ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第59話:ミミール湖の天馬

「この二人を新しく弟子に迎えたよ。仲良くしな」

 

 “師匠”と呼ぶ人物の元で暮らし始めて一年。ローレンジは“師匠”が連れて来た新たな弟子に目を向けた。“師匠”が弟子をとるのは非常に珍しいことだ。弟子はローレンジ一人だけで、新しく弟子に迎えたのもほんの一月前。

 この短期間で弟子が一気に三人も増えた。それでローレンジが困るということもなければ、迷惑に思うこともないのだが。

 元々、ローレンジ自身も師匠の気まぐれで拾われた形なのだ。弟子が一人増えようが、一気に四人になろうが、気にすることはなかった。

 その弟子の一人は黒髪の少年だ。ローレンジよりも幼い少年は、この一ヶ月ですっかりローレンジとも馴染み、それなりにうまくやっている。無垢な笑顔に狂気を張り付けたその少年を、ローレンジは少し面白く思っていた。

 そして、この日師匠が連れて来たのは二人だ。一人は亜麻色の髪の少女、もう一人は茶色の髪の少年。二人とも生きているのか分からない、まるで死人のように瞳孔が開きっぱなしで赤く充血している。年は、ローレンジとさして変わらないが、ひょっとしたら年上なのかもしれない。

 

 ――兄妹、かな?

 

 二人の容姿から、ローレンジはそう判断する。髪色は違うが、薄汚れた容姿から捨て子同士で兄妹の関係を築いたのではないか。

 ひとまず挨拶が必要だろうと考え、師匠に叩き込まれた“人当たりのいい自分”を演出すべくローレンジは手を差出し――出来るだけ努力し――柔らかく微笑んで見せた。

 

「えっと、初めまして。俺はローレンジだ。師匠に拾われて、まぁここに居る。そっちは?」

 

 いくらか予想はしていたが、二人は「ぼぅ」とローレンジの掌を見つめ、思考の読めない死人の目を向けてきた。

 

「この子たち、名前もないんだ。――ローレンジ、あんたが名前付けてやりな」

 

 「はぁー?」とブーイングを言いかけ、ローレンジは口元を引き締めた。以前、愚痴を言ったら額にナイフを押し付けられたのだ。その後、女とは思えない腕力で頭を殴られ、立派なたんこぶを作った。

 同じ失敗を繰り返すのは、御免だった。

 

 相変わらず、感情の無い瞳で見つめる二人に、ローレンジはしばし悩んだ。しかし、それでいい名前が浮かぶわけでもなく、結局思いつきで付けることにした。

 余り見つめていたくない二人の瞳を覗き込み、告げる。

 

「じゃ、お前『ティス』ね。んで、そっちは『カイ』これでよし!」

 

 なんとなく、初めての『名づけ』と言う行為にローレンジは満足感を感じる。

 それは、名前を告げられた瞬間、僅かに笑みを浮かべた少女のおかげだったのか、それとも……。

 少なくとも、ローレンジは、ほんの一瞬魅せられた。表情の無かった少女のギャップの所為か、その太陽のような笑顔に、魅せられた。

 

 

 

 見惚れたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ミミール湖。

 ニフル湿原を広大な湿地帯足らしめているのは、ニクスの大地にそそり立った雄大な山系と、この湖から流れ込む豊かな水資源によるものだった。

 

 ニクスには三大湖と呼ばれる湖がある。

 一つはウィグリド湖。ゲフィオン山脈の北、イグトラシル山脈との間に囲まれた谷間に形成された湖で、河川へと流れゆく水はニクス最大の都市、ヴァルハラに形成の主要因だ。

 もう一つはウルド湖。イグトラシル山脈の南側、エントランス湾に流れる川の水源である。

 そして最後の一つがミミール湖。ウルド湖とは山脈を挟んだ位置に形成されており、ニフル湿原や、その反対側にあるミッド平野に住む生物の貴重な水源だった。

 

「ここに、幻獣が居るのですね」

 

 その畔に、一人の女性が立っていた。飛行服に身を包み、美しい桃色の髪を流す、美女と言って差し支えないほどの女性だ。愛用のゴーグルを手に持ち湖を、その底を見透かすように見つめている。

 

「そーだよ。僕の記憶通りなら、あれはここの底、遺跡の奥深くだよ。眠ってるんだ。目覚めの時まで」

 

