ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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今回で、三人娘+αの話は終了です。


第55話:ニクス極東部へ

「ゾイドの被害は軽微で済みました。ニクス人のレジスタンスも収容済みです」

「そうか」

 

 ズィグナーの言葉に、ヴォルフは抑揚のない声で応じた。ブリッジの机に肘を置き、手を組ませて顎を支えている。

 

「殿下……」

「ああ。これからの行動について練るとしようか」

 

 机の上にはニクス大陸の地図が広げられていた。これまでの行動を、また敵の出現位置が細かく書き込まれており、少々見難くなっていた。

 

「まずは……っと、もう大丈夫なのか?」

「ええ、じっとしていられませんので」

 

 ブリッジへの戸が開き、一人の男が姿を見せた。ロカイだ。腹部にはきつく包帯が巻かれ、脚も同様に痛々しい。松葉杖を突きながら、ロカイは地図の置かれた机の前まで歩み寄った。

 ロカイの目には闘志が宿っていた。どこか達観した面持ちだったロカイの印象はもう薄い。今のロカイは、自身の成すべきことを見出しそれに突き進む男だ。

 

「では、さっそくで済まないが状況の説明を頼む」

「はい。おれが……その、勝手に抜け出したことから、連中の目的がおぼろげながら見えてきました」

 

 ロカイは自身が見聞きしてきたことを説明する。

 外部を拒んで掟に縛られたニクス大陸の民の暮らし。そこに舞い込んだPKからの誘いとそれに揺れる民の意識。エウロペへの侵略と移住を望み、PKと協力体制をとったニクス側とそれに反感を持った民との分裂、二つに別れつつも、PKは着々と目的を果たしてきた事。

 

 そして、『惨禍の魔龍』の復活への道筋。

 

「魔龍の復活には“時”と“ゾイド”と“巫女”――マリエス・バレンシアの存在が必要とのことでした。封印と開放をつかさどるゾイド、ガン・ギャラドとオルディオスはすでに敵の手の内。マリエスも奪われました」

「時、というのは?」

「封印の地が白く覆われ、二つの月と太陽が全て重なり合う時。そう訊きました。巫女のマリエスの教育を務めていたというオスカーからの情報です。間違いはないかと」

 

 言いつつ、ロカイはその時がどのような時期を指すか分かっていた。言葉通りに取れば、月と太陽が重なり合う時は日蝕を指している。封印の地が白く覆われる。これは、雪が降り積もった時を指すのではないだろうか。ニクスは惑星Ziの北方に位置する大陸だ。その地域性から寒冷期が長く、極寒の地域性から人々の澄めない大陸――暗黒大陸などと揶揄されるようになったからだ。

 条件を満たす時は長くありそうなものだが、そもそも日蝕が起こることはまれだ。多重の条件をかけるならば、一つ目は緩くても構わないと言う意味だったのか。

 

「ふむ。やはり時間がないのは確かだな」

 

 ヴォルフは思案しながらその視線をブリッジの端に投げた。気象観測を担当しているクルーが、それを受けて重苦しく答えた。

 

「この暗黒大陸で皆既日食を観測できるのは……一週間後です」

 

 モニターにニクス大陸の全体像が表示され、その東に位置するもう一つの大陸が拡大された。そこは、テュルク大陸と呼ばれるニクスから寸断されたもう一つの大陸だ。そして、ニクスに伝わる『惨禍の魔龍』が生まれ、災厄を撒き散らした場と伝わっている。

 その一点にポイントが打たれた。テュルク大陸の北西、大きな湾が形成されている場所からほど近くだ。

 

 “古代都市トローヤ”。栄華を極めた古代ゾイド人の繁栄の軌跡を刻む、ガリル遺跡と並ぶ惑星Ziに残る巨大遺跡の一つだ。

 

「誤りはないか? オスカー殿」

「ええ。トローヤは災厄の生まれた呪われた大地。『惨禍の魔龍』は、この地に眠っていると伝わっています」

 

