ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第50話:夢幻の竜騎士

 暗黒大陸を東西南北に分断する大山脈、イグトラシル山脈。その標高は5000mに達するところもあり、惑星Ziでも有数の高地だ。暗黒大陸の中心部に聳える大山脈地帯の稜線の一つである山々に取りつき、そこを越えていくのは非常に困難な道のりであった。だが、この大山脈を越えなければ目指すセスリムニルの町があるヴァーヌ平野は見えてこない。

 故に、彼らは必死の思いでこの地に挑戦を挑んでいた。

 

「すっっっご~~~い!!!!」

 

 だが、そんな厳しい土地にあってフェイトは外の景色に目を奪われていた。今まで見たこともない光景だからだ。

 キャノピーの外は白で覆われていた。葉を全て落とした木々は茶色くしなびた姿を白いそれで化粧し、穢れを一切払った白へ。グスタフが進む道も、降り積もったそれが真っ白に覆い隠し、下にあるだろう土と岩の道がかけらほども見えてこない。

 

「雪よ。白くてふわふわした、空からの贈り物」

「雪!? これが雪なの!? わたし見たの初めてだよ!」

「初めて……なの? エウロペには……そっか、温かいから降らない、よね」

 

 コックピットの端で蹲るリエンも少し表情を緩ませて外の景色に見入った。「そっか、もうすぐ寒冷期にさしかかるんだ」と呟いた。心なしか、リエンがいつも作っている壁のようなものが薄くなっているようにロカイは感じる。

 

「おれも見たのは初めてだな。バンとフィーネは、見たことあるのか?」

「ああ、俺とアーバインとディ爺さんで降らせたんだ! 共和国の山にさ!」

「降らせた?」

「ディ爺さん雪を降らす実験をしててさ、俺とアーバインが手伝って完成させたんだ!」

 

 バンは誇らしくそのことを語る。当時のドクター・ディとの出会いから雪を降らせたその顛末まで。熱く語るバンの姿に、ロカイもその時に現場にいたような錯覚を覚えた。バンの目には、当時の雪降り積もる様が、今のこの場と重なって見えたのだろうか。

 

 だが、熱く語っていたバンの口も、ピタリと止まった。ちょうど、アーバインと四苦八苦しながらドクターディの指示の元、機械作成に没頭した話の辺りだった。

 

「……あいつ……なんであんなこと……」

 

 バンが何を考えているか、ロカイはすぐに当たりがついた。アーバインのことから、つい先日のレッツァーのことを連想したのだろう。

 

「どうしてあいつ、俺を誘ったんだ? それに、あいつの言ってたマグマを溜め込むって……あーもう訳わかんねぇ!」

 

 頭をガシガシとかき乱し、バンはその思考を無理やり放り捨てようとする。だが、それが出来ないのかもどかしげに、しかし、思考の底に意識を巡らす。

 

「あれはあいつなりの言い方だ。バン、君が気にする必要は無いよ」

「リエン?」

 

 リエンが口を挟んだ。あの時もそうだったが、リエンは時折人が変わったように饒舌になる。百八十度変わる変貌ぶりだ。ただ、その仕組みも少しずつ分かってきたようにロカイは思う。

 

「頭の片隅に留めておけばいい。いつか、本当に気付く時が来るよ。破滅の魔獣を倒した英雄」

「その言い方、何か引っかかるんだけど……」

「そうね。でもバン、私からもお願い。忘れちゃダメ、覚えておいて。でも、深く考えないで。きっと、バンにとって重要な意味を持つと思うわ」

「フィーネまで……まぁ、そこまで言うならもうちょっと考えて――」

「考えても意味は無いよ。感覚的に気付かないと、君の身に残らない」

「なぁリエン。それってどういうことだよ」

「それは……」

 

 それきり、リエンは黙ってキャノピーの外に視線を向けたままだった。バンは腑に落ちず、しかしそれ以上の問答は不可能と思い、同じようにキャノピーの外に見入る。

 幻想的な、雪景色に。

 

 

 

 そして、ロカイも思考に耽っていた。操縦に必要な最低限の判断力を残し、それ以外の脳の活動全てをそれに傾けていた。

 レッツァーの言葉はバンに向けられたが、ロカイにも思うところはあったのだ。

 

 ――マグマが足りない、熱が足りない……か。そのまま取るなら……情熱、か?

