ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第46話:歓迎の狗、主賓の龍

 海戦の決着はついていた。

 海中から忍び寄ったダークネシオス、空と海を行き来しながら猛攻撃を加えたシンカーの混成部隊はほぼ壊滅している。海中最強と謳われた海中専用ゾイド、ウオディックと、サファイアが指揮する朱雀隊により勝敗は決している。

 アンダー海における海戦は、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の勝利だ。

 だが、気を抜くことはできない。

 なぜなら、圧倒的な力を持つ一体の龍が、ドラグーンネストの上空で業火を吐き出しながら飛び回っているのだから。

 

 

 

 バンは焦っていた。ドラグーンネスト二番艦に乗艦し、臨時で艦長を務めるズィグナーの指示に従いつつも、胸中は決して穏やかではない。

 

「だから! 俺も出るって言ってんだろ!」

「バカを言うな! ブレードライガーでドラグーンネストの甲板に出ようなど自殺するようなものだ!」

「だったらあのドラゴンゾイドはどうするんだよ! 俺が何とかしてやる!」

「お前は黙っていろ! 余裕がないんだ!」

 

 怒鳴る様に申し出、それを怒鳴り返されてバンの不満は膨れ上がった。モニターの先では、バンには見慣れない小型のゾイド――ディロフォースが龍の至近弾を掠め、衝撃で落下していく様が映っている。

 海戦の影響で周囲の海は大いに荒れ狂い、撃墜したゾイドの破片や流れ出たオイルで荒んでいる。そんな海に落とされ、パイロットの生存は見込めない。

 

 ――くっそぉっ!!!!

 

 指示を無視して自分も戦いの場に出たい気持ちで一杯だ。だが、文句を言いつつもバンにだって分かっていた、バンはゾイド乗りとしての経験は短い。約一年半ほどだが、それでもこの場にいる者たちと比べたら短いと言わざるを得ないだろう。

 しかも今回の戦場は海上だ。本来なら陸戦ゾイドの出る幕などなく、海戦・空戦ゾイドが飛び交い、泳ぎ回る戦場だ。甲板上に出て支援砲撃を行うことも珍しいのだ。

 

 甲板から叩き落されたら、それだけでアウトが目に見えているのだから。

 

 だからと言って、ブリッジで戦況を見守るだけというのもやきもきが抑えられない。自分だってあの場に出て戦いたいと言うのに、ただ味方の勝利を祈って見守る事しかできない。

 もどかしくてたまらなかった。

 

「バン……」

「くそ、くそ、くそぉ!」

 

 心配そうにしているフィーネすら、今のバンには映っていない。ただ、モニターの先を睨みつけ、海上を飛び回る龍に激しい眼光をぶつけることしかできなかった。

 甲板上でぶつかり合う漆黒の雷獣が羨ましかった。その人物が、どういった状況で、どういった想いであの場に立っているかなど気にも留めず。

 

 

 

 その時、戦況に変化が起きた。龍を相手取っていたグレートサーベルが、龍を無視して海に飛び込んだのだ。そして、間髪入れず龍の背に赤い翼竜が飛び掛かる。両脚のストライククローを龍の背に叩きつけ、華奢な体躯からは予想もつかない重撃を与えて龍を海に叩きつける。

 

『ヴォルフ様、ズィグナー殿。こいつはワシの獲物だ。あんたらはさっさとニクスに上陸しろ!』

「エリウス!? そうか、間に合ったか」

『上陸地点にも敵さんが待ち構えてるぜ! そこで鬱屈してるだろう小僧どもの暴れ先だ!』

 

 戦場に乱入したエリウスの言葉に、彼が連れてきた部隊がもたらした情報をモニターに映し出す。確かに、上陸地点としているエントランス湾には多数のゾイドの反応が現れていた。十中八九、PKのものだろう。

 

「ふっ、手荒い歓迎だな」

『連中、パーティーの準備は整ってるらしいぜ。分かったらさっさと行け!』

「ヴォルフ様」

『よし、エリウス率いる部隊は例のドラゴンの足止め。ウオディック隊は援護だ。我々は直ちに暗黒大陸ニクスへ上陸する。各員、上陸戦に備え準備を怠るな!』

 

