原作主人公――バンとの真の邂逅の時!
「見つけた」
高所にあるゴツゴツとした岩場の上。一歩でも足を踏み外せば命はないようなその場所で、ローレンジは囁くような小さな声で呟いた。片手で岩を掴み、両足を岩のくぼみに突っ込んでバランスを取る。そして、空いた片手で双眼鏡を掴み遠くを見据える。
その瞳が捕らえたのは野営の煙だ。ほんの僅かな煙だ。周囲を巡回している帝国兵に気づかれないよう、岩と岩の間の小さな隙間で隠れるような位置から立ち上る煙。夜の荒れ野は砂煙が立ち込め、野営の煙をきれいに覆い隠している。普通なら見つけられるはずがない。
だがローレンジはそれを見つけ出した。わずかな煙の違いを見つけたら、あとはその下を確認するだけ、
――無防備だな。連れ出すなんて簡単すぎる。
前職ゆえか、ローレンジはついその一団にいる最年少の少年を誘拐することを想定する。皆が寝静まった頃を見計らって、神経を逆立てながら眠る賞金稼ぎの目を盗んで、まだ10歳の少年を連れだす。見つからないことが前提の暗殺業に身を置いていたローレンジとしては、欠伸が出るほど簡単に思えた。
――……それもありか? いや、ヴォルフに怒られるな。
久しぶりにそういった行動をとってみたい気持ちがないわけでもなかった。偶にあるのだ。昔の癖か、肌がピリピリするような、呼吸一つ許されない状況に身を置くことを思い出す。師に叩き込まれた暗殺に関わる術は結局抜けきらず、自分の根っこは相変わらず腐ったままだと自覚する。
だが、もうそれとは離れているのだ。ローレンジはもう一度彼らを視界に収め、それから霧に隠れるように岩場から姿を消した。
――……皇太子、ルドルフ殿下、か。……久しぶりだな。
ローレンジがヴォルフとフェイトの元に帰ってきたときには、すでに日を跨ぐ時間だった。かすかな寝息を立てているフェイトに微笑みかけ、その横で熱心に地図を睨んでいるヴォルフに声をかける。
「帰ったか」
ヴォルフは、地図から目を離さずに返す。地図にはガイガロスまでの道のりが記されており、その地図のあちらこちらには赤いバツ印がつけられている。帝国の検問所や、部隊が駐留している場所だ。
「悪いな、フェイトの相手を押し付けて」
「構わん。だが、寂しがっていたぞ。少しの間とは言え、
「俺がシスコンに見えんのか……?」
「ああ」
笑いながら断言するヴォルフに、ローレンジは仏頂面で座り込んだ。毛布にくるまって眠るフェイトの頭を軽く撫で、表情を改める。
「連中が見つかった。ルドルフ殿下もまだ無事だ」
「……そうか。なによりだな」
ローレンジはヴォルフから地図を受け取り、ある地点に青い点を書き、今日の日付も加えた。
「このままいけば富豪のマクマーンの領地。そこを越えて、風の都を過ぎればガイガロスは目の前か」
ヴォルフが言い、ローレンジも頷きつつヴォルフが作ったコーヒーを受け取る。
「心配は杞憂だったんじゃないか? このまま、あいつ等に任せてもうまく――熱っ……いきそうだぞ。俺達は、陰から帝国の追手を妨害するだけでうまくできそうだ。……あーうめぇ」
ローレンジは待ってられないとばかりにコップに口をつけ、その熱さに顔を顰めつつも豊かな苦みを味わう
現在、皇太子ルドルフはオーガノイドを連れた少年ゾイド乗りと一介の賞金稼ぎ、その仲間に守られて帝都ガイガロスを目指している。だが、相手は帝国軍部を掌握する摂政プロイツェンだ。貧弱すぎる護衛に心配が絶えない。そのためヴォルフ達もそこに合流、共にガイガロスを目指すべきだと考えていたのだ。
だが、彼らはガイガロスに近い現在地までどうにかこうにかルドルフを連れて来ることに成功していた。その実績は大きい。ならばルドルフの護衛は彼らに任せ、自分たちは影から支援するのがベストではないかと、ローレンジはそう考えた。
