ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第40話:発展途上都市の一幕

 プルトン湖の畔に建てられた町。そこが鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の新拠点だ。湖からもたらされる豊富な資源と周囲を高原や山脈に囲まれた天然の要塞を併せ持つ。戦争が終わってなお、戦乱の残滓を感じさせる惑星Ziの新たな都市としてはふさわしいだろう。

 

「では、ワタシはジョイスとディロフォースの調整をしてくるぞ」

「それじゃ、後でね」

 

 ザルカとジョイスがそう言って町の中心近くにある基地へと入って行くのを見届け、ローレンジとフェイトは二人で街を見て回った。

 帝都決戦以来、四人で西エウロペ大陸を中心にいくつかの遺跡を巡り続けてきた。その間、それまでの古巣だった鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が成長していることは聞いていたが、それを直に見たことはなかった。だから、この町に来たのは初めてである。いや、正確に言えば、ローレンジはディロフォースを受け取りに一度来ているが。

 

「いつのまにこんなに大きくなったんだぁ~」

「ゆくゆくはゼネバス帝国の首都にするつもりらしい。まぁ、まだ国としての形も出来てないし、今もメンバーが辺境の村々を回って協力を取り付けている最中らしいがな」

 

 武骨な軍事基地を離れた二人の前に広がるのは、少しずつ整備が始まっている主街区だ。湖から引きこんだ水で噴水を作り、それを中心に民の憩いの場となる公園を作り、それを囲う様に住宅が立ち並ぶ予定なのだとか。いつかニューへリックシティやガイガロスに肩を並べる大都市にしてみせるとヴォルフが息巻いていたのを思いだし、ローレンジは感慨深い気持ちになった。

 国造りの行程など、一介の賞金稼ぎに過ぎないローレンジにはよく分からない。だが、信じてくれる民を集め、新たな地を切り開き、町としての役割を整え、人々が安心して暮らせるよう法を作って行く。そして、その延長線上にある国を作り出す。

 まだ歩み始めたばかりで、今居るこの場所も軍事基地といった様相が強い。だがいずれ――二年、三年もすればここに多くの人が住むことが出来る。ヴォルフ達が新たに掲げた夢が花を咲かせようとしているのだ。

 

 ――そういや、考えてこなかったが……鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)がそれを叶えたら、俺はどうなるんだ?

 

 今の暮らしに不満はない。賞金稼ぎとして仕事をこなし、偶にヴォルフ達を手伝う。それ以外は、気ままな遺跡巡りの日々。だが、いつかそれにも終わりが来るだろう。その時、ローレンジはどうするのか。

 ヴォルフが作り上げたゼネバス帝国で士官として過ごすか? いや、軍法に従い、くくりつけられた範囲の中で過ごす己など、今のローレンジには想像もできない。

 

 ――なら一生を賞金稼ぎとして暮らすか? それもいい。だが、本当にそれだけなのか? 俺が望む暮らしとは、それだけか……? ならいっそ、師匠みたいに……悪くはないと思う。でも……、

 

「――ねぇ、ロージ?」

「ん?」

 

 工事中の町を見て、つい思考に耽っていたローレンジを、服の裾を引っ張ってフェイトが引き戻した。

 

「あっちの方に行ってみようよ! 確か、もうお店とかが出来てるんだよね!」

「あ、ああ、そうだな」

 

 袖をまくって時計を確かめる。ヴォルフ達がここに戻ってくるまでまだかなり時間がある。ディロフォースの調整には時間がかかるとだろうし、かなりの時間を潰す必要がある。

 

「遺跡調査の成果も聞きたいし、カフェが出来てたら一息入れるか」

「ホント!? じゃあケーキ食べようよケーキ! ちょっと黒っぽいやつ! てっぺんが茶色くて、蛇が丸くなったみたいな模様があって、上から見るとまぁるいなやつ!」

「……ああ、モンブランな。って、あー……っと、まぁあればな」

 

 ケーキは値段が高い。砂糖が貴重品であるこの時世、それもまだ発展途上な西エウロペにそれが仕入れられているかどうかも謎だ。以前、ガイガロスのカフェで気前よくケーキを頼んだ結果、その値段の高さに唖然としたものだ。

 先行するフェイトを視界に留めながら、密かに懐具合を確認する。以前、()()()からの極秘依頼を請け負ったことで、さらに質素な旅暮らしに身をやつしてきたこともあって、懐はまだ暖かい。ケーキ一個くらい……と思ってしまうが、最近はロクな仕事がないのも事実。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の構成員――それも幹部――としてやるべき仕事もほとんど投げている状態だ。遺跡調査に稼ぎのほとんどをつぎ込んでいる為、贅沢は敵だ。

