ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第63話:終幕降ろす闇

 プロトブレイカーは、派手に泥を跳ね飛ばしながら崩れ落ちた。

 ローレンジはその横顔をグレートサーベルの脚で踏みつけ、カケラほどの油断も見せずに注意深く観察した。再起動する様子はない。それには、訳があった。

 ゾイドは戦闘兵器だが、それ以前に生命体である。機械生命体だ。生命を生かし、動かす原動力は心臓だ。ゾイドで言えば、ゾイドコアと呼ばれる部位である。だが、人もゾイドも心臓さえ万全ならそれで全て問題なしという訳ではない。生命活動を行う上で、もう一つなくてはならない器官が存在する。

 それは、脳だ。

 脳は神経系の中枢――感情、思考、生命活動の中心であり、司令塔の役割を担っている。これが麻痺を起すと、心臓すらも機能を停止してしまうことがある。

 脳は、大半の生物が頭部に持っている。それは、ゾイドであっても違いはない。先の戦闘で、プロトブレイカーは頭部をグレートサーベルによって強く叩かれた。この時の衝撃が、プロトブレイカーの脳の役割を一時的に麻痺させ、動きを封じているのだ。

 むろん、それは一時的なものでしかない。時間が経てばプロトブレイカーは復活、再び暴走を始めるだろう。

 

 だが、なんとなくだが、ローレンジはプロトブレイカーが再び己の意志で暴走を開始するとは思っていなかった。

 眼下では、ハンマーロックを降りたタリスがユースターの救出に向かっている。ゾイドは生命体だが、人によって改造され、自らの意志で自由気ままに動くことは少ない。いや、制御(コンバット)システムで制御されてしまっているのだ。ローレンジのグレートサーベル――サーベラが時折勝手に動くのは、ゾイド本来の意志を反映出来るようにザルカがシステムを調整しているからこそ。それがないプロトブレイカーは、自らの意志で動くことはほとんどできないはずだ。

 

 ――案外、ゾイドの暴走ってのは、自由意志を潰された怒り、なのかな。

 

 プロトブレイカーの胸部コックピットの蓋が外れ、中からユースターと思しき青年が引っ張り出された。モニター越しだが、実に一年ぶりに見るその顔は、当たり前だが随分とやつれていた。頬はこけ、髪やひげは伸び放題、見ただけで分かる、全身疲労困憊の有様だ。

 救出されたユースターにタリスが涙ながらに抱き着いている。

 ローレンジがある筋から訊いた話では、ユースターの罰はもう少し軽いものだったとか。しばしの監禁と監視を付けられた上でのPKの純粋なる活動。そして……ユースター個人への見せしめだ。

 ユースターは、その“見せしめ”に当たることを免除させる代わりに、廃人へと向かうだろうOS搭載機(プロトブレイカー)の制御を請け負った。それは、何を隠そう大切な家族(タリス)のために他ならない。

 自らの身体をボロボロになるまで酷使し、それでも(タリス)のために身を破壊した(ユースター)。そんな(ユースター)をどうにか助けたく、本意でもないPKでの活動を、心を鬼にして行った(タリス)。麗しの兄妹愛。そのピークのような光景だった。

 振り返ってみて思う。あれが兄妹の姿の一つなら、己と(フェイト)はどうなのだろうか。あえて離れてみたり、しかしその存在がそばにいることで安心を覚えたり、互いに互いの足りないものを補うための兄妹。

 

 ――ま、それも一つの兄妹の形……で、いいよな。

 

 この戦いが終わったら、フェイトをどこに連れて行ってやろうか。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)では発掘作業の合間として、マダガスカル島でのバカンスを楽しんだとか。それも悪くない。フェイトに見せていないものはまだまだたくさんある訳で、それを一緒に楽しもう。……自分は、絶対に泳がないが。

 

 そんなことを考えていると、カバヤに連れられたジョイスがやってきた。二人ともゾイドに乗ったままだが、おそらく表情は柔らかいそれになっているだろうとローレンジは予測する。

 

 

 

『……そっかぁ、タリスさんにはそんな事情が……疑ってた自分が情けないっス! うぅっ……!』

 

 予想以上だった。

 情けなく男泣きをするカバヤはひとまず放って置き、ジョイスのディロフォースとモニターを繋げた。

 

