ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第53話:黒龍、蹂躙す

 ――フィーネがいない……?

 

 それに気づいたのは、バンだった。オスカーとユニアから伝承を訊いた後、バンは再びレジスタンスの人々に歓迎されていた。それが一心地つき、そのまま眠気に誘われるまま硬い床で眠りについてしまった。そして、起きた時には、妙な静けさが辺りを支配している。

 なにか、不安だ。

 フィーネほどではないが、バンも何か嫌な予感を感じ取れていた。今現在、基地の中が妙に静かすぎた。

 

「フェイト、ロカイさん」

 

 見知った二人を探しだす。二人も眠ってしまっており、ロカイはオスカーに勧められた椅子の上で舟をこいでいる。フェイトは、バンと同じように床の上で寝てしまっていたようだ。

 

「……ん、どぅしたの……?」

「うん……あぁ、しまった、寝てしまったか……」

「なぁ二人とも、フィーネは? それにリエンもいないんだけど」

 

 ロカイは目を擦り、一つ欠伸をしてから周囲を見渡した。オスカーや他のレジスタンスのメンバーの姿はあるが、バンの言う二人の姿はない。僅かに、ロカイの表情にも警戒の色が混じった。ロカイも静かすぎる現状に何かを感じたのだ。

 

「おかしいな。――オスカーさん、起きてください」

「待って! なにか音がするよ。あっちの方から」

 

 フェイトが鋭い声と共に洞窟の奥を指した。奥はヴァーヌ平野に抜ける道になっており、その先はどこまでも続く平原だ。

 

「なんだろう、風を切る音だ。それに、すっごく大きなゾイドの稼働音」

「よく聞こえるな」

「古代ゾイド人は常人より感覚が鋭い。わたしはそれに近いから――ってことじゃないかな。ロージが言ってた」

 

 説明しつつ、フェイトは耳に届く音に注意する。何の気配かは判別できないが、なにか嫌なことが起こっているのは確実かもしれない。そんな不安が、三人を支配する。

 

「おれはここの人たちを起こしてすぐに後を追う。二人は先に――」

 

 と、ロカイがそこまで言った時だ。洞窟内にけたたましい警鐘が鳴り響いた。

 

『敵襲ー!!!!』

 

 その音に倒れていた人々ははっと目を覚ます。頭痛がするのか、頭を押さえている者もいたが、現状を把握しようとすぐに怒声が行きかい始めた。

 

「敵襲!? いったいどこから」

「ってなんで爆睡してんだ、起きろ!」

「向こうだ! 海の方から来るぞ!」

 

 その怒声に負けない爆発音が響き渡る。すでに洞窟の入り口には侵入されたのだ。警戒に当たっていた者たちが迎撃に出ているが、易々と退けられるはずがない。

 

「狼狽えるな! 敵は海からだ。ジークドーベル隊は速やかに出撃、洞窟に進入した敵機を迎撃、基地内に進入させるな! 私もガルタイガーで出る!」

 

 浮足立っていた基地内にオスカーの鋭い怒声が響いた。一声でその場の喧騒を沈め、さらに纏め上げる、カリスマ性と呼ぶべきそれに、ロカイは感嘆を覚えた。

 はたとロカイが意識を戻すとバンとフェイトはいなかった。遠目にジークに乗った二人がヴァーヌ平野方面の出口に駆けて行く姿が見える。

 

「おれも、早くしないとな」

 

 グスタフの荷台にはブレードライガーとシュトルヒが乗っている。二人の乗機はここに来た時に整備を受けており、準備は万端だ。

 おそらく、ヴァーヌ平野の方にも敵機はやってきているだろう。フェイトが感じたというそれは、ロカイに最悪の状況を想起させた。

 

 ゾイドのいない彼らでは太刀打ちできない。

 

 グスタフを始動する。臆病なゾイドであるグスタフは、何かに怯えているのか反応が鈍い。

 

「大丈夫だ、おれがついてる。それに、お前が運ぶゾイドたちの力を信じろ」

 

 グスタフに語りかけた。ここまでの道中でもかなり無理をさせたが、それを共に乗り切ってきたのだ。金属生命体と人間との間の絆が生まれている。ロカイが感じているそれは、決して独りよがりな想いではない。

