閃光が走る。
一瞬の後、背部の武装が切り裂かれた。凄まじい切れ味と、それを成すスピードに戦慄を覚える。あれに生身を斬られることを思うと、ぞっとしてならない。
だが、恐怖している場合じゃない。まだ武装は残っている。腹部のレーザー機銃のトリガーを引き、弾丸をたっぷり浴びせた。しかしびくともしない。恐ろしい防御力だった。
このままではまずいと判断し跳び退く。それを狙っていたかの如く、それの腕が伸び、鋭い爪が脚を捉えた。引き摺り倒され、それの目の前に戻された次の瞬間、大剣が再び閃いた。腹部が斬り裂かる。自分ではないのに、まるで自身の腹が真っ二つに斬られたような形容しがたい激痛が全身を駆け巡った。痛みに悶え、だがそれすら許されず鋭い爪付きの脚に踏まれ、蹴飛ばされる。
無様に転がった状態でそれを見据える。それは、その場に立ち尽くしたまま体勢を変えた。尻尾と口を一直線に伸ばし、口内から砲塔が伸びる。砲塔にエネルギーが注ぎこまれ、エネルギーは砲塔の銃口付近で球体を描く。それが徐々に大きくなり、エネルギーが高まっていることを否応にも感じさせた。
次の瞬間に何が起きるか、否応なく思い知った。だからこそ、逃げようともがく。だが真っ二つにされた機体ではそれも叶わず、懇願するしかない。
――やめろ、それを撃つな……
願い空しく、それが放たれた。視界が真っ白に染まるほどの閃光。全身がバラバラに砕け散るような激痛、それらを飲み込む、まるで太陽に放りこまれたかのような灼熱が襲いかかり……。
意識は、途絶えた。
***
「――はぁっ!! はぁ、はぁ、はぁ……」
荒く呼吸する。頭の中には先ほどの光景がリピートされ、その感覚が未だ体に残っていた。荒く上下する胸を押さえ、周囲を見渡す。
「……生き、てる……のか? 俺は……」
そう呟き、ローレンジ・コーヴは自分が生きていることをようやく自覚した。自覚した瞬間、全身に痛みが駆け巡った。
気絶する前に味わったものだろう。見れば片足にはギプスが荒く巻きつかれ、湿布特有の薬臭さと包帯が身体のあちこちを覆っていた。荒っぽいが的確な治療がなされているのだろう。
――確実に死んだと思ったんだが……。
ローレンジはしばし辺りを見渡す。どこか古びた印象を与える、寂れた基地のような場所だった。その一室なのだろう。傍らに置かれていた松葉杖を手に取り、どうにか歩こうとしてみるがダメだった。受けた衝撃で酷い打ち身になっているのか。触ってみた感じ、骨折までは至っていないようだった。だが、骨にヒビが入って、少しの無茶で骨折に至りかねないだろう。どちらにせよ、しばらくは絶対安静と言われるのは確実。
「……んーなガラじゃねぇんだよな。俺は」
昔から打たれ強い事が自慢だ。二年前だって、片足を銃で撃ち抜かれたまま壮絶なゾイド戦を強行したのだ。そう自分に言い聞かせ、むりやり立ち上がろうとする。その時だった。「きぃ」と小さな音とともに扉が開かれ、一人の女性が入ってきた。その女性は、会った回数は少なかれど見覚えがあった。
「あれ? サファイア?」
その女性――サファイア・トリップは信じられないものをみたと言わんばかりの表情だ。口元を押さえ、目元が潤む。だが、それ以上気持ちを表に出さないよう、いつもの澄ました表情に戻った。しかし、堪えきれなかったようで、涙が一滴頬を伝う。
「サファイア?」
「……よかった。ローレンジさん。もう一週間も目を覚まさないから、このまま目を覚まさないかと……」
その先は、言葉にならなかった。声もなくサファイアは泣いた。ローレンジは、正直何がどうなっているのか分からなかったが、とにかくサファイアを落ちつけようと言葉を言いつくろう。
「あーっと……、何がどうしたかしらねぇけどよ、心配かけたみたいで、悪かった」
「ホントですよ。あとでフェイトちゃんにも伝えないと……」
「え? フェイトもいるの? ああいや。と、とにかく、状況を教えてくれ。ホントに何が何だかさっぱりだ」
「あ、そうですね。すみません」
サファイアはもう一度目元をぬぐい、知る限りの顛末を語り始めた。
ニュートによってなんとか命は助かったローレンジだが、意識は戻らないままだった。フェイトとヴォルフによって発見され、三日かけて今居る
「プロイツェンが即位するのも時間の問題。私たちにとって、手詰まりに近い状況です」