その理由は、単純にメンバーが増えると帝国に見つかりやすく、戦闘が増えるからだ。その上ヴォルフのゾイドはアイアンコング。大きさだけで言えば現行ゾイドの中でも最大といえ、秘密裏に敵の目を掻い潜るという今回の作戦上には不向きなゾイドだった。
「だが、やはりあの程度の戦力では不安が残る。我らも合流すべきだではないか? それが出来なければ……」
「せめて、あのメンツの実力が知りたいってわけだな。そうじゃなきゃ安心できないと」
「そうだ」
ヴォルフの心配はもっともだ。そして、ローレンジもそうであって欲しかったとも思っていた。なぜなら、
「んじゃ、俺が確かめてやるよ。あいつらの内一機と
にやりと笑みを浮かべるローレンジ。爛々と目が光っていることに気づいたヴォルフは、ひとつ溜息を吐いた。
「……ようするに、お前が戦ってみたかった。そういうことだろう?」
「ブレードライガーつったかな。それに銀色のオーガノイド。一度、本気で戦ってみたかったのさ。サーベラもそれを望んでる。ニュートも同じオーガノイドとの戦闘が楽しみみたいだ」
「好きにしろ」
地図を折りたたみ、寝る準備を整えながら、諦観の想いでヴォルフは言った。
***
翌日
まだ日が昇っていない時間帯に彼らは目を覚ました。ルドルフを連れての逃亡しながらの旅。素早く行動に移るのはいつもの事だった。
「なぁムンベイ~、ガイガロスまであとどのくらいだよ~。そろそろじゃないのか?」
「ええ、だいぶ近づいたわ。でもこの先は油断大敵よ。ガイガロスが近いってことは、それだけ敵の膝元ってことなんだから」
「へっ、俺とジークとライガーならどんな相手だって楽勝だぜ!」
握り拳を作って少年――バンが張り切った声を上げる。
出発の準備を整え、皆がグスタフに乗り込み、いざ出発という時だった。
彼らの目の前に、グレートサーベルが突如として現れたのだ。
「ちっ、いきなりかよ。行くぞバン!」
「おう! セイバータイガー一機くらい、ライガーで十分だ!」
バンと賞金稼ぎの男――アーバインがグスタフのコックピットから飛び出し自分たちのゾイドに向かう。だが、それより早く、グレートサーベルのコックピットが開いた。その行動はこれまでの襲撃者――ガイロス帝国の兵士とまるで違い。彼らを一瞬困惑させる。
「お前らルドルフ殿下の
バンたちを見下ろし、ローレンジは若干適当な口調で言った。演技が苦手というわけではなく、単に
「偽物じゃない! こいつは本物のルドルフだ!」
「そうか? まぁいい。お前ら、俺と
「なに!?」
「その偽物の命を賭けて勝負だ。ああ、拒否権はないぜ。拒否したら、向こうに控えてるアイアンコングのミサイルがお前らを潰す」
ローレンジが指差した先。バンたちからは見えないが、ヴォルフのアイアンコングが控えていた。いつでもすでにロックオンしており、高速ゾイドは逃げられようとグスタフは逃げる余裕がない。グスタフのレーダーの探査範囲を広げたムンベイが嘘でないことを確認し、バンに頷いた。
「お前に勝てば、見逃してくれるのか……?」
「もちろん」
バンの問いに、ローレンジはまっすぐ見下ろして答えた。
「分かった。その勝負、受けてやる!」
「ちょっとバン!?」
「信用できるのか? あの野郎」
ムンベイとアーバインが慌てるが、すでに心を決めたバンは言葉を撤回などしない。
「この先にちょうどよく窪地になってる岩場がある。大型ゾイドが
コックピットを閉じる際、一瞬ローレンジとグスタフに乗っていたルドルフと視線が交差した。ルドルフがそれで何かに気づいたように表情を驚愕に染め、それを確認しながらローレンジは戦場に去って行く。一言、