 語りかけに応えるように、グスタフの動力機関が強く始動した。

 

「オスカー殿! おれはヴァーヌ平野の方に行く! おそらくマリエスもそっちだ!」

「すまない。関係の無いお前に頼むのは不本意だが、姫様を頼む!」

「部外者じゃあないさ!」

 

 

 

***

 

 

 

 各部を赤く、しかし全身を黒く染めた黒龍――ガン・ギャラドが平原に舞い降りた。数刻前に『惨禍の魔龍』に関わる伝説のゾイドと聞いたためか、フィーネにはその姿が一層恐ろしく思えた。

 伝説に語られる黒龍。魔龍を封じた善にあるべきゾイドなのに、今はただただ脅威としか感じられない。そして、怖い。

 

「前より落ち着いてるね。何かあったかい?」

「クソ野郎に嘗めたマネをされてなぁ。ま、おかげで十分頭が冷えた。俺様はニクス最強だが、世の中は広いってな」

 

 相変わらずくつくつと、愉快そうにジーニアスは嗤った。サングラスの奥に臨む光は暗く、マリエスとフィーネを舐める様にぬらぬらと感じる。それは、気持ち悪いという意味での恐怖ではなく、本質的な恐怖。命の危機に直面した時の恐怖だった。

 毒を回して獲物を弱らせた、愉悦に歪む毒蛇のような目だ。

 

「君の目的は、僕を“K”の元に連れて行くこと、だよね」

「まぁな。だが、まだだ。役者がそろってねぇ」

「役者?」

「そうよ。麗しの姫様たちを、オレは連れて行こうって言うんだ。そういう時はカッケー騎士(ナイト)サマ……いや、英雄(ヒーロー)が助けに来るってなもんだ――ろ!」

 

 そう言い切り、ジーニアスは顔を庇うように腕を振り上げた。そこに、銀色の閃光が飛び込んできた。

 銀の閃光。それはブースターを噴かし、最高速で突っ込んだジークだ。鉄の牙を閃かせ、勢いのままに振り上げられたジーニアスの腕に噛みつく。

 

「フィーネ! リエン!」

「よかった、二人とも大丈夫だよね」

 

 ジークから降りたバンが二人を守るように立ちふさがり、その影からフェイトがジーニアスを睨みつける。

 

「バン! どうして……」

「フェイトが教えてくれたんだよ。リエンがこっちに行ったって。中は襲撃されてるみたいだし、こっちにも来るって思ったんだ」

「リエン、勝手にどっかいかないでよ!」

「う、ごめん」

 

 始めて聞くようなフェイトの怒声にリエンは反射的に謝罪した。だが、フェイトは今ばかりはリエンを一瞥もせず、ジーニアスを睨み続けた。

 

「フェイト?」

「バン! ジークが!」

 

 フィーネが焦って声を上げた。見ると、ジークはジーニアスの腕を咥えたまま動きを止めている。いや、腕を噛み砕こうとしているのに砕けない。そんな様子だ。

 

「グォオ?」

 

 人の腕を噛むこと自体ジークは初めてなのだが、流石に何かおかしいと疑問を持ったように声を漏らした。

 

「……オイ、オーガノイド。オレの腕の味は堪能したかぁ? もう、十分だ――ろうがよぉ!!」

 

 ジーニアスはジークの腹に脚を押し込み、そのまま蹴とばした。オーガノイドであるジークは人より二回りほど大きい。さらに身体を構成しているのは金属生命体の名の通り鉄だ。その分重量もかなりの物である。しかし、それをジーニアスは軽々蹴とばした。

 その様にバンたちは驚愕を隠せず――さらにジーニアスの姿に絶句した。ただ一人、知っているマリエスだけが淡々と口にする。

 

「ジーニアスはニクス最強って言われてる。その所以はガン・ギャラドに認められたからだけじゃない。彼自身が、ゾイドと生身で渡り合える化け物だからだよ」

 

 ジーニアスは、ガン・ギャラドと同じように黒かった。全身ではなくジークに噛まれた腕が、そして蹴飛ばした脚が、黒く染まっている。黒曜石のように黒光りし、黒金のように金属的な硬さを見せつける。

 

