ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第66話:復讐と闘志と

 イグトラシル山脈、その谷間に沿った細い道を一体のゾイドが駆け抜けた。ずんぐりとした体形に、蛇腹状の装甲。ダンゴムシ型輸送ゾイド、グスタフである。グスタフはトレーラーに大きな荷を載せ、闇夜と山々の陰に隠れるように行動を続けていた。

 一見、グスタフの単独行に思えるが実際はそうではない。上空にはグスタフを見下ろすように夜闇を切り裂くカブトムシ型ゾイド――サイカーチスが、そしてグスタフの周囲は数十体のステルスゾイドが警備を担当していた。

 ステルスゾイド。それはガイロス帝国で運用が続けられているヘルキャットが一般的だが、ニクス大陸では、その限りはない。

 

 サイカーチスのコックピットから闇夜のニクスの大地を見下ろし、ザルカは満足げに息を吐き出した。比較的温暖な時期に上陸を果たしたのだが、気付けばニクスの気候は冬型の物に変わりつつある。ザルカが吐き出す息も、外気に触れ、白く濁り闇夜に溶けて消えた。

 西方大陸で暮らしてきたザルカにとって雪など何十年も見たことが無い。知り合いの科学者はすっかり雪に憑りつかれていたが、自分はどうならない自信がある。いや、実物を見れば魅せられるか……。

 

 ――フン、ワタシが心躍る要因は、ゾイドだけだ。雪のように白いゾイド……アリだな。

 

 眼下にはトレーラーを引っ張るグスタフの姿があった。その荷台、コンテナの中に納まるあるゾイドを、ザルカは機体を籠めて見下ろした。

 中に納まっているゾイドは、漆黒の機体色だ。だが、それは果たしてゾイドと呼んでいいのだろうか。これまでのゾイドとは大きく違っている。

 ゾイドは惑星Ziに生息する金属生命体であり、野生体が存在する。コンテナの中に納まっているゾイドは、その野生体ゾイドそのもののよう出で立ちであった。無駄な装甲、火器の類は一切なく、荒々しい野生の本能を色濃く残した姿。

 

 ――まったく、ヴォルフは無茶を言ってくれる。()()はまだ実戦配備できる代物ではないと言うに。装甲すら無いに等しいのだぞ。

 

 そのゾイドは、ローレンジが唐突に話したあるゾイドとの戦闘記録を元に作り上げたものだった。これまでのゾイド製造の技術を根底から覆すそれ。だが、画期的であり、また面白いとザルカは感じた。テストとして、似たようなシステムをローレンジのサーベラとアンナのジェノリッターに組み込みもした。

 ローレンジの話を元に作り上げたライオン型ゾイド。その製造技術をそのまま転用し作り上げた恐竜型ゾイド。ライオン型に関しては少々難航しており、現在運んでいるのは恐竜型の方だ。そして、それは本来ヴォルフの()()()にする予定だったのだ。

 

 ――臨機応変、と言えば聞こえはいいのだろう。だが、果たして()()()()を認めるかどうか……フハハハハ、見物ではないか。

 

 薄ら笑いを浮かべながら、ザルカは密かに山中を駆けるグスタフを追いかけた。

 

 

 

***

 

 

 

 夜。

 指示を受け、こうしてニクス北東部に向かってから幾度目の夜だろうか。そんなことを考えながら、サファイアは愛機レドラーを飛ばした。視界に映る山々の風景は、さして変化もなく退屈だ。敵機を見かけることもなければ、捜索対象であるガイロス帝国特務隊、若しくはその痕跡すらも見つからない。

 

 ――やはり彼らはユミールの方に……。

 

 サファイアは己の予測をもう一度挙げつつ、それでも探索を辞めるつもりはなかった。予測はあくまで予測、真実を確かめなければ、それが当たりとは言えない。故にサファイアは自身の予測の正しさを証明するべく探索を続けた。

 