 女性の傍らには、黒髪の少年がいる。後ろで髪を縛り、清潔感のある風に見せた、見た目十代半ばの少年。そして、その傍らには一体のゾイドがいた。

 女性はそのゾイドにちらりと視線を送り、訝しげに眼を細めた。ゾイドは少年より一回り大きい程度の大きさだ。青白い体色は、そのゾイドが生きているどうかを疑わせる感覚を漂わせる。折りたたんだ機械的な翼には、金属生命体として異質な、細かい羽のような衣装が施されている。足は鋭い鉤爪、口元には、金属生命体の外郭すら穿ちそうな嘴が備えられている。尾に当たる部分が、三つに分かれた奇妙なゾイド――否、

 

 ――オーガノイド、か。でも、こんなオーガノイド、初めて……。

 

 女性はオーガノイドについて一定の知識を備えている。多くのオーガノイドは所謂恐竜型が主だった。ニクスの伝承に残されるオーガノイドの姿も、大方それだ。

 だが、傍らの少年が連れるオーガノイドの姿は、まるで鳥。それも……、

 

「湖の真ん中に島があるでしょ。あそこから湖の底まで行けるんだ。そこに、僕らが求める幻獣が眠っているよ」

「呆れるほど素直な場所に眠っているのですね。これまで発見できなかったことが馬鹿馬鹿しいくらい」

「『灯台下暗し』って奴だね。ま、僕が見つけたのも偶然だけど」

 

 ニカッと少年はあどけない笑顔を見せ、傍らのオーガノイドに合図する。女性がオーガノイドの背に乗り、背中の感触を感じたオーガノイドが翼をはためかせた。火の粉のような羽を散らして飛び立つ。オーガノイドは鉤爪で傷つけないように少年の肩を掴み、甲高く鳴いた。

 

 

 

 湖畔の森の中、そこに息を潜めて様子を窺っていた一体のゾイドとその搭乗者。その存在に彼らが気づいたかどうか、それは定かではない。

 

 

 

***

 

 

 

 ミミール湖湖畔にたどり着いたローレンジはひとまず森の中にグレートサーベルを潜ませる。ジョイスのディロフォースがそれに倣い、森の中で停止するのを確認してからゆっくりとコックピットを開いた。

 

「と~りょ~」

「お疲れ、様です」

 

 開いた瞬間に「ダンッ」と言う音と共に背後から衝撃が伝わってきた。振り返ると、ハトリ、ホツカの二人が片膝をついた状態でグレートサーベルの首に乗っている。

 ローレンジはさっと視線を泳がせた。頭上の木の枝が僅かに弛み、揺れている。おそらくローレンジ達の接近を察し、その停止場所に移動、コックピットを開くと同時に枝から跳び下りてきた、と言ったところだろう。

 ローレンジ自身も機体を停止させる場所を二人の居場所から察して決めたのだ。予想していなかった訳ではないが、いささか心臓に悪いのは確かだ。

 

「悪いな。移動でかなり待たせちまった」

「連中も、移動はゆったりとしていた。……気にしないでください」

「そか。……それと、もうちょっと穏やかに登場してくれないか……?」

「それはダメですよぉ。だってぇ、私たちと~りょ~お抱えのNINJAなんですからぁ」

「頭領も……慣れてくれ」

 

 こちらの心象など知ったことかと言わんばかりの言葉に、ローレンジは軽くため息を吐いた。すると、僅かな風切り音と共にもう一人の人物がグレートサーベルの首に立つ。シャドーに乗ってやってきた、ジョイスだ。

 ジョイスは特に何か言うでもなく、じっとローレンジを見つめている。早く話を始めろと言うような視線だ。

 

「……で、お前らが見つけた敵ってのは?」

「あそこです。ミミール湖の中心の島ですよ。あそこに向かいましたねぇ。鳥っぽいゾイドに乗って」

「鳥っぽいゾイド? なんだ、確定しねぇのか?」

「うーんよく見えなかったんですよぉ。あ、大きさはそこまででもなくて、えっとぉ……」

「オーガノイド」

「そうそれ! たぶんオーガノイドの一種です! そいつに乗って島まで飛んでいきましたね」

 

 ハトリが悩んでいるところにホツカがボソリと名を出し、分かりやすいくらいの大声でハトリが断言した。

 オーガノイド。今は合体を解いてグレートサーベルの背中で丸くなって欠伸をするニュートや、ジョイスの傍らで静かに主の指示を待つシャドーと同じ、古代ゾイド人が残したとされるオーバーテクノロジーの一つ。

