に笑いかけた。

 

「チャンス……ですか?」

「ああ、この騒ぎに乗じて脱出する。適当なゾイドを奪って――残ってりゃ俺たちのゾイドを奪い返して、さっさと抜け出すんだ。クラッツのヤロウ、オレたちを嵌めやがって……」

「……クラッツ少佐」

 

 パリスたちはへリック共和国軍少佐オーダイン・クラッツに率いられニクスに来ていた。しかし、クラッツはPKに内通しており、パリスたちを裏切り、機動部隊は全滅。パリスたち数少ない生き残りは、こうしてチェピン要塞に閉じ込められていた。

 

「クッソ、なんかいいもん残ってねぇのかよ……」

 

 愚痴りながら牢の鍵穴を弄るパリス。そこに、カラカラと言う音と共に何かが投げ込まれた。ほんの小さな爆薬だ。牢の鍵穴を破壊するには十分なものだった。パリスは、それを拾い上げると、投げ込んだ人物を見る。

 この独房に居るのはパリスたちだけではない。後から投げ込まれてきた者たちが別の牢に入れられているのだ。何かしら暴行を受けたのか、内()()|はロクに身体を動かせる状態ではない。投げ込んできた黒髪の少年を見て、次いでその足元に崩れ落ちているが、震える腕で親指を立てる金髪の青年を見た。手首に繋がれた鎖が、ジャラジャラと忌まわしく鳴り響く。

 

「ローレンジ……お前はどうするんだ?」

「爆、薬は……それだけだ。足手まとい、だろ……俺……達は……置いていけ……」

 

 爆薬はローレンジが投げ込ませたものだ。死なれたらマズイということか、応急処置は施されているものの、ローレンジは両手両足を銃で撃ち抜かれ、満身創痍である。

 

「んな状態のお前を置いていけってのか! あん時みたいに! オレに! またお前を捨てて行けってのか!」

「いや、俺たちは……アテがあるから、問題ねぇ。お前は……今行けよ」

「こんの……!」

 

 もどかしい想いを抱えながらも、パリスも分かっていた。仮にローレンジの牢を壊せたところで、ローレンジを縛りつける鎖を壊さない限り連れだすことはできない。現在チェピン要塞に起こっている騒ぎもいつまで続くか分からず、今を逃せばチャンスは二度とやってこないだろう。

 パリスにできることといったら、今ここを抜け出して外に助けを探しに行くことだけだった。

 

「毎度毎度……オレはいっつもこんな役回りかよッ!」

「そーゆー、星の下に生まれたんじゃねーの……? お前、らしい」

「こいつ……!」

 

 パリスは殴りつけるように小さな爆薬を牢の鍵穴付近にセットする。距離を取って起爆スイッチを押すと、爆薬は小さな爆音と共に破裂し、パリスたちを押し込め続けた鉄格子はあっさり開かれた。

 

「絶対だ。今度こそオレが助けてやる! くたばるなよ、まだまだ借りがたっくさん残ってんだ!」

「……はは、慣れっこだよ。こーゆーの。……期待はしないでおく、ぞ」

 

 力なく笑うローレンジに後ろ髪引かれる想いで、パリスはレイを連れてその場から駆け出した。

 

 

 

 牢獄から抜け出したパリスとレイは、通路の端に潜みながら脱出を目指す。一ヶ月ほど前、牢獄まで引っ張られていった当時の記憶を脳内に焼き付け、そのルートを逆走する形で格納庫を目指す。道中に入った部屋でアサルトライフルを二丁発見したことも功を奏し、必要な時に限り敵兵を排除しながら突き進んだ。

 パリスもレイも共和国のゾイド乗りだ。そして、共和国の兵士である。一通りの訓練は済ませてあり、小銃の扱いは十分熟知している。普段ゾイドに乗っていることが多いため、こうして小銃の引き金を引くことは久しぶりでもあったが、二人は慣れた手つきで格納庫までの道を踏破する。

 

「パリス中尉。さっきの男は、知り合いなんですか?」

 

 廊下の角に身を潜め、脱走に気づいたPKの兵士と交戦する最中、唐突にレイが切り出した。

 

