湿地帯の草を踏みにじり、木々をなぎ倒し、それは現れた。
突き出された口元にはのこぎりのように鋭い歯が幾本も並ぶ。赤と黒で塗装され機体色は、以前見たものとは全く違う。しかし、水平に伸ばされた太い尻尾、その身体を支える太く力強い脚、その体格からすれば小さいものの、捕まえた獲物を逃がすまいと主張する鋭利な刃物の質感を持った爪は、健在だった。そして、機体を象徴する口内に装備された砲塔も。
「……おいおい、ありゃ、最悪じゃねぇか」
思わず引き攣ってしまった頬を無理やり動かし、言葉にしないものの心の内でローレンジはそのゾイドの名を呟く。
――ジェノザウラー。
だが、その装備はところどころ――否、大きく様変わりしている。
まず主砲であった背中のロングレンジパルスレーザーライフルは外され、代わりにアイアンコングの強化用装備であるマニューバスラスターユニットを背負っている。アイアンコングの巨体に高機動能力を与えるスラスターは、ジェノザウラーが元から持つ機動力をさらに高めている。代わりに落ちた火力は、背中と首の中間あたりにブラックライモスの主砲と同形状の砲を備えている。動く武器庫の異名を持つブラックライモスの主砲は、一門だけでも十分な火力だ。そして、脚には鋭い片刃の刃が追加されていた。ところどころ節ばっている刃は、狙った獲物を挟み切るための形状を成していた。または、すれ違い様に撫で斬るのも有効だろう。刃に付与された鋭い突起が、対象の装甲をずたずたに引き裂く様が容易に想像できる。
「強化タイプかよ。つか、ジェノザウラーはアンナのリッター以外もう存在しないはずじゃ……って、そうだ」
ヴォルフからもたらされた情報を思い出す。出自は不明だが、PKはジェノザウラーを一機所有しているのだ。ニクス大陸調査に向かったガイロス帝国特務部隊の残した記録に、その存在が記されていたそうだ。
苦虫を噛み潰した表情でローレンジは次の手を考える。ハンマーロックは片腕をニュートが破壊してしまったものの、動かせないことはない。ひとまずタリスには下がらせ、ローレンジはニュートと共にグレートサーベルを駆って足止めにかかる。グレートサーベルが湿地での戦いを苦手としているのは明白だが、それはジェノザウラーも同じだ。むしろ、太い二本足で身体を支えるジェノザウラーにとって、湿地帯のぬかるんだ地面はより厄介な障害となりうる。
「……プロト、ブレイカー…………」
素早く方針を固めたローレンジの横で、タリスが震える声で呟いた。聞きなれない言葉だが、おそらく強化型ジェノザウラーの名前だろうとローレンジは予測する。タリスはニクスに戻るまでPKに所属しており、強化型ジェノザウラーの正体を知っていてもおかしくはないからだ。
タリスからプロトブレイカーのスペックを聞き出せばこの戦いを優位に進められるだろう。そう察したローレンジはタリスに質問を投げかけようとするが、その思考を破壊する一言がタリスの口から放たれた。
「――
「なっ、兄さんって……まさか、ユースターが!?」
「兄さんは脱走の手引きをした責任を問われ、プロトブレイカーのテストをさせられていたんです!」
「テストって、ジェノザウラーのことかよ。――おい待て! それじゃPKの奴らは反抗される可能性を承知の上でユースターにあのゾイドを!?」
プロトブレイカーがどんなゾイドであれ、ゾイドであることに代わりはない。乗りこなすことが叶えば、プロトブレイカーはPKに反旗を翻したユースターの制御化に置かれるのだ。元となったジェノザウラーの脅威を考えれば、およそまともな判断とは思えなかった。
「いえ、新しく製造されたジェノザウラーにはOSというシステムが利用されているんです」
「なんだよ、そのOSってのは!?」
「ゾイドが持つ潜在能力を引き出すシステムです。訊いた話では、十年以上前のデスザウラー復活計画の時に発見されて以来研究が進んでいなかったと……」
「それ…………ああくそっ、タリス、ハンマーロックでさっさと下がれ! ニュート! サーベラに合体だ!」
先ほど考えた指示を怒鳴りながら伝え、懐に隠しておいた発信機を作動させサーベラを呼び寄せる。同時に、心中で吐き捨てた。
――十年前以上前のデスザウラー復活計画、間違いねぇ! オリンポス山の実験だ。くそっ、どこまで引っ張りやがるんだ……恨むぞザルカ!
