ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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タイトルでネタバレな気がします。原作知ってる人なら……どうぞ。


第26話:助けられた男

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 深い山間。ガイロス帝国領のとある山岳地帯。そこを、一人の男が息を切らせて走っていた。

 男は目についた岩陰に身を隠し、そこから少し顔を出し背後を窺った。

 

 ――追跡者は……なしか。よし。

 

 誰もいない。それを確信すると、男の身体から急速に力が抜けていった。肺から息を吐きだし、新たに酸素を取り入れようと呼吸するが、荒く浅い呼吸では十分な酸素を確保できない。それでも、男は身体が勝手に動くのに任せて酸素を貪った。

 

 ――おれは……これからどうすればいいんだ……

 

 男は嘆くような思いで心の中で呟く。

 男が纏っている服はびっしょりと濡れ、さらに道なき道をひたすら突き進んだ所為で泥だらけだった。

 男はここまでの道のりを反芻する。

 まず滝に乗って川に飛び込み、決死の想いで川から這い上がり、記憶を頼りに山間の中を突き進んだ。塗れて重くなった服は、着実に体力と体温を奪い取り、何度転んだか分からない。その度に土が纏わりつき、男の服――軍服は見る影もない。

 

 そもそもこうなったのは、男がとある少年を助けたことが原因だった。

 借りを返したかった。そのために取った行動が、今の自分の境遇を形作っている。因果なことだった。

 

 

 

 男は嘗て、共和国に捕われた捕虜だった。捕虜として苦痛だけの生活を強いられ、それでも男が生き続けたのは、単衣に故郷に残した唯一の肉親のことが大きかった。

 

 ――捕虜で居るのはもう嫌だ、母に会いたい。

 

 その思いとふとした偶然が、男に脱走の機会を与えた。

 だが、おりしも共和国は帝国軍を撃退したパレードの真っ最中。脱走できたのもそのおかげだが、人目についてしまうのもパレードが原因だった。

 丸腰で逃げる中、共和国の市民に見つかり、暴行を受けた。偶然通りかかった銀色の小ゾイドを連れた少年の御蔭でその場は難を逃れたが、脱走が発覚し共和国兵にも追われる身となってしまった。

 

 男は怖かったのだ。再び捕まることが。再び地獄のような捕虜の生活に戻るのが。もう二度と母に会えないことが。

 その想いが、男を凶行に走らせる。

 

 男は共和国の基地から強化型コマンドウルフを奪い、ひたすら逃亡した。邪魔する共和国ゾイドを、ニューへリックシティごと攻撃して。

 

 そんな男の逃亡を止めたのは、己を共和国兵の暴行から助けてくれた少年だった。ニューへリックシティを破壊し多くの市民を傷つけた男に、少年は燃え盛る炎のような怒りをぶつけた。

 コマンドウルフから叩き落され、なおも逃亡し許しを請う男に少年はさらなる怒りを見せた。

 

 

 

 だが、少年は男を己が拳で殴ることはしなかった。代わりに、熱い涙をこぼしたのだ。

 なぜ少年はニューへリックシティを破壊した男を殴らなかったのか。なぜ代わりに厚い涙をこぼしたのか。今なら理解できた。

 少年は悔やんでいたのだ。自らが正しいと思った行動が、結果的に多くの人の犠牲を生んだ。正しいことだと信じたはずなのに、それが裏切られた。

 自分の中の正義が、分からなくなってしまったのだ。

 

 結局、男は彼らに追われることなく帝国領に帰りつくことが出来た。だが、その時の少年の悲痛な慟哭は、今でも男の耳に残っている。鮮明に思い出せるほどに。

 

 

 

『バカヤローーーーッ!!!!』

 

 

 

 ――考えてみればあの時と同じだ。こうして逃げ続けるしかない。

 

 もう一度岩陰から追跡者を探り、森の中から小さな影が現れるのを見た。

 芋虫のようなゾイド。大きさは犬と大差ない程度。リルガだ。

 ガイロス帝国の主力量産ゾイド、モルガをさらに小型化したゾイド。入り組んだ地形にも進入できる使い勝手の良さから、こうして対人用の捕縛兵器として扱われる。火器は装備されていないが、口には芋虫の特徴でもある、高い粘着力の糸を持っている。集団でかかれば、オーガノイドすら捕縛可能な強靭な糸だ。人間が逃れられるはずがない。

 

 ――くそっ、さすがは帝国だ。あれに捕縛されたら逃げようがない!