 やがて、その視界にある影を捉える。不審に思い、レドラーの熱源センサーの出力を上げると、確信した。山中を走る黒い影、上陸戦にて猛威を振った敵の主力機、ジークドーベルだ。数は――確認できる限り六機。一機は強化タイプなのか装甲がメタリック基調で闇夜に映える。総じて、一般的な小隊編成といったところか。

 

「……ジークドーベルを発見。数は六。内一機は強化タイプと思しき機体です。距離も近いのでこのまま――」

 

 そこまで通信機に向かって告げたところで、サファイアの思考は停止した。ジークドーベル達は険しいニクスの山中をものともしない機動力で駆けている。ニクス大陸でしか確認されていない狗型ゾイドが元の機体なため、ニクスの地系には慣れているのだろう。

 問題は、それが向かう先だ。ジークドーベルは一体のゾイドを追いかけていた。華奢な機体だ。最近ならばレブラプターを始めとしたように需要が高まった二足歩行で尻尾を地に付けないタイプの恐竜型ゾイド。だが、その造形にはどこか前時代のようなものを感じる。ガイロス帝国のイグアンやゲーターと同系のコックピット。当時は画期的なマグネッサーシステムによるホバリング移動を生かし、時速五〇〇キロを叩き出したある意味伝説の機体。ジークドーベルと同じく険しい山々を駆け巡るその姿は、サファイアが見間違うはずがなかった。

 

 ――マーダ!?

 

 エウロペの戦争初期にてゼネバス・ガイロス両帝国にて運用された歩兵ゾイド。今では型落ちやより高性能な小型ゾイドの登場に伴い、現役を引退したゾイドだ。

 そして、もはや会うことはないだろうと思っていたサファイアの()()()が相棒として乗り続けた機体。機体側面に刻まれた、霞に包まれた龍の紋章が何よりの証拠だった。

 

『おい! サファイア! どうしたというのだ!? 場所を早く教えろ!』

 

 通信機からウィンザーの怒鳴り声が響くが、サファイアの意識がそちらに向けられることはない。サファイアの目線は、遥か眼下のマーダに奪われていた。危なっかしくフラつき、近くの岩に寄り掛かる様にしながら急加速、それで飛び掛かるジークドーベルを岩にぶつけた。のみならず入り組んだ谷間の道をマグネッサーシステム全開で突っ切る。僅かに機体を傾け、すれ違う様に岩間を抜き去りジークドーベルから逃げ切る。

 間違いなかった。危なっかしく、いつも見ている側をハラハラさせるような操縦を無理やりこなすのは、サファイアの知る限り一人だけ。夢幻竜騎士隊(チームドリームドラゴン)の先行人。“夢幻竜の爪”。

 

 ――ライン……どうして、この地に……?

 

 嘗て共に戦い、そして別れた、嘗ての戦友であり悪友。二度と会うことはないだろうと思っていた、友の姿がそこにあった。

 

 

 

 サファイアは素早く思考を巡らす。眼下のジークドーベルは六機。内一機は強化タイプだ。対するサファイアの機体はレドラー。レドラーは空戦に特化したゾイドであり、その主武装は高速を保ったまますれ違い様に敵を斬り捨てる尾部のレーザーブレードと、叩きつける四肢のストライククロー。サファイアのレドラーは翼にミサイルを詰み込み、顎下に機銃を追加装備し火力を補強しているものの、それだけで陸戦ゾイドへの攻撃が出来るかと言えば怪しい。

 純粋な戦闘機ゾイドであるレドラーは、そもそも陸戦ゾイドを相手取ることを想定していない設計だ。

 ならば爆撃でジークドーベルを足止めするか。しかし戦場は山中だ。爆撃の影響で山崩れ、下手したら最近降り積もった雪が雪崩を起こし、全てを飲み込んでしまう。

 

