ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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夏に投稿開始できて一番良かった点は、今回があるからですよ。


第38話:リゾート

 マダガスカル島は南エウロペ大陸の南端、ニューへリックシティの沖にある島だ。横に長い平らな形をした島で、中心にはこの島が発生した証拠ともいえるエルワト山が聳えている。

 島の西端は南エウロペ大陸と陸続きになれそうなほど近く、逆に東端は西方大陸の東側に広がる海――ゼロス海に張り出している。大陸の近くから洋上までを行き来が可能な地形を確立したマダガスカル島は、大陸近海から沖までをカバーできるフィッシングスポットとしても有名だ。また、惑星Ziの南側にあるということから、リゾート地としてもひそかな人気を博している。

 最も、この島はそういった休暇の舞台としてだけでなく、ある軍事的要所でもあった。

 

 

 

「なぁ……絶景とは思わないか?」

 

 そのマダガスカル島のある浜辺で、一人の男が額に手を翳し、降り注ぐ陽光を遮って海を望んでいた。

 

「まぁ、……あなたにとっては、絶景でしょうね」

「俺様にとってだけではない。お前にとっても――いや、男なら誰もが羨ましがるような絶景だろう!」

「ですね。あなたにとっては」

 

 燃えるような真紅の髪を風になびかせ、その髪の色の様に熱く語る男に対し、軽く波がかった茶髪の男は辟易しながら返す。まぁ、それで赤髪の男が治まる訳がないので、適当に流すことにしている。勢い良く燃え盛る炎も、その燃料が無ければやがては沈静するだろう。

 

 ――いや、彼女たちの存在()がある限り炎は消えない……か。

 

 小さくため息を吐いた茶髪の男――ロカイはうんざりとした思いを抱えながらも、視線を赤髪の男と同じ、青い海へと走らせ……眩しすぎるその光景に、澄み渡った空を仰いだ。

 

「どうした? 一秒でも長くこの絶景を瞳に収めるべきではないか?」

「いや……おれには少々刺激が強い」

 

 ロカイは嘗て共和国の捕虜だった。そこから死に物狂いの思いまでして帝国に逃げ帰り――しかし、帰りついた帝国には心の支えだった唯一の肉親すらいなくなっていた。全てを失い、地獄の底を体験した末にたどり着いたのが今の居場所。

 だというに、このような気の抜ける場に直面してしまえば、自分の覚悟は何だったのかと頭を抱えたくなる。

 

 ロカイはちらりと海の方に視線を戻した。波間に覗くのは白い肌、健康的に鍛えられた肉体は、それだけで彼女たちの美しさを際立たせる。彼女らは以前から軍属だった。だというに、軍の埃にまみれたような者は誰一人としておらず、皆が皆美しく、可憐だ。故に、隣の赤髪の男の言うことも間違いではない。

 だが、今日まで真面目な軍人の性格を貫いてきたロカイには、刺激が強すぎるものだ。だからロカイは視線を逸らし、一人その場を離れながらため息を吐く。

 

 ――なぜこんな時にリゾートなんだ……。

 

 

 

 

 

 

 事の発端は、帝都決戦以降別行動をとっている鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)随一の科学者――長らく別行動をとっているザルカの要望だった。

 

『マダガスカル島にはとても希少な鉱石があるというじゃないか。なんでも技術が追いつかず未だ実用化には至っていないが、調査の成果から察するに、高速ゾイドにはもってこいの金属が作れるのだろう?』

 

 要するに今後のゾイド研究の一環のためにその鉱石が欲しいということだった。

 この頼みを受け、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のリーダー、ヴォルフはマダガスカル島行きを承諾。マダガスカル島は共和国の領地であり、そのため共和国軍との交渉の末に何とか採掘の許可をもらった。

 共和国にしても、鉱石の実用化のための研究が難航しており、共和国のドクター・ディに並ぶ別格の科学者――ザルカがそれを請け負ってくれるのは大いに助かることだった。

 

 そして、この鉱石の研究はヴォルフ達の目的にも大きくかかわっていた。

 

 ヴォルフ達鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の最終目標は、今は亡きゼネバス帝国の復興だ。

 ガイロスとへリックの戦争が終結した今、惑星Ziは戦乱の世に別れを告げ、新たな時代に踏み出そうとしている。今の惑星Zi――その西方大陸エウロペ――は、この二大国家が治めていると言ってよく、そこに新たな国が誕生することは再び混乱を、戦乱を呼び込むかもしれない。

