ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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暗黒大陸編第三の主人公(?)は、おそらく誰も予想しないだろう「誰得」な彼です。はい。
異論は認めますが、まぁよろしくです。


第65話:始動する熱き男

 暗黒(ニクス)大陸。そこは北方の寒気が容赦なく降りかかる極寒の大陸である。寒冷地仕様への改装を施していなければ、例えゾイドであろうと極北の冷気によって凍りつく絶対零度の世界。

 今現在、暗黒大陸は短い温暖期を迎えているものの、すでにそれは佳境を過ぎた後だ。温暖期が過ぎれば、長く続く極寒の世界が再び訪れる。温暖な西方(エウロペ)大陸で過ごしてきた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の戦士たちにとって、この寒さは敵よりも脅威になりうる――はずだった。

 

 

 

「いいかお前らぁ! 気合だ! 声出せ声! 気合さえあれば、火もまた涼し! 逆も同様、氷は熱しだ!」

「「「はいっ! ウィンザーさん!」」」

「声が小さい! もう一度――気合だぁっ!」

「「「き、気合だぁ!!!!」」」

 

 彼等――カール・ウィンザー率いる鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の精鋭部隊の姿は、イグトラシル山脈の中にあった。短い温暖期と長い寒冷期を繰り返す暗黒(ニクス)大陸の険しい山地。そこは、短い温暖期ですら冷気が支配する極寒世界だ。山中の小さな広間にゾイドを止め、ウィンザーたちは短い休息を気合注入に過ごしている。

 

「ウィンザーさん。今の所、敵影は見えません。少し彼らに休息を入れてはいかがです?」

「むっ? そうか、では今日はここまで。各自、身体を入念に休めておけ。日の出と共にここを発つ」

 

 ウィンザーの言葉に、団員たちは一斉に息を吐きだしその場に崩れ落ちた。どんな時でも訓練を欠かさない。特に冷え切ったこの高地にあっては、いつでも動けるようにしておかねばならない。それがウィンザーの考え方であり、己の部下たちにもそれを科してきた。

しかし、ウィンザーのスパルタに近いトレーニング――エリウスとウィンザー自身が師と慕う人物に叩き込まれた――は、団員の気力を根こそぎから奪うに十分だった。動いて体温の維持に勤めねばならないのを分かってはいるが、体力的な問題から彼らは動けなかった。

 

「なんだだらしない。この程度で根を上げるか?」

「ウィンザーさん。あなたの物差しを万人に当てはめないでください。そもそも、私たちの幹部クラスのメンツはみんな異常なんですから」

「そうか?」

 

 心底疑問だ。と、言外に問いかけるウィンザーにサファイアは嘆息した。

 他のゾイドと比べて精神的、肉体的に操縦の際の疲労が著しく激しいジェノリッターを苦も無く操って見せたアンナ・ターレス。実力差が圧倒的でありながら、黒龍ガン・ギャラドに対し、レイノスという華奢な機体と己の技術で互角に渡り合ったアクア・エリウス。面倒見が良く、唯一の良心かと思えば、その根底は底冷えしている青年、ローレンジ・コーヴ。

 加えて若干二十一歳の司令官でありながら癖の強いメンバーを統率し、引き付ける頂点ヴォルフ・プロイツェン。その補佐官にして、決して目立ちはしないもののそつなくフォローをこなしているズィグナー・フォイアー。

 癖の強い、アクが強すぎるメンバーばかりである鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にあって、カール・ウィンザーも一般兵で終わっているはずが無かった。

 

「とにかく、あなたは本作戦の司令官でもあるのですから、今後の行動指針を立ててください。あなたの役目ですよ」

「うぬぅ、俺様はその辺りはあまり得意では……」

「そのために私も()()()()でやって来たのです。ほらほら、行きますよ」

 

 サファイアに言いくるめられ、渋々と言った様子でウィンザーはテントに下がった。

 ウィンザーが下がり、団員たちは揃って大きくため息を吐いた。

 

「あー助かった。ウィンザーさん(あの人)がいたら余計なメニュー追加されるからなぁ」

「ホントホント、サファイアさんが居て助かるよ。あの人、絶対お目付け役で配置されてるよな」

「ウィンザーさんを手のひらで踊らさせられるの、あの人ぐらいだろ」

「暴走したらその限りじゃないけどな」

赤い(レッド)暴走ウィンザー(バーサーカー)ってか?」

 