「な、なんだよそれ……」

鉄化(メッキ)。この星に住むゾイドは金属生命体だ。だが、その呼称はゾイドだけのモノかぁ? この星は金属生命体が生まれた星だぜ。当然、オレ達惑星Ziの人類が()()金属生命体であっても不思議じゃねぇよな。ま、お前ら異星人との混血にはねぇだろうが」

「で、でも……フィーネたちもそんな力持って――」

「ジーニアスは所謂先祖返りなんだ。嘗ての古代ゾイド人は、進化の過程で鉄化(メッキ)能力を失った。必要が無くなったから、失くしたんだ。だけど、その遺伝子は僕らの体内に残っている。ジーニアスは、それが偶発的に作用してるんだ」

 

 マリエスが苦々しく解説する。それを聞きながら、ジーニアスはなおも立ち向かおうとしたジークを足蹴にし、蹴飛ばした。

 

「躾けがなっちゃいねぇぜ。オーガノイドつっても、主人がガキじゃあなぁ」

「グゥゥ……」

 

 まさかジークが生身の人間に圧倒されるとは思ってもいなかった。その現実は、バンたちを圧倒する。

 

 ――どうする?

 

 バンは考えた。勢いに任せて飛び出したが、まさかこの展開は考えていなかった。ジークがいるなら、これまで共和国や帝国の兵、小型のゾイドと生身で向き合った時もジークが何とかしてくれた。どこかに、ジークを頼ってしまう部分があったのだ。

 ジーニアスは笑みを浮かべながら一歩、また一歩と足を進めた。だが、そのジーニアスに対する手段がバンには残されていない。

 

 

 

 その時だ。

 

「――ふぅ、たぁああああ!!!!」

 

 一人の少女の雄たけびが、場を動かす。その手には、月光を反射しキラリと輝く刃があった。

 

 

 

***

 

 

 

「バカヤロウ!」

 

 始めて向けられた怒声に、フェイトは反射的に身をすくめた。恐る恐る目を開くと、そこには腕にナイフを突き立てたローレンジの姿があった。

 何が起こったのか、それは少し考えれば分かる事だった。

 

 少し前にローレンジが引き受けた盗賊団の討伐戦。それをこっそり覗いたフェイトは、生身で盗賊たちと渡り合ったローレンジの姿に魅せられた。まるで自身の手足の様にナイフを操り、もう片方の手で拳銃を扱い、大勢の盗賊をたった一人で制圧してしまったその姿。子ども心に「かっこいい」と感じた。そして、少し真似してみたくなったのだ。フェイトは女の子だが、村では男の子に負けないほどのやんちゃぶりだったから。

 

 ローレンジの持っているナイフをこっそり拝借してマネしてみる。鋭いナイフの刃は、少し怖くあったけど、心強くもあった。なにより、そのころにはすでに誰よりも信頼を置く存在だったローレンジに近づけた気がする。

 それに、強く成れば、もう後悔しなくて済むから。

 

 その練習の最中、うっかりというべきか、ナイフがすっぽ抜けた。そして、それはあろうことか探しに来ていたローレンジに真っ直ぐ飛んで行ったのだ。

 

「あの、ロージ、だいじょうぶ――」

「そうじゃねぇ! お前、なんでこんなもの振り回してんだ! これぐらいで済んだからよかったけど、なにかあったらどう責任とるつもりだった! ああ!!」

「ご、ごめんなさい!」

 

 ローレンジはいつも優しかった。不器用ながら旅の知恵を授けてくれ、羽目を外して一緒に遊ぶことだってあった。フェイトが涙を流してしまうほどに怒りをぶつけられたのは、その時が初めてだ。

 ローレンジはナイフを引き抜くとそれを懐にしまい、赤い線を垂らす腕でフェイトの腕を掴み、乱暴に野営地へ連れ戻す。その後、何も言わずに簡単な処置を施すと、どかっと切り株に座り込んだ。

 

「説明」

「……え?」

「説明しろつってんだ。これがどんだけ危ない物か、前に話したよな。そうじゃなくても、お前の年なら分かるはずだ」

 

 底冷えした眼光に委縮しながらも、フェイトは話す。盗賊征伐を受けたローレンジの、ゾイド戦以外での強さ、それを真似したくなったこと。それに……。

 