意味はないと知りながらも、その研究の最前線に立っていた男に唾を吐きかける。
グレートサーベルが木々をなぎ倒しながら戦場に現れ、勇ましい咆哮を上げた。同じく、木を踏みにじりながら威嚇するプロトブレイカーに気づくと、激しく唸り眼光を爛々と輝かせた。その姿は、嘗てジェノリッターと戦い、しかし諸々の事情から有耶無耶になってしまった死闘が蘇るとあって喜んでいるように見えた。
威嚇しつつもコックピットを開いたサーベラに薄く笑み、ローレンジはコックピットに飛び込む。座席に着地すると同時にコックピットが閉じ、サーベラがもう一声、猛々しく吠えたてた。静かにそれを受け止めるプロトブレイカーは、臆する様子はない。
「タリス。さっきの話……ユースターがなぜあれに乗ってる? それと、OSってのについて教えろ」
『……はい。OS、通称オーガノイドシステムとは、あなたが連れているオーガノイドのように、システムを組み込まれたゾイドを強化するものです。メカニズムは、私には教えられていませんし、そもそもまだ解明されていません。ただ、その代償としてシステムを組み込まれたゾイドを狂暴化させます』
「狂暴化――ッ!? こういう事か!」
それまで静かに見ているだけだったプロトブレイカーが始動する。嘗て渡り合ったジェノリッターに匹敵する機動力で接近し、ローレンジが気づいた時にはすでに間近まで迫っていた。必殺のハイパーキラークローがグレートサーベルの首筋に迫る――。
『ローレンジさん!』
タリスの声が聞こえたかどうか、そのわずかな時間でグレートサーベルは一歩引いていた。コンマ一秒の差で、先ほどまでグレートサーベルの首筋があった位置をプロトブレイカーのハイパーキラークローが通り過ぎる。風切り音と共に通り過ぎたソレは、当たっていればグレートサーベルの首は今頃宙を舞っていただろう。それを認識した瞬間、背中から冷たい汗がどっと溢れ出す。
――サンキューサーベラ。
心の中で感謝を告げると、サーベラが「未熟な主人だと苦労する」と苦笑するように喉を鳴らす。ローレンジもサーベラに苦笑を返し、改めて襲いかかるプロトブレイカーに意識を戻した。
その間も、情報収集は忘れない。
「タリス! 続けろ!」
『はい、狂暴化のメカニズムは現段階をもってしても不明。狂暴化はゾイドの戦闘力を飛躍的に高めますが、同時にこれがOS最大の欠点でもあります。OSを組み込まれたゾイドは、ゾイド自身の感情を暴走させ、それがパイロットにも影響を及ぼすのです』
「というと?」
『私が知りうる限りでは、例えばゾイド自身が憎しみの感情を抱いていれば、パイロットも影響されて同様の感情を抱くと……ありえないことですが』
「なるほど、確かにありえない。だが、そう吐き捨てられるようなもんじゃない」
タリスの説明から、ローレンジの脳裏にはある出来事が想起されていた。ジェノリッターがヤークトジェノと化し、暴走した時のことだ。あの時、アンナは確かに言っていた。「精神が暴走し、それが流れ込んでくる」と。あの時、アンナはヤークトジェノの破壊衝動に引っ張られかけていた。プロトブレイカーに同じことが起こったとしても、おかしくはない。
――ヤークトジェノの止め方を示したのはザルカだ。ザルカはOSが見つかったオリンポス山に研究所を構えていた。ザルカは、これを知っていたんだ! だからあのヤロウ……。
「OSについては分かった。次は――っと!?」
のんきに話している余裕は、あまりない。
猛然と突進してくるプロトブレイカーの背中を飛び越し、すれ違い様にその背中に三連衝撃砲を叩き込む。だが、やはりというべきかプロトブレイカーは然したる衝撃を受けた様子はなかった。
『頭領! 加勢するっス!』
『今回ばかりは君の言う事でも訊けないな。僕もやらせろ!』
森の中に潜んでいたヘルキャットとディロフォースが、ひっそりと近づき痛撃をかけた。ヘルキャットは背中の対ゾイド20mm2連装ビーム砲で右足を、ディロフォースはレーザーソードを展開し左足にそれぞれ痛撃な一撃を叩き込む。