 ヴォルフの確認に、ずっとこの場で耳を傾けていたオスカーが答えた。

 オスカーたちレジスタンスもドラグーンネストに乗艦し、拠点を捨てている。先の戦闘の所為で施設の利用が制限されてしまったうえ、状況が状況だ。深く知らない相手だろうと手を組めるものなら手を組みたい。オスカーたちは、藁にもすがる思いで鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)と協力体制を結んだのだ。

 

「此度の一件は、我々民の間の不和が事態を拗らせた。本来ならば内輪で解決すべき事柄なのだが、すまない」

「気にしないでくれ。そもそも我らが連中を取り逃がしてしまったことが発端だ。始末をつけるべきは、我々の方なのだから」

 

 ヴォルフは抑揚のない声で、愚痴る様に言った。

 ヴォルフは人一倍責任感の強い男だ。そして、犠牲を強いることを何より嫌う。仲間に対してどこまでも優しく、彼らを失うことを強く恐れる。此度の一件は己の不備が起こしてしまったのだと、そう感じているように、ロカイは思った。

 

「ヴォルフ様。余り根を詰められぬよう。敵が一枚上手だった。そう考えて、これ以上の犠牲を強いぬよう動くべきです」

「……そうだな。……ありがとう、ロカイ」

 

 口では謝辞を述べつつも、ヴォルフはまだ心が晴れていないようだった。ただ、怒ったように口を真一文字に噤む。

 しばしの沈黙が流れ、それを破ったのはズィグナーだ。

 

「殿下。今後の行動について、御指示を」

「……そう、だな。別働隊を組織する。彼らの目的地は、ケープ遺跡だ。場所を」

 

 ヴォルフの指示に、モニターの地図にあらたなポイントが打たれた。それはテュルク大陸の南端、トローヤとは正反対の位置にある。

 

「ケープ遺跡に行くことは、寄り道と思うかもしれん。だが、ここにはマリエス・バレンシアよりもたらされた逆転の一手になりえる『なにか』があるらしい。そうだな。ロカイ」

「はっ、行く価値はあるかと思います」

「オスカー殿、ケープ遺跡について、何か心当たりはないか?」

 

 オスカーは遺跡の地点を見つめ、何かを堪えるようにしながら口を噤んだ。だが、しばし目を瞑り、意を決して口を開いた

 

「……いえ、私は詳しいことは。ただ、ここ数年、姫様が儀式からの帰りにこっそり向かっていたのを知っています。私と姫様だけの秘密、としていましたが……」

「マリエスのみが知っている何かがある、ということだな」

 

 その後、この後の動きをヴォルフが指示し、解散となった。

 

 

 

***

 

 

 

 バンは俯きながら廊下を歩いていた。その後ろからジークが心配そうに付き添っている。

 怪我は、大したことはなかった。最近バンも理解するようになっていたが、オーガノイドのサポートを受けてゾイドを操縦することは、大きなメリットと共にデメリットが存在する。オーガノイド自身がゾイドの損傷を自身の受けた傷のようにシンクロする点と、パイロットへの負荷が大きいことだ。

 ガン・ギャラドとの戦闘でブレードライガーは大きな傷を負った。それだけでなく、合体していたジーク、そしてジークを介してブレードライガーとの精神リンクを高めていたバンも、精神的疲労感が溜まっている。

 ゾイドとの精神リンクとは、そのままゾイドとの意思疎通のしやすさだ。ゾイドは、車などの機械ではなく、己の意志と精神、命を持った金属生命体だ。そのゾイドを人が乗れるように改造したところで、根っこにある「生命」である特徴は変わらない。ゾイドの操縦は、単純に体力と技術でゾイドを操るのではなく、ゾイドの意志と同調して共に動き、戦い、働くのだ。

 だからゾイドを選ぶ際、操縦性などよりゾイドとの相性が優占される。どこまでゾイドと繋がれるか。共に「戦友」として戦えるか。

 

 だが、今のバンはそんな精神的疲れなど全く感じていなかった。体はそれを訴えているのに、バンの意識は全く別の方向に向けられている。

 

 ――ちくしょう。

 

 心の中で、小さく毒づいた。

 吐き出したそれは心の中で壁にぶち当たり跳ね返ってまた壁にぶつかり、何度も何度も反響する。

 

 ――ちくしょうちくしょうちくしょう!