「ジョイス」

『……なんだい』

 

 不愛想な声が通信機越しに返ってきた。闘志と狂気に塗れた黒いゾイド乗り(レイヴン)ではなく、ぶっきらぼうで、全てに無関心を装う空っぽのゾイド乗り(ジョイス)の声だ。

 

「お前。さっきの覚えてるか?」

『さっきの? 君が一体何を言いたいのか、さっぱりわからないな』

 

 抑揚のない、不愛想な感情を表に出しながらジョイスは答えた。しばし、モニター越しにその瞳を凝視し続け、ローレンジは「そうか」と短く言葉を吐き出すとモニター画面を閉じる。

 その刹那、小さな声で『僕は、役に立てたのか?』というセリフが聞こえたが、今は答える言葉を捻り出せなかった。

 

 ローレンジはもう一度周囲を警戒する。無理をさせるのは承知の上でレーダー出力を限界まで引き上げる。レーダーに反応はなかった。スピーカーからほんの小さなノイズ音が吐き出されただけだ。ただ、その結果にローレンジは小さく舌打ちする。

 そして、グレートサーベルの通信機ではなく、手持ちの通信機を取りだし、一言呟いた。

 

 装備を確かめ、滅多に持ちださないマシンガンを肩にかけると、ニュートを連れだってグレートサーベルを降りる。向かう先は倒れ伏すプロトブレイカーの近く、戦闘の結果なぎ倒された大木だ。横たわる大木を背にするボロボロのユースターと、そんな彼の傍らに座り込んだタリスの横まで歩み寄り、片膝をついてしゃがむ。

 湿った地面に膝を付ける音で、ようやくタリスがローレンジの接近に気づいたように顔を上げた。

 

「よぉ。一年ぶりだな。ユースター」

「……は、はは。ホントだ、久しぶり。また、会ったね……ロー、レンジ」

 

 伸び放題のオレンジ色の髪の下、今にも消え入りそうな瞳の炎をかすかに灯らせ、ユースターは小さな、かすれるような声で返す。

 ローレンジはそんなユースターの身体を触った。あちこちの外傷を確かめるためだ。

 

 ――傷は……まぁ、そうでもないな。さっきの戦闘での傷ってとこだ。問題は、精神的にも肉体的にも疲労困憊ってとこか。OSとかいうシステムの悪影響、か。

 

 触診の結果から判断を下し、ローレンジは今後の行動を練る。

 ユースターの疲労は深刻だ。早く設備の整った医療環境に放り込み、少なくとも一ヶ月は休ませなければならない。速やかにドラグーンネストに帰艦したいところだが、生憎ドラグーンネストは今頃()()()を移動中だ。合流はしばらく不可能。そもそも、山一つ越えるのも今のユースターには厳しい話。

 昔の一件以来、ローレンジ自身も応急処置の技術を磨いている。しかし、それは外傷的な怪我に対するものが主であり、ユースターのように疲労から来るものは、本人の体力次第だ。

 

 ――ま、それ以上に、()()()()()()()()()()。俺たち。

 

「兄さん。動ける?」

 

 タリスがユースター腕の下に自分の腕を差し込みながら問いかけた。言葉を口にするのも辛いのだろう。ユースターは何かを言おうとし、しかし言葉を吐き出せず、それでも痛む体にムチ打って、起き上がろうと脚に力を込めた。

 

「だらしないな」

 

 タリスがユースターを支え、歩き出そうとしていると、そこに黒い少年――ジョイスが割り込み逆の肩を持った。

 

「レイヴン……!?」

「……誰だ? 僕は、ジョイスだ。早くしろ。いつまでもここに居る気はない」

「え、ええ」

 

 戸惑いながらも、今はユースターが優占だとタリスは腕に力を込めた。

 

「タリス。ちょっといいか?」

「なんでしょう?」

 

 早くこの場を離脱すべきでは? と表情で問うタリスにローレンジは一つ告げる。そしてタリスの表情が引き締まったのを確認するともう一度周囲に視線を投げた。

 二人に支えられるユースターを見送り、ローレンジもその後を追う――瞬間、ローレンジはぬかるみを蹴り飛ばして走り、抜き放ったナイフを突き出す。

 

 

 

 ナイフは、乾いた音を立てて鉄の弾丸を弾き飛ばした。

 

 

 

