ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第60話:白き獣王の咆哮

 それは、十年近く昔の事だった。

 

「あー負けた負けた! 何度やってもお前にゃ勝てねぇ」

 

 一人の金髪の少年は、どこまでも続く荒野の硬い大地に大の字で寝転がった。悔しさと、もどかしさを抱えながらも、少年はどこかすがすがしい思いでもあった。

 

「だって、君はゾイドに認められてないんだもん。それじゃあどんな相手にも勝てやしないさ。どんなに技術が高くても、ねぇ」

「ゾイドに認められる、かぁ。こいつ、全然俺を認めようとしないんだ。まだ親父の影を引き摺ってんだぜ。ったくよぉ。つか、俺弟子歴一番長いのに。しかもお前より年上なのに……」

 

 愚痴る様に呟く金髪の少年に、漆黒のゾイドは忌々しげに唸った。「誰がキサマの操縦など受け入れるものか」と、意志が伝わるほどに憎々しげな唸りに、少年はさらに意気消沈とする。

 

「お前も、ティスもカイも、師匠も、ゾイドを自分の一部みたいに動かせる。何で俺にはダメなんだろうなぁ。つかさ、弟子歴一番長いの俺なのに、なんで俺最弱なの?」

「その考え方さ。ゾイドは生き物。自分の一部じゃなく、自分と共に戦ってくれる、生きてくれる存在って、そう意識しなきゃ」

「一緒に戦う存在。相棒かぁ……ティスにも言われたな。『ゾイドは技術じゃない。強い想いで一緒に戦うのよ』って」

「…………」

 

 共に修行を続ける少女の言葉を真似し、目を輝かせながら少年は言い――何とも言えない気持ちになってため息を吐く。

 

 ――せめて何か言ってくれよ。

 

 少年はぼやきながら漆黒のゾイドを見上げた。次いで、その傍らで誇らしげに立つ、白く汚れた雄々しき獅子のゾイドに視線をやり、その頭部で毛繕いでもするかのように身を縮こませる小柄な鳥型ゾイドを見た。

 

「相棒……お前とあいつらみたいにか?」

「そうだよ」

「ふーん。でも、俺にとって相棒って言やぁ……」

 

 そう呟く少年の視線は、少年に語りかける黒髪の小柄な少年に向けられた。そして、さらにその先で楽しそうに語り合う二人の影に。

 黒髪の少年は、おかしそうに笑った。ただ、その先には触れない。金髪の少年は、強がっているが、本当は孤独なことを知っているから。強くなろうと、たった一人ででもこの星を生き抜こうと必死なのを知っているから。その道が、どんなに薄汚れていようと。

 

「確か、もうすぐ卒業試験をやるって言ってたよね、師匠。どんなことだと思う?」

「さぁ、師匠から指定された誰かを――“殺れ”ってことか?」

 

 物騒な言葉を、少し表情を陰らせながら金髪の少年は言った。望みはしないが、それでもこの道しかないと己に言い聞かせて。

 

「やっぱり、“嫌”だよね。迷ってる?」

「まーな。……いや、大丈夫、迷わない。俺は、生きたいから。何を犠牲にしようと、さ」

 

 決意を籠めて、少年は口にする。

 黒髪の少年は、金髪の少年と同じく表情を若干陰らせながらその眼を見た。そして、離れたところで話す二人にも目を向ける。

 

「……ま、頑張ろうよ。ローレンジ」

「そうだな。コブラス」

 

 二人は互いを見やり、互いに告げた。約束と、決意を。悲壮な笑顔の中で。

 

「おーい! ローレンジ! コブラス! ご飯出来たよー! 早く食べよー!」

 

 カイと一緒に夕食を作っていたティスが大きく手を振りながら二人を呼ぶ。

 穏やかで、暖かな、修行の合間の平穏な日々だ。

 

 

 