 しかし、そこで大きなカギとなって来るのが旧ゼネバスの民だった。嘗ての三つ巴の戦争に敗れたゼネバス帝国の民は、その多くが北エウロペに逃げ、生き残った者たちはガイロス、へリックの領土で暮らしている。ゼネバスの民は、いうなれば敗戦国の民であり、社会的地位は限りなく低いと言っていい。現在は共和国のルイーズ大統領、帝国のルドルフ皇帝という優れた指導者(トップ)の働きかけもあり、その待遇は悪いとは言いきれない。だが、両国の民に刻み込まれてしまった嘗ての選民思想は未だ根強く、皆が同じとは言い切れないのだ。

 また、北エウロペに逃れた者たちはといえば、北エウロペは未だ両国の領土なども明確に定められていない不毛地帯である。各村ごとに秩序が生まれているとはいえ、それを一つにまとめる国という存在は無く、安定した暮らしが営まれているとも言い難い。

 現に、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に所属する一人の少女が生まれ育った村も、つい最近村同士のいざこざで争いがあったという。

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)がゼネバス復興を掲げるその根元には、そう言った社会的に弱いゼネバスの民を救うという意味合いが大きい。尤も、所属団員の中には純粋に故郷に凱旋するという想いが強い者が多いのも事実である。

 

 そうした想いからゼネバス帝国を復興を目標に掲げている。それを達すべく必要となるのは、所謂国家の三要素だ。すなわち“領土”“国民”“主権”である。

 まず“国民”だが、これは帝都決戦以降各村々を巡って呼びかけ続けていることもあり、問題はないと思われる。

 次に“主権”。これも、旧ゼネバス帝国皇帝であるゼネバス・ムーロア、その子孫であるヴォルフの存在から確実である。巡った村々に住む旧ゼネバス帝国の民も嘗て忠誠を誓った偉大なる皇、ゼネバス・ムーロアの血族とあれば文句はなかった。

 最後に領土。ここが問題であった。すでにエウロペにはへリックとガイロスの二大国家が存在する以上、今は定められていない西エウロペ、北エウロペも早々に両国に奪われてしまう。そうなってしまえば、ゼネバス帝国の西方大陸での復活は無くなり、嘗ての故郷に凱旋するという団員の想いも無に帰してしまう。下手をすれば、それに反感を持ってあらたな戦争の火種となりかねない。

 

 そこで、ヴォルフは自らの想いを両国の首脳に語り、協力を頼み込むという行動に出た。

 だが、帝都炎上の主犯であるプロイツェンの息子であるヴォルフの頼みなど受け入れてもらえない。そうなれば、ヴォルフたちは西方大陸を離れ、中央大陸デルポイにて一から建国しようと、そう考えていたのだ。

 無論、そうなれば各村々の人々が賛同してくれるかもわからない。住み慣れた地を離れ、未開の地で国づくりを一から始めるのだ。どれほどの苦難が待ち受けているか、それは想像だにできないことだ。

 それでも、嘗てあった祖国の面影を一心に見据え、ヴォルフ達鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は歩みを辞めるつもりはない、はずだった。

 

 

 

 会談の場で、ガイロス皇帝ルドルフのみならず、共和国のルイーズ大統領すら、それを承認したのだ。

 皇帝であるルドルフは、帝都ガイガロスでの動乱の件でヴォルフ達鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が裏で必死になっていたことを理解しており、皇帝として、またプロイツェンに対し共に戦った戦友として恩を返すという思惑がある。だがルイーズ大統領が承認することはその場の誰にとっても予想外であった。

 

 『大統領は王ではなく、民衆の意志の代行者』

 

 ルイーズ大統領が自らの心に誓ってきた信条である。だが、今回のそれは明らかにその信条に反していた。

 ギュンター・プロイツェンはガイロス帝国を率い、へリック共和国を陥落寸前にまで追いつめ、さらに帝国内でも反乱を起こし、惑星Ziそのものを危機に晒した男である。

 そのプロイツェンの息子であるヴォルフの頼みを聞く必要などあるのか? いやない。へリック国民のほとんどがそう思うだろう。だが、ルイーズ大統領はそれに真っ向から対立した。

 

