小屋はさして荒らされた形跡はなかった。だが、床に倒れるロカイの姿が、何があったかを想像させる。
「ロカイ!」
「待て」
ロカイに駆け寄ろうとするヴォルフをローレンジが制止する。そしてポケットから布を取り出し、それを鼻と口に当ててロカイに駆け寄る。ロカイの容体を確認し、彼を連れて小屋を出る。
グロスコフがロカイの容体を確かめる中、ローレンジは布を離して大きく息を吐いた。
「麻痺毒のガスだ。しかも滞留性が強く、効き目も抜群」
「いったい誰が――」
「――スティンガーだ」
即答し、ローレンジは歯噛みする。
「あいつのことをすっかり忘れてた。クソッ!!」
「スティンガー。以前言ってた、趣味の悪いオカマの賞金稼ぎか」
「麻痺毒はあいつの十八番だ。近づいてきて何もしないと思ったら、機会を見計らってたのか」
いら立ちを隠せないローレンジ。そこにロカイの容体を診ていたグロスコフが近寄ってきた。
「大丈夫だ。強く打撃を受けたようだが、流石は元帝国軍人だ。然したことはない。今も気絶してるだけだ」
「気絶するだけだらしないって思うけどな」
やがて、周囲の様子を窺いに向かっていたビーピーとワグナーも戻って来て、ロカイが目を覚ましたのを皮切りに状況を聞き出す。
ローレンジ達の帰りをぼんやり待っていた時だ。窓から何かが投げ込まれ、それが手榴弾と気づいたのが一歩遅かったのが運のツキだ。僅かでも吸い込んでしまった麻痺毒はあっという間に身体の自由を奪った。そうして進入してきたのは、ローレンジの予想通りスティンガーだった。さらにもう一人、スキンヘッドの男も入ってきてフェイトを連れて行こうとした。
ロカイはうまく動かせない身体を必死に動かし抵抗を試みた。が、スキンヘッドの男に強く殴られ、手持ちの通信機で連絡するのが精いっぱいだった。
「……なんとなく分かった。ロカイ、ここで休んでてくれ」
ローレンジはそう言い、立ち上がる。そして、わき目も振らずに小屋の出口に向けて歩き出した。
「まて、どこに――」
「どうせ、もう時間もないんだろ。プロイツェンの所に行く。フェイトも、たぶんプロイツェンのとこだ」
「なぜ、そう言いきれるんだ。他にも可能性が……」
「いや、ないな。前にザルカから聞いた話がある。詳しくは知らないが、それが事実ならプロイツェンがフェイトを欲する理由になる」
要領を得ない。その説明は、ヴォルフからしても初耳だった。
「時間がない。ヴォルフは
小屋を後にするローレンジにニュートが続く。ヴォルフはロカイを支え、共に小屋を出て行った。
「我々はどうする。セイバータイガーはまだ傷が深いぞ」
「聞くまでも無かろう。少しでも皇室の助けになるならば、我らが動かない理由はない」
「では行こう」
三銃士たちも、決意を固めそれに続いた。
***
目指す場所はプロイツェンの秘密研究施設だ。先日、
「急げよサーベラ」
ローレンジの呼びかけにグレートサーベルは低い唸りで答え、脚に籠める力をさらに高める。その背には、武装の隙間に潜むようにしてニュートがいた。
「キィ~?」
「ニュートはまだだ。お前の力はこの先で絶対必要になる。無駄な消耗はするんじゃない」
モニターに表示した地図の範囲を広げる。目指す秘密研究所まであと半日ほど。フェイトが攫われた時間から考えて、犯人がそこにたどり着いて一時間後にローレンジは到着する換算だ。
一時間。ほんのわずかだが、プロイツェン側に余裕を与える結果はローレンジを焦らせる。
――間に合うか? いや、間に合わせる!
