ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第49話:ライガーキラー

 暗黒大陸ニクスの山岳地帯。

 そこで一つの戦闘があった。

 過酷な山岳地帯を駆け抜けるは共和国が誇る高速戦闘ゾイドのエース格、シールドライガーmk-2、赤いカラーはパイロットの意向によるもので、青と白が主の高速戦闘隊においてよく目立つ機体は部隊の長でもあった。

 さらに、僚機にはシールドライガーの中でも突出した機動性と格闘戦・砲撃戦どちらにも対応できるよう設計されたシールドライガー最高の改造機――シールドライガーDCS-J(ダブルキャノンスペシャルジェット)が居た。

 加えて部隊の中核を成すのはコマンドウルフ。こちらもロングレンジキャノンと脚部ブースターで強化された改造コマンド――コマンドウルフAUだ。

 

 そしてそれを追いかけるのは暗黒大陸に生息する犬型ゾイドを改造したニクスの高速ゾイド――ジークドーベル。獅子と白狼の群れを追い立てる猟犬たちだ。過酷なニクス大陸の気候と大地に適応し育ってきたジークドーベルにとって、自身と同クラスのコマンドウルフは当然の事、大型のシールドライガーでさえ獲物と成し得ることを可能としていた。

 

 一体、また一体とコマンドウルフが爆発四散する。追撃するジークドーベルに追い立てられ、待ち伏せていた別のジークドーベルのフォトン粒子砲の直撃を喰らったのだ。軽装甲のコマンドウルフが受けられるはずがない。

 

『くっ、迎え撃つしかない! いくぞ!』

『無茶です、クラッツ少佐!』

『無茶だろうがやるしかない。一人でも逃げ延び、なんとしてでもこのことを本部に伝えるのだ!』

『……了解! くそっ、きやがれ狗ども! オレが、このトミー・パリスが相手になってやる!』

 

 赤いライガーに乗る隊長の指示の元、高速ゾイドたちがそれぞれの標的目がけ駆け出す。たちまち、山中での激戦が幕を開けた。

 ジークドーベルが集団で的確に敵機を潰し、対するシールドライガーとコマンドウルフも、長年コンビを組んできたゾイド同士の連携プレーを見せつけて立ち向かう。

 

 そんな戦場を一筋のイナズマが駆け抜けた。戦場を横断する濃緑の()()()()。狗たちの連携など知ったことかと言わんばかりに戦場をかき乱すは、シールドライガーのライバル機と称されたトラ型ゾイド――セイバータイガーだ。

 

「ヒャハ、ヒャーハッハッハッ! さいっこうだなァ、この戦場はァ! ライガーどもがうじゃウジャと……ヒャッハッハァ!」

 

 赤い――否、濃緑の装甲に彩られたセイバータイガーは、見せつけるように足蹴にした一体のシールドライガーのコックピットを踏み砕く。愉悦の感情を咆哮に乗せ、ニクスの山々に木霊させた。

 そのコックピット内で、一人の男が哂う。薄青の髪の下に歓喜を覗かせ、男は恍惚と破壊されたシールドライガーに見惚れた。

 

「すげェゼ。獅子が倒れ、無様に散りゆくさまは本当に最高だァ! これぞ、神秘の光景ってなァ!」

 

 男の名はレッツアー・アポロス。

 嘗てはガイロス帝国に所属する西方大陸エウロペの傭兵だったが、今はPKに従軍し、ニクス大陸にて戦闘に明け暮れている。そして、愛機セイバータイガーFTでライガー系を屠ることを何よりの喜びと謳う男だ。

 

「ヒャハハ……さァて、次の獲物は……!?」

 