「お前、そんなくだらねぇことで――」

「そ、それだけじゃないもん! 前に、スレクスに騙されて奴隷にされそうだった時、わたし何もできなかった。わたしよりも小っちゃい子が頭を叩かれて、助けを求めてたのに、わたしは何もできなかった。ロージみたいに戦うことが出来れば、あの時みたいに後悔することもなかったの。だから……!」

 

 涙を目に溜め込みながら、フェイトは訴えた。それは本心だ。スレクスの手引きで奴隷回収にやってきた大人たち。彼らに対し、フェイトは隠れてやり過ごすしかなかった。ローレンジのように戦う力があれば、そういう場を切り抜ける力があれば……。

 それは後悔しないための想いであり、尊敬する兄への憧れでもあった。どんな苦難も平然と切り抜ける兄への。

 

「…………」

「……ごめんなさい。もう、それは二度と触らないから。だから……」

「いや、触るな、とは言わないさ」

 

 ローレンジは、フェイトの頭にポンと手を置く。そして、ぐしゃぐしゃとその頭を撫でた。もう片方の手でナイフを取りだし、月明かりに反射して見せる。

 

「この世の中、女だろうと子どもだろうと、そういう状況を切り抜ける力は必要だ。だけどな、お前はまだ子どもだ。十にも満たない子どもだ。そんなお前が、血に(まみ)れることを望むもんじゃない。――いや、望んじゃいけない」

「ロージぃ……」

「お前はな、逃げればいいんだよ。子どもが大人に力比べしたって、天地がひっくり返ったって勝ち目はないんだ。だから逃げればいい。危険から逃げることは当然で、誰もお前を責めたりしない」

 

 先ほどの怒りはすっかり抜けている。穏やかな口調で、諭すようにローレンジは続けた。

 

「ただ、逃げるにはいっぱい考えなきゃならない。周りの状況をよく見て、何があるかを把握して、短い時間でいっぱい考えなきゃ逃げ切れない」

「うん。……でも、ごめん。わたし、あの後悔はしたくないんだ。だから、戦えるようになりたい。少しでも多くの人を、守れるように」

 

 ローレンジの言うことは正しい。それは、フェイトにも判った。だが、それでもフェイトの望みは達成できない。これからもし、あの時の様に知っている誰かが傷つくのを見たら、じっとしていられるとはフェイトは思えなかった。

 フェイトの言葉を訊き、ローレンジは大きくため息を吐いた。そしてしばし思考を深めるためか黙って夜空を仰ぐ。

 やがて、ローレンジは荷物袋の中から鞘に収まったナイフを取り出し、フェイトに差し出した。

 

「……分かったよ。お前がそこまで言うなら、こいつの使い方と、身を守る術を、俺が教えれる限り叩き込んでやる」

「ホント!?」

「ただし! 俺が教えたことを実践したって、お前が大人相手に勝てる可能性は限りなく低い。出来る限りお前は逃げるんだ。逃げる術だけを考えろ。……んで、本当にどうしようもない時だけ、コイツを使え。その時が来るまで、絶対に抜くな。コイツを使うってことは、お前は人を傷つけ、最悪殺すことになるんだ。その重み、罪の深さ、お前にはまだ早い。……そもそも、その重みを背負っちゃいけない」

 

 ローレンジは渋りつつも、今までにない真剣な表情で言う。フェイトも神妙な顔つきで頷き、ナイフを自分の懐にしまった。

 

 

 

***

 

 

 

 ――今が、その時!

 

 まず動かないだろうし、戦力にもならないだろうと考えていたジーニアスはフェイトの行動に意表を突かれ数秒無駄にした。その隙を突いてフェイトはジーニアスの眼前まで駆ける。

 

『いいか、お前のアドバンテージは子どもで、女であることだ。お前みたいな幼い女の子が生身での戦いを挑んだら、相手は確実に油断する』

 

 フェイトは隠し持っていた鋭いナイフを抜き放ち、ジーニアスに振りかざす。

 だが、ジーニアスとて易々と十一の少女の攻撃を受けるような男ではなかった。すぐにフェイトの攻撃範囲を把握、鉄化させた腕でナイフを受け止めようとする。

 

『相手の動きをよく見て、それでいて素早く判断を下せ。戦場での一瞬一瞬の判断は、勝敗に直接作用する』

 