 エリウスの乱入、そしてヴォルフからの新たな指示でブリッジがさらに慌ただしくなる。一通りの指示を出し、ズィグナーはバンに視線を向けた。どこか冷めているような瞳が、心中で炎をたぎらせる少年を見据える。

 

「格納庫に行け。お前の出番だ」

「おっしゃぁ! 任せとけ!」

 

 バンは水を得た魚の様に勇んで走り出す。その背をフィーネが目を伏せながら追いかけた。

 

 

 

***

 

 

 

 ドラグーンネストが推進器を噴かして海域を離脱する。向かう先はニクス大陸のエントランス湾だ。

 海面に鋭い軌跡を残しながらレイノスが駆け抜ける。その操縦席で、エリウスはレーダーが捉える反応と計器の音を耳に残しつつ、海面に視線を落とした。シンカーやブラキオスの改造機と思しき機体の残骸が海面を漂っている。ここまでの戦いを断片的に聞いたが、逃亡・投降した機体は居なかったそうだ。

 単にその機会がなかったのか、あるいは……。思考を巡らせつつ、一瞬抱いた危機感でエリウスはレイノスを斜め上方に飛びあがらせる。瞬間、さきほどまで飛んでいた海面付近に光の滝が叩き落された。

 

『オイオイ、楽しいゾイド戦とか言っといてよぉ、逃げ回ってるだけじゃねぇか? とんだ腰抜け野郎だな!』

「その腰抜け野郎に一発も当てられねぇ自分はどうなんだ? もっときっちり狙え」

『テメェッ!』

 

 龍が空中で上半身を持ち上げ、腹部の三連衝撃砲が空気弾を吐き出す。風を切って飛来する空気弾がレイノスの周囲を駆け抜け、気流を微妙に狂わせる。だが、エリウスは機体を制御し、狂った気流に乗ってバランスを保った。

 

『逃がすかよぉ!』

 

 龍が吠えた。背中の巨大砲塔におびただしいエネルギーが注ぎこまれ、再び光の滝が、今度は打ち上げる形で迫りくる。だが、これも空中で旋回し機体を上下さかさまに反転させて躱しきった。

 レイノスの背中――真下を光の滝が駆け上がり、空気が大きくゆがんだ。発射の衝撃で

レイノスが激しく揺すられるが、エリウスはそのまま龍に向けて突撃させる。光の滝の本流が力を弱め、その隙を突いてレイノスを回転、再びのストライククローを今度は真正面から龍の頭部目がけて叩きつける。ディロフォースが削った頭部装甲に爪が突き立ち、真紅の角が片方圧し折れる。

 頭部に激しい衝撃を浴びせられ、龍は堪らず海面に落下し荒波の中に消える。

 

『やりましたね! エリウスさん』

 

 空戦部隊の殿を務めていたサファイアが歓声を上げる。海中にはウォディックが数機ほど残っている為、沈められてしまえば後はウオディックのテリトリーだ。ドラゴンの撃墜を確信したのだろう。だが、

 

「まだだ! それとサファイア! さっさとメンバーを連れて本隊の援護に回れ! ここはワシ一人で受け持つ!」

『え? でも――』

「奴さん。この程度でくたばるタマじゃねぇ。未熟な蛙だが、魂と心根はゾイド乗りだ」

 

 エリウスの言葉を証明するかのように海が湧き立ち、海を割ってドラゴンが再度顕現した。鋭い牙にはウオディックの頭が咥えられており、憤怒の感情を見せつけるようにそれを噛み砕いた。深海12000メートルの水圧に耐えられるウオディックの装甲である。

 己の力を誇示する姿勢に、サファイアは思わず戦慄を覚えた。

 

「この程度で恐怖するならこの場に立つな。さっさと行け」

『ですが! エリウスさんのレイノスも一撃貰えば――』

「――足手まといが居る方が迷惑だ! ワシを死なせたくねぇならさっさと消えろ!」

 

 濁声で一括するエリウス。それ以上の反論はなく、サファイアのレドラーに配下のシュトルヒ達も暗黒大陸へと向かう。残っていたウオディック部隊も同様だ。

 配下を下がらせ、エリウスはレイノスのコックピットで頭を抑えた。こめかみに線を立たせ、脂汗を垂らしながら呟く。

 