「ニュート! シャドー! 援護頼む!」

 

 己の相棒だけでなく、漆黒のオーガノイドにも指示を出し、ローレンジは怒鳴りながらもう片方の手で拳銃を引き抜き闇の中に引き金を引いた。鋭い発射音と共に弾丸が闇の中へ消え、そして何かが倒れる水音が湿地帯に木霊する。

 

「ジョイス、タリス! 早く適当なゾイドに乗り込め! モタつくんじゃねぇ!」

 

 一瞬、何が起こったのか分からないと言いたげだったタリスは素早く状況を把握、せめて兄だけでもとハンマーロックに向かって歩き出す。

 その間、ローレンジは闇の中に引き金を引き続けた。慣れた夜目で闇の中を睥睨し、素早く引き金を引いて弾丸を撃ち出す。弾が切れたらすぐに弾倉(マガジン)を交換――するのももどかしく、拳銃を投げ捨てて代わりにマシンガンを腰だめに構え、ロクに狙いもつけずに乱射する。

 

 ――さて、どこまで足掻けるか。逃げ切れるか? ゾイドに乗れば可能性はある!

 

 それは、プロトブレイカーを倒した時点にはこの場に居た。いや、戦闘中からこちらを窺っていたのだろう。戦闘終了と共に、ローレンジはその僅かな気配を察した。そして、すでに包囲が完了していることも察した。この時点で離脱はほぼ絶望的だ。そして、打開する術も残されてはいなかった。

 だからこそ、注意深くその様子を窺い、襲撃するだろうタイミングを計っていた。彼らの様子からして、こちらに絶望を与えてやろうと言う魂胆はすぐに予測できる。ユースターを救出し、この場を離脱すると言う安堵できる瞬間、警戒心が緩む瞬間にユースターを撃ち抜く。タリスを、そしてこの場の全員に絶望を与えるにはこの上ないシチュエーションだろう。

 

 ちらりと背後を見る。ジョイスとタリスはハンマーロックのコックピット――頭を低く下げており、登る必要はない――にたどり着いていた。襲撃者の銃口は当然彼らも狙っているが、そちらはニュートとシャドーが援護しており、危なっかしいものの逃げ切れている。

 だが、彼らは本当に逃がしてくれるか、その保証は一切ない。

 ハンマーロックのコックピットにタリスとユースターが入り、コックピットが閉じられた。ジョイスはシャドーの背に乗り、一直線にディロフォースに飛び込む。そして、二人の離脱が完了したと言うタイミングでニュートがローレンジの元に戻った。

 

 マシンガンから弾丸を一気に撒き散らし、派手に弾幕を張ってからローレンジも離脱する。マシンガンを肩に背負い直し、片手でニュートの身体を掴むと同時にニュートはぬかるみを駆けた。疾駆するニュートは襲い来る敵の銃撃を見切り、射線から逸れるように走る。そして、十秒もかからずグレートサーベルの背に登った。

 

 ――いけるか!?

 

 ほんの少し、ローレンジの中にも希望が出来た。包囲され、殲滅を待つだけかと若干の諦めがあったものの、ここまで恐ろしいほど順調だ。全員無傷でゾイドに乗り込むことが出来た。敵がどんなゾイドであろうと、よほどのゾイドでない限り退けられる自身がローレンジにはあった。

 

 それは――ほんの小さな油断が生まれた瞬間であり、襲撃者の望む絶望の始まりだった。

 

「――!? おい、サーベラ! どうした!? ニュート!」

 

 起動したもののサーベラは動き出そうとしない。ガタガタと操縦席が揺れ、操縦桿は重りでも付けたかのように硬い。プロトブレイカーとの戦いによる不調かとも思ったが、そうではなかった。それらに備えてサポートするはずのニュートも「ギ……グギィ……」と苦しげに鳴いている。

 さらに、それはグレートサーベルだけでない。ハンマーロックも、ディロフォースもロクに動こうとしない。操り人形にされたように動かず、それに必死で抗うように動きは鈍い。

 

 

 

『ハッハッハ、無駄だ無駄だ! もはやそいつらが動くことは出来ん!』

 

 得意げな笑い声と嘲笑が湿地帯に響く。同時に、あちこちに潜んでいただろうヘルディガンナーが姿を現した。背中のアサルトビーム砲を突きつけ、ローレンジ達の動きを抑制する。

