ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

20 / 175
タイトルで誰が出てくるかは分かりますか?
原作を知っている方々、あのオカマですよ。


第17話:釣り人

 ガイロス帝国領内の寂れた町。

 多くのならず者が集まるこの場所は、たくさんの賞金稼ぎが立ち寄る場所でもあった。人が集まれば情報も手に入る。集まる者が同業者であれば必要な情報も手にしやすい。

 新たな仕事を探す者。うまい儲け話を求める者。一時の休息を求める者。そんな者たちが、この街の酒場に集まっていた。

 

 カランカラン!

 

 景気のいいベルの音が鳴り響き、店内に新たな入店者が来たことを伝える。「いらっしゃい!」と、店のマスターは元気のいい挨拶を伝え――その顔を僅かに曇らせた。

 

 新たな入店者がいつもと異なっていたからだ。

 普段はガラの悪い賞金稼ぎを多く迎える酒場。そこに入ってきた人物は、一見どこにでもいそうな好青年だった。短めな金髪を流した青年。人のよさそうな顔つきで、だが瞳の奥だけはギラついている。無造作な態度から、こういった場所に慣れた印象を持たせる。

 だが、問題は彼ではない。その連れだ。

 

 彼と一緒に入店したのは、まだ幼さしか感じられない緑髪の少女。見た所、歳は二桁に達したかも怪しい程度。

 そして、その二人に追従する純白で四足のゾイド。腕利きの賞金稼ぎが集まるこの酒場なら、瞬時にその正体は看破された。オーガノイドだ。最近話題の銀色のオーガノイドではないが、それでも注目を集める。オーガノイドは、のんきに欠伸をしながら店内に踏み入った。

 

 店内の雑踏が一瞬止む。そして、思い出したように雑踏が戻ってきた。

 

 

 

「あー……疲れた。あいつらしつこいっての。……まぁこんだけ引きはがせば、しばらくは保つか」

 

 青年――ローレンジはめんどくさそうに呟く。後半は小声で、隣の少女、フェイトでも聞き取れない。

 

「ねぇ、ロージ。何でも頼んでいいんだよね?」

「ああ、今日は一休みできそうだからな。好きにしろー。ただし高いのはやめてくれよ。最近金になる仕事がないんだから。……ヴィオーラの野郎、たったこれだけかよ」

「やった! えっとねぇ……おじさん! じゃあこのハンバーグ定食――」

「あ、マスター。コーヒー、ブラックをくれ。あと、野菜炒め定食」

「ロージ!!」

「野菜食え、野菜。太るぞ」

「成長期だもん!」

 

 フェイトの文句を右から左へ聞き流し、ローレンジは「あー」と、息を吐いた。ちなみに、酒場なのに定食メニューが存在することには突っ込まない。

 

 少し前に、二人はルドルフ殿下暗殺を企む輩を引き付けながら逃げ続けた。その結果、彼らをルドルフからかなり引きはがすことは出来たものの、肝心のルドルフの行先は謎になってしまった。

 ルドルフを連れて行ったロッソとヴィオーラの思惑がどうなのかも不明――予想はあるが――で、情報もなくなった二人はひとまずこの酒場にやって来たのである。

 

「そもそもロージがあの二人の通信周波数を覚えとけばこうならなかったんだよね」

「うるさい」

 

 そっぽを向いてコーヒーのカップを傾ける。やがて、定食も届き、フェイトの意識がそちらに向いたのを皮切りに、ローレンジは意識を店全体へと強めた。

 皆が自分たちを警戒している。酒場に現れた風変わりな者。伝説とさえ言われるオーガノイドを連れ、さらに幼女を荒くれ者の集う酒場に連れまわすなど、興味が湧いて仕方ないだろう。

 

 ――さって、アピールはしたし、アクションを起こす奴が居るかな?

 

 ローレンジがあえてニュートまで連れて店内に入ったのは、自分たちに興味を示させるためだ。賞金稼ぎに転向して二年。それなりに名は知れたが、まだまだこちらの業界での経験は浅い。知り合いや自分に興味を持つ者を増やせれば、それだけ情報源に出来る者も増やせる。それは自分の情報を曝け出すことでもあり、ハイリスクハイリターンだ。

 

 ――さぁ、どう来るか……?

