ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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後半戦、VSヤークトジェノです。


第32話:暴君竜ヤークトジェノ

 荒野の彼方から、物々しい砂埃が立ち込めていた。その要因は多数のゾイドが行軍しているからだ。何機もの……いや、数十、数百機のゾイドが進軍しているのだ。

 一歩一歩荒野を踏みしめて進む部隊は共和国の部隊だった。シールドライガーにコマンドウルフ、ゴルドスを中心とした共和国軍の大部隊。ゴドスやガイサックを中心とした小型ゾイド部隊にカノントータスなどの重砲隊を加わっている。それが一様に帝都ガイガロスを目指している様は、つい数ヶ月前に首都目前まで攻め込まれたへリック共和国とは思えない。

 

 だが、彼らは報復のためにガイロス帝国首都を目指しているわけではない。ガイロス帝国宰相のホマレフの要請を受けたルイーズ大統領が派遣した救援部隊だ。

 救援要請を受けてからさほど時間が経っていないにもかかわらずこの大部隊の派遣はいろいろと疑問が湧き起こる。おそらく、ルイーズ大統領は先のニューへリックシティでの戦いを踏まえ、ギュンター・プロイツェンによる帝都動乱を予測していたのではないか――と指揮官の男、ロブ・ハーマンは予測している。

 

「ハーマン大尉、このままでは戴冠式に間に合いません」

「くそぅ、やはり時間が足りなかったか……仕方ない速度を上げる」

「ですが、主力のゴジュラスやカノントータスとゴルドスの重砲隊が追いつけなくなります」

「間に合わなければ終わりなんだよ! 置いて行ってかまわん。後で合流させろ」

「はっ」

 

 すぐさま指示が部隊中に伝達され、コマンドウルフやシールドライガーといった高速ゾイドたちがその歩みを速める。ゴドスやガイサックなどそれらよりは遅いが軽快な行動が出来るゾイドがそれに続く。

 

「……大尉、偵察のプテラス部隊から通信です」

「よし、こっちに繋げ」

 

 ハーマンは回線を開き、プテラスからの報告を受ける。

 

『こちら、偵察のプテラスです。大尉のお話にあった恐竜型ゾイドを発見しました。周囲には黒いセイバータイガーと朱いアイアンコングがいます。現在は沈黙していますが――な、なんだ、あれは……!? う、うわぁぁああああっっっ!!!!』

「どうした!? 応答しろっ! オイ!? ……くそっ、やられたか。オコーネル、パリス中尉はなにをしている!?」

「はっ、未だ無線は封鎖されております。まだ戦地にたどり着いていないと……おそらくは……」

「道に迷ったのか! あの馬鹿がッ!!」

 

 怒鳴り声が通信マイクを通してオコーネルに届き、あまりの音量にオコーネルは顔を顰める。しばし間が空き、ハーマンが治まったのを見計らってオコーネルはもう一度問かけた。

 

「いかがいたしますか……ハーマン大尉」

「……我々の任務は帝都に急行することだ。……近くにいたというアイアンコングはトミーの報告にあった機体だろう。彼に任せる」

「ですが、もし例の機体に突破されたら背後を突かれることに……」

「だからと言ってそちらに戦力を割いて肝心のルドルフ殿下を守れなければどうにもならん。プロイツェンの切り札のこともある以上な。彼らが倒してくれることを祈る。……トミーめ、自分の役目ぐらいきっちり果たせと……」

 

 意識して気持ちを抑え込み、しかしぶつぶつと弟分への文句を呟くハーマンにオコーネルは苦笑いを浮かべ、今は任務中であると表情を整える。そこに新たな通信が入った。

 

『こちら、アーラバローネ。先ほどの話は聞いた。位置情報を送ってほしい』

 

 それは、発進以来連絡が途絶えていたアーラバローネだ。すぐにハーマンが答える。

 

「お前たちか。ルドルフ殿下の護衛が優先ではないか?」

『ああ、その通りだ。だが、彼らにも借りがある。それに、あの機体はかなりのイレギュラーだ。セイバータイガーとアイアンコングでどうにかなる相手じゃない』

『心配いらないわ。間に合わないと感じたらすぐに殿下の方に向かう。それにあの機体に帝都が蹂躙されるのを防ぐのも我々の任務に相応しいわ』

「分かった。健闘を祈る」

『任せてもらおう、我ら翼の男爵、アーラバローネに』

 

 互いに短く敬礼を交わし、通信が切れる。

 

 ハーマンは彼らの無事を案じつつ、自らが率いる部隊を帝都に向かわせることに意識を戻した。それが、少しでも助けになると信じて。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

