ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 えーみなさん。例のゾイドの登場については感想で度々要望というかご期待というか、いろいろ意見を頂いていました。なので、言わせてください。
期待を「妙な形」で裏切り、すみません! 「砂鴉のヤロウふざけんな!」とか言わず、どうかこの先もお付き合いを!


第68話:狂竜咆哮 反撃の狼煙

 ミッド平野で繰り広げられた戦場を、ザルカは静かに見下ろしていた。ディオハリコンを組み込まれたPKのゾイドたちが死に物狂いで、命の最後の瞬間を燃やし尽くす勢いで迫りくる様を、ザルカは達観した想いと共に見下ろす。

 

 ――ディオハリコン。ゾイドを狂わせる魔の鉱石。あの力は、やはりゾイドたちには似合わん。

 

 ディオハリコンを搭載されたゾイドたちはその寿命を一気に使い切ってしまう。故に戦争と言う観点では決戦のためのドーピング素材であり、戦場のゾイドにとっては最後を華々しく飾るために喉から手が出るほど欲しい麻薬――もとい、ゾイド狂わせの魔石だ。

 少しずつ押され始めている同胞に、しかしザルカが出来ることはなかった。戦闘開始前に追いつけていれば、或いは強力な助っ人になりうるゾイドを与えられたかもしれないが、始まってしまえばそれも叶わない。

 

 彼がゾイドの()()()()()()とも限らないのだから。

 

 PK側のゾイドの一機が動き出した。レッドホーンに似た真紅のゾイド。標的に定められたのはウィンザーのレッドホーンBGだ。通常のレッドホーン、しかも使い古されボロボロのレッドホーンでは、ディオハリコンを組み込まれた狂乱のクリムゾンホーンを倒すことは叶わない。さらに、ウィンザーは何をしているのかその接近に気づいていない。他のメンバーも眼前の敵に夢中で気づいていない。クリムゾンホーンの足は遅いが、気付いて迎撃しようにも、あの突撃のパワーは止められない。

 仲間の情けない姿に、ザルカは深くため息を吐いた

 数秒の後、ウィンザーは敗北するだろう。仲間ではあるが、失ってどうこう言うものでもなかった。ザルカはただ静かに、サイカーチスのコックピットから戦場を見下ろした。

 

『ザルカ博士! 戻ってください! 例の機体が――』

「なに?」

 

 思考に割り込んできた団員の言葉に不思議を覚え、ザルカは瞬時にサイカーチスを降下させた。サイカーチスが着地すると、すぐに降りてグスタフの荷台に駆け込む。その中には、一体のゾイドが呻いていた。ロクに装甲を身に着けていない実験機。だが、そのゾイドは何かに反応し喚いていた。

 「速くここから出せ!」と、癇癪を起した子供のようにコンテナの中で暴れる。自動操縦に改装したわけでも、パイロットが居る訳でもない機体が、だ。

 

「さっきからこの調子で。どうします?」

「ふむ……」

 

 コンテナの中に入り、ザルカはそのゾイドを見上げた。ゾイドは、ザルカこそが己を縛り付けている元凶と悟ったのか忌々しげにザルカを睨む。

 

 ――間違いない。このゾイドは()()している。主を見出したのか? これほど距離がありながら。しかし、それが()()()の本能、というわけか。

 

「フ……フハハハハハ!!!!」

 

 突如笑い出したザルカに、傍でゾイドの視線に晒されていた団員がぎょっとする。ザルカが高笑いをするのはいつものことだが、「食い殺してやる!」と眼光を向けるゾイドの前でそれが出来るとは、少々驚いたのだ。

 

「ハハハハ……出せ」

「は?」

「出せと言っておるのだ。ここに縛り付けるな。このゾイドは、主の意志を感じ取ったのだ。――早く出せ! 何時までも縛り付けるんじゃない!」

「は、はいっ!」

 