「まぁな。そこまで深い仲ってわけでもないが、アイツと初めて会ってからもう三年だな」

「三年……」

「会った時はサイアクなヤロウだって思ったけど、まぁ案外悪くねぇんだ。でも、いけすかないし、気に入らない。いつか、越えてやりたいよ。あのすかした顔のゾイド乗りをな」

「……ライバル、みたいなもんですか?」

「ライバルか。まぁ、オレが勝手に突っかかってるような感じだけどな」

 

 発砲音が止んだ一瞬の隙にパリスは飛び出し、バリケードから銃口だけを覗かせた敵兵に対し、ライフルと同じ場所で確保したグレネードを投げ込んだ。廊下の壁に跳ね返り、バリケードの向こう側に放り込まれたグレネードは一拍の間ののち、派手に爆音と衝撃を撒き散らした。殲滅した敵の屍が転がる廊下を、息を止めて走り抜ける。

 

「レイはいないのか? 共和国内で切磋琢磨できるような奴がさ」

「一人、それっぽくなりそうな奴は居たんですけどね。結局フラれましたよ。軍は性に合わないとか」

「ああ、あの。ま、いつかそんな奴も出来るさ。ひょっとしたら、一兵卒に似合わない大物がそれに値するかもしれないぜ。お前のライバルになる奴」

「どうでしょうね」

 

 やがて二人の走る先に格納庫が見えてきた。ほとんどのゾイドが出払い、ぽっかりと寂しい空間に変わってしまった格納庫。だが、そこにPKには似つかわしくない二機のゾイドの姿があった。

 青いカラーのコマンドウルフACと漆黒のシールドライガーDCS-J。それぞれパリスとレイの愛機である。

 捕虜のゾイドは武装が解除されるのが常識だ。だが、乗り込んだ二人のゾイドはエネルギー十分、弾薬も補給されていた。

 

「PKの連中はバカか? 奪い返されるのを予想してないのかよ」

「自分たちで使うつもりだったんじゃないですか? ほら、連中ってまだまだ戦力増強中ですから、敵のゾイドを鹵獲して組み込むくらいやって当然とか」

 

 レイの予測は当たりと考えていいだろう。だが、それはPK側の致命的なミスでもある。パリスのコマンドウルフは長年パリスの相棒として慣らしてきたおかげで他の共和国兵士の操縦を受け付けないほど頑固な機体へと変貌し、レイのシールドライガーDCS-Jに至っては、共和国最高のライガー乗り(レオマスター)クラスの操縦技術が無ければ扱うことのできないほどピーキーな機体だ。

 

「ま、向こうの考えがどうあれこいつはラッキーだ。さっさと脱出するぞ。騒ぎの現況を確かめて、味方なら協力してここを潰す。んで、ローレンジを助けてやるんだ」

「了解!」

 

 シールドライガーDCS-Jに乗るレイは、パリスよりもゾイド乗りとしての技術はすでに上を行っていた。だが、立場上レイはパリスの部下であり、なにより同じ高速ゾイド乗りとして軍内部でもよく話す間柄。そして、軍人としても先輩と後輩――そして友人という間柄であった。

 パリスの指示にレイは真顔で返し、共に格納庫を飛びだした。友軍が救出に来たか、はたまたニクス大陸の民が暴動でも起こしたか。そんな予想を立てながら外に出た二人を待っていたのは、そのどちらでもない光景だった。

 

「こいつは……」

「帝国軍? でも、見慣れないゾイドもいるし、新型か?」

 

 チェピン要塞前で行われていた戦闘は、一言で言い表せば帝国軍同士の争いである。一方は黒とダークグリーンの配色をしたヘルディガンナーと同じ配色の恐竜タイプのゾイド、デッドボーダー。もう一方は見慣れたアイアンコングやブラックライモスを有するが、空を覆う部隊には見慣れない飛行ゾイド、グレイヴクアマが。さらに陸戦部隊にはディロフォースやディマンティスが存在する。どちらもパリスとレイには見覚えの無いゾイドだ。

 