 

 男はリルガのレーダー範囲に入る前に素早く岩陰から飛び出し、その場を離れた。

 

 ――リルガ、か。まさかこいつらに追われる立場になるとは。……彼らも、おれと同じ状況だったのか……。

 

 

 

 

 

 

 それから、いつまで走り続けたのだろうか。

 故郷の山から離れ、もはや自分がどこを走っているかも分からない。いや、そもそも自分はまだ生きているのだろうか。それすら不鮮明だった。

 

 ――……あ、気絶……してた?

 

 男はぼやける視界の中に視線を泳がせる。もはやそこはどことも知れぬ山間だった。意識を取り戻した、といってもすぐに失くしてしまうだろう。帝国軍から逃亡して幾日が過ぎた。口にしたものと言えば、川から這い上がるときに飲んだ川の水。それ以外は、記憶にない。もはやその辺りの雑草すら食べられそうな気がしてくる。

 

 ――……おれは、ここで死ぬのか?

 

 男が軍から追われる身となったのは、ある者たちを逃がしたからだ。

 後悔はしていない。決死の想いで共和国から逃げ帰ったというのに、唯一の肉親だった母は死に、自分が所属していた時と比べて、帝国の情勢は大きく変わっていた。もう、生まれ故郷だった帝国にも未練はない。

 だが……

 

 ――死にたく、ない。怖いんだ……おれは……!

 

 今更になって、身が震えた。恐怖が心を蝕んだ。

 やはり怖いのだ。もう心安らげる場所――母の居た故郷――がないことが。帝国に戻っても、反逆者として罰せられる。そしてなにより――死にたくない。

 

「……いや、だ……。お、れは……死に、たく……ない……!」

 

 地面に齧りつくように、指先しか動かせないが、それでも必死で動かした。指先で地面を掴み、死に物狂いで這った。

 

 ザリッ……

 

 かすかに、男の耳に土を踏む音と、幼い少女の愚痴が届く。

 

「もぅ……わたしには雑用で、ロージ達は酒場で情報収集、扱いが酷いよね……ねぇニュート」

「キィイ?」

 

 幻聴か……。

 男はそう思った。だが、他に縋るものもなく、男はそれに最後の希望を籠めて顔を上げた。

 目はすでに光を映さない。しかし、ほんのわずかに残っていた視覚が、男の目にその姿を映した。

 

 男が最期に見たのは、まだ幼い少女と、口に何かを咥えた奇妙な存在。

 

「…………頼む……たす、け……」

 

 それを最後に、男は再び意識を失った。永劫の闇の彼方に……。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「――だから、もっと注げというんだ!」

「……もうやめとけ、悪酔いが過ぎるぞ」

「だったらローレンジ、お前が飲め。ほら」

 

 だばだばとグラスに注がれるワインを、ローレンジは鬱屈した想いで眺め、ゆっくり眼を逸らし――

 

「コラ! 目を逸らすんじゃない!」

 

 ヴォルフに頭を掴まれて視線を引き戻される。そんな現状に、ついにローレンジの沸点も頂点に到達した。

 

「ざっけんじゃねぇ! お前に付き合っていったい何杯飲んだと思ってんだ! こちとら酒が飲めるようになってまだ一年も経ってねぇんだぞ!」

「ハッ、そんな決まりがどうした。第一、英気を養おうと誘ったのはお前だろうが。付き合いが悪いぞ!」

「……くそぅ……こんな展開、考えてねぇよ……」

 

 アルコールによりすっかり顔が火照ったローレンジは、半ばやけくそになってグラスの中身を呷った。が、それに満足したヴォルフがさらに注ぐ。いい加減にしてほしかった。

 ちなみに、惑星Ziにおいて、飲酒の解禁は18歳からとなっている。これは、帝国共和国共通である。

 

