ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第5話:無邪気な救出者

 目が覚めると、真っ暗だった。

 いったい何があったのか……? ローレンジは身を起こそうとし、身体の自由がきかないことに気づく。

 首を回して自分の身体を見ると。手と足がロープで厳重に縛られている。その上、手首には手錠までつけられている。要するに、捕まっているのだ。

 

 ――どうしてこうなった……?

 

 直前までの記憶を揺さぶり起こす。

 村長の家で昼餉を頂いている最中、訪ねてきた共和国軍の兵に危険を感じて逃げたのだ。ヘルキャットに乗って逃亡し、だが逃げきれないと判断してコマンドウルフ二機を相手取り、撃破することに成功。その直後、現れたシールドライガーの奇襲にあっけなく倒されたのである。

 そこまで思い出し、ローレンジはやっと自分が共和国に捕らえられたことを自覚する。

 

「よう。目が覚めたみたいだな」

 

 声に反応して振り向くと、一人の男が立っていた。共和国の軍服に身を包み、前髪だけ金髪に染め、残りは黒という風変わりな男。左目を貫くように、顔の半分に太い青の刺青が入っている。

 

「オレは共和国軍独立高速戦闘隊所属のトミー・パリスだ。階級は中尉」

 

 トミー・パリス。そう名乗った男は無造作に近づき、ローレンジの髪を掴んで持ち上げる。

 

「オレとレイカを軽く蹴散らした奴がこんな小僧だったなんてなぁ……屈辱だ」

 

 苛立たしげに、パリスはローレンジを叩きつける。

 

「まったく……こんなガキが殺し屋なんて腐った職に手を出すなんて……世も末だな」

「そいつは――」

「あん?」

「その、レイカってのは……無事、なのか?」

 

 瞬間、パリスの顔に炎が燃え盛る。再びの暴行を覚悟したが、それは飛んでこなかった。

 

「テメェが倒した相手を気に掛けるなんて……随分と余裕じゃねぇか」

「別に気に掛けてるつもりはないよ。ただ、ポリシーが、な」

「……ポリシー、だと?」

「仕事以外で人を殺しはしない。師匠から教わったんだ。ただ殺すだけじゃつまらない、殺人鬼と同じだ。一つのポリシーとケジメを持つ事で殺し屋のプライドを持つんだって――」

 

 そのローレンジの顔面に、鋭い蹴りが叩きこまれた。むろん、パリスによるものである。

 パリスは己に灯った炎を燻らせるように沈黙し、やがて静かにポツリとつぶやく。

 

「生きてるよ。お前がコックピットを破壊した時はどうなるかと思ったが……奇跡的にな」

「そっか……そりゃよか――」

 

 ゴッ!

 再度パリスの蹴りがローレンジの腹部に鋭い痛みを走らせた。思わず咳き込む。

 

「良かっただぁ!? テメェに心配される筋合いはねぇんだよ!! この腐った人殺しが!」

 

 パリスはそう吐き捨てると、これ以上ここには居たくないと言わんばかりに乱暴に扉を開け、「バタンッ」と轟音を立てて閉めた。

 

 ――心配される必要はない、か。当然だな。

 

 心の中で自嘲し、もう一度咳き込んでから体を起こす。

 

 当てるつもりは無かった。

 ローレンジは殺し屋をやっているが、必要以上に誰かを殺しはしない。むろん、それはローレンジ自身が語ったポリシーに乗っ取ったものだ。仕事となれば容赦するつもりはない。

 

 人殺しの醜さ、その罪の重さは自覚している……つもりだ。

 だが、全てを失ったローレンジにとって、残っていたのはゾイド乗りの腕前と射撃スキル。そして、師匠から学んだ、殺人の術だけだ。だから、それから離れるつもりはなかった。ちっとも。

 ただ、そんな自分を腐ってると思うのも、事実だった。

 

 

 

 壁際に這いより、外に向かって聞き耳を立てる。怒鳴り声に何かを蹴り飛ばす音。おそらく、さっきのパリスが起こしているのだろう。

 

 ――足癖悪いな。あいつ。

 

 すると、もう一人の声が加わり何か話している。声からして、おそらく彼の上司――ハルフォード中佐だ。

 

「……では、あいつの連行は先送りですか!?」

「ああ、しばらくは村長の家に厄介になる」

「何故です! あんな極悪人、こんな警備の薄い辺境の村にいつまでも置いておけない! すぐにでも出発して――」

「――伝え聞いたのだが、最近この辺りでセイバータイガーが出没しているらしい。相対したゾイドのコアを抜き去って行くらしく、かなりの手練れと聞いた。周辺をナワバリにする盗賊どもが数を減らしているそうだ」

「セイバータイガーが……?」

「主に夜に出没するそうだ。私のシールドライガーで太刀打ちできないことはないだろうが、出来る限り危険は減らしたい。どさくさに紛れて逃げられても仕方あるまい」

「オレとレイカだっています。レイカのコマンドだってキャノピーを撃ち抜かれたわけじゃない。明日には自己修復も完了しますし、いつでも――」

「確かに、村の修理士の御蔭でコマンドウルフのほうは問題ない。だが無理は禁物だ。急がば回れと言うだろう? 目的を果たすには、回り道も必要だ。それに――」

「まだ任務も果たせてない、と?」

「そうだ。我々の任務は共和国のスリーパーゾイドを奪った者の発見。捕捉だ。……今日はもう休め。明日も捜索があるんだからな」

「……失礼します」

 

 ――行った、か。

 

 壁から耳を離し、ローレンジは床から天井を見上げる。外は夜で、天井に吊るされたカンテラだけが唯一の光源だ。

 もう一度手を動かそうとする。足もだ。だが、やはりロープはほどけそうになかった。

 

 ――さって……どうしよ。このまま共和国に連れてかれて……アウトか?