だが、これもプロトブレイカーは意にも介さない。小五月蠅いハエを振り払うように、太い尻尾を振り回して二体の小型ゾイドを退ける。幸いヘルキャットもディロフォースも一撃離脱で動いていたため、尻尾に打ちのめされることはなかった。だが、それでも戦況が好転したとはとても言えない有様だった。
「次……ユースターが乗ってるってのは?」
遠慮がちに聞くローレンジに、タリスも声のトーンを落とす。
『兄は、PKに反逆した罰としてあのゾイドのテストをさせられました。先ほど言いましたよね。OSを搭載されたプロトブレイカーは、その激しい精神でパイロットを蝕むと』
「……無理やり搭乗させられて、廃人コースまっしぐらってワケだ。だが、それで奴らにメリットは?」
『噂でしか私も訊いてないのですが、PKでは
冷静な口調でタリスは告げる。だが、一言一言に重く辛い感情が籠められ、変わり果てた兄の姿を見続けることとなったタリスの苦悩が強く伝わってくる口調でもあった。
そんなタリスを哀れと思いつつ、ローレンジの思考の中で閃きがあった。
――確証は取れてないが、共和国のオーダイン・クラッツ主導の実験。
ローレンジがへリック共和国のハーマン大尉から依頼されたオーダイン・クラッツの裏の顔。そこで捕われていた古代ゾイド人の少女――リーゼの力。別々の事件だったそれらの繋がりと、それが引き起こした惨劇を目の前に感じ、奥歯を噛み千切りたくなるほどの後悔がローレンジを襲う。
しかし、それはほんの一瞬の事。起きてしまったことは覆しようがない。後から納得のいく色に塗り替えるしかないのだ。後悔を投げ捨て、目の前のことにだけローレンジは集中する。
覚悟は定まった。先ほどタリスに協力すると明言したのだ。退くつもりは一切ない。
「とにかく、今はプロトブレイカーを抑え込む。ジョイス、カバヤ! ちっと重労働だが働けよ。二人で攪乱だ。その隙に俺とサーベラが一撃叩き込む。いいか、出過ぎるなよ。無理せず気を引くだけでいい。タリスは木々の影に隠れて援護射撃だ。でしゃばるなよ」
嘗て、ヘルキャットでジェノリッターに挑んだ時の経験だ。小型ゾイドの火力では逆立ちしてもジェノザウラーには届かない。火力と機動力に重点を置いたディロフォースだろうと、ジェノザウラーを破壊するほどの火力は見込めないだろう。それより、小柄な機体とジェノザウラーにとって分の悪い湿地帯という地形を活かして攪乱させる。それが勝機だ。
『了解っス!』
『……分かった』
カバヤが威勢よく、ジョイスが若干不満げに返事をする。そして、
『ローレンジさん。兄を、助けてください!』
タリスの願いを受けて、ローレンジの心は一層固まる。
「行くぞ!」
掛け声は唱和に変わり、ジェノザウラーという虐殺竜を抑え込む死闘が、再び始まった。
***
その戦いを、木々と草に隠れてじっと窺う者たちが居た。低い体高に、体と同じ大きさの長い尻尾。ダークグリーンのキャノピーが怪しく光り、背中のアサルトビーム砲が静かに獲物を照準に収める――ヘルディガンナーだ。
そして、そこに居るのはヘルディガンナーだけではない。もう一機、見慣れないゾイドもいた。
淡い緑色の装甲に覆われたゾイド。淡い緑と言えばさわやかな印象を覚えるが、そのゾイドはところどころが紫色に染まっており、その所為で毒々しい印象を強く表していた。背中にはゆらゆらと揺れる背びれ。今現在、圧倒的な力で暴れるプロトブレイカーと同じ二足歩行の恐竜型ゾイド。しかし、口内には悪夢の兵器――荷電粒子砲は無かった。どころかジェノザウラーよりも長い口には鋭い牙がずらりと並んでおり、ジェノザウラーと比べて“悪魔”のような雰囲気を醸し出している。
「……隊長。かからないので?」
「まだだ。奴らに、とっておきの絶望を与えてやらねばならんからな」
ヘルディガンナーに乗る部下の言葉に、隊長と呼ばれた男は横柄な印象を持たせる口調で言い放つ。ゆらゆらと揺れる背びれが戦場の様子を事細かに伝え、その様子を見ている隊長は愉悦に口を歪ませた。
「愚かな……死に物狂いで戦ったところで、
吐き捨て、しかし愉悦が崩れることはない。言葉通り、終わった後は特大の絶望を与え、彼らを屈服させる。そんな理想的創造に浸り、隊長は「クックック」と抑えきれない笑いを洩らした。