『ガァァァァアアアアアッッッ!!!!』

 

 ジェノリッターは怒りにも歓喜にもとれる咆哮を上げ、荷電粒子砲を放った。狙いなど付けていない。ただ溢れ出す自らの感情を猛々しく表現することにしか意識が向いていない。少なくとも、ローレンジにはそう感じられた。

 それでも、機体の限界を超えて放たれた光は太く、巨大なものだった。反射的にローレンジはそれを避け、ぎりぎりまで接近していたヴォルフもすんでのところで回避に成功した。だが、発射の衝撃波は光の本流をかわしきった二機に容赦なく襲い掛かり、吹き飛ばされて荒野に叩きつけられる。

 放たれた荷電粒子砲は明け方の空を駆け上がり、偶然射線上に入っただろうプテラスの編隊を一瞬で蒸発させた。

 その圧倒的な力と、同時に迸ったジェノリッターの激しい感情にフェイトは思わず口を押える。ローレンジも思わず歯噛みし、傾いた機体からその猛々しい姿を見上げた。哀れなプテラスたちのことを思考する余裕など一切ない。

 

「アンナ! アンナどうした!? いったい何が――」

『逃げて! 早く! これは、制御が効かない……!』

 

 荷電粒子砲を放ったジェノリッターにアイアンコングが近づく。が、そこでジェノリッターはバラバラに砕けた仮面の下の瞳を激しくぎらつかせ、爪と牙で持って躍り掛かった。咄嗟のことに反応が遅れ、アイアンコングの腕にジェノリッターの牙が突き刺さる。そのままゴジュラスに匹敵するパワーで持って腕を噛み千切った。

 ばらばらと腕の破片が飛び散り、だがその隙を突いてアイアンコングは自ら距離をとった。ヴォルフの操縦ではなく、アイアンコングと合体しているニュートの意志だ。

 ジェノリッターは噛み千切ったコングの腕を咥え、顎に一瞬力を籠めてそれを粉々に噛み砕く。まるで野生体のゾイドが獲物を食らうように、ジェノリッターはコングの腕を咀嚼する。赤い腕の破片が、飛び散った血液のように口から零れ落ちた。

 

「くそ、一体何がどうして……ローレンジ、分かるか?」

「知るか! 俺だってさっぱりだよ! なんだこいつ、ジェノリッター……だよな?」

「ううん、違う」

 

 ローレンジの後ろで、フェイトが恐怖を覚えながらもどうにか言葉を紡ぐ。

 

「ジェノリッターじゃない。ヤークトジェノだって、そう言ってる」

「ヤークト、ジェノ? でも、仮面が剥がれただけだろ?」

「分かんない。あの仮面の下に、全く別の顔を持ってたみたいな、抑え込まれてた感情が溢れ出してるみたい。……怖い。あのゾイド、破壊しか考えていない。この場の全てを塵に変えるって……」

 

 フェイトの言葉を頭で整理し、ローレンジはさらに強く歯ぎしりした。ギリリと強く歯を噛みしめる音がコックピットに響く。

 

「トンデモねぇ奥の手を隠してたってことか? 厄介だなぁクソが!」

 

 ヤークトジェノは煩わし気に頭を振り、残っていた仮面の破片を振り掃うと猛然とグレートサーベルに突っ込んで来た。バーニアとマグネッサーウィングを併用した推進力はこれまでの比ではなく、瞬き一つのスピードでヤークトジェノが眼前に現れる。

 

「くっ……」

 

 驚き、直ぐに正面から退避しようと機体を傾ける。ほんのわずかにグレートサーベルの顔を傾け、そのすぐ後にヤークトジェノの頭部のブレードが顔のあった部分を貫いた。一瞬でも反応が遅れていたらコックピットごと貫かれていただろう。思わず背中からどっと冷汗が溢れだし、かといって呼吸を整える時間すらない。頭部のブレードを外したヤークトジェノは横顔でグレートサーベルの頬をを叩く。そのまま回転し、遠心力の乗った尻尾がグレートサーベルの機体を打ち据え弾き飛ばす。

 力の乗った尻尾の一撃を受け、残っていた右前脚の装甲が砕け、さらに骨折でもしたかのように折れ曲がった。

 

「うぐっ……つぁあ!」

 

 飛びそうになる意識。だがローレンジは自分の膝を殴ってどうにか意識を繋ぎ止める。頭を振って体を起こすと、ヴォルフのアイアンコングmk-2が接敵していた。残ったもう片方の腕を背中に叩きつけ、どうにかヤークトジェノを止めようと試みる。だが、