 

 

 

「――マスター、いつもの」

 

 程なくして、一人の男がローレンジの横に腰を下ろした。射抜くような視線を足元のニュートに投げかけ、どっかり腰を下ろす。顔は……それなりに美形ではあった。

 

「……あんたかよ」

「なによ、悪い?」

 

 その顔を見、ローレンジはげんなりと深い溜息を吐いた。男はオネェ言葉でさらに続ける。

 

「久しぶりにここまで足を運んでみれば、アンタがいるんだもの。しめたものと思うじゃない?」

「こっちは散々だよ。見たくもねぇ顔を見るんだ。なぁ、“釣り人(フィッシャーマン)”スティンガー」

 

 スティンガーと呼ばれた男は、口元に手を当てて小さく笑った。

 

「いいじゃない。ところで、なんかいい儲け話とかないのかしら?」

 

 

 

***

 

 

 

「あいよ、いつもの」

 

 ダンッ!

 大ジョッキになみなみと注がれた白い液体――牛乳――をスティンガーは一気に呷っていく。そして、ジョッキの中身を半分ほど飲むとジョッキで机を叩いた。

 

「あーっ!! この一杯で生き返るわぁ!!」

「お酒じゃないの?」

「酒ぇ? あんなの飲んで何が気持ち良くなるのよ! やっぱこれよ、これが最高!」

 

 フェイトに疑問に断言で答え、スティンガーは牛乳を飲み干した。

 

「それで、アンタは会ったこと無いのかしら? 銀色のオーガノイド」

「ニューへリックでの一回だけだ。興味もなかったし、放置してきたけどな」

「なによ、つまんないわねぇ。どうせなら奪ってくれば早かったのに。アンタの腕なら楽勝じゃない」

「オーガノイドってのは、噂通り主人に忠実だ。他の人間が躾けられるもんじゃない。忠犬だよ。んで、忠犬は一匹いれば十分」

「そう……」

「――そうそう。こいつ、前に泥棒しようとした奴を骨まで噛み砕いて血祭りに上げたことがある。死にたくなかったら、手ぇ出さない方が身のためだぜ」

 

 背後に立っていた男が、身をすくめて立ち去る。

 

「なーにあれ。根性ないわねぇ」

「賢明な判断だと思うけど?」

 

 しれっとローレンジは告げるが、それだけではない。背中越しでも伝わるような明確な殺気、それがローレンジから背後の男に伝わっていたのだ。元殺し屋の気迫だ。

 

「スティンガーさんもニュートを狙うの?」

「それもいいわねぇ……、ところでローレンジ。アンタ、他にいい話は知らないの?」

「あのなぁ、銀色のオーガノイドについて、俺の知りうる情報は全部教えたつもりだぜ。そろそろ見返りが欲しいんだけど?」

「見返り? ……そうねぇ、ロッソって盗賊崩れの男。子どもを連れてガリル高原に向かったらしいわ」

 

 ガリル高原。古代ゾイド人の遺跡、ガリル遺跡を有する高原地帯だ。ガリル遺跡には古代ゾイド人の貴重な遺産が残されていた。帝国軍上層部が探りを入れ、目ぼしいものはすべて回収されたらしいが、まだ何か残っている可能性もある。

 フェイトの両親が残したノートの事もあり、ローレンジも一度出向いてみようと思っていた所だった。

 

「……ちょうどいいな」

 

 コーヒーを飲み干す。フェイトが食べ終わったのを見計らってコップを置き、立ち上がった。

 

「あ、もう行く? ちょっと待ってね。ごちそうさまでした」

 

 きちんと手を合わせて挨拶するフェイト。そして、「あ、終わった?」と言いたげに首をもたげてニュートも起き上がる。

 

「んじゃマスター、ごちそうさん」

「おう。次来る時はそのでかいのを中に入れないでくれよ」

「へいへい」

 

 適当な返事をし、ローレンジは悠々とその場を去って行く。その背に、スティンガーはふと思いつき、言葉を投げた。

 

「ちょっとローレンジ」

「あ、なんだよ」

「その子――いつ売るのよ?」

 

 

 

「……は?」

「そのガキ、よく見ればゼネバスの民の遺児じゃないの? 懐にうまく隠したつもりみたいだけど、ノートの端に蛇の国章があるのが何よりの証拠。ゼネバス系の子どもなんて、奴隷で売るのが常じゃないのよ。あんたはしないのかしら?」