 

 そう考えるとしっくりきた。

 確かに自分に情熱はないと思う。帰る場所を失くし、行き場を失った自分の新たな場所となったのは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)。そこは帰る場所であり、共に戦う仲間の居る場所だ。

 だが、そこでもまだ納得がいかなかった。何に? 自分に、だ。ローレンジとヴォルフに示され、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にやってきた。そして、新たな居場所を手にするために尽力してきた。だが、そうじゃない。まだ何かが足りない。そう叫ぶ自分も感じていた。

 だから、オルディに示されるがままバンたちに付き添い、せっかく手にした鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)すら手放した。

 

 そこまで総括して想う。

 

 ――おれは一体、なにがしたいんだ?

 

 

 

「ロカイさん! 前!」

 

 フェイトの焦った声が思考を引き戻し、咄嗟に目の前に現れたそれに反応してグスタフを止めた。

 突如目の前に現れたのはゾイドだ。小柄な二足歩行ゾイド。ゲーターやイグアンのそれと同系のコックピットを持つ、二足歩行恐竜型ゾイド。シルエットで言えば、あのジェノザウラーやレブラプターに近い。

 マーダである。

 

『あんたたち! そこで止まりなッ!』

 

 マーダから威圧する声が響いた。声の高さからして女性だ。女性にうるさいあの男なら、これだけで相手の容姿や年齢まで推察できるのだろうと考えると、ロカイはつい吹き出しそうになる。場違いな笑いを堪え、グスタフを急停車させる。

 

「グォオ!?」

 

 荷台の方からジークの情けない声が聞こえた。おそらく、のんびりしていた所を急停車されて勢いで落下したといったところか。

 

 マーダはオーガノイドの存在に驚き、だが油断なくグスタフの周囲を回って警戒する。ほどなくして正面に戻ってくると、コックピットが開いた。

 現れたのは、朱色の髪を腰まで流した長身の女性だ。髪と同じ朱色の瞳から覗く鋭く眼光がロカイに突き刺さる。ただ、それ以上に女性の服装にロカイは驚いた。厚手の外套を羽織っているものの、その下に覗く服装は臍丸出しのチューブトップにジーパンという大胆な格好。その上、右手は手袋すら嵌めていない。冬に差し掛かろうという雪山の山中で、驚くほど軽装だ。首から下げたペンダントが、雪で乱反射する日光にきらりと輝く。

 

「悪かったね。またPKの連中かと思ってさ。で、あんたら何者?」

 

 朱色の髪の女性は、乱暴な口調でそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

「あたいはライン、ライン・ホーク。そっちは?」

「俺はバン! でこっちが――」

「フィーネです」

「フェイト! よろしくね、ラインさん。あ、あとね――リエンだよ!」

 

 バンに次いでフィーネ、フェイトの順に簡単な自己紹介を済ませる。リエンはいないふりを決め込んでいたが、フェイトが強引に引っ張り込んで紹介する。

 

「ロカイと言います。えっと、さっそくで申し訳ないんですが、少しお聞きしたいことが……」

「あーそんなの後々! 方っ苦しい挨拶は、ほら、めんどくさいよ。ここであったのも何かの縁。もうおてんとさまが傾いてるし、じきに日が暮れる。こんなとこにいると凍え死んじまうよ」

 

 ラインは挨拶もそこそこに颯爽とマーダに乗り込み、さっさと山道を歩き始める。ロカイ達が呆気にとられていると、数歩進んだところで止まり「ほら、着いてきな」と乱暴に言うのだった。

 

「……どうすんだ?」

「ま、敵ではないだろう。おとなしく従おう」

 

 バンに問われ、ロカイはポツリと思ったことを率直に吐き出す。

 見た感じ、直情的な女性だ。思ったことをすぐに吐き出し、どこか頼りがいのある女性。どことなく、以前あったヴィオーラに似ていると感じた。

 

 

 

 イグトラシル山脈の小さな山道を、マーダの先導で進む。標高5000mに達するこの辺りは、すでに雪で覆われ真っ白だ。道中ラインに訊いたところ、この辺りが雪に閉ざされているのはいつものことらしい。つまりは万年雪も同然だ。

 フェイトが初めての雪にはしゃぐのを尻目に、変わり映えしない雪景色の山道をひたすら進む。ここまでの道のりには、マーダの足跡とグスタフの車輪が通った跡しか残っていない。

 

「さて、着いたよ。あそこが、あたいが夏場に過ごす山小屋さ」

 

 やがて見えてきたのは一件の小屋だ。雪に覆われた山中にひっそりと建つ小さな山小屋。「ドクター・ディの小屋に似てるな」とバンが呟いたが、生憎それを見たことがあるのは彼とフィーネだけだ。