「五年ぶりですね。ルドルフ殿下」
小さく、唇を動かして言葉にした。
「バン。厄介なのとの勝負を受けたね」
「厄介なの?」
ムンベイの言葉にバンは疑問を覚えるが、それにムンベイが答える前にアーバインが口を挟んだ。
「ローレンジ・コーヴ。最近名が売れてる、やり手の賞金稼ぎだ。だが重要なのはそこじゃねぇ。奴は、オーガノイドを連れてる」
「オーガノイドを!?」
「実際に見たことはねぇがな。ただ、その上あいつ自身もかなりの腕だ。勝てるかどうか……たくっ、無鉄砲に勝負を受けちまいやがって。あいつは並のゾイド乗りじゃねぇぞ」
「アーバイン、知ってんのか?」
「前にあいつとゾイド戦をやったことがある。オーガノイドなしのヤロウにやられたんだ。それに前はヘルキャットだったのが今はセイバータイガー。乗り換えたのか知らねぇが、前よりも強くなってるのは確実だ」
悔しげに毒づくアーバイン。だが、それはバンのやる気を引き出すだけだった。
「すげぇぜ! よっしゃぁ燃えて来たぁ! 行くぞジーク!」
勇んでブレードライガーに乗り込んだバンは一足先にローレンジを追って駆けて行った。
「あの馬鹿が!」
「アーバイン。あんたがそう言うってことは、そうとうコテンパンにやられたらしいね」
「言いたかねぇがな」
吐き捨てるようにそう言い、だがアーバインも愛機の黒いコマンドウルフに乗ってバンを追いかけた。
「さて、あたしたちも早く行こうかしら! ところで二人ともどうしちゃったの?」
ムンベイは横に座るフィーネ、そして後ろで呆けたようなルドルフに声をかけた。
「ううん。ちょっと……ジークやシャドー以外にもオーガノイドがいるんだって思って……」
「そっかぁ、オーガノイドは遺跡に封印されてるらしいからね。まぁ気になったら聞けばいいのよ。で、ルドルフ、あんたは?」
「あ、い、いえ! なんでもないです!」
「そう言うところがちょっと怪しいわね。まぁいいわ、早く追いかけないと!」
岩場まで出て来たところで振り返ると、バンのブレードライガーが居た。先に来たのはこちらなのだがもう追いつかれてしまった。よほどの運動性能を持っているのだろうとローレンジは感心する。
バンのゾイドはブレードライガーというらしい。「らしい」というのは、ローレンジも始めてみるゾイドで、噂でしか聞いたことが無かったからだ。曰く、バンのオーガノイドの力によりシールドライガーが進化したとか。
見た目は、前身であるシールドライガーの面影が残っている。だが、鬣などが鋭角さを持ち、全体的に鋭さを増したイメージだ。そして、背中に装備された機体名の由来だろう二本の
「さて、始めようと思うんだが、観客がそろってないな」
「観客?」
「お前の仲間たちさ。ちゃんと見てくれる奴が居ないと、本気で楽しめねぇだろ」
そう言っている間にもアーバインのコマンドウルフが、そして遅れてムンベイ達とグスタフが到着した。ローレンジの背後には、ヴォルフのアイアンコングが待機している。
「ロージぃ!! 頑張れー!!」
そのアイアンコングからフェイトの声援が届く。ローレンジはどう返したものかと頬をかきながら曖昧に笑った。
「揃ったな。始めるか?」
「ああ、いいぜ。行くぞ、ジーク!!!!」
『グォオオオオ!!!!』
バンの声に応え銀色のオーガノイド――ジークがバンのゾイドに合体した。元から強力な機体がオーガノイドとの合体によりさらに強力になり、雄叫びを上げる。
びりびりと空気がしびれる。力強く、勇ましいそれに、グレートサーベルも僅かに唸った。その唸りに歓喜が含まれていると、ローレンジは感じ取る。
「強者との戦い。心躍るか? サーベラ。それにオーガノイド、まぁそこは対等じゃないとな……ニュート! 出番だ!」
『ギッギァア!!』