 

 

 バンたちにルドルフの護衛を任せ、ローレンジとヴォルフは約束した通り帝国軍の目を引き付けながら行動を開始した。わざと目立ち、ルドルフの偽物(・・・・・・・)を連れているように振舞った。

 当然それだけではすぐにバレかねないが、幸いなことにルドルフと同年代の子供(・・・・・・・・・・・)を彼らは連れている。髪の色や性別など大きな違いはあれど、そこはうまく変装することで完璧(?)に偽装できた。

 おかげでルドルフ殿下の偽物が二人になったと帝国軍部はパニックになっていたりする……はずである。

 

 そして今日、ガイロス帝国領内の風の都と呼ばれる町で、ガイガロスまでの最後の物資補給と英気を養っていたのである。

 ちなみに、フェイトは移動中に寝てしまったため、留守番を押し付けてきた。まぁそれも正しかったと言えよう。ヴォルフのだらしない姿は、あまり人に見られたくない。

 偽物役の彼女を放置してきたのは心配だったが、そこは優秀な護衛(ニュート)がついているのであまり心配はしていない。

 

 ――これでも、俺たちのリーダーだからな。つか、こいつ酒にはそれなりに免疫があるって聞いたけど、ここまで酔いつぶれるとは。やっぱ、あれか。

 

 グラスの中身を一気に呷り、ヴォルフは力なく「――ナ……」と呟く。ほんの小さな声で全ては聞き取れなかったが、ヴォルフが何を言いたかったのかは分かった。そういった気持ちを吐き出させるために、今日は無理言って誘ったのだ。

 

 

 

「あらあらお兄さん、大丈夫?」

 

 そんなローレンジたちに声がかけられる。その声にヴォルフの方を見ると、さっきまでの悪酔いぶりはどこに行ったのか、すっかり顔を青くしていた。

 ローレンジは「あーあ、お約束に忠実だなぁ、おい」と愚痴りつつヴォルフの背中をさすった。が、かけられた声に聞き覚えがあったことから、一気に苦虫を噛み潰した表情に変わった。

 

「なかなかきれいなお顔をしてるじゃない、アタシが看病してあげるわよ」

「お生憎、あんたにその役は似合わねぇよ。スティンガー」

 

 ローレンジが顔を上げながら苦々しく睨み上げると、スティンガーは不敵に笑って見せた。

 

「ンフフ、そんな敵愾心全開にならないでほしいわね。アタシは、親切心からこの人を看病してあげるって言ってんのよ」

「親切心って言葉ほど、あんたに似合わない言葉はないだろうな」

「んもう、そんなに怒らないでよ」

 

 気持ち悪りぃ……。

 心の底からローレンジはそう思った。とっととこいつから離れたい。そんな思いで、ローレンジは話題を変えることにする。

 

「ところで、なんでアンタがここに居るんだ? 釣り人なら川なり海なり、そっちに行ってりゃいいだろ。マダガスカル島はなんてどうだ? 良い鉱石と漁業資源があるって話題だぞ。カモがたくさん集まるんじゃねぇの?」

「アタシは簡単に餌にかかる奴なんて興味ないの。それが餌と解らずにもがき苦しむ獲物を眺めるのが最高なのよ。それに、ルドルフ殿下の偽物っていう金づるがここらに来てるらしいじゃない」

 

 ピクリと、ローレンジが片眉を持ち上げた。ヴォルフをさする左手はそのままに、右手を懐に当てる。

 

「別に、もうアンタたちを狙おうとか思ってないわ。活きが良すぎて、アタシの網には収まらないもの」

「なら、いいんだが……」

 

 警戒心を緩めず、射抜くような視線をスティンガーに向ける。その異名もさることながら、スティンガーは性格はともかく腕は確かだ。ローレンジも、気を抜くつもりはない。

 

 沈黙が、流れた。

 

「……うっ!」

 

 その沈黙を破ったのは、ヴォルフのうめき声である。

 

「……おい」

「あらやだ、この人完全に飲み過ぎじゃないの」

「色々溜まってたからな。決戦前に吐き出させようと思って連れて来たんだけど」

「中身まで吐き出されちゃたまらないわ。不潔よ不潔。さっさとトイレに投げて来てくれる? もう、顔はいいのに……」

 

 その発言やめろ。

 心中で毒づきつつ、ローレンジはヴォルフに肩を貸し、移動する。ヴォルフも苦しげだがこれ以上迷惑をかけられないと決死の表情で立ち上がる。

 その時――

 

「ロージ! 大変大変!!」

 

 バーンッ!!!!