「……ちっ、こいつぁ……ロクなもんじゃねぇな。もう少し踏ん張ってくれよレイノス。ワシも、堪えてみせらぁ……」

 

 歯ぎしりするようにレイノスが唸った。そのコアにはとある鉱石が埋め込まれている。この事態に際し、ガイロス帝国から譲り受けた矢じり状の鉱石を埋め込んだが、その負担は想像以上の代物だ。

 この戦いは乗り切れたとしても、愛機の先は長くない。そうエリウスは悟りながら、目の前で滞空する憤怒の黒龍を睨みつけた。

 

『テメェ! このオレを、ここまでコケにしてくれて! 絶対ぶちのめしてやる!』

「出来るんならな。そら、かかってきな。ワシがゾイド戦の奥深さを教授してやる」

 

 真紅の翼竜が甲高く鳴き、黒き龍がおどろおどろしい咆哮を上げる。竜と龍の空戦は、さらなる激化を見せる。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 暗黒大陸上陸。それは、思った以上に熾烈なものだった。

 エントランス湾に向けて接近するドラグーンネスト。それに向けて暗黒大陸の見たこともないゾイドが苛烈な砲撃を仕掛けてきたのだ。

 コマンドウルフに似た黒い機体が、背部のフォトン粒子砲から唸りを上げて砲撃を加える。集中砲火と予想外の破壊力を前にドラグーンネストの鋏の片側がひしゃげた。出撃口を備えているそれが狙われたということは、間違いなく情報が知られているということだった。

 

 だが、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)も甘んじてそれを受けている訳ではない。すでに攻勢の一手は放たれていた。

 

 上陸地点付近の海岸線から砲撃する黒いゾイド部隊。その砲撃を掻い潜って別のゾイドが奇襲を仕掛けた。紫色の装甲に極限まで体高を低く抑えたザリガニ型ゾイド。波に紛れて接近したそれが一斉に襲いかかった。

 ウオディックでは上陸してからの戦力が著しく減退する。ウオディックは海戦では最強を誇るが、上陸戦に置いては水と陸の行き来で大きな戦力の差が表れてしまうのだ。そんな鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の海戦戦力を補強するためにひそかに開発されたゾイド。

 

 ザルカがディロフォースと共に設計した小型ゾイド、マッカーチスである。陸と海を制するこのゾイドは、海岸線や川辺での戦いで抜群の戦闘力を見せつけた。

 

「マッカーチスにより敵は混乱しているようです」

「よし、陸戦部隊を出撃させろ! ここを確保し、拠点とするぞ!」

 

 ヴォルフの指示に従い、ドラグーンネストの残された出撃口から鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が誇る主力部隊が吐き出される。無論、その先陣を切るのは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の突撃隊長ことカール・ウィンザーとレッドホーンBG、そしてバン・フライハイトとブレードライガーだった。

 

「はっはっはっはっはー! 俺様の眼前に立ち塞がる狗っころどもよ! 鎧袖一触の元に薙ぎ払ってくれる!」

「ようやく出番が来たんだ! 思いっきり走ってぶっとばしてやるぜ!」

 

 重砲装備を施したレッドホーンが一直線に駆け抜け、重量を活かしての突進で敵機を弾き飛ばす。それに続いて黄刃(ブレード)を展開したブレードライガーがすれ違いざまに切り伏せていく。

 だが、対峙する敵機も柔ではない。海中から奇襲をかけるマッカーチスに手を焼きつつも、突撃するレッドホーンとブレードライガーを包囲し高速走行からの砲撃を浴びせかける。

 

 湾岸での戦闘は激化する。海中からマッカーチスがビーム砲で援護し、低空飛行から接近するカマキリ型ゾイド――ディマンティスがマッカーチスの攻撃で動きの鈍った狗型ゾイドを数に物を言わせて的確に潰していく。その最前列では、レッドホーンの重厚な一撃とブレードライガーの鋭い一閃が駆け抜ける。