 団員は慌てふためきながらコンテナの壁を操作する。壁が四方に取り払われ、ゾイドを縛り付けていたものが無くなった瞬間、ゾイドは勢いよく飛び出した。ジェノザウラーによく似た身体を弾ませ、レブラプターに匹敵する軽快な足取りで、漆黒の身体を戦場に向けて走らせる。

 同行した多くの者たちがその姿をポカンと見つめる中、ザルカは再び高笑いを響かせた。

 

 ――本能のままにゆくがいい! 狂竜(バーサークフューラー)よ!」

 

 

 

***

 

 

 

 レッドホーンのコックピットが握りつぶされる刹那、ウィンザーは放心していた。シートベルトをしっかり締めていたはずの身体は宙を舞い、視界の中で回転するレッドホーンの頭部が握りつぶされる。しかし、レッドホーンは諦めずビームガトリング砲のビーム弾をクリムゾンホーンに叩きつけていた。

 

 ――レッドホーン、お前……!

 

 クリムゾンホーンは襟巻の大型砲塔からシールドを展開し、ビーム弾丸を全て凌ぐ。ビームが役に立たないと分かると、レッドホーンは残された砕角(クラッシャーホーン)を振りかざし、突き刺しにかかった。だが、クリムゾンホーンはそれすら装甲で跳ね返す。代わりに死砕角(デッドクラッシャーホーン)でレッドホーンの頭を完全に砕いた。

 

 ――最後まで、闘志を捨てなかったのか……それでこそ、俺様の愛機よ!

 

 ウィンザーは心の中で賛辞を送った。死の間際まで戦い抜いた誇り高き愛機に、戦士に。そして、レッドホーンの意思は――――受け継がれる。

 

 

 

 ウィンザーが宙を舞い、大地に向かってゆっくり落ちていくその刹那、黒い『狂竜』がその下に滑り込んだ。自らコックピットを開き、掬い上げるようにウィンザーをコックピットに収めた狂竜は主を見つけ出した喜びを咆哮に乗せ、叫んだ。

 

 

 

『ギュルゥァアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 

 

 一瞬にして行われた、瞬き一つ許されない乗換え。だが、ウィンザーは瞬時に、無理やりコックピットに収めらたその機体の本質を察する。

 本来はヴォルフのために作られていた、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の旗艦となるべき機体だ。そもそもまだ完成には程遠く、開発とシステムの研究が待たれるゾイドであった。ウィンザーも説明を――ほぼ右から左に流していたが――訊き、その開発中のゾイドを見ていた。ヴォルフの機体となると訊き、「まさしくふさわしい!」と納得し、喜んだものだった。

 

 まさかその機体をこうして乗ることになろうとは思いもしなかったが、その幸運をウィンザーは受け入れる。なにより、狂竜から感じる戦意が、ウィンザーのそれとピッタリだから。

 

 狂竜はウィンザーをコックピットに収めるとクリムゾンホーンの上に乗る。足の爪を閃かせ、背中の装備を踏み壊した。次いで大地に降り立ち、発達した脚力で蹴り飛ばす。一〇〇トン近い重量のクリムゾンホーンがサッカーボールのように大地をバウンドし、横たわる。狂竜は瞬時にその首筋に噛みつき、硬い装甲を、力づくで噛み千切った。

 クリムゾンホーンだった残骸を踏みしめ、その場の全てを飲み込んで狂竜は吠える。ウィンザーと共に。

 

「ふっ、気に入ったぞ! バーサークフューラー、いや――テュラン! このウィンザーと共に、反撃の狼煙を上げようではないか!」

 

 歓喜と興奮が入り混じった方向と共に、漆黒の狂竜は高らかに吠えた。

 

『ギュルゥァアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 突如として戦場に現れた黒い疾風(かぜ)は、それまでのゾイド戦の常識を打ち破るものだった。血に飢えた恐竜が獲物に襲いかかる様、とでも表すのだろうか。デッドボーダーとヴァルガが放つビーム、ミサイル、実弾の雨を身のこなしのみで、全て紙一重で躱しきり、肉薄すると猛獣タイプのゾイドすら恐れおののくほどの狂暴性を持って喰らいつく。装甲と言う名の肉を食い千切り、爪で引き裂き、一通り破壊し尽くすと次の獲物に飛び掛かる。