 それは、十年近く前のこと。

 ローレンジがまだ幼く、弱い少年だった頃の記憶。辛く、厳しいが、それでも同胞と、友と思っていた者たちとの語らう、修行の日々。

 それは、ローレンジが記憶する、穏やかで、幸せだった頃の一つ。そして、最も記憶から廃したく、しかし捨てることのできる筈の無い、最後の日々。

 

 すべてが壊れる、一週間前のことだった。

 

 師匠の口から放たれた卒業試験、それは――

 

 

 

 ――「殺し合え」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「ホント、久しぶりだよねぇ、ローレンジ。何年振りだろう?」

「八年だ。一日たりとも、俺は忘れてねぇよ」

 

 ケタケタと笑みを浮かべるコブラスに対し、ローレンジは一切表情を崩さなかった。硬く、憎悪をむき出しにした表情でコブラスを見据える。

 拳銃を仕舞い込み、空いた手でローレンジはホツカに指示を出す。ホツカは僅かに反応し、一瞬熟考したのちその場を立つ。ホツカは、この問答の隙に遺跡最奥部に存在する幻獣の元に向かった女性を追いかけたのだ。

 

「あれ? いいのかい? あれを再誕させないことが、君の()()なんだろう?」

「まぁな。だが、お前が現れたとなれば、話は別だ」

「へぇ~、そんなに僕が許せないかい? 二人を手にかけた僕が。いや、君にとっては、あの子を手にかけたことが……」

「黙れ!」

 

 ダンッ、と音が立つほど強く地を蹴り、ローレンジはコブラスに飛び掛かった。右手に構えたナイフを一気に突き出す。だが、コブラスは軽く首を傾けてそれを躱した。目は、細められている。

 突き出したナイフを引き戻しながら上体を落とし、ローレンジは鋭い足払いを放つ。が、これも事前に予知していたように跳んで躱される。

 払った足はそのままに、回転する体の勢いを乗せた裏拳を振う。コブラスはこれも、掌を構えて受け止めた。姿勢の制御できない空中だったが、衝撃を受け止め、それに逆らわず打ち払われることで距離を取った。

 打ち払われ、着地した先でコブラスはゆっくり瞼を開いた。そして、懐からナイフを取り、構える。

 

「やっぱりローレンジにはこれくらいしないとね。申し訳ないよ」

「それ以上口を開くな」

 

 突き出されたナイフが、コブラスのナイフに弾かれた。鉄と鉄、鋼のぶつかり合った硬い衝撃が、ローレンジの手を若干痺れさせた。手を引き戻し、代わりにと蹴りを繰り出す。これも受け止められ、ローレンジは距離を取る。

 そこからは、体術とナイフの応酬だった。

 ローレンジは元殺し屋だ。彼自身が師と仰ぐある人物の手ほどき、それ以前から父に叩き込まれたガイロス帝国の格闘術。それらを総合し、自らを高めてきた。一年前まで戦乱が続いて来た惑星Ziの大地で生き抜くため、常に己を鍛え続けていた。

 ゾイド乗りの技術はもとより、こうした生身での格闘戦も。

 

 刃と刃が擦れ、ギリギリと押し合わされる。コブラスはローレンジより小柄だ。しかし、力は拮抗していた。その上、コブラスはほんの僅かなローレンジの動きの変化に対し、完璧に対応して見せた。ローレンジの動き方は知っているとでも言う様に、例え年月を経ても対処できると見せつけるように。

 

 ちらりとローレンジは視線を動かす。その先には天馬型ゾイドのコックピットまで上った女性と、それを追うホツカの姿。そして、

 

「ニュート! そいつを抑え込め!」

 

 至近距離の熱戦を繰り広げるローレンジとコブラスの様子を窺っていたニュートが身を翻す。ローレンジの指示に応え、自身がやるべき相手をしに行ったのだ。だが、その相手はすでにニュートの手が届かない空へと逃れている。だけでなく、そのまま宙を滑るように滑空し、ホツカの背後に迫る。

 

「ちっ……」

 

 ホツカの舌打ちが、嫌に響いた。猛禽類の肉を抉るような嘴と、鋭い鉤爪を見せつけられ、ホツカは反射的に防御行動に移った。

 