 

 ――まぁ、さすがに発展途上のこの町にそんなもの(スイーツカフェ)があるはずはないか……。

 

 表面上は平然と街の中を眺め、しかし心の底ではそれが見つからないことを祈り、ローレンジはようやく人が住む“町”と呼ぶべき規模に成長したそこを、ぶらりと歩き回った。

 

 果たして、それは希望を圧し折る形で現れた。

 二人の視界に飛び込んできたのは、帝都ガイガロスのそれとは比べるべくもないほどに質素で貧相な佇まい。丸太を組み上げて作られたそれ(ログハウス)は、誰かの民家であると言った方が正しいだろう外見。だが、入り口に掲げられた看板が、その建物がカフェであることを示していた。

 

「あったぁ! ね! ねぇ行こう!」

「……ないよな。ここにケーキなんて高級な菓子、ある訳ないよな!? うん、ない、ある訳ない。ぶっちゃけ需要ねぇだろ。菓子なんかよりも腹にたまるメシの方が今のここには相応しいよな!?」

 

 小さく、唱えるようにローレンジは呟く。そんな兄の姿にフェイトは首を傾げつつ、しかし躊躇うことなく店内に突入していく。

 

「こんにちはー! 二人でお願いします!」

 

 元気よく店に突入したフェイトを見届け、ローレンジは肩をすくめながらも「ま、しゃーねーな」と呟いてその後を追った。

 

 結論から言えば、店の看板にあるメニュー表にはパフェやらドリンクやらの主張に便乗して、モンブランはでかでかと表示されていた。

 

 そうだ、これは仕方ないのだ。しばらく遺跡探索で砂まみれになってきたのだ。稀の贅沢なんだ。いいじゃないか。どうせ、()()()()()分の出費になるだけだ。

 必死に自分に言い聞かせ、ローレンジは店内に入って行く。だが、その背に声がかけられた。

 

 

 

「あれ? ローレンジじゃん! ひっさしぶりだなぁ!」

 

 元気のいい少年の声。炎のような情熱と、風の様に気ままな心を併せ持ったゾイド乗りの少年の声だ。そして、彼であることを示すように聞こえてくるのは機械的な小竜の足音と、金髪の美少女の姿。

 

 バン・フライハイトとフィーネ、そしてオーガノイドのジークが、そこに居た。

 

 

 

***

 

 

 

 ジョイスはディロフォースのコックピットに跨った。バイクシートのようなそれは、今までのゾイドの常識から考えれば大きく異なる。むき出しの座席はパイロットに対する危険性は非常に高い。従来のコックピットにある装甲が存在しなければ、キャノピーすらない。

 ディロフォースは最高速度三〇〇キロメートルを叩き出すと目されているゾイドだ。その速度とそれがもたらす力をむき出しで人体が耐えられるかどうか。

 

 ジョイスはゴーグルを装着し、服の下に耐圧のスーツを着込んでいる。すでにシミュレーションテストはパスした。後は実戦テストだけだ。それをクリアすれば、試作のディロフォースは正式にジョイスのゾイドとなる。

 試作機の完成は、現在同時進行で進んでいるディロフォースの量産も確定することになる。すでに十分な数のディロフォースが近日中に完成するのだ。それが示すことは、このディロフォースのテストは最終確認とパイロットとの適正診断であることだ。

 

『準備はいいか?』

「問題ないよ。始める」

 

 ザルカの言葉にジョイスは平然と答えた。

 言葉では心配を装うが、ザルカは全く心配していない。うまくいくと確信して、その上で形式上そう言っただけだ。それを分かって、ジョイスもなんでもない風に返す。だが、心中では非常に不安でもあった。

 

 ――ローレンジは心配ないと言っていた。『()()()()()()()()()()』、と。でも、僕がゾイドに乗るのは初めてだ。本当に、僕はゾイドを扱えるのか? 大嫌いなこいつを……?