 火器による牽制もない。反射神経と本能が赴くままの動きで敵機を喰らい尽くした。

 

 それは、コックピットに座るウィンザーも同様だった。ウィンザーはこれまでの人生、戦場で培ってきたゾイド乗りとしての技術を全てかなぐり捨てていた。操縦桿を()()()()のだ。ウィンザーは自身もバーサークフューラーと一体化した気分で大地を踏みしめ、ヴァルガを喰らい、鉄の味を口の中に広げ、噛みしめた。

 

「サファイアぁ! 全員を下がらせろ!」

 

 ヴァルガを喰らいながらウィンザーは叫んだ。すぐにサファイアが応え、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とガイロス帝国特務隊を退かせる。ガーデッシュのアイアンコングMSはその殿を務め、肩の10連装自己誘導ロケット弾ランチャーを撒き散らした。ギュデムのブラックライモスも大型電磁砲でヴァルガを弾き飛ばし、部隊が十分下がるまで牽制に勤める。そして、全員がバーサークフューラーの後ろに下がったのを確認し、ウィンザーはバーサークフューラーに囁く。

 

「よし、撃っていいぞ!」

 

 バーサークフューラーは喜んでその言葉を受け入れる。脚を踏みしめ、尻尾を一直線に伸ばし放熱板を開く。機体を支えるアンカーがついていないが、そんなことはお構いなしとバーサークフューラーはおびただしいエネルギーを口内に溜めこんだ。

 前方にデッドボーダーとヴァルガを収め、真紅の瞳は激情に駆られた波乱を宿す。

 

「これが……なかなか面白いではないか、テュラン! ゆくぞぉ!」

 

 意識をバーサークフューラーに溶け込ませたウィンザーはその激情に引っ張り込まれ――いや、自らの闘志をバーサークフューラーのそれと同調させ、溜まった感情諸共、吐き出す。

 

「喰らうがいい、拡散荷電粒子砲だぁっ!!!!」

 

 

 

 その瞬間、バーサークフューラーの口内から放射状に閃光が広がった。糸をより合わせて紐とするのではなく、それを解き解し全体へと発散させた光は、バーサークフューラーの前方一〇〇度の範囲をまばゆい荷電粒子の輝きに包み込む。

 その範囲には、ついさっきまでウィンザーが乗っていたレッドホーンも含まれていた。

 

『ウィンザーさん。レッドホーンが……』

「はっ、構わん! 奴は死す時まで戦い抜いた! 亡骸は、俺様が葬ってやろうではないか!」

 

 そう言いきると同時に、拡散荷電粒子砲はさらに出力を増した。戦場の大半を飲み込んだ光は、どこまでも熱く輝いていた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「初陣から無茶をさせたな。まったく、オーバーヒートを起こしているではないか」

 

 ザルカの愚痴を横耳に挟みつつ、ウィンザーはバーサークフューラーを見上げた。

 拡散荷電粒子砲を放ったはいいものの、バーサークフューラーはまだ未完成の機体だ。一切の装甲を纏っていない――ザルカ曰く『素体』と呼称する――状態での全力の荷電粒子砲発射は、機体に与えた影響も半端ではなかった。幸いにも開発者であるザルカ本人がこの場にいるため、引き連れてきた技術者たちを統率して応急処置を施している。

 応急処置はバーサークフューラーのみに与えられている訳ではない。当然ながら、帰還したディロフォースとディマンティス、グレイヴクアマも同じように修復作業が進められている。

 

 PKの追撃部隊を殲滅した鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とガイロス帝国特務隊はひとまずユミールの地に帰還。この場を臨時拠点とし、今後の方策を練ることになった。