 

「ヴォルフ退け! 荷電粒子砲が来る!」

 

 反転しつつ荷電粒子を口内に溜めたヤークトジェノが、反転が終わると同時にアンカーを落とし溜め込んだ力を解き放つ。

 ローレンジの必死の忠告の御蔭か、アイアンコングmk-2は攻撃を中断し、短い足でサイドステップを踏んでどうにかそれを回避した。

 

 荷電粒子砲が放たれ、ヤークトジェノは発射後の硬直で動きが止まる。その隙を突いてローレンジとヴォルフはどうにかヤークトジェノを抑え込もうと動き出す。グレートサーベルは射撃で脚を潰し、アイアンコングmk-2は残った腕で抑え込もうとして――だが、

 

『ヴォルフさん、ローレンジ。すまない、遅くなった』

『フハハハハハ!!!! 待たせたな、お前たち!』

 

 場違いな笑い声が通信回線越しに響き渡る。ローレンジ達がそれを聞き間違う筈がない。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の天才科学者、ザルカだ。さらにザルカの乗るサイカーチスの下にはロカイが乗るモルガ。

 

「ロカイ、それにザルカ!? おまっ、なんでこっちに……」

『話は後だ。あれは、ヤークトジェノで間違いないな』

 

 ザルカは慌てた様子もなく目の前のジェノリッターの変化を言い当てる。

 

「知ってるのか!? ならば教えてくれザルカ博士。アレを止める方法はあるのか!?」

『ヴォルフよ、少し落ち着け。あれは、ジェノリッターの本来の姿なのだそうだ。ジェノリッターはあまりの狂暴性に並のゾイド乗りを受け入れん。受け入れたところで、その本能が目覚めたらパイロットなど関係なく目の前のゾイド全てを鉄屑に変えてしまう力を持ち合わせている。さらにオーガノイドの制御すら受け付けなかったそうだ。ジェノリッターの時にそうならなかったのは頭部の装甲――ヘッドギアによって制御されているからだ。それが無くなった今、あやつを止められる者はおらん』

「おいザルカ! お前何のためにここに来たって言うんだ! 俺たちに止める手段はねぇってのか!?」

 

 思わず怒鳴りつけるローレンジ、だがザルカはそれを「フハハ!」と笑い飛ばし、続ける。

 

『誰もそのようなことは言っておらん。確かにワタシは持ち合わせておらん。だが、共和国のイカレ科学者が面白い代物を寄越したぞ』

 

 ザルカの言葉と同時に、グレートサーベルのレーダーが何かを捉える。高速で接近する二体のゾイド。それから、地上を駆けるもう一体のゾイド。

 

『天定まって、(また)()く人に克つ! 我らプロイツェンの野望を打ち砕く、翼の男爵アーラバローネ!』

『誇り高き嵐の刃、ストームソーダ-を恐れぬならば、かかってくるがいい!』

 

 そんな言葉が通信回線越しに響き、二体の飛行ゾイドが空中を駆け抜けた。それに気づいたヤークトジェノが本能の赴くままに攻勢に出るが、圧倒的なスピードと旋回性能でヤークトジェノのジャンプからの一撃を避けきる。

 そして援軍はもう一機。

 

『ヴォルフ、フェイトちゃん。待たせたなぁ、オレも加勢するぜ!』

「その声……パリスさん!?」

「パリスだと!?」

 

 フェイトとヴォルフがその声に反応する。現れたのは緑色のコマンドウルフだ。背中に見慣れない装備を取り付けており、コマンドウルフの新たなカスタム機だろうとローレンジは予測する。

 

『へっ、このドクター・ディの開発した新型レールガンがあれば、あのジェノリッターのヤロウだって一発で黙らせてやれるぜ! あいつの、ローレンジの敵討ちだ!』

 

 やる気まんまんでコマンドウルフの脚に増設されたアンカーを落とし、射撃体勢に移るコマンドウルフ。

 

「おいコラ誰が敵討ちだ! 勝手に殺すんじゃねぇ!」

『なっ、てめっ……生きてたのかよ!? ウソだろ!?』

『生きていたのか……我々と同じで、運がいいな暴風(ストーム)

『Amazing! でも、無事でよかったわ』

 

 空を駆ける二機のゾイドのパイロットからも驚愕と歓喜が入り混じった声が届いた。そして、それにも聞き覚えがあったローレンジは思わず苦笑する。

 

「で、ロッソとヴィオーラは年甲斐もなく、なーにやってのかな? いったいどういう反応を期待してんだ?」

『カッコいいだろう?』

『この人、結構気に入ってるのよ、この口上』

「うん、すっごくかっこいい! なんかヒーローみたいだよね!」

 