 そして、戦況はと言えば……一方的だった。動きの鈍った後者のゾイドたちにヘルディガンナーとデッドボーダーが力に物を言わせてなぶり殺しをする様。

 戦況を見て、パリスは瞬時に判断する。ヘルディガンナーとデッドボーダーはPKで後者の帝国軍はチェピン要塞を襲った首謀者だと。

 

「レイ! PKの奴等を殲滅する。向こうの帝国部隊と協力して、この窮地を抜けるんだ!」

「了解です!」

 

 パリスのコマンドウルフが250mmロングレンジキャノンで援護射撃を行い、それを受けてレイのシールドライガーDCS-Jが前に出た。

 シールドライガーDCS-Jはノーマルシールドライガーの高速戦闘能力とシールドライガーDCSの遠距離砲撃戦能力を足し合わせた機体だ。シールドライガー以上の最高速度、シールドライガーDCS以上の砲撃力を持って戦場を圧巻する、黒玉(ジェット)の異名を与えられた機体だ。

 しかし、高速戦闘での格闘能力と砲撃力の同時強化は矛盾を孕み、機体バランスを大きく崩した。強力な性能を持ち合せながら、共和国のエースパイロットでさえ操縦を困難とするピーキーな機体だ。

 故に、レイという高速ゾイドのスペシャリスト(レオマスター)でなければ乗りこなせない機体なのだ。

 

 シールドライガーDCS-Jのビームキャノンが唸りを上げる。ブラックライモスに纏わりついていたヘルディガンナーが戦場を一閃する砲撃に貫かれ、泥の大地に投げ出された。さらにシールドライガーDCS-Jは別のヘルディガンナーに喰らいつき、レーザーサーベルをコアに突き立てて沈黙させる。

 

「おい! 大丈夫か!?」

『あ? 共和国の援軍、か?』

「いや、俺はへリック共和国機動部隊所属のレイ・グレック准尉だ。ついさっきまでここに捕まってて、今は脱走捕虜ってとこか」

『ああ、あんたが。俺ぁ、ガイロス帝国特務隊副隊長のギュデム・ランザーダック中尉だ。ってぇ話はあとだ! お前、直ぐに離脱しろ! 奴が来るぞ!』

 

 問答の隙を突いてデッドボーダーが格闘戦を挑んでくる。牙と爪で恐竜らしい攻撃を仕掛けるが、レイ・グレックは並のゾイド乗りではない。反転させた機体を僅かに横にずらして回避し、展開したEシールドをそのまま装甲代わりに痛烈な体当たりを加えた。レッドホーンクラスの大型ゾイドでさえ、下手すれば装甲がひしゃげるような一撃だ。デッドボーダーも体当たりの衝撃で吹き飛び、大地に倒れ伏す。だが、大した痛痒を受けていないかのようにむくりと起き上がる。

 

『あんにゃろ、またディオハリコンかよ! 基礎能力の強化だけでもバケモンクラスじゃねぇか!』

「あれがディオハリコンの力か。だが、倒せないほどじゃない!」

 

 ディオハリコンによる強化は圧倒的だ。レイがそれを目の当たりにしたのはこれが初めてなのだが、レイはそれを視認した上で倒せると判断した。ゾイドの基礎能力の大幅向上と言うのは確かに厄介だが、結局はゾイドの能力が向上するのみだ。

 ゾイド乗りというのは、兵器としての圧倒的実力差も関わるが、それを覆すのはパイロット個人なのだ。そして、先ほどの戦闘を見て、レイにはこの場を乗り切れると判断できた。パリスの援護射撃は同部隊に所属されたことで知り尽くしており、コンビで戦えばこの場も乗り切れる。

 

 そう割り切れた要因は、もう一つある。

 

『ぬぁああああああああッッッ!!!! まだまだァ!!!!』

 

 一体のデッドボーダーが、振り抜かれた尻尾に打ち据えられ沈黙する。見たこともない、漆黒の恐竜型ゾイドだ。嘗て共和国領で暴れ回ったという『ジェノザウラー』に酷似しているが、今は味方だ。

 多くの味方ゾイドが謎の機能不全を起こしている中、その狂竜だけは問題なく機能している。一機では味方を守って戦うことに苦戦しているようだが、レイとパリスが加われば行けると確信できた。

 

 ――いける! こいつらに、目に物見せてやる!