 冗談交じりの軽口に、団員たちの間で笑いが巻き起こる。そして、彼らは軽く体をほぐしながら次の話題に移って行った。

 

「でもよぉ、理由がどうあれサファイアさんが居てよかったよな」

「まったくだよ! こんな絶対零度の山地に放り込まれて、あの人いなきゃ目の保養になりゃしねぇ!」

「青竜隊はムサイ男しかいねぇもん」

「朱雀隊は? サファイアさんが隊長なんだから、いいやつ居たんじゃないのか? ほら、あの件以来俺たちメンバーもだいぶ増えたし」

「そうだけどさぁ……ほら、サファイアさんを見慣れちゃって、あの人以上の美人は、なぁ」

「だよなぁ、サファイアさん美人過ぎる!」

 

 曰く、すらっとした体形に見合った長身。くびれるところはくびれ、出るとこは程よく付き出した体形。そして、見る者を魅了するアイスブルーの瞳。どこか浮世離れしたようなミステリアスな印象を与える漆黒の髪色。主張する長髪。その全てが、サファイア・トリップという女性の特徴だとか。

 トレーニングの用品を片付け、その後自分たちの操縦するゾイド――ブラックライモスの整備に移った二人は整備を続けながら、しかし、最後にため息交じりに二人は言った。

 

「でもさぁ、サファイアさん気づいてるかな?」

「常人離れ、か?」

「あの人、視力が6.0あるってもっぱらの噂だぜ」

「高高度から肉眼でゾイドの装備を判別できるんだろ。おかしいって」

 

 「はぁ」と重く、しかし柔らかいため息を吐いた二人は山脈の谷間から夜空を見上げ、ポツリと吐き出した。

 

「さすが、竜の眼だよなぁ」

 

 

 

 

 

 

 現在、カール・ウィンザー率いる鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)青竜隊、朱雀隊の精鋭混成部隊は暗黒(ニクス)大陸を真ん中から真っ二つに斬り裂く大山脈――イグトラシル山脈を横断し大陸北部へと向かっていた。

 目的は、そもそものこの事件の発端、暗黒(ニクス)大陸への調査に向かったガイロス帝国特務部隊の行方を探すことである。

 

「ガイロス帝国特務部隊からの最後の通信は、ニクス北部のブラックラストからです。おそらく、この地点で襲撃されたものと思われます」

 

 サファイアからの説明は続く。無線が途絶えたことから、ニクス大陸を制圧したPKに壊滅させられた、若しくは捕われた可能性が高い事。消息を絶ったのはブラックラストであるが、広大な砂漠地帯にその証拠が残っているとは考え辛い事。証拠を探すのであれば北西部、ムスペル山脈からヨツン平野方面が怪しいのではないか。その場合、少数で西部の調査を行っているローレンジの白虎隊――隊とするには首をかしげる人数だが――と連携すべきではないかということ。

 

「……そ、それで、サファイアはどう思っているのだ?」

「はい。私に言わせれば、このままブラックラストを目指すのは得策でないと思います。砂漠地帯での行軍は皆の疲労を増すばかり。そこをPKに襲撃されては、いくらウィンザーさんの鍛えた者たちでも打開は難しい。であれば、このまま山脈を横切り北西部へと向かうのが望ましいかと。おそらく、ガイロス帝国特務部隊の指揮官も同じように考えたと思います」

「ふむ、理由は?」

「……以前、特務隊の隊長であるガーデッシュ・クレイド率いる部隊と合同で作戦を展開したことがあります。彼は優秀な指揮官でした。混乱する戦場でも、瞬時に部隊の立て直しを図れるほどに、冷静に物事を捉えられる人物です。多少、熱くなる部分も持ち合わせていますが」

「……ぬぅ」

 

 最後の部分だけ、ウィンザーを茶化すように見つめるサファイアに、ウィンザーは短く唸った。

 

「それに、砂漠のど真ん中にPKの基地が築かれているとも考え辛い。彼らが捕われたとしても、拘留されている地点はブラックラストのように価値の薄い位置ではなく、もっと先を見据えた地点と予測します」

「つまり、基地があるとすれば――」

 

 ウィンザーが脂汗をにじませながら指先で地図を叩く。示した地点はニクス南西部。ニフル湿原の近くだ。位置的に、西方(エウロペ)大陸に攻め込むにちょうどいいであろう場所。