「ギィア!」

 

 だが、鉤爪がホツカの身体に食い込むより早く、鳥型のオーガノイドが打ちのめされる。その原因はニュートだ。宙に踊った鳥型オーガノイドがホツカに向かっていることを視認したニュートは背中のブースターを展開、鳥型オーガノイドの飛行軌跡を予測し、そこに突っ込んだのだ。

 空中でニュートの全力の体当たりを喰らった鳥型オーガノイドは、堪らず飛び離れる。

 

「へぇ、君もオーガノイドに認められたんだぁ。これで一緒だね」

「ふざけんな。お前と同類にするんじゃねぇよ。虫唾が走る」

「……うん、もっとこうしていたいけど、時間切れだよ」

「あぁ?」

 

 コブラスはそう言うとローレンジの身体を蹴って離れる。すぐにローレンジも追撃しようと足に力を籠めるが、背後から感じる気配に振り返った。

 

「……あれは?」

「目覚めたね」

 

 鳥の翼のような質感のそれを広げ、雄々しき一角をそそり立たせた幻獣が、細く、高い声で鳴いた。まるで嘆きのような、しかし慈悲溢れる、深さの感じる鳴き声だった。

 

「オルディオス。嘗て、ガン・ギャラドと共に『惨禍の魔龍』を封じたとされる伝説のゾイドの一角さ」

「オルディオス……? だが、あれは古代のゾイドだろ? なんで形を保ってんだよ」

 

 伝説上のゾイドと言えどゾイドであることは間違いない。『破滅の魔獣(デスザウラー)』がそうであったように、古代のゾイドはコアの姿で眠っている。ローレンジはいくつかの古代遺跡を巡っており、その上でザルカと議論しそう結論を出している。

 

「確かにね。でも『破滅の魔獣(デスザウラー)』だってコアと肉体、二つに分かたれて封印された。コアの無い身体はいずれ朽ちるのが定石だけど……」

「お前!? それってつまりデスザウラーは……」

「ご想像にお任せするよ。ともあれ、ガン・ギャラドは太古よりこのニクスの地の守護獣であり続けた。オルディオスだって、太古から長い時を生き続けたって不思議じゃないよね」

 

 片目を瞑り、「にこっ」と笑顔を浮かべるコブラス。まだあどけなさの残る少年の笑顔は、見る者が見れば年相応に感じるだろう。だが、ローレンジにしてみれば火に油を注ぐようなものだった。

 

「お前、やっぱここで潰す!」

「それが出来ればね」

 

 その瞬間、ローレンジの背後から何かが襲いかかりローレンジを押し倒す。鋭い鉤爪がローレンジの肩に食い込み、激痛を走らせた。

 鳥型のオーガノイド。その冷酷なまなざしがローレンジを見下ろす。

 

「このっ、どけっ! フェニス!」

「どかせないよ。それに、もうここに用はないんだ。ユニア! 撤収するよ!」

 

 コブラスの声に応えるように、オルディオスがふわりと舞い上がった。遺跡の天井に向けて、赤く歪みの入った一角を突き上げ――雷撃が迸った。

 

 落雷だ。

 外は月が覗くほどの天気だというに、落雷が迸った。落雷は遺跡を構成する天井を貫き、一直線にオルディオスの一角に突き刺さった。オルディオスの全身が帯電し、バチバチと音を立てる。機体の至る所にスパークを走らせながら、それすら自身の輝きのように魅せるオルディオスの姿は、まさに伝説に残る幻の獣そのものだ。

 翼を一振りし、オルディオスは天へと舞い上がった。それに続き鳥型のオーガノイド――フェニスも飛び立つ。背にコブラスを乗せ、爪でローレンジを掴んだまま。

 

 

 

***

 

 

 

 遺跡を飛び出したオルディオスは雄々しく鳴いた。久方ぶりの外気に歓喜するように、その様は数百数千、いや数万の時を経て再び惑星Ziの大地を顧みることで、喜びに打ち震えているようだ。歓喜のままに、オルディオスの身体から雷撃が迸った。