 団員には休息が与えられ、ささやかながら両部隊員の交流も行われている。しかし、ウィンザーとガーデッシュを頭とする幹部たちは、そうも言っていられなかった。数刻前までガーデッシュを頂点としていたテントに幹部が集結し、情報の整理と今後についての会議を開始することとなった。

 

「まず、先に言わせていただきたい。此度の救援、感謝する。貴公たちがいなければ、我々は今生きてはいないだろう。無念を抱えたまま、この未開の地ニクスにて力尽きていた。ありがとう」

「いやー、マジで助かったぜ。感謝感謝だ!」

 

 古風な物言いで礼を尽くす特務隊隊長のガーデッシュ、対照的に陽気な調子で礼を述べた副隊長のギュデム。この言葉だけでも、二人の性格は推し量れた。

 

「いや、俺様たちの任務はそもそもお前らを捜索することだ。そこまで言われるまでもない」

 

 バーサークフューラーをザルカに預け、テントに戻ってきたウィンザーはガーデッシュに対し簡単に告げた。そして、ざっとテントに集まったメンツを見渡す。

 ガイロス帝国特務隊からはガーデッシュ・クレイドとギュデム・ランザーダック。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)からは今回の部隊長であるカール・ウィンザー、副隊長のサファイア・トリップ。そして道中で確保したPKからの捕虜、キリー・ブラックとニクスに住んでいた元エウロペ住民ライン・ホーク。計六人が狭いテントの簡易机を囲むように立つ。

 

「そう言えば、貴殿らはどうやって我々を? 北部の方に向かっていたと訊いたが?」

 

 疑問点を片付けておきたい、という意思を見せ、ガーデッシュが尋ねた。

 

「それでしたら、私たちも急だったんですよ。私たちの別動隊、白虎隊のサイツさんとイサオさんがPKの前線基地を知らせてくれて」

「待て、別働隊と言ったな。その隊の隊長に話を通していないのか?」

「それについては、今後の方針にも関わりますね」

 

 サファイアが言葉を切り、テントの入り口に目を向けた。すると、示し合わせていたように幕が開き、一人の青年が支えられながら入ってきた。今にも倒れそうな青年を誰も使っていない椅子に座らせ、連れて来た男は静かに退出する。

 皆の視線が青年に向けられ、青年は息も絶え絶えながら言葉を紡ぎ始める。

 

「……PKの、ユースター・オファーランドと……言います。……あなた方に、PKの現状を伝えるよう、と……カバヤさんに言われまして……」

 

 ユースターはゆっくりと話し出す。

 PKの野望がニクスで戦力を整えエウロペに帰還すること。ギュンター・プロイツェンの意志を継いだPKのリーダー、ドルフ・グラッファーが、エウロペに再び戦火を撒き散らさんとニクスの災厄を狙っていること。その戦力の補強に、彼の『ジェノザウラー』が使われていたこと。

 一通り話したユースターにガーデッシュとサファイアがいくつか質問を挟み、ブラックがそれを捕捉し情報共有を済ませる。体力的に厳しいだろうユースターはカバヤに連れられて退出し、再び会議の空気が戻ってくる。

 

 分かったことは三つ。

 

 一つ目はジェノザウラーについて。ジェノザウラーは本来デスザウラー復活の過程で偶発的に誕生したゾイドで、自然発生はしない。PKは()()()()()()からジェノザウラーを譲り受け、ほんの少数ながら量産に成功したらしい。一機はガイロス帝国の内通者の元に残され、もう一機がニクスに渡っていた。また、先の戦いで現れた『ヴァルガ』というダンゴムシ型ゾイドも同様の出自らしい。

 余談だが、今回の戦闘で初陣を飾ったバーサークフューラーは、開発者のザルカ曰くエウロペの北端に生息していた野生体のティラノサウルス型ゾイドを用いたらしく、ジェノザウラーと似ているが出自は別物だそうだ。

 