 小屋の隣にある倉庫のような木造の建物にマーダとグスタフを入れる。偶に知り合いが来るから大きめに作ったとラインは語っており、言葉通りグスタフとその荷台まで収めることが出来た。

 小屋の中は、外から予想できた通りこじんまりとしていた。木製の小さな机と椅子が二脚部屋の真ん中にあり、壁際には小さなキッチン。風呂やトイレは外付けらしく、小屋の中で行き来できる部屋は二つ。もう一つは寝室だ。

 無駄な家具は一切なく、食べて寝るだけといった状態の小屋だった。

 

「もう暮らすのに必要な物はほとんど下ろしたからねぇ。寝袋は持ってるだろ。場所は好きに使っていいからさ、それでカンベンしてよ。中には珍しいものは何にもないけどさ、好きに見てっていいよ」

「じゃあわたし雪を見たい!」

 

 ラインの投げやりとも取れる言葉にフェイトが真っ先に反応した。小屋の中など完全無視で外へと駆け出していく。リエンはしばらく小屋の中と外に出て行ったフェイトを見比べ、結局外へと駆け出して行った。バンとフィーネは物珍しげに部屋の中を見回している。

 ラインはマーダから降ろしたカセットコンロに火をつけ、水を入れたヤカンを無造作に乗せる。倉庫から持ってきた椅子を適当に並べ、壁に背を預けた。

 

「ん? どうしたい? その辺、適当に座ったらどうよ?」

「……あの、なぜ今日あったばっかりのおれたちにここまで?」

 

 ロカイは迷いながらもその疑問を口にした。

 ラインと出会ったのは完全に偶然だ。山道を歩いていて、偶然出会った。ただそれだけ。なのに、ラインはすぐにロカイ達をこの場に案内し、一晩明かす場所を提供してくれた。

 

 ロカイは怪しんだのだ。そのあまりにもあっさりしたことに、罠ではないか、と。

 

「ふふっ、あはははは! なんだい、そんなことか!」

 

 それをラインは豪快に笑い飛ばした。部屋の中を見ていたバンたちが驚いて振り返っても、笑いは収まらない。

 

「不思議に思うこともないだろう? 山の中では助け合いさ。警戒心逆立てて牽制し合うなんてまどろっこしい。大体、今夜は雪吹だよ。あんたら、あのまま夜通し山を進んで夜を明かしたら、明日には凍え死にさ」

「雪吹? でも、今すっげぇ晴れてるぜ」

「山の天気は変わりやすいんだよ。今夜は雪吹、外に出るのは危ないよ。ゾイドでも対策しないとカチンコチンさ」

 

 ラインは立ち上がると窓を開け、初めての雪の感触を楽しむフェイトと、滑って転んで雪まみれになったリエンに目を細めた。

 

「あんたたちも、ほどほどにしないと風邪引くからねー!」

 

 そして、ロカイに振り返り、笑いながら続けた。

 

「PKの連中が邪魔なのは、あたいも同じさ。ここは、山のおねーさんを信用しときな」

 

 

 

***

 

 

 

 その日は、酷い雪吹の夜になった。横殴りの雪を纏った風が窓を乱暴に叩き、今にも砕きそうなほどの勢いだった。

 だが、頑丈に作られているのか小屋はびくともしない。時折、軋むような音を立て、幼いフェイトとリエンを震えさせるが、吹き飛ばされる不安をロカイは微塵も感じない。軍で拠点の建設など、土木作業を齧ったことのあるロカイだからこそ思う。この小屋は、いい出来だと。

 

 夕食はラインが持っていた食材での鍋物だ。豪快にぶつ切りにされた野菜を乱暴に投げ込んだだけという“漢の料理”な風にも見える。ただ、味付けは絶品であり、簡素なレトルト食品や保存食で飢えをしのいできたロカイ達にとってこの上ないごちそうになったのは言うまでもない。無論、成長盛りのバンが最もよく食べた。

 

 夕食のひと時も過ぎ、雪吹の脅威を忘れるためかそれぞれの思い出語りが始まる。フェイトとローレンジの旅路だったり、バンとフィーネの出会いからルドルフをガイガロスに送り届ける話。ここまでじっくり話す余裕もなかったからか、リエンもその話を食い入るように訊いていた。そして、ラインも同様だ。目を細めて話に聞き入っている。

 

「エウロペかぁ……懐かしいねぇ」

「ラインさん、エウロペに行ったことあるのか?」

「ああ、あたいはエウロペの生まれなんだ。帝国領の寂れた村の出でね」

「へぇ~、なぁ! ラインさんの昔話も教えてくれよ! ちょっと聞いてみたくなった!」

「……あんまりおもしろくもないよ」

 