 

「ちくしょぉお!!!」

 

 湧き上がる思いを拳にねじ込み、勢いのままに壁を殴った。ジンジンと拳が痛み、それも苛立たしい。

 

「グゥオ?」

 

 「大丈夫?」とジークが覗き込んで来るのを、「うるせぇ!」と怒鳴り返す。ジークは身を縮こませ、下がった。

 そこで、バンは自分が何をしたのか気付く。

 

「あ……悪いジーク。お前が悪いわけじゃないんだ。ただ……」

 

 その先は、言葉にならなかった。

 いつもならジークと一緒にフィーネが心配するか、励ましてくれる。だが、今フィーネは傍にいない。

 フィーネはフェイトに付きっきりだ。戦いの最中、バンが気を失った後にフェイトは拳銃の一撃を受けたらしい。

 バンはフェイトの元に行くつもりだった。病室で目覚めたバンは、直ぐにフィーネとフェイトがいる隣室に入ろうとして――できなかった。

 

 ――俺、あいつらを守れなかった。

 

 フェイトが銃傷を負ったのはバンが気を失った後の事だ。当然、意識の無いバンにできることなどない。だが、だからこそ腹立たしい。そして、合わす顔がない。

 自分が、許せない。

 

 ――何がデスザウラーを倒した英雄だ。俺は、フィーネもフェイトも、リエンも守ってやれなかった。それどころか、あいつにコテンパンにやられて……。

 

 後悔しても仕方ないのは分かっている。自分がそんな柄じゃないのは分かってる。

 同じ様に何もできなかった――と言っていた――ロカイはバンが目覚めてすぐ、重傷のままブリッジへと向かった。何もできなかったと自ら言ったロカイは、自分に出来ることを成すために動いている。嘗て、「もう戦いは御免だ」と悲しく言い放った彼の面影はどこにもない。

 

 ――それに比べて俺は……!

 

 軽傷で済んだ。それを誇れるわけもなく、ただ、情けなく、腹立たしくて仕方ない。

 

「くっそぉお!!!!」

「ちょっと、さっきからガンガンうるさいわよ」

 

 意識の外側から飛び込んできた声に、バンはゆっくり振り返った。そこには、エプロンを着たドラグーンネストの料理番、オルディ・ディンが立っていた。

 

「あんた……」

「バン、ちょっと来な」

「でも」

「来な」

 

 有無を言わさぬ眼光に晒され、バンは食堂に連れ込まれる。今は昼の三時くらい。厨房では五時から始まる夕食の準備で数人の厨房担当の者たちが動いていた。料理長を務めるオルディが離れていいのか疑問を持ったが、オルディの雰囲気がそれを聞ける様子じゃない。

 オルディは、出発の前と同じようにお茶を出した。

 

「とりあえず落ち着きなさい。じゃなきゃ、始まらない」

「いや、俺は……」

「いいから」

 

 オルディに無理やりの勢いで勧められ、渋々バンは湯呑を傾ける。ぬるめで飲み頃な温度の茶が、喉の奥を優しく温めて通り過ぎ、胃に落ちた。

 全部飲み切って湯呑を置くと、オルディは事前に沸かしていたのかもう一杯注ぐ。

 

「さて……それで、なにがあったのかしら?」

「…………」

「自分の無力さを思い知った。そんなとこでしょ」

「っ……それは」

 

 オルディの言葉は、狙い違わずバンの心に突き刺さった。深く食い込んだ言葉の槍は、ガン・ギャラドの尻尾のように鋭い。

 