 そして、悠然と木々を踏み抜き巨体が現れる。黒い背びれを怪しく揺らし、毒々しい紫と緑のカラーを闇夜に浮かび上がらせながらそのゾイドは、先ほど倒したプロトブレイカーと同じ二足歩行の恐竜型だ。しかし、口は細長く特徴的な背びれから、元となった野生体はプロトブレイカーとは別なのだと感づかされた。

 

『このダークスパイナーのジャミングウェーブは素晴らしいな! まだ研究段階だが、広範囲のゾイドの動きを封じられる。ハッハッハ、まさに最強ではないか!』

 

 得意げに笑う緑色のゾイド――ダークスパイナーのパイロットにローレンジは呆れを覚えた。態々手の内を明かすとは、滑稽すぎる。だが、「間抜けだ」と笑えても、状況を打破することは出来なかった。グレートサーベルだけでなく、オーガノイドすらも苦しめ、行動を封じる謎のゾイド。不確定要素が大きく、迂闊な手出しも出来ない。

 完全に制御できず、サーベラ自身も苦しげな唸りを上げており、状況の打開は不可能と判断する。仕方なくコックピットをこじ開け、マシンガンを構えながら降りた。

 

「いちよう、あんたが指揮官でいいんだろ? 誰だよ」

「フン。私は、PKのハイデル・ボーガン様だ。よーく覚えとけ」

 

 二重のコックピットを開いて顔を出したハイデル・ボーガンと名乗った男は、得意げに表情を歪ませる。醜悪すぎるその笑みに、ローレンジは苦虫を噛み潰したような表情になった。

 

「フッ、まずは、武器を捨ててもらおうか。キサマ等は完全に包囲されている。抵抗するだけ無謀と思え!」

「……はいはい。この状況で逃げようとは、俺も思わねぇよ」

 

 肩を竦め、疲れ切った動作でローレンジはマシンガンを投げ捨てた。

 

「そうだ、それでいい」

 

 愉悦に表情を歪ませ、ハイデルはダークスパイナーを降りローレンジに近寄る。ダークスパイナーは静かに背中の背びれを揺らしノイズ音を撒き散らし続けた。

 

「お前らもだ! さっさとゾイドから降りて来い! そのまま、ゾイド諸共木端微塵にしてやっても良いのだぞ?」

 

 ハイデルが耳にしたくない汚い声で怒鳴った。その命令を聞く気はないが、方法は不明だがゾイドの動きを封じられ、ヘルディガンナーたちのアサルトビーム砲を突きつけられているのだ。タリスとジョイスも道は無しと悟り、ゾイドを降りた。

 

「ふん、無様だなぁローレンジ・コーヴ。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の懐刀ともあろう者が、この程度で終わるとは」

「んな呼び名知らねぇよ。それに、負けたつもりもないしな――」

 

 そう口にした途端、ローレンジの脚をハイデルの拳銃から吐き出された弾丸が撃ち抜いた。偶然にも三年前と同じ個所で、ローレンジの表情が歪む。

 

「タリス少尉。ご苦労だった。我らが警戒すべきこの男をここまでおびき寄せ、消耗させる。君の任務は果たされたよ」

「それは……」

 

 タリスの顔が曇る。タリスに言い渡された最後の任務は、ニクス西部に向かったローレンジにわざと見つかり、消耗させることだった。実際は、それを遂行するか否かで迷っていた所を標的本人(ローレンジ)に説得されたわけだが。

 

「プロトブレイカーのテストも十分だ。ま、やはりあの出来損ないではコイツの性能を引き出すのは不可能だったらしいが」

「くっ……」

 

 タリスが歯噛みする。プロトブレイカーのパイロット――ユースターを出来損ない呼ばわりされ、捨て駒のように言われることに怒りを覚える。

 苦々しい表情を浮かべるタリスにハイデルはさらに醜悪な笑みを浮かべ、

 

「がっ……」

 

 ローレンジのもう片方の脚を撃ち抜く。

 

「――っ!? ボーガン様! それ以上は……」

「なにを言っている? 君はユースターの安全を保障する代わりにこの男を死地に連れ込んだのだろう? これで君の目的は果たされた? なぜそのような顔をするのかね?」

「それは……、私の任務は彼をここまで連れてくること。彼を……始末することではありません。それに、彼は始末するには惜しい、違いますか?」

「ふむ……そうだな」

 