『確かにプロイツェンが犯した罪は計り知れません。その責任を問うのであれば、矛先はその血族であるヴォルフに向かうでしょう。ですが、彼は父の過ちを咎め、過ちを防ぐために戦った。彼が、彼の率いる者たちがいなかったら、もっと多くの人々が犠牲となっていたことでしょう。彼が亡国を再誕させることは戦乱を呼び込むためではありません。彼の目的は、我々が守ることのできない民を救うためでもあるのです。ならば、私はへリック共和国の()()()()()()の心を汲み、彼の希望を後押しすべきかと考えています』

 

 毅然とした態度で、ルイーズ大統領は言い切った。その姿には、申し出たヴォルフすらも双眸を見開いて驚きを隠せなかったという。

 そんなヴォルフに向き直り、ルイーズ大統領は厳しい口調で続けた。

 

『よろしいですか、ヴォルフ・プロイツェン。我々へリック共和国があなたのことを後押しするのは、現在、わが国民でもある旧ゼネバスの民を助けるため。そして、この先もこの星に平和を存続させるためです。もしもそれが違えられた時は、我々は全力を持って平和を乱す者と戦うでしょう。それを肝に銘じておきなさい』

 

 このルイーズ大統領の言葉が、全ての決め手だった。ルイーズ大統領の言葉は、すなわちへリック共和国全国民の言葉でもある。反論の余地がない。

 ガイロス帝国もトップであるルドルフが結論を出しているのだ。プロイツェンに憎しみを抱く重鎮たちからいくら苦言があろうと、もはや決定は変わることはない。

 

 ヴォルフが深々と頭を下げ、感謝を述べたことでその場は解決となった。

 

 

 

 結果として、嘗てゼネバス帝国が領地としていた地域の一部――今は人も住んでいない土地である西エウロペのプルトン湖周辺をヴォルフが管轄することとなった。ゆくゆくはこの地を整備し、多くの国民を従え、ゼネバス帝国を再建するのだ。

 つまりはこれで領地の問題も解決し、ゼネバス帝国は――後々であるが――国家としての最低条件を整えることに成功したのである。

 まだ土地の調査に各村々の説得などが終わっていないのだが、それでも目標に向けて大きく前進した。

 

 そんなゼネバス帝国――その前身となる鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が次に備えなければならないものは、それは組織としての力であった。

 

 平和な世に軍事力が必要なのか?と言われれば、無論必要である。平和な世となれば、よからぬことを考える者も出てくる。特に、惑星Ziでは民間人でも生活の基盤としてゾイドを保有している者がいるのだ、ゾイドは民間での生活から戦争に関わる兵器として、幅広い力を秘めている。惑星Ziで国家を安定させるに当たって、軍事力としてのゾイドは必要不可欠である。

 

 そして、そのゾイドを開発するための素材調達のため、今マダガスカル島に来ているのだ。

 ザルカによると、マダガスカル島に眠る『エルワチウム・ゼロ』という鉱石を採用することで、軽くて丈夫な高速ゾイドの装甲が作れる。そして、それを応用し新たな鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の専用ゾイドを作ろうというのだ。

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の専用ゾイドは是が非でも必要だった。嘗てゼネバス帝国で採用されていたゾイドの多くは、現在ガイロス帝国でも運用が続けられており、それをそのまま使うというのは新国家としていかがなものか、という意見がある。戦時中はへリック・ガイロス両国共に、敵国のゾイドを鹵獲し運用するという事例があった。だが、やはり各国家に属するゾイドというのは、そのまま国家の印象――顔にもなるのだ。

 故に、後々国家として確立するゼネバス帝国も、国の顔となるゾイドを欲していた。

 

 そう言った理由もあり、マダガスカル島にて鉱石採掘を行い、それも一段落したのが今の状況だ。

 そして今日、ゼネバス帝国復興のために日夜動き続けたが、偶には休息も必要だろうという意見が内部で囁かれた。偶の休息と言うが、本心は「せっかくリゾート地としても有名なマダガスカル島に来たというのに、炭鉱夫をやって終わりはないだろう!」である。

 その意見は、あろうことか司令官であるヴォルフすらも動かし――副官ズィグナーの口添えがあったとも云われるが――今回の同行メンバーは海水浴を楽しんでいる、という訳だ。

 

 

 

「まったく、プロイツェンの野望阻止に動いていた頃とはえらい差だ」

 