「あなた、どんな思いを抱えてこの場に来たわけ?」

「どんな思い……?」

「ニクス大陸によ。ローレンジから話は訊いてたでしょ。あたしたちは、戦争に来てるの」

「戦争……」

「軽い気持ちで来るとこじゃない。あんたも帝国と共和国の戦争に関わったんだから、そのぐらいの覚悟はあったんでしょ。それとも、自分ならできるとでも思ってたわけ、英雄さん」

「くっ……」

 

 思わず苦い声が漏れた。だが、その辺りはバンも思い知っている。

 

「……そうだよ。どっかで、感じてたんだ。俺は、自分ならなんだってできるんじゃないかって感覚。デスザウラーとの戦いの後さ、レイに会って、PKの残党と戦ったことがあったんだ。その時、共和国でも期待されているレイより強くなってる気がして、それからもいろんな奴と戦って、どっかで慢心してたんだ」

「それだけじゃないわ」

「え?」

 

 オルディは自身も茶を注ぎ、軽く口を湿らせてから続ける。

 

「古代遺跡探し、リエンちゃんを連れていくこと、フィーネちゃんやフェイトちゃん、みんなを守る事。全部あなたが成し遂げたいって思っていたこと。だけど、今回のあんたは全部中途半端だった。そうでしょ」

「それは」

「あんたと会ったのは、この戦いが初めてなんだけどね。なんとなく、分かるわよ。バン、今のあなたには熱意が足りてない。あんたの言う通り、慢心ってのが枷になっていたかもしれないけど、愚直に目的を達そうとする熱意が足りないの。ムンベイから訊いてたあんたと大違い。目を疑ったわ」

「ムンベイを知ってるのか!?」

「あたしは風の都の料亭に勤めてるの。客だった人とは付き合いも多いし、何度か希少な食材の運搬を店長が頼んでたからね」

 

 「ま、それは置いといて」とオルディは、軽い口調で話題を戻した。バンも、訊ける雰囲気でないとそれ以上は追及しない。

 

「あんたさ、前にルドルフ殿下を守った時はどうだった。見てないあたしに言えたことじゃないけど、あんたは我武者羅に頑張って来たでしょ」

 

 アーバインやムンベイ。バンにとって信頼できる仲間たちと共に帝都ガイガロスを目指した日々。先は暗く、勝算は薄かった。なのに、バンはそれをやりきった。ヴォルフやローレンジ、アーラバローネがサポートしたこともあるが、相手はプロイツェン率いる帝国軍だ。いくつもの偶然が重なったとして、それでもたどり着ける可能性は低かったのだ。

 ならば、あの時バンはなぜルドルフを帝都ガイガロスまで送り届けることが出来たのか。

 

 ――絶対に送り届けるって、強く想ってきたからだ。

 

 どんなことがあろうと、なんとしてもルドルフを無事に届けると邁進し続けた。それが、バンが成し遂げた難関と思われたそれを成し遂げた原動力。

 

「でも、今回は失敗した。あの時と何が違うって言うんだよ!」

「なにも違わない。ただ、あんたの慢心と過信が少しずつ、状況を悪くした。それだけよ」

「……結局俺の所為か」

 

 力なく、バンは深く腰を沈めた。自分の過失を悟り、何もかもを悟ったような、そんなバン。オルディは、深くため息を吐いた。

 

「それで、終わり?」

「え?」

 

 のろのろと顔を上げるバンの頬を、オルディは両手で包み込んだ。その上で視線を自身の目にしかと合わせる。

 

「これで、終わらせるつもり? ロカイはこれからのためにヴォルフ様と作戦を練っている。フェイトとフィーネも、リエンと約束したって言ってたわ。もう一度、笑いあうためにって。――で、あんたは何もしない訳?」

「いったい、何をすりゃいいんだよ」

「そこは自分で考えな。一つ言わせてもらえば、この戦いであんたはもう除け者さ。あんたが関わらなくても、この戦いの決着は着く。必要な料理は、もう盆の上に乗っている。さて、除け者のあんたは何をするの? 答えは、もう出てるはずよ」

 