 バンにせっつかれ、ラインが少しずつ語り始める。

 

 

 

 ラインはエウロペのある村で生まれ、しかしある事件を境に村に嫌気がさし、十五の時に村を出て行ったという。それから傭兵として各地を転々とし、気の合う仲間とチームを組んでエウロペ中を彷徨うようになった。

 

「へぇ~、なんか鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)みたいだな」

「うん、家族みたいな人たちだったんでしょ」

「そうでもないさ。あれは……ただの親友、悪友……言い方はいろいろだけど、そんなとこさ」

「ねぇ、どんな人なの? その、友達って」

 

 フェイトに尋ねられ「ちょっと待ってな」とラインは言いおいて部屋の隅の棚の上に置かれた写真立てに手を伸ばす。無造作に、さりげなく置かれていた写真を手に取り、みんなに見えるよう机の上に横たえた。

 フェイトとバンが真っ先に首を伸ばし、フィーネも興味を引かれたのか二人の間に割って入った。リエンは……相変わらず叩きつける雪吹に視線を馳せていた。ロカイは、後ろからちらりと写真を眺める。

 

 写真には四人の女性が写っていた。

 最前列に座り込み、花のような可憐な笑顔を見せている金髪の少女。

 金髪の女性の頭を押さえ、その右側から負けず劣らずな眩しい笑顔を覗かせる青緑色の髪の少女。

 ちょうど真ん中に立ち、不機嫌そうな表情だがその端々にこみ上げる喜びを覗かせている、薄い青紫色の長髪を砂塵の風にたなびかせる美女。

 三人の後ろに立ち、腕組みをする朱色の髪の女性。

 

「この、一番後ろにいるのがラインさん?」

 

 フェイトが指差す。

 

「そ、メンバーの内じゃ一番年上でねぇ。こいつらまとめんのに苦労したよ」

「ラインさんがリーダーだったのかしら?」

「いんや、あたいは年長者であって、リーダーじゃあなかったよ」

 

 フィーネの問いに、過去に想いを馳せるように目を細め答えるライン。薄く細められた視線はどこへともなく漂い、写真を食い入るように見ていたバンにぶつかった。

 

「おやぁ? ……みんなきれいだろ、バン」

「ホントな」

「どの子が好みかな? もしかして、昔のあたいかい?」

「それは……って!? 何言わせようとしてんだよ!」

「あっはっは! まだまだ青いねぇ。生憎だけど、みんなもう二十代の半ば。バンじゃ若すぎるよ」

「別に俺そーゆーこと意識したわけじゃ……」

「ホントかい? 怪しいねぇ……まぁ、あたいが言うのもナンだけど、みんな美少女って話題だったからねぇ。当時も美少女傭兵団なんて噂されたもんさぁ。男だったらみんな見惚れちまうよ。ロカイ、あんたもそうじゃないかい?」

「いや、おれは別に」

「なんだい。つまんないねぇ……ところでバン。う・し・ろ」

「え?」

 

 言われて振り向くと、フィーネが居た。先ほどまでバンと一緒に写真を見ていたはずなのに、いつの間にバンの背後に移動したのだろうか。しかも、どことなく黒いオーラを感じる。

 

「フィーネ……? えっと、いったいどうしたんだ……?」

「別に、なんでもないわ」

 

 普段より声のトーンが一つ落ちたような、冷たい声音でフィーネは告げる。

 バンとフィーネの関係は“そういうこと”を意識するにはまだ早いのでは?とロカイは思う。

 

「ありゃ無意識だねぇ。まだそれを意識しちゃいないけど、フィーネちゃんが自分の中の想いに素直に動いた結果、ああなったのさ」

 

 不思議そうにしていたのに気付いたのか、ラインがそっと耳打ちする。その少し“甘さ”を持った声音にロカイはビクリと全身を強張らせたが、その時にはラインは離れていた。

 

「なぁ、フィーネ?」

「なんでもない」

 

 バンとフィーネは結局そのままだった。しばらくすれば治まるだろうとロカイは意識を戻す。痴話喧嘩じみたものがあっても、フェイトは気にせず写真を見つめていた。

 

「一番前の金髪の子はフェアリーナ。天然が過ぎる子でねぇ。色々頑張ってたけど、しょっちゅう誤射してくれたのさ。――マルダーってゾイド。あれがこの子の愛機でねぇ、チーム内では後方支援を担当してくれてたのさ。あたいたちのチーム名の“夢幻竜”にちなんで、“夢幻竜の尾”なんてあだ名があったのさ」

 