 首肯するハイデルは、さらに引き金を引く。ローレンジの右手から鮮血がほとばしり、ローレンジの口から苦痛が漏れた。

 

「ボーガン様!」

「オファーランド少尉、確かに彼を殺すのは惜しい。だがね、私は彼に言っておかねばならん事があるのだよ」

「……へぇ、俺は……あんたなんか、見たことないだけど――っ!?」

 

 再び銃声が鳴り響き、ローレンジの左手も撃ち抜かれる。

 

「やかましい! キサマの所為で、私は大事な奴隷を失ったのだ。おまけに、キサマら鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が出張ったおかげで町の支配圏すら失くした。キサマらの所為で、私の人生は台無しになったのだよ!」

 

 激痛に耐えながら、ローレンジは記憶の隅から思い出す。

 フェイトと兄妹になった遠因の事件。奴隷に逃げられた馬鹿な雇い主。直接会ったことはなかったが、確かに関係性はあった男。

 そしてもう一つ。これはローレンジが直接関わった訳ではないが、帝都決戦の後に起こったアレスタの暴動。町は壊滅し、人々を虐げて来た町の行政関係者は、全員捕縛された。ただ一人、プロイツェンの支配下で甘い汁を吸っていた市長の男を残して。

 

「ボーガン様、どういうことです……?」

「君は知る必要の無いことだ」

 

 言い捨て、ボーガンはローレンジの脚を踏みつける。撃ち抜かれた脚を泥まみれの靴で踏みにじられ、耐え切れず苦痛の音が漏れた。苦痛にゆがむローレンジに、ボーガンはますます愉悦の笑みを浮かべた。

 

「ふん、キサマはもっと苦しめ。この程度で、私の恨みが晴らされるものか、決して許さんぞ!」

「はっ、別に……許してもらおうなんざ思ってないさ」

 

 激痛に苦しみながらも、ローレンジはにやりと笑って見せる。得意げに、ボーガンを嘲笑するように。

 

「俺、『許さない』って言葉、あんま好きじゃないんだよな。だって、言われる側は、端から許してもらおうなんて考える奴、いないんだから」

「なにが言いたい?」

「はっきり言えよ……俺を、殺したいってさぁ!」

「キサマ……望みどおりにしてやろう!」

 

 ボーガンの手が伸びる。首を掴み、太った体に見合う力でローレンジを持ち上げ、その額に拳銃を突きつけた。

 

「ボーガン様、それ以上はなりません。情報を訊き出すのでしょう?」

「ふん、こいつが居らんでも、我らの勝ちは揺るがん。むしろ、ここでこいつを潰してやるべきだろう? その方が、我らにメリットがある」

 

 怒りに顔を赤く染めたボーガンの指が引き金に当てられる。刹那――

 

 

 

「が、うぁあああああああ!!!!」

 

 ボーガンの悲鳴が響き渡った。

 拳銃がその手から零れ落ち、赤く染まった手をボーガンは庇う。それを成したのは一本のナイフ。ローレンジの腰に隠されていた彼の愛用のナイフを、赤く濡れたそれをタリスが攫んでいた。

 

「もう、限界です。あなたたちには従いません。私は、正式にPKを裏切ります!」

 

 ボーガンの手から離れ、倒れるローレンジをすんでのところでそれまで沈黙し、状況を見ていたジョイスが支えた。

 

「まったく、君も彼女も馬鹿か? 相手を挑発して、死ぬ気かい?」

「ははは……あいつに従う気には、どうもなれなくてな。それに……」

 

 ちらりとローレンジはある方向に視線を投げた。ジョイスがそちらに目をやるが、ローレンジが何を意識したかは分からない。

 ボーガンは痛みにもがいていた。腕を少し深く切られただけだが、ローレンジよりもあっさり悲鳴を上げ、無様に喚き散らす姿は見ていて滑稽で、だらしなく、イラつかせる。

 

「くっそぉ、このアマぁ……やれお前たち! もうコイツらなど殺してしまえ!」

 

 ボーガンが指差しで指示を出し、包囲する者たちが銃口を向けた。ダークスパイナーは変わらずノイズ音を発しており、ゾイドたちとオーガノイドは苦しみ呻くのみだった。他に助けはおらず、絶体絶命の状況。