 そして、オルディオスの脇から一体のオーガノイドが飛び出す。

 

「見なよ! 夜闇を切り裂く雷撃、それを受けて輝く神々しいオルディオスを!」

 

 フェニスの背に立ち、両手を広げたコブラスは恍惚とした表情で言った。

 

「神々しい? お前らが使うから、俺には禍々しく思えてならねぇがな!」

「バカを言わないでよ。オルディオスは、今のこの世界においては最古のゾイドの一体さ。それが今、現代に蘇った。歴史的瞬間さ。……君は、この意味を知っているんだろう?」

「当たり前だろ。だから、ヴォルフは俺をここにやったんだ」

「ヴォルフ、ねぇ……でもそれは叶わない。オルディオスは復活したばかりで、まだユニアにも完全に操れるわけじゃない」

 

 夜闇を切り裂くように翔けたフェニスは、一息に湖を横断する。そして、脚に掴んでいたローレンジを森の木々に投げ込んだ。

 乱暴に緑の中に投げ込まれ、葉っぱや枝がローレンジの肌を薄く切った。頬から流れる血を拭い、緑の隙間からフェニスとコブラスを見上げる。

 

「とーりょー!?」

「ローレンジ、一体どこから戻って来たんだ!?」

 

 投げ込まれたところは、ハトリとジョイスが待機していた場所だった。木の幹にぶつけた頭を押さえ、呻きながらローレンジは起き上がる。そこに、葉っぱを薙ぎ払ったフェニスとその背に乗るコブラスが現れる。

 

「ここからは足止めさ。オルディオスはまだ本調子じゃない。さぁ、始めようよローレンジ。死闘を!」

「ちっ……」

 

 コブラスの言葉に応えるように、森の中から雄叫びが轟いた。声の質は共和国が誇る盾の獅子――シールドライガーに似ていた。だがそれ以上に迫力があり、覇気を纏っていた。シールドライガーとは違う。百獣の王と呼ばれた獅子の誇り、野生に生きる金属生命体ゾイドの真の力が迸っている。

 

「今のは……?」

「ライガーゼロ……いや、『シロガネ』だったか?」

 

 ジョイスの疑問に、ローレンジは憎々しげに答えた。

 

「へぇ、覚えててくれたんだ。僕のゾイド。最高の、相棒を」

「当たり前だろ。あれだけこっぴどくやられて、脳に焼きつかない訳がねぇ」

『グルルルル……』

 

 ローレンジの気迫に応えるように、グレートサーベルが低く唸った。ローレンジを主と認めて以来、ずっと共に旅をしてきた猛虎が感情を露わにした。それは、少なくともジョイスにとっては初めて見る姿だ。余裕は全て掻き消え、金属生命体の闘志が噴水のように溢れ出している。

 

「ハトリ。ホツカと合流して天馬(オルディオス)を追いかけろ。奴の向かう先を確かめるんだ」

「はーい。で、と~りょ~は?」

「あいつを――潰す!」

 

 有無を言わさぬ怒気を籠め、ローレンジは吐き捨てる。一瞬気圧され、ハトリは我知らず一歩下がった。そして、言葉無くヘルキャットに乗り込み湖へと向かう。ホツカと合流するために。

 

「ローレンジ、僕も――」

「――お前はここで見てろ」

 

 ジョイスが皆まで言うより早く、言葉が被せられる。

 

「……どうして」

「あいつだけは、俺が潰す。腹の虫が治まらねぇからな」

 

 ジョイスが不満を訴えるより早く、ローレンジが言い含める。そこに、普段のローレンジの余裕はない。いつにも増して、怒りという感情を突きだし、数日前に見せたジョイスを気遣う姿はない。

 

「ディロフォースに乗って下がってろ。あいつとの戦いには、手出しするなよ」

 

