ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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今回の話、出すかどうか本気で悩みました。
原作大好きな方、ごめんなさい。でも、これ裏設定であったはずです。


第43話:極秘任務

 その任務は、共和国のハーマン大尉からもたらされた。

 共和国軍のある人物に怪しい噂があり、それについて調査してほしいというものだった。

 

『調査対象はオーダイン・クラッツ少佐だ。共和国の特殊機動部隊の部隊長だが、なにやら怪しい噂があってな』

 

 ヴォルフの誕生日会で知り合ったハーマンは、あのトミー・パリスが兄貴と慕うほどの男だ。大統領の息子という噂もある、部下からの信頼も厚い優秀な指揮官であり、ゾイド乗りであり、共和国の軍人だ。

 そのハーマン大尉からの依頼でオーダイン・クラッツについて調べることになったローレンジは、ちょうどジョイスを拾ったこともあり、一時的にとある村に滞在。フェイトとザルカにジョイスの相手を任せ、一人クラッツ少佐の身辺調査を始めた。

 

 引き受けた理由について、極秘でありながら多額の報酬を約束されたから、というわけではない。絶対に。

 

 そうして、しばらく調査を行った結果、

 

「真っ黒じゃねぇか」

 

 という結論に至った。

 自動操縦(スリーパー)ゾイドについて非常に詳しいというクラッツの調査は難航を極めた。表向きには真っ当な軍人であり、周囲からの評判も高い。共和国内部でも信頼は高く、一見その裏の顔もきれいなものだと思えるだろう。疑っているのもハーマンを始めとした一部の者だけだ。並みの探偵なら、ここで調査を打ち切っても仕方ない。

 だが、ローレンジは一つだけ気になる話を耳にした。それは、共和国でも最高のライガー乗りに与えられる称号“レオマスター”を持つ一人であり、その中でも突出した操縦テクと軍人としても最長のキャリアを持つエースパイロット、アーサー・ボーグマン少佐との対談であった。

 

 その出会いは偶然だ。共和国軍の内部から情報を聞き出すために、パリスに協力を頼みこみ、対談の席を設けられたのが彼であった。

 まさか共和国軍の超有名人と出会うことは予想もしていなかったが、それでも出会えたことは事実だ。パリスのかつての上司――エル・ジー・ハルフォード中佐と親しかったアーサーは、部隊を失くし、傷心のまま帰ってきたパリスを気遣い、たびたび声をかけていたという。その伝手が、嬉しい所で生きたという訳だ。

 

『クラッツか……あいつはなんか隠してるな。おれにはあいつの本音を叩き出すなんてできやしねぇが、なんかあるぜ』

 

 根拠? ゾイド乗りの勘だよ。坊主。

 

 その一言が、ローレンジの心を引き付けた。物的証拠など何もない。だが、勘がそう語っている。本人しかわからないその感触に、ローレンジは賭けようと思ったのだ。歴戦のゾイド乗りが持つ、勘に。

 そう感じた理由には、ローレンジ自身が直感に任せるところがあるのかもしれない。

 

 その後、気をよくしたアーサーがローレンジとパリスのコンビに対し、自分と自分が目にかけている一人の兵士でタッグマッチをやろうと言った時は、少々困ったが。

 

 そうして根気よく調査を続けた結果。ローレンジが注目したのはクラッツ少佐の経歴だ。クラッツ少佐は八年前、古代遺跡調査で国境付近の村に圧力をかけてしまい、とある事件を引き起こしていた。その後、反省の意味合いを含め危険な戦地を渡り歩いていたようだが、この事件をきっかけに、クラッツ少佐は自動操縦(スリーパー)の技術を持つ者として頭角を現している。

 

 気になったのはその切っ掛けとなった事件だ。

 ノーデンスと呼ばれる村の近くにある遺跡の調査に向かったクラッツ少佐――当時大尉は、部隊員が“一人の子供を射殺してしまう”という失態を冒している。忌むべき事件という事か、ほとんどの記録は抹消されており、当時を知るだろうノーデンス村の人々もそれを語るのをかたくなに拒んだ。