 

 レイは自信を持って愛機を更なる敵に向かわせ――突如違和感を覚えた。

 握り込む操縦桿が、酷く重たいのだ。まるで操縦桿に、シールドライガーDCS-Jの脚に重りを付けたような動きの鈍りを覚えた。そして、それはレイだけではない。

 

『おいレイ! そっちはどうだ!? こっちは、コマンドの調子が悪くなって……』

 

 パリスのコマンドウルフもだった。

 突然の機能不全。故障か、PKに鹵獲されている間に細工をされたかと疑ったが、すぐにその判断は間違っていると気付く。周囲に立ち尽くす帝国軍のゾイドも、同様だからだ。

 皆が皆、脚に重りを付けた様に行動が鈍く、ヘルディガンナーの嬲り者にされている。

 

 

 

『ハッハッハ! 愚かなネズミどもまでかかったか! これは愉快!』

 

 その声は、チェピン要塞の城壁の上から響いた。城壁の上には黒い背びれをゆらゆらと怪しく揺らす一体のゾイドが居た。毒々しい薄緑と紫の装甲に、悪魔じみた細長い口。その中にはワニのように鋭い牙が幾本も並んでいる。額と目を赤紫色に輝かせるゾイド――ダークスパイナー。

 

『愚か者どもが。このダークスパイナーの前ではキサマらなど無力! この圧倒的な力の前にひれ伏すがいい!』

 

 ダークスパイナーの背びれが揺れるたびに耳障りなノイズ音が辺りに響いた。この音波とそれに乗せられた電波がゾイドの調子を狂わせているのだとレイは察する。だが、その術中に捕われた現状、レイには対抗の手段が無かった。

 

「くそっ、せめてこれぐらいは!」

 

 重苦しい操縦桿を必死に傾け、照準を合わせてビームキャノンを発射する。運よくそれはダークスパイナーの横腹に突き刺さる射線だったが、ダークスパイナーは周囲にEシールドを展開しているらしく明後日の方向に弾かれた。

 

『ハッハッハ、バカめ、その程度の攻撃が効く物か! さて』

 

 ダークスパイナーはその場を睥睨し、目を付けたレイのシールドライガーDCS-Jに歩み寄り、そのコックピットを踏みつけた。シールドライガーDCS-Jが妨害電波に捕われている所為か、ダークスパイナーの動きは並みの高速ゾイドを上回るほどに見えた。対応しきれるはずもなく、レイのシールドライガーDCS-Jは横倒しにされる。

 

『おい! キサマがこの部隊の長だろう? 変わった機体に乗っているな。まるで裸だ』

『テュランを馬鹿にするな! お前のジャミングウェーブとやらも、コイツには効かんぞ!』

 

 テュラン――バーサークフューラーは闘志を滲み出しながらヘルディガンナーの顔を噛み砕いた。野生体の鋭い眼光をダークスパイナーに叩きつける。

 

『ふん、弱者の遠吠えなど聴く耳持たんな。キサマは、確かにジャミングウェーブが通用せんらしい。だが、キサマも部隊長だろう? 仲間を死なせたくはあるまい』

 

 ダークスパイナーの脚に力が籠る。シールドライガーDCS-Jのコックピットがメキメキと嫌な音を響かせ、軋み始めた。

 

『部下ではなくとも、こいつはキサマの救出対象。それを死なせたくなければ、このハイデル・ボーガン様に跪け! そして、無様な屍をさらすのだな!』

 

 耳障りな汚い声でダークスパイナーのパイロット、ハイデル・ボーガンは唾を撒き散らしたような勢いで言いつのる。他人を見下しきったその態度は、レイの激情を揺さぶり離さない。

 

 ――こんな、奴に……!