「なにっ!?」

 

 フェイトはナイフを手離し、ジーニアスの懐に潜り込むと全身でぶつかった。ただし、ジーニアスの体そのものではなく、彼を支える足の片方、それを払った。いくらフェイトが小さくとも、油断していた所を、それも片足だけならフェイトにもどうにか、バランスを崩すくらいならできる。

 

『攻め入る隙を作っても、いくら鍛えたところでお前が出せるパワーはたかが知れてる。やるなら最初の一発に籠めろ。全身を使って、最大限の攻撃を繰り出せ』

 

 ――わたしみたいな子どもはまず油断される。それだけが、わたしの利点(アドバンテージ)。後は、周りをよく見て、わたしにできる最大限の隙を作り出す!

 

「バン、手伝って!」

「お、おう!」

 

 圧倒されたのかバンの反応も鈍い。だが、それを悔いる暇はなかった。片足を払われ、しかしバランスを取り戻すため腰を沈めたジーニアスに対し、今度は背後からナイフを突き立てるべく、落としたそれを拾い上げ、構えた。

 

『一瞬の隙を無駄にするな。お前のナイフは、俺みたいに体術の延長線で使う道具じゃない。必殺の一撃を加えるための物だ。敵を仕留めるでも、傷を与えて逃げる隙を作るでも、そいつの使い方が、お前の最初で最後の一撃だ』

 

 フェイトはナイフに視線をやり、一瞬躊躇した。

 ローレンジに教えられたやり方を自分なりに応用し、ほんの僅かな時でここまで進めた。バンが迷いながらもジーニアスを止めるべく拳を握り込んでいる。ジーニアスの意識はフェイトより力のあるバンに向けられる。先ほどナイフを落したことも、ジーニアスの警戒を緩めるのに一役買っていた。

 

 ――これを背中……ううん、どこかに突き立てればこの人の動きを鈍らせられる。ロカイさんがこっちに向かってるはずだから、あとは一気に逃げる!

 

 脳内でのシミュレートは完璧だ。後は、決めるだけ。

 

 ――これで!

 

 サングラスの奥の、ジーニアスの鋭い眼光がギョロリと蠢き背後を見た。気づかれたのだ。だが、もう遅い。防御は間に合わない。

 フェイトは一切の迷いを捨て――視界に入ったリエンの悲痛な表情にほんの少し躊躇しつつ――ナイフを振り下ろす。

 

 

 

 「キィン!」と、乾いた鉄の音が響いた。

 

 

 

「そんな……」

 

 フェイトが突き出したナイフは、黒く暗い光沢を放つ背中に弾かれた。叩きつけたせいで痺れたフェイトの掌からナイフは宙に飛び出し、くるくると回転し大地に突き刺さる。

 

「おいおい、テメェみたいなガキが、オレを()りかけるとはなぁ……正直、驚いたぜ」

 

 ジーニアスは相変わらずくつくつと笑い、壮絶な笑みを浮かべてフェイトを睨んだ。

 フィーネの叫びが聞こえたかと思ったらもう遅い。フェイトの脇腹に鉄の硬さと重みををプラスした脚が蹴り込まれ、フェイトの身体は鞠のように平原を転がった。

 

「「フェイト!」」

 

 反射的にフィーネとリエンが駆け寄ってきた。

 バンは三人を庇うように三人の前に立ち、ジーニアスに怒りを籠めた眼光を飛ばした。その口元からは血が流れている。フェイトがナイフを弾かれた時、バンも鉄化した腕で顔面を殴られていたのだ。

 

「おうおう英雄(ヒーロー)の名が廃るなぁバン・フライハイト。さっきの、いい線いってたのはそっちのガキだぜ」

「それ以上近寄るな!」

「はっ! 聞く耳ねぇな。……そうだ、テメェに名誉挽回の機会をやる」

 

 そう言うと、ジーニアスはバンの斜め後ろに向かう。その先には、ジーニアスの乗機である黒龍――ガン・ギャラドが鎮座している。

 そして、洞窟の入り口からグスタフが現れた。荷台にはブレードライガーとシュトルヒが乗っている。

 

