小さな音が扉から聞こえ、彼は布団を目元まで持ち上げながら扉を見た。
よく見えない。当然だろう。視界の半分は自らが持ち上げた布団で隠されているのだ。自ら閉ざした視界の中で、彼は真紅の瞳を動かし、扉からひっそりと入ってきた少女を視界に捉えた。
笑顔が素敵な少女だ。それに、記憶の中の
太陽のような眩しすぎる笑顔を浮かべ、緑髪の少女が歩み寄ってくる。彼はさらに布団を持ち上げ、不安に駆られ、怯えた視線を向ける。
先ほどきたおじさんみたいに、優しく話してくれるのだろうか。だけど、自分は何も話さないから、愛想尽かして帰られてしまうのだろうか。それとも、僕が考えもつかないもっと怖い事があるのだろうか。
不安は尽きなかった。
彼女は、先ほどの男と同じ、他の大陸の人間だ。これまで、他の大陸の人々と会うことは滅多になかった。考え方も、文化もまるで違う。全くの未知との邂逅。怖いわけがない。恐れが強くて、何も言えない。何も、話さない方がいい。
「えっと、初めまして。私、フェイト」
だけど、彼女は向日葵のような眩しい笑顔でそう言った。笑顔で、自己紹介してくれた。
歩み寄ろうとしてくれているんだと、すぐに分かった。
――だめだ。
そこまで分かって、彼は反応を見せなかった。怖いのだ。
緑髪の彼女はきっと仲良くしてくれる。自分の事情を訊いて、親身になって、力になってくれる。だから怖いんだ。もう、失いたくないから。それに、彼女の笑顔が本当か偽りかも分からない。
だから、布団の中にすっぽり隠れた。一切の音沙汰も見せず、ずぅっと。
「…………」
外から音は聞こえなかった。彼女が出て行く音も、身動きする音すら聞こえなかった。
待ってくれているのかな。彼女の真意が分からない。
とりあえず様子を見ようと布団の端から真紅の瞳を覗かせ――
その瞬間、布団がはぎ取られた。咄嗟のことで驚き、目を真ん丸にして呆然と横たわる彼に、緑髪の少女は得意げに瞳を細めながらにっこり笑っていた。
「きれいな髪だね! 椿のお花みたい!」
“椿”というのが彼には分からないが、別の大陸の植物か何かだろうことは察せた。目を輝かせる彼女は、ずいっと彼の顔を覗き込み、もう一度得意げに笑って見せる。
「ね、私はフェイトっていうの、あなたの名前は?」
最初に見た時と同じ、全てを包み込んでくれそうな向日葵の、太陽の笑顔。それは、
「えっ、と……………………リ、リエン……」
***
「……あ、その……ちょっと待ってくれ。セスリムニルの町……って?」
バンが最初の疑問を投げかける。すると、全室に用意されていたのだろう、ロカイが部屋の机の引き出しから地図を取り出した。地図に描かれているのはバンたちには見覚えの無い地形、暗黒大陸ニクスだ。
「どこにあるのか、教えてくれるかい?」
ロカイは近くの椅子に座り、彼に目線を合わせると目を細め、出来る限り優しい声で尋ねた。
ロカイは彼と話す時、常にこうして目線の高さを合わせるようにしてきた。上から見下ろすのではなく、目線を合わせ、対等の立場に立つのが最もふさわしいと心得ているのだ。
「こ、ここ……」
おずおずと差し出された指が示す場所は大陸東。ゲフィオン山脈により寸断されたヴァーヌ平野の東端だ。近くにはゲフィオン山脈から流れる川があり、都市が発展する位置としては道理にかなっている。
「なるほど。おれたちは最大都市がここのヴァルハラと訊いているけど、ここではないのかい?」
「違う。そこは、嫌だ」
ヴァルハラがあるとされるセスリムニルの町の北側を指差すが、リエンは頭を振って否定した。その瞳には、先ほどまでより恐怖が増大しているとロカイは思う。
「嫌って……そのヴァルハラはなんかあるのか?」
「ヴァルハラは現在PKが占領しているらしい。君は、奴等から逃げてきたのか?」
リエンはコクリと頷く。
この話から、PKがリエンを捕まえようとしていることが分かった。だが、ロカイはそこに疑問を持つ。