 村長と直談判し、何とか引き出した事件の顛末はこうだ。

 当時、村に住む一人の少年が遺跡から青髪の少女を連れ帰ってきたという。青いオーガノイドと共に。ゾイドが大好きな少年は彼女とすぐに打ち解け、閉鎖的な村に一筋の光が差し込んだ時だった。

 だが、オーガノイド調査を行っていたクラッツ大尉の部隊が村に立ち寄りオーガノイドと少女を発見。連れて行こうとしたが少年に阻まれ、()()()少年を射殺したという。

 

 この真実を見出した時、どこかで聞いたような話だとローレンジは思う。同じような道筋で出会い、片方は幸せを勝ち取り、もう片方は不幸に落とされた。そんな話。

 

 それはともかくとして、この少女とオーガノイドの行方はどこにも記録されていなかった。その後も村に滞在したということはなく、だが共和国軍に連れて行かれたとしても、現在の共和国軍のどこにも彼女は存在しない。

 

 

 

 簡単な話だ。

 彼女はクラッツ少佐によって秘密裏に隠されたのだ。共和国にも、帝国にも、世間の誰にも悟られぬ場所に。

 

 クラッツの裏の顔を知ることは成功した。だが、これは聴取と憶測で成り立ったに過ぎない。証拠として、連れ去られた古代ゾイド人の少女の救出――若しくはその存在の証を探し出すことが必要だった。

 

 そうして、ローレンジはオーダイン・クラッツの痕跡を探し始めた……。

 

 

 

***

 

 

 

 そして、ローレンジは北エウロペ大陸にたどり着く。フェイト達を放置してかなりの月日を消費したが、これは思った以上に大きな仕事となったため仕方ない。報酬の額も、それに見合うのは確実だった。

 

「確かに、こんなところだったら誰も来やしねぇな」

 

 北エウロペ大陸、アレキサンドル台地。そこに巧妙に隠された地下研究所があった。クラッツの足跡を追い続け、ようやくたどり着いた彼の秘密基地だ。警備のスリーパーゾイドの襲撃を軽く退け、サーベラに脱出路の確保を命じ、ローレンジはニュートと共に基地内部へ潜入した。

 クラッツの部下だろうか。幾人もの共和国兵が反撃してくるが、この基地の存在はハーマンに確認済みだ。共和国軍部の既知でない秘密研究所。押し入って調査しても文句は言われない。……暴れすぎて、証拠をすべて吹き飛ばさないことに注意すればいい。

 ニュートを囮に派手に暴れさせ、それに気を盗られた共和国兵を一人一人、確実に意識を奪って無力化する。嘗てミレトス城に忍び込み、皇帝を殺害し、その上で逃げおおせたローレンジにとって、この程度は造作もないことだ。むしろ、当時よりも身体能力が上がり、その上ニュートという相棒の存在もあり、確実性は増している。

 

 研究所の奥へ奥へと突き進むローレンジ。やがて、その最深部と思しき場所にたどり着いた。

 

「これは……一人で来てよかったな」

 

 そこは牢獄のような場所だった。たくさんの人間が頭に何かの装置を繋がれ、その表情は、完全に死んでいる。非人道的な実験が行われていたのは明らかだ。何かを呻き、訴えるような者もおり、とてもではないが、まともな人間がいられる場所ではない。

 その光景を見て、多くの人は悲しみや憐み、そして怒りを覚えるのだろうか。だが、ローレンジはそのどれも感じなかった。代わりに思うのは、空しいなにか。冷めた気持ちだった。

 多くの視線にさらされ、だがすべてに乾いた視線を投げつけて黙らせ、ローレンジは黙々と牢獄を歩いた。その横を、ニュートが追従する。

 

 牢獄の一角には奇妙な箱があった。小さな虫――いや、ゾイドが治められた箱。ダブルソーダの野生体だ。

 昆虫タイプのゾイドの野生体は非常に小さい。現在実用されているダブルソーダやサイカーチス、ガイサックといった昆虫タイプのゾイドは、その多くが野生体から採取したゾイドコアを培養、クローニングして増殖させ、バイオ技術で巨大化させたものだ。

 が、それも興味を引く物ではなかった。いや、ローレンジの思考が冷めきっていて興味を引くまでもなかったのだ。

 