 再三に言葉を重ね、ローレンジはグレートサーベルに乗り込んだ。グレートサーベル――サーベラはこれからの戦いに打ち震えるように一声吠え上げ、木々を押しのけ突き進み、湖畔まで走り出た。

 

 

 

「なんで、僕を除け者にするんだ。僕だって……戦えるのに」

 

 不満気に、だが、どこか寂し気にジョイスは呟いた。

 

 

 

***

 

 

 

 湖畔に漆黒の影が現れた。二つの月が照らしだす中、闇夜に紛れる漆黒の機体色。イナズマの如き黒を身に纏う剣の機体――グレートサーベルだ。

 そして、それに対するように月明かりを反射する白銀のゾイドが姿を現す。流線型のボディは全て白銀の輝きを放ち、シールドライガーやセイバータイガーと比べると短いものの、咥え噛み砕くには最適なレーザーファング。腹部のショックカノンと尻尾のビーム砲以外一切の火器を廃した、惑星Ziの大地を駆ける金属生命体としては、ある種完成された生物のように思える。

 

 ――相変わらず、認めたくはないが……ゾイドの名を冠するには相応しい機体だな。

 

 その姿を見て、憎しみすら抱いている相手のゾイドと言うのに、ローレンジはほんの僅かな時間、見惚れてしまう。以前見た時とは違う、白銀の機体色がそのゾイドの美しさをさらに高めていた。

 白き百獣の王、獣王の名を冠するゾイド――ライガーゼロ。

 

「なんだその白銀の身体。もっと汚れた白じゃなかったか?」

「へへへ、名前負けはダメだよね。ニクスに来る前にきれいに磨いたんだ。どうだい?」

「箔付きがよくなった。ま、それ以上に、潰してやりたいがな。サーベラも、俺もなッ!」

 

 漆黒の身体が夜闇に踊る。

 跳び出すと同時に背中のソリッドライフルが鋭く唸りを上げた。グレートサーベルの装備の中で最も強力な砲撃だ。挨拶代わりの一撃。これが命中するなど、ローレンジは全く思っていない。

 そして、ライガーゼロは身を軽く伏せることでそれを回避する。ソリッドライフルから放たれた弾丸が掠め、ライガーゼロの白銀の身体を一瞬赤く染める。ライガーゼロはその体制のまま駆け出し、低い姿勢から一気に伸びあがる。全身を使った体当たりだ。

 グレートサーベルはこれを鮮やかに躱す。体当たりを避け、すれ違ったライガーゼロに対し尻尾のビーム砲を放つ。それはライガーゼロも同様だ。グレートサーベルの尻尾に装備された一対のビームが、ライガーゼロのビーム砲とすれ違い、それぞれの機体の脚を掠った。

 

「わぁお! びっくりだよ。そいつ(グレートサーベル)に振り回されてた君が、今や完璧に乗りこなしてる! そいつが君に従うなんて、一生ないと思ってたのにね」

「御託並べる暇があんのかよ! お前の言葉は聞く気もねぇ!」

 

 湖畔の砂利が混ざった台地にグレートサーベルの爪がつき立てられた。がりがりと砂利を弾き飛ばしつつ反転し、背中の8連ミサイルポッドの尻に火を噴かせた。一斉に飛び立つミサイルたちは、異なる軌道を描きつつもあらぬ方向からライガーゼロに襲いかかった。

 

『グル』

 

 ライガーゼロは短く声を漏らし、一息に足を延ばす。

 まずは前進。止まっていたライガーゼロはブースターを噴かし、一気に加速する。それに着いて行けず、ミサイルが二発ライガーゼロを追いかける軌道上で接触し、爆発する。その爆発に巻き込まれ、さらに二発のミサイルが誘爆し、四散した。

 

「うん、流石。やっぱり君はすごい。でも、いつまで引き摺ってるんだい? 彼らはもう死んだんだ」

「黙れ……」

 