崖の上からニュートが飛び出し、グレートサーベルと合体する。
「あれも、オーガノイド!?」
「あれが奴のオーガノイドか」
ムンベイとアーバインは初めて見るニュートの姿に驚きの声を上げる。
「へっ、それでも俺は負けねぇ! 行くぞジーク、ブレードライガー!」
ブレードライガーが一声あげ、駆け出す。その真っ直ぐ突っ込んで来る行動に、ローレンジは鼻で笑った。
「突っ込むかよ。芸の無い奴だな。――ニュート、サーベラ、行くぞ」
走り込み、体当たりを加えようとするブレードライガーを飛び越し、その身体を踏み台にしてグレートサーベルは跳んだ。さらに中空で一回転し、向きを整えて着地する。
ブレードライガーは背中のブレードの付け根に装備されたパルスレーザーガンを撃つが、グレートサーベルの機体を微妙に動かしそれを回避した。逆に8連ミサイルポッドでブレードライガーを狙い撃つ。
「こんなのへでもないぜ!」
反転したブレードライガーがEシールドを展開、ミサイルは全て防がれた。
「Eシールドって便利だよなぁ。何でも防いじまうから。なら!」
砲撃を止め、ブレードライガーが突っ込んで来るのを待つ。予想通り、攻撃してこないと踏んだバンは背中のブレードを展開、一気に突撃をかけた。さらにロケットブースターも展開、突撃スピードをさらに上げて襲い来る。
「――ッ!? 速いな。しかも……ああくそっ! いやなことを思い出させやがって!」
エネルギーが注ぎこまれた鋼鉄のブレードは黄色い光を放つ。それが、ジェノリッターの大剣と重なり、ローレンジの操作を鈍らせる。
だが、そんなローレンジを補佐するようにサーベラとニュートが独自に動いた。射撃で牽制しつつ、突っ込んで来るブレードライガーの頭を後ろ脚で立ち上がったグレートサーベルの前足で押しとどめる。サーベラとニュートのアシストがあり、その間に恐怖を振り払ったローレンジの操縦で成し遂げた離れ業。時速三〇〇キロを超えるスピードのブレードライガーを正面から受け止める。後ろ足の爪をめり込ませ、大地に太く鋭い筋を残しながら後退する。そして、ブレードライガーの猛進を止めることに成功した。
「嘘だろ!? ライガーが止められた!?」
「ふぅ……まだまだ未熟だな。バン!」
狼狽するバンの一瞬の隙を突いてブレードの基部を咥える。そのままブレードライガーを放り投げた。ローレンジは追撃を緩めず、投げ出されたブレードライガーの身体を前足で抑え込む。
――この程度か? いや、もっと引き出せるな。
「ルドルフ殿下の護衛だからもっとやるかと思ったが、大したことねぇ」
「なんだとぉ!!」
「お前、最高のゾイド乗りになりたいらしいな。だが、そんなんじゃ、最高のゾイド乗りなんざ夢のまた夢だ」
「くそっ……俺達はまだまだこんなもんじゃない! 行くぞライガー!」
ブレードライガーがブースターを全開にして、無理やりグレートサーベルの脚から抜け出す。
グレートサーベルは不満げに喉を鳴らしそれを見送った。
ブレードライガーが再びブレードを展開し、そこにエネルギーが注ぎこまれ、刀身が伸びた。エネルギーで作られた刃だろう。それが届いたら、グレートサーベルの機体は今度こそ真っ二つだ。
「行くぞジーク! もう一度ブレードアタックだ!」
『グァァオ!!』
ブレードライガーが駆けた。グレートサーベルはミサイルとソリッドライフルで迎撃するが止まらない。機体にいくつもの傷をつけようと、それは止まらなかった。
足に力を籠める。直前で回避するのだ。だが、ロケットブースターの推進力も合わさったスピードを躱しきるのは至難――否、サーベラの反射神経があれば躱せる。
「行くぞぉおおお!!!!」
「来い!」
ブレードライガーとグレートサーベルが交差する。