 

 師匠も名の知れた殺し屋で、ローレンジもかなり高名な殺し屋になり上がった。刑務所に連れていかれたら、待っているのは死刑か終身刑か。どちらにせよ、ロクなことではなかった。

 どうにか逃げ出そうと模索する。だが、結局良い案は浮かばず、悶々としながら時間を潰すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 深夜。惑星Ziの二つの月が夜の村を照らし出す。

 しかし、倉庫の中はカンテラの明かりに満たされ月明かりが届くことはない。

 

 そんな中、ローレンジはウトウトと舟をこいでいた。砂漠の夜は冷える。何の防寒もない倉庫の中は、凍えるような寒さだった。いつしか神経も麻痺し、そのまま永遠の眠りに就きそうな気さえする。

 

 

 

 倉庫の扉が静かに開け放たれ、こっそりと小柄な影が侵入する。おっかなびっくり、外の様子を慎重に窺いながら、抜き足差し足でローレンジに接近。ローレンジが白い顔で眠りかけているのに気付いて、それは慌てて持ってきた毛布を掛けた。その柔らかい感覚に刺激され、ローレンジはゆっくり瞼を開く。

 

「…………んあ? お、お前……!?」

「シー! 外に聞こえちゃうよ」

 

 声を出しかけたローレンジに対し、慌てて人差し指を口に当てて注意する少女。

 

「……フェイト。なんでお前がここに居るんだよ」

「静かにして。バレちゃうでしょ」

 

 毛布を被せ、ポケットから小さな鋏を取り出した少女はローレンジの脚を縛りつけているロープを切り始める。

 

「バカ! んなことやったらお前まで犯罪者だろうが! さっさと帰って寝てろ!」

「なんで?」

「俺は犯罪者で捕まった。それを助けようとするって……お前も同類にされるんだぞ」

「そんなことないよ。ローレンジさんは犯罪者じゃないもん」

「……は?」

「おじいが教えてくれたよ。ローレンジさんは悪いことをしようとしている人を退治してくれるんでしょ。だったら、ローレンジさんはいい人だよ。だから私が助けてあげるの!」

 

 呆気にとられた。無邪気な笑顔でそう言うフェイトに、何も返せない。その間に足のロープが切られ、次いで手のロープも切り離された。

 

「あとは……」

「おい、もういいから。この隙にさっきの奴が戻ってきたらいろいろ面倒だ。それに手錠の鍵もないのに――」

「持ってるよ」

「そう、あるわけないから――ってナニィ!?」

「さっきパリスさんって人から、黙ってこっそり借りてきたの」

 

 それはコソ泥って言うんじゃ……。

 そうローレンジは口にしかけるが、その前に手錠が外される。

 

「さ、早く行って。さっき、兵隊さんがたくさん来たから危ないよ」

 

 彼らの本来の目的で調査に出ていた者たちが村に来たのだ。ここまでくれば、躊躇している余裕は無かった。

 

「あとこれ、ローレンジさんの荷物ね」

「お前……」

「おじいがヘルキャットの整備も済ませたって言ってたから、早く行って」

 

 もう、言葉にならない。それなりに名の知れた殺し屋である自分を助ける彼らの真意は何なのか。だが、ここまで後押しされたのならそれに乗っかるしかない。

 静かに扉を開ける。倉庫は、村の出口近くに設置されていた。抜け出すのは容易だ。

 

 ヘルキャットの傍まで走る。そこには村長がいた。

 

「村長!? アンタまでなにやって……」

「なぁに、いきなりやって来た共和国の連中よりも子どもたちと笑顔で接することのできるお前さんの方が信用できそうじゃからな」

 

 それ以上話す余裕はない。いつ共和国軍の誰かに見られるか分からないからだ。素早く乗り込み、静かに起動させる。

 走り出す直前、ローレンジはコックピットから二人を見た。危険を冒してまでローレンジに手を貸した二人を。

 

 ――ありがとう。

 

 心の中で礼を言い、光学迷彩を起動させると速やかにその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 通信を開く。相手は、ローレンジの仲間の一人――村に入る前にも話していた男だ。

 

『どうした? 情報は見つかったか?』

「いや、共和国が来てな」

『共和国軍か!? まさかそんな辺境に……無事だったか』

「まぁ……なんとかなったよ。共和国の連中もこの辺りで探し者らしい。たぶん、俺と同じだ」

『そうか』

「最近、とある遺跡の近くでコアを奪うセイバータイガーが目撃されてるそうだ。ひとまず、そこに行ってみる。たぶん当たりだ」

『気をつけろよ』

「当然」

 

 通信を切り、モニターに目を向ける。追ってはなし。この分なら、明日の夜には目的の遺跡にたどり着く。

 

「さて……本業と行きますか」

 

 ローレンジは大きく息を吸い、吐き出す。そうして現れた顔は、先ほどのローレンジではない。とても年相応には見えない冷めた瞳。人殺しの目を、金色の瞳に宿す。

 ローレンジはヘルキャットを走らせた。目指す先は、標的(ターゲット)のいる、名もなき遺跡。

 


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