 さらに一発が加速したライガーゼロの正面に迫る。だがライガーゼロは速度を緩めない。むしろ顎を開き、ミサイルを咥え込んだ。爆発を起こさないよう牙を立てず、牙と牙の間に咥え込んでミサイルを包み込み、脇に吐き捨てた。捨てられたミサイルはそちらから迫っていたミサイルに接触、これも爆発四散する。

 

「君の手で、二人は永遠の安らぎを得た。そうだろ?」

「黙れよ……!」

 

 走り続けるライガーゼロはその爆発を背後に追いやり、最後に迫る二発のミサイルに対し黄金の輝く爪(レーザークロー)を突き出した。ミサイルを振り切りながらも加速したライガーゼロの身体は一本の槍と化し、二本のミサイルを真っ向から切り裂いた。

 

「君はサーベラに引き摺ってるって言ったよね。でも、本当に引き摺ってるのは君さ」

「黙れつってんだろうがッ!!」

 

 すべてのミサイルを数秒で全て破壊し、なおかつライガーゼロはグレートサーベル目がけて突き進んだ。

 

「二人に致命傷を与えたのは僕さ。だって、それが卒業試験の内容だもん。でも、二人に永遠の眠りを与えてあげたのは――()()()()()()()のは、君だよね」

「いい加減にしろぉ!!!!」

 

 ライガーゼロの頬が、肩装甲が輝きを放つ。頬の冷却ファンが開き、黄金の輝きと共に熱を吐き出す。そして、先ほどから輝いていた前足の爪が更なる輝きを纏った。黄金の、レーザー光。

 

「っ――そいつは」

「言ったでしょ。君には、これぐらいしないと申し訳ないって」

 

 光り輝くライガーゼロの爪は、まばゆく、力強い。

 嘗て、ローレンジはその輝きを見たことがあった。師匠の下で、何度も何度も戦い、そして、幾度となくその輝きに敗北を喫してきた。

 当時、グレートサーベルが自ら闘志を燃やして戦った時、グレートサーベルはその輝きと、鋭い爪の一振りに敗北を喫した。以来、ローレンジの操縦など知ったことかと言わんばかりの戦い方でグレートサーベルはライガーゼロとコブラスに挑み、敗北してきた。

 

 今のローレンジは過去の妄執の中だ。そんなことは、グレートサーベル――サーベラにも分かっていた。

 

 サーベラは誇り高きゾイドだ。復讐などと言う意味の無い戦いに価値など感じていない。だが、サーベラ自身も戦いに駆り立てられる瞬間があった。それは――強者との戦いだ。

 妄執に戦うローレンジと、強者への闘志を燃やすサーベラ。目的は違えど、二人は共通の敵の前に共闘している。

 

 ――やるぞ、サーベラ!

『グルァア!』

 

 ライガーゼロが黄金の輝きを爪に纏わせ飛び掛かる。そして、サーベラも後ろ脚をバネのように弾ませ、両前脚を振り上げた。

 

「いくよ。これが――僕とシロガネの『ストライクレーザークロー』だ!!!!」

 

 黄金の爪が、ライガーゼロのエネルギーが注ぎこまれた必殺の(クロー)が振り抜かれる――

 

 

 

 

 

 

 激しい火花が、飛び散った。

 

「これは……!?」

 

 コブラスの口から、驚嘆が零れた。

 黄金の爪は、一振りでサーベルタイガー程度の装甲を易々と切り裂ける。レーザーエネルギーが注ぎこまれた爪は、アイアンコングクラスの重装甲であっても引き裂くことのできる、まさに必殺の一撃なのだ。

 その必殺の爪が、受け止められた。鈍く、銀色に輝く爪によって。

 

「ストライクレーザークロー……ワーオ」

「お前の機体(ライガーゼロ)のことはよく知ってるんだ。胸糞悪いが、あの偏屈(ザルカ)なら再現も出来ると踏んでた」

 

 ローレンジは冷静に――激情を抑え込みながら――呟く。

 銀色に輝く爪。それはグレートサーベルの爪だった。本来なら電磁エネルギーを流し込み敵を切り裂く電磁爪(ストライククロー)だった両の前足は、輝く色は違えど、眼前のライガーゼロと同じ、ストライクレーザークローへと強化されていた。