グレートサーベルは宙に体を泳がし、再びブレードライガーを踏み台にして跳んだ。先と同じように、中空でバランスを取り着地する。
「同じことやっても無駄だ――ッ!」
だが、ブレードライガーは止まっていなかった。踏み台にされてなお、ブースター全開で崖に突っ込み、崖に取りついたところでブースターの噴射角を変え、水泳で壁を蹴って反転するように、崖を使って機体を反転し、再度ブースター全開で飛び掛かってきた。ブレードがウィングの役割を果たし、飛翔する獅子となったブレードライガーが迫る。
バンの予想外の行動にローレンジも一瞬思考が止まった。しかし、止まったのは一瞬だ。危機感を告げるサーベラとニュートの意識がローレンジの思考に流れ込み、瞬時に機体を傾けさせる。そして――
「掠っただけ、か。あっぶねぇ……」
ブレードライガーのブレードは、グレートサーベルの右足を掠って通り過ぎた。右の前後ろ両方の脚がスパークを走らせる。片側の脚が損傷したことでバランスを崩したグレートサーベルが膝をついた。
遠ざかって行くブレードライガーの後姿を見て、ローレンジは恐怖を覚えた。
僅かにタイミングがずれていたら、グレートサーベルはヘルキャットの二の舞になっていた。真っ二つに斬り裂かれた機体。逃げることも叶わない己に、オーバーキルの一撃を放つ暴君竜の姿が浮かび上がる。まるで、すぐ目の前に荷電粒子の煌めきがあるかのように……。
『グゥァア!』
「サーベラ。……ああ、まだやれる!」
左足を動かし機体を反転させ、遠ざかったブレードライガーの後姿にソリッドライフルを撃ち込んだ。
狙い違わず、ソリッドライフルの射撃がブレードライガーの尻尾とブースターを直撃し破壊する。衝撃でブレードライガーも膝を突いた。
互いに傷を負いつつも、両者は引くことはなく正面からの体当たりで幾度となく激突する。
「……いかんな」
「ヴォルフさん?」
「フェイト、我々も行くぞ」
戦況を見守っていたアイアンコングが静かに動き出した。
「――ヤロウ!? させるか!」
それに気づいたアーバインも愛機の黒いコマンドウルフを走らせ、戦場に赴く。
だが戦場の二人はその動きすら目に入らず、互いの相手だけを見据えた。
「「まだだぁっ!」」
何度目かの正面からのぶつかり合いから距離をとる。ローレンジとバンが同時に叫び、両者は真正面に向き合った。ブレードライガーは四肢を駆使して疾駆する。尻尾の損傷でバランスを欠き、軌道を容易に予測できたグレートサーベルが鋭い二本の牙をぎらつかせて待ち受ける。
互いに傷を負い、損傷した機体。全力時と比べ、その速度やパワーは落ちている。
だが、それでも勝負への執念を捨てない二人が、銀色の小竜のオーガノイドと純白の蜥蜴のオーガノイドが、蒼き獣王と漆黒の雷獣が――交差する、
――刹那
「そこまでだ! 双方退け!!!!」
巨大な腕が両者の頭を掴み、その場で押しとどめた。
「こいつは――アイアンコング!?」
「ちっ……邪魔すんな! ヴォルフ!」
「もう十分だ! これ以上、我々が戦う必要はない!」
バンとローレンジの言葉を、それを上回るヴォルフの一括が掻き消した。
両機体が静まり、アーバインのコマンドウルフも状況を見て止まったのを確認して、ヴォルフはコックピットを開く。
「訳を話す。腑に落ちないところもあろうが、話を聞いてほしい」
ヴォルフは、誠実に訴えた。
***
「つまり、あんたらは俺達の実力を知りたくて戦いを挑んだと」
「そうだ。そして、我々が敵対する謂れはない。共に同じ志を目指すもの――プロイツェン打倒に尽力する者だ」
ヴォルフは全てを話した。元はプロイツェンの私兵部隊だったが、プロイツェンの野望に反感を持ち、それを阻止すべく