 除け者と言われたことが、バンの心の中に突き刺さる。目を瞑り、バンは静かに黙考した。

 除け者

 以前にも、そう感じたことはあった。ジークがシールドライガーをブレードライガーに進化させるとき、ジークはフィーネと共にそれを行った。バンは、ずっと相棒だと感じてきたジークに捨てられたように感じた。

 だが、今回は違った。自分がそう思ったのではなく、赤の他人から除け者と告げられた。そんなバンが、一体何をする……? この先、この後に控える戦いで。

 

 バンは父のような強いゾイド乗りになりたかった。亡き父の背中を追って。そして、ブレードライガーを相棒として完璧に乗りこなしたいとも思った。

 バンはフィーネと一緒にゾイドイヴの謎を解き明かすことを目指している。だが、それはバンではなくフィーネの望みだ。バンがそれに手を貸すのは、()()であるフィーネを助けたいから。

 ゾイドイヴ探しはフィーネの目的であって、バンの目的ではない。

 

 なら……、

 

『テメェにはマグマが足りねェ!』

 

 誰が言ったか、バンの脳裏に焼き付いた狂気のタイガー乗りの言葉が反響した。

 

「マグマが……足りない」

 

 手を離し、じっとバンを見つめていたオルディは、一瞬目を丸めた。ここまでのバンになかった何かが、バンの瞳に宿った。そして、ジークも主を見定めるように赤い瞳をじっとバンの背に向けていた。

 

「オルディさん、ありがとう。やらなきゃいけないことが、あるんだ」

「へぇ」

「俺の事、除け者って言ったよな。でも、除け者だから倒さなきゃいけない奴が居るんだ。あいつは、まだ生きてる。あいつを越えないと、俺は強くなれない。父ちゃんみたいなゾイド乗りなんて、“レオマスター”なんて、夢のまた夢だ」

 

 静かにバンは立ち上がり、食堂を去りかける。決意を固めた様子のバンに、オルディはある言葉を投げかけた。

 

「バン。決意は良いけど、ちゃんとご飯は食べなさいよ。それだけは、かかしちゃダメ」

「分かってるよ。あとでたっくさんもらうぜ。うまいの、期待してるからな!」

 

 答えたバンの瞳には、闘志が宿っていた。

 

 

 

***

 

 

 

 ドラグーンネストの医務室。先の戦いでも若干の負傷者を出したため、数人の団員がそこに居た。ニクス上陸戦で多数の負傷者をだし、その治療と療養が終わったと思えば、次はこれだ。戦いに身を置く兵たちを輸送するためのドラグーンネストであるから、医務室はそれなりの広さを持っている。

 そして、医療スタッフの技術も大したものであった。おかげで、フェイトの傷も重傷に至る前に処理することが出来た。

 

「フェイト、大丈夫?」

「うん。まだ痛いけど、そんなこと言ってられないもん!」

 

 ベッドの上で座ったフェイトは「全然大丈夫!」と腕を振り上げ、途端に激痛が走って腕を抑えた。無理しないようにとフィーネがそれを抑える。フェイトの腕にはきつく包帯が巻かれて痛々しい上、顔色もあまり良くはなかった。

 フェイトが撃たれた時、ロカイも重傷を負って動けなかったし、フィーネもしっかりとして応急処置の知識を持っていなかった。その上で無理に動いたのだ。マリエスを見送った後、フェイトはその場に倒れてしまった。駆け付けたアンナの処置が無かったら、もっと重傷に陥っていたかもしれない。

 

「ごめんなさい。私が、ちゃんと手当できれば……」

「ううん、あの状況じゃ仕方ないって。下手に手当てなんかして、ユニアさんにまた狙われでもしたら……どうしようもなかった」

 

 フェイトの声のトーンが落ちた。おそらく、あの場でのことを考えているのだろうとフィーネは察する。そして、フィーネも自身を悔いた。

 フィーネはフェイトのことを「凄い」と素直に賞賛したかった。あの場で、フィーネは何もできなかった。ジーニアスが現れた時、助けてくれたのはバンとフェイトで、ユニアと出会った時もロカイとフェイトは戦って、フィーネはただ見ていることしかできなかった。古代ゾイド人として、普通の人とは少し違うのに、あの場ではただの観客でしかなかった。