 フェイトの無邪気な感想が二人には嬉しいのだろうか。言葉はないがそんな感情がローレンジにも感じられた。むろん、ローレンジの感想は言った通り「年甲斐なくなにやってんだか」という呆れ気味のものなのだが。

 

「……で、本題に戻すけどさ。どうすればいいんだ、ザルカ?」

 

 話している間にもヤークトジェノは暴走している。アイアンコングmk-2とグレートサーベルは一旦距離を取り、変わってストームソーダ-が空中から仕掛ける。だがヤークトジェノは小煩いハエを振り払うかのように大剣を振り回し、迂闊な接近を許さない。

 ヤークトジェノは火山噴火のような激しい攻撃を繰り出す。上空にジャンプし、爪と牙で、はたまた鋭い太刀筋でストームソーダ―を叩き伏せようとする。だが、ロッソとヴィオーラの操縦も卓越したものだ。着かず離れず、絶妙なコンビネーションでヤークトジェノの注意を引き付け、翼の刃で斬り結ぶ。

 倒すには至らなくとも、注意を引き付けるには十分だ。ヤークトジェノの相手はストームソーダ―に任せ、ザルカの話に聞き入る。

 

 

『ふむ、パイロットを諦めるのであればコマンドウルフ以外で牽制。その場から動かないようにしたところでコアか口腔内をピンポイントで破壊すればいい。奴のエネルギーが暴走し沈黙させられる。だが――』

「――そんなことはできん! アンナも助け出す!」

 

 ヴォルフが断言し、ザルカが「クッ」と短く笑った。愉快気に、予想通りの回答で満足しているのだろう。

 

『ならば手が一つある。難題だぞ。成功できる可能性は、ワタシの計算では10%ほどだ。無論、お前たちの腕次第では0にも100にもなる』

『ヴォルフ、あたしのための無茶ならやめて! あたしは、あなたたちに多大な損害を出している、もう、助けてもらう資格なんて……』

 

 通信をつなげ、必死に意識を保ちながらアンナは訴えた。だが、ヴォルフが断言した通り、この場に立つ者に彼女の生存を諦めるという思考はなかった。

 

「教えてくれ、ザルカ!」

『よかろう。まずは、奴の攻撃手段を奪うのだ。主装である背中のドラグーンシュタールを破壊しろ。ストームソーダ-が空中から牽制し、それに気を盗られた隙にドラグーンシュタールの根元を破壊する。これは、ローレンジの役目だ』

「分かった。片方壊したのは俺だからな。やって見せるさ」

 

 アイアンコングと合体しているニュートをグレートサーベルに合体させれば、切断された脚を再生できずとも損傷をいくらか修復することは可能だ。あとは、自分の腕次第。そう考え、ローレンジは覚悟を決める。

 

『うむ、だが奴には牙と爪、それに荷電粒子砲が残っている。が、荷電粒子砲は狙うな。内部から崩壊するぞ。爪と牙については、破壊するよりも抑え込んだ方が早いな。ヴォルフのアイアンコングmk-2にやってもらう』

「ああ、なんとしてもやってみせる」

 

 ヴォルフはアンナを助け出すことを望んでいる、そのためならどんな困難だろうと立ち向かう覚悟だ。アイアンコングも片腕の先を砕かれているが、巨体のパワーをもってすれば問題はない。それにヴォルフの意思が強い。今日まで共に戦ってきたコングも、パイロット(主人)のために全力を尽くす覚悟だ。

 

『さて、最も重要な役目だ――フェイト』

「えっ、わたし!?」

 

 てっきりローレンジと一緒に行動する者だと思っていたフェイトは思わず驚いた。

 

『お前の力については、ワタシも良く知っている。お前はニュートと共にヤークトジェノに乗り込み、その力で持って奴を押さえつけろ』

「それを、わたしが……?」

『ヤークトジェノはデスザウラーのゾイド因子から作られたゾイドだ。デスザウラーを制御する力を与えられた人口生命体――ユーノ・エラの血を引くお前なら、ヤークトジェノとの繋がり(リンク)を深め、制御を奪うことが可能だろう。……できるな?』

 

 フェイトが持つ力はローレンジもザルカから聞いている。だから、その作戦に意見する気はなかった。なかった、のだが……

 

『ダメよ! ヤークトジェノの暴走は、精神リンクを通じてあたしにも進入してくるの。頭がおかしくなりそうなこんなの、そんな小さな子に耐えられる訳がない!』

「おいザルカ! さっきの話を聞いたよな!? 危険すぎるだろ!?」

 