「ちょうどテメェのゾイドが届いたんだ。決着は、ゾイド戦で決めようじゃねぇか」

「ゾイド戦で?」

「テメェが勝ったら俺はこのまま帰ってやるさ。だが、テメェが負けたらこの場は皆殺しだ! シンプルだろ?」

 

 口端を持ち上げ、ジーニアスは嗤った。あざけ笑う様に。絶対の自信を持って。

 バンはちらりと後ろを振り返った、フェイトは先の一撃で気を失ってしまったらしく、フィーネが心配そうにバンを見つめている。マリエスは、真剣なまなざしをバンの瞳にピタリと合わせていた。ただ、その奥にはフィーネと同じバンを心配する光が揺れている。

 それで、バンの心は決まった。もとより決めていたそれを、確信させたに過ぎない。

 

「心配すんなって! 絶対勝つから!」

 

 無理やり笑顔を作り、硬い表情で、バンは戦いに臨んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 洞窟内の戦闘は、決着がつきつつあった。

 空からレドラーが追加装備したミサイルを打ち込み、海からブラキオスが洞窟内に進入し、崖を駆け下ってきたジークドーベルが躍り込む。ジークドーベルは背部のフォトン粒子砲の威力もあり、中型に分類されるゾイドの中ではかなりの高火力だ。

 それらの混成部隊の苛烈な攻勢を受け、レジスタンスは狭い洞窟内からの砲撃でどうにか戦線を支えるのがやっとの状況だ。

 ならば襲撃したプロイツェンナイツ側の勝利が近いのかと言えば、そうではなかった。

 

「これは……どういうことだ……?」

『分かりません。ですが、援軍……なのでしょう?』

 

 オスカーの疑問を側近の男が戸惑いながらも回答する。

 それもそのはずだ。海上から砲撃を仕掛けてきたブラキオスが深海からの奇襲で沈められたと思ったら、巨大なエビのようなゾイドが姿を現し、その鋏から続々と小型のゾイドが吐き出されてきたのだ。カマキリのような小型ゾイドたちは洞窟の壁や天井を這いまわり、立体的な空間からジークドーベルを各個撃破していく。そして、カマキリたちによる洞窟内の掃討が終わり、洞窟の外に出たらそこにはさらに驚くべき光景があった。

 PKの襲撃部隊が、新たに現れた謎の部隊によって壊滅的打撃を受けていたのだ。

 

 空に展開しているレドラー達は、同じレドラー――しかしパイロットの腕が格段に違うレドラー達によって撃墜されていく。特に、指揮機と思しきレイノスは圧倒的だ。

 地上ではブラックライモスを主軸とした部隊によるジークドーベルとの激戦があった。そして、一際巨体を誇るアイアンコングとその露払いのような動きをするツインホーンが一歩抜きんでている。

 

「あのコングのパイロットが、指揮官か?」

 

 不安を覚えつつもオスカーが近づくと、アイアンコングはそれに気づいて掃討を部下に任せて近づいてきた。通信回線が開かれ、モニターに相手の姿が映し出される。

 若い男だ。鬣のような金髪は、王者の風格を漂わす。だが、その瞳はどこか悲しみの憂鬱を抱えており、寂しげだった。

 

「助力、感謝いたす。私はここの者たちのまとめ役で、オスカー・ウラクニスだ」

『オスカー殿か。私は、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の指揮官をやっている、ヴォルフ・プロイツェンだ。此度は、我が父の配下の不始末を押し付けたようで、申し訳ない』

 

 現れた男、ヴォルフ・プロイツェンは、抑揚のない声で言った。

 

 

 

***

 

 

 

 バンとジーニアスの戦いは、一方的だった。

 ブレードライガーは陸戦ゾイドで、ガン・ギャラドは空陸両用のゾイド。空を駆ける力がある分、ガン・ギャラドに分があるのは間違いなかった。

 だが、それだけではない。

 

「くっそぉ、行くぞジーク!」

『はっ、さっさと来いよ!』

 