 それと比べて、フェイトは強い。フィーネよりも年は下だと言うのに、恐れることなく戦いに臨む気概を持っていた。いざとなったら自らの危機も辞さない強い精神。それは、彼女が信頼する兄の教えの賜物であるが、フェイト自身にそれを成し遂げる気持ちが無ければあの行動はできない。

 フィーネは,

引っ張られているだけだ。

 

「邪魔するわよ」

 

 部屋の扉が開き、アンナが入ってくる。アンナは二人の様子を軽く眺め、部屋の隅に会った椅子を掴むとフィーネの隣にそれを置いてその上に座る。

 若干疲れたような表情なのは、先ほどまで整備室でジェノリッターを含めたゾイドの整備状況の確認と相談を行っていたからだ。各部隊の状況の確認など、部隊長であるサファイアとウィンザーの留守を埋める役割を担っていた。

 

「二人とも、無茶したわね」

 

 開口一番に、アンナはとげとげしい口調でそう言った。

 事実だ。ドラグーンネストからタリスが脱走すると言う異常に乗じて、二人は抜け出した。ロカイにバン、そしてマリエスと共に。

 フィーネ達は与り知らぬことだが、彼らが抜け出した後のドラグーンネストは蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。発端と言えるニクスでの現状を伝えた情報提供者のタリスが嵐を起こし、そこにバンたちが現地の情報源となるマリエスを連れだしたのだ。当然、その後始末は全てドラグーンネストに、ひいては司令官のヴォルフが背負うこととなった。

 

「ごめんなさい。私たち、どうしてもマリエスの力になりたくて」

「別に構わないわ。敵地に乗り込んでいるから、異常事態の発生は予想できたもの。内容までは無理だけどね」

 

 フィーネの謝罪を、アンナは手で制した。

 アンナの話では、ヴォルフは最初からバンが何かアクションを起こす可能性を疑っていたらしい。そのため整備と称して発信機がブレードライガーに取り付けられていた。旅の道中は筒抜けだったのだ。

 そしてドラグーンネストは密かにバンたち――マリエスを追ってニクスの南海を横断。PKの攻撃に合わせて再び牙を剥いたのだ。アンナがガン・ギャラド戦に現れたのも、敵がマリエスを連れ戻すことに最大戦力を切るだろうことが予測できたからだ。

 

 アンナから自分たちの裏で展開されていた行動を聞かされ、フィーネは表情を重くした。バンを信じて、マリエスの力になりたくて、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に不利となる行動をとったことは否めないが、その裏でのアンナたちの苦労を知ると、申し訳なさがこみあげてくる。

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は軍隊ではない。だが、それに近い形態の『組織』だ。組織に属するからには、勝手な行動は許されない。たった一つの波紋が、時に大きな振動となって組織を崩しにかかるのだから。

 

「別に責めてるつもりはないわ。ヴォルフがあなたとバンに指示したのは、マリエスから話を訊くこと。形はどうあれ、それを達成したんだからね」

 

 アンナは、口調は厳しいが、諭すように言った。

 フィーネは、その一つ一つを噛みしめる。今回の旅は、今までとは違う。バンが突っ走って、フィーネがそれに従って、フェイトが自分の意見を出しながらも時に対立、時に同意。それをロカイが纏める。今までのアーバインやムンベイが成してくれていた役目をロカイが一人で請け負ったような形だ。

 嘗てのガイガロスまでの旅路に似ていて、その実、バックに鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)という大きな組織の存在を忘れてはならなかったのだ。

 

「ま、この話はこの辺にしときましょう。二人とも、マリエスのために出来ることを頑張ろうとした結果だものね」

 