「万が一を考え、先に制圧すべきでは?」
「おいキサマ。私の策が不満だと言うのか?」
「い、いえ、そのようなことは……」
慌てて言いつくろう部下の男。以前から横柄な態度を崩さない隊長は、逆らった部下をそのゾイドで八つ裂きにしたこともあった。我侭で、全て自分の思い通りに行くと信じて疑っていないような態度。信頼は無く、ただ威圧的な指揮で部下を率いている。
その隊長が全くの無能であれば、部下たちも反乱し蹴落していただろう。だが、男はあろうことかそのゾイドに
隊長がある筋から入手したゾイドは、それまでのゾイドとは設計から根本的に違った。そして、現行のゾイド全てを上回る力と、全てを
「まぁ見ていろ。とっておきの茶番を、奴らが見せつけてくれるさ」
隊長の表情は、その瞬間を期待して愉悦を手離さない。
***
背部の長距離レーザー砲が唸り、頭上を突き抜けていった。戦慄を覚えると同時に、どこか興奮も覚える。
『ジョイス! 無茶すんな!』
「分かってる!」
ローレンジの怒号に怒鳴り返し、ジョイスは慎重にプロトブレイカーとの距離を測った。
プロトブレイカーの射撃兵装は背中の長距離レーザー砲と荷電粒子砲、頭部のレーザー機銃だ。どれも射程は正面に固定され、避けるのは容易い。それより注意すべきは格闘戦だろう。ぬかるんだ大地から身体を持ち上げ、ホバリング移動を可能とするプロトブレイカーの性能を目の当たりにしてから地形の利はほぼ消えたと言っていい。宙を移動されれば、脚をとられることはないからだ。素早く接近し、距離があればロケットアンカー付きの爪が襲いかかる。
ジョイスがそれを回避し続けていられるのはカバヤのヘルキャットの巧妙な立ち回り、合体するシャドーのフォロー、ディロフォースの恵まれた機動力があってこそだ。そしてなにより、頭で考えるよりも早くジョイスの身体がディロフォースを動かしている。
先ほど足にレーザーソードを叩きつけたせいか、プロトブレイカーは分かりやすいほどに激昂しディロフォースに狙いを定めていた。両脚に装備された刃――エクスブレイカーにスパークが走り、ディロフォースを撫で斬りにせんと襲いかかる。ディロフォースは一瞬足に力を籠め、飛び上がることでそれを回避した。プロトブレイカーは突進の勢いをそのままに、尻尾を振り回して迎撃にかかる。だが、ジョイスのディロフォースは
『チビを気にしてんじゃ――ねぇッ!』
そして、尻尾を振り切り遠心力を吸収するために踏ん張ったプロトブレイカーの側面からミサイルが叩き込まれた。間髪入れずにソリッドライフルの正確な射撃が片側のエクスブレイカーを襲う。
グレートサーベルの射撃の威力はこの場に居る中でも秀でているが、プロトブレイカー相手では若干足りなかった。ビームライフルの衝撃と爆発を耐えきり、口内に荷電粒子を溜め込んだプロトブレイカーはアンカーを落とし、邪魔をするグレートサーベル目がけで吐き出した。
グレートサーベルがその射線から退避してすぐ後、その場を光の濁流が飲み込んでいく。草も、木々も薙ぎ払い、焼き尽くし、湿気を蒸発させるほどの荷電粒子砲によりその場は一瞬濃霧に包まれた。
互いに敵の位置がつかめず、しばしの沈黙がニフル湿原に漂った。湿った水のニオイと、木々が焼け焦げた臭いが辺りに充満する。
濃霧が晴れてきた瞬間、プロトブレイカーは最初に視界に捉えたグレートサーベルへ猛然と襲いかかった。
暴走するプロトブレイカーに対し、決定打はなかなか叩き込めない。ローレンジが言う“OS”による狂暴化の所為で近寄ることもままならないからだ。
そんな戦況に、ジョイスはイラついていた。
――……クソッ!
翻弄され、だらだらと戦いを長引かせてしまっている自分に対するイラつき。顔も知らないプロトブレイカーのパイロットを助けろと言う指示に対するイラつき。そして、それを肯定的に受け止める自分へのイラつき。
そしてなにより――プロトブレイカーに
――こいつも、まともにゾイドを扱えないクセに……そのうえゾイドに使われるだと……癇に障る奴だ!