 

 

 

「まぁ、待ちなさいよ。ボーガン様」

 

 そこで、のんびりとした口調の男がボーガンに歩み寄った。アサルトライフルを肩から下げているボーガンの部下の一人だ。真っ赤な丸いサングラスをかけており、どこか陽気な印象を持たせる男だ。

 

「ええいなんだ!」

「今殺しても意味が無いのは、さっきオファーランド嬢が教えてくれたでショ? もう彼らに抵抗の余地はありまセンて。だったらひっ捕らえて、色々向こう側の状況を訊き出すのが一番。ボーガン様がそこの小生意気な男に恨みがあるってんナラ、拷問でもして発散するが良いんじゃないデスカ? 情報を訊き出せ、ボーガン様の溜飲も下げれる。一石二鳥ですよネェ」

 

 男はゆっくりと、しかし他の者が口を挟む隙がない速度で続けた。激昂するボーガンに思考する時間を作るよう、絶妙な長さだ。

 そして、ボーガンはしばし思考したのち答えを出す。

 

「……フン! いいだろう。私は先に戻る。お前たち、適当に殴ってからで構わん! そいつらをチェピンまで連行しろ!」

 

 そう言うとダークスパイナーに乗り込み、より強くノイズ音を撒き散らした。

 

 

 

***

 

 

 

 ダークスパイナーが去った後も、しばらくゾイドたちの不調は続き、反撃は不可能だった。ローレンジ達は残されたボーガンの部下の拘束を受け、連行される途中だ。

 ローレンジ自身は傷が深く、このままでは命が危ないということで応急処置を受けている。必要な装備はグレートサーベルのコックピットにあり、ローレンジは先ほどボーガンを止めた兵士によって手当てを受けている。

 

「礼を……言うべきか?」

「オイラは敵ですヨ? 敵にお礼を言うとか、アンタ、相当頭の血が抜けてるんじゃないかイ?」

「ああ、そうだったな。血が抜けすぎてロクに思考が回らねぇ」

「それと、ボーガン様の拷問は地獄でショウネェ」

「……ま、自分で蒔いちまったことだし」

 

 激痛が常に襲いかかり、流石のローレンジも無駄口を叩く余裕はない。タリスとジョイス、オーガノイド二体も拘束され、もはや打つ手はなしだ。だが、

 

「アンタ、目が死なないネェ。ここまで追いつめられれば、万策尽きたァ、とかじゃないんデ?」

「諦めが肝心。だけど、チャンスはどっかにある。俺は、今を捨ててチャンスを探すんだよ」

「あるとお思いデ?」

「あるから今を捨てたんだ」

 

 得意げに、ローレンジは薄く笑った。

 その時、グレートサーベルのコックピットに通信が入る。少しずつ機能が回復しているが、サーベラ自身はまだ動けない、調子を見るに、数時間は満足に身体を動かすことはできないのだ。

 

「……通信、出ていいか?」

「オイラも訊くけどナ」

「…………だろうな」

 

 そうなると分かっていたローレンジは通信に応じる。通信の相手が相手だからか、ローレンジは勤めて普段通りの声で言った。

 

「こんな……夜中に、何か用か?」

『あ、ロージ! わたしだよ』

 

 通信相手は、フェイトだ。

 

「んだよフェイト。脱走したってヴォルフが嘆いてたが、何やってんだお前ら」

『えっとね、リエンってわたしの友達のお願いでセスリムニルって町に向かってるの』

「へぇ、お前に友達ができたのか」

『あ、えっと、マリエス・バレンシアです。妹さんにはお世話に――』

「お、随分と礼儀正しい子だな。フェイトはけっこううるさいだろうけど、仲良くしてやってくれ」

『ちょっとロージ!』

『まぁ、確かに騒々しいですけど』

『リエンまで!』

 

 通信先でギャーギャーと騒ぐ妹とその友達。漏れ聞こえる声からして、フィーネもその場にいるらしい。絶体絶命のピンチを乗り切り、満身創痍であるローレンジは「まったく、こっちの気も知らないでさ」と小さく呟く。

 

『? どうしたの?』

「こっちはヴォルフの無茶ぶりで苦労してるってのに、お前らは楽しく旅かっ――てな。ま、元気そうで何よりだよ」

 