 サファイアは薄く笑みを浮かべ「当たりです」とほほ笑んだ。その笑みにウィンザーも思わず笑顔になる。ウィンザーはゾイド乗りとしての腕は確かなのだが、いかんせん頭の方の出来は良いとは言えない。そのため、折を見てサファイアが教鞭をとっていたりする。

 

「では、次に特務隊の皆さんが隠れるとしたらどのあたりと予測しますか?」

 

 サファイアの問いに、ウィンザーは再び頭が真っ赤になるほど知恵熱を引き上げる。身につかない知識、その僅かなものを絞りだし、一つの結論を――十分かけて――ひねり出す。

 

「ムスペル山脈付近……ではないか? 隠れるのならば、障害物が多いに越したことはない。山脈周辺ならば、隠れる場所も多かろう」

「ええ……半分正解、と言ったところでしょうか」

 

 ウィンザーの答えにサファイアは首肯し、しかし地図上のさらに別の地点を示す。

 

「ここは、ユミールか?」

 

 サファイアが示したのは、先ほどサファイアが予測していたニクス北西部ではなく、さらに南下した西部の端、アウドムラ半島の根元の入り江だ。

 

「ムスペル山脈付近も間違いではないでしょう。ですが、彼らが失踪してすでにかなりの時が経過しています。いつまでもムスペル山脈に留まっているとは考え辛いのです」

 

 山脈付近は隠れる場所が多い。だが、裏を返せばそれは、隠れ場所を限定することになる。山脈は潜むのに絶好だが、探す側もそれは承知の上、より密な捜索が行われるだろう。

 

「であれば、いつまでも山脈に留まるのは最良とは言い難い。見つかればアウトである特務隊の思考から言えば、山脈という隠れ場所の多い地形を活かし、少しずつこの場から離れ、別の潜伏箇所を探すでしょう。加えて、彼らは一刻も早くガイロス帝国軍と連絡を取りたいはず。となれば、西方大陸近くに向かいたくなるはずです。ユミールは、絶好の場所と予測できます。……訊いてますか?」

 

 つらつらと述べられるサファイアの説明を、ウィンザーは目を回しながら呆然と頷くのみだ。おそらく半分も訊いていなかっただろう。呆れ半分、諦め半分、サファイアは息を吐き出す。

 

「しかし、となれば我らはなぜ北部の調査に駆り出されたのだ?」

 

 場の空気を換えるべくか、ウィンザーは一つ疑問を切り出した。そして、それは極めて重要であるこの部隊の存在意義に関わる。サファイアは薄く微笑み、再び口を開いた。

 

「良く気づきましたね。ヴォルフ様の考えは私ごときがすべて把握するには敵いませんが、おそらくPKへの圧力、並びに向こうから手を出させるため、でしょう」

 

 ウィンザー率いる青竜隊は良くも悪くも、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)最強の猛者が集まっている。そして、今回編成された部隊にはその中でも選りすぐりの強者が揃っていた。まさに最強部隊である。

 そして、サファイアはその最強編成を最初に切ったヴォルフの思惑をこう予測している。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の目的がガイロス帝国特務部隊の後釜と言うことは向こうにも予測できるだろう。となれば、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)はガイロス帝国特務部隊の痕跡を是が非でも手にしたい、と予測できる。そして、PK側からすればそれを妨害したいのは明確だ。

 そんな思惑が飛び交う中でこれ見よがしに調査へ出向いたウィンザー率いる特殊部隊。PKはこれ幸いとこちらの殲滅にかかるだろう。

 

「攻撃を誘い込むのはこちらへの被害も無視できない。ですが、少数とは言えこちらにはウィンザーさんの鍛えた最強の猛者たち。そして、空の守りとして私たち朱雀隊がついています」

 

 つまり、サファイアの予想するヴォルフの思惑とは単純明快。

 襲ってくるだろうPKを返り討ちにし、情報を搾り取れ。これに限る。

 むろん、本来の目的であるガイロス帝国特務部隊の消息を探すのも重要だ。つまり、その過程で襲ってくる敵を撃退し、もう一つの目的を達成せよと、そういうことなのだ。

 