 アンナが通信に割り込み訴える。その内容は、フェイトはもちろんローレンジも納得しがたいものだ。思わず怒鳴った。しかし、ザルカは顔色一つ変えずに平然と返す。

 

『だが他に手はないぞ。どのみち、時間が経てばアンナの精神が完全に汚染され、命が助かったとしても廃人となる』

「くそっ……」

 

 己の力の無さに、ローレンジは歯噛みする。だが、ヤークトジェノは待ってはくれない。ストームソーダ-にいら立ちを覚え、迎撃できない怒りを地上のローレンジとヴォルフに向けた。砂埃を巻き上げて疾駆するヤークトジェノが迫る。それを再び回避し、距離をとる。

 

「わたし、やるよ」

「フェイト!?」

「だって、それしか手がないんでしょ! わたしだって良く分かんないけど、わたしにしかできないならやる! ロージやヴォルフさん、ここに居る皆に生きていてほしいから! それにはアンナさんも一緒だよ!」

 

 背後で断言したフェイトに、ローレンジはしばらく黙考する。行かせるべきか、止めるべきか。思考し、だが意志の大半は行かせるべきだと主張していた。ここぞという時に無理を承知で戦う。人は仲間のために、誰かのために命を賭ける時がある。誰かを助ける信念のために戦うべきだと教えてくれた人が居た。それを否定することはできない。

 

『やらせようぜ、ローレンジ。お前だって分かってんだろ、今がその時だって。あの日と同じように』

「ロージ、わたしやるよ!」

「パリス……フェイト……勝手なこと言いやがって。……俺は、こいつの無事を任された身だってのに……」

 

 信念のために、命を賭けろ。人は、そういう生き物だ!

 

 あの日の言葉がローレンジの脳内で反響する。それが、最後の後押しだった。

 

「フェイト! お前は俺の妹なんだからな。きっちり役目を果たして帰ってこい! いいな!」

「もちろん!」

「……よし、ヴォルフ! ニュートを返してもらうぞ!」

「分かった。ここまでありがとう、ニュート」

『キィッ!!』

 

 アイアンコングの身体からニュートが嬉々と飛び出し、グレートサーベルに合体する。アイアンコングに自ら合体したニュートだが、やはり主のゾイドの方が好みのようだ。ニュートはここまで無理をしていただろうに、その力を限界まで発揮する。

 オーガノイドの脅威的な再生能力は失った片足すらも再生させる。

 

「ニュート……お前こんな再生力持ってたのかよ……!」

「キッキッキ!」

 

 ニュートは「どんなもんだい!」と得意げに鳴き、片足を完全に再生させるに至った。取り戻した片足の感触を確かめ、グレートサーベル――サーベラは己と相棒たちを奮い立たせるように吠えた。

 

『よし、パリスはトドメの一発のために耐えておけ。ロカイは生き残りの回収だ』

『おっしゃあ! 仲間の仇をとってやらぁっ!!』

『分かりました。みなの武運を祈ります』

 

 パリスのコマンドウルフがアンカーを落としレールガンの発射体勢に移る。ロカイのモルガもヤークトジェノに感づかれないよう密かに移動を開始した。

 全員の準備が整い、みなが合図を待つ。合図とは、むろんこの場で最も指揮官が板についている男の言葉だ。

 

「よし、失敗は許されんぞ……作戦開始!」

 

 ヴォルフの号令に応え、上空のストームソーダ-が一気に急降下を開始した。ロッソのストームソーダ-が翼と頭のブレードを輝かせ、一気に突撃する。

 

『おおおおおおおッ!!!! くらぇえええッ!!!!』

 

 再び小煩いハエが来たか、と言うようにヤークトジェノは小さく唸る。一瞬で身を翻し「今度は逃がさない!」とばかりにドラグーンシュタールを展開させるヤークトジェノ。だが、それが伸びきる前にヴィオーラのストームソーダ-のパルスレーザーが基部に浴びせられ悲鳴を上げた。ロッソのストームソーダ-が一閃し、ヤークトジェノの頭部のブレードを斬り捨てる。

 

『今だ! ローレンジ・コーヴ!』

「おうよっ! フェイト、しっかり捕まってろよ!」

「うん、頑張ってロージ!」

 

 次いで正面からグレートサーベルが挑みかかる。ヤークトジェノは爪を射出し捉えようとするが、すでにそれを見切ったローレンジはジャンプで躱し、次いで振り下ろされた大剣の軌道すらも見切って掠める位置を通り、ヤークトジェノの背中に取りつく。