 

「君、格闘戦苦手じゃなかった?」

「何時までも欠点ほっとくほど、俺は怠け者じゃねぇ!」

 

 獅子と猛虎の爪がギリギリと押し合わされる。互いに退くことはなく、後ろ足で立ち上がったまま力比べだ。

 

「そう、それじゃっ!」

 

 ライガーゼロがさらに押し込み。それにグレートサーベルが対抗する刹那、ライガーゼロが跳び離れた。このままでは決着も何もつかないと判断したコブラスにより、拮抗が崩されたのだ。

 

「逃がすかよッ!」

 

 距離が空くと射撃兵装が潤沢なグレートサーベルが優勢だ。背部に装備されたレーザーガン、ミサイルポッド、ソリッドライフルが一斉に火を噴きライガーゼロに襲いかかる。

 ライガーゼロは先ほどと同じようにソリッドライフルやレーザーガンの射撃をほんの僅かに身体を傾けることで回避し、ミサイルを次々と引き裂き撃墜していく。射撃兵装がなくとも、それを廃したことによる身のこなしがライガーゼロの強みだ。ショックカノンによる牽制と、ゾイドの野生の本能がライガーゼロを導く。

 

 ――ライガーゼロの基本設計はゾイド野生体をそのまま使用する、だったか?

 

 以前、ライガーゼロの機体設計を思い出しながら、ローレンジがザルカに示した新型ゾイドの設計。ライガーゼロの強みであり、コブラスとの繋がり(リンク)が深いからこその力。

 

「付け焼刃程度の格闘戦で僕とシロガネにどこまでついてこれるか、もっと見せてもらうよ、ローレンジ!」

「言ってろ。こっちは、お前を殺すつもりでかかってんだからなぁ!」

「僕は何時だって殺す気だよ!」

 

 一歩も引かぬ両者は火花を散らし、レーザーとミサイル、そして衝撃砲を飛び交わしながら己の爪を、牙を、身体をぶつけた。夜闇に包まれた湖畔、月明かりのみが唯一の光源であるその空間に、虎と獅子は互いの闘争心をむき出しに剣牙(サーベル)砕牙(ファング)で喰らい合い――

 

 

 

 そこに、赤いレーザー光のような輝きが割って入った。

 

「なっ……!?」

「ワーオ、びっくりだね!」

 

 躍り掛かった影は漆黒の雷獣(グレートサーベル)には目もくれず、白銀の獣王(ライガーゼロ)に対して脚に装備された赤い輝きの刃(レーザーソード)を振り抜いた。

 黒く、小柄なその影に対し、ライガーゼロは素早く反応した。振り抜かれる刃に対し己の爪を輝かせ、叩きつけ、弾き返した。「ガキィン!」と鋼を切り裂く刃と爪が弾きあった音が湖畔の砂利に反響した。

 だが、小柄な影はそれでは飽き足らず、両足を踏ん張って口を開く。口内の砲塔におびただしいエネルギーが充満し、裂帛の気合いと共に吐き出す。

 一閃する光の激流が、夜闇を赤く染め上げた。

 吐き出されたそれは()()()()()。最強兵器と謳われるそれが、ライガーゼロの肩口を破壊しつつ夜闇を貫いた。

 

 荷電粒子砲とレーザーソード。それを装備するゾイドを、ローレンジは一体しか知らない。

 

「ジョイスか!」

 

 ディロフォースは眼光を青く輝かせ、反対に赤黒く光を放つレーザーソードを展開させ、ライガーゼロに躍り掛かる。

 

「誰かと思えば闇夜のカラス(レイヴン)じゃぁないか。そっかぁ、あれ以来どこに行ったのかと思ってたけど、まさかローレンジの元に居たなんてね」

 