 無論、狗たちも負けてばかりではない。統率のとれた動きで砲撃を仕掛け、援護射撃を受けた狗が青い装甲の狗をリーダーに見立て、ブレードライガーの様に刃を展開してディマンティスを切り伏せる。

 

 戦況は互角――いや、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が優勢だ。この一年で兵力を増し、ザルカがドラグーンネストでの輸送を考慮し開発した、尖った能力を持つ小型ゾイドたちの、従来の量産ゾイドを上回る力が確執に戦況に表れていた。

 だが、敵機が退く様子もない。この場を死に場所と定め、半ば特攻に近い攻勢をかけてくる。これでは、被害も甚大だ。そして、

 

「何か……おかしい」

 

 最前線で、全身の火器から全砲門発射での砲撃をかけるウィンザーは、砲撃を突っ切って迫ってきた狗にレッドホーンの角をぶつけながら、己の不満に気付いた。

 熱く滾らないのだ。ゾイド戦に興じている時は、心の奥底から湧き上がる炎で自身が燃え上がる。精神が燃え滾っているのだ。だが、この戦場ではどうもその感覚が持ち上がらない。まるで抜け殻と戦っているかのようだ。ゾイド乗りの魂と魂が、ゾイドの闘争心をぶつけ合う感覚が、この戦場にはない。

 その感覚は、覚えがある。

 

「こいつら……自動操縦(スリーパー)か! つまらん!」

 

 苛立ちを籠めてレッドホーンの頭を振う。横合いから迫っていた狗に横顔を叩きつけ、弾き飛ばした機体にトドメのビームガトリングを浴びせて蜂の巣にする。

 

「バン。このゾイドたち、何か変だわ。生気がないみたい」

 

 同じ感覚を、フィーネも気づいた。

 

「生気がないって、どういうことだ、フィーネ?」

「ただのスリーパーじゃないわ。魂が抜き取られたような、完全な機械に成り果ててしまったゾイド。そんな気がするの」

 

 集団で束になって迫りくる狗を飛び越え、その背後から光刃(ブレード)を一閃させる。そして集団行動をとる野生のような動きと思わせて、どこかプログラムに従っているような感覚にバンも意識を向けた。

 

「確かに……こいつらなんか変だ」

『感覚の話は後だ。自動操縦(スリーパー)となれば、どこかに指揮機が存在するはずだ。そいつを見つけ出す』

 

 完全な自動操縦(スリーパー)ゾイドは遠隔指示すら必要としない。プログラムされた命令を冷たく実行するだけだ。だが、この場のゾイドたちはこちらの動きに応じた行動を見せていた。そこからヴォルフは指揮機の存在を確信したのだろう。

 

「ヴォルフ様。指揮機というなら、向こうにいるアイツでしょう。奴等だけ戦闘に入っていない」

 

 ウィンザーが示す先には二体のゾイドが居た。一体は大きな背びれをゆらゆらと動かす、黒とダークグリーンの機体色をした四足歩行の恐竜型ゾイド。もう一体は、同じ機体色で背部に二門の大型砲塔を備えた二足歩行恐竜型ゾイド。

 四足歩行のゾイドは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)メンバーにも見覚えがあった。ディメトロドンだ。旧ゼネバス帝国時代、帝国の情報戦の要となっていたゾイドだ。

 共和国の情報戦の要――ゴルドスから意識される通り、ディメトロドンは電子戦を主眼としたゾイド。自動操縦機の指揮機と見て間違いない。とすれば、もう一体はその護衛機だ。

 

『間違いないな。ウィンザー、それとバン君。二人で奴らを沈めて来い。出来ることならパイロットを確保したい。できるか?』

「まかせろ! 俺様が仕留めてくれる」

「分かった。やってやるぜ!」

 

 レッドホーンとブレードライガーが駆けた。狙いに気づいたのか、狗たちもディマンティスを無視して二人の機体にフォトン粒子砲の銃口を向ける。

 

『そうはさせるかよぉ!』

『ウィンザー隊長、奴らは我々にお任せを!』

 

 空から四足歩行の小型ゾイドが飛来した。レドラーではない。その翼は先が鋭利な尖りを見せ、ナイフを重ね合せたような鋭角さをもっている。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の新たな飛行ゾイド、グレイヴクアマだ。