 

 パリスと共に、颯爽と参戦したと言うのに、蓋を開けてみれば敵のゾイドに良いようにやられて人質とされる始末。やるせない、自分を許せない気持ちがレイの心を満たす。

 だが、何もできないのは事実だ。レイのシールドライガーDCS-Jは、主の意志に反して身動き一つ取れないほどだった。

 

 PKの新型機に未完成の兵器が積まれていることはレイも知っていた。独房にやってきたPKの者が、自慢話としてレイに話していたからだ。完成したら、あらゆるゾイドを支配下に置ける最強兵器に成りあがると。

 

 それは、ゾイドを兵器として扱うのと同義だ。レイは認めたくなかった。

 レイが尊敬する師は、ゾイドとのかかわりを何より重視する男だ。どんな狂暴なゾイドだろうと、その反応を個性と表し可愛がるような男だ。その言葉を、「ゾイド=兵器」は否定するのだ。

 

 レイだけでない。レイはこの場の者たちのほとんどと初対面だから知る由もないが、この場にいるゾイド乗りは、皆が皆、ゾイドとの関わりを尊重する者たちだ。そんな彼らにとって、ダークスパイナーの「ジャミングウェーブ」は認められるものではなかった。

 

「負け……られるか」

『ふ……その通りだな』

 

 レイの小さな呟きに、一人の男が反応した。

 

『ハイデル・ボーガン! 俺様は、貴様のような男に頭垂れるためにここに来たわけではない! 覆してくれよう! この絶望的な状況を!』

師匠(せんせい)の教えを否定するな! 俺は、お前なんかに負けてやるか!」

 

 シールドライガーDCS-Jの体に僅かながら力が戻る。僅かに身を揺すらせ、脱出を図るが、ダークスパイナーは逃がそうとしない。が、僅かに生まれた隙があった。そこを突いて、バーサークフューラーが駆けた。反応が遅れたダークスパイナーは、しかし恵まれた格闘戦能力でバーサークフューラーと組み合う。

 ティラノサウルス型野生体を元とするバーサークフューラーとスピノサウルス型()()()を元とするダークスパイナーは、互いの力と力をぶつけ合う――

 

 

 

 刹那、ダークスパイナーの背びれが二発の弾丸に撃ち抜かれた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 その戦場を、遠くから見つめる一人の男の姿があった。

 左頬に黄色い二本の刺青を刻んだ男。頭髪は白髪が多く混じり、男がいくつもの戦場を駆け抜けキャリアを積み重ねてきたことを如実に表していた。

 男は、青く鋭い印象を与えるライオン型ゾイドに乗っている。背中に携えているのは、そのゾイドの名に冠された黄色い刃(ブレード)

 そして、ライオン型ゾイドの脇には二体のヴェロキラプトル型ゾイドが戦場に尻尾を向けて立っている。レブラプターによく似た体形のそのゾイドは、尻尾の先端の銃口から煙を漂わせ狙撃の結果の確認を待つ。

 

『少佐。着弾を確認しました。戦場の異常電波に揺らぎが見られます。おそらく、例のジャミングウェーブとやらの効力が減退しているものかと』

「そうか~、ごくろうさん。そんじゃ、ブリジット少尉はガンスナイパーを戦場に空輸、投げ込んでくれ。おれは一人で十分だ。このまま突貫する」

『了解。御武運を』

 

 上空を旋回していたストームソーダーが舞い降り、脚でガンスナイパーを攫むと一気にチェピン要塞へと駆けて行く。

 それを見送った刃の獅子――ブレードライガーには、獅子と盾をかたどった赤の紋章が掲げられている。

 最高のライガー乗り(レオマスター)の称号を掲げた、すでに引退近い年齢の男は、口端を持ち上げ笑った。

 

「さて、レイにパリス。不肖の弟子どもを助けに行ってやるかぁ。頼むぜ、ブレード!」

 

 赤のレオマスターを乗せたブレードライガーは、初陣となるこの戦いに、内なる戦意を滾らせて駆け出した。

 

 

 

 へリック共和国高速戦闘師団、その中でもエースの中のエースと目されるレオマスター最強の男。『死神に最も嫌われた男』、アーサー・ボーグマンが、戦場に駆けた。

 


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