 獲物を探す虎の瞳が戦場を俯瞰し、あるゾイドに目を奪われた。

 ジークドーベルの群れに囲まれながらも、まるで敗北の色を見せない漆黒のライガー。一斉に飛び掛かるジークドーベルの群れの一角に背中からミサイルを撃ち込み、崩れた包囲にシールドを張って突貫、一瞬にして包囲を抜け出し、背部のビームキャノンで各個撃破していく。操縦は荒さが目立つ。まだ若いゾイド乗りだ。だが、鋭い一撃と、ライガー系の中でも特別操縦が難しいと言われるDCS-Jを己の手足の様に自在に操る技術。そして、獅子の額に刻まれた獅子と盾をかたどった紋章、色は青。

 

「嘘だろ、マジかよ……ありゃ、ありゃァ……間違いねェ!」

 

 その紋章は、へリック共和国高速戦闘隊の選ばれし七人の騎士に与えられし紋章。高速戦闘ゾイドのスペシャリストである彼は、ある呼び名を持っていた。

 

 『レオマスター』と

 

「決めたぜぇぇぇェエエエエエッ!!」

 

 瞬間、レッツアーの心にマグマが生まれた。ゴポゴポと音を立てるそれは、彼の心の熱を一気に灼熱の温度へと押し上げる。

 ガイロス帝国所属時代、“ライガーキラー”と恐れられ、幾多のライガーを屠ってきた。その数98体。だが、レッツアーは満足していなかった。理由は簡単だ。至高のライガー乗り、最強のライガー乗りであるレオマスターと(まみ)えたのはただの一度きりだった。たった一度の邂逅を、その興奮を、忘れるなどあり得ない。

 目の前に現れた極上のエサに、レッツアーとセイバータイガーFTが跳びつく。

 

「消してやる、潰してやる。そして、さいっっっこうの破滅の様を見せつけなァ! レオマスタァァァアアアアッ!!!!」

 

 小柄なジークドーベルを相手にしてきた黒玉(ジェット)が警戒心を逆立てて振り返る。

 

 

 

 (フォレスト)を駆ける新緑の虎と黒玉(ジェット)と化した獅子がぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 トリム高地。

 嘗て大規模な火山活動が起こり、その時の溶岩が大挙して押し寄せたという。現在は当然冷え固まっており、冷え固まった溶岩がこの場の台地地形を形成したと言われている。固まった溶岩の中には嘗て生息していたゾイドが溶け、その装甲が溶岩と一体化し生まれたとも云われる希少な鉱石が眠っている。

 また、ゾイドの装甲云々の話がただの噂だとしても、嘗ての火山活動で噴出した気象鉱石が眠っていることは事実である。

 金属資源豊富なトリム高地は、暗黒大陸に暮らす人々にとって希少な鉱物資源たりえるのだ。

 

「……だって。難しくてわたしにはよく分かんないけど……ロカイさん?」

「いや、最近ガイロス帝国で暗黒大陸産の鉱石が話題になってたから……気になってな」

 

 リエンから訊いた話を直接みんなに話しながら、フェイトは首をかしげた。

 グスタフを操縦しながらロカイは周囲の大地に目を向けていた。バンはもっと露骨に、キャノピーに張り付いて地面に目を落している。

 

「へぇ~ここ全部が昔は溶岩だったのか? なんかすげぇな」

「昔は、もっと豊かな土地だったのかしら。たくさんのゾイドたちが埋まってると思うと……可哀そう。……あ、ひょっとして……」

「おいフィーネ! やめてくれよそんな話!」

「えー、わたしは気になるなぁ。ね、もっと教えてよ、フィーネ」

「そうね。これは私の憶測だけど……」

「だからやめてくれって!」

「……お前たち、もう少し緊張感を持ってくれ」

 

 調子に乗り始めるフィーネとフェイトをロカイがたしなめる。つい数日前にドラグーンネストを抜け出したのは、このような腑抜けた話をするわけではない。

 

「あの……セスリムニルまで、どのくらい?」

 

 話題が静まったのを見て、リエンが口を挟んだ。五人で旅を始めて数日、少しずつリエンから口を出すことも増えたが、それでも積極的に話してくれるとまではいかない。

 