 ちらりと確認する。周囲にはサファイアと同じく偵察に出ていた朱雀隊のグレイヴクアマがいた。制空戦より対地戦を得意とするグレイヴクアマならば有利か。否、SSゾイドという分類に当てられたグレイヴクアマでは火力不足が否めない。なにより、障害物の多い山中で、山中の活動を得意とするだろうジークドーベルを相手にするのは、空中からの攻撃と言うアドバンテージがあっても厳しい。

 マーダの状況は、決して良いとは言えない。今でこそパイロットの操縦でどうにか逃げ延びているが、すでに限界が近いのは間違いなかった。どのくらいの期間、逃亡を繰り広げていたか定かではないが、今日明日が限界点だろう。

 

 ――なら、

 

 サファイアの思考に、一つの策が生まれる。策とは名ばかりの、無理無謀極まりないそれが。

 

 ――これしかない。

 

「みなさん。これよりジークドーベル小隊に急襲を仕掛けます。ただし、眼前の六機を相手にするのは私一人です。

『トリップ隊長?』

 

 朱雀隊の部下の疑問を、サファイアは意識して無視する。

 

「みなさんは、周囲から集結しつつある増援の相手を。並びに、ウィンザーさんたち青竜隊の道を作りなさい」

『しかしそれでは――!』

「意見は聞きません。これはスピード勝負。いいですね――全機散開(ブレイク)!」

 

 部下の指示を一切無視し、サファイアは叫ぶと同時に急降下に移った。高速急降下の重力に耐えながら機体を反転、背面飛行状態で尾部のブレードを展開し一気にジークドーベルの編隊目がけて突っ込む。

 

 ――私らしくないですね。でも……ウィンザーさん! 私も、あなたのように!

 

 山中の大地すれすれまで降下し、薄く降り積もった雪を巻き上げながら、レドラーはジークドーベル目がけて突撃をかける。

 

「はぁああああああっ!!!!」

 

 喉の奥から絶叫が迸る。気配に気づいたのか、ジークドーベルの一機がちらりと背後に顔を向けた。次いで、他のジークドーベルが散開する。だが遅い。全機は無理だとしても、一機二機程度なら仕留められる。確信めいた予感と共に、サファイアとレドラーは駆け抜けた。

 

 尾部のブレードから、確かな手ごたえを感じる。

 駆け抜けたレドラーは一旦上昇。そのままゆっくり降下し、マーダを背にしてジークドーベル達を睨みつけた。

 

『あったたた……いや、助かったぁ――って! あ、あんた……!?』

「話は後。今はここを切り抜けることに専念して!」

『サファイア……どうして……』

 

 驚きを隠せない様子のライン・ホークを背にし、低空でホバリング飛行を保ちつつレドラーは機銃を乱射した。

 絶望的な守戦の火ぶたが、切り落とされる。

 

 

 

***

 

 

 

「サファイア! おい、訊いているのか! サファイア! くっそぉ!!!!」

 

 突如乱暴に通信を切った同僚に、ウィンザーは怒りを隠せなかった。だが、なぜか同時に満足感を覚えてもいた。

 満足感、それは通信先のサファイアから感じた“熱”だ。普段のサファイアからは予測も出来ない必死な感情。それは、確かにウィンザーの元に届いている。

 

 警告音がレッドホーンのコックピットに鳴り響く。レッドホーンのレーダーが敵影を捉えたのだ。山中から獲物を嗅ぎつけた狗たちが涎を垂らしながら青竜隊に群がってくる。

 

「気づかれたか――来るぞ! 全機、油断するな。飛び込んでくる狗どもを蜂の巣にしてやれ!」

 

 ウィンザーの指示に配下のブラックライモスたちが鼻息荒く大地を踏みしめる。搭載された全方位レーダーを駆使し、背中の大型電磁砲の照準を合わせる。ディマンティスたちは息を潜めて木々の隙間に身を鎮め、ディロフォースがブラックライモスの傍により、腰を沈めた。

