ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第30話:破滅の魔獣

 スティンガーたちの手引きで研究所に進入したローレンジ達は適当な兵士を気絶させ、その衣服を奪取。一路、プロイツェンがいるであろう研究所の最奥部に向かった。道中、スティンガーたちとはゾイド格納庫で別れ、ローレンジとヴォルフの二人でプロイツェンの側近に成りすましここまでやって来たのだ。

 そして今――

 

「ようやくここまでたどり着きました。ギュンター・プロイツェン」

「ヴォルフか。やはりお前は、この父に逆らうと?」

「黙れ! お前のことは、もはや父と呼称したくもない!」

 

 帽子を投げ捨て、金の髪を鬣のように逆立てたヴォルフが怒りのままに怒号する。

 

「自らの欲望のために戦火を広め、多くの人間に辛酸をなめさせてきたお前の蛮行、私はそれを成した者を父上などと呼びたくもない! お前がこれまでに行ってきた数々の非道な行い、今ここで潰えさせる!」

「それを成すための駒が、お前と小僧か。どうやら、私が組織させた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)も見る影がないようだな」

「俺たちをなめてんじゃねぇぞ。テメェ一人殺すくらい、本当なら俺一人で十分なんだよ」

「であろうな。ならば、なぜそれをやらん。お前は、暗殺者としては非常になりきれん甘さがある。嘆かわしいことだ」

「暗殺者の俺なんてもう過去の話だ。今は、賞金稼ぎのローレンジ・コーヴ。それでいい」

「ほう。だが、その甘さがお前たちの命とりなのだよ」

 

 パチンッ

 プロイツェンが指を鳴らすと同時に一斉に兵士が走り込んできた。拳銃をプロイツェンに突きつけるローレンジに対し、増援の兵士たちが拳銃を突きつけた。

 包囲された。僅かにヴォルフが唇を噛む。だが、ローレンジは全く意に介さない。

 

 状況的には有利とも不利とも言い難い。

 ローレンジ達の目的はフェイトの救出、並びにギュンター・プロイツェンの暗殺だ。その目的達成はすでに目前。だが、それを成した瞬間、自分たちも蜂の巣だろう。ヴォルフは作戦決行前に全員が生き残ることを提示した。それも、成し遂げねばならない使命だ。

 

「愚かな奴め。ガキのことなど見捨て、私を始末することを優先していればこうはならなかっただろうに。私に僅かでも時間を与えたことが、貴様らの失態だ」

 

 プロイツェンは悠然とその場から移動する。ローレンジは引き金を引ける位置に居ながら、それを成さない。それをしてしまえば、自分たちの命がない。それではダメなのだ。

 

「ロージ……ごめんね。わたしの所為で……」

「言うな。お前はまだガキなんだから、出来ることと出来ないことがある」

「でも……」

「あのなぁ、俺はお前の兄貴だ。もうちっと兄貴らしいことさせろよ」

 

 こんな状況でありながらローレンジは苦笑という名の笑顔を見せ、再び辺りを睥睨した。

 

 ――くっそ……何やってやがるロカイ。おせぇんだよ……。

 

 

 

「ふっ、その娘をこちらに引き渡すなら、貴様らも命だけは助けよう。断るなら、蜂の巣だ」

「渡さなかったら、フェイトもだろう?」

「こうなってしまっては仕方がない。元々、保険のつもりだったからな――そうだ、冥途の土産に教えてやろう。ローレンジ、貴様の故郷を滅ぼした理由だ」

 

 ローレンジは片眉を持ち上げる。周囲を警戒しつつ、プロイツェンの言葉の続きを待った。

 

「お前の父親はなかなかのゾイド乗りだった。それに元は私と同じゼネバス帝国の人間だろう? 我がプロイツェンナイツ師団に勧誘してやったのだ。だが、奴はそれを鼻で笑った。この私に向かってな! その上、滅びた故郷にしがみ付く私を滑稽だとぬかす始末だ。死んで当然だろう」