 昆虫ゾイドの野生体を一瞥し、ローレンジはさらに奥へと突き進む。そして、一際厳重に施錠された牢を見つけた。そこに繋がれた者を見つけ、完全に思考を停止させた。

 

 

 

 そこに居たのは、体中傷だらけで、その上で手足に拘束具が嵌められ、頭に何かの装置が繋がれた、青髪の少女だった。

 

 

 

「……いろいろ、真っ暗な世間の裏側ってのを見て来たけどさ……ここまでひでーのは見た事ねーや」

 

 鉄格子の先にガラス張りの密室。そこに拘束された少女の目には、当たり前のごとく光はない。世界の全てに絶望し、もはや何も映そうとしない。例え映すことが出来たとして、そこに映る世界とはどれほど歪んだものになるのだろうか。

 彼女は、いったいどれほどの間ここに繋がれていたのだろう。ローレンジが調べた結果から推測すると十年近く。彼女がノーデンス村の少女だと推測するならば、遺跡から目覚め、ほんの僅かな間だが少年と絆を育み、それを目の前で奪われたあげく、十年近くもの年月をこの閉ざされた牢獄で過ごしたのだ。その身に刻みつけられた絶望は、憶測することも憚られる。

 

「俺みたいなクズが言えたことじゃねーが、クラッツってヤロウも相当な下種野郎だな」

 

 ローレンジは苦虫を噛み潰したような表情で毒づく。自虐癖のあるローレンジにとって、他人を貶すことは珍しい事である。滅多なこともなければ、ローレンジが他人を酷評することはない。スティンガーに対してがそうかもしれないが、あれはそれなりに関わりのある間柄だからこそ出てくる言葉だ。会ってもない他人に対しての酷評は、非常に珍しいことだ。

 

「待て! これ以上は――」

 

 そこに一人の兵士が飛び込んできた。先ほど仕留め損ねた一人なのだろうか。彼が言葉を全て吐き出すことは出来なかった。一瞬のうちに踵を返したローレンジが、腰から取り出したナイフでその首を薙ぎ払ったからだ。

 

「……今出てくんじゃねーよ。思わず殺っちまっただろーが」

 

 吐き捨てられた言葉を遮る様に、ゴトリと頭が床を殴った。それすら、ローレンジの意識を向けさせはしない。

 

 ――少し、スッとしたな。

 

 淡々と、一切の感情を殺した目で吐き捨て、少女が捕われている牢に向き直る。自分が薙いだ兵の首には一瞥もくれてやらない。兵の声が轟いてからここまで、ローレンジは一切表情を変えていない。全くの無表情を貫いていた。ただ、無表情ながら彼の胸の内は隠せないほど外に発せられている。

 ナイフで牢の鍵穴を乱暴にひっかき回し、苛立たしげにナイフを仕舞って代わりに拳銃を取りだし、ロクに狙いを定めず引き金を引く。乱暴に撃ちだされた弾丸は、あえてローレンジの思惑に逆らう様に正確に錠を破壊した。

 

「……ちっ」

 

 牢獄の中に踏み入り、少女を外界から隔てているもう一つの壁の前に立つ。強化ガラスで隔てられた先には、先ほどと変わらない少女が拘束されていた。牢獄に邪魔されていた先ほどまでとは違い、強化ガラスで隔てられた今は少女の姿がしかと確認できる。

 痛々しい実験の痕。クラッツの経歴から推察するに、自動操縦(スリーパー)に関する実験・研究だろう。ひたすら利用され続けたその痕は、一人の少女を壊し尽くしたのか。

 

 少女の姿から目を逸らし、ローレンジはガラスの近くにあったキーボードを叩いた。開錠プログラムを起動するが、当たり前のようにパスワードが要求される。普段なら一旦後戻りし、無人の研究施設を虱潰しに探索してパスワードのヒントを探すか、データを漁って抜け道を見つけ出す。あるいはキーボードと格闘しハッキング作業を行う。だが、今回はそれすら面倒だった。

 

「……ニュート。このガラス、壊せるだろ」

 

 ポツリと言葉を吐き出す。それすら面倒で、イライラして、仕方なかった。

 

「キィ」

 