 ディロフォース――ジョイスは言葉無く足の爪をライガーゼロに叩きつけた。だが、ライガーゼロがいかな高速ゾイドと言えど、小型ゾイドの一撃で致命傷を与えられるほど柔ではない。ライガーゼロは煩わしげに頭を振り上げ、自身の頭部に足を叩きつけた愚か者(ディロフォース)を弾いた。

 ディロフォースは中空で一回転すると、背中に格納していた翼をせり出させた。先端が鋭く尖った、羽の一本一本がナイフのような質感をもつ剣のような翼だ。それを「バサッ」と羽ばたかせ、上空からライガーゼロを見下ろした

 飛べない獣を嘲笑う大鴉(レイヴン)のように、両者は睨み合う。

 

 

 

「……やーめた」

 

 やがて、間延びした声でコブラスは呟いた。

 

「やめた? どういうつもりだ!」

「つまらないんだもん。ここで終わらせるのなんて。元々、今日はオルディオスの復活のために来たようなもんだしね。これ以上やるつもりはない。それに――」

 

 ライガーゼロの頬の排熱版が蓋を閉じ、「グルル」と不服そうに唸るライガーゼロは、主人の意志を代弁するかのようだ。

 

「――『暴風(ストーム)』の中で揉まれた『大鴉(レイヴン)』がどうなるか、見ものだしね」

「お前――!」

「決着はいずれ、また。じゃあね、ローレンジ」

 

 それだけ言い残し、ライガーゼロは踵を返す。じっと上空から様子を窺っていたフェニスもそれに同調し、共に背後を見せた。

 

「逃がすかよっ――…………いや、やめるか」

 

 感情の向くままに追いかけようとしたローレンジだが、結局それをやめた。夜闇を切り裂くように翼をはためかせるディロフォースの青い瞳が、どこか気になったのだ。

 

 砂利を踏みしめ、漆黒を切り裂く白銀の『シロガネ』を、ローレンジは静かに見送った。激情を抑え込みながら。

 

 

 

***

 

 

 

 湖に波紋が生まれる。水面をするすると泳ぎ進む一体の純白のゾイドの所為だ。四本の脚を折りたたみ、少し太い蛇のように身体を蛇行させながらそれは湖を優雅に泳ぎ切る。そして、湖畔に上がると今度は犬のように全身を震わせて水気を払い飛ばした。

 

「戻ったか」

 

 純白のオーガノイド、ニュートの上陸を確認したローレンジは一言だけ口にし、遺跡から帰還した相棒を出迎えた。しかし、その瞳は辺りを包み込む夜闇のように暗く、どこまでも深かった。

 ニュートは「なんかあった?」と小首を傾げながら主に近づく。しかし、主は沈黙を貫き続ける。仕方なく、ニュートは黒を身に纏ったような少年の傍らの黒いオーガノイド、シャドーに「キィ?」と問いかけるように鳴いた。だが、むろんシャドーにも現状は理解できず、そもそも無口なシャドーはそれに答えることもない。

 ニュートは一匹、深くため息を吐くように「キィ~~~……」と鳴いた。

 

 

 

 それとタイミング同じくして、グレートサーベルのコックピットが反応した。通信だ。

 緩慢な動作でローレンジは立ち上がり、姿勢を低くしていたグレートサーベルのコックピットによじ登る。

 

『頭領! カバヤっス! あの――』

「――なんだ、つまらん用件なら切るぞ」

『え? あれ? 頭領、何か怒ってまス?』

「さっさとしろ」

 

 普段人当たりのいいと言われているローレンジから紡がれたとげとげしい対応に、通信したカバヤは慌てふためく。が、よほどの急用なのか、泡を食い散らしながら続けた。

 

『あ、あの! タリスです、タリス・オファーランドを発見しました!』

 

 タリス。オファーランド。その名に、ローレンジは少なからず動揺を覚えた。

 ドラグーンネストで騒ぎを起こし、それに乗じて脱走した元プロイツェンナイツの士官。その発見報告は、まさに寝耳に水だ。そして、流石のローレンジも僅かに沈黙し、思考し――決定を下す。

 

「……すぐに向かう。場所、どこだ」

 


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