 ブレードを機体前方に展開し、パルスレーザーガンを連射する。ガン・ギャラドが空を駆けているため、ブレードライガーでの有効な攻撃はそれしかなかった。

 ガン・ギャラドはそれを掻い潜る様に躱し、低空飛行に入る。

 それを待っていたバンはブレードを機体横に展開、ブースターを噴かして突撃を駆けた。両者が交差する一瞬手前、そこでガン・ギャラドは反転し、勢いの乗った尻尾をブレードライガーに叩きつけた。先端が鋭く、槍のような形状の尻尾だが打撃武器としてもかなりの力を誇る。横顔を殴られたブレードライガーは平野に体を叩きつけられる。

 追撃とばかりにガン・ギャラドの背中の武装が光を放つ。パルスキャノンがブレードライガーに襲いかかり――ギリギリのところで展開したシールドによって難を逃れた。だが、ガン・ギャラドはシールドで防がれたと悟るや否や、真っ直ぐ突撃し、シールドごとブレードライガーを突き飛ばした。

 

『つまんねぇなぁ英雄サマよぉ。ホントにこの程度のゾイド乗りだったのかぁ?」

「くそ、くそっ! 全然歯がたたねぇ……」

『デスザウラーを倒したっつーから期待したが、こりゃ期待外れもいいとこだなぁおい!』

「それがなんだ! 俺は、まだ負けてねぇ!」

 

 自身を奮い立たせるためにバンは声を張り上げるが、状況は深刻だった。ブレードライガーの機体は傷だらけで、エネルギーもかなり消費している。デスザウラーを倒した際の技――ブレードとシールドを前面に展開しライガーそのものを槍と化して突撃するブレードアタックも空中を素早く跳び回るガン・ギャラドにあっさり叩き落されている。

 

「バン、もう降参するんだ! 勝ち目がない!」

「リエン! 勝手なこと言うな! 俺はまだ負けてねぇ!」

 

 マリエスの提案をバンははねのける。まだ戦える、まだいける。なにより、ここで負けを認めたら、身体を張ってリエンを逃がそうとしたフェイトに申し訳が立たない。その思いが、バンを突き動かす。

 

「バン、お願いもうやめて! ライガーもジークも、もう限界なの!」

「今の君ではガン・ギャラドに、ジーニアスには勝てない。命を無駄に捨てるものなんだ! だから――」

「うるせぇ!!!! 俺は、俺はまだ戦える! そうだろ、ジーク、ライガー!」

「グゥオオ」

 

 ジークもブレードライガーも限界なのは自信が分かっていた。だけど、退けない。逃げられない。この戦いを認めたのはバンだ。バンが負けたら、皆が死ぬ。だから、負けられない!

 

「いくぞぉぉおおおおお!!!!」

 

 ブレードライガーの前面にシールドが展開され、ブレードが前方を向く。ブレードアタックの姿勢だ。ブースター全開に突進するブレードライガーに、ジーニアスとガン・ギャラドは大地に降り立ち真正面から見据える。

 

『意地、根性、プライド。はっ、くだらねぇ。だがそういうの、オレは嫌いじゃねぇッ!!!!』

 

 ガン・ギャラドの口から高熱の炎が吐き出される。業火とも呼べるそれは強大なドラゴンの吐息。吐息はブレードライガーの突進を妨げた。デスザウラーの時と同じだ。単純な噴射力が、ブレードライガーの突進力を上回った。

 ついにブレードライガーは耐え切れずに弾き飛ばされる。全力を使い果たし、倒れ伏したブレードライガーの身体をガン・ギャラドの脚が踏みつけた。

 

『テメェの敗因、訊きてぇか?』

「なに、を……」

『驕ってんだよ。デスザウラーを倒して、最強のゾイド乗りになったつもりかぁ? 大方、周りに持ち上げられたんだろ? てめぇなら出来る、勝てる。そんな根拠のねぇ自信に駆られたんじゃねぇのか? そういうのは、真の最強が持つべき矜持だ。テメェが持つもんじゃねぇ』

 

 ――驕ってる……はは、そうか。

 

 敵の言うことだと言うのに、不思議とそれはバンの胸に浸みこんだ。

 共和国の知将、クルーガーに軍学校に誘われ、それを断った。柄じゃないというのもそうだが、必要性を感じなかったのだ。

 レオマスターと呼ばれる男に会った。あの日以来会っていないが、彼はバンの良き友だ。だが、ゾイド乗りとしての実力が離れてるとは、思っていない。

 ニクスに乗り込む前にウィンザーと戦った。勝つには勝ったが、どこか苦い思いがあった。こんなもんじゃないだろと自身を罵るような想いがあった。

 ニクス上陸戦でウィンザーの戦いを目の当たりにした。レッドホーン乗りのこいつには負けたくないと、心の隅で感じた。

 