 フェイトに悟られぬようはぐらかす。そこまで興味を持たれないようで、それ以上の追及が無かったのは救いだった。その後、フェイトの友達になったマリエスという少女の事情が告げられる。

 マリエスがこのニクスでの戦いに置いて何か重要な意味を持つ事。だからマリエスは狙われ、フェイト達が守りながらセスリムニルを目指していること。そして、ニクスの災厄――『惨禍の魔龍』について。

 

「なるほどね。……どーりで、こりゃ厄介だ」

『ローレンジさん?』

 

 その時点で気づいた。コブラスとユニアが目覚めさせた幻獣オルディオスは、このための存在だったと。そして、彼らの計画は着々と進行中だという事。そこからローレンジは察知した。()()()()()()が、避けられないことを。

 後は、フェイト達には安心させるよう伝えておくかと決める。ついでに注意喚起も。

 

「ま、ヴォルフには何とか伝えとくよ。そっちも気を付けてな。ナイツの連中、かなり厄介だ。――あ~そうだ、天馬には気を付けろよ」

『天馬?』

「フェイト。マリエスにフィーネ、それからバンとロカイを困らせんじゃねーぞ』

『そんなことないもん!』

 

 最後にフェイトの少し怒ったような声を聞き、ローレンジは薄く笑いながら通信を切る。

 フェイトの声を聞くのは、数週間振りだ。だというのに、こうして声を聞くだけでとても安心できた。

 

 ――兄妹離れしなきゃいけないのは、案外俺の方か。

 

 乾いた感想を胸に抱き、そして決意を新たにする。絶対に帰ってみせると。どんな手を使おうとも。必ず。

 そのための逆転の一手目は、今だった。

 

 突如ブースターの点火音が響き渡り、真っ赤な炎を吐き出しながら何かが天へと昇って行く。

 

「む? こいつァ……」

 

 ローレンジの監視をしていた男が外へと視線を移す。そこには、炎を吐き出しながら離脱する()()()()()()()()()()()()()()があった。

 

「やっぱり、ユースターだけ逃がすか――タリス」

 

 外に視線を向け、希望を託してそれを見上げるタリスを捉えたローレンジは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 湿地帯の一角、そこに一体のゾイドが現出する。小柄な体躯に細い尻尾、四足歩行の隠密ゾイド――ヘルキャットだ。

 

「うまく、巻いたようっスね」

 

 周囲の敵影を窺い、いないことを確認したカバヤは安堵の息を吐いた。

 カバヤは一早くあの場を離脱していた。小さなノイズ音を聞いたローレンジがカバヤに指示を出し、一足早くその場を離脱させたのだ、全ては、逆転の一手のため。

 当然包囲していたボーガンの部隊から追手が差し向けられるものの、カバヤは隠密に特化したヘルキャットを用い、さらにこういった作戦に従事した経験も多い。隠れる場の多い湿地帯ならば、ヘルディガンナーの追跡を振り切るのも容易だった。

 

「さて、場所はここで合ってるっスけど……お、来た来た!」

 

 カバヤが見上げた先には、飛行するコックピットがあった。ハンマーロックから飛び立ったコックピットだ。中には、怪我が酷いユースターが乗っているはずである。

 カバヤは着陸したコックピットに駆け寄り、こじ開けて中からユースターを支え持ち上げた。

 

「しっかりするっス! 一刻も早く、アンタを連れて行かないと、あいつらに見つかったらアウトっスよ!」

「僕だけ逃がして……どういうつもりだ?」

「そりゃ、アンタはPKの内情を知る重要人物っス。世間的にもPK壊滅を正当化させるのに、最後の一押しにアンタは生きてなきゃダメなんスよ。アンタは知ってまスよね。奴らの前線基地の場所。無理させまスけど、教えてほしいっス。そうすれば――」

 

 そこでカバヤは言葉を切り、一気にまくしたてた。

 

「ガイロスへリック連合軍、あと、ウチの特攻隊長が奴らをぶっ潰してくれるっスから!」

 




これにてローレンジとジョイスの話も終了です。
……え、落とし過ぎ?

三パーティ最後一人は、いろいろぶっ壊してくれますから、ね。

って訳で、次回はまた幕間的な話、前回の続きですので。

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