 

 プロイツェンもゼネバス帝国の人間だという事実は、ローレンジも初耳なことだった。が、いくつかの証拠からそう憶測するのも不可能ではないと思える。それに父とプロイツェンのやり取りを聞けたのはなかなか痛快なものだ。

 

「……へぇ、流石は俺の父さんだ。あんたに対しても全く臆さず、むしろ食ってかかったのか。いや流石、息子として嬉しい限りだよ」

「ふん、お前のその態度は父親譲りだな。だがもう飽きた。消えろ」

 

 ローレンジは激情を心の奥底に抑え込んだ。憎んでも憎み切れない相手だ。ローレンジ自身の家族と故郷を滅ぼし、フェイトの両親を奪い、その上まだ戦乱を巻き起こそうとする。だが、今は無理だ。感情のままに斬り捨てたいのを必死にこらえる。

 

「撃て」

 

 プロイツェンが最後の言葉を言い、一斉に銃口から銃弾が放たれる――

 

 

 

「閣下! お待ちください!」

 

 その時だった。一人の兵士がプロイツェンに言葉を発する。見た目からしてまだ若い。20代前半の青年だ。その場の全員の視線が、その兵士に向いた。

 

「その……もう、辞めませんか。多くの民に犠牲を強いて、ルドルフ殿下すら謀殺し、その上で国を取り、亡国を復活させるなど。それで復活した国に民が集まりましょうか? いいえ、それはありません。そのような君主の元に、民が集う筈がありません。やめましょう、閣下」

 

 ローレンジは男に見覚えはない。それはプロイツェンも同様だ。

 その男はプロイツェンナイツに所属し、この日偶然この場に派遣されたのだ。プロイツェンに陶酔する者ばかりが務める筈のこの場所に。それは本当にただの偶然だった。その偶然が、逆転を巻き起こす。

 

「まだお前のような者がいたとはな。裏切り者だ、奴も――」

 

 プロイツェンの言葉を遮るようにして、眩しすぎる閃光が辺りを覆った。破裂音と共に次々と閃光がその場を包み込む。同時に轟音と共に壁が崩れ「ギィィアアアア!!!!」という機械的な威嚇の声が轟く。さらに、その場に突如として炎が踊った。

 

 ――やっと来たか!

 

 ローレンジは片手でフェイトを抱え上げ、ヴォルフの腕を掴んでその場を脱する。

 

「ローレンジ! 私はやるべきことが出来た。先に行け!」

「はぁ!? ――たくっ、死ぬんじゃねぇぞ、言いだしっぺはお前だからな!」

「無論だ」

「……ロカイ、ヴォルフは任せる」

 

 ヴォルフの腕を離し、空いた片手で先ほどの兵士を掴んで一気に部屋を出る。脳内の地図を広げ、最短ルートを描きだしそれに沿って走った。

 

 

 

 脳内に描いた地図を元にローレンジは走った。途中の角を曲がろうとしたところでその陰に隠れ、青年の手を離しフェイトを床に下ろす。その後、フェイトを抱えていた片腕をプラプラと振る。

 

「あーフェイトも重くなったなぁ……片手じゃ痺れちまう」

「ロージ。そーゆーのは女の子に言わない!」

 

 拘束を解いてもらったフェイトは、そのローレンジの言葉に素早く反応する。十歳という体重を気にするような年齢ではないとローレンジは思っていたが、それでも気にしていないと言えば嘘になるのだろう。

 

「いやいや、お前も成長したんだなぁって。ほんの数ヶ月前ならお前を片手で持って逃亡なんて楽々だったのに」

「ロージが怠けてたからじゃない? 最近、筋トレサボってたよね。仕事優先とか言ってたけど、どうだか……」

「フェイトこそ、最近食う量増えたんじゃね? だから成長云々以上に体重が増えて……」

「なに?」

「んだよ?」

 