 ニュートは主の意志を悟ってか、無駄口を叩かず一言返事をすると尻尾を振ってドアに叩きつけた。

 一発、二発、三発。

 それで開かないことに業を煮やし、ニュートは口元に巨大な火球を生み出した。そして、大きく溜めを作って一気に吐き出す。

 

 小型ゾイドの装甲に穴を空けるほどの威力を加えて吐き出された火球は、しかし頑丈に作られたドアを破壊するには至らない。だが、その中心部――火球が直撃した箇所が凹んでいた。ニュートがそれを見逃すことはなく。助走をつけて頭突きを加え、ドアに大穴を空けた。

 

 その衝撃に耐えきれず、轟音を立てて崩れ落ちたドア。

 ローレンジはニュートの頭を軽く叩き「よくやった」と伝える。そして、ニュートを伴って少女の居る空間へと侵入を果たす。

 

 少女は、初めてローレンジの存在に気づいたように顔を持ち上げていた。見ると、どうやら強化ガラスはマジックミラーになっているようで、内側から外を見ることは叶わないようだ。さらに遮音設備も兼ねている。この中に入り、唯一の進入口であるドアが閉じてしまえば、そこは完璧な密室なのだ。

 この部屋の技術に驚きを覚えるが、ローレンジはそれ以上に不快な気分である。

 

 ――この中は完全な別世界です、ってか? ははは、どこまでも……

 

 部屋に進入し、辺りを見渡して先ほどまで見えていなかった存在があった。部屋の外からは確認できない位置にあるカプセル。そして、その中に収められた一体の青いオーガノイドだ。

 青いオーガノイドと青髪の少女。ノーデンス村で聞いた古代ゾイド人の少女はやはり彼女で間違いない。分かっていたことだが、それを確信すると同時に、先ほどまでは湧かなかった想いが込み上げてくるのをローレンジは感じる。

 

 想い、すなわち怒りである。

 

 遅ればせながら、ようやく腰を上げた怒りの感情に、そしてやっとそれを自覚する自身への呆れを覚える。

 

「……なぁ、お前、俺の言うことが分かるか……?」

 

 酷く脱力しながら、ローレンジは少女に言葉を投げかけた。

 絶望を宿した青い瞳の少女は、やはり言葉を返さない。分かっていた。見る限り精神が壊れている少女だ。最初から、言葉での意思疎通ができるなど期待してはいない。

 

 ここから連れ出すか。

 だが、少女にここまでの仕打ちを与えたのは人間だ。その上、隔離されてずっとこの空間だけで過ごしてきたのだ。もし彼女に意志が残っているとして人間不信であっても何ら不思議ではない。むしろ当然だ。そんな少女を無理やり連れだそうとしたところで、無駄なのは分かっている。

 

「先に、オーガノイドを解放したがいい……か」

 

 ローレンジが目を向けたのはオーガノイドの方だった。カプセルに収められているが、これは古代ゾイド人が残したものではなく、おそらくこの研究所でオーガノイドを制御するために作られたものだ。仕組みを理解するのも容易だ。それに、オーガノイドを解放し、信頼を得られれば少女を連れだすことも出来るだろう。

 

 オーガノイドの収められたカプセルに近寄り、操作盤を探し出す。そして見つけ出した操作盤の構造を探り、見出した起動スイッチを押し込んだ。

 音を立てて、カプセルは溶液を外へと排出し、全ての排出が終わるとカプセルが上に向かって引き揚げられた。そして、力なくオーガノイドが投げ出された。

 

 どしゃっ、と音を立てて横たわったオーガノイドは海のような青色だった。美しい。太陽に照らされた青い海そのものの色である。

 

「キュ、キュォオ……」

 

 オーガノイドは意識を取り戻しゆっくり起き上がる。ニュートが駆け寄り、起き上がるのを手伝った。オーガノイド同士ならば通じる部分もあるだろう。青いオーガノイドのことはニュートに任せ、ローレンジは少女に向き直った。

 少女は死んだ瞳を僅かに持ち上げローレンジをじっと見つめていた。これまでオーガノイドを起動した者がいなかったのか、僅かに疑問が混ざっているような視線だとローレンジは感じる。

 

「俺は、君に危害を加えに来たわけじゃない。大丈夫だ」

 