 

「まさか俺が格闘戦をここまでやるなんて、なッ!!」

 

 キラーサーベルを突き立て、大剣――ドラグーンシュタールの根元を噛み千切る。咥え上げたそれを天高く投げ捨て、武装を取り除いた背中に腹部の三連衝撃砲とビーム砲を叩きこんでから跳び離れた。衝撃波がヤークトジェノの上体を揺らし、ビーム砲の射撃が背中で小爆発を起こす。

 投げ捨てられたドラグーンシュタールが大地に突き立った。

 

「次だ、ヴォルフ!」

「分かった! アンナ、今行く!」

 

 アイアンコングが片腕と脚を駆使してヤークトジェノに組み付いた。

 

『ヴォル……フ……!』

「アンナ、もう少しの辛抱だ、頑張ってくれ!」

 

 腕を絡みつかせ、ヤークトジェノの動きを封じにかかるアイアンコング。ヤークトジェノは遮二無二暴れるが、アイアンコングもヴォルフの意志に応えるように決して離そうとしない。

 

『ガァアアアアアッッッ!!!!』

 

 ヤークトジェノが吠え、全身から電気を放出した。以前ローレンジがヘルキャットを爪で掴まれ浴びせられた高圧電流だ。

 

「う……う、ぉおおおお!」

 

 悲鳴が漏れ、ヴォルフは歯を食いしばってそれを抑え込む。

 

『ヴォルフ、無茶……やめて……』

「無茶、ではないさ。アンナ、君……を、友を助けるためなら……私は……この、命を……投げ出しても…………構わんッ!」

 

 電流の圧力が高まり、ヤークトジェノの周囲は電気に包まれる。ゾイドだろうと近づけば一気に焼け焦げてしまうほどだ。

 

『まずいな。あのままではアイアンコングが耐えられん』

『ええ、アタシたちと同じに……』

 

 ロッソとヴィオーラが呻く。彼らは以前ジェノザウラーとアイアンコングで戦い、同様の攻撃でアイアンコングを大破させられたのだ。

 

「ロージ、ハッチを空けて! わたしが行くのは今でしょ!?」

「バカ言え! 生身の人間があそこに飛び込めば一瞬で黒焦げだろうが!」

 

 フェイトの訴えを却下し、かといってローレンジも手出しが出来ない。いや、ヤークトジェノの意識をこちらに向けるなら……フェイトが乗り込むまで電気の放出を止めればいい。だが、どうする?

 

「……そうだ!」

 

 ヤークトジェノはゾイドの中でも好戦的なゾイドだ。ヘルキャットの時は煩わしいハエを払うような動きだったが、グレートサーベルで挑んだ時は嬉々として攻めてきた。そう、ヤークトジェノは、言ってしまえば戦闘狂。呼びかければ、応えるか?

 思考がまとまり、ローレンジは軽く操縦桿を撫でた。それだけでサーベラはローレンジの意志を感じ取り、低く肯定の唸りを漏らす。そして、モニターに一つの装備が示された。本来は装備されていない後付けのそれ。大方ザルカが勝手に装備させたのだと嘆息する。だが、今はそれがあることが嬉しい誤算でたまらない。相棒の意志を感じ、ローレンジは大きく息を吸って叫んだ。

 

「おい! ヤクト!」

 

 一瞬、誰のことを言っているか分からなかった。この場の誰もが。だが、ヤークトジェノは自分のことだと判断する。電流を流しながら、激しい狂気を宿した目でグレートサーベルを、サーベラとローレンジを見据えた。

 

「いつまで纏わりついてるコングに構ってんだよ。んなことやってるより、俺を叩き潰したらどうだ? 暴君竜ヤクト!」

『グルゥ……ガァアアッ!!!!』

 

 電流の放出を止め、ヤークトジェノは身体を一直線に伸ばす。「言ってくれるじゃねぇか」とでも言わんばかりに荷電粒子砲発射形態をとり、口内にエネルギーを溜め込んだ。

 ローレンジが望んだ通りの行動。そして生まれる、隙。

 

「今だ! フェイト!」

「うん、行ってくる!」

 

 コックピットのハッチが開き、同時にニュートの合体も解除する。地に下りたニュートにフェイトが跨り、首に腕を回して振り落されないようにする。

 

「ニュート、お願い!」

「ギィィ……ギィァアアアアア!!!!」

 

 ニュートが吠え、ブースターを展開し、弾丸のようなスピードでヤークトジェノの胸部コックピットに突撃する。取りついたニュートは牙を立ててハッチに隙間を空け、その隙間に頭を突っ込んでコックピットの装甲を破りフェイトを中に進入させる。そして自らもヤークトジェノに合体し身体の制御を奪い取りにかかる。