 扉を蹴破る勢いでニュートが突撃をかまし、酒場のドアを破壊して現れた。と、同時に酒場には似合わない幼い声が乱入する。

 

「この人が倒れてて、今にも死んじゃいそうなの! だから――」

 

 そこまで捲し立て、フェイトは気づいた。

 酒場は狭く、さらに柄の悪い酔っぱらいの所為で客はローレンジ達三人しかいない。そのローレンジとヴォルフは、トイレに行こうと――トイレは店の外にあった――入口に向かっていた。そんな時に、扉にタックルをかまして突入したニュート。

 

「…………キィ?」

 

 なんかあった? と言いたげにニュートは小首をかしげた。扉の下からは、二人の男の呻きと、言い難い臭い。

 

 店主が、頭を抱えて溜息を吐いた。

 

 

 

***

 

 

 

「……う、ううん……?」

 

 男は呻きつつ瞼を開く。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは緑色の髪が印象的な少女だ。男が目を開けたのに気付くと、少女――フェイトはにっこり笑って跳び離れる。

 

「ロージ! 目、覚ましたよ!」

「ててて……でかい声出すな、頭に響く……」

 

 男が視線を横に向けると、床の上で寝転がっていた青年が呻きつつ起き上がるのが見えた。

 

「ヴォルフは?」

「頭痛いからもう少し休むって。すっごく申し訳ないって言ってたよ」

「だろうな。つか、もう昼か。ルドルフ殿下には悪いが、まぁこの勇者の谷は入り組んでてそう簡単に見つかる場所じゃない。たぶん、大丈夫だろう」

 

 ローレンジはフェイトから水の入ったコップを受け取り、それを一息に呷ってから男に近づく。

 

「さて、少しはマシになったか? 医者の話じゃ、過度の無理で体力が底をついてたらしいけど」

「……ああ。……助けて、くれたのか……?」

「フェイトに感謝しろよ。こっちは帝国兵を助ける義理なんざないんだ。見つけたのが俺なら、身ぐるみ剥いでその辺に捨ててた」

 

 ローレンジは親指でフェイトを指す。

 

「で、お前に聞きたいことが幾つかある。嘘吐くんじゃねぇぞ。その瞬間、消す」

「ロージ、ちょっと言葉がとげとげしいよ」

「帝国の兵士だ。情けなんざ、最初から与える気もない」

 

 見せつけるように、腰からナイフを引き抜き手の中で弄ぶ。演技であることは男にも理解できたが、ローレンジの目が氷のように冷たくなっていることに恐怖を覚えた。おまけに、

 

「……っ、いてて」

 

 昨日の酔いがまだ残っていた。ローレンジは額を押さえ、その拍子にナイフも落ちる。いつはずみでこちらに来るか、怖くて仕方ない。遠慮がちに、男は口を開いた。

 

「まだ、本調子じゃないんだ。もう少し、休んでからでもいいか?」

「……そういや、どうせならヴォルフにも相席してもらいたいしな」

 

 

 

 

 

 

 夕方。

 日が斜めに差し込むころになって男はようやく体を起き上がらせれるようになるまで回復した。そこに二日酔いに苦しむヴォルフもやってきて、ようやくだが男が自身の身の上を話し始める。

 

「おれは、以前共和国の捕虜だったんだ。何とか逃げ出し、帝国に戻って来たんだが、そのころには故郷に残してきた母も亡くなってて、どうしていいか分からないまま軍に戻ったんだ。