 アンナはフィーネの頭を軽く撫でた。フィーネはその仕草がなんとなく嫌で、頭を振って逃れる。するとアンナは、少しおかしげに苦笑し、そのまま視線をフェイトに移した。

 

「……フェイト、もういいんじゃない?」

「え、なにが?」

 

 唐突に、アンナは心の中身を吐き出すように言った。フェイトが言う通り、フィーネにもその言葉の意味は把握できない。

 

「我慢するなって言ってるの」

「我慢って、別にわたしが我慢することなんて……」

「あるでしょう」

 

 椅子から腰を上げ、ベッドの隅に腰掛け直すと、アンナは徐にフェイトに手を伸ばし――抱き寄せた。フェイトは目をぱちくりさせるが、アンナは離さない。代わりに、言葉を続ける。

 

「大事な友達が敵の手に落ちて、辛いわけないわ。昔のあたしがそうだった。ヴォルフと離ればなれで、ずっと敵対するしかなくて……離れ離れにされて、辛かった」

「……アンナさん。リエンはわたしの友達だよ? アンナさんとヴォルフさんみたいな関係とは違うよ? だから、別に……」

「いいえ。離れたくない大切な人ってことは一緒よ。だから、我慢しなくていいの」

 

 アンナの一言一言は、どこまでも慈愛を含んでいた。深い想いが籠められ、それは少しずつフェイトを揺さぶって行く。

 

「リエンに、離れよう、って言ったのは……わたしだよ? 提案したのはわたしなんだから、わたしが文句を言っちゃ、ダメでしょ?」

「フェイトは、あたしに教えてくれたわよね。自分の目線だけで見るなって。あたしがあなたの立場だったら、こんな風に落ち着いてられないわ。自分の無力さを、殺したいほどに憎む」

「わたしは、リエンを……でも……リ、エン……う、うぁ、うわぁぁぁあああああああん!!!!」

 

 

 

 それが、限界だった。

 フィーネはやっとわかった。フェイトが、ずっと()()()()いたこと。フィーネから見てフェイトは強いんじゃなくて、強いフリをしていたこと。

 ジーニアスが現れた時のフェイトを思い出す。オーガノイドのジークを無手で退けたジーニアスに対し、フェイトはナイフ一本で戦いに行った。その後も、マリエスを助けるために銃を握ったユニアに挑みかかった。そして、叶わぬと知ればマリエスを諭し、矛を収めることを選んだ。

 およそ、十一歳の少女がすることではない。

 

「う……っく、アンナさん。ロージは、ロージはだいじょぶだよね?」

 

 フェイトは涙をぬぐいながら尋ねた。

 ユニアはローレンジも手の内だと言っていた。ローレンジは上陸する直前から別行動をとっており、フィーネも、エリュシオン以来彼の顔を見ていない。最後に存在を確認したのは、マリエスと真に友達になった森の中での通信。あれが最後だ。

 アンナにとっても言い辛い事なのか、アンナはしばし奥歯を噛みしめ、やがて諦観の思いで口を開く。

 

「たぶんすぐに伝わるでしょうね。……ローレンジは、一週間ほど前から連絡がつかないのよ」

 

 フェイトの表情が、びしりと固まった。ひびの入ったガラスのように哀れで、次いで我砕けたガラスのように、膿を切ったように涙があふれ出す。

 

「ロージは! なんかあったの!? ねぇ!?」

「分からない。ただ、ローレンジはあの天馬と遭遇したって言ってたわ。あなたたちの話からすると、発見される現場に居合わせたのかしら。それから少しして、完全に通信が途絶えた。音信不通よ」

 

 それを聞かされたフェイトの感情は、一体どれほど暴れ狂ったのだろう。

 フェイトは以前もローレンジとの別れを経験している。結果的にローレンジは死に至ることはなかったが、大切な存在との別れがどれほど辛いか、身を持って知っていた。

 ただ、その時とは状況が違った。以前はローレンジ自身が自ら別れを切り出した。だが、今回はフェイトのあずかり知らぬところで、ローレンジは失踪を遂げている。

 