 唐突に始まった罵り合い。二人は意識がそっちに向いたままだが、ついて来た青年にしてみればいきなり兄妹喧嘩に巻き込まれた、という意味不明な状況だ。

 

「居たぞ!」

「観念するんだな」

 

 兵士が角を曲がって眼前と背後に現れる。狭い通路で挟まれた、万事休す、青年は総覚悟した。だが――

 

「いまだにシュトルヒの荷物運びで落としまくってんだろうが!」

「海戦ゾイドに乗ったらいっつもコックピットが臭くなるくせに!」

 

 そんな状況など知ったことかと言わんばかりに二人は互いを罵り合う。その状況に青年どころか、挟み込んだ兵士もポカンと動きを止める。

 

「てめ――ここまで言われて俺がおとなしくしてるとでも思ったか!」

 

 兵士が現れた瞬間、ローレンジの拳がフェイト(・・・・)に向かって打ち込まれる。だが、フェイトは素早く上体を逸らし、寝転がる体勢になってそれを躱し、標的を失くした拳は現れた兵士の鳩尾に突き込まれた。さらにフェイトが横に転がって兵士の脚を払う。

 次いでローレンジは懐から拳銃を取り出し構える。だが素早く起き上がったフェイトがその腕を掴み、無理やり後方に向きを変えさせた。瞬間、サプレッサー付きの拳銃から小さな発砲音が鳴り、銃口から撃ちだされたゴム弾は青年の髪を掠って後方から迫った兵士の脳天を叩いた。

 一瞬で意識を刈り取られ、もう一人の兵士も倒れた。

 

「……よーし、うまくいった」

「うまくいった?」

「俺とフェイトで考え出した喧嘩してる風に見せて油断を誘う作戦。咄嗟の事だったけど、流れるように(・・・・・・)うまくいって満足だ」

 

 フェイトに転ばされた兵士に鉛玉が籠められた拳銃を突きつけながら、悪戯成功とでも言いたげな表情のローレンジ。だが、フェイトはそっぽを向いて納得いかない表情だ。つまり、後半はともかく前半は本気で喧嘩をしていたのだろう。青年はそう解釈する。

 

「ま、それは置いといて――なぁ、何で急にあんなことを言った?」

 

 逃走はすぐに気づかれ、他の場所で警備していた兵士からの銃撃が襲う。壁に隠れてそれをやり過ごしながら、ローレンジは先ほどの男に尋ねる。

 

「君の言葉に動かされたんだ。僕にも妹が一人いてね、妹のために死地に赴く君の度胸に、僕も閣下を止めねばと思ったのさ」

 

 妹。そう言ってフェイトを見る彼の目はどこまでも優しい。さっきまでの喧嘩はどこへやら、フェイトもその眼を見てにっこり笑った。きっと、彼もその妹を見る時は同じような目をしていたのだろう。

 その時、新たな足音が三人の耳に届く。

 

「振り切れそうにないな。僕が囮になる」

「無茶はやめろ。この先に俺の仲間が控えてるから……」

「そうだよ、一緒に行こう? せっかく一緒に逃げて来たんだから」

 

 ローレンジに続いてフェイトも止めようとするが、彼は少し翳りのある表情で言う。

 

「それもいいけどね。ナイツには妹も所属してるんだ。僕がこのまま逃げたら、あの子がどんな目に遭うか……それを考えたら、逃げるなんてできないよ」

 

 悲壮な顔で男は告げる。兄妹を思っての事。それは、ローレンジにだって痛いほどわかる。フェイトもだ。兄を失うことの辛さは、ほんのわずかだったとしてもフェイトの心に刻まれている。

 

「じゃ、僕が先に出るから君たちはその隙に」

「おい待て! 俺は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のローレンジ・コーヴだ。こいつはフェイト・ユピート。せめて名前ぐらい聞かせろ」