 迎撃体勢を十分に整え、一分ほどの沈黙の後、それが破られた。岩陰から飛び掛かるジークドーベル。そこに狙い澄ましたようにブラックライモスの大型電磁砲が叩き込まれる。発射の隙を突いてフォトン粒子砲が唸りを上げ、ディロフォースがEシールド全開でそれを受け止めた。次いで息を潜めていたディマンティスが襲いかかる。ジークドーベルに纏わりつき、主武装である鎌――ハイパーファルクスを叩きつける。

 忽ち激戦が繰り広げられた。ジークドーベル達は山中のあちらこちらから次々と襲いかかり、それにブラックライモスが応戦、ディロフォースとディマンティスがそれをサポートする。

 無論、ウィンザーも黙ってはいない。射程の長いリニアキャノンで遠距離からジークドーベルを撃ち抜き、近づけば全身の火器からビーム弾や実弾を吐き出して応戦した。

 

 素早く動き回りあちらこちらから砲撃に格闘戦を加えるジークドーベル。どっしりと腰を下ろし、迫る狗どもを振り掃うレッドホーンBGとブラックライモス。どちらも引かぬ攻防は、空からの援軍を得てさらに激化する。援軍――すなわち朱雀隊のグレイヴクアマだ。

 

「む、お前たち! サファイアはどうした!」

『隊長は、ジークドーベル隊の隊長と思しき機体と交戦中です。急ぎ救援を!』

「ならばさっさと案内せんかぁっ!!」

 

 怒りを撒き散らし、眼前に現れたジークドーベルにクラッシャーホーンを突き刺す。腹部を貫かれたジークドーベルは急速に力を失い、崩れ落ちる。

 感情を吐きだし、そこでウィンザーははたと一瞬動きを止めた。この場での激戦はウィンザーのレッドホーンを頂点とし、ブラックライモスの装甲と防御力で戦線を支えている状態だ。この場でウィンザーがサファイアの元に向かうと言うことは、部下を見捨てることになる。

 

『ウィンザー隊長! ここは俺らで十分ですよ!』

『アンタに鍛えられたんだ。こんくらい、屁でもない!』

 

 そんな僅かな心配を、ブラックライモスの二人が力強い声で払拭した。ここにいるのは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が誇る猛者たちだ。それは、何よりウィンザー自身が自負すること。

 

「ぬ……お前たち! 必ず生き延びろ! こやつらを一掃し合流する。青竜隊の底力を見せつけてやれぇっ!!!!」

『アイサー!』

『気合だ根性だ、見せつけてやるぞぉ!』

 

 

 

 頼もしい部下に育ったものだ。

 ウィンザーは心中で呟き、真っ直ぐ山中を駆けた。グレイヴクアマの一機が空を駆け、道を示してくれる。時折現れるジークドーベルは、しかしウィンザーとレッドホーンBGの突撃になすすべなく薙ぎ払われた。

 

「グモォ……」

 

 レッドホーンが苦しげに鳴いた。先日から偶に漏れる、レッドホーンの苦しみの悲鳴。

 ジークドーベルを倒し、確実に戦果を挙げているという喜ばしい事なのに、ウィンザーは顔を顰めた。

 

 ――相棒、辛いか?

 

 操縦桿を握る手に力が籠る。

 ニクスに来る直前、バンとの練習戦を行ったあの日以来、ウィンザーは不思議な感覚を覚えていた。ガイロス帝国軍人として戦場に立ち始め、次々と武功を重ねた末に手にした今の愛機、レッドホーンBG。その悲鳴、息遣いが聞こえるようになっていた。

 ゾイドは機械ではない。生物だ。そして、ゾイド乗りの間では、長い間乗ってきたゾイドとは信頼を覚え、意志を伝えられるようになると言う噂があった。

 

 ――俺様と共に戦うこと、辛いか?

 

 レッドホーンは答えない。目前に立ち塞がるジークドーベルを三連装のリニアキャノンが撃ち抜いた。

 

 ――愚問か。ならば行くぞ!