「ロージはジョイスと一緒だったよね! それに他の部下の人たちも、その人たちは!?」

「ジョイスもローレンジと一緒。他の隊員も、情報集めで散り散りになっていたらしくて詳しいことは分からないわ。あたしが知っているのは、ここまで」

 

 そう言うと、アンナは軽くフェイトを引き離すと立ち上がった。後ろを振り返ることもなく、戸に手をかける。

 

「アンナさん……」

「あたしには、これ以上は出来ないわ。任せた」

 

 ぶっきらぼうに言い、アンナは静かに戸を開閉させる。後に残されたのは、半ば放心気味なフェイトと、そんなフェイトにどうしたものかと悩むフィーネだけだ。

 

 ――こんな時、バンだったら……。

 

 以前、バンは喧嘩まがいの行動でルドルフを元気づけようとした。ただそれは男同士だからだとドクターディから訊いている。その方法は、フィーネには合わないのだろう。

 

 ――なら、私は……。

 

「フェイト、ローレンジさんやリエンのことが心配?」

 

 しばらく、フェイトが泣きはらすまで待って、フィーネは出来るだけ優しい声で語りかけた。

 

「当たり前だよ。でも、それ以上に自分が許せない」

 

 少しでも元気づけよう。そう思っての会話だったが、フェイトはフィーネをその瞳に写していなかった。泣きはらした顔で、虚ろな表情ながら、声だけははっきりとしている。

 

「ロージはロージで頑張ってる。ロージはいっつも私の見えないところでいっぱいがんばってる。なのに、わたしは守れなかった。ロージみたいに、リエンを守ってあげられなかった。チャンスを待つ事しかできない。ホント、すっごい悔しい。わたしは、ロージの妹だもん。これじゃだめだよ」

 

 静かに、決意を固めるように、フェイトは呟いていた。そこにあるのは、一つの意志。信頼する、尊敬する(ローレンジ)の後を必死に追いかける小さな少女の決意。

 フィーネがバンを信じているように、フェイトもローレンジを信じている。それは、態々言葉にするまでもなく、フィーネにだって分かっていた。それでも、言わない訳にはいかない。

 

「……フェイト。ローレンジさんは、きっと生きてるわ。だって、あなたが言ったじゃない。絶対に負けないって」

「……そうだね」

「見せてあげましょう。戻ってきたローレンジさんに、自分がどれだけ強くなったか」

「うん……ありがとう、フィーネ」

 

 疲れ果て、フェイトは眠りに落ちた。次に目を覚ました時は、きっと全力で戦いに臨む少女の姿に戻っていることだろう。

 

「フェイト……」

 

 フィーネはフェイトの寝顔を見つめた。さっきまでは凛々しく決意を口にしていたけど、今目の前にある寝顔は、どこまでもあどけなく、愛らしい。だが、すでにフィーネは裏の顔を見ていた。

 ジーニアスに駆け寄り、躊躇なくナイフを振りかざしたフェイト。フィーネには一生かかっても出来ないだろう、他人を傷つける覚悟が、フィーネより幼い少女にはすでに宿っていた。

 誰彼かまわず傷つける訳じゃない。状況を見極め、自身にとっての必要な犠牲と割り切って、フェイトはナイフを振ったのだ。

 

 ――フェイトのようになりたい訳じゃない。でも、私も強くなりたい。いつまでもバンを信頼し続けるだけじゃない。バンの力になって、バンと一緒に、関門を突破できるようになりたい。私は、バンのお荷物じゃない!

 

 一つの決意を心に決め、そして、それはフィーネ自身のこれからの方針を定めたようなものだった。

 バンに伝えよう。この戦いが終わったら、自分自身の意志を。これからのために。

 

 

 

 一つの戦いを終え、未来へ望む少女は、ある決断を下していた。

 

 

 

 この戦いが終わったら、一度、バンと離れよう。

 




次回からは次のパーティにバトンタッチ。
ですが、その前に幕間的な話が一つ。

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