PKの目的はロカイには分からない。ヴォルフならば思うところがあるかもしれないが、ヴォルフは今回あまり多くを語らない。ローレンジなら、或いは気づいているかもしれないが……。
ともかく、この地を占拠したPKはリエンを狙っている。だが、その理由が不明だ。ひょっとすると、フィーネやフェイトの様に古代ゾイド人とかかわりがあるのかもしれない。
その理由がどうあれ、今はリエンが答えてくれることに目を向けよう。ロカイの質問にも答えてくれるなら、この場で疑問になっていることを明かしていけばいい。
だが、まずは――
「……君は、追われている理由は分かるのかい?」
慎重に、言葉を選びながら尋ねる。
だが、リエンは逡巡したのち、ふるふると頭を横に振った。知らないか、或いは
「そうか。それなら……奴等、PKの目的は?」
「…………」
「えっと……うん。よくは分からないけど、エウロペに攻め込む準備をしているみたいだ、って。ニクス大陸のゾイドや人たちに協力を求めて、一緒にエウロペに攻め込むじゃないか、って」
ぼそぼそと喋るリエンに変わり、傍らのフェイトが答えた。
「彼らの目的はエウロペへの帰還。そして、戦火を撒き散らす……と見るか。どうにしろ、ほっとけないな」
メモ帳に書き取り、ロカイは立ち上がった。そして、部屋の戸に手をかける。
「ちょ、おいロカイ。さっきの話は訊いてたのかよ!?」
その態度にバンが慌てて立ち上がった。部屋の外に出ようとするロカイの左手を掴み、問いただす。
「さっきの話とは、リエンをセスリムニルに連れて行くことか?」
「それ以外に何があるんだ! 必死に頼み込んでくれてるってのに、お前、無視すんのかよ!」
「無視じゃない。ヴォルフ様に相談するんだ。暗黒大陸の事がまだよく分かっていない以上、おれ一人の判断で勝手は出来ない」
バンの言葉に、ロカイは淡々と返す。それが、さらにバンを激昂させる。
「お前……!」
「逆に聞くが、なんでお前は今会ったばかりのこの子の言葉に耳を貸せる?」
「な、なんでって……」
言いよどむバンから目線を外し、ロカイは布団にくるまるリエンに鋭い視線を向けた。
「……はっきり言って、君の言うことを全て鵜呑みにはできない。おれたちにしてみれば、君は得体のしれない存在なんだ。まだ互いに何者かも知れない状態。そんな状態で、君を信じろと? 悪いが、おれはそこまでお人よしじゃない」
リエンに対してロカイは冷酷とも取れる言葉を突きつける。ロカイの向ける瞳は先ほどまでと違う。警戒と、疑惑を含んでいた。それに、リエンは目を伏せてしまう。
話は終わりだ、とロカイはドアノブを捻る。だが、バンはまだ離していなかった。
「……俺だって、よくわかんねぇよ」
「バン……」
「でも、こいつの目を見れば少しくらい分かる! リエンは必死なんだ! お前の言う様に誰かもわかんねぇ俺たちに、そんな俺たち必死に頼み込んでるんだ! それを、俺はほっとけない!」
強く、炎を宿したバンの視線がロカイを貫く。僅かな間、ロカイはその瞳に見入り、だが、やがて頭を振って部屋を出て行った。
重苦しい扉が、大きな音を立てて閉じられた。
「あ……その、ロカイさんだってリエンが嫌いってわけじゃないんだよ。ヴォルフさんに許してもらえたら、きっと手伝ってくれるって」
「ヴォルフさんは優しいわ。きっとリエンの力になってくれる」
フェイトとフィーネがリエンに寄り添い、何とか励まそうと話す。だが、リエンはまるでこの世の終わりだと言わんばかりに肩を落とし、布団を被って小さくなってしまった。
バンは、閉じられた扉を見つめていた。
フィーネやフェイトの言う通り、ロカイも手を貸してくれるだろう。ヴォルフの許可があれば。だが、それはリエンの希望に沿ったものではない。
リエンは人目をはばかり、フェイトを介してバン、フィーネ、ロカイの三人に直接頼み込んで来たのだ。彼ら三人が誰にも知られることなくリエンの力にならなければ、意味がない。
バンにそれが可能なのか?