 日夜働き詰めな鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)団員たちはこの貴重な休息の機会を大いに楽しんでいる。

 また、ルドルフ皇帝の即位以降、各地を巡ってゼネバス帝国再建の協力を呼びかけた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は、その規模を増している。帝都決戦に至る過程で多くの犠牲を払ったものの、今は全盛期並みの団員数を獲得するに至っている。

 そして、その新たなメンバーには、比較的若い者が多かった。多くが二十代から三十代、驚くことに十代の未成年すら入団している始末だ。

 これは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のリーダーであるヴォルフが二十一歳という若さであるのが大きな理由である。かくいうロカイも二十六歳、となりで熱く語るウィンザーも二十六歳である。団内での平均年齢が若いと言えば、その通りだ。

 

「むはー! もう我慢できん! 波間の美女たちが、俺様の登場を今か今かと待ちわびているのだ! 男カール・ウィンザー。そんな乙女たちの期待を無下にしてなんとするか!」

「ウィンザーさん。あなた、いずれ女に騙されそうですよ」

「ふっ、本望だな!」

 

 しばしの間、ロカイと共に達観した面持ちで海を眺めていたが、やはりこの男にそれは不可能であった。ウィンザーは新しく入団した女性たち――女性ばかりが入ったわけではないが――が楽しそうに海水浴を楽しむ現場に勢いよく駆けて行く。羽織っていたシャツを投げ捨て海水パンツ一丁で飛び込んでいく様に、ロカイは何故だか羨ましく感じる。

 己の欲に忠実で、どこまでも現状を楽しめる心を、ロカイはもう持ち合わせていない。

 

 ……ただ、数ヶ月前にナンパのしすぎでサファイアから叱責を喰らったらしいが、大丈夫なのだろうか。という心配はあったが。

 

 

 

 軽く息を吐き、ロカイは折り畳み式のビーチチェアに腰掛け、上体をチェアに預ける。かけ直したサングラス越しにサンサンと降り注ぐ太陽光がまぶしく、心の中の濁った水が蒸発していくようだ。。

 ウィンザーが去り、一人静かな環境に置かれたことで、ようやくロカイも悟る。ああ、これが平和なのだと。暖かな光が、ゆっくりとロカイの意識に微睡を与え……、

 

「……ねぇ、ちょっとロカイ? まだ起きてるわよね?」

 

 唐突に声をかけられる。微睡みに身を委ね、ウトウトと仕掛けていた所だ。ロカイはすこし不満げに思いながらも瞼を持ち上げ――そこに居た人物に驚き、チェアを蹴飛ばして跳ね起きる。

 

「あ、アンナさん!? な、なんでしょうか?」

 

 いきなり目の前に現れた女性にロカイは思わず視線を逸らした。確か先ほどまで他のメンバーと一緒に泳いでいたはずだ。それはウィンザーと共にしかと見届けている。その彼女が目の前にいた。海から上がったばかりなのか、濡れた肌に太陽光が反射して眩しい。軍属として鍛え上げられた肢体が存分に表に出され、魅力的な姿がロカイの視界を輝かせた。それ以上にアンナの存在がまぶしすぎる。

 

「あのねぇ、前も言ったでしょ。あたしはあなたよりも年下なんだから、敬語使われるとなんか嫌なの」

「で、ですが……」

「まさか、また階級がどうこう言うつもりじゃないでしょうね。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)内でもあたしはそんなに偉くないのよ。あなたと同じ、一兵士みたいなもんじゃない。普通に接してくれた方が楽なの」

 

 いや、司令官(ヴォルフ様)の彼女にタメ口なんてできる訳ないでしょう。

 ロカイは心中でそう吐露する。ヴォルフとアンナの仲については鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)メンバーにとって周知のことだった。さらに、ロカイの真面目一辺倒の性格から、同僚となっても以前の立場を考えれば、口調を改めることはできない。

 ロカイは帝国軍の辺境に派遣された一士官。アンナは元摂政の私兵部隊の特殊戦闘員。立場が違いすぎる。

 

「まぁいいわ。それで、一つ聞きたいんだけど――こっち向いて話聞いてくれない?」

「で、でしたら……せめて上着を羽織ってください。目のやり場に困ります」

 

 詰め寄るようなアンナに、ロカイは必死で目を明後日の方向に向けながら言う。その言葉に、アンナは「ああ、ごめんなさい」と軽い口調で謝ると、上着を取り、さっとそれを羽織った。