 伝わらない。そう分かっているが、ローレンジは言葉を発さずにはいられない。この行動は、相手を落ち着かせるのではなく自分に言い聞かせるようなものだ。自分は危害を加えてはならない。決して、相手に警戒させてはならないと。そう自分に言い聞かせるために、あえて相手に安心するよう言うのである。

 全く、難しい生き物だと思う、人間は。

 だが、そういう行動をとる者と違って、ローレンジは安心させるために笑顔になったり穏やかな顔つきになったりはしない――できなかった。相変わらず、無表情のままである。

 

 ――警戒すんなって方が無理だな。ったく。

 

 少女のすぐそばまで近寄ると、少女は僅かに身をよじらせた。恐怖から逃げようとしているのか。だが、少女をその場に縛り付ける拘束具がそれを許しはしない。

 

 ――さっさと拘束(これ)を外しちまうべきだな。

 

 警戒を緩めるなら、行動で示すのが一番だ。そう察したローレンジは彼女の拘束具に手を伸ばし――その瞬間、少女の目が「カッ」と開かれた。同時に、ローレンジは首筋にナニカの感触を感じた。何か、小さな生物が肌に触る。そんな感触。

 だが、ローレンジがそれを思考するよりも早く――

 

「――っっっ!? あ、あああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 脳裏に浮かんだのは。遥か昔のことだ。

 目の前で踊るのは灼熱。地獄の業火がのたうち、村を、家を、父を、母を、全てを飲み込んでいく。それを見届けながら、恐怖で動くことのできない自分。高台の上に、サーベラと共に立ちつくし、ただ故郷が地獄の業火に飲み込まれていくしかない絶望。

 恨みがましいサーベラの唸り。業火で顔を焼け爛らせ、この世の存在から切り離された父の怒り、母の悲痛な叫び。村の者皆が、恨みの呪詛をローレンジに向ける。

 

『なぜ言いつけを破った! どうしてサーベラを連れて出て行ったのだッ!』

『なんであなただけ生き残ってるの? お父さんを、あの子を、私を見殺しにして、どうしてあなただけッ!』

『村は全滅だ。なのになぜッ、お前だけ生き残っているんだッ! どうして、お前だけッ!』

 

 ――……違う! 俺が村に帰りついた時、村はもう灼熱の中だった! もう、みんな死んでたんだ! どこにもいないんだッ!

 

 浮かび上がるそれを振り払う。目をつぶり、その光景を頭から追い出して再び目を開く。だが、そこには別の光景が浮かんでいた。

 

 それは、豪奢なつくりの屋敷、その一室だ。横たえた壮年の男が、恨みがましい瞳で右手から血を流すローレンジを睨み上げる。

 

『お前が来なければ、私はあの日死んでいなかった。プロイツェンの野望の勢いも抑えられたはずだ。あの戦火は、お前がもたらしたのだ!』

 

 ――うるさい! そんな“たられば”の話なんか、しても意味ねぇだろうが! 分かってんだろうが!

 

 また、景色が変わる。

 今度は荒野だ。二体の白いゾイドが倒れ、そのコックピットから少年と少女が崩れるように落ちてきた。二人の胸元には深いナイフの傷跡。そして、それを呆然と見つめるローレンジの手には、やはりナイフが握られていた。

 

『どうして僕らを殺したんだ。僕らは、一緒に暮らしてきた仲じゃないか。なのに、なぜ!?』

『あなたと出会って、とても楽しかった。なのに、どうして? どうして私を、お兄ちゃんまで……!』

 

 ――違う! 俺は……お前を……!

 

 浮かんでくる映像は、全て命が消える瞬間だった。ローレンジが手を下し、そして消えゆく命の、最後の瞬間。

 

『必要外の殺しはやらない主義? じゃあ、なぜ俺を殺した? 必要があったのか? ゾイド戦で負け、ほとんど抵抗出来なかった俺を。お前があの時俺にとどめを刺そうとしなければ、俺もお前になけなしの抵抗をすることもなかった。違うか?』

 

 ――喧しいつってんだろ! この星を壊滅させかけたのは、お前が護衛していたザルカだ! お前を殺してでも進まないと、惑星Ziが終わってたんだ!