 その間ローレンジは逃げなかった。フェイトが乗り込むまでヤークトジェノを動かさない。自分に注意を引き付け、絶対に逃げない。ただその場にとどまって、ヤークトジェノの眼光を正面から受け止める。

 フェイトがコックピットに潜り込んだその時、ヤークトジェノのそれが放たれた。

 

 荷電粒子砲。

 

 最大出力のそれがグレートサーベルに襲いかかり――だがグレートサーベルは無事だった。タイガー系ゾイドの象徴でもある牙が光を放ち、目の前に展開された光が荷電粒子を弾く。

 

 ザルカが開発した対荷電粒子シールド発生装置だった。本来ならグレートサーベルに装備されていないそれ。だが、ザルカは以前鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が襲撃を受けた際もいくつかのゾイドに勝手に装備させたEシールドを活用し血濡れの悪魔(ブラッディデーモン)の脅威から壊滅を免れている。その時、不本意(・・・)ながらもサーベラはそれを展開し、血濡れの悪魔(ブラッディデーモン)の荷電粒子砲を凌いだのだ。

 対荷電粒子シールドは未完成品だ。そもそも、荷電粒子砲は今日まで伝説上の兵器であり、それを防ぐシールドもデスザウラーの研究をしていたザルカだからこそ生み出せた代物だ。

 なぜそれを牙に搭載したのか。偏屈(ザルカ)に詰問したくもあるが、今はそれが生命線だった。

 

「耐えろ、耐えろよサーベラ。お前の宿敵(ライバル)の戦い方ってのは癪に障るだろうが、フェイトが奴を鎮めるまでは俺たちで全部受けきる!」

『ガルルルゥ……』

 

 それでも主義に反するのだろう。サーベラは不服そうに喉を鳴らし、かといって退くことのできない状況に苛立つ。守りに徹するのではなく、機動力とパワーで圧倒することこそサーベラの戦い方だ。

 そんなサーベラに、ローレンジは語りかける。

 

「なに、ライガー系統の原型はお前と同じタイガー系のゾイドだ。原型(オリジナル)の底力、見せてやれよッ!!」

『グル……ガァアアアアアッ!』

 

 ローレンジが言い、サーベラもなるほどと納得した。そして言葉通り、「お前ら(ライガー系)の得意分野でも負けねぇよ」と言わんばかりに四肢を踏ん張った。荷電粒子砲は勢いを強める。だが、サーベラは一切退かず、むしろヤークトジェノを挑発するように一歩踏み出した。

 コックピット内に警告アラームが鳴り響く。未完成品の対荷電粒子シールドでは、これ以上凌ぐのは厳しい。だが、ローレンジはそれを無視する。眼前を覆い尽くすまばゆい荷電粒子の光から、目を逸らさない。

 

 

 

「ぐっ、少しでも射程をずらす。それで、ローレンジが助かるなら……」

 

 ヴォルフのアイアンコングも戦っていた。荷電粒子砲を撃つヤークトジェノを迂闊に攻撃すれば爆散しかねない。だから、少しでも射線をずらさせる。アイアンコングの力が、少しずつヤークトジェノを動かし、固定された脚がメキメキと音を立てて壊れた。だが、ヤークトジェノは止まらない。眼前の標的を焼き尽くそうと、荷電粒子砲の向きを合わせようとする。それでも、ヴォルフとアイアンコングmk-2は戦った。

 

 

 

「う、す、すごいよ……これ。……頭が、おかしくなりそう……」

 

 フェイトは自分が何をしたらいいのかよく分かっていない。だが、必死にヤークトジェノに呼びかけた。

 

「お願い止まって、止めてヤクト! もうこれ以上、みんなを傷つけちゃダメ!」

 

 呼びかけ、それでも治まらなくて、でも必死に呼びかけを続ける。アンナはすでに意識を失くしていた。否、かすかに残っているが、すでに反応できないほど疲れ切っている。アンナの手が操縦桿から離れかけ、慌ててフェイトは操縦桿を掴んだ。

 その時、ヤークトジェノの衝動が一気に襲いかかる。

 

「うっ……きゃぁああああああっ!!!!」

 

 耐え難い破壊衝動が襲いかかり、フェイトは思わず悲鳴を上げた。

 

 壊したい。目の前の全てを喰らい、血に塗れ、それでもなお戦い続ける。それこそが自分の存在意義。戦うだけしか、生まれた意味はない。それが破滅の魔獣から生まれた己の(さが)。だから、死ぬその時まで戦い続けてやる。