「うーん。トリム高地を過ぎたらイグトラシル山脈の山越え、そこからヴァーヌ平野を横断するから……あと二、三週間といったところか」

「……いそいでください。できるだけ、早く」

 

 ポツリと呟くように言うと、リエンはまた布団にくるまってしまった。無言の威圧というべきか、リエンの態度は静かで、しかし言い返し辛い空気を感じさせ、会話が止んでしまう。

 

「…………」

 

 グスタフの中に、沈黙が充満する。

 

 

 

「……ッ!? 止めて下さい」

 

 フィーネが突然そう言い、ロカイは素早くグスタフを急停止させた。キャノピーを開き、フィーネは立ち上がって辺りに視線を走らせる。

 

「フィーネ? どうしたんだ?」

 

 バンの声にも答えず、フィーネは森の中に目を凝らした。グスタフが止まったことで何かを感じたのか、ジークも荷台からコックピットの傍まで駆け寄ってきた。

 フィーネに倣い、フェイトも森の中に視線をやった。が、何も見えない。

 

「……何か、あったのか? グスタフのレーダーは何も捉えてないが……」

 

 ロカイも辺りを警戒し、レーダー出力を上げる。だが、何も反応はなかった。

 

「……ごめんなさい。気のせいだったみたい」

 

 結局、フィーネが謝り、その場は何事なく進むこととなった。

 

 

 

 ただ、静かに台地を進むなか、フィーネは思考する。

 ついさっき感じた、嘗めるような視線。自身を、いや、ジークを通じて感じた、ブレードライガーに対して舌なめずりするような、狂気の視線に……。

 

 

 

 そして、フィーネの感じたソレは月夜と共に現実のものとなる。

 

 

 

 

 

 

 その日は満月だった。惑星Ziの夜空に浮かぶ二つの月がトリム台地を怪しく照らす。

 

「おそらく、明日の夜には山脈に取りつけるだろう。そこからは山越えだ」

 

 今日の道筋、そしてこれからについて伝え、ロカイは保存食の乾パンを齧る。あまり動いていないからこの程度でいい。というのはロカイの弁だ。ただ、それが育ちざかりの四人に遠慮しているのは明確と言えよう。

 そもそも、この旅は予定されていたものではなく突発的に決まったことだ。フェイトがリエンから話を訊き、リエンの“お願い”を尊重し、バンがそれに乗ったことから始まった。ロクな準備をしていなかったと言っていい。無論、それは勢いで乗っかったロカイ自身にも言えることなので文句は言えなかった。

 

「ここまでは順調だが、きついのはこれからだ。いつプロイツェンナイツの刺客が襲ってくるかもわからん。よく警戒しておけ」

 

 ロカイの忠告にバンは黙って頷く。

 

「なぁに。どんな奴が来たって、俺とジークとライガーで楽勝だぜ! なぁ、ジーク」

「グゥオオ」

 

 任せとけ! という様にジークは喉を持ち上げ、夜空に吠えた――が、

 

 

 

 ガァアアアアアアアアッッッ!!!!

 

 それを上回る機獣の咆哮に、ジークは飛び跳ね恐怖で丸くなる。

 

「今のは!?」

「さっきの声、良く聞いたことあるよ。セイバータイガーだ!」

 

 声の質からフェイトが素早くその正体を察知する。それを肯定するように、岩陰を縫ってセイバータイガーが躍り出る。夜闇をバックに、荒涼とした台地には似合わない濃緑色の装甲。セイバータイガーFT(フォレストタイプ)

 

『よゥ。まさかこの大陸で出会えるとはなァ。破滅の魔獣(デスザウラー)を倒した英雄』

 

 低く、喉を鳴らしながら歩み寄るセイバータイガーFT。それはバンとフェイトがこれまで見てきたセイバータイガーの中でも特段歪だった。あちこちの装甲は砕け、爪は剥がれそうなほどにボロボロだ。だが、そのセイバータイガーFTは片足を振り上げ、むしろそれを誇る様に見せつける。