 後方支援に徹し、撤退時には他三人のアシストとして最後まで支援砲撃を怠らない。夢幻竜に近づく輩を振り払う鞭のような尻尾。それが由来だとラインは語った。

 ラインは懐かしむように、そしてどこか悲しみを浮かべながら写真の中のフェアリーナを見つめる。

 

「へぇ~なんかカッコいいな! な、ラインさんや他の人たちにもそう言うのあったんだろ、でもなんで夢幻竜?」

 

 フィーネの圧力に耐えかねたのか、バンが話しに割り込んできた。

 

「あたいたちのチーム名が夢幻竜騎士隊(チームドリームドラゴン)ってんだ。そっからきてんのさ。で、他の奴のあだ名かい? そうだねぇ――んじゃフェアリーナの隣にいるこいつ。カリュエはあたいたちのムードメーカーみたいなやつでね、いっつも馬鹿やってるけど、あたいたちには欠かせない潤滑剤みたいな奴さ。ドリルモルガでの奇襲や物資運搬を主な役目としてね、あだ名は……“夢幻竜の脚”だったよ」

 

 ドリルモルガはモルガの先端部にドリルを増設し、地中移動能力を強化した機体だ。ドリルによって格闘能力も強化され、戦場では奇襲戦闘を得意とする。大地を踏みしめ、強力な一撃をお見舞いする脚の爪。そんな意味合いだ。

 

「それから……ああ、あたいはマーダと一緒に突撃戦さ。チームの先陣切って敵に一撃加える。だから、“夢幻竜の爪”だったっけ」

 

 敵対者にまず一撃加えるべく突き出される爪。鋭く、鋭利な刃物のような爪の一撃は挨拶代わりの一撃にしては強力過ぎる。そんな意味が込められていた。

 

「……ねぇ、この人は?」

 

 フェイトがせっつくように指差す。写真ではちょうど真ん中。薄い青紫色の髪をたなびかせる美女。ラインは、なぜか思い悩むような顔つきで――それをほんのわずか浮かべ――口を開いた。

 

「“夢幻竜の眼”。空からあたいたちチームメンバーを統率し、敵の状態もいち早く把握、的確に指示を出す夢幻竜騎士団(チームドリームドラゴン)の司令塔。あたいたちの頼れるリーダー。そして、あたいたちがチームを組んで、別れた元凶」

 

 奥歯を噛みしめるような苦い顔つきで、これまでのラインからは想像もできないような重苦しい表情で、吐き捨てるようにその名を告げる。

 

「――サファイア・トリップ」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「……寝れねぇな」

「……そうね」

 

 窓を、壁を、風に乗った細かな氷の粒が叩く。暴風が舞い、氷の粒が舞い踊るイグトラシル山脈の山間は外を歩けるような状態ではない。山肌を駆け上がり、全てを掻っ攫う暴風は、ゾイドですら移動を困難とさせるのだ。

 暴風の脅威を外から感じ、しかしバンとフィーネが寝られずにいるのはそれが理由ではない。

 

「絶対、何かあったんだよな」

「ええ。でも、そこは私たちが入り込んでいい場所じゃないと思うわ」

 

 サファイアの名を口にしたラインの表情、それを思いだし、フィーネは目を伏せた。

 

「でもさぁ、サファイアさんっていい人だぜ。こっちに来るまで一緒だったけどさ、優しいし、気が利くし、きれいだし……」

「バン」

「あ――いや、そうじゃないよな。でも、あのサファイアさんが……やっぱ信じられないな」

 

 

 

 ラインはあの後、憎々しげに口を滑らせた。溜まっていた感情を吐き出すように、サファイアとの間に起こったことを話したのだ。

 曰く、いつものように帝国軍の傭兵として出陣した夢幻竜騎士隊(チームドリームドラゴン)は共和国の大部隊と鉢合わせた。混乱する戦場で、しかも属する帝国軍は押されていた。メンバーも散り散りだったという。そんな中、上空から全てを俯瞰していたサファイアは的確な指示の元、どうにか戦場から撤退することに成功。安全圏まで逃げ延び、無事を喜び合うも、そこには一人だけ――フェアリーナ・アーイの姿だけなかったと言う。

 戦闘が治まった後の戦場に取って返した三人が見つけたのは、鉄の塊と化したマルダーだった。

 

『サファイアは全部見えてたんだ。だってのに、あの子を――リーナを見捨てたんだ。あたいは、今だってあいつを許しちゃいない……!』

 

 血がにじむほど拳を握りしめたラインに、かけられる言葉は、持ち合わせていなかった。

 

 

 