「――ガイロス帝国プロイツェンナイツ師団所属、ユースター・オファーランド少尉だ。生きていたら、また会おう」

「ああ」

 

 短く言葉を交わし、互いの拳を軽くぶつけて、ユースターは通路の角に消えていく。怒号が飛び交い、あわただしい足音が遠ざかって行く。それが聞こえなくなってから一拍空け、ローレンジとフェイトもその場から脱した。

 

 

 

 

 

 

 ゾイド格納庫まで来ると、そこの兵士たちは倒れ伏していた。身体が麻痺して動けないのか、ぴくぴくと痙攣しながらこちらを見上げている。その症状をよく知っているからかフェイトは瞬時にローレンジの背後に隠れた。

 

「ちょっとぉ、おっそ~いわよぅ。見捨てて逃げようかと思ったじゃないの」

「まったくだ。名うての賞金稼ぎが聞いて呆れるぜ」

「兄貴、愚痴言う前にとんずらする準備だろ」

 

 スティンガーにクロスボウ兄弟。てっきり、すでに逃げたものと思っていたが、まだ残っていたようだ。彼らの意外な一面を見た気がして、ローレンジは頭を掻いた。

 

「あら!? ヴォルフ様は!? あの綺麗なお顔が拝めないなんて……おいローレンジ!」

「なんでお前が怒ってんだよ!? 用があるから残るってさ。まぁ、あっちにはニュートもいるし、ロカイも残ってる。何とかなるさ」

「おお? あのオーガノイドも置いて来たのかよ!?」

「ニュートなら心配ない。さ、俺達はひとまず脱出だ」

 

 クロスボウ兄弟のヘルディガンナーとスティンガーが奪ったセイバータイガーに乗り込み、各ゾイドたちが唸りを上げ、壁を突き破って逃亡した。

 

 

 

 脱出した先でローレンジとフェイトはグレートサーベルに乗り換える。

 

「ねぇロージ」

「なんだ?」

「ありがとう。さっすがわたしのお兄ちゃんだよ!」

「……当然だ」

 

 ポンポンとフェイトの頭に手を置き、ローレンジはグレートサーベルを起動させた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「ええい奴等を追え! 決して逃がすんじゃない!」

 

 プロイツェンの命に従い、兵士たちが一斉に彼らを追いかけていく。そして、この場にはプロイツェンのみが残った。――否、もう一人。

 

「やっと、二人で話せます」

 

 ニュートが崩した瓦礫に隠れていたヴォルフが姿を現す。

 

「ヴォルフ。残っていたのか」

「ええ。どうしても、あなたと二人きりで話がしたかったので」

 

 「ギィィィィ……」と静かに唸りを上げ、口元から吐息と共に僅かな炎を吐き出すニュート。その横顔をヴォルフは軽く叩き、宥めてから進み出た。

 

「……あれが、あなたの求めた物ですか」

 

 ヴォルフは水槽内で静かに眠るデスザウラーを一瞥し、目を伏せながら言う。

 

「ギュンター・プロイツェン――いや、父上」

「父とは呼ばんのではなかったか?」

「今だけだ! ……私が今よりずっと幼く、まだ右も左も分からなかったころ、父上は言いました。この星を支配するのはガイロスでもへリックでもない。我々ゼネバスであると。敗戦し、虐げられてきた我々こそが、この戦乱しか知らない未熟な星に平和を打ち立てるのだと」

「…………」

「私は、それを語った父上のことが誇りでした。何があろうと曲げない鉄の意志。プロイツェンナイツの者たちとの固い結束のもと、全てをやり切ろうとする父上の姿が、幼き私には憧れで仕方なかった」

 

 ヴォルフはそこで言葉を切り、プロイツェンからデスザウラーへと視線を移す。眠りつつ、目覚めの時を待つ死竜を憎悪の瞳で見下ろす。

 