 

「お前……誰だよ!」

「傷だらけのセイバータイガーFT……ライガーキラー、レッツァー・アポロスか!?」

 

 名乗るより早く、ロカイがその正体を看破する。

 

『おっとォ、オレ様も名が知れてるようだなァ。その通りよ』

「レッツァー? なんか言い辛い名前だな」

「ガイロス帝国で傭兵をしていた男だ。戦時中はライガー系ゾイドばかり狙って狩っていた。ついたあだ名が、ライガーキラーだ」

 

 肯定の意志を示すように、セイバータイガーFTは爪を大地に突き立てる。バンの目前に振り下ろされたそれに、バンは反応も出来ず立ち尽くす。

 

『獲物だ、やっと見つけたぜェ。しかも英雄の駆る刃の(ブレード)獅子(ライガー)と来た! いいねェ、さいっっっこうだァ! おい小僧! オレ様と勝負しな!』

「小僧じゃない! 俺にはバンって名前があるんだ!」

『どっちでもいい! オレ様の記念すべき100体目の獲物になるカ、無様にシッポ巻いて逃げるカ、選べ! まァ、逃がさねェけどなァ!!!! ヒャハハハハッ!!!!』

「こいつ……分かった、やってやるぜ!」

 

 拳を握りしめ、バンは宣言する。その意思を汲んだブレードライガーが自ら荷台から降り、コックピットを開いた。

 

「バン……」

「フィーネ、心配するな。あんな変なヤロウに負けるか!」

「気を付けてね。ちょっと、気になることがあって……」

「大丈夫だって、よし行くぞ、ジーク!」

 

 全力で戦うため、バンはジークに呼びかける――が

 

「グゥゥゥ」

「おいジーク! 何怖気づいてんだよ! あんなヤロウに脅えんなって!」

「グ、グァッグゥ~」

 

 幽鬼、ゾンビとも見えるボロボロのセイバータイガー。月夜に照らし出されたそれは、地の底からはい出た生ける屍にも例えられそうだ。それに、ジークはすっかりおびえてしまっていた。

 

「ああ~、もういい! 俺とライガーでやってやる!」

「グォオ! グァア!」

 

 それに慌てたのか、ジークは焦りながらもブレードライガーと合体する。ブレードライガーとジークの神経が一体化し、ライガーはセイバータイガーFTに負けじと咆哮した。

 フェイトがリエンを連れ、シュトルヒで空に飛び立つ。ロカイとフィーネを乗せたグスタフも巻き込まれない位置まで下がり、その場にはブレードライガーとセイバータイガーFTだけが残された。

 

 

 

「行くぞ、勝負だ!」

 

 まずは挨拶代わりにとブレードを前に向ける。基部のパルスレーザーガンが火を噴き、セイバータイガーFTの足元に着弾した。

 

「外した!?」

 

 初撃を外したブレードライガーにセイバータイガーFTが襲いかかる。首筋のビームガンを牽制気味に打ち込み、そのまままっすぐ突っ込んできた。

 鬼気迫るような突撃に、バンはブレードライガーを思いきり横に滑らせた。ブースターの勢いのままに、機体を僅かに浮かし地面を蹴って横に避ける。

 

 無論、セイバータイガーFTがそれを逃がしはしない。大地に太い筋を残しながら旋回、地面を蹴り砕きながらブレードライガーに迫る。さらに走りながらの衝撃砲でブレードライガーの足元を崩し、バランスを欠いて動きが鈍ったところに真っ向からストライククローを叩きつけた。

 会心の手ごたえにレッツアーはにやりと笑みを深めた。これまで何度もライガー系ゾイドを、そのパイロットを一撃の下屠ってきた電磁爪だ。まだ成長途上の少年を叩き伏せたことを確信し、愉悦を覚え――ない。

 

『……だよな』

 