 

 いや、

 不安を押し殺し、ジョイスはディロフォースを起動する。

 嫌いな奴だから、ねじ伏せればいい。従わせればいい。犬と同じだ。自分の方が上であると教え込み、自身を主人と認識させ従わせる。簡単じゃないか。

 

『ギルルン!』

 

 起動した瞬間、ディロフォースは力強く短く鳴き、走り出した。

 後ろ脚に力を籠め、右脚から前に、次に左脚。交互に前に送り出し、格納庫を飛び出して疾駆した。同時に、背中に跨るジョイスに突風と加圧が襲いかかった。瞬間的に上半身がのけ反りそうになり、必死に操縦桿を握り込んで身体を倒し、前だけを見据えた。

 

 速い。一気に加速を重ね、並みの高速ゾイドを抜き去る速度へと到達したディロフォースは、荒れ野を風の様に駆け抜けた。前方の岩場を飛び越え、谷に飛び降り、しかし速度を緩めない。

 ディロフォースは反抗などしなかった。ジョイスの意志を素早く汲み取り、自らに反映させる。

 ジョイスが制御に慣れてきたころ、目の前に数体のゾイドが姿を見せた。レブラプターだ。レブラプターは腕に増設した武装のビーム砲を撃ち込んでくる。無論、実弾ではない。ただのレーザー光だ。

 軽やかにステップを踏み、ディロフォースは走りながら身を捩じってレーザー光を躱した。掠めるような位置を、だが決して当たることはない。ディロフォース自身の身のこなしもそうだが、それを操るジョイスの力でもある。ジョイスはディロフォースをどう動かせばいいか、その知識と技術を頭の中から湯水のごとく湧き出たせ、直感でそれを反映させる。

 レブラプターとディロフォースがすれ違う。レブラプターは背中のカウンターサイズを展開させたが、ディロフォースは小手先の身体を活かしその下を潜り抜け、逆に自身の脚に装備されたレーザーソードでレブラプターの脚を辻斬りのように斬り捨てた。

 

 振り返った瞬間に襟巻を輝かせてEシールドを展開する。飛び掛かるレブラプターがシールドに弾かれた。衝撃を味わうが、それだけだ。腰を落とし、シールドの解除と同時に小型荷電粒子砲を発射する。それだけで、レブラプターは崩れ落ちた。

 

『……ふむ、見事だ! ジョイス、これでお前のディロフォースは完成だぞ!』

 

 通信越しにザルカの歓喜の声を聴きながら、ジョイスは軽く息を吐いた。その横に黒い小竜のオーガノイドが舞い降りる。

 

「……なんだい、シャドー。僕の顔に何かついているのか?」

「グルォオ……」

「僕が嬉しそうだと。そう言いたいのか?」

 

 シャドーの言葉はジョイスには分からない。それは当然のことだ。だが、ジョイスには何となくシャドーが自分をからかっているように感じた。

 

「……まぁ、否定はできないかな」

 

 僅かな黙考の後、ジョイスはそう答えた。

 不安だった。それに嫌気もあった。今まで自分を、自分が望むことから遠ざける――その切っ掛けになった“ゾイド”に乗る事。反対はしないが、不満はあった。なぜローレンジは自分にそれをさせるのか。しかも、ローレンジ自身はその成果を確認せず町をぶらぶらするときた。

 だが、そういった不満は、ディロフォースに乗り、大地を駆けた瞬間に吹き飛んだ。素直に思う。楽しいと。ゾイドを嫌っていたが、ゾイドに乗ることにここまでの快感を覚えたのは初めてだ。そうなると、思ってもいなかった。

 ディロフォースの背中で、肌で吹き抜ける風を感じ、共に相対した敵を倒す。ここまで楽しいとは、思いもよらない感想を抱いたと思う。でも、

 

「ああ、そうだよシャドー。自分でも不思議だけど、悪くないと思ってる」

 

 それは、記憶を失い、やり直したからこそあった。ジョイスの、もう一つの未来の姿でもあった。

 

 

 

***

 

 

 

 ――今頃、ジョイスはうまくやれてるかな……。

 

 ジョイスをゾイドに乗せることは、眠っているレイヴンを揺すり起こす行為だ。だが、ローレンジはそれをすべきと思った。レイヴンは多くの罪を犯している。それは、プロイツェンの駒であったという事実を差し引いても、決して消えることはない。今はジョイスとして穏やかであっても、レイヴンの犯した過激な罪はジョイスを蝕む。

 だから、ジョイスにはゾイドに乗ることを通してレイヴンの記憶を思い出させる。だが、その際にレイヴンを表に出し過ぎてはいけない。だから、これまで一緒に過ごし、穏やかな心を芽生えさせてきた。

 それは、ローレンジとしてはうまく行っていた……筈である。

 

 

 

 だが、早々物事がうまくいくはずはない。予想外の出来事など唐突に現れても当然なのだ。そしてそれは、思惑する出来事とは全く別であっても、である。

 