「なるほどね。それで――」
「――ロージ!?」
そこで、新たな人物が加わった。フェイトだ。
フェイトは手に熱々の粥を乗せた盆を持っている。そのシチュエーションに、ローレンジは嫌な予感を覚えた。フェイトは涙を目いっぱいに溜め込んでいる。カタカタと盆を持つ手が震えている。
「フェイト。待て、お前が喜ぶのは何となく分かる。だから待て。まずはその盆をその辺に置いて――」
「ロージぃぃぃぃ!!!!」
「だから待てってぇぇぇええええええ!!!!!」
ローレンジの叫びも虚しく、フェイトは盆を放り投げてローレンジに走り寄る。その瞬間、サファイアが落ちてくる盆を受け取ろうと立ち上がったがバランスを崩し倒れる。そしてフェイトがローレンジに勢いよく抱き着き、ボキリと嫌な音がローレンジの身体から響く。それらすべてを睥睨した盆は、満足げに三人の頭の上に中身を降り注がせた。
「いってぇぇぇぇええええええ!!!! あっちぃぃぃぃいいいいい!!!!」
その悲鳴は、秘密拠点中に響き渡った。
「おい……フェイト! いきなり何を――」
「――心配したもん!」
「……あ」
「心配、したんだよ。ロージ、ずっと目を覚まさないし……もう死んじゃうんじゃないかって……ずっと、ずっと!」
「……だな。……悪い、心配……かけた」
足の痛みと顔の熱を堪えつつ、フェイトの背中を撫でる。泣きじゃくるフェイトに、ローレンジは言葉もなく撫で続けた。
かちゃりとドアが開けられ入ってきたのは鉄竜騎兵団のリーダー、ヴォルフの副官、ズィグナーだ。
「……起きて早々、何をやっているのだ。ローレンジ」
「……うるせぇ、俺の……所為じゃ、ねぇ……」
そう否定するが、感極まって泣きじゃくる粥まみれのフェイトに責任を糾弾するのは無理があると思うローレンジだった。ちらりと、間一髪で粥の空爆を回避したサファイアを見る。
「サファイアの所為だ」
「なるほど」
「ちょ、ちょっと! なんで私の所為なんですか!? ズィグナーさんも納得しないでください!!」
***
周囲に飛び散った粥を全てふき取り、改めてサファイアが持ってきた粥で昼食をとる。そして、昼食が終わり程なくしてヴォルフも部屋を訪れた。
ローレンジとヴォルフはひとまず互いの無事を喜び、それもそこそこに今後について話を始める。
「主要メンバーだとウィンザーとエリウス、それにザルカ博士が行方不明。未だに連絡もつかん。他のメンバーも、あの時生き残った者の内の半数以上が行方不明だ。もっとも、私の記憶している範囲だからな。実際にはこれだけしか生き残れなかったのかもしれん」
そう言い、ヴォルフは膝の上に置いた手を硬く握りしめた。ヴォルフは
「そうか……ゾイドの方は?」
「あの時点でほとんどが失われたよ。ウォディックも沈んだだろう。今この基地にあるのは、私のアイアンコングmk-2とズィグナーのツインホーン。それに、シンカーとブラックライモスが二機ずつ。それとフェイトのシュトルヒに、サファイアのレドラー。レドラーは大破して動かせんがな。後は……あの機体だけだ」
その機体とシュトルヒはザルカが改造を施したらしく、パイロットもなしに自らの脚と翼でこの基地にたどり着いたという。
「あいつか……」
ヴォルフの最後の一言に、ローレンジの脳裏に一体のゾイドが浮かび上がる。昔はあれを乗りこなすゾイド乗りになろうと躍起だった。だが、結局乗りこなすことは叶わず、さらに殺し屋としての最初の案件で完全に機体から見放された。それ以降は、鉄竜騎兵団から与えられたヘルキャットを使ってきた。だが、もうヘルキャットは……
「そういやニュートは? あいつはどうしたんだ?」
「ロージ、そのことなんだけど……」
フェイトが遠慮がちに声を出す。ちなみにフェイトは昼食の時からローレンジの膝の上から離れていない。やっと目を覚ましたローレンジを見て甘えたくなったのだろう。ローレンジも文句を言う気はなかった。
「ニュートは、ほとんど機能停止に近いんだって。えっと……ゾイマグナイトっていう鉱石があれば治るみたいだけど……」
「ゾイマグナイト……」
ゾイマグナイトとは、ゾイドの持つ自然治癒能力の力を高める効果がある鉱石だ。だが、これは地中深くに埋まっていることがほとんどで、地上付近では活火山の噴火口など限られた場所でしか見つからない。
「ドラグーンネストなら、中に予備があったはずだけど」