 

 

 

『なぜだ』

『なぜ?』

『お前は殺し屋じゃない、ただの殺人鬼だ』

『その罪は一生消えない。頭では理解しても、本心ではまだ逃げてるんじゃないか?』

 

 振り払ってもなお責苦は続く。その全てが、ローレンジが思い続けたことだ。それが、ローレンジの精神を砕かんと一斉に牙を剥いた。

 自身の想いが生んだそれに、さしものローレンジも耐えられる物ではなかった。矢継ぎ早に飛んでくる言葉が、ローレンジの心に突き刺さり、傷口を抉り、血が止めどなく溢れる……。

 

 

 

 

 

 

 ならいっそ、『修羅』であればいい……。

 

 

 

 

 

 

「ああああ!! あ、あぁぁ……」

 

 そこで、ローレンジの意識は現実に戻ってきた。激しく脈動する心臓、酷く汗ばんだ額。だが、そこは現実である。精神の中の、弱い自分ではない。

 しばらく荒く呼吸したのち、顔を上げるとニュートが心配そうに覗き込んでいた。

 

「キィィ……?」

「……大丈夫、だと……思う」

 

 ニュートの横顔を撫で、倒れ込んでいた身体をどうにか持ち上げた。

 

 ――今の、一体なんだってんだ。あれは、俺が今まで殺してきた連中、それに……

 

 額に手を当て思考したのち、ローレンジは青髪の少女を思いだし視線を向ける。

 少女は、さっきまでと変化なくローレンジを見つめていた。死んだ瞳で。違うのは、その傍らに青いオーガノイドが立っていることと、そのオーガノイドが口に小さな何かを咥えていることだった。

 パキッと音を立て、オーガノイドは咥えていたそれを噛み砕いた。

 

「……ああ、とっととこいつを連れだすぞ」

 

 ローレンジはもう一度少女に近寄り――警戒しながら――、少女の枷に触れた。

 何も起こらないことを確信し、言葉無く枷を外し始める。幸い、そこまで厳重なものではなく、外すのは楽だった。おそらく、実験のために付け外しを容易にしているのだろう。

 

「さて……んじゃ、こんなところからはさっさとオサラバしますか」

 

 部屋の隅にあった襤褸布を少女にはおわせ、歩けそうもない少女を背負って立ち上がる。少女は、一切表情を変えずになされるがままだ。これでは、救出したところで廃人からの脱却は不可能だろう。

 

「ニュートは脱走路の警戒。んで……スペキュラーか。お前は俺の周りで警戒を頼む。主のためだ、協力してくれるだろ?」

 

 カプセルの脇に刻まれていた名前を思いだし、その名を呼んで頼む。

 

「キィ」

「キュオ」

 

 ニュートとスペキュラーが返事を返し、奇妙なことがあったもののローレンジの極秘任務は終わりを告げる……そのはずだった。

 

 少女の居た牢獄を抜け出したところで轟音と共に天井が崩れ、赤いオーガノイドが下り立った。ズンッと研究所の床を踏みしめ、牙を閃かせてローレンジに躍り掛かる。すぐさまニュートが飛び掛かるが、赤いオーガノイドは棘の付いた尻尾を振ってニュートを薙ぎ払った。別の牢をぶち破り、ニュートが吹き飛ぶ。

 

「ニュート! くそっ……」

 

 ローレンジは一旦身を引き、代わりにスペキュラーが立ちはだかる。低い唸り声で威嚇するが、赤いオーガノイドは意にも介さない。むしろ殺気立って襲いかかり――

 

「――そこまでだ、アンビエント」

 

 静かに放たれた言葉で、ピタリと制止した。

 そして、ローレンジが血を被って切り開いてきた道を、一人の青年が悠々と歩んできた。赤い髪の、なにか凄みを感じさせる男だった。

 

「テメェ……誰だ?」

「名乗る気はないな。単刀直入に言おう。リーゼを渡せ」

 

 リーゼ。ノーデンスの遺跡で見つかった少女。すなわち、今ローレンジが背負っている青髪の少女だ。

 

「誰だ? それが分からねーと、はいそうですかって渡す気はないぜ」

 

 瓦礫を踏みしめてニュートが戻ってくる。口元にチロチロと炎を蓄え、臨戦態勢を整えていた。

 

