北エウロペに広がる砂漠地帯――レッドラスト(赤の砂漠)。
見渡す限り何もない、乾いた風が熱風を撒き散らし、過酷な風土を形成していた。
「……なるほどね。んじゃあこの先で間違いないと」
『そうだ。それと、その辺りに村が一つある。そこで情報収集するといいだろう』
そんなどこまで続く砂漠を、一機のゾイドが歩いていた。
俗に小型と呼ばれるほどの華奢な機体。俊敏性と隠密性に優れ、かなり昔から存在する機体ながら、一級品の奇襲能力を持ち合わせていた。
ヘルキャット。
ガイロス帝国が誇る、奇襲戦用ゾイドである。
背中の対ゾイド20mm2連装ビーム砲を主武器に、胸部には小口径2連装レーザー機銃を装備。さらに複合センサーユニットと3Dレーダーアンテナを持ち、周囲の情報を得る手段もしっかり完備。そして、旧式機ながら一級品の光学迷彩を装備している。
ヘルキャットのコックピット内では、パイロットの少年が通信を行ってきた。通信相手とは気心が知れているのだろう。互いに遠慮がない。
「村ねぇ