 

 今度も、レッドホーンは答えない。(ウィンザー)に従い、ひたすら走る。太く鈍重な爪で大地を踏みしめ、重く重量感のある身体をひたすら前に進める。

 

 やがて見えて来たのは三機のジークドーベル。そして、低空飛行のまま鋭い視線でそれを迎え撃つレドラーと、その背後に立つボロボロのマーダ。

 

「サファイアぁ!」

『ウィンザーさん!』

 

 レドラーの顎下の機銃が火を噴く。牽制目的のそれからジークドーベル達は地を蹴って跳び離れ、そこにレッドホーンが雪崩のように突っ込んだ。太い爪を大地に突き立て、ガリガリと山地の地面を削りながらウィンザーは反転する。

 

「ここから先は俺様の領分だ! 退避しろ!」

『はい。お願いします』

 

 レドラーは前足でマーダを掴み、上空へと舞い上がった。すぐにジークドーベル達が銃口を向けるが、レッドホーンはビームガトリング砲から弾丸を撒き散らしそれを阻害する。

 

「おっと、邪魔をしてくれるな。お前たちの相手はこの俺様だ」

 

 重厚な身体で立ち塞がり、レッドホーンは狗たちを威圧する。ドーベルマンと称される狂暴な狗が元となっているジークドーベルからしても、レッドホーンは威圧感は大きい。さらに、上陸戦でその力を見せつけたウィンザーのレッドホーンは、旧大戦最古の大型ゾイドの一体とは思えない力を内包していた。

 威圧され、委縮するジークドーベル。しかし、そのうち一機が進み出た。ジークドーベルと違ってその機体は青と黒で塗られ、頭部周辺はメタリック基調の輝きを持っている。他のジークドーベルよりも装備が充実しており、存在感が頭一つ抜けている。

 

「貴様が、指揮官か」

『……あの時の、レッドホーン乗りだな』

「あの時?」

『お前たちがこの地に乗り込んで来た時だ。デッドボーダーを倒したのはお前かと聞いている』

 

 口では質問しているようで、男の言葉はほぼ断定だった。否定する謂れもなく、ウィンザーは肯定するように頷く。

 

『やはりか。私は、キリー・ブラックと申す。貴殿の名は』

「ふっ、俺様は恋と戦いに生きる男、カール・ウィンザーだ! 俺様と戦いたいと言う貴様の気概が伝わってくる――」

 

 それ以上、ブラックは聞く耳を持たなかった。ジークドーベルのそれをさらに強化した主武装、ハイパーフォトン粒子砲が唸りを上げてレッドホーンに迫る。

 

「むっ!」

 

 ウィンザーは回避を考えたが間に合わないことを悟り、甘んじてそれを受け止めた。僅かに機体を傾けて直撃を避けたが、機体の右側を高出力の粒子砲が駆け抜ける。レッドホーンの顔の三分の一と左側のレーダー、そして左側面の装甲が焼き払われた。痛々しい金属生命体の肉が表に現れる。

 

「ぬぁああっ! この程度ッ!」

 

 ウィンザーの指がトリガーに伸びる。ビームガトリングの弾丸が次々と吐き出されるが、ジークドーベルの強化機体は「ザッ」と大地を蹴り、さらに岩山を蹴って背後に回り込む。だが、レッドホーンは全身に火器を満載した『動く要塞』と称されるゾイドだ。後ろ足に装備されたリニアレーザーガンと尻尾の先端のビームガンが火を噴く。

 小火器と言えどジークドーベルは中型高速機。大型ゾイドの出力から生み出される火力の前には一発貰うのも辛い。容易に敵機を寄せ付けない火力がレッドホーン最大の武器だ。

 

 ジークドーベルを小火器で牽制しつつ、レッドホーンは反転した。そして再びビームガトリングの銃口を向ける。

 

「その華奢な機体でどこまで俺様を追い詰められるか、試してみるがいい!」

『そうか。……これも試練、いや私の私怨だ! カール・ウィンザー! お前は私が倒す!』

「なに?」

 

 ブラックの言葉にふと覚えた疑問、だが、ブラックがそれに答えを示すことはなく、代わりに向かってくるのはジークドーベルだった。氷のように冷たい装甲を宿した、青き狗だ。

 ジークドーベルの機体横にブレードのような物質が展開された。背中から横に着き出したそれは、ブレードライガーのそれに近しいものを感じる。

 

 ――マズイッ!?