 そして、その腹部からはフックに吊り下げられた小型の恐竜型ゾイドの姿もあった。襟巻が特徴的なそれは、量産に成功したディロフォースだ。ジョイスが搭乗した初期型のように翼を追加装備してはいない。だが地上を高速で疾駆できる性能はすでに十分。今回も同じ高機動の狗を相手に軽快な動きで立ち回る。

 だが、ディロフォースは通常の小型ゾイドよりも小柄で装甲も薄い。コマンドウルフに近い体格の狗たちに対しては力不足を感じられる。つまり、

 

「ゆくぞ小僧! 俺様たちで一刻も早くあれを仕留めるのだ!」

「分かってらぁ! フィーネ、とばすぞ!」

「うん、でも気を付けてね」

 

 レッドホーンを追い越し、ブレードライガーが一早く狗たちの包囲を抜けた。ブレードを展開したまま、ブースターを全力で噴かし、一直線に四足歩行のゾイドに迫る――が、

 

「なにっ!?」

「きゃっ!?」

 

 ブレードライガーがそこに到達するよりも早く、護衛と思しき二足歩行の恐竜型ゾイドが動いた。背部に装備された高出力のキャノン砲を撃ち放つ。敏感にその危険性を察知したブレードライガーがジークを介してバンにそれを伝え、ギリギリで回避が間に合う。だが、先ほどまで走り込んでいた地点は隕石でも落ちたようなクレーターが生まれていた。それは、まるで大質量の何かに押しつぶされたかのようだった。

 

「そこをどけい! 俺様がやる!」

 

 ブレードライガーが飛び退いたそこにレッドホーンが走り込む。重装備を施しているとは思えない足取りでクレーターを飛び越え、ビームガトリングから弾幕を張りながら頭の先端、クラッシャーホーンを振りかざして突進をかける。

 

「おぉぉおおお、くらえぇえええっ!!!!」

 

 ウィンザーの口から気合が迸り、レッドホーンもそれを受けて低く吠えた。鋭い真紅の角が、黒い二足歩行恐竜ゾイドの胸部装甲に突き当たり――、

 

「――むっ、こいつぁ……」

 

 止められた。

 両腕の爪を突き立て、二本の太い足で大地を踏みしめ、レッドホーンの突進を抑え込んだのだ。がっちり角を掴まれ、レッドホーンは退くことが出来ない。が、レッドホーン=ウィンザーに引き下がると言う選択は一切なかった。「掴まれたからどうした」とでもいう様に四肢に力を籠め、さらに角を押し込む。

 力と力の激突だ。

 

 だが、未知のゾイドの力はこの程度ではなかった。

 

「――なっ、まさか……!?」

 

 不意に、ウィンザーはレッドホーンが浮いていることに気づいた。バタバタと四肢を動かすも、脚は空しく宙を掻いた。

 そして、少しずつ回転が加えられる。未知のゾイドはレッドホーンを掴んだまま回転し出したのだ。その様は、レッドホーンでジャイアントスイングするようなものだ。

 

「む、むぉおおおおおおお!!!?」

 

 激しい回転を加えられレッドホーンのコックピット内のウィンザーにも急激に遠心力が加えられる。身体がバラバラにちぎれてしまいそうで、腹の底から絶叫が迸った。

 

「ウィンザーさん! こいつ――」

「バン! こやつは俺様の獲物だ! お前はディメトロドンをさっさと倒せ!」

「でも……」

 

 ちらりとディメトロドンの様子を見る。ディメトロドンは少しずつ後ずさりをしていた。ここまで接近されては直接戦闘の苦手な電子戦ゾイドに分が悪い。撤退を考えているのだろう。

 

「ディメトロドンを始末するのがお前の役目だ!」

「でも、このままじゃウィンザーさんが――」

「俺様がこの程度でやられるものか!」

 

 ガタガタとコックピットが悲鳴を上げる。連続して咥えられる遠心力が、機体の装甲に悲鳴を上げさせているのだ。だが、ウィンザーは敗北を一切考えていなかった。むしろ、チャンスと見ている。

 

「ふっ、ゼロ距離ならば、耐えられまい」

 

 指が震える。機体にも悲鳴を上げさせている遠心力が、パイロットに影響を及ぼさない訳がない。これ以上、一分一秒でも長く続けばウィンザーの身体が保たない。

 

 ――俺様の肉体? そんなもの、根性でどうにでもなる! 機体の傷? 俺様の愛機が、この程度で根を上げる訳がない!