「そうか。だが、生憎と私は君に興味がないのだよ。()()、オーガノイドを手にした君では相手にならないんだよ」

「おい、グチグチと訳分かんねーこと言ってんじゃねーよ。きちっと質問に答えろ」

「無駄口を叩くのは嫌いなんだ。さっさとリーゼを渡してもらおう」

 

 男は指を持ち上げ、パチンッと鳴らした。その瞬間、牢獄の壁を破壊して数体のゾイドが現れた。嘗てザルカが再現した特殊任務を主とした小型ゾイドの一角――クモ型ゾイド、ショットウォーカーだ。その数四機。

 

「さすがの暴風(ストーム)も、彼女を連れてここから逃げおおせるのは不可能だろう?」

 

 自動操縦だろうか。ギチギチと脚を動かしながら背中の座席近くに装備されたビームガンが全てローレンジに向けられる。

 

「…………」

「諦めるんだな」

 

 ローレンジはちらりとスペキュラーを見た。オーガノイドはローレンジの成すことを窺っている。

 この場でオマエが何を選択しても、自分が主を守る。だから、決断しろ。そう言っているように、ローレンジは思った。

 

 ――悪い。頼むわ。

 

 視線でスペキュラーに告げ、背負っていた少女を抱えると青いオーガノイドの背に乗せる。

 

「頼んだ……スペキュラー」

「キュオウ」

 

 スペキュラーはリーゼを背負い、赤髪の男に近づいていく。それを、ローレンジは静かに見送る――――訳がない。

 

 再びの轟音。ストライククローが天井を突き破りショットウォーカーを破壊する。

 ローレンジは、リーゼを手放したと同時に懐の発信機を起動していたのだ。それは外で待機しているサーベラに伝わり、サーベラは発信機を頼りにこの場に前足を叩きこんだのだ。

 

 赤髪の男が目を見張る。その隙にニュートが火球を吐きだし、ショットウォーカーのコックピットを破壊する。ローレンジも別のショットウォーカーに乗り込み、機体の操作を手動に切り替えてもう一機のショットウォーカーを破壊する。

 

「ニュート! 逃げるぞ!」

 

 そのまま一目散に逃げ出す。

 リーゼを取り戻すことも考えたが、サーベラに気づかれずに進入してきた男だ。危険度の方が高い。このまま対峙すればリスクの方が大きい。それを直感で察したローレンジは、逃げの一手に徹することにした。

 

 

 

 その後、研究所は完膚なきまでに破壊されていた。ローレンジがハーマンに報告し、調査隊がやってくるころにはただの廃墟と化しており、手掛かりは何一つ残されていなかった。

 オーダイン・クラッツについても、赤髪の男についても……。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ローレンジが報告を終える頃には、すでに時刻は二十一時を回っていた。

 

「……不思議な能力を持つ古代ゾイド人の少女。赤い髪の男とアンビエントというオーガノイド。暗躍する何者かは、PKだけではないということか」

「オーダイン・クラッツはそれから暗黒大陸に向かったとか。共和国の調査隊を率いてな。奴からはPKとの繋がりが匂う。ただ、あの赤髪がナイツと繋がってるのは考え辛いな。繋がってるなら、リーゼを連れ去る必要がない」

「お前が侵入することを予測し連れ出しに来た。そうは考えられないか?」

「それもないだろ。まぁ……俺の勘なんだが。少なくとも今は繋がってない。あの男と会った、俺の勘だ。」

 

 自信無さげに語るローレンジに、ヴォルフは一層思考を深めた。PKに謎の赤髪の男。惑星Ziにもたらされた平和。その裏に暗躍する者が増え、今後の動きに一層注意する必要がある。

 

「……そうだ、お前が調べていたオーダイン・クラッツについて、私も一つ知っていることがある」

「へぇ、それは?」

 

 ヴォルフは少し言い辛そうに、抑揚のない口調で答えた。

 

 

 

「オーダイン・クラッツ少佐の率いる部隊が、消息不明となったそうだ。その部隊の構成員の中に、トミー・パリス中尉がいる。現在も行方不明だ」

 




ネタバレのため前書きには書いてませんが、リーゼファンの皆様、本当にごめんなさい!

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