 

 ウィンザーの判断は少し遅かった。高速で迫ってくるジークドーベルに対しビームガトリングを叩きつけるが、吐き出されたビーム弾丸は頭部付近のメタリック装甲にすべて弾かれ、その突進を抑えることが出来ない。

 

 一瞬の刹那、交差した青と赤の二機のゾイド。

 崩れ落ちたのは、レッドホーンの方だった。左前足を切り裂かれ、重装を施した機体を支えられないのだ。

 

「……ふぅ、一つ聞かせてくれ。その機体、名はなんという?」

 

 歩み寄ってきた青いジークドーベルはレッドホーンのコックピットを見下ろす。前足を崩し、ハイパーフォトン粒子砲の銃口をレッドホーンのコックピットにピタリと突きつけた。

 

『アイスブレーザーだ。お前を倒すゾイドの名、地獄まで持って行くんだな』

「アイス・ブレーザーか。冷たい名だ。熱が無い。そして、お前は詰めが甘い」

『なに?』

 

 ウィンザーがにやりと笑うのと、()()()()がその場に届いたのは、ほぼ同時だった。アイスブレーザーが頭上に視線を向けた時、それはすでに飛び掛かる体勢を整えていたのだ。レドラーに捕まれたまま、一気に急降下するマーダが。

 

『チャンスは一度きり。行きますよ、ライン!』

『何時でもいいさ! 一度きりの、夢幻竜(ドリームドラゴン)再誕だよ!』

 

 夢幻竜の目(レドラー)が捕らえた標的に向け、夢幻竜の爪(マーダ)が繰り出される。急降下の勢いをプラスしたマーダは、ただでさえボロボロだった薄い装甲版が弾け飛ぶのに目もくれず、その勢いを遠心力に変える。マーダの装備で唯一格闘戦が行えるのは尾部先端の刃。レーザーカッターの鋭い刃を振りかざし、痛烈な一撃がアイスブレーザーの頭部に叩き込まれた。

 砕けるアイスブレーザーの頭部装甲。悲鳴を上げてのけ反ったその瞬間を、ウィンザーは、逃しはしない。

 

「ふっ、終わりだアイスブレーザー!」

 

 しかと定められた銃口、三連装リニアキャノンの硬い銃弾が、アイスブレーザーの装甲を易々と貫いた。

 

 

 

 

 

 

 負けた。

 崩れ落ちたアイスブレーザーのコックピットの中で、ブラックは己の無力を呪う。バー・ミリオンの仇を望んで戦いを挑んだというのに、あっさりと敗北を喫したこのザマ。情けなく、バー・ミリオンに申し訳が立たず、操縦席に深く腰を沈めるほかなかった。

 山中の戦闘は終わりを迎えている。すでにジークドーベル隊は壊滅だ。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の調査隊の予想外な戦力、団員の訓練度に敗北したのだ。

 

 ――このままここで死んでしまおうか。

 

 ブラックは、半ば本気でそれを考えた。ヴァルハラで何度も自殺未遂を行ったという姫様――マリエス・バレンシアの気持ちが、今はよく分かる。敗北し、何もできなかった無力感は、こんなにも生きる気力を奪うのだ。

 

「……!?」

 

 その時だった。アイスブレーザーのコックピットが勢いよく開かれ、そこに真っ赤な髪を短く切りそろえた男が現れた。見覚えはある。忘れる筈もない、バー・ミリオンの仇――カール・ウィンザーだ。

 

「よぉ! 生きていたかぁ……なによりだ!」

「なっ……」

 

 ついさっきまで死闘を演じた相手に対し笑顔を向けるその神経が、ブラックには理解できない。ブラックの思考が半分停止している間にウィンザーはアイスブレーザーのコックピットに割り込み、ブラックを担ぎ上げる。