「いや~悪いなローレンジ。こんなうまいもんもらっちまって」

「……気にすんなよ。フェイトにケーキを買ってやろうって時に“たまたま”“金欠の”お前たちが来たんだ。知り合いに会って、無下にはできねぇよ」

「とってもおいしいです。フェイトは、食べたことあるの? あ、クリームがついてる」

「うん! ガイガロスで食べたんだ! ……えへへ、ありがと」

 

 にっこりと笑顔を浮かべるフェイト。その口元のクリームをフィーネがふき取り、優しく微笑んだ。

 傍目から見れば穏やかな光景である。金髪の美少女と黒髪の元気のいい少年、それに緑髪の少女にケーキをごちそうする優しげな青年。だが、そんな周りからの見た目と違って青年――ローレンジは落ち込んでいた。

 

 ――ケーキが三個。いや、バンがおかわりしたから四個。多分フェイトももう一個食うだろうし、そうすればフィーネだけお預けってのは悪い。つまり、ケーキ六個食われる。……暗黒大陸に入る前に凍え死にかよ。

 

 ローレンジは自身の印象を気にする性質だ。殺し屋時代からの癖で、人に近づくときは出来る限り“人のいい男”を演じるよう心掛けている。無論、最初から敵対したり害をなした相手には、その限りではないが。

 別にそれが理由という訳ではないが、フェイトだけにケーキを食べさせるのも大人としてどうなのか。そういう想いがあったことは否定できない。故に、懐が一気に寒くなるのを理解しながら、ローレンジは三人にケーキを驕った。

 

 

 

「……いや~こんなうめぇもん食ったのは久しぶりだぜ。サンキュー!」

「ごちそうさまでした」

 

 結局、バンとフェイトはケーキを二つ食べた。フィーネが遠慮したとはいえ、予想外の出費は大きい。やけになってコーヒーを飲み干し、追加を頼む。ちなみに、やけコーヒーだが、味は悪くない。

 

「……いいってことよ。んで、お前らは南エウロペの遺跡を漁ってたんじゃないのか? それに、バンは共和国の士官学校に誘われたって訊いたけど?」

 

 帝都決戦の後、バンとフィーネは遺跡めぐりの旅に出かけた。だが、バンは共和国の知将と名高いクルーガー大佐に士官学校に誘われたと訊いていた。クルーガーと知り合いであるらしいエリウスからその話を聞いていたため、彼らが二人そろってこの場に居るのは少々驚きだった。

 

「いやー……士官学校ってさ、卒業したら軍に入るんだろ? 俺、軍隊ってなんか性に合わなくてさ」

「断ったのか?」

「ああ。クルーガーのおっさんは『その気になったらいつでも来い』って言ってるけど、あんまり行く気はないんだよなぁ……」

 

 「ははは」と笑うバンに、ローレンジは心中でもったいないと思った。と同時に安心もした。

 バンの成長は著しいものがある。彼と一緒に旅してきたアーバインやムンベイに聞いたところ、その成長の度合いが圧倒的だったことも分かった。彼が置かれた環境や、成長の著しいだろう年頃というのも理由になる。だが、それを差し置いてもバンのゾイド乗りとしての資質は目を見張るものがあった。優秀なゾイド乗り――クルーガーは共和国の知将と称され、一ゾイド乗りとしても優秀な人物だ。その下で成長すれば、バンは惑星Zi指折りのゾイド乗りに成長する。その確信がローレンジにはあった。

 だが、それはバンが士官学校に通うということ。その先にあるのは、当然共和国の軍人としての日々だろう。

 ローレンジはバンが軍人となる未来を好ましく思わなかった。軍人となることは、バンのいいところを潰してしまう予感があったからだ。だが、果たして今の時代、軍人となる以外に、それ以上のゾイド乗りとして成長する場があるだろうか。

 

 バンには気負うことなくのびのびとゾイドに乗ってほしかった。だが、同時にもっと彼が望む最高のゾイド乗りになってほしい。そして、そこに至る道筋に戦いの術を身につけることは必須事項だろう。

 バンの目標とするダン・フライハイトは、軍人だったのだから。

 

「ま、いろんな視点から学ぶのは悪くない。一回軍に身を置いてみるってのもありだと俺は思うが」

 

 僅かに思考を巡らせ、当たり障りのないようにローレンジは言った。バンがそれで納得するとは思っておらず、案の定バンは相槌を打ちながらも何か考え込んでいた。

 

「うーん……、俺さ、父ちゃんみたいなすげぇゾイド乗りになりたいんだ。でも、それってどういうことなんだろうな。最近、ちょっとよく分かんなくなっちまってよ。そのこと考えてたらさ、遺跡調査にも身が入らなくて……」