「ですが、父上は変わった。あのデスザウラーのことを知って以来、私の知る誇り高き漢――ギュンター・ムーロア(・・・・)の影はどこにもなくなった。だから私は、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のものたちと、あなたを倒すと誓った」

「それが、お前がこの父から離れた原因か……」

「もはや、覆しようがない。私と父上の運命は、奴によって引き裂かれたのです。ならば私は、あなたを変えた権化――デスザウラーを必ずや討ち倒し、父上を、いや、ギュンター・プロイツェンの野望に決着をつけて見せる!!!!」

 

 業火の炎が、ヴォルフの瞳の奥に踊る。それが今のギュンター・プロイツェンにどう映ったか、ヴォルフには関係なかった。ただ、己の父である男に、自らの意志をぶつける、それが出来たのなら、今は満足としよう。決着は、直ぐにつけることになる。

 

「それが、お前の意志か」

「あなたとこうして会話するのは、今この時が最後でしょう。そして、明日を生き延びるのは私たちです」

「なにを言うか! このデスザウラーを斃す者などこの世には存在しない! この私に敵対した時点で、お前たちの敗北は決定なのだよ!」

「未来など、誰にも分かりません。ですが勝つのは私たちです。ご心配なく、あなたが在りし日に望んだゼネバス帝国復興は、私が――私のやり方で成し遂げて見せる! いつか、父上に憧れたあの時を胸に!!!!

 ……失礼します」

 

 

 

 ヴォルフは悠然と、その場を歩き去る。ニュートがプロイツェンを警戒しつつ続き、天井裏に潜んでいた者がそれを追った。

 プロイツェンはそれを阻止することもできただろう。だが、それをしなあった。悠然と立ち去る息子を、ただ静かに見送る。思考の奥底から湧き上がる破壊衝動(・・・・)を押さえて。

 

 

 

 ――来るがいい、我が息子よ。

 

 

 

「閣下」

 

 一人の兵士が、プロイツェンに近づく。一礼し、傍まで来ると報告を始めた。

 

「蒼いライガータイプのゾイドが接近中とのこと。おそらく、ブレードライガーかと」

「……分かった。すぐに向かおう。あの少年とも話しておかねばな」

「それから……侵入者は取り逃がしてしまい、申し訳ありません」

「構わん、すでにアンナが近くまで戻っている。今度は、しくじりはしないだろう。……いや、もしものことだ。――を潜ませておけ」

「はっ」

 

 兵士を追従させ、プロイツェンは正面ゲートを目指して歩き始めた。もう一人の少年――バン・フライハイトとの対面が、この後に残っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴォルフは侵入者排除のために慌ただしくなった建物内を物陰から物陰に隠れるようにして走った。その横にはニュートも続く。

 

「ニュート。お前は先に行っていいのだぞ。ここを抜け出すくらい、私一人でも問題ない」

「キィア」

 

 その問いにニュートは首を左右に振った。

 

「ふっ、分かった。一気に抜け出す。行くぞ!」

 

 物陰から飛び出し、ヴォルフはニュートの背に飛び乗る。ヴォルフが乗ったことを感じるとニュートは一気に速度を速め、通路を駆け抜ける。この強行突破に気づいた兵士が慌てて応戦に入るが、一発の弾丸のように走るニュートを止めることはできない。

 ニュートはトドメとばかりに壁を突き破り、ゾイド格納庫に躍り込む。そこには、既に起動したアイアンコングmk-2が待っていた。他のゾイドを蹴散らし、ヴォルフとニュートが来たことに気づくとコックピットを開く。操縦しているのはロカイだ。

 

「ヴォルフさん、早く、急いで!」

「分かっている。ニュート後ろからついて来い!」

「キッキィ」

 

 ブースターを展開し、一気にコックピット近くまで登ったニュートから降り、ヴォルフもアイアンコングのコックピットに乗る。ニュートは近くにいたモルガに合体し、機体制御を乗っ取ってアイアンコングの傍に寄った。