その時だった。アラームが鳴り響き、同時に後方のアイアンコングとの通信がつなげられた。
『ローレンジ! その辺りに何かが潜んでいるぞ!』
瞬間、グレートサーベルが緊張した。それを瞬時に察知したローレンジは、グレートサーベルの感じたそれに合わせて機体を宙に躍らせた。間髪おかず、先ほどまで駆けていた大地の下から鋏が持ち上がった。
現れたのはガイサック。片腕を振り上げ、レーザークローがグレートサーベルの腹を掠める位置を通過した。次いで砂漠から飛び出してきたのは二機のヘルディガンナー。尻尾にブレードを装備した砂漠戦仕様のカスタム機。
『あっらぁ~ん、反応がいいのねぇ。もう少しだったのに』
耳に触るその声。先ほどの状況から、ローレンジの思考は瞬時に相手の正体を導き出す。
「その声、スティンガーか。いつもの悪趣味なガイサックはどうしたよ」
『三流に貸して壊れちゃったわ。アタシのスティンガースペシャルもやられちゃって、今はこんなちんけな機体よ』
スティンガーが持つガイサックは機体色が赤く、さらに独自改造によって通常の機体よりも出力が大幅に高かった。それを使っていないということは、スティンガーが言っているのは間違いではないだろう。が、今はそれどころではない。
「ここで来るってことは、俺の足止めが目的か。悪いが加減する気はないぜ」
『アラ? まさかアタシたち三人に勝てる気かしら。それは嘗めすぎじゃなくて?』
『へっへぇ、オメェがローレンジか。うわさは聞いてるぜ』
『兄貴、相手はただのガキだぜ。臆することはねぇよ』
スティンガーとともに現れたヘルディガンナーの搭乗者の声は、ローレンジも聞き覚えがあった。極悪賞金稼ぎとして兄弟で名を馳せているクロスボウ兄弟だ。砂漠戦に特化したヘルディガンナーを愛機とし、かなりの戦果を上げているらしい。
――だが、俺の敵じゃない。
クロスボウ兄弟の実力は、状況にもよるがスティンガーと五分五分といったところだ。ローレンジは以前スティンガーの取り巻きをヘルキャット一機で壊滅させている。ゾイド乗りとしての腕は間違いなく上だ。その上、現在の乗機はグレートサーベル。さらに、後方からは三銃士のセイバータイガーATとヴォルフのアイアンコングmk-2が迫っている。負ける気は全くと言っていいほどなかった。障害と言っても、精々道を塞ぐ小さな岩程度。通過するのに時間がかかるだけだ。
さっさと片付ける。
グレートサーベルのソリッドライフルを向け、トリガーに手をかけた。だが、
『ローレンジ、アタシたちと取引しない?』
まさに火ぶたが切って落とされる瞬間、スティンガーがそう口にした。
「……取引?」
『そう。アンタにはあの子の居場所と、ついでに近道を教えてあげるわ。代わりにアンタはアタシたちが研究所に忍び込む手伝いをする。どう?』
「理由は?」
『バンって小僧にアタシたちのゾイドがやられちゃってね、今のは間に合わせに過ぎないの。帝国――それも元帥が所有するゾイドならアタシたちにふさわしい。そう思わない? ローレンジ?』
ふざけるな!
と激昂する感情を無理やり押さえつけ、ローレンジは思考を巡らせた。
スティンガーのことは信用できない。なにせ、スティンガーはフェイトを連れだした誘拐犯だ。普通ならそんな人物との取引は切って捨てる。すべきではない。罠に決まっている。
だが、
――……切って捨てるには、惜しいか。
スティンガーは狡猾な人物だ。
だが、腕は悪くない。ローレンジはスティンガーの性格は全否定しながらも、自身に匹敵せずともその腕だけは認めていた。
『アタシたちはいつまでもこんなちんけな機体で仕事をする気はないの。どぅお? 昔は一緒に仕事をした仲じゃない』
「黒歴史を掘り起こすな」
どうする? こうしている間にも、フェイトが生きている可能性は少しずつ減っている。それが、ローレンジの中に焦りを生む。こんなとこで躊躇している余裕はない。すぐに出向かねばならない。だが、背を向けた隙にスティンガーたちから攻撃を喰らえば、戦闘になり更なるタイムロス。
どうする? どうする!?
『分かった。手伝ってくれ』
その決断をしたのは、ローレンジではなかった。
「ヴォルフ!? おま、勝手に――」
『今は迷っている時間がない。戴冠式は明日だ。そこに、
ヴォルフに文句を言うより早く、彼の口が紡いだ言葉がローレンジの脳天を突き抜けた。
「先ほどザルカ博士との通信がつながった。博士は博士で情報収集をしていたらしくてな、その資料をまとめた結果をさっき聞いた。ローレンジ、お前の予想が的中したようだな。もう一刻の猶予もない」
ヴォルフはさらに続けた。ザルカが関わってきたデスザウラー復活計画の全貌。その中で、捨てられたとある
「……そーゆーことかよ」
それを聞き、やっとローレンジの中で答えが見いだせた。ドラグーンネストでプロイツェンと通信した時、彼がフェイトのことを気に掛けた理由。ザルカがフェイトの出生について知りたがった理由。フェイトがゾイドの言葉を理解していたこと、ゾイドとの繋がりが異常に深い理由。その全てが、つながった。
「ザルカ博士は、その方法ならデスザウラーの制御も容易になると予想している。おそらく、奴も同じことを考えて――」
「――ヴォルフ! すぐに向かうぞ! あのクソ野郎、俺からまた奪おうってのかッ!!」
ヴォルフの言葉を遮ってローレンジが吐き捨てる。烈火の怒りを瞳に宿したローレンジをモニター越しに見て、ヴォルフは激戦を予感した。もはや避けられない。だが、ずっとこの時を目指していた。
ヴォルフの元には生き残っている
すべての情報を頭に叩き込み、通信をドラグーンネストに繋げ、ヴォルフは決然と言い放つ。
『
私はこれからローレンジと共にギュンター・プロイツェンの研究所に強襲をかける! 我らの使命は今ここで果たされる。必ず成し遂げろ!』
通信機越しに
『――これが終わったら宴を開こう。だから、死人は出すな。もう、一人も欠けることなく、この戦いを終えよう』
通信が切られ、ヴォルフのアイアンコングがしっかりとした足取りで前へ進んだ。
『言った通りだ、ローレンジ。一人も欠けることなく、この戦いを制する。行くぞ!』
無言のままグレートサーベルも走り出す。その後にヘルディガンナーが、ガイサックが、セイバータイガーATが続いた。
やがて、暗雲立ち込める中、プロイツェンがいる研究所がその姿を現した。
私の中ではスティンガーたちって自分の利益に忠実な賞金稼ぎってイメージなんですよね。
敵対もすれば、味方にもなる。ローレンジの(黒い?)人脈もあって、今回は協力関係です。