 

 あれからバンとフィーネは、二人で南エウロペの遺跡を探索していたという。共和国の高名な科学者――ドクター・ディが協力してくれたこともあったが最近はもっぱら二人で、だったそうだ。

 

「バン……」

「あ、いや、別にゾイドイヴ探しが嫌ってわけじゃないんだ。ただ、ちょっとな……」

 

 バンの名はデスザウラーにとどめを刺したことで南エウロペ中に知れ渡っている。『英雄』として祭り上げられている節もあった。名を上げようという馬鹿な山賊に襲われたりもあっただろう。少し、バンも疲れているように見えた。

 

「ゾイドイヴについてはどうなの?」

 

 そこで、名残惜しげにフォークでさらに残ったケーキの欠片を食べていたフェイトが問いかけた。

 

「ううん。全然手掛かりが見つからないの。この一年、いろんな遺跡に行ってみたんだけど、さっぱりで……」

「フィーネが何かを感じるような遺跡も見つからないんだ。オーガノイドみたいなのは見つけたけど、もう石化してたし……収穫って言えば、それぐらいだよ」

 

 バンたちもゾイドイヴの調査が目的だ。だが、古代ゾイド人の遺産の中でも未だ伝説とされるゾイドイヴについては相変わらずさっぱりな現状だった。

 

「俺達も同じさ。かけらほどの情報もつかめねぇ。……あいつなら、何か知ってたかもしれねぇが」

「あいつ?」

 

 うっかり口にしてしまったことに気づき、ローレンジは「いや、別に何でもない」と答えることをしなかった。

 

 そして、しばし沈黙が流れた。話すことも尽きたのか、バンは何か考え込むようだった。フィーネも頼んだコーヒーを飲んでいる。

 

「……でさ、結局バンたちはどうしてここに?」

 

 その沈黙を破ったのは、またしてもフェイトだった。なぜか少し気まずい空気だったため、素直にありがたい。

 

「ああ、こっちでヴォルフさんたちが町を作ってるって訊いたからさ、気分転換に行ってみようかと思って。フェイトとローレンジは?」

「そのヴォルフに呼び出されたんだよ。遺跡漁りはまた中断で、北の暗黒大陸に行くんだ。ま、あっちにも遺跡はあるだろうし、そっちで手がかりがないか探ってみるよ」

「「暗黒大陸?」」

 

 バンとフィーネがそろって首を傾げ、ローレンジが説明する。北方に存在する極寒の大陸。未だ未知のベールに包まれた新大陸だ。

 話を聞き、その中でバンの表情がだんだんと変化していくのがローレンジは分かった。遺跡探索で一向に成果が出ず、鬱屈してきたのだろう。未知の大陸への期待に表情が輝き出している。そして、予想通りの言葉をバンは口にした。

 

「面白そうじゃん! そっちで手がかりがあるかもしれねぇし、フィーネもいいだろ? な、俺たちも着いて行っていいよな!」

「あのな、こっちはPKの始末付けに行くんだ。遺跡調査はその合間にちょっとやれるかどうか。それに、あっちは厳しいって話だぞ」

「なんでもいいさ! 未知の大陸調査だろ!? すっげぇ面白そうじゃん! それに、PKなんて俺とジークなら楽勝だぜ!」

 

 嬉々として同行を申し出るバン。その言葉の中にある一言に、ローレンジはピクリと反応した――が、態々口にはしない。誰にだって、そう思ってしまう時期はある。

 心配ではあった。が、これは悪くないとも思った。バンの成長を促すにも、ちょうどいい機会である。

 心配事はもう一つある。ジョイス――レイヴンと鉢合わせることだ。出会うことがないという保証はない。移動中のドラグーンネストの狭い艦内ではあってしまう可能性の方が断然高い。それは、ジョイスのことを考えればかなりきつい。

 

 ――まぁ、どうにかするか。会わせちゃならない、絶対に。

 

「……分かった。ヴォルフに掛け合ってみる。ただ、こっちは遊び気分で行くわけじゃないんだ。そこんとこ、よーく考えとけよ」

「分かってるって! 役に立って見せるぜ!」

 

 久しぶりの再会だが、変わらぬバンの姿に、ローレンジは少し安心した気がする。そんな気分を心のどこかで味わいながら、ローレンジはコーヒーを飲んだ。

 

 

 

「うぇっ! からっ! ――な、なんだこれ!?」

「美味しいですよ。お塩のコーヒー」

 

 いつの間にかフィーネに入れられていた塩コーヒーに、思わず吹き出したが。

 


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