 

 ヤークトジェノの狂暴とも言っていい戦闘本能。その奥底にある本心。それがフェイトの心に流れ込み、頭がおかしくなりそうだった。

 

 ダメ、やっぱり無理、耐えられない。そんな、後ろ向きな思考ばかりが浮かぶ。そして、フェイトも思わず、操縦桿から手を離しかけ、意識を失う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだよ」

 

 

 

 その手が優しく包まれた。とても温かい、しかし決意のこもった力強さがあり、そして優しい手が添えられる。アンナだ。

 

「ヴォルフや、ヴォルフの仲間があんなに頑張ってくれてるんだもの。あたしが、ここで終わるなんて認めない……絶対に……」

 

 意志を持って言っているのだろうか。アンナはうわ言のように呟き、ヤークトジェノの制御を取り戻そうとする。

 

「わたしだって……ロージに、約束……したもん。きっと……押さ、えて……見せる、って。だから、絶対やりきる!」

 

 アンナの手の上に、もう片方の自分の手を添える。そして、フェイトは訴える。

 

 ――やめよう。戦ってるだけじゃ満足にはれないよ。戦って、時には笑い合って、一緒にこの世界を巡って、そうすれば、きっともっと、楽しいことがある。生まれる元は破滅と呼ばれていても、あなたは破壊の申し子じゃない。暴君竜でもない。誇り高い戦士。戦いにすべてを賭けることのできる竜騎士。だから!

 

『ガ、アアァ……ソンナイキカタ、アルノカナ……?』

「えっ?」

 

 フェイトは驚いた。これまでゾイドの言葉が聞こえると言ってきたけど、ここまではっきり聞こえたのは初めてなのだ。

 だが同時に感じた。戦い続けようとした破壊のみに生きようとするヤークトジェノの中にある、変わろうとする意識。

 

「今、のは……?」

 

 アンナも呆けたように呟いた。アンナにも聞こえていたのだ。

 たぶんニュートの御蔭だと、フェイトは漠然と思った。古代ゾイド人とオーガノイドは、強いつながりがあるという。本来のパートナーでなくとも、作られた古代ゾイド人である母の血を引く自分でも、その繋がりが生まれた。そして、たぶんロージにも生まれているのだ。そうだと思いたい。

 だから、今はヤークトジェノを収めよう。この戦いの中で感じた、ゾイドという金属生命体の意志。人とつながり、共にあろうとするゾイドの心。それを証明する。

 

 ――大丈夫。あなたのパートナーはアンナさんだよ。ヴォルフさんのために全てを賭けられるアンナさんなら、きっとあなたにも新しい生き方を教えてくれる。あなたの知らない、戦い以外の喜びを。

 

『……ソウ、ダネ』

 

 

 

 

 

 

 ヤークトジェノの荷電粒子砲の出力がガクンと落ちた。同時に、ニュートが合体を解きフェイトとアンナを背負って脱出する。アイアンコングの肩にニュートが乗り、アイアンコングが素早くヤークトジェノから離れた。

 そして、ローレンジが最後の一押しの瞬間を確信し、離脱する。

 

「脱出成功。今だ、パリスっ!」

 

 戦場を遠くから見据え、じっとその時を待っていたパリスが待ちわびた様に、にやりと笑った。

 

『……待ってたぜ。オレの仲間たちを殺してくれた恨み、今ここで返すッ!』

 

 ヤークトジェノが荷電粒子砲の体制に入った時から、ロックオンは完了していた。だが、パリスはあえてそこ(ゾイドコア)を外し、大地を踏みしめる脚に素早く狙いを定める。

 

『的は大きいんだ。必ず当ててやるッ!』

 

 カチッとトリガーが引かれ、放たれたレールガンの弾丸が音速に迫る勢いでヤークトジェノの右足を貫いた。

 衝撃、間髪入れずに爆発。片足が砕け散り、姿勢を保てなくなったヤークトジェノは音を立てて崩れ落ちる。その様をスコープ越しに見据え、パリスは大きく息を吐いて告げる。

 

 

 

『任務完了だ』

 

 

 

 崩れ落ちたヤークトジェノは、どこか満足げな表情のまま横たわった。

 

 帝都近くで行われた記録に残らない死闘は、こうして幕を閉じた。




ヤークトジェノ戦、終了です。
もう少しヤークトジェノを暴れさせてもよかったと作者は感じました。が、これ以上の話は作れませんでした。いかがでしたでしょうか?

さて、次回は第二章のラスボス――デスザウラーです!

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