 途中まで首をかしげていたウィンザーは、サファイアが結論を告げた瞬間に顔を輝かせた。無駄に思考を巡らすことを嫌う男にとって、単純明快な答え――それも己の力が試されているような挑発的な命令は願ってもなかったのかもしれない。先ほどの訓練と同じ、表情には溢れんばかりの闘志がありありと表現されていた。

 

「ふっふっふ、いいではないか! それでこそ俺様が戦場に出る意味があるというもの! サファイア、俺様はもう一汗掻いてくるとしよう!」

「いざという時に動けないと役立たずなので、程々にして下さいね」

 

 サファイアのお小言が届いたかどうかは怪しい。高笑いを上げながらテントを跳び出したウィンザーに、団員たちの悲鳴が木霊する。

 

 

 

***

 

 

 

 同時刻。

 イグトラシル山脈の別の場所、山脈を挟んで反対側にはウルド湖が広がるある地点に、狗たちが集まっていた。狗――すなわちジークドーベルの小隊である。

 

「……奴らは、見つかったか?」

 

 狗たちを操る部隊長、キリー・ブラックの冷えた言葉に、部下たちはその場の空気だけではない寒さに心胆を冷やしつつ答えた。

 

「……申し訳、ありません。まだ、発見には至っておらず」

「まだ――?」

 

 ブラックは拳を握り込んだ。ほんのわずかな動作だが、それだけでブラックの周囲の空気が熱を帯びる。ブラックの内から溢れ出す熱が、彼の雰囲気と空気を灼熱に染める。

 

「連中がここに来たのは分かりきっているだろう? あの女もだ。お前たちは何をしているんだ? このニクスの地で、数百数千の時で培われてきたニクスの守護者の意地はどうしたと言うんだ? よそ者にこうまで出し抜かれ、一体何をしているんだ!」

 

 近くに殴りつけられる物があるならば、ブラックは感情を暴走させて当たっていただろう。だが、生憎とブラックの周囲にあるのは、山中の冷えた空気と無能と罵るしかない部下たちだけだ。行き場の無い怒りを、しかし己のゾイドにぶつける訳にもいかず、ブラックは声を荒げる。

 

「さっさと見つけ出せ! あのレッドホーン乗りと、ライン・ホークを! 我らの邪魔をさせるな!」

『はっ!』

 

 怒号に散らされ、狗たちは次々に起動し山中へと消えていく。残されたのは、ブラックの愛機である狗――ジークドーベルの強化機体であるアイス・ブレーザーのみだった。

 

「……くそっ!」

 

 ブラックは酷く荒れている。

 その理由は先日のことだ。ライン・ホークと接触し、邪魔立てされぬようにとセスリムニルから追い立てたのちの事、ブラックの元に、ある連絡が届いた。

 

鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)上陸戦の際、デッドボーダーで戦場に出ていたバー・ミリオンが戦死したそうだ。連中に拘束され、自殺したらしい』

 

 バー・ミリオンはPKの侵略を受けた際に多くの老人たちがPKに反抗した中、唯一PKに賛同した男だった。

 

『若者たちはPKと共に未来を夢見たのだろう? なら、この老害も、少しくらい役に立てろ』

 

 バー・ミリオンは己が信念でなく、若者たちの役に立とうとPK側についたのだ。その言葉が、自らの意志でPK側に着き、しかし裏切り者と蔑まれたニクスの若者たちにとってどれほど心強かったか、少なくともブラックは強く恩義を感じていた。

 そのバー・ミリオンが、死んだ。

 

 乗機であるデッドボーダーは、ビームガトリング装備のレッドホーンに全身を撃ち抜かれて崩れ落ちたらしい。

 絶対数の少ないディオハリコン鉱石から抽出した成分を注入できなかったとはいえ、レッドホーンに敗北したのだ。その上、獄中死。故郷の誰にも看取られることなく、同年代のニクスの老人たちには異端者と冷たい目に晒された上で、孤独に死んでいった。

 

「……ミリオンさん。私は……必ず、あなたの仇をとって見せます――!」

 

 ブラックはアイスブレーザーのコックピットに滑り込むように乗り込んだ。怒りの感情が注ぎこまれた腕で操縦桿を掴むと、アイスブレーザーも主の怒りを感じ取ったように吠えた。強く、強く。

 

「行くぞ」

 

 ニクスの山中に、狗たちの目が光る。

 




需要はないでしょうが、カール・ウィンザーを宜しくお願いします。

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