 そうそう見つかるはずはない代物だが、オーガノイドは古代ゾイド人と対になって存在していたという見解もある。出発前に訊いた『災厄』にまつわる古代ゾイド人が居てもおかしくはないニクスにて、その存在はいくらか想像できた。

 

「鳥型のオーガノイドねぇ……。胸糞悪ぃ」

 

 シャドーやジーク、スペキュラーは色こそ違えど骨格はほぼ同じ恐竜型のオーガノイドだった。ニュートは骨格こそ違うが、同じ爬虫類型という共通点がある。ここまでの印象から、オーガノイドは爬虫類型が主なのではとローレンジは考えていた。しかし、二人の報告から判断するに、鳥類型のオーガノイドが存在する。いや、これは確定事項だ。となると、ひょっとしたら哺乳類型のオーガノイドだって存在するかもしれないし、オーガノイドの原型はなんでもありとも思えた。

 認識を改める必要があると心に留め、もう一つの可能性は奥底に押し込み、ローレンジは報告の続きを促す。

 

「敵の数は?」

「二人です。一人は桃色の髪のすっごい美人で――サファイアさんとタメ張れるくらいですよ。もう一人は……うーん子どもかなぁ」

「子ども?」

「黒髪。おとなしそうだが、内に何か抱えてる」

「そう、そんな印象です。無邪気な狂気って奴ですかねぇ」

「へぇ……ますます胸糞悪ぃ」

 

 黒髪の子どもに桃色の髪の美人。

 敵の容姿を想像し、事前にヴォルフから渡されていたPKの主要メンバーの顔つきを脳内に浮かべた。だが、そのどれとも照合しない。PKの下っ端に当たる者か、はたまたニクスの民の協力者か。

 とにかく、ミミール湖中央の島に彼らの目的となる何かがあるのは間違いないと踏む。調べる価値は十分だろう。

 ローレンジは思考を一旦止め、視線を持ち上げた。ハトリとホツカ。調子のいい女と無口な男。二人の性格からその能力や技術を想像し、これまでの活動状況を照らして今後の方針を決める。

 

「よし。ハトリはジョイスとこの場で待機。俺とホツカで島に潜入する。ゾイドも置いていくから、二人で見張りを頼む」

「えー! 私とーりょーと一緒がいいですぅ!」

「お前、今回は俺の部下なんだろ。言うこと聞けよ」

「ぶーぶー」

「ガキか、お前」

「ハトリ。頭領のゾイドを守る。それ、重要任務」

「はっ……そうですね! とーりょーの相棒とこの根暗君の安全はハトリにお任せあれ、ですよ!」

 

 ホツカが溢した言葉でハトリは瞬時に意見を切り替える。ガイロス帝国軍時代からの同期というのは伊達じゃないと感心しつつ、「こいつと一緒に留守番?」と視線で不平を訴えるジョイスに軽く目配せする。

 

「ま、頼むわ。行くぞホツカ」

「……了解」

 

 かすかに頷くホツカを連れ、コックピットから必要最小限の物を取り出すと、木の枝を伝って下り立つ。すると、言葉もなしにニュートがついて降りた。「そんじゃいこっかぁ」とでも言いたげなのんびりとした調子だが、ローレンジに着き従う姿は、やはりニュートもオーガノイドなのだと実感させられる。

 

 

 

 夜闇に包まれたミミール湖は、月明かり映し込んで煌煌と輝いて見えた。しかし、それは月が反射する湖の一部だけで、そこから離れるほどに、夜の闇が全てを飲み込んでしまう。星の輝きはか細く、夜闇が全て喰らい尽くしていた。

 まだ温暖な気候と言えど、時期的に言えばニクスの寒冷期は近かった。湖の水は冷え切り、あまり長く浸かってはいられない。

 その湖に、ホツカは颯爽と飛び込んだ。夜闇に踊る黒装束は、闇と同化して水音と波紋以外の痕跡を残さない。そして、ローレンジもニュートの背に乗って湖に飛び込む。

 

「……頭領、泳がないので?」

「…………カナヅチなんだよ」

 

 明後日の方向に視線を泳がし、ポツリとローレンジは溢す。

 

「お待ちいただいてもよかったのですが……」

「その選択肢は、俺にはねぇよ」

 

 まっすぐ中央の島を見据えるローレンジに、ホツカはそれ以上言葉を駆けることはせず泳ぎに集中する。

 ニュートは短い手足を駆使して優雅に湖を横断する。オオトカゲがモチーフなだけあって、湿地や水上・水中での行動は恐竜型のシャドーたちより得意なのだ。

 