 

「済まなかったなロカイ。私の用事に付き合わせてしまったようで」

「いえ、構いません。――しかし、ヴォルフさん。ムーロアって……あなたとプロイツェンは、もしや……」

「……察しの通りだ。だが、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)メンバー以外には話さないでくれ。……今更、皇室の生き残りなどという肩書きは何の意味もない」

「……分かりました」

 

 背中のブースターを噴かせ、アイアンコングも格納庫から飛び出し研究所の裏手に出る。

 

「そういえば、話を漏れ聞いたのですが、バン少年がここに来ていると」

「助けたいか?」

「あ、いえ、ですが……ひとまずは三銃士の皆さん、それにローレンジ達と合流し、プロイツェンの野望を阻止することからでしょう。それに……」

「かまわん。彼も必要な人間だ。助ける価値はある。……合わす顔がないなら隠れていればいい。私が彼の手助けも請け負う」

 

 ロカイは以前、バンたちの前から逃げ出している。争いに恐怖と虚しさを感じ、そこに居られなくなったからだ。ヴォルフもその話は聞いている。

 

「すみません。おれはまだ……、彼の事、お願いします」

「いいさ。モルガでローレンジ達の方に行ってくれ」

 

 ロカイがアイアンコングを降りモルガに乗り込む。すると、ニュートがアイアンコングの方に合体した。意地でもヴォルフについて行こうというのだろう。

 

 研究所から遠ざかる道とは反対側、研究所の正面に向かったヴォルフが見たのは警備の帝国ゾイドと、それに包囲されたブレードライガー。警備ゾイドの数は10~20ほど、レブラプターを中心とした部隊だ。どうやら、ヴォルフ達が相手にしていた裏側の部隊とはまた別に正面にも部隊が配備されていたのだろう。この物量の多さも、プロイツェンが持っている力が推し量れた。

 

「なに、不安はない。先ほど宣戦布告してきたからな。やるだけやるさ!」

 

 ふと、言い回しがローレンジのようだと思った。僅かな間だが一緒に旅をし、影響されたのだろうか。「ふっ」と、ヴォルフは短く息を吐き出す。

 ビームランチャーがレブラプターを撃ち抜き、ハンマーナックルが背中から機体を叩き潰す。重量感のある轟音が鳴り響き、突然のそれにレブラプターの注意がヴォルフのアイアンコングに向いた。

 

「邪魔すんじゃねぇ!」

 

 気をとられた一瞬を突いて、ブレードライガーが突進し、爪でレブラプターを切り裂く。

 

「あれ? あんた確か……」

「ヴォルフだ。バン君、なぜ君がここに?」

「あ、そうだ、フィーネが連れていかれたんだ! プロイツェンの野郎、古代ゾイド人がどうのこうのって……」

「古代ゾイド人!? フィーネ君がか!?」

 

 ヴォルフは与り知らぬことだったが、バンのゾイド――ブレードライガーはシールドライガーがオーガノイドの力で進化したものだ。そして、それにはフィーネも関わっていた。

 

 ――古代ゾイド人。詳しいことは分からんが、プロイツェンはその力を利用しようと……!? フェイトの代わりにでもしようというのか……む、これは……?

 

 アイアンコングのコックピットで、ヴォルフは震えを感じた。恐怖の意識――不思議と、それがアイアンコングからのものだと分かる。ニュートが合体し、ゾイドとのリンクが強まっているからなのか……。

 

「ヴォルフさん?」

「……バン君。あの建物内の通路データを送る。先ほどプロイツェンは二階に居たのだろう? だったら、地図に示したルートを進んでいるはずだ。君は彼女の救出を急げ。警備のゾイドは私が引き受けよう」

「ああ、頼りにしてるぜ! 来いジーク!」

 