 そして、軍に戻ってしばらく経った頃だ。おれが所属する部隊の担当地区に、亡くなられたルドルフ殿下の偽物が来たんだ。特に疑問に思うこともなくて、普段通り任務を遂行した。ただ、その偽物と一緒に居た者たちが、おれを共和国から逃がしてくれた者たちでな。借りを返すつもりで彼らを逃がした。だが、ヘマを踏んでな。帝国からも追われる身になって、このザマだ」

 

 男が身の上を話し終え、ヴォルフもローレンジもしばらく黙っていた。

 

「ねぇロージ、ルドルフさんと一緒に居たってことは、バンたちのことだよね」

「だろうな」

 

 フェイトが小声で聞いて来るのに一言で答え、ローレンジは顎に手を当て、考える。

 男が嘘を吐いている可能性も無くはない。だが、それではあそこまで疲労している理由にはならなかった。おそらく、男の言う身の上は真実だ。

 

「名前、なんていうんだ?」

「……ロカイだ」

「んじゃロカイ。一つ聞くが、……お前が逃がした連中は、たぶん俺たちの知ってる奴と同じだろう。あいつらと一緒に行こうとは思わなかったのか?」

 

 バンの性格は一度会っただけで大方把握できた。バンなら、帝国から追われる身となったロカイを放っておくはずがない。ともに、ガイガロスまでの旅に行こうと誘った筈だ。

 

「おれが断ったんだ。もう、争いは御免だった。兵士として戦場に出ていた所為で、母の死に目にも会えなかったんだ。だから……」

「争いはいやだ。か……」

 

 ロカイの言葉を反芻し、ローレンジは呟いた。そして、少し苛立ちを覚えた。

 

 現状で言えば、ローレンジとロカイは同じだ。家族を亡くし、居場所もなく、何をすればいいのか分からない。ローレンジの脳裏に、あの日の光景がよみがえる。

 

 

 

「争いは……嫌だ……ねぇ……」

 

 もう一度、同じ言葉をつぶやいた。

 ロカイが顔を上げ、思わず息をのむ。ローレンジの瞳を覗いた瞬間、身体が強張ったような錯覚すら覚えた。

 

「よーく分かったよ。つまりは、嫌なことがあり過ぎて逃げ出したわけだ。あんたは」

「逃げ出した。……か、そうだな、おれは逃げたんだ」

「……気に入らねぇ」

 

 歯ぎしりするほど強く、ローレンジは噛みしめる。

 

「この世の中だ。戦争で――いろんな理由で家族を亡くして一人になる奴なんざ五万といる。そんな連中を、俺は嫌ってほど見てきたさ。その度にイライラさせられたよ。どいつもこいつも、自分だけが不幸って顔しやがって……」

「……なんの、ことだ……?」

「前にな、ある人から教えられたよ。自分の過去を――境遇を後悔するなら、他の奴にそれを味あわせるなって。同じ境遇を辿る奴を増やすんじゃないって」

 

 ローレンジの言葉は一気に炎を帯びた。心の中で滾る炎を押し殺しながらも、にじみ出るそれがローレンジの言葉に熱を帯びさせる。

 

「そんなこと、出来る奴がやればいい! おれは……怖いんだ。争うことが……戦うことが怖くて仕方ない。もう、争いなんて御免なんだ!」

「それが出来る奴と出来ない奴が居るのは……まぁ、理解はするさ。だけど、端から諦めてる野郎には救いもねぇ。あんた、居場所もなくなってぶらぶらしてんじゃねぇよ。一つは心に柱を――信念持ってろよ! 追放されたつっても、元はガイロスの兵士だろうがッ! テメェは何のために兵士やってたんだッ!」

 

 怒りすら籠ったローレンジの言葉が放たれ――同時に爆発した。町が。

 

 爆発音は絶え間なく響き渡り、窓の外は見る見るうちに赤くなっていく。夕焼けの赤ではなく、業火の赤に。二日酔いに悩みながら話を聞いていたヴォルフが椅子を蹴って立ち上がる。

 

「――何事だ!?」

 

 すぐに階下に駆け下りると、泡を食った宿のオーナーが倒れ込んでいた。ガタガタと震える視線の先には、銃を手に持った帝国の兵士。

 