 ブレードライガーの周りに淡い揺らぎが生まれる。揺らぎは、セイバータイガーFTのストライククローを受け止め、のみならずその傷だらけの爪を剥がしかけていた。

 Eシールドだ。

 高出力のエネルギーの壁がブレードライガーの鬣から発せられ、セイバータイガーFTとの間に壁を創り上げていた。

 

『それだァ!』

 

 脚をおろし、大地を蹴って跳び離れたセイバータイガーFT。そのコックピットで、レッツアーは満面の笑みを浮かべる。

 

「それ?」

『ライガーの真骨頂はシールド! 今まで戦ってきたほとんどのライガー乗りが、ライガーの(シールド)には絶対の自信を持っていた。そいつを木端微塵に崩すのが、なによりもイイ! ブレードライガーのシールドは、シールドライガーのそれよりも強力らしいからなァ、壊し甲斐があるってェモンだァ!』

 

 再びセイバータイガーFTが駆けた。シールドを展開するブレードライガーに真正面から飛び掛かり、その爪に黄色い閃光を纏わせて躍り掛かる。

 バンは、シールドの出力を全開にし待ち受ける。シールドで受け止め、前方に展開したブレードで一撃の下、切り払うのだ。

 だが、

 

『バン、逃げて!』

「――ッ!?」

 

 フィーネの声が通信越しに響いた。バンは反射的に機体を横に逸らす。それが、バンの命を救った。

 

 

 

『まさか……』

『嘘……』

 

 離れた位置から見守るロカイが驚愕する。グスタフの荷台に下りたシュトルヒのフェイトもだ。

 

 Eシールドが、切り裂かれていた。嘗てブレードを併用し、デスザウラーの腹を貫く刃となったEシールドが、ぱっくりと引き裂かれている。次いで、Eシールドは月夜の荒野に消失する。

 

「そんな……ジーク!」

 

 衝撃が冷めやらぬまま、バンはジークに呼びかける。ジークは返事の代わりにシールド発生器の状態をモニターに表示する。破損とまではいかないが、発生器がショートを起こししばらくは機能しない。ブレードライガーの頬も、激しいスパークを走らせていた。

 

『Eシールドってのはナァ、ゾイドが持ってるエネルギーを機体の前面に展開し、物理的、光学的な壁を生み出すんダ。だからゾイドのEシールドはどんな攻撃も受け止められる。万能な盾だ。だが、この世に万能なんてものはねェ。Eシールドは同じEシールドのエネルギーをぶつけることで、反射作用によってお互いショートしちまう』

 

 セイバータイガーFTは己の右足を持ち上げる。細かいスパークが走っている爪は、元がボロボロでありながら、さらに傷つき痛々しい。

 

『こいつにはEシールドと同じ作用を発する反射装置が仕込んである。こいつの爪は、Eシールドと争い、制する、これまで何十のライガーどもを屠ってきたんだ。テメェも、この爪の錆に変えてやるぜェ』

「へっ、得意げに言って、あとで吠え面欠くなよ!」

 

 強気に言い放つバンだが、内心は酷く動揺していた。これまでEシールドをエネルギー切れまで追い込まれたことは何度かあった。レイヴンとの戦いが特にそうだ。だが、たった一撃で、Eシールドそのものが破壊されたそれは、ライガー乗りであるバンに充分な衝撃を与えた。

 

 再び襲い来るセイバータイガーFT、それに応じて大地を駆けるブレードライガー。機体としての性能は明らかにブレードライガーが上だが、戦況はセイバータイガーFTに傾いていた。

 バンの動きが鈍い。Eシールドの破損を含めても、ずっと鈍かった。

 それは見ていてすぐに気づけた。ずっとバンの傍で、バンの戦いを見つめてきた彼女だから、フィーネだから。

 

「バン……」

 

 

 

 フィーネはずっと考えていた。この暗黒大陸行きを決めてからか、それより前からか。バンがバンでなくなっていると。デスザウラーを倒し、バンの名は西方大陸中に知れ渡った。良くも悪くも、望む望まぬに関わらず、バンは時の人となったのだ。

 その時からだろうか、バンが少しずつ変わっていったのは。それも、フィーネが思うよくない方向に。

 

 ――でも、バンなら……!