 

 ――まったく、ヴォルフ様に対しては恋する乙女なのに、なぜ他の者との時はこうも無頓着なのか……。

 

 アンナは気の強い女性だ。以前、何の気もなしにウィンザーが入団した彼女をナンパしようとした時、問答無用の無言の拳が顔面を貫いていた。ちょうど近くにいたヴォルフが反応するまでもない一撃だった。

 ちなみにウィンザーは「力強い一撃、まさに戦乙女。そして、秘めたる純粋な愛を俺様は感じた。まさに――ナデシコ」と言い切り、意識を失った。

 

「それで、聞きたい事なんだけど」

 

 僅かに意識を逸らしているうちにアンナが傍に戻っていた。アンナの態度からなんとなくその先を予測しながら、ロカイは続きを聞く。

 

「ヴォルフ、どこに行っちゃたのかしら?」

 

 やっぱりか。

 

「先ほど、ズィグナー様に呼ばれてドラグーンネストに戻られましたよ。ずいぶんかかっていますがそろそろ……と、噂をすれば、ですね」

「え?」

 

 アンナの後ろを示すと、ドラグーンネストから降りて来たヴォルフの姿があった。今日は皆で休暇ということで、ヴォルフも海水浴のスタイルに合わせている。海水ズボンに派手なアロハシャツ。ちなみにこのシャツはウィンザーが選んだのだとか。

 アンナはヴォルフの姿を見て頬を僅かに赤く染め、駆け寄って行く。ロカイは邪魔にならないようもう少しここで穏やかな時間を過ごそうかと思ったが、視界に映ったヴォルフの表情からその考えを改めた。

 ヴォルフは表情を硬くし、視線を宙に漂わせながら何かを思考していた。この様子だと、何かがあったと見て間違いない。

 

「ヴォルフ」

「…………」

「ねぇ、ヴォルフ聞いてるの?」

「……ん、アンナ? ああすまない。少し考え事をしていてな」

 

 顔を上げたヴォルフは軽く笑って見せた。だが、その表情は暗く、無理をしているのは一目で分かった。ロカイですら気づけたのだ。ロカイよりも近しい位置に立つアンナが気づかない訳がないだろう。

 

「ズィグナーに呼ばれてたみたいだけど……何かあったでしょ?」

 

 アンナは俯き加減のヴォルフの表情を覗き込む。やはりばれていたか。今の服装とは全く正反対な硬い表情では、隠し通すなど不可能だろう。

 ヴォルフの硬い表情は、プロイツェン絡みの一件以来一度だけだった。あの町での出来事は、ヴォルフにどこか影を落としているようにも思う。そこから察するなら、何か大きな動きがあるはずだ。ロカイは聞き耳を立て、注意深く二人の様子をうかがうことにする。

 ……ただ、恋人同士の話を監視する様で居心地が悪いのだが。

 

「言わなきゃ……ダメだよな……」

「当たり前じゃない。ヴォルフがそんな顔だと、心配で仕方ないもの……これじゃデートも楽しめない」

 

 アンナは小声で付け足す。ほんの小さな声で。その内容は、離れて聞き耳を立てているロカイはもちろん、傍にいるヴォルフすら聞き取ることが出来なかった。

 

「本当は、今日の夜に皆を集めて話す予定だったんだが……仕方ない。夜までは誰にも話さないでくれよ」

「分かってるわよ。――って、そんなに重大なこと?」

「ああ……PKの残党に動きがあったそうだ」

「――あいつらが!?」

 

 アンナの声に怒気が混じった。

 アンナは元PKだ。それも、ヴォルフ達鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の存在や思惑を歪曲して伝えられていた。アンナにとってPKは、嘗ての古巣であるが、同時に自身の運命を捻じ曲げた憎むべき敵でもある。

 

「ガイロス軍は戦後復興が忙しくて手が離せんらしい。そこで、因縁のある我々の出番ということだ」

「ルドルフ陛下も意地が悪いわね。私たちがゼネバス帝国復興に尽力してるのを知ってて、そんな話を持ち込んだのかしら」

「陛下は即位されてまだ一年だ。議会の方で何かあったのかもしれん。どの道、私としては頼まれずとも、と思っているのだがな」

 

 PKはヴォルフの父――ギュンター・プロイツェンを頂点としている。その思想はプロイツェンのそれに染まっており、ヴォルフとは相容れないものだ。彼らの存在は、ガイロス帝国だけでなく鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にとっても脅威だ。見過ごすことはできない。

 

「それにだ。共和国の方もそれを察知して部隊を派遣したそうだが、そちらも連絡が途絶えたらしい。事態はかなり深刻だ」

「共和国も……」

 

 二人は話しながらも砂浜を歩き、ロカイの方に近づいてきた。これは……ばれているのだろうか?