「だいたいの事情は分かったわ。だけど、ローレンジとルドルフが知り合いってのは寝耳に水よ。片や賞金稼ぎ、片や皇太子。いったいどういう事情がある訳?」
「私も詳しくは聞けていないんだ。……詮索するのも野暮だからな」
互いに事情を話すうち、隠せなかった部分があった。それは、ローレンジが幼いころのルドルフと出会っているというものだった。互いにしこりがあるのか詳しくは口を閉ざしたが。
「そのことは置いといて」とヴォルフは話題を変える。
「君たちの実力のほどは良く分かった。本来なら我々もルドルフ殿下を帝都にお送りするべく共に行きたいのだが――」
「流石にこう数が増えたら、目立つことこの上ない。あんたらは、影から俺達を支援してくれるんだろ?」
「ああ、君たちの実力は良く分かった。ルドルフ殿下のことは、君たちに託す。我々は援護に回ろう」
バンの実力を確かめ、またブレードライガーの底力も目の当たりにしたヴォルフは彼らにルドルフ殿下を託すことを決めた。今話をしているアーバインも賞金稼ぎの間では一歩抜き出たゾイド乗りであるとローレンジから聞いており、ヴォルフも納得している。
「頼むわよ、あたしたちは命がいくつあっても足りない状況なんだから。もちろん、あんたたちからも報酬を貰えるわよね?」
ムンベイがそう尋ねる。が、その表情には有無を言わさない何かがあるとヴォルフは感じた。表面上は人のよさそうな商売人に思うが、話に乗れば大金を毟り取られそうな予感を覚える。故に、
「本来なら君たちに頼むようなことではないのだが、すまないが帝都まであと少しよろしく頼む」
「ちょっと、無視しないでよ!」
ヴォルフは無視を決め込んだ。当然ムンベイが抗議するが、そのための対応も弁えている。
「そうだ、逃避行の旅で不足分があろう。我らの手持ちからいくつか譲ろう」
ヴォルフがそう告げ、せめてもの助けにと、いくつかの物資をアイアンコングから取り出しムンベイに渡す。アーバインはその手伝いで付き添った。
結局、それ以上の問答は出来ないとムンベイも渋々諦めた。
三人から少し離れ、バンとフィーネはフェイトと話し込んでいた。
「じゃあ、ニュートと一緒のカプセルに居た人は……」
「うん。そうみたい。実際にそれを見たのはロージだけど……、それよりさ! フィーネさんはこれを見て何か思い出さない!? わたしのお父さんとお母さんが集めた遺跡の資料なんだけど……」
フェイトは両親のノートを取り出し、フィーネに訪ねる。だが、フィーネは力なく首を振った。
「フィーネは遺跡の欠片に触ったりして記憶を取り戻したんだ。だから、ノートとか別のものに写した奴だと……」
「ごめんなさい。フェイトたちの探していることでも、これって言えるものは……」
バンが説明し、フィーネもやんわりと否定する。
「そっかぁ……でも、ゾイドイヴを探す仲間が出来てわたし嬉しいよ! ルドルフさんを送ったら、わたしも一緒に遺跡巡りに行きたいな!」
「ええ、きっと!」
フェイトとフィーネは互いに手を取って硬く握りあう。次に会えるのは何時か分からないから。でも、もう一度必ず会えるよう。
二人を暖かく眺めながら、バンはふとさらに離れたところで佇んでいるローレンジとルドルフに目を向けた。
「あいつら、何話してるんだろ……?」
言葉はなかった。
今日は一緒に野宿し、明日は別行動だ。話せるのは今日だけなのだ。だが、ローレンジは口を開くことが出来なかった。そして、それはルドルフも同様だった。互いに重く口を閉ざし、視線が合いかけて慌てて逸らす。
――……いや、話さないと。
これではダメだ。そう、思い切って、ローレンジは口を開いた。
「……殿下は、俺のことを……恨んでます……?」
――何聞いてんだ俺は!?