ジョイス自身、そのように思う自分を自分と思えなかった。だが、どこかでそれが自分だと納得もしていた。不思議な気分だ。まるで、
それを感じたのは二回目だ。一回目はニクス大陸に接近してすぐ。ドラグーンネストの甲板上でガン・ギャラドと渡り合った時だ。ゾイドは優秀なのに、乗っているパイロットがダメだ。最強だと喚いていたが、結局ゾイドに使われるだけの井の中の蛙。クズだった。
そんな相手に、ジョイスは苦戦を続けている。うんざりだった。
それでもジョイスはそんな自分を抑え込んで戦った。これがローレンジの意志の上での戦いであり、彼の意志を尊重したい想いがあったからだ。己と似ていると言った、ローレンジへの想い――尊敬の表れだ。
だが、
――もう、我慢の限界だ!
いい加減にしたかった。こんなザコに負けるのは、
「……ゾイド、ゾイド、ゾイドっ! どこまでも、僕をイラつかせてくれるじゃないか!」
もう、憎悪と怒号の感情を抑えきれない。
「……ふっ、シャドォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
***
ジョイスが叫び、その瞬間から動きが変わった。
「ジョイス? おい待てっ!」
ローレンジが止めるまでもなく、ジョイスとディロフォースはプロトブレイカーに肉薄する。突如目の前に現れた小さき竜に、プロトブレイカーは「またこいつか」と言いたげに、爪を振り下ろす。だが、ディロフォースはそれを横にステップを踏んで躱す。もう片方の爪がロケットアンカーで射出されるが、それも逆方向にステップを踏んで躱した。青く輝く瞳にプロトブレイカーを映し、一気に懐まで肉薄する。こちらの番だとEシールドを展開し、プロトブレイカーの口内に自身の頭を突っ込む。
小型ながら反発力の大きいEシールドがプロトブレイカーの荷電粒子発射口をねじ伏せ、押し潰し、退けた。プロトブレイカーは悲鳴を上げてのけ反る。
「な……ジョイス?」
『ザコが……こんな奴にいいように操られるなんてね』
冷たく、嘲笑うようにジョイスが吐き捨てる。次いでディロフォースはぬかるんだ大地を蹴り込み、プロトブレイカーの背中に跳び乗った。大地を力強く蹴りつけた爪――ハイパーキラークローを、今度はマニューバスラスターに振り下ろす。ディロフォースの体重も加味したそれは、振り下ろすと言うより踏みつけだ。「バキャッ」という音と共に、スラスターの片側が踏み壊された。
片方のスラスターを欠き、バランスを崩したプロトブレイカーをローレンジは逃がさない。瞬時に横に回り込み、ストライクレーザークローを横の刃に叩き込んだ。強化された斬爪は、プロトブレイカーの武装を難なく切り裂く。
「ジョイス! 壊し過ぎるな! 機能停止に追い込むんだよ!」
『甘いよローレンジ。完膚なきまでに壊してやらないと。使われている奴なんて、この先生きる価値はない』
「……ジョイス……? いや……また、レイヴンか?」
ローレンジの口からはっきりとジョイスでない者の名が告げられる。それにジョイス――レイヴンは狂気を張り付けた笑みを浮かべた。その笑みが、ローレンジの疑問に答えを示す。
僕は『ジョイス』じゃない、『レイヴン』だ、と。
ガイロス帝国に所属し、見方からも畏怖を籠めて呼ばれた名。黒いオーガノイドを連れた、ガイロス帝国最強のゾイド乗り。その
『いつまでも無様な姿を晒すな。クズはクズらしく、僕の前から消え去れ!』
プロトブレイカーの背後に立ったディロフォースは両足を大地に打ち付け、口を大きく開くとエネルギーを充満させる。蒼い、蒼穹の空のような色の瞳を爛々と輝かせ、おびただしいエネルギーがレブラプターにも劣る小柄な体に満ち溢れる。
「荷電粒子砲……出力がおかしいだろ!」
ディロフォースの身体に溜めこまれたそれは、設計段階で想定されていた出力を大幅に上回っていた。文句なしに、ジェノザウラーのそれに匹敵するか否かの膨大なエネルギーだ。