 

 

 ほどなく、ローレンジとホツカは湖の横断を終えた。岸辺から這い上がり、島を見上げる。ミミール湖中央の島は、一言で言えば緑に覆われている。湖畔に生息していたものとあまり変化の無い植生。おそらく、湖畔から風で運ばれてきた植物が自生したのだろう。

 だが、それでいて一か所だけ奇妙な箇所があった。

 白い石造りの建造物が、ポツンと島の中央に立っていた。小さな小屋程度の建造物。しかし、それで終わっている訳がないとローレンジの直感は告げている。この先に何かが、島に先入した二人の目的があるはずだ。

 ローレンジは背後を振り返り、無言のまま頷いた。ホツカは言葉無く、腰の短刀に手をかけ、感触を確かめた。ホツカの持つ短刀は一般的な剣よりは短いが、ナイフほど小さくもない。絶妙な長さの剣だった。

 ローレンジも懐に手をやる。暗殺者時代から愛用してきた拳銃と、腰に潜ませた愛用のナイフ。刃の中心に鋼が無く、刃での接近戦の際にはこれで敵の刃を挟み、折り砕くことができる。ローレンジの愛用品だ。

 

「行くぞ」

 

 

 

 先入したのは二人だ。だが、その他にも敵が居てもおかしくはなかった。細心の注意と警戒を払いつつ、ローレンジとホツカは地下へと潜入していく。古代遺跡のような質感の建造物に、しかし現代以上のテクノロジーが施された機械設備がいくつも目立つ。

 ここも古代ゾイド人が残した遺跡なのだろう。古代ゾイド人は現代人よりも高い技術を有していた。オーガノイドの存在、フィーネのような眠りについていた古代ゾイド人、それらが古代ゾイド人の文明の高さを物語っている。

 

 長年放置されていただろうに、遺跡内の設備は現役機械のように動いていた。

 

「……頭領、あれを」

 

 ホツカの示す方向にローレンジも視線を投げた。

 そこにはゾイドが居た。ただ、見たこともないゾイドだ。鳥のような翼を持った四足獣。

 歪な姿だ。容姿からは一般的な四足獣――ライガー系、タイガー系の面影がある。だが、その足先の爪はそれらより長く、鉤爪と表した方が近い。口先は鋭い嘴の様で、尻尾は獣とするには少し違う。鳥の尾とした方が分かりやすい。

 その姿はライオンとワシを掛け合わせたような、本来、自然から生まれ出でることはない異なる生物の特徴を合わせ持った歪な獣。

 

「……合成獣(キメラ)型? でしょうか」

「地球の伝説生物にあったな。合成獣(キメラ)って。だがまぁ、あれはグリフォンってとこか?」

 

 ライオンとワシの合成獣(キメラ)。確かグリフォンと言う名がつけられていたはずだ。「知識は得て損はない」という師の教えに従って漁り尽くした過去の知識をローレンジは思い返した。

 地下に眠っていたグリフォン型ゾイドの数は、瞳に映る限り十機だ。どのくらいの性能を誇っているか定かではないが。未知の兵器ほど恐ろしい物はない。それに、ゾイドの戦闘力は原型となった野生体、その力量に大きく作用される。合成獣(キメラ)はそもそも存在しないはずの生物だが、そう言った伝説の生き物は総じて現実的な生物よりも強い力を有している。

 これがすべて敵の戦力に加わるとなれば、末恐ろしい想像が出来てしまう。

 

「数だけは多いな。戦力増強を考えて過去の遺物を掘り起こしに来たってとこか?」

 

 そう憶測を口にするが、ローレンジ自身はこれが本命とは思っていなかった。なぜなら、先入したという二人はここにいない。ここまで一本道であったため、すれ違った可能性も低い。ローレンジの気づいていない抜け道があると言うなら話は別だが、そこまで加味すると厄介でしかなかった。

 道はまだ続いている。敵の狙いはこの遺跡の最深部に眠る存在だろう。

 カメラを取りだし、グリフォン型ゾイドを納めた。そして、内の一体に発信機を取り付けておく。敵の戦力となりうるならば、何かしら役に立つだろうと予測したのだ。

 

 一通りの作業を終えると、ローレンジはホツカを伴って最深部へと進む。

 

 

 

 その先に、“天馬”と言う名の化け物がいると知らずに。

 

 

 

***

 

 

 

「とーりょーおっそいなぁ。何やってるのかしら」

 