 

「お……おい、お前! どういうつもりだ!?」

「どう? お前は負けたのだ。俺様たちの管理下に入ってもらう! ただそれだけだが?」

「くっ……」

 

 そうだ。負けたということは、自らの命の自由すら他人に握られたも同然だった。バー・ミリオンは自らの意志で死すら覚悟に収めていたというに、それを自分は怠っていた。悔しくて、舌を噛み切りたくなる。

 

「お前、デッドボーダーのパイロットを知っていたそうだな」

 

 だが、ウィンザーはそれを見透かしたように言葉を重ねた。ブラックが思わず問い返すだろう言葉を使った辺り、やられたと感じざるを得ない。

 

「なぜそれを……」

「なに、他の奴に訊いたまでよ」

 

 視線を持ち上げると、同じように捕縛されたブラックの部下の姿があった。彼らのうちの一人が口を割ったのだろう。射殺さんばかりの視線をそちらにやるが、ウィンザーは構わず続けた。

 

「世話になった男への哀愁。その末の敵討ち。美しいが、見るに堪えん」

「なんだと!」

「いいか――男が! 男のために敵討ちなど! くだらん! これが男女の間の事であれば、美しく、そして強い絆を感じさせる美談となるのだがなぁ――ああ、復讐に燃えるアンナを一目見たかったものだ」

「何の話だ!」

「む? 俺様たちの内輪の話よ。復讐は構わんが、私怨のみで戦いに臨むのは頂けんな。俺様たちと貴様たちは戦争をしているのだぞ? 部下をほっぽって、貴様だけが激情に身を任せてどうする?」

 

 「仇に言われたくない!」と怒鳴りたかったが、ブラックは押し黙った。皮肉にも、バー・ミリオンその人から同じことを教えられてきたのだ。戦いとは、私怨で行うものではない。生きるために戦うのだ、と。

 

「それ、ウィンザーさんが言えた事ではありませんよ。単身で乗り込んでこられるとか、部下への指示を放り投げて」

「サファイアも言えないだろう? アタイの前に一人で飛び込んで、まったくらしくない。いつから突撃思考になったのさ」

「そ、それは……」

「……ま、嬉しかったけどね。……前はゴメン。ありがと」

「ライン……」

 

 話に割り込み、しかし二人の話題に移行したサファイアとラインはそれ以上口を開かない。彼らにも何かしらあったのだろうとブラックは予測するが、それとこれとは話が別だった。

 

「キリー・ブラックと言ったな。お前がまだ我慢ならんと言うなら、俺様は何時でも相手になるぞ。かかってこい!」

「この状況でそれを言うか?」

「俺様は無手でも構わん! 常日頃から鍛えてきたからな! お前が満足するまで、何度でも戦おうではないか! さっきのは……その、俺様も納得いかんからな!」

 

 言葉を濁しながら言うウィンザーは、言葉通り不服どうだった。ラインとサファイアの割り込みで戦いに決着がついたことが、不満だったのだろう。

 そして、ブラックも不満があったことを確信する。ああもあっさりバー・ミリオンの仇を取れるなど、思ってもいない。そもそも、あのままハイパーフォトン粒子砲でウィンザーを消し去ったとして、手ごたえが無かったと憤りを覚えていたかもしれない。その理由はただ一つ。

 

 ――このレッドホーン、ひょっとして……。

 

 その予測を飲み込む。おそらくウィンザー自身も自覚しているのだろう。それに、ブラックの気を収めるには、万全のウィンザーを倒してこそだ。

 

「ウィンザー。次は決着をつけるぞ。今日は、もういい」

「ぬははははは! そうだな! さて、お前にはいくつか聞きたいことがある。えっと……サファイア! 何を聞けばいいのだろう?」

 

 締まりのないウィンザーのセリフに、敵味方だった全ての者が揃ってため息を吐いた。

 


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