 

 

 

 

 

 

 戦闘は続いていた。バンを追い詰める形で。

 

『ヒャッハッハァ……ガッカリだぜバン・フライハイト。英雄サマがこのザマとはなァ。あのアーバインが認めたっつーことも含めて、期待してたのによォ……』

「な、なんでここでアーバインの名前が出てくるんだ!」

『知らねぇのカ? あいつはオレが目を付けた傭兵連中の中じゃけっこうなやり手だァ。ま、所詮腰抜けだがなァ』

 

 レッツアーは笑いながら語る。アーバインとはとある事件の際に知り合い、仕事を共にした中でもあった。だが、ある一件を境に袂を別ち、別々の道を進んできた。アーバインはそのまま賞金稼ぎとして、レッツアーはライガー系を専門に狩る帝国の傭兵として。

 

『お前があの腰抜けヤロウのお仲間ってのは訊いてるぜェ。奴からなにを吹き込まれたか知らねェが、あんなヤロウの教えなんざ当てにするこたァねェ』

「お前……!」

『なぁ、バンよ。どうだ、オレ様についてこねェか?』

 

 瞬間、バンの思考が一時停止した。バンだけでない。ロカイも、フェイトも、そしてフィーネも、レッツアーのいきなりの発言に脳が仕事を放棄する。

 

『ここまでやってみたが、お前、ライガー乗りとしてはオレが今まで倒してきた中でなかなか骨がある。こないだのレオマスターに負けず劣らず……もしお前が共和国の軍人だったら、レオマスターに数えられてもおかしくねェ』

「レオ、マスター……?」

『どうだ、オレ様はライガーを専門に屠ってきた。標的(ライガー)のことは熟知してると言ってもいい。どうも、今のテメェは葬るのが惜しいからなァ……オレ様が一から鍛え直してやる。アーバインなんかとは、比べるまでもねェゼ?』

 

 悪魔の誘い――いや、地獄の番犬ケルベロスが誘っていると言うべきか。レッツアーはなめまわすような、ねっとりとした声音で問いかける。

 

 ――バン、ダメよ!

 

 フィーネが心の中で呟き、それを今度は言葉に乗せて訴える――必要はなかった。

 

 

 

「断る」

 

 バンは、真っ向からその誘いを断ち切った。

 

『へェ……』

「お前、何言ってるかさっぱりだけどさ、一つ訂正するぜ! 俺は、アーバインなんかに教えてもらったことは一つもない!」

『そうかァ? アイツと一緒に旅してたんだ。横で見てて、盗み取った技の一つや二つ、あるんじゃねェのカよ?』

「それならあるかもな。だけど、それは仲間としてアーバインから奪ってやったんだ! あんな奴に頭下げて教えてもらうなんて、ぜってー嫌だ! もちろん、お前も嫌だ!」

 

 それまでの迷いではない。ここだけは、バンが本心から断言した。

 アーバインは仲間だ。師などという格差のある間柄じゃない。仲間で、戦友で、悪友なのだ。

 

「あいつは俺の仲間だ! 腰抜けなのは認めるけど、弱くはない。俺の大事な仲間なんだ!そして、お前はあいつを侮辱した。それだけは、ぜってー許さねぇ!」

 

 

 

 バンの口からこの戦いで初めてな本気の言葉が飛び出した。バンの魂が籠った、仲間を思う本気の言葉。そして、それはトリム台地に響き渡り宣言される。

 

「……バン、それが君の想いか」

 

 フェイトの後ろで、満足げにリエンが呟く。フェイトが「リエン?」と尋ねると、リエンは手振りでコックピットを開くように伝える。戸惑いながらも、フェイトはコックピットを開いた。

 