 木の枝に腰掛け、足を組みながらハトリは呟いた。ローレンジとホツカが島に向かって一時間三十分が経過している。小さな島だからすぐに帰って来る、若しくは動きがあると見越していたのだが、予想に反して一切の変化は見られない。

 

「ひょっとして、二人とも死んじゃった?」

 

 呟きつつ、縁起でもないと思考を改め――られなかった。

 

 ――こんなことで居なくなるなら、所詮その程度ってことだし。

 

 これで終わりなら、その程度の男だ。別にローレンジが死んだところで気に掛けることはない。チームの意向で“偶々”ローレンジの配下に移っただけ。精々出世の足掛かりになってくれればそれでよかったのだから。

 

 だが、そんなハトリの思考とは真逆の考え方をする者もいた。

 

「ありえないね」

 

 ディロフォースの背に横になりながら、ジョイスが呟いた。明る過ぎな月明かりが星々の輝きすら覆い隠した、月しかない夜空を見つつ、面倒そうにジョイスは続ける。

 

「お前は、とりあえずあいつの配下なんだろう? こんな簡単に死ぬような奴だと思ってるのかい?」

「それは――なわけないじゃない。だって、あのと~りょ~よ。いや、私はあんま知らないんだけど」

 

 答えつつ、ハトリは内心で驚いていた。ジョイスの顔を見れば、元ガイロス帝国軍所属のハトリならばすぐにその正体に気づくことは出来た。

 ジョイスは帝都決戦の後に行方をくらましたギュンター・プロイツェンお抱えの特殊戦闘員レイヴンだ。

 レイヴンの性格はいくらか把握している。間違っても、他人に高評価を下すような人物ではない。氷点下の眼差しで相手を見下し、素直に相手を持ち上げるようなことは言わない。上司であるプロイツェンに対しても憎まれ口を叩くような少年だ。

 そのレイヴンが、直接的でないにしろ、ローレンジの実力を評価するような言葉を吐いたのだ。僅かな、しかし確かな驚きが、ハトリに生まれた。

 

「あいつは、何かを守ることが自分の生きる意味だと、そう言ったんだ。その状況でもない限り、あいつが命を晒すなどありえないね」

 

 レイヴンは、ローレンジを信頼し始めているのか?

 ジョイスの言葉の端々から、そんな意志が漂ってきた。そして、もう一つ。ジョイスに生まれた感情があるようにもハトリは感じた。それは……、

 

「――爆発?」

「動き出したみたいだね」

 

 ミミール湖中心の島。ローレンジとホツカが向かった島が、鳴動し今にも崩壊しそうな様相を成している。

 そして次の瞬間、雷撃が島を直撃する。

 雷雲どころか、雲すらない空の下で。

 

 

 

***

 

 

 

 島の遺跡の最深部。そこに突入したローレンジは二人の人影を見た瞬間、懐の拳銃に手を伸ばした。慣れた手つきでグリップを掴み、流れるような動作で安全装置を解除。遺跡最深部にあった二つの影の内、片方に銃口を向けた。

 

「動くな」

 

 低く、轟くような声で命じる。もう一人の小柄な影には、すでにホツカが向かっていた。音もなく近づき、ナイフを首元に当て動きを封じる。

 銃口を向けられた桃色の髪の人物は、驚く様子もなくちらりとローレンジに視線をやった。

 

「確認もなしにいきなり脅しとは、穏やかではないですね」

「のんびり談笑するつもりはない。俺はこれでも鼻が効く方でね。敵か味方か、瞬時に判断できないと、やってられないんだ」

「あなたですか。誰かにつけられていたとは思っていましたが、いきなり大物が釣れたようですね」

「こっちのことは筒抜けって感じだな。お前は、このニクスの地に住む民族だろ。そして、PKの協力者。間違いないな」

 

 女性の頭にピタリと銃口を当て、引き金に指をかけながらローレンジは周囲の状況を確認する。

 そこは、遺跡の最奥部だが、どこかの格納庫のような場所だった。鉄骨を重ね合せた武骨な建造物。そして、その中心に荘厳な姿をさらす一体のゾイド。

 

「天馬……お前の目的はコイツだな。そして、この地での騒乱の鍵になるゾイド」

「そこまでご存じとは、恐れ入ります。流石は、元凄腕の暗殺者(アサシン)と言ったところでしょうか」

「おいおい、過去の汚い話題はこんなとこまで広がってたのかよ。エウロペ内部なら分かるが、アンダー海を跨いだ外部の大陸に知れてるってのは、予想もしてなかったぞ」

「あなたのことは、よく存じていますよ。“K”から最も警戒すべきと知らされていましたから」

 