「今あの地点まで行くのは危険すぎるな。テラガイストの追撃部隊が展開している以上、目立った行動は慎むべきだろう」
ヘルキャットを失い、次いでニュートも危険な状態だ。さらに
大敗だ。
この結果は、ローレンジにそれを突きつける十分なことだった。だが、いつまでも落ち込んでいても仕方ない。プロイツェンはすでに帝国を手にするのに必要な最低限のことを成し遂げてしまった。一刻の猶予もないのは事実だ。すぐにでも、その野望を阻止するために行動を起こさねばならない。
行動……すなわち現時点の切り札、次期皇帝の立場にあるルドルフの護衛だ。今はバンという銀色のオーガノイドを連れた少年とその仲間が守っているが、いつまでも保つとは限らない。
だが、
「なぁ、ヴォルフ。なんかあったのか? いつになく表情が強張ってるぞ?」
ローレンジはそれ以上にヴォルフを気にした。状況が状況というのに、こうして作戦を練りながらも心ここにあらずと言った様子だ。どこか不安げで、落ち着きがなく、今にもそれをどこかにぶちまけそうな、そんな様子だとローレンジは思う。
「そ、そうか? 時間も余裕もない。当然ではないか? それに、仲間もたくさん死んだ。こんな時に平静で居ろというのか?」
「仲間を失ってお前が凹むのはいつものことだ。だけど、それだけじゃない。違うか? もうお前とは5年の付き合いだぜ。それぐらいわかるさ。なんかあるなら俺らが――」
「――すまん、そろそろ行かねばならん。養生しろよ、ローレンジ」
ヴォルフはそう言い残すと、さっさと席を立ってしまった。その後姿に、ローレンジは言葉を投げることが出来ず、黙って見送った。
「……なんだ? あいつ」
「ヴォルフ様、いつになく深刻そうでしたね」
「辛そうだったよ。ヴォルフさん……」
サファイアもフェイトも鉄竜騎兵団に入っての時間は浅い方だ。ローレンジに分からなければ、さらに付き合いの少ない二人に分かるはずもなかった。
「なぁズィグナー。あんたは何か知ってんだろ」
ローレンジがそう聞くと、ズィグナーは黙殺した。だが、ローレンジはそれで引き下がる気もない。これは聞いておかねばならないと、そう思った。
しばしの沈黙の後、やがてズィグナーは深く息を吐く。
「……ニュートの状態を調べた時、体内に会話記録を保存するデータが残っていた。おそらくニュートがお前を脱出させるときにヘルキャットのデータを一緒に取り込んだのだろう。偶然なのか、お前とジェノリッターのパイロットの会話記録が残っていた。……ジェノリッターのパイロットの名はアンナ・ターレス。間違いないな」
「ああ」
「……そうか。…………アンナは、殿下――ヴォルフ様の幼なじみだ。幼い頃より、共にプロイツェンの下で育った。二人とも、幼い頃より私が面倒を見ていたからな。ヴォルフ様がプロイツェンの命令で
そのアンナが敵として現れた。アンナもヴォルフが
――もし、アンナが今でもヴォルフを幼なじみと思ってるとして……プロイツェンに着く道を選んだか、若しくはプロイツェンに情報操作させられて俺達を敵と認識しているか、どちらかだろうな。
アンナという人物の過去を聞き、ローレンジはそう彼女の現状を予測した。その間にもズィグナーの話は続く。ズィグナーは開け放たれた扉を――出て行ったヴォルフの後姿を見るように話す。
「あのころのヴォルフ様にとって、アンナは唯一心を許し、素の自分で接することが出来る相手だった」
「素の自分……。でも今は……!」
サファイアの言葉の先にズィグナーは頷く。
「ああ、今はローレンジという親友がいる。だが、それを置いても、アンナはヴォルフ様にとって特別な人物なのだ」
「……俺が親友とか、目の前で言うなよ。……ま、つまりそいつが敵対する関係で辛いと。ヴォルフは優しすぎるからな。戦場ではどこまでも非常になれど、それが終われば相手の死を悔やむことが出来る。……俺なんかとは大違いにな」
敵対した奴の顔なんざ一々覚えてない。よっぽど印象がデカくない限り、殺した奴なんて全員過去の存在だ。そんなことを記憶するよりも、必要なことを記憶する方が脳の使い方としてはずっと有意義だ。
ローレンジはそう自虐し、その瞼は重く閉ざされた。
それは、ヴォルフが心を許して素で話せる者がいないということでもあった。みなが格式ばった物言いで接し、共に語り合い笑いあうものなどいない。