『ヒャーハッハッハ! いいゼ! その気合ダ! それがねェと、お前はつまらねェ! だが、それならもう何も言わねェ。オレ様が! お前のライガー諸共! 地獄に叩き込んでやらァ!』

 

 バンの身に、ブレードライガーに闘志が戻る。ジークとライガーも主の想いを受け、力強く咆哮した。

 レッツアーは強い。技術も、ライガーに特化した戦い方も、全てでバンを上回る強敵だ。だが、それでもバンは勝って見せると操縦桿を強く握りしめた。

 

『歯ァ喰いしばれバン・フライハイトォ!! オレ様を、倒せるって宣言するからにはなァ!』

「いいや、君にバンは倒せない!」

 

 その声は、予想だにしなかった者の声だった。シュトルヒのコクピットから拡声器を使い戦場に響き渡るは、これまで小さく言葉を口にするにすぎなかった赤髪の少年。

 

「レッツァー・アポロス。ただ標的にのみ目を向け、その他一切を思考から切捨てしタイガー乗り。お前では、バンには勝てないよ。例え愛機(ゾイド)とフルリンクしていようと、君は今のバンには勝てない。絶対に!」

 

 バンの知る黒髪の少年の面影を見せる彼は、幼き皇帝に負けない意志の強さで断言する。思わず見惚れてしまうほどに。そして、レッツァーも同じく見惚れていた。予想外の所であった、標的(ターゲット)に。

 

『あいつァ……間違いねェ。ヒャハハ、まさかこんなところに居やがるたァ……連中への手土産だ!』

 

 踵を返し、セイバータイガーFTはシュトルヒに向かって駆けだした。濃緑のイナズマを思わせるそのスピードは、迎撃に入ったグスタフの内臓砲を軽々躱し、シュトルヒが飛び立つよりも早く到達するだろう速さを得ていた。

 だが、迫るイナズマを前にしてもリエンは冷静だった。

 

「無駄だよ。君はバンに勝てないって、そう言っただろう」

『ヒャハ、無駄口叩くんじゃ――』

 

 その次の瞬間、閃光が走った。

 一瞬の瞬きで駆け抜けた黄色い光が濃緑のタイガーを駆け抜け、その足を叩き斬って地面に墜落させた。

 

「アーバインが言ってたぜ。『二つの仕事は同時にはやらない。それが俺のポリシーだ』ってな」

 

 

 

***

 

 

 

 ロカイは地面に倒れたセイバータイガーFTのコックピットから、傷だらけの薄青髪の男を引きずり出す。バンに立ち塞がったタイガー乗り、レッツァー・アポロスだ。

 

「ヒャハハ……噂通り、まだガキじゃねぇか」

「そのガキに負けたのは、どこのどいつだ」

 

 ロカイはグスタフの中にあったロープを取りだし、レッツァーの両手を拘束する。彼がPKの手先であり、リエンを狙ったことは明確だからだ。

 そのリエンはといえば、先ほどのことが恥ずかしかったのか、シュトルヒのコックピットの片隅で丸くなっている。興奮したフェイトに引っ付かれているが、引き離すのは至難だろう。

 

「さぁ答えろ。何故リエンを狙う。そしてへリック共和国機動部隊、ガイロス帝国特務部隊はどこだ」

「ヒャハハ……あのガキについては知らねェな。指示されただけだ。ガイロスの部隊もだ。オレ様の担当じゃねェ。ただ、へリックの部隊なら――」

「知っているのか?」

「オレとジークドーベルどもが喰っちまったぜ! 生き残りは連れて行かれたが、どこかは知らねェな!」

「その話、信じる証拠は?」

「オレはライガー狩りのために奴等についたまで。忠義なんざ、欠片も持ち合わせてねェ。それじゃァ、不満か?」

「……いや、お前の噂はガイロスで訊いてる。そういう奴だったな。もういい」

 

 レッツァーをコックピットの傍に置き去りとし、ロカイはグスタフに戻る。

 