「きっと、そうしなければならない訳があったのよ。でないと、あのサファイアさんが……」

「俺もそう思う。だけどさ、サファイアさんにとってもその、フェアリーナって人は友達なんだろ。友達を見捨てるなんて……」

 

 サファイアとドラグーンネストで交流があったバンだからこそ、彼女が友を見捨てるとは言えなかった。そのための意見を述べようとしたその時だ。

 

「あんたに言われたかないよ!」

 

 隣の部屋から怒鳴り声が響いた。同時に、誰かが壁に叩きつけられる轟音が、大きくない小屋を揺るがす。

 バンとフィーネはその音に跳ね起きる。それより一歩早く飛び起きたフェイトが扉に走り込み、すんでのところでフィーネがその腕を掴んだ。

 

「フィーネ!? 離して――」

「待って。今は行かない方がいいわ」

 

 フィーネは口元に手をやり、静かにするよう促して隣室をこっそりと覗く。バンとフェイトもそれに倣った。隣室では、荒く息を吐き激昂するラインと、よろよろと起き上がるロカイがいた。

 

「今日会ったばかりのあんたに、あたいのなにが分かるってんだ!」

「さっきの話でよく分かったさ。あなたは、おれと同じなんだ。耐え難い現実から逃げたんだ!」

「逃げた!? このあたいがかい!」

「そうだ! おれはその場にいない。あなたと会ったのも、今日が初めてだ。出過ぎたことを言うのは謝ろう。だが! 察することは出来た! 君は、仲間を失った現実に耐え切れず、その責任をサファイアさんに押し付けた! その上こんな遠くまで逃げて来たんだ!」

「あんた……言わせておけば……!」

「そうだろう! チームの年長者だと言いながら、その責任をリーダーに押し付けて、こんな辺境の大陸に引き籠ってる。年長者として果たす責務はどうしたというんだ!」

「ふっ……ざけんな!」

 

 再びラインの拳が飛んだ。女性とは思えないほどの腕力が籠った拳は、ロカイの腹に突き刺さり、ロカイは耐え切れず隣室の扉に倒れ込む。

 

「ロカイさん!」

「ラインさん! 落ち着いて」

 

 フィーネとフェイトがロカイに駆け寄り、バンは反射的にラインを止めに入る。だが、ラインは荒く呼吸しながら、それ以上の拳を振おうとはしなかった。

 

「……分かってるさ」

 

 ラインは、写真に視線を向けながらポツリとつぶやく。

 

「分かってるさ。あいつに文句言ったって意味はない。だけど、抑えられなかったんだ。一緒のチームなのに、仲間なのに、あたいはリーナを守れなかった。一番守れる立場にあるはずのサファイアは、それをしなかった。あいつを叱責しないと、あたいはあたいを許せなかった」

 

 写真の中で不機嫌そうに、だが幸せそうに微笑むサファイアを見て、ラインの目じりに涙が浮かび上がる。

 

「結局、あれからぎくしゃくして、夢幻竜騎士隊(チームドリームドラゴン)は解散した。でも、あの子を思い出して、我慢できないんだよ……あいつらと一緒にいるのは――あいつらのいるエウロペに留まるのは。だったら、一人でいようと思った。それで、こんな辺境に引っ込んだのさ」

「だがそれは、仲間を見捨て、役を放棄したも同然だろう」

 

 ロカイは淡々と、冷たく言い放つ。思わずバンが咎めようとするが、その肩をラインが攫んだ。そして、優しく穏やかな口調で告げた。

 

「騒いで悪かったね。雪吹は朝にでも止むだろうから、もう休みな」

 

 

 

 

 

 

 不服ながらもバンとフィーネ、フェイトは隣室に下がった。しばらく沈黙が続き、激しい風の音だけが小屋の中に木霊する。

 その沈黙を破ったのは、ロカイだ。

 

「おれは、元帝国の兵士だった。共和国の捕虜になって、そこから逃げ帰ったら母さんが死んでて、居場所もなくて、無気力のまま兵として仕事をこなしたんだ。結局、あいつらを逃がして帝国からも追われる身になったがな」

 

 ローレンジと会った時も話した自身の身の上。それを、ロカイはぽつぽつと話す。

 

「逃げたんだ、おれは。争いの末に守りたかったものを自分の知らないところで失うなら、いっそそんなものいらない。そのまま朽ちてしまおうと、そう思った。だけどローレンジ――フェイトの兄貴に会ってな。怖がるな、逃げるな。嫌なことに背を向けるな。そう、怒鳴られた」

 

 当時を思い返し、ロカイは少し気恥ずかしくなってそっぽを向く。

 