やっと口を突いた言葉が、それだった。そんなことは当たり前だ。そうだと確信しているのに、つい確認をとろうとする自分に僅かな苛立ちを覚える。
「……恨んでないと言えば、嘘になります」
対するルドルフの答えは、こうだった。
ストレートに恨んでいるとは言わない。恨んでいるが、迷いもある。そんなニュアンスの答えだった。
「あなたが来なければ、お父様は死ななかった。でも、同時に……あなたが居なければ、今僕は生きていない」
悩み、悔みを吐き出すような言葉だった。恨まない訳がない。でも、恨むには恩があり過ぎる。
「俺があの日手を出さなければ、プロイツェンもそれを利用しなかった。俺がやったのは、ただあなたのお父上を死なせただけですよ」
「それでも、あなたは僕を守ってくれました。僕が受けた恩とあなたが犯した罪。それは、同等です」
五年前。
ローレンジは師匠の下で殺しの術を学びながら、故郷壊滅の真相を探り続けた。そんなおり、師匠から試験が言い渡される。
『ガイロス帝国の重鎮、ギュンター・プロイツェンを暗殺してこい』
師匠はすでに真相にたどり着いていたのかもしれない。だからまだデビューもしていないローレンジに無茶ともいえる暗殺を課したのだろうか。今、ローレンジはそう考えている。
それを達成すべく、ローレンジはミレトス城に潜入した。その日プロイツェンがミレトス城に来るという情報に従ってだ。世間に名を轟かす超一流の殺し屋だった師匠、その師匠にしてダイヤの原石と言わしめたローレンジの腕前は、ガイロス帝国皇帝の屋敷に忍び込むことさえ可能とした。
そして迎えたその時。ルドルフの父と話していたプロイツェンに天井から奇襲をかけた。だがプロイツェンはそれに気づき、あろうことかルドルフの父を盾にした。
その時の、心臓にナイフを突き立てる感触をローレンジは今でも忘れない。
このことはプロイツェンにしても予期せぬことだった。だが、プロイツェンはこの小さな暗殺者に皇帝一家暗殺の罪を着せることを考え付いた。そして、次の標的は……偶然部屋に入ってきた、まだ5歳の幼きルドルフ。ローレンジが取りこぼしたナイフを素早く拾い、プロイツェンの凶刃がルドルフに迫った……。
「あの日のことは忘れられません。血に染まるお父様のお姿。そして、プロイツェンが僕に向けたナイフを、あなたが代わりに受けたことも」
ローレンジは自然と右腕を撫でた。同時に、幻痛が蘇る。一人の男の命を奪う重さを持った鈍い痛みが手に、一人の少年を守るために負った傷の鋭い痛みが腕に。腕には深く刻まれた傷跡が残っている。腕を大きく切り裂き、骨まで達したナイフの痕。
「あなたは、もう死んだと思っていました。どうしていたんです?」
「どうにか城から逃げ出して、サーベラに乗ってとにかく逃げ続けました。その途中、もうダメかと思いましたが、あそこに居るヴォルフに出会いましてね。紆余曲折あって、今こうしている訳ですよ」
ローレンジは右腕をさすりながら息を吐いた。ため込んでいた何かが、いくらか抜けていくのを感じる。
「一つ。……俺の罪は、絶対に何かと同等になることはありません。俺は、裁かれる人間です。ですから――」
「――あなたを裁くつもりはありません」
罪を裁け。案にそう言ったつもりだが、ルドルフはそれとは真逆のことを告げた。
「僕には裁けません。ですから、この世界の平和のために尽力してください。あなたが殺めた人の分まで。いいですね」
「ルドルフ……殿下」
「受けた恩は倍にして返す。我が国のありがたい法律です。これであなたは、我が国に恩が出来ました。倍にして返すのです、よろしいですね」
罪を見逃すという大恩をどう返せというのか。一生かけても返すことはできない。
まだまだ幼さが残る。だが、その隅には皇帝の気質をすでに備えていた。有無を言わさない迫力。これが、ガイロス帝国次期皇帝ルドルフ・ゲアハルト・ツェッペリン三世。
――皇帝か。厳しくも、どこか優しさや純粋な心が垣間見える。どっかで見たことがあるかと思えば、ヴォルフの奴と同じだ。
逆らえないな。そう、ローレンジは悟った。
「ありがとうございます。このローレンジ・コーヴ。粉骨砕身の精神で、あなたをお守りいたします。
…………まぁ、あなたが無事即位したら、俺はヴォルフ達とどっかに逃げますがね。なにせ、
「そのほうがあなたらしいです。でも、頼みますよ」
煌煌と月に照らされる中、二人は言葉を交わす。月明かりは、それを見届けるように輝き続けた。
後半は重い感じになりましたが、今回のメイン――虎と獅子の激突はいかがでしたか? いっそ後半部分は別話に分けようかと悩んだりしていました。ルドルフとの重すぎる関係がありますからね。
ちなみに、冒頭で仄めかしていたローレンジがルドルフを連れ出そうと考えている場面。最初の予定ではホントにルドルフを誘拐してました。激突部分が色あせてしまったのでやめましたが。