「え?」

「……バカ言ってんじゃねぇ」

 

 何か言いたげな様子のフェイトを無理やり引っ張り、ローレンジは酒場を後にする。ただ、入った時よりも乱暴に扉を閉めて行った。

 

「ふーん。なかなかいいネタじゃない」

 

 

 

***

 

 

 

「ねぇロージ。さっきの――」

「スティンガーとは腐れ縁だ。俺が殺し屋をやってた時からの仲でな。あいつには散々迷惑かけられたよ」

「そうじゃなくて……ゼネバスの民がどうとかって。そう言えば、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のこともゼネバスの遺児がって言ってたよね」

「あーその話はまた――」

「――今教えて。気になったもん」

 

 まっすぐ、ローレンジはフェイトを見つめ返す。フェイトもまた、同様だった。やがて、根負けしたようにローレンジが話し始める。

 

「ゼネバス帝国ってのは、嘗てへリック共和国から分離して誕生した帝国だ。ガイロス帝国と結託して戦争を激化させた。ただ次第に旗色が悪くなってな、最終的に協力関係にあったガイロス帝国に戦力は吸収され、滅亡した。ガイロス帝国のゾイドにゼネバス帝国製のゾイドがいるのもその所為だ。

 まぁ、言ってみれば敗戦国でな。兵士のほとんどがガイロス帝国軍でゴミクズみたいに扱われて、元ゼネバスの民も同様だった……って話だ。又聞きだからな。詳しくは知らねぇよ。ただ、それから逃げるために多くのゼネバスの民は両軍の影響が届かない地――北エウロペに逃げたんだ。フェイトの住んでたアースコロニーも、それの一つだろうな」

 

 ヘルキャットに乗り込み、ニュートを追従させながら発進する。その足取りは、普段よりも遅く、重い。

 

「スティンガーの言ってたのは間違いじゃない。当然、表には出ないが、今でも奴隷社会とかは残ってる。敗戦国のゼネバス帝国の民は今でもそんな扱いさ。だからこっちにはほとんど来ない。奴隷って……分かるだろ」

「うん。ロージが前に教えてくれたからね。それに……」

 

 以前、とある金持ちから用心棒の仕事を受けた際、その場にいた奴隷の者たちと会ったことがあった。そして、同じ人間として扱ってもらえない奴隷の境遇を直に目の当たりにした。他にも、フェイトは直に奴隷の境遇の子供と会ったことがあった。

 

「ま、そういうこった。ゼネバス帝国の民ってのは不憫な境遇にいるんだよな。共和国の方じゃ大統領の御蔭で少しはマシらしいが。一人一人の意識を全て変えるってのは流石に無理でな。せっかく知ったんだ。フェイトも、今後はそういうことも意識して過ごせば――」

 

 瞬間、ヘルキャットの周囲で爆発が起こった。それは断続的に続き、華奢なヘルキャットの装甲を嬲る。

 

「――ちっくそ、ニュート! 合体できるか!?」

「ギ……ギギィ……」

 

 ニュートは爆発の衝撃をもろに受けたらしく、その場に倒れて動かない。

 その様子を確認し、ローレンジはヘルキャットのレーダーの探査範囲を広げる。ヘルキャットを遠巻きに囲むようにして、数体のゾイドの機影を捉えた。

 

「敵機は……コマンドウルフにモルガ。それにヘルディガンナーか。あと……こいつは」

『アタシよ』

 

 その声は、ヘルキャットの背後からだった。少し離れた位置の砂中から現れた真っ赤な機体。そそり立つ尻尾に多足――ガイサックだろう。特殊改造が施されたその機体は、見間違える筈もない。

 

「何の用だ、スティンガー」

『決まってるじゃない。アンタの連れの子とオーガノイド。なかなか金になりそうだし、置いていきなさい。アンタには宝の持ち腐れよ。それとも、アタシの趣味に付き合ってくれるなら考えなくもないけど?』

「誰が悪趣味に付き合うかよ」

『アララ。じゃ、しょうがないわね。アンタたち、やっちまいな!』

 

 スティンガーの掛け声とともに周囲に待機していたゾイドたちが一斉に動き出す。それよりも一歩早く、ヘルキャットの砲撃で数体のゾイドの足を止めた。だが、集まったゾイドは軽く二ケタに到達する数で、簡単には抜け出せそうもなかった。