考えるまでもなかった。バンは、以前にも同じような状況に巡り会ったことがある。力の無い、幼い皇帝を帝都まで導いた。そのことは、まぎれもない事実なのだ。
――俺は、できる。こいつの力になってやれるんだ。だったら、迷う必要なんてないじゃないか!
拳を握りしめる。あの時とは違う。アーバインも、ムンベイもいない。己の過ちを指摘し、正してくれる心強い仲間はこの大地にはいない。
バンがそうと決めたら、フィーネとフェイトも同行するだろう。フィーネはまだこの時代の常識に不慣れな部分があり、少々頼りないかもしれない。フェイトはローレンジと共に旅していたとはいえ、まだ幼い。
頼れるのは己だけ。だが、それがなんだ。俺だって成長してるんだ。だからできる!
バンの中で決意は固まり、振り返る。布団にくるまるリエンに向かって手を差出、自信を籠めて言った。
「心配するな。俺が連れてってやるよ!」
***
頑丈な鉄の扉が轟音を立てて閉じられた。その扉に背を預け、ロカイは大きく息を吐き出した。
肺の中に溜まっていた空気と共に、己の中の不満も吐き出されていく。だが、それは全てを吐き出すことは出来ず、また、吐きだされたそれも、呼吸に従って己の中に戻ってくる。
――これでいいのか?
ロカイは己に問いかける。
ヴォルフの指示はリエンから暗黒大陸の情勢、PKの現状を知りうる限り訊きだすことだ。それは、半ば達成している。後は、時間をかけてゆっくり訊きだせばいい。
だが、何か違った。
まだ達成できていないか、ではない。ヴォルフの指示に従ったことだ。
ロカイは今、
それでも、その可能性を理解しても、ロカイは納得できなかった。納得のいかないまま、ふらふらと艦内の廊下を歩き、気付けばまた食堂に戻って来ていた。
力なく長椅子に座り、ぼんやりと壁を見つめる。
「あら、何この無気力士官」
その背に呆れた声がかけられた。振り返るまでもなく、ロカイはその声の主を察する。つい数十分前に話していた相手だ。
「なーによ、元気ないわねぇ。さっきバンに説教垂れてた威勢はどこに置いて来たのかしら?」
「からかいに来たんですか? それと、仕込みはどうしたんです? オルディさん」
「いやー、気が変わっちゃってね。メニュー変えようかと思って。で、献立から悩んでたのよ」
オルディはロカイと対面する位置に座ると、その顔を覗き込む。ロカイはなんとなくその眼を見ていられず、ぶっきらぼうに視線を逸らした。
「厨房の人たちに怒られませんか?」
「別に? まだその時間でもないしね。本当なら、あたしたち厨房メンバーも休憩よ」
「うーん……」と一声あげながらオルディは伸びをする。
「それで、なーに悩んでいるのかしら?」
「……別に、悩んでなんかいませんよ」
オルディはため息を吐き「隠し事下手ねぇ」と吐き捨てる。
「そんな辛気臭い顔して、悩み事ない方がおかしいわよ」
「それでも、あなたに話すほどではないですよ」
ロカイは相変わらず視線を合わせず、そっぽを向きながら言った。その顔を見つめ、オルディは顎に指を当て僅かに考え込む。
「じゃあさ、今日の献立、一緒に考えてよ」
「献立、ですか……?」
「そ、だってリエンって子が来たんでしょ。だったら、歓迎の料理が必要じゃない?」
その言葉にロカイは「はっ」となった。その表情をオルディはおかしそうに見つめ、さらに言葉を重ねる。
「定番のカレーでもいいんだけど、オードブルでとびっきりのお祝いをしてあげたいってのもあるのよねぇ。それにほら、昨日の戦いで艦内も辛気臭くなったし」
「……悲しむ隊員もいると思います。なのに歓迎など、そんな空気だと思えるので?」
「そんな空気だからこそぶち壊さないといけないのよ。美味しい料理はどんな人も笑顔にする、どんな悲しみも笑顔に変えてあげるのが、あたしたち料理人の役目ってね。お葬式の後にごちそうを食べるのはそーゆーことよ。本当は少し経ってかららしいけど。あ、これ店長の受け売り」