 

「まったく、問題ない!」

 

 操縦桿を握っているだけでも身体は悲鳴を上げている。それでも、ウィンザーの指は操作パネルを動かす。トリガーをビームガトリング砲に合わせ、気合で引き絞った。

 

「くらえぇぇええええええええっっっ!!!!」

 

 真正面。振り回されるレッドホーンのビームガトリングは、超至近距離から未知のゾイドの装甲を叩いた。重装甲なのか、何発かは弾かれる。弾かれたビーム弾がレッドホーンの装甲に火の手を上げる。だが、それでもレッドホーンのビームガトリング砲は弾丸を吐き出し続けた。

 弾かれ、脇をすり抜ける弾丸は四方八方に飛び交う。指揮機を守ろうと戻ってきた数機の狗がそれに撃ち抜かれて沈黙する。

 

 それでも、ガトリングの発射音は止まなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 海上の戦いは、未だ決着がついていなかった。

 

「さすがに大型、しぶてぇな」

『るせぇ! ふらふらとイラつく飛び方しやがって……いい加減墜ちろ! ザコがっ!』

「そのザコにたっぷり砲撃喰らってんのは、どこのどいつだ?」

 

 灼熱を吐きだし、龍がレイノスの背後から迫る。しかしレイノスは雲を引きながらバック宙で旋回し、逆に背後を取る。腹部に格納されていた対空ミサイルを撃ち込むが、ドラゴンはその場で反転し一発を衝撃砲で爆破、爆炎を突っ切ってきたもう一発を口で咥え込むことで防いだ。

 

『……くそっ、どこへ消えた!』

 

 爆炎が治まった時にはレイノスの姿はない。怒髪天の怒りを噴出しながら、龍は炎を吐き出しつつ周囲を窺う。

 

「へぇ、見事と褒めてやらんでもない」

 

 その声は上からだった。爆炎に紛れたエリウスのレイノスは一気に急上昇、そして、今は上昇した分を一息に下降していた。

 急下降はそれだけ圧力の変動をパイロットにもたらす。その際の的確な操縦は神がかり的な技術が要求される。だが、エリウスはそれをやりきった。龍のパイロットが自身を見失っている隙に必要な高度まで上昇、そして一気に下降し攻撃をかけた。

 

『バカが! 撃ち落としてやるぜ!』

 

 ドラゴンの背中の武装が光をともす。大口径の武装ではエネルギー集束の時間がとられるためか、その下のパルスキャノン砲だ。

 細い光線がレイノスに迫る。それをレイノスは微妙に動いて躱した。コックピットを掠めるような位置を光の線が通り過ぎていく。龍が命中させようと軌道をずらすが、レイノスはそれに合わせて微妙に軌跡を修正して龍に迫る。

 

『なっ、なんて操縦を……』

「これがゾイド乗りの意地って奴だ。覚えとけ、小僧!」

 

 すれ違い様、レイノスの翼に装備されたシュツルムクローが龍の翼を引き裂く。降下で加わった重力もプラスした一撃は、龍の強靭かつ堅固な翼を片方、半ばから切り裂いたのだ。バランスを崩して海に落下する龍。

 

 これで終わったか。

 エリウスはほんのわずか、安堵し息を吐いた。その、僅かな隙だった。

 

『俺様を、コケにするんじゃねぇぇええええええ!!!!』

 

 龍が翼を羽ばたかせ、龍の怒りを迸らせてレイノスに喰らいつく。僅かとはいえ、油断したエリウスに避けられるものではなかった。

 

「くそ、油断したか……」

『テメェは、この場で海の藻屑に変えてやらぁ! 俺様の“ガン・ギャラド”はなぁ、そこらのゾイドとは格が違うんだよ! クズゴミみてぇなテメェのゾイドとは、元の出来がなぁ!』