 地図の送信が終わるとブレードライガーはさっと建物の横に走った。

 それをコングの背中で見送り、ヴォルフはアイアンコングの左肩のミサイルランチャーで警備のレブラプターを牽制する。だが、

 

「どうしたコング。いったい何がそんなに怖いと言うんだ」

 

 返答はない。ヴォルフにはゾイドの言葉は分からないから会話も出来なくて当然だ。なのに、アイアンコングが感じている恐怖は直接ヴォルフの心にまで訴えられる。

 

 『コワイ、ニゲヨウ』

 そんな言葉が、脳内に再生される。

 アイアンコングはゾイドの中では比較的おとなしいゾイドだ。コングの野生体が持っていたおとなしさがそのまま機体の操縦性に反映される。おとなしい性格だが、巨体が持つパワーは圧倒的。この二つを併せ持つからこそ、アイアンコングは現行ゾイドの中でも最高傑作と称されている。

 そのアイアンコングがこれ以上ないほどに怯えていた。なにか、嫌な予感がしてならない。ただ怯えているのではなく、尋常ではないほどの恐怖。生命が最も恐怖する瞬間、絶対的な命の危機。

 

 

 

「バン君! そっちはどうだ!」

 

 アイアンコングから伝わってくる恐怖心を振り払うように、がむしゃらにレブラプターを蹴散らし、ヴォルフは通信マイクに怒鳴りつけた。

 

「フィーネは助けた!」

「ならばすぐに脱出しろ! この場に留まるな!」

 

 もはや、その恐怖はアイアンコングのものなのか自分自身の感情なのか判別できない。できないが、一刻も早くこの場を離れたかった。そして、それを感じているのはヴォルフだけではない。

 

「バン、早く逃げて! あれが来る前にっ!!!!」

 

 これ以上ない表情でフィーネは頭を抱え、訴えた。

 もはや確定的だ。この場所で、何かが起こる。起きてはならないナニカが。

 

 ヴォルフが感じ取った恐怖、フィーネが明確な意思で発した危機、それを嘲笑うかのように、研究所の中心に建てられた水槽が轟音を立てて蓋を開き、内部を満たす培養液を吐き出した。

 

 

 

 研究所の警戒アラームが最大音で鳴り響いた。内部では研究員や警備の兵が大慌てで脱出を始めている。

 まさに阿鼻叫喚と呼ぶべきそこに、一体のゾイドがその全てを睥睨し、現れた。

 

 その大きさは、巨体が自慢のゴジュラスやアイアンコングが小型ゾイドに見えるほどの大きさだった。

 踏み出した脚が、呆気にとられたレブラプターを踏みつぶす。ゴミをプレスするような軽々しさで、ゾイドが踏み潰された。伸びをするかのように振るわれた尻尾が、研究所の壁を障子に穴を空けるように突き破った。

 

 

 

『グゥルル……グルァアアアオオオオオオオッッッ!!!!』

 

 

 

 その悍ましい雄叫びは、甲高い悲鳴のようにも聞こえ、その場の全てを圧倒する。巨体だからこその音量ではなく、その雄叫びを構成する音の要素一つ一つが、その場の生命体の五感すべてに恐怖の感情を植え付ける。

 そのゾイドは、ただ咆哮を上げただけだった。ただそれだけなのに、その場にいたすべての者をすくみ上げさせる。恐怖で身体が縮こまり、身動き一つ許されない。そんな哀れなゾイドたちを、それは意識せずに踏み潰していく。

 

 

 

『――ああ、おっそろしいゾイドさ。だってのにあれで未完成、半分しかできてないってきたもんだ。しかも本物とは全く違う別物だとか。本物じゃないにしろ、完成した奴には絶対お目にかかりたくないね』

 

 二年前。ヴォルフがもたらした情報を元にザルカを探しに出て行ったローレンジは、帰還後、ヴォルフの問いにそう答えた。苦々しく語る友の姿に、僅かばかりそのゾイドに興味を持った。

 