 ――そうだ、俺、大事なことを、忘れてたんだ。

 

 デスザウラーにとどめを刺したのはバンだ。だが、その過程には多くの助けがあった。

 フィーネが、アーバインが、ムンベイが、ドクターディが、ハーマンが、シュバルツが、ルドルフが、ローレンジが。

 皆の力があってデスザウラーを倒すことに成功したと言うのに、いつのまにかバンはそれを忘れ、自身の勝利と思い込んでしまっていた。

 

 『デスザウラーを倒した英雄』

 そんな、世間の噂話に流されて。

 

『理解したみてぇだな。ま、先がねぇんだけどよ』

 

 ガン・ギャラドの尻尾が振り上げられる。鋭角な槍の穂先が、ブレードライガーのコックピットにピタリと向けられた。

 

 こんなところで負けたくない、まだ夢は叶えてない。それどころか、後退していた。もう一度夢を掴むためにも……。

 

 そんなバンの想いとは裏腹に、ブレードライガーは動かなかった。

 

『負けたらテメェら皆殺しだったな。なぁに、主サマはきちんと連中の元まで送り届けるさ』

「だめ……やめて、バン!」

「やめてくれジーニアス! 僕は、初めてできた友達を、失いたくないんだ――だから!」

『くそ、間に合え!』

 

 ジーニアスの愉悦が、フィーネの叫びが、マリエスの訴えが、ロカイの足掻きが、バンの意識の中に響き渡る。しかし、バンは動けない。

 

『あばよ、持ち上げられた英雄サマ!』

「やめてぇええええええええ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 「ガキンッ!」と、鉄のぶつかり合う音が夜闇に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

『……ああ?』

 

 予想したコックピットが砕け散る音が響かず、ジーニアスは僅かな疑問をもった声を漏らした。ガン・ギャラドの尻尾は、太い鉄の板のようなものに阻まれ、ブレードライガーのコックピットを掠ることなく大地に突き立てられている。

 それを成した太い鉄の刃の腹。それがなんなのか、ジーニアスは確認するより早くガン・ギャラドを飛び立たせた。

 

 その瞬間、ガン・ギャラドが立っていた大地を光の本流が駆け上った。真夜中のニクスの大地を照らし出したそれは、悍ましく禍々しい、全てを飲み込む光の大河。

 

 荷電粒子砲の煌めき。

 

 

 

『気づいたようね、バン』

 

 それを成した機体とは真逆な優しい声が、バンの耳に囁かれる。

 朦朧とした意識でバンが見たのは、嘗て死闘の末に倒した恐竜型ゾイドのシルエット。それとは少し違う、二本の大剣を背中に佩き、仮面を被った竜。

 

『選手交代よ。ここから先はあたしに任せて、あなたはゆっくり休みなさい。――ロカイ! 早く全員の回収!』

『あ、ははい!』

 

 呆気にとられていたロカイに怒鳴って一喝。それを済ませると女性は、愛機と共に、黒龍に向き直った。

 

『はっはっ、暴君竜サマじゃぁねぇか。選手交代ってこたぁ、次の相手はお前か?』

『ええ。海上では戦うこともできなかったからね。ここで、その分の鬱憤を晴らさせてもらうわ。それと』

 

 竜は背部の大剣を振りかざし、眼前で交差させる。「キィィィ……ン」と鉄が、大剣の刃がこすれて不吉な音を奏でた。

 

『暴君竜って呼ばないでくれる? あたしもこの子も、生まれ変わったのよ。この子は、誇り高き竜騎士』

 

 騎士の兜の奥で、竜の瞳がギラリと輝いた。それは、嘗て破壊の衝動が赴くままに暴走した暴君竜ではない。主と共に、大切な者を守り抜く意志を固めた、竜騎士の決意の眼光だ。

 

『ここからはあたし、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)特殊戦闘員、アンナ・ターレスとジェノリッター、グラムが相手になるわ! かかってきなさい! ガン・ギャラド!』

 


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