 

「連中はニクス大陸にて活動を再開している。我々も準備を整え、すぐに向かう。いいな」

「ええ、構わないわ。……あいつらにはたっぷりお礼をしてあげないと」

 

 ふつふつとアンナの中で怒りが湧き上がっているのが分かる。ヴォルフと離れさせられ、あげく望まぬ戦いを仕向けられたことに対する怒りは消えない、ということか。

 

「ロカイも、話は伝わったろう?」

「――え? あ、はい」

 

 唐突にヴォルフから話を振られ、慌てながらもロカイは応じる。そんなロカイの姿にヴォルフは苦笑を浮かべ、アンナはなぜか睨みつけてくる。

 このままだと、何か身の危険を感じる。そう、理不尽な怒りがこちらに向かってくるような。そんな予感に駆られ、ロカイは一つ話題を振ることにした。

 

「そ、そういえばヴォルフ様。それは、ルドルフ陛下直々のお頼みだったのですか?」

「む? そうだが……態々陛下から頼まれることでもないと思うが……」

「その格好で応じたので?」

「…………」

 

 ロカイの質問が口を吐いた瞬間、ヴォルフは口を真一文字につぐんでそっぽを向いた。

 

「……え? ちょっとヴォルフ! あなた、そんな格好でルドルフ陛下とお話したって言うの!?」

「一様確かめておこうかと。ヴォルフ様?」

 

 アンナの叱責に、ロカイの――多少意地が悪いと思いつつ――追及。その二対の視線からヴォルフは機械のように「ギギギ」と腰を曲げ、明後日の方向に視線を投げた。

 

「ヴォルフ!」

「ヴォルフ様」

 

 アンナの厳しい叱責。ロカイのやんわりとした追及。その二つを浴び、ヴォルフは不満げに口を開いた。

 

「ズィグナーが……あいつから久しぶりの連絡だというから……つい、勢いで……」

 

 苦し紛れの言い訳になんとなく察するところがあった。

 ズィグナーはヴォルフの副官で、忠義に熱い男だ。ただ、これまでのプロイツェンへの反抗などで気を張りっぱなしだったためか、あれ以来どこか茶目っ気を覗かせるようになっていた。主にヴォルフとアンナの関係を温かく見守ったり、偶に主君(ヴォルフ)を喜ばせようと妙な行動を始めたり……。

 今回のそれも、ヴォルフに対するささやかな悪戯といったところか。大方、ルドルフ皇帝なら笑って許してくれることを予測してのことだ。が、流石にやり過ぎではないかとも思う。これでは、ガイロス帝国の重鎮によからぬ感情を持たれても文句を言えない。

 そして、それは結局、言い訳に過ぎない。

 

「そんなので納得できるわけないでしょ!」

「ヴォルフ様。相手が誰であれ、きちんとした対応をすべきかと。あなたは皇帝になられる御方なのですよ」

「う…………、と、とにかく! そういうことだから二人は夜までこのことを黙っているように! それからロカイは奴に一度戻ってこいと連絡を入れておけ!」

 

 もう破れかぶれだ。と言いたげなヴォルフの態度にアンナは思わず吹き出し笑い出す。ロカイも我慢できず声をあげて笑った。

 同時に、ロカイは自身の心が晴れたのを感じる。

 そうだ、自分には家族はもういない。だが、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)という仲間がいるじゃないか。こうして、共に笑って進むことのできる仲間が。

 

「分かりました」

 

 苦笑しながらロカイは答えた。自分と同じように、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)を家族としている青年に連絡するのだ。

 

 

 

 その日の夜、緊急会議が行われ、翌日にはドラグーンネストはマダガスカル島を去った。

 




水着をしっかり描写できれば……。私的には、そこだけ反省点でした。

さて、次回は第二章のオチからつながります。ようやく、彼が登場です!

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