「……あんたらをここに連れて来たの、思えばあんたの顔を見たからだね。どことなく、似てる気がしたんだ。なるほどね、そういう訳か。難しいね、逃げないってさ。分かってても、強がってても、尻込みしちまう」

「ああ……実はな、おれ自身、今もどうしたいのか分からないんだ。オルディさんに焚き付けられて鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)をほっぽって出てきたが、結局それでどうしたいのか……」

「へぇ、なんだい。あたいより楽な悩みじゃないか」

 

 思わずぶっちゃけたロカイの悩み、それにラインはあっさり答えた。

 

「あの子たちを守るんじゃないのかい? 今のメンバーの最年長はあんただろ。一度始めたんなら、最後まで守ってやりな」

「だが、この旅のきっかけはバンが――――あ」

「ホント、よく似てるねぇ。目の前に反面教師がいるじゃないか。間違うんじゃないよ。あたいも、もう一度やり直せるよう、頑張るからさ」

 

 涙をぬぐい、ラインは手元の写真を撫でた。彼女の最も幸せだったころの、仲間との団欒の日々を思い。

 

「冬が間近だってのにここに戻ってきたのもさ、この写真を置いてきちまったことに気づいたからなんだ。大切な、いつも手元に置いてたはずなのに、どうしてか今回に限って忘れちまった。……あんたたちと巡り会わせてくれたのかな、リーナが」

 

 写真を撫で、視線を落として黙っていたラインは顔を上げる。

 

「サファイア、どうしてる?」

「おれはそこまで親しいわけでもないけど、楽しくやってると思うよ。暑苦しい男に言い寄られてるけど」

「あの子、あたいらのなかでもとびっきりの美人だからねぇ。ちょっと教えてよ。あんたが知る限りでいいからさ」

「語れる話題は、そう多くないよ」

「構わないさ」

 

 二人の間に、穏やかな空気が戻ってくる。外は相変わらず激しい雪吹だが、二人には部屋の中が少し暖かくなったように感じられた

 

 

 

「友達……か」

 

 その会話を、窓際で静かに聞いていたリエンがポツリとつぶやく。突然のその声にラインもロカイも心臓が飛び跳ねるほど驚いた。

 

「リ、リエン!?」

「あ、あんた何時からそこに!?」

「ずっと、あなたたちが喧嘩を始める前から」

 

 リエンの言葉から推測すれば、彼は食後からずっとこの部屋にいたことになる。完全に気配が殺されていた。

 

「ねぇ、友達って……なに?」

 

 面食らった二人に、リエンは不思議そうに尋ねるのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 翌日。ラインの案内でイグトラシル山脈を越えることに成功した。振り返れば雄大な山脈が立ちはだかり、あれを越えてきたなど信じられなかった。

 

「悪いねぇ、荷物持ってもらっちゃって」

「いや、俺達だって道案内してもらったし、山では助け合い、なんだろ?」

「そうそう! バン、あんたいいこと言うじゃないか!」

 

 バンの肩を乱暴に叩き、そのまま視線がロカイに流れる。ラインはためらうことなくロカイに近づき、その顔の横に自分の顔を近づける。

 

「……ちゃんと、守ってやりなよ。最年長者」

「当然だ」

 

 耳元でささやくラインに、今度はロカイも驚くことはない。神妙な顔つきで、言い返す。その言葉に満足したのか、ラインの顔はさらにロカイに近づき――

 

「なっ……!?」

「ふふ、あたいからのお礼さ。ありがとね、ロカイ」

 

 一連のやり取りを見ていたフィーネがぽかんとした表情になり、フェイトは首をかしげる。バンはなにやら思いついたのかにやりと嫌な笑みを浮かべる。

 

「それじゃ、また――っとぉ、忘れるとこだったよ……リエン」

 

 リエンの名を呼び、手招きする。リエンは無表情のまま、すっと近づく。

 

「こないだの質問の答え、知りたいかい?」

「知りたい」

 

 間髪入れずに真顔で詰め寄るリエンに、ラインは含み笑いを浮かべた。そして、リエンに対しても耳元でささやく。

 

「フェイトちゃんみたいな子のことだよ」

「え?」

「ふふふ、最高の友達になれるよう、頑張りな。なんせ、()()()同士だもんねぇ」

「あ、えと……」

 

 言い終わると、ラインはさっと身を離しさっそうとマーダに乗り込んだ。

 

「それじゃ! ここまでありがとね! 縁があったらまた!」

 

 会った時と同じ、軽快な身のこなしでマーダは去って行く。高速ゾイド顔負けのスピードと運動神経を活かし、あっという間に山中へと消えて行った。

 