ヴォルフは孤独なのだ。
「謙遜するな。ここに入って来た者はみな、ヴォルフ様に魅了された者たちだ。ヴォルフ様と心を通わせ入団した者は、お前だけだ」
ズィグナーはそう断言する。
ヴォルフが幼いころから側近として仕えてきたのがズィグナーだ。ヴォルフをずっと見てきた彼の目は、この場の誰よりもヴォルフの深層心理の近くまで見抜けているのだろう。
「……さて、ローレンジ。お前にどうしてもやってもらいたいことがある」
「やってもらいたいこと?」
「現状において、お前ほどのゾイド乗りはいない。本来ならゆっくり養生させ、万全の状態でプロイツェンの野望阻止に動いてもらいたいが……時間もないからな。その前にすべきことがある」
「すべきこと……ねぇ」
ローレンジは、半ばズィグナーから伝えられることを理解していた。その上で、彼の口が開かれるのを待つ。
「ローレンジ。今こそ、あの機体を乗りこなして見せろ」
***
サファイアとフェイトに支えられながら。ローレンジは格納庫にやって来た。フェイトは自分だけで大丈夫と言い張ったが無理だったため、サファイアも付き添うことになった。
そうして移動した格納庫は、酷い有様だった。岩山をくりぬいて、そこに無理やり格納庫を増設したのだが、どこも痛みが酷い。ほとんどの部材が破壊され、今にも崩れ落ちそうな状態を、なんとか補修し使っている。
放置していた間にテラガイストが攻撃を仕掛けたのだろう。幸いにもまだ誰もいなかったため、テラガイストも放置されたものとして去って行ったらしく、運がよかった。
その格納庫には、
「これ……セイバータイガー? 黒いけど」
「いや、サーベルタイガーの強化機体、グレートサーベルだ」
フェイトの疑問にローレンジが答えた。通常のサーベルタイガーとは違う、闇に紛れる漆黒の機体色に背中には現在のセイバータイガーATと同等の装備――主武装の8連ミサイルポッドを中心に火力を、ウィングバランサー・テールウィングスタビライザーが追加され機動力を強化した機体。
そして、
「俺の父さんの愛機だったゾイドさ」
「ロージの……お父さん?」
「前にも話したろ? 村が壊滅した日、俺はこいつに勝手に乗り込んで、一日中村を離れてたんだ。それ以降、あの人に育てられながらどうにかこいつを乗りこなそうと躍起になってた。でも、こいつは俺を頑として認めてくれなくてな。今から五年前に、
ローレンジにとって深い思い入れのある機体。それを、ローレンジは万感の思いを込めて見上げた。実は、五年間乗ったことがないどころかその姿すら見ずにいた。一生乗ることはないと、諦観の想いでいたのだ。
「ゾイドが認めないって、どういうことですか?」
「ゾイドはただの兵器でなく、生きた機械だ。それはゾイド乗りとして基本知識だろう?」
「そうですが……ズィグナーさん。帝国のゾイドは高度なコンピュータ制御に置かれ、誰でも乗りこなせるように作られたと聞きましたが……?」
「確かにな。だが、なんにでも例外はある。この機体は一際気性が荒く、しかも以前の乗り手と強い絆を作り上げていたのだろう。こいつは、今のローレンジすら認めようとしない。頑固な奴だよ」
ズィグナーは機体を見上げながら「先の戦闘で、自動操縦とした時の活躍は目を見張るものがあったが」とため息交じりに答えた。
そんな会話を横耳に、ローレンジは痛む足で階段を上る。支えは拒否した。ゾイドに乗るときは自分の脚で。そんな思いを抱え、グレートサーベルの顔の横まで歩き、コックピットに乗り込んだ。
「……久しぶりだな。なぁ、そろそろ俺のことを認めてくれてもいいだろ? ……いくぞ」
コックピットに座りコンソールに向けて話しかけ、ローレンジは操縦桿を握り込む。そして、グレートサーベルを始動させる――
だが、グレートサーベルはピクリとも反応しなかった。以前と同じ、いや、前以上にかたくなに動こうとしない。
その事実が、ローレンジの心に染み渡るにつれ、ため込んでいた激情が少しずつ漏れ出す。
「今はお前しかいないんだ。ニュートにも無理をさせ過ぎた。ヘルキャットも……もういない。頼む。もう一度俺が戦うには、お前が必要なんだよ。なぁ……」
もう一度、コックピット内で語りかける。だが、グレートサーベルはピクリとも反応しなかった。