 その言葉が放たれた瞬間、ローレンジの持つ拳銃に力が籠められ、桃色の髪に銃口が押し込まれ、語気も強まる。

 

「確定だな。お前はあっち側、それもかなり踏み込んだ奴だ。色々、訊き出せてもらう――」

「――頭領!」

 

 ホツカの声が届くよりも早く、ローレンジは身を翻させもう片方の手でナイフを横に構えた。

 鋼鉄の翼で風を切り、舞うように飛翔したそれの鋭い蹴りがローレンジの脇腹を襲う。鉄の刃と鉄の爪がせめぎ合い、ギリギリと音を立て、火花が弾ける。

 ローレンジは半眼で睨み上げる。現れたのは鋼鉄の身体を持った鳥。ハトリ達の報告にあった、鳥型のオーガノイドだ。

 

「ニュート!」

 

 ローレンジの指示に応え、ニュートが口内に炎を溜め込みながら突っ込んで来る。ナイフで爪をいなしたローレンジと入れ替わる様にニュートが割り込み、火球を放った。鳥のオーガノイドは爪をいなされた時には翼を振り、宙を一閃してニュートの背後をとる。そして、再び鉤爪を用いたキックを、今度はニュートの背中に叩き込んだ。

 

「ギィ!?」

 

 鋭利な刃物ともいえる鉤爪に背中を掴まれ、ニュートの装甲が一部欠けた。だが、ニュートも負けるものかと尻尾を振り上げ叩き、鳥型のオーガノイドのバランスを崩す。鉤爪が離れた瞬間にニュートは翻った。口内の牙を閃かせ、背後に向かってナイフのようなそれを剥く。

 だが、鳥型のオーガノイドの方が一枚上手だった。尻尾に叩かれた瞬間、鳥型のオーガノイドは追撃を諦め、崩されたバランスを戻しつつ上空へと舞い上がる。

 僅かな時間だったが手痛い痛撃だ。一瞬、目を離した隙に女性もローレンジの元から離れていた。

 

「くそっ!」

 

 敵を見て逸り過ぎた。

 自身では制御していたつもりだったが、勇み足が過ぎたとローレンジは歯噛みする。その傍らに、ダンっと音を立ててホツカが着地した。

 

「すみません頭領。あの少年、手練れです」

 

 ホツカの悔しげな報告を訊き、ローレンジもその言葉の意味を確かめた。格納庫遺跡にはもう一人、少年がいた。ホツカにはそちらの対処に行かせたのだが、反撃を喰らったのか腕に傷を負っていた。

 視線を辺りに散らし、少年の姿を捉えた。光源に乏しい遺跡内部では姿が攫み辛い。だが、見つけてしまえば簡単だ。少年は、見た目からして十代半ばだ。少し眺めの黒髪を後ろでまとめている。その傍ら、鉄柵の上にオーガノイドが下り立つ。鳥を模した姿に似つかわしく、止まり木に止まる猛禽類のような姿だが、オーガノイド故か、重量で鉄柵が凹んでいる。そして、少年はにっこりと笑顔を浮かべている。

 

 見覚えのある、狂気を秘めた無垢な笑顔。

 

 

 

「……ははは」

 

 ローレンジは、思わずと言った風に笑みをこぼした。乾いた笑い声が、暗い格納庫遺跡に反響する。

 

「頭領……?」

「ははっは、なるほどな。ホツカ、お前でも敵わない訳だよ」

 

 ローレンジは、少しずつ潜めながら吐き出す。少年に、ホツカが退けられたわけを。

 

「まさか、こんなとこで会うなんてよぉ。胸糞悪いぜ、コブラス」

「へへへ。久しぶり、ローレンジ」

 

 敵対する女性にホツカ。二対の視線を浴びながら、ローレンジは憎々しげに表情を歪めた。普段の彼からは想像もできない、憎悪の感情を迸らせて。

 

「頭領……奴は……?」

「あいつは、コブラス・ヴァーグは――俺の兄弟弟子ってとこさ」

 

 無垢な笑みを浮かべるコブラス・ヴァーグに対しローレンジは銃口ではなく、ナイフの切っ先を突きつけた。ギラリと、嘗めるような輝きを放つナイフを。

 

「ホント、最近は俺の精神揺さぶってくれることばかりだよ」

 


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