「……さて、おれ達も行こう。セスリムニルまで、もう一息だ」

「なぁなぁロカイ! あの後何が――」

「バンうるさい。リエン! 早く乗り込め! 出発するぞ」

「リエン、早く早くー」

「なぁロカイ、誤魔化すなよ。ちょっと、少しくらい聞いても……」

「あ、私も気になるかな」

「フィーネまで――しつこいぞ!」

 

 山の麓で喧しく言い合いながら、彼らは旅の続きを再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山中の道なき道を突き進み、マーダは走った。

 マーダは飛行ゾイドに搭載されているマグネッサーシステムを併用することで最高速度500kmを叩き出す、地上最速のゾイドだ。森の木々の隙間を縫って進むとなると速度は落ちるが、ラインも戦時下を生き抜いたゾイド乗り。弾丸飛び交う戦場を潜り抜けて先制攻撃を得意としてきた。このくらい、出来なければやってられない。

 

「まさか、こんなことになるとはねぇ。ありがとさん、リーナ」

 

 エウロペの大地に還った昔の友。今回の出会いは、彼女の意志のような気がしてならない。いつまでも喧嘩別れしてないで昔の様に、チームに帰れと。

 

「サファイアもここに来てるみたいだし、冬籠り前にあいつを探すかねぇ」

 

 だとしたら、この場にいないカリュエ・シルバとも久しぶりに会ってみたいものだ。もう何年も会っていない懐かしき友。彼らとの再会に想いを馳せ、ラインの口元も思わず緩み、笑みが浮かぶ。

 

 

 

 だが、それはすぐに引き締められた。

 

「――これは……」

 

 山の上が雪に閉ざされている間過ごす、ラインの冬の生活の場。そこに、多数の狗が集っていた。黒い狗の群れに加え、リーダー格の青い狗。

 狗たちの銃口が一斉にむけられ、ラインはマーダを停止させる。狗の群れの一体、青い狗のコックピットが開き、銀髪の男――キリー・ブラックが悠然と歩み寄ってきた。ラインはマーダのコックピットを開き、腰の拳銃に手を当てながら鋭い視線を投げる。

 

「おやおや、PKの狗が、あたいに何の様だい」

「ライン・ホーク。お前に訊きたいことがある」

「へぇ」

「つい最近、君と一緒に行動していた一団がいたはずだ。彼らはどこへ行った?」

「さぁ、なんのことかねぇ。ま、知ってても狗なんざに話すことなんて、一切ないさ」

 

 狗――ジークドーベルの群れがいきりたち、しかしブラックが片手を上げて制する。

 

「あたいからもいいかい? 何であの子たちを付け狙うのかねぇ。気になって仕方ないよ」

「気づかなかったのか?」

 

 ブラックはあざけ笑う様に口端を持ち上げた。

 

『所詮よそ者、知らなくて当たり前でしょう』

「それもそうか」

「うるさいよ、早く答えな。内容によっちゃぁ、言ってやってもいいさ」

 

 挑みかかるような眼差し。それを受け、ブラックは「クッ」と僅かに笑った。「別に言っても構わんか」と独り言つ。

 

「お前も見ただろう。あの赤髪の子ども。奴は…………」

「…………!? へぇ、そういうこと。これは、ちょっとヤバいかもねぇ」

 

 ラインの頬を汗が伝った。腰の拳銃に当てていた手を離し、代わりに操縦桿を掴んだ。

 ジークドーベル達が反応するよりも早く、マーダが背負ったミサイルポッドからミサイルを吐き出した。やみくもに飛び立つミサイルは、すべて異なる軌道を描きつつ、しかし的確にジークドーベルの銃口目がけて突き刺さる。

 

「ちっ」

 

 ブラックが風圧に押され、立ち昇る煙幕がその場をほんの僅かな時間、硝煙で黒く包み隠した。ミサイル弾と共に放出した煙幕弾だ。ラインはその隙を突いてマーダを起動、ジークドーベルの間を縫って逃走する。

 

「くそっ、逃がすな! このままいかせると厄介だぞ!」

 

 ブラックの怒号に応え、数体のジークドーベルが煙から抜け出して後を追う。

 

 

 

「まったく、随分とした厄介事じゃないかリーナ! こりゃ、しばらくぶりに死線潜るねぇ! ……リエン、諦めんじゃないよ!」

 

 天然混じった友の気遣いは、とんでもない危機まで呼び寄せた。そう愚痴りながら、ラインは決死の覚悟でジークドーベルを引き付け、逃亡を始めた。

 


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