まだ、思いを馳せているのかとローレンジは考える。グレートサーベルが動かないのは、硬い絆を結んだ父との思いから離れられないからだと。だがローレンジの父はもういない。十二年前に、彼らの目の前で炎の中に消えた。……苛立ちが、ふつふつと湧きあがる。
「…………ダメか。なぁ、なんで動いてくれないんだ? どうしてお前は、俺を認めないんだ……父さんは、あの日死んだんだ。いい加減現実を見ろよ! 動けよッ!!」
五年の月日を隔て、しかしピクリとも動こうとしないグレートサーベル。少しずつ、ローレンジの中に怒りが溜めこまれていく。
「……クソッ!! 動けよ! この老いぼれゾイド!」
怒りのまま、操縦席の足元を蹴る。それでもグレートサーベルは反応せず、逆にローレンジが脚を痛めるだけだった。激痛が脳天まで貫き弾け、顔を歪ませる。
「……んで、なんでだよ……クソォ……」
激痛から……いや、それ以上の何かに耐え切れず、ローレンジは悲痛に呟いた。
ローレンジの悲痛な呟きは、下から見上げるズィグナーたちに届くはずがない。だが、ただ一人、その心境の変化を察していた。
――ロージ、なんかいつもと違う。
フェイトだ。
ピクリとも動かないグレートサーベル。それを見上げながら、フェイトはただ一人、ローレンジの心の変化を感じていた。
ローレンジはいつも飄々とした立ち振る舞いで、どんな困難であろうと涼しい顔で成し遂げてしまう。フェイトにとって、その姿は完璧すぎる兄だった。だが、そのローレンジが、なにか苦悩している。そのなにかを考えて……気づいた。
――そういえば……ロージがまともにゾイド戦やって負けたのって、初めて見た。
ジェノリッターとの戦いの前、ローレンジは一対十以上の戦力差のスティンガーたちを打ち破っている。いつものごとく、平然と。例え勝てないとしても、まんまと逃げおおせていることがほとんどだった。全力で戦って、ニュートというオーガノイドの力を借りてまで負けたのは今回が初めてだったのだ。少なくとも、フェイトが見てきた中では。
だからだろうか、グレートサーベルに向かうローレンジの姿が、フェイトにはいつもよりずっと小さく見えた。自分よりも。
「ロージ……!」
フェイトが駆け出そうとした刹那、格納庫にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
「何事だ!?」
ズィグナーがすぐに通信機に声を上げ、見張りの言葉に耳を借す。
『はっ! こちらに接近するレッドホーンとサイカーチスを確認しました。しかし、その後ろに敵機が……』
「敵機……テラガイストか!!」
『おそらく、間違いないかと……』
「くっ、レッドホーンとサイカーチスということはウィンザーとザルカ博士か! 奴ら厄介な連中を」
『二機とも満身創痍です。このままでは……』
「……二人には悪いが、そのまま奴らを引き連れて離れるよう言っておけ。この場の存在を知らせる訳には――」
「いや、出撃できるゾイドは全機出撃。二人の撤退を援護する!」
ズィグナーの指示を遮って通信機に怒鳴ったのは、ヴォルフだった。何かを振り払うようにして、ヴォルフは目の前の事態に挑みかかる。
「で――ヴォルフ様!? 今の戦力で迎え撃つことは不可能に近いです! このままではヴォルフ様の、この場の全員が――」
「だからと言って仲間を見捨てることなど出来ん! 聞こえたな、各機、出撃準備を急げ!」
ヴォルフの張りのある声が格納庫に響き渡り、整備兵が慌ただしく各ゾイドの調整を済ませていく。それぞれのパイロットがゾイドに乗り込んでいく。
「私もアイアンコングで出る」
「……ッッ! 分かりました。このズィグナーもお供します」
「ふっ、頼むぞ」
言うが早いか、ヴォルフとズィグナーも出撃のためそれぞれのゾイドに乗り込む。
「ヴォルフ! 適当なゾイドを借せ! 俺も――」
「ローレンジ、お前は待機していろ! そのグレートサーベルからすぐに降り、そいつを自動操縦に換えて出せ! いいな!」
ヴォルフはそう言いつけると、左腕の再生が終わったばかりのアイアンコングmk-2に乗って格納庫を出て行った。ズィグナーのツインホーンが後に続き、さらにシンカーとブラックライモスが続いた。
「……っの……クソォ!!!!」
言いようのないもどかしさと怒りで、ローレンジはコックピットのパネルに拳を叩きつけた。
グレートサーベルの装備はHMM基準です。