プロトブレイカーも向き直った。押しつぶされた荷電粒子発射口を金属生命体の持つ生命力で無理やり形を整え、そこにエネルギーが注ぎこまれる。
タリスとローレンジはあずかり知らぬことだが、これもOSの作用だった。ゾイドコアに一種のウィルスを打ち込むOSというシステムは、ゾイドの生命力を大幅に引き上げる。後付けだった武装を己の身体の一部と見立て、ゾイドコアが持つ再生力、生命エネルギーで発射口を再生させたのだ。
二体のゾイドにおびただしいエネルギーが注がれ、ぶつかり合えばニフル湿原の中心にクレーターを作ってしまうと容易に想像できる。
『やめて! 兄さん!』
その状況に、耐え切れなくなったタリスが割って入った。片腕が動かないハンマーロックを無理やり疾駆させ、兄のプロトブレイカーを助けようとディロフォースに肉薄する。
ローレンジは一瞬迷う。このまま二体の荷電粒子砲を衝突させれば、自分達のみならず爆発の中心近くのジョイスとユースターがただでは済まない。特に、コックピットの露出しているディロフォースのジョイスは、骨すら残さず消滅してしまうかもしれない。
プロトブレイカーに体当たりを加え、射線をずらそうにも、ずらせるのは僅かだ。発射の衝撃は、ディロフォースと肉薄するハンマーロックをもみくちゃにしてしまう。
ならば荷電粒子砲の発射を辞めさせなければならない。その方法は……。
――
ローレンジの意志を汲みとり、グレートサーベルは短く鳴いた。己が最大の武器――
「……っ。タリス! カバヤ! ジョイスを止めろ! プロトブレイカーは、俺が受ける!」
『頭領、お任せあれっス!』
『ローレンジさん……お願い!』
二人がディロフォースを押え、無理やり向きを変えさせたその刹那、二つの荷電粒子砲が解き放たれた。
ディロフォースのそれは明後日の方向へ、湿原を光に飲み込みながら吐き出される。
そして、プロトブレイカーのそれは、真っ直ぐ光り輝く盾を現出させたグレートサーベルにぶつかり、真っ二つに裂けた。グレートサーベルの牙から現出されたシールドは、先端を鋭利に尖らせ、叩きつけられる荷電粒子砲をグレートサーベルの左右に向けて真っ二つに斬り裂く。それは、
叩きつけられる荷電粒子砲の力は絶大だ。踏ん張りの効かないぬかるみの大地では、それがさらに助長された。泥に筋を残し、グレートサーベルが後退した。だが、
「甘い」
ローレンジは、荷電粒子砲を受けながら呟いた。
「ぬるいんだよ、こんなの。ジェノリッターの荷電粒子砲と比べるまでもねぇ」
グレートサーベル――サーベラが、主の言葉を肯定するように一歩踏み出す。ぬかるみに脚を降ろし、次の脚を踏みださせた。
「人の意識を操って、狂暴化させたゾイドの
サーベラの中のニュートが、「キッキッ」と笑った。機械の顔で器用に得意げな表情を浮かべ、真紅に輝くサーベラのコアを包み込んだ。
「ゾイドってのは、強い想いで乗りこなすんだよ。その辺の機械と一括りにするもんじゃない」
嘗て、ローレンジはサーベラに見捨てられ、乗りこなすことが出来ずにいた。期せずして自分にとって初めてのゾイドとなったサーベラを、ずっと乗りこなせなかった。
その時に、教えてもらった言葉がある。それこそが、この言葉。
『ゾイドは技術じゃない。強い想いで一緒に戦うのよ!』
「操られたお前に、その意思があるか? そんな奴に、俺たちがあっさりなぎ倒されるか? 中身を失くしたお前に、お前を救おうと全部投げ出したタリスの決意を踏み躙れるか!?」
ディロフォースの口内から吐き出された悍ましい光が収まり、踵を返したハンマーロックがプロトブレイカーに向かって走り出す。全てを投げ出し、荷電粒子砲の輝きとEシールドがせめぎ合う最中に割って入ろうとするタリスの決意が、覚悟がそこにある。
「俺が戦ってるのはプロトブレイカーだけだ。お前はただの抜け殻さ。なぁ、ユースター! お前が死地に戻ってまで助けようとした
『……ありがとう……ローレンジ、君……』
かすかな声が、湿地帯の湿った台地にふわりと漂い、プロトブレイカーは、沈黙した。