 

「この人たちって、もしかしてさっきの――」

「――だろうな。スティンガーに唆されて俺たちを倒そうって連中だ」

「どうするの、すっかり囲まれちゃって、それにニュートも……」

 

 小さく呻きを漏らすニュート。今のままでは、合体もままならない。敵もそれを理解しているのだろう。ヘルキャットをその場から逃がさないよう、じりじり近寄りながら周囲に射撃を加える。

 このままではジリ貧だ。それは、フェイトにも分かった。倒れているニュートを守るため動くことは出来ず、だがこのままでは近づいての一斉射でヘルキャットは蜂の巣だ。

 

「あの野郎……こっちを嬲って遊んでやがるな」

「遊んでる?」

「仕留めようと思えばいつでもできる。あえて俺の逃げ道を潰すように砲撃して少しずつ追い詰めるのさ。悪趣味だ」

 

 苦々しく噛みしめるローレンジにフェイトは考える。スティンガーの要求はニュートとフェイトだ。なら、自分が出ていけば、スティンガーは攻撃をやめるんじゃないか、と。

 

「フェイト、変なこと考えてんじゃないだろうな」

 

 だが、それを一早く察したローレンジが釘をさす。

 

「で、でもこのままじゃ……」

「やられるって? 相手はモルガにコマンドウルフ、それにヘルディガンナーが合わせて10機ほど。それにスティンガーのガイサック。この程度で負けるようじゃ俺の名折れだ。見てろよ、俺はこの程度じゃ負けはしねぇ!」

 

 ヘルキャットが走り出す。驚いたのはスティンガーだった。オーガノイドを見捨てて逃げるとは――主従の繋がりが強いと自ら豪語したローレンジが相棒を見捨てるとは考えていなかったのだ。それは、事前に聞かされていた取り巻きも同様だった。

 そこを突いてのヘルキャットの射撃、忽ち二機のモルガが急所を撃ち抜かれ倒れた。

 

 放置されたオーガノイド――ニュート目がけて出し抜こうとしたコマンドウルフが駆け寄る。だが、それを予測していたローレンジは踵を返すとニュートに駆け寄ろうとしたコマンドウルフの脚にビーム砲を集中させ、横転させる。

 次いで砂地を這ってくるヘルディガンナー。ヘルディガンナーは荒涼とした大地を得意とするゾイドだ。砂地でもその機動力は活かせる。だが、こと機動力に関して言えば元から高速戦に向いた設計のヘルキャットが上だ。

 腹部のレーザー機銃が火を噴き、迫るヘルディガンナーの口内が炎に包まれ崩れ落ちた。

 

 気づけば、功を焦った者たちが倒れ、包囲は崩れていた。その上、スティンガーの指示に従った者もいつの間にか急所を撃ち抜かれて倒れている。

 

「……で、誰がやられるって?」

 

 涼しい顔で告げるローレンジ。モニター越しにその姿を見たスティンガーは、言葉を失っていた。当然だ。包囲していたゾイドは10機。その全てが、いつの間にか倒されたのだ。オーガノイドなしのヘルキャット一機によって。

 

「そういやお前知らないのか? 俺もゼネバス帝国の民の遺児だぞ」

『あ、あら、そうだったかしら?』

「スティンガー。今回は見逃してやるが、次はないぜ?」

『……ホホホ、そうね。肝に銘じておくわ。流石に、二流どもにアンタの相手は務まらないってね』

 

 ガイサックが音を立てて逃げていく。それを見送って、ローレンジは大きく息を吐いた。

 

「あっぶねぇ、さすがに今スティンガーに追撃されたら危なかったんだよな。あいつが臆病者で助かった」

「……やっぱりすごいね。ロージは」

「あったりまえだろ」

「キィイ!!」

 

 ニュートも起き上がり、賞賛するように声を上げた。

 

「さて、んじゃあさっさとガリル高原に向かうとするか」

 

 その声を皮切りに、ニュートが合体したヘルキャットは一路ガリル高原を目指した。

 

 

 

 それから数日後。ローレンジ達がガリル高原にたどり着いた頃だ。

 付近でゾイド戦が行われた。崩れ落ちたのはアイアンコング。そして、コングを圧倒したゾイドの名は、ジェノザウラー。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。