『ワタシ自身は何とも思わんぞ。ワタシはお前たちの言う頭のネジの千切れた人間なのだろうからな。だが、お前たちの言う“まともな人間”があれを見たら、狂気の意識に支配されかねんな。それほどのゾイドだよ。奴の望む伝説のゾイド(・・・・・・)とは』

 

 ローレンジが連れてきたザルカは、ヴォルフの問いに嬉々として答えた。だが、それは本人が認める通りおかしな人間の認識だ。役に立たんだろうと、ヴォルフは切って捨てていた。

 

 

 

 その、実際に目にした者が語る前評価がどれほど役に立たないことか、ヴォルフは身を持って知ることになった。アイアンコングの恐怖心のままに、自らの心に生まれた恐れのままに、それに背を向け一心に逃げながらヴォルフは震える声でポツリとつぶやく。

 

「あれが……デスザウラー」

「なんて、なんて物を作りやがったんだ。……くっそぉおおおおおっ!!!!」

 

 バンの怒りと恐怖の入り混じった叫びは、遠く響き渡った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「デスザウラーの復活か。やっぱ、プロイツェンの狙いはそれだったな」

 

 フェイトからあの場での状況を聞き、自らも僅かに視界の端に捉えた脅威を思いだし、ローレンジはポツリと零した。

 

「それに、フェイトがデスザウラーの制御ねぇ……そんなことができるなんて、とても信じられねぇな」

「うん、わたしもできるなんて思ってないよ。でも……」

 

 それきり、フェイトは黙ってしまい、ローレンジも無理に聞き出そうとは思わなかった。

 

 

 

 研究所から遠く離れ、三銃士と落ち合う場所まで来たローレンジは危機感を覚えた。そこに居る筈の三銃士がいなかったのだ。代わりにあるのは、金と銀の金属片。

 

「ちょっとぉ、いないじゃないのよぅあの爺さんたち」

「やっぱ老いぼれは隠居してりゃよかったんだ。まったく、いい年して無茶するからだぜ」

 

 スティンガーとアルバートが口々に愚痴る。

 だが、ローレンジは違った。グレートサーベルのレーダーの出力を上げ、索敵に全力を注ぐ。何かがいる。そう直感したのだ。

 

「ねぇロージ。あれが、あれが来るよ」

「あれ……か。だろうな。この肌がピリピリする感じ。間違いない」

 

 フェイトの不安はローレンジが抱いていた危機感を確信させる。覚えのある感覚だった。そう、ヘルキャットのコックピット越しに感じたあのゾイドの闘争心。血を求めて止まない、暴君竜の心音。

 荷電粒子の煌めきと、ギラリと輝く大剣――ドラグーンシュタール。

 

「――スティンガー! アルバート! ロス! 避けろっ!!」

 

 瞬時にそれを感じてその場を離れるよう叫んだ。同時にグレートサーベルも跳んだ。飛び跳ねたその一瞬後、閃光がその場を迸った。凄まじい光の本流が、夜が明け始めた荒野を貫く。

 

「なに!? なんなのよぉ、今の!?」

 

 グレートサーベルと同時に着地したのはスティンガーのセイバータイガーだけだ。クロスボウ兄弟のヘルディガンナーの姿はどこにもない。

 来たか。ローレンジは高鳴る心音を無視し、飛び出しそうな心臓を飲み込んで、光の発生源にグレートサーベルを向けた。

 

「……見つけたわ」

 

 その先に居たのは、鋭い爪の先に金と銀の虎の顔をぶら下げている血に飢えた暴君竜。

 ジェノリッターだった。

 




密かに半オリジナルキャラがいます。

えー、そして三銃士のみなさんごめんなさい。戦闘シーンすらなしになりました。三人、それも似たようなメンツだから動かし辛くて。話を作り辛くて……。



さて、次回はいよいよVSアンナ&ジェノリッター! 本章最大の激闘が始まります。

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