「帝国兵だと!?」

「へっ、命が惜しけりゃ金目のものを出しな。それが嫌なら――」

 

 言葉は最後まで紡がれない。宿のオーナーに意識が向いていた帝国兵をヴォルフが殴り飛ばす。

 

「てめっ、いきなり――」

「――っせぇ、黙れ屑野郎」

 

 ヴォルフに向かって引き金を引こうとするが、それより早く風の様に接近したローレンジの手刀が帝国兵の意識を刈り取る。

 

「オーナー、これはいったい?」

「わ、分かりません、急に帝国の部隊が攻撃を……」

「ヴォルフ! フェイトとロカイの世話は任せる。俺はちょっと出てくるぞ……今日は虫の居所が悪い! 行くぞニュート!」

「ギァア!」

 

 オーナーの言葉を聞いた瞬間、ローレンジは一気にまくしたてると外へと飛び出していった。

 

 

 

 ヴォルフたちは焼け落ちそうな宿屋から出て、他の住人の避難を手伝う。そんな中、まだ満足に動けないロカイは遠目に帝国の部隊を追い立てるローレンジのグレートサーベルを見ていた。

 

 どこの部隊かは分からない。だが、ダークホーンにアイアンコングが二機、その上ヘルディガンナーが複数と強力な部隊であることは理解できた。そして、ローレンジのグレートサーベルはオーガノイドが合体してなお、色濃く残る傷を有していたことも。

 

「連日のように陽動で戦闘を繰り返してきたからな。あの機体も、私のアイアンコングも満身創痍だ」

 

 避難の助けが一段落したのだろう。ヴォルフがロカイの元にやってきて、同じように戦場を見ながら言った。

 

「だったら逃げればいいだろう。お前たちも、この町にはただ立ち寄っただけというのに……」

「そうだよ。だけどね、ロージはこんな状況を見て見ぬ振りするなんてできないんだ」

「あいつの故郷はすでにない。聞いただけだが、あいつは炎に包まれた自らの故郷を眺めるしかできなかったと。それ以来、ずっと一人だ」

 

 鬼神の如き戦いを見せつけるグレートサーベル。機体の傷は酷く、戦闘は明らかに劣勢だった。だが、戦場の帝国部隊は明らかに動揺していた。傷だらけながらも、凄まじい戦いを見せつけるグレートサーベルに。まるで、突如として現れた暴風に立ち竦むしかできない木々の様に。

 

「あいつは、私と会った時は朽ちる寸前だった。お前の様に、生きる道を失くしていたんだ。自ら死のうとまで考えていたほどだ。だがあいつは立ち直り、今では我々にとってなくてはならぬ存在だ」

「ねぇ、それってヴォルフさんとロージの出会いの話? わたしも聞きたいなぁ」

 

 それはまた今度だ。そう言い聞かせるようにヴォルフは笑いかけ、戦場に視線を戻す。

 

「我々は、帰る場所を失くした者の集まりだ。みな、何らかの形で故郷と呼べるもの、家族と呼べるものが存在しない。だから、道に迷っているのならともに来ないか? ロカイ」

 

 やがて、帝国兵は恐れをなして町から去って行く。それを成したグレートサーベルは、雄々しく雄叫びを上げた。

 勇ましい咆哮。猛々しく響き渡るそれは、ロカイの胸に何かを与えたのだろうか。やがてロカイは、ふらつく体をどうにか支え起き上がる。

 

「よろしく、頼む。ヴォルフ」

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の仲間が、新たに増えた瞬間だった。

 二人が住人の救助に再び動き出すのを見届け、フェイトも少し誇らしく思いながら自分も手伝いに向かう。その刹那――

 

「あれ?」

 

 熱く燃え盛る炎。その向こうに、三体の金銀の虎を見た気がした。

 




今回はロカイを登場させたかった、それだけです。
アニメでの彼は全てを失い去って行きました。そして、その後の展開が描かれていないため、これは登場させない訳にはいかぬ! って訳です。

そして、ひっそり再登場のスティンガー。

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