「おい、いいのか? あいつほったらかしで」

「あいつを連れていくか? ただでさえ五人で限界な食料が、さらに減るぞ。おれたちの目的はリエンを目的地まで連れて行くこと。あれに構ってる余裕はない」

 

 「それ以上は言うな」と言外に発し、ロカイはグスタフの操縦席に座った。グスタフを始動し、この場を離れる。その直前だ。

 

「おい! 小僧! バン!」

 

 レッツアーが何度も叫ぶ。キャノピーを閉じる前だったため、バンはなんとなしに振り返ると、セイバータイガーFTが炎に包まれていた。いつの間に……いや、レッツアーの手元が赤く光っていた。ライターだ。さらにセイバーの機体から可燃性のオイルが流れ出ている。

 

「まさかあいつ……自爆する気か!?」

 

 バンが驚愕し、その声に振り向こうとしたフェイトとリエンの目を咄嗟にロカイが抑えた。

 レッツァーは、恍惚とした表情で、バンただ一人を見据える。

 

「ヒャッハッハァ! 良く聞け小僧! テメェにはマグマが足りねェ! このニクスの地にはなァ! 心にマグマを湛えたヤロウがそこらの岩石よりも多い! この大陸に住んでた奴も、他から来たテメェらもだ! オレも! Kも! ジーニアスも! ユニアも! オファーランドの若僧も! テメェら鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のヤロウどももだ! どいつもこいつも、噴火寸前の火山みてェにマグマを溜め込んでる! この場所は今や天変地異の前触れよ! だが、そんな場にあってテメェだけは熱が足りねェ。溶かし込んだモノがショボイんだよ! さっきのでもまだ足りねェ! そんなんじゃ、この先飲み込まれるぜェ! 覚悟決めときな! 小僧ォ!!!!」

 

 

 

「マズイ、このままでは爆発する……逃げるぞ!」

 

 グスタフを急発進させ、一路セスリムニル山脈を目指して走らせる。

 

 その背後からは何時までもレッツァーの笑い声が響いていた。

 

 

 

「ヒャハハハハ、ヒャーッハッハッハ、ヒャーッハッハッハッハッハ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狗が、濃緑の虎の残骸に群がる。

 バンたちを追跡するジークドーベルの一団が現れたのだ。そのうち一機は、メタリックブルーの装甲に彩られた青い狗だ。

 コックピットから降りた厚手のコートを着込んだ者たちが残骸を調べる。

 

「……信じられない。これほど傷だらけなのに、まだゾイドコアが生きている」

「本当か?」

「ええ。しかも、すでに再生し始めています。例の日までには、動ける程度に再生できるかと」

「ライガーキラーの執念、か。馬鹿にできないな」

「まったくです」

「――隊長!」

 

 乾いた笑いを浮かべつつ、セイバーの残骸を調べていた男の一人が立ち上がる。精悍な顔つきの、銀髪の男だ。

 

「ブラック隊長! 急いでください! まだ生きてます!」

 

 部下の言葉に隊長――キリー・ブラックはすぐさま駆けつけた。部下が示す先には、焼け焦げた皮膚の男が一人、倒れている。ボロ炭のような男は全身を震わせながら瞳だけを動かす。煮えたぎるマグマを宿したような熱を持って、眼球はギョロリと動作した。

 

「レッツァー……ここまでやられてまだ生きてるのか……」

 

 キリーの驚愕の言葉が届いたのか、レッツァーは焼け焦げた唇を開き口角を持ち上げて凶悪な笑みを見せた。

 

「……たり、めェだ……まだ、オ、レは……成し遂げ、てねェ……から、なァ」

 

 全身を切るような痛みが走っているだろうに、レッツアーは愉悦に笑った。これからの喜劇を、待ち望むかのように。

 

「きょ、うは……引き分け、だァ。だが、次は……ケリつけるぜェ……小僧――バン……!」

 




レッツァー・アポロス。
彼はね、もうね、公式絵見たらね、ぶっとんだキャラが即行で組み上がったんですよ。

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