 二つ目はPKの前線基地の場所と配備された戦力。場所については白虎隊のサイツ・ダンカンとイサオ・ログラムがもたらした調査報告からすでに割れている。だが、そこに詰められている戦力は全くの未知数だ。しかし、これはこちらにとって大きな情報だ。それに、戦力についてはおぼろげながらユースターから語られた。

 生産が進み増加している可能性もあるが、まず主力となる量産機としてヘルディガンナーが挙げられた。その数二十。次いでジークドーベル。これも同様に二十ほどだったらしい。だが、前線基地のあるチェピンはニフル湿原に隣接しており、その機動力を活かすにはミッド平野まで出陣する必要があった。それに加えてデッドボーダーが五機。戦闘となると、おそらくディオハリコンを注入された強化機体が出てくると予測される。

 そして最後に一機。チェピン前線基地の責任者であるハイデル・ボーガンの専用機、ダークスパイナー。ゾイドの動きを狂わせる攻撃的電子戦装備を積んだ悪魔のような機体らしい。

 

 三つ目は……そもそもウィンザーたちが強行軍でこのミッド平野まで進軍した理由でもあった。確証はなかったものの、先んじて接触したサイツとイサオが伝えたそれはウィンザーたちを急がせるに十分すぎる。

 その情報とは、先んじてダークスパイナー、並びにジェノザウラーの強化機体――プロトブレイカーと交戦した白虎隊隊長――ローレンジ・コーヴが捕縛された、というものだ。

 

「つまりだ。あんたたちは一刻も早く仲間を助けたい。そのために、すぐにでもチェピンへの攻撃を開始したい、だな?」

「はい。彼は私たちにとって――いえ、私たちの仕えるヴォルフ様にとって、絶対に失いたくない存在です。彼だけは、なんとしても救い出します」

 

 確認するギュデムの言葉に、サファイアが断言した。ギュデムは取り乱すでもなく、また仲間意識だけで無茶を通そうとすることに怒りを見せることもなく、にやりと笑顔を見せた。

 

「いいなぁ、その考え。乗った! 俺はそのコーヴって奴の救出に協力するぜ。な、ガーデッシュ?」

「うむ、同胞のために命を尽くす心意気、嫌いではない」

「ありがとうございます」

 

 残り少ない戦力の中、快く引き受けたガーデッシュとギュデムの言葉にサファイアはきちんと礼を述べる。その後ろでラインが少しおかしげに笑っていたが、この場ではスルーされる。

 ガイロス帝国本国への報告はザルカ達が持ってきた通信機の御蔭で済ませており、ガーデッシュ達特務隊は救助と増援が来るまでこの地を確保する手はずだ。その際、予想外の増援のことを訊き出せたこともあり、戦力に関しては心配が薄くなってもいた。

 

「それで、サファイア。すぐにでも向かうのか?」

「いえ、先ほどガイロス帝国軍部から打電された増援の事もあります。それに、先の戦闘でゾイドも傷ついています。今日はザルカさんたちに徹夜してもらって、明朝、チェピンに向けて進軍を開始すべきかと」

「うむ、任せた」

 

 全てを放り投げたウィンザーの言葉に、サファイアは呆れ半分安堵半分と言った様子でため息を吐く。テントの外から「ワタシたちに休息と言う名の人権はないのかー?」という老人の声が聞こえたが、一刻も早く事態を動かしたいだけに皆が聞き流す。

 

 その後、翌日の行動についての最終確認を終え、その場はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ウィンザーは再びバーサークフューラーの足元に戻った。新たな愛機である機体を見上げ、明日への闘志を滾らせるためだ。

 

「よき、機体だな」

 

 そんなウィンザーの背に声がかけられる。振り返ると、短い黒髪の古風な男、ガーデッシュがそこにいた。

 

「だろう! レッドホーンの意志を継ぐ、俺様の相棒よ! ……っと、本当ならばヴォルフ様の愛機となるはずだったのだがな」

「ヴォルフ様……か。一年前の帝都でのことは、感謝してもし尽くせん」

 