 

 黒き龍――ガン・ギャラドが吠える。翼を切り裂かれ、逆鱗に触れられたかのような怒りを現出させていた。そして、真紅の翼は炎に包まれながらあっという間に()()を遂げる。

 

「オイオイ、規格外ってか? まったく、退屈しねぇなぁ」

『減らず口もそこまでだ。あばよ、クズ』

 

 龍が口からレイノスを離す。バランスを崩し、致命傷を負ったレイノスは体勢を整えることもできず海面へと落下していく。

 龍が背中の大口径砲にエネルギーを溜め込んだ。一思いに消し去るつもりだろう。だが、エリウスにここからの反撃の策はない。――刹那、

 

『――お仲間か?』

 

 海面へ叩きつけられる刹那のレイノスを、別の赤い機体が掻っ攫う。レドラーだ。

 

『エリウスさん。ここからは私たちが変わります』

「ふん、ひよっこどもが、でしゃばりやがって」

 

 エリウスのレイノスを掴んだレドラーに従う様に、シュトルヒとグレイヴクアマも海域に集結していた。

 

『さぁ、ここからは私たち鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)朱雀隊が相手です!』

 

 サファイアの言葉に、他のメンバーも掛け声を唱和した。ゾイドたちも滾る戦意をみなぎらせて龍を睨みつける。

 

 

 

『……え?』

 

 だが、そこで龍は背を向けた。振り返ることなく、捨て台詞も残さず暗黒大陸の山々の向こうに飛び去って行く。

 

『逃げた……?』

「さあてな。そうかもしれんし、見逃してもらったかもしれん。奴さんの感じだと、捨て台詞の一つもねぇってのが気にかかるが」

 

 一抹の不安を抱えつつ、海上の戦いは決着を見せた。

 

 

 

***

 

 

 

「ウィンザーさん、大丈夫なのか」

「ふっふっふっ、この程度で根を上げるほど俺様は柔ではない」

 

 モニターに映されたウィンザーは、普段と変わらない陽気さで片手を上げて見せた。

 

「よかったぁ、無事で」

『フィーネさん。俺様は君を泣かせるような白状ではないさ。待ってくれる者たちの元に必ず帰ると、心に決めているのでね』

 

 相変わらずの口ぶりに、ひとまず安心できそうだとバンは安堵する。

 

 ただ……心中に浮かんだある思いは、押し込むことに苦労した。

 

 

 

 謎のゾイドはウィンザーが倒すことに成功した。ディメトロドンも、バンが背びれを切り裂いて倒した。そして、襲撃してきた狗は指揮機が倒れた事に気づくと速やかに撤退していった。

 いくつか反省点や疑問点は残ったものの、暗黒大陸での初戦は勝利を収めることが出来たのだ。

 

「あ~~つっかれたぁ~。サンキューなジーク」

『グゥオオ』

「お疲れ様」

 

 バンは一緒に戦った相棒たちにねぎらいの言葉をかけ辺りを見渡す。味方側にも被害は出た。ディマンティスやディロフォースの残骸が狗の残骸に交じって散見される。だが、それでも少ない方なのだろう。とにかく、今後のことをヴォルフ達と相談せねばならない。バンはブレードライガーをドラグーンネストに向け――、

 

「バン! あそこに何かいるわ」

 

 フィーネの言葉に瞬時に思考を切り替えた。狗の残骸に交じって見慣れない小型ゾイドが一機、隠れるように潜んでいる。

 敵の一味か? そう判断し、ブレードライガーを素早くそのゾイドの前に向かわせる。

 

「ま、待って! 殺さないで!」

 

 敵ならば容赦はしない。そう覚悟を決めていたが、通信機から響いた悲痛な声に、バンは躊躇した。目の前の小型ゾイド、マーダのコックピットがゆっくりと開き、中から少年と思しき一人の子供が姿を見せた。

 真紅の髪を肩口で切りそろえた小柄な彼。バンは、とっさに一年前のルドルフを思い出す。どこか、彼に似ているような悲壮感を纏っている。

 

「お願い、僕を助けて……!」

 

 彼は、真摯に訴えた。

 




作者より一言、エリウスさんパネェ。

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