「……無理やりじゃないですか?」
「そうかしら? あたしは道理に適ってると思うけど」
「その場の空気ってあるんじゃないですか? それに……」
「通例に沿う様にする必要はないの。料理だって、発想の転換が大事よ。ほら、味噌煮を作ろうとして、煮込み過ぎて照り焼きっぽくなったけど美味しいとか、知らない?」
「ただの失敗談じゃないですか」
「意外とおいしいのよ、味噌の照り焼き風」
「それがなんの……!?」
思わず呆れながらロカイは返し――気づく。オルディは愉快そうに笑い、さらに続けた。
「失敗を恐れちゃ何もできないわよ。思い切って通例から外れたことをしてみるのも悪くない。それで失敗したっていい。規模が大きければ大きいほど、小さい失敗なんて目につかないんだから。いくらでも修正可能よ。偶にははっちゃけてみるのも大切」
ロカイは思わずオルディの瞳を見つめる。オルディのオレンジ色の瞳が、愉快気に細められた。
「話が合いませんね。失礼します」
ロカイはすくっと立ち上がり、まっすぐ食堂の出口に向かう。その背に、間延びしたオルディの声がかけられた。
「ちょっと、それで今晩の献立、何がいいと思う?」
相変わらず笑ったままのオルディの瞳、その眼を見つめ、ロカイは同じく笑いながら返した。
「とびっきり豪華なものにしましょうよ。皆が驚くくらい」
笑顔で返し、ロカイは颯爽と部屋を後にする。そして、オルディは小さく息を吐きながら苦笑した。
「盛大に躓け、とでも言いたいのかしら? 言ってくれるじゃない」
結局、オルディの作るその日の夕飯は、普段と変わりなく、味は二割増しだったという。
***
ドラグーンネスト格納庫。そこにブレードライガーがいた。その背には、丸くなったジークが横になっている。足元には整備兵が歩いていた。ブレードライガーを含めた
「くっそぉ……さっさとどっか行けよあいつら……」
「バン、あの人たちはライガーを直してくれてるのよ。そんなこと言わない」
「けどさぁフィーネ。あいつら居たら、勝手に出て行くなんて許してもらえないぜ。見つかっちゃマズイだろ」
フェイトに隠れるようにしてバンを見つめる赤い瞳が、肯定するように伏せられた。相変わらず顔を見せたくないのか、リエンは部屋から持ってきた薄い毛布を羽織って顔の半分を覗かせている。
「待って、誰か来るよ」
フェイトが小さく囁く。バンはすぐに辺りを見渡し、格納庫の隅で様子を窺った。
格納庫に新たな人物が現れる。それは、豊かな茶髪の好青年――ロカイだ。
「げっ、あいつかよ……ますます出辛い」
バンが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる中、ロカイは軽く周囲を見渡し、整備兵に近づいていく。そして、好青年らしい明るい声音で整備兵に気さくな声掛けをした
「よぅ、ご苦労さん」
「あれ? ロカイじゃないか。どうしたんだ、こんなところに。確か、あの子と話してたんじゃ……」
「いやぁ、参ったよ。おれとは口も効いてくれなくてさ。バンたちと代わったら邪魔だって追い出されて」
「はっはっは、嫌われたらしいな。それで? 暇つぶしにここへ?」
「長くなりそうだったんでな。バンなら信用できるし、任せてきた。どうだ、コーヒーでも」
「ありがとう。バンってのは……このライガーのパイロットだよな。お前が世話になったって」
「ははっ、まぁな」
整備兵はロカイからコーヒーを受け取り、実にうまそうに啜りながら世間話を続ける。バンはいらいらしながらその様子を窺うが、どうにも話は終わりをみせない。
フィーネはその聞こえた言葉に嘘を見抜くが、ロカイの思惑が読めずじっと様子を窺うにとどめた。
「ブレードライガー……か。こいつ、共和国で量産計画が進んでるらしいぜ」
「本当か?」
「ああ、共和国に勤めてる昔の知り合いから訊いたんだ、間違いない。何年か前にオリンポス山で見つかった、古代のシステムを搭載するらしい。悪影響も心配されているが、なんでもオーガノイドを合体させたそれに匹敵する性能を叩き出せるとか」
「この平和のご時世にか? そんなものを欲するとはね」
「戦争が終わっても帝国・共和国のいざこざは絶えないからなぁ。それに最近ではならず者どもが新型のゾイドを手にして暴れてるらしいし。抑止力として、両国ともに強力なゾイドを求めてるとか。今回の事もあるしなぁ」
「抑止力とは言え、争いを止めるために武力を追及するとは……皮肉なものだな」
「まったくだ。ルドルフ陛下やルイーズ大統領はあまり乗り気じゃないが、他の重鎮がそんな考えらしいからな。我らがヴォルフ様も、致し方ないとお考えだとか」
「まぁ、おれたちに武力が必要なのは明確だからな」
ブレードライガーを見上げながら、ロカイはしみじみと呟く、整備兵も相槌を打ちながら、コーヒーを飲み干す。その視線はちらりと腕時計に落ち、何気ない様子で周囲に配られた。
「さて、そろそろいいんじゃないか。あんまり愚痴ってると怒られるだろ?」
「あ、ああ、一度戻ってみるか。それから――」
ロカイが若干慌てながら袖をまくり時計を見る――その瞬間、けたたましいアラームが鳴り響いた。
『全隊員に告ぐ。二番格納庫にてハンマーロックが暴走。犯人はタリス・オファーランドの模様。速やかに食い止めよ!』
整備兵の顔に緊張が帯びる。ロカイもだ。
ロカイは一瞬バンの方に視線を投げ、直ぐにブレードライガーの上でキョロキョロと辺りを見渡すジークに向かって叫んだ。
「ジーク! バンを呼んできてくれ! これは――」
「――俺ならここに居るぜ!」
ジークの移動を待たず、バンとフィーネが駆けつける。フェイトはリエンと共に隠れており、まだ状況を見守っている。ジークがブレードライガーから跳び下り、バンに駆け寄った。
「よし、ブレードライガーの調子は問題ないな」
「ああ、いつでも動かせる」
「サンキュー!」
バンが軽い口調で礼を言う。整備兵は親指を立ててそれに応え、離れて行った。
「――フェイト、リエンも早く来い!」
「えっ!?」
ロカイの言葉に、バンは思わず驚愕した。
整備兵はすぐに離れており、他のゾイドのパイロットたちもまだ格納庫に到達していない。だから、この場にいるのはバンたち五人だけだ。
「ロカイ!? いったいどういう――」
「想定外だがチャンスだ。この騒ぎに乗じてさっさと抜けるぞ」
「ロカイさん!」
フィーネがロカイの思考を察し柔らかい笑みを浮かべた。ロカイは一瞬ふっと笑みをこぼし、近くのグスタフに颯爽と乗り込む。
「フェイト! リエンを乗せてくれ。それからシュトルヒだ。急いで乗ってついて来てくれ」
「はーい。よかったぁ、ロカイさんもやっぱり手伝ってくれるんだ。よかったね、リエン?」
「う、うん……あ、ありがとう、ロ、カイ……さん」
「……礼なら、セスリムニルに着いてからにしてくれ。……申し訳ありません、ヴォルフ様」
ガラガラと車輪を回し、グスタフが起動する。格納庫の扉を内蔵砲で破壊し、勢いのままに飛び出す。その勢いは、まるでロカイ自身が心変わりするのを怖がっているようでもあった。
その後にバンのブレードライガーと、その足元をジークが続く。さらに、低空飛行で飛び立ったシュトルヒが後に続いた。
外に飛び出したバンたちの視界に赤と灰のカラーをした小型コングが映った。ハンマーロックだ。おそらく、艦内で暴走したタリスの機体。
「あいつ――俺が!」
「バン! 今奴を追えば、おれたちがリエンを連れだすことが難しくなる! 裏切り者呼ばわりされるかもしれんが、今は見逃すしかない!」
ロカイの制止がバンの動きを止めた。その隙に、ハンマーロックは海岸を過ぎ森に入って行方を眩ました。
「でも、いいのか?」
「二つに一つだ。バン、おれたちがやらかしたことは、想像以上にデカい。それを頭の片隅にでも置いて、これからは行動するんだ。もう後戻りはできない。行くぞ」
「……分かった」
ハンマーロックは森を抜け、西の山脈に向かった。バンたちはセスリムニルの町に向けて、暗黒大陸の東に向かう。PKの支配圏の真っただ中へ。
***
数時間後。
「そうか……皆、ご苦労だった。今日は艦内に戻って休んでくれ。今後の方針は明日、説明する」
各部隊からの報告を受け、ヴォルフは指示を下すとブリッジの椅子に腰を深く沈めた。
被害報告のまとめなどはズィグナーが買って出てくれた。おそらく、今夜には資料がヴォルフの元に届く。それを受け、ヴォルフはこれからの指示を下すのだ。
こめかみを押さえ、沈黙する。
ブリッジでは忙しなくクルーたちが駆けまわり、それぞれの役割を全うしている。艦長兼総指揮官として、情けない姿は見せられない。それが分かっていつつも、ヴォルフはしばし黙考した。沈痛な表情で。
――いかんな、これでは。
「すまん、少し席を外す」
ブリッジの者たちに声をかけ、ヴォルフはその場を離れた。ズィグナーの伏せた視線を感じたが、「心配いらん」と声をかける余裕はない。それにそんなことをしたとて、意味が無い。慌ただしく団員の行きかう廊下を避け、自室に戻ると、柔らかいベッドに頭から倒れ込んだ。
ズィグナーが疲れが取れるようにと用意してくれた上質なものだが、それもヴォルフの精神的な傷は癒してくれない。柔らかな反発をもつベッドは、ヴォルフの疲労を受け止め、押し返すだけだ。
「……艦内での暴走、それに乗じてバンたちが逃走、加えて、捕らえた敵の自殺、か」
昨日の上陸戦でデッドボーダーに搭乗していた人物。老齢の男を捕らえたが、翌日には牢内で自殺していたらしい。捕らえられた時のために、毒薬を隠し持っていたとか。報告では、毒薬を入れた瓶を胃の中に隠していたと。そこまでした男の覚悟を見抜けなかった、己のミスだ。
それに加えて今日の一件。タリスの暴走と逃亡は警戒していた。だが、まさかそれに乗じてバンたちが逃亡するとは考えていなかった。完全に予想外だ。しかも、それにロカイが手を貸したとまで来ている。
「私のやり方が、間違っているのだろうか……」
いや、それはない。
ヴォルフは己の呟きを否定する。これは必要な戦いだ。我々が、新生ゼネバス帝国が一刻も早く復権するために必須となる戦いなのだ。
例え血に塗れた道だろうと、進まねばならない。どれほど非難される道だろうと、これがヴォルフの選んだ選択なのだ。後戻りはできず、そんなことをすれば踏み台にした者たちに顔向けできよう筈もない。
この道を歩むことは、ムーロアの名を継ぐ者として、ゼネバスの民を守る者としての役目なのだ。そう自分で自分に言い聞かせねば、壊れてしまいそうだ。
「止まれない。必ずや……!」
開いた手を握りしめる。それで、闘志が僅かに戻ってきた。ヴォルフの中に、突き進む意志が。後悔と悲観を押し殺す、漆黒の意思が。
ヴォルフが自室に戻って行くのを、アンナは静かに見つめていた。悲壮な覚悟で、自ら望まぬ手段に手を投じていく友を、アンナは見守る事しかできない。
「ううん、違う」
小さく呟く。
あたしの役目は、ヴォルフを支え導くこと。一度は敵対した、幼いころから共に居た、自分だからこそ傍にいなければならない。ヴォルフが道を誤るなら、正す。志を共にするなら、支え続ける。
それが、アンナの意志。
――なら、今あたしがすべきことは……?
そこまで意識しながら、アンナは迷っていた。今のヴォルフに着いて行くことが、本当に正しいのかどうか。
様々な想いを巻き込み、暗黒大陸の戦いは激化する。
って訳で、まずはバンとフィーネ、フェイト、ロカイ、そしてリエンのパーティのお話です。