 ガーデッシュは一年前の帝都での動乱を思い返すように目を細めた。あの日、ガーデッシュはギュデムと共にカール・リヒテン・シュバルツ率いる装甲師団の一員としてプロイツェンに弓引いた。

 元々、ガーデッシュが指揮する特務隊はプロイツェンの不穏な動きに備えて結成されていた。しかし、軍部をプロイツェンが掌握し、その結成理由を果たせぬまま今日を迎えていたのだ。

 

「我々が成し遂げる筈だった。だが、できなかった。貴殿たちの活躍は、我らの無念を晴らしてくれたよ。共和国の助けもあり、あの戦いは幕を閉じたが、貴殿たちの活躍は大きい。縁の下でずっと戦ってきてくれたのだからな」

「あー、俺様は別に使命がどうこうとかは考えておらんのだが、まだ終わったわけではあるまい」

 

 そう言うと、ウィンザーは遥か東を指差す。その指が示す方向は、PKのチェピン前線基地、そしてニクスの首都、ヴァルハラ。

 

「禍根を断ってこそ、プロイツェンとの戦いに真の終止符が打てるというものだ」

「……そうだな。期待しているぞ、共に戦ってくれ、カール・ウィンザー隊長」

「ふっ、当然だ。ガーデッシュ・クレイド隊長」

 

 二人の隊長は、硬く手を取り合った。

 

 

 

***

 

 

 

「よぉ。お前さん向こう側だったんだろ?」

 

 テントの中で静かに地図に視線を落としていたキリー・ブラックに、気さくな声がかけられた。癖のある髪を後ろで縛った男、ギュデム・ランザーダックだ。

 

「あなたは、確か……」

「ギュデムだ。あんたのジークドーベルどもには苦労させられたよ。部下がたくさん死んだ」

「……すまない」

 

 恨みがましいギュデムの言葉に、ブラックは小さく謝罪を口にする。だが、ギュデムはそれを手で遮った。

 

「よしてくれ。あんたが謝ったって、死んだ奴らは帰ってこねぇ」

「……そうだな」

 

 ブラックも、この戦いで尊敬するバー・ミリオンを失っている。大切な者を失くしたという気持ちは、ブラックも同じだ。だからこそ、短い言葉ながらもギュデムの意志を理解できた。

 

「……大変だよなぁ、戦争ってのは。みーんな失くしちまう。でも、止めることはできねぇ。なんでだろうな?」

「……私たちが未熟だから――でもないか」

 

 戦乱を持ちこんだのはPKだ。だが、それに賛同し、エウロペに進出しようと便乗したのは、ほかならぬニクスの若者たち――ブラックたちだ。長らく他大陸との争い――誰かと争うことを忘れていたニクスの民は、戦争の哀しみを忘れていたのだ。遥か過去、古代ゾイド人が持つ争いの記憶を伝えていく役を負っているというのに、自らが戦乱の火種を広げてしまった。

 

「俺さぁ、あんたとは良い飲み仲間に成れると思うんだよ。俺は部下を、あんたは上司を亡くした。亡くしたモン同士、この戦いが終わったら一杯やろうや、なぁ!」

「……そう、だな。あんたたちには憎しみもあるが、それはそちらも同じ。酒で流してしまうのが、いいかもしれん」

 

 ギュデムが陽気な調子で拳を突きだし、ブラックはそれに己が拳を小さく打ちつけた。ほんの一時、たった一度だけだが共闘した仲だ。生まれ落ちた戦友の間柄に、深い言葉はいらなかった。

 

 簡単に流せる問題ではない。二人の間には、互いに亡くした者を悼む気持ちと、その恨みが渦巻いている。だが、どこかで噛み砕き、飲み込まねばならないのだ。恨みは、その先にあるものは、別の恨みや憎しみでしかないのだから。

 

 

 

***

 

 

 

「サファイア、あたいは……嬉しかったよ」

「何がです?」

 

 レドラーのコックピットで活動記録の作成に勤しむサファイアに、ラインはレドラーの首に腰を下ろすと徐に言った。

 

「あんたが仲間を救うために無茶苦茶な作戦を実行するなんてさ。変わったね」

 

 サファイアの指が、一瞬止まる。

 

「それは……彼ら(アイゼンドラグーン)の元に居たら、影響されてしまったようです。とりわけ――」

「あの、カール・ウィンザーって男かい?」

 

 ラインはおかしげに笑いながらサファイアの言葉の続きを悟ったように言う。サファイアは、全く気にしていないかのように報告書へ向かう指の動きを止めなかった。しばし沈黙する。

 

「……否定は、しません」

 

 やがて、ぽつりとサファイアは言葉を吐き出す。指を止め、コックピットから立ち上がってラインを見た。『夢幻竜の眼』と称されたサファイアの瞳は蒼空のように美しく、全てを見透かすように透き通っている。

 

「昔の私は、小を斬り捨て、大を救うことを信条としていました。今も変わりませんし、()()()の判断が間違っていたとは思いません。……ですが、正しかったとも言えないでしょう。ずっと、正解を探していたんですが、やはり見つからない。……ラインさん。あの時、私はどうすればよかったのでしょう……」

 

 戸惑いつつも紡がれた言葉。それが、サファイアの本心をいくらか表していた。

 サファイアは、迷っていたのだ。あの日の判断を悔やみ、自動操縦(スリーパー)の有用性を逃げ道に駆使しながら、ずっと、あの日の判断を考えていた。

 そんな、サファイアに告げる言葉を、ラインは、もう用意してあった。彼に教えられた日から、ずっと。

 

「あの時は、あたいもアンタに押し付けちまったクチだからそんなに言えないよ。でも一つ言うなら――逃げないことだね」

「逃げない……?」

「怖がるな、逃げるな、嫌なことに背を向けるな。終わったことは、もう変わらないんだよ。きちんと向き合いな。あんたが助けたからあたいは生きてて、カリュエも生き延びた」

 

 夢幻竜騎士隊(チームドリームドラゴン)の、もう一人のメンバーの顔が二人の脳裏に浮かび上がる。解散して以来、もうずっと会っていないもう一人のメンバー。

 

「…………たぶん、どっかで生きてんじゃない?」

「……たぶん」

「――んっんん! とにかく! あんたがあの場で判断したからあたいたちは今生きてるんだ。そのことは、あんたが誇っていい事実。そして、リーナを斬り捨てたことは、忘れちゃならない“業”だよ」

「……そう、ですね」

 

 小さく、吐き出すように呟いたサファイア。その胸中を察し、ラインはサファイアの肩に手を置く。あの日から数年が経過したが、相変わらずラインの方が背は高く、まだまだ負ける気はしない。

 

「髪、染めてるんだろ?」

「え?」

「黒髪のあんたも悪かないけどね。あたいは、昔のがいいと思うよ。淡い紫の、あの髪色。……もう、喪に服すのはやめな」

 

 サファイアは自身の黒髪に手を添え、そっと視線を落とした。

 

「大丈夫。辛かったら、あたいに言いな。あたいは、今も夢幻竜騎士隊(チームドリームドラゴン)の最年長者だよ。人生の悩みを聞いてやるのが、あたいの役目さ。……前は、ゴメン。今度は、きちっと見守ってあげるから」

 

 サファイアはそれ以上口を開かなかった。ただ、肩を震わせ、瞳を伏せ、声を押し殺していた。帰らない日々を想って、あの日助けられなかった友を胸に、サファイアは流せなかったそれ()を、頬に伝わせた。

 

 

 

 

 

 

 翌日、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)特殊部隊とガイロス帝国特務隊はチェピンに向けて進軍を開始する。

 

 同時刻、アンダー海を高速で横切る青い輸送ゾイドの姿があった。

 




 というわけで、みなさんご期待のバーサークフューラー最初のパイロットはカール・ウィンザーさんになりました。ヴォルフ様じゃないです。
第三章の展開場、決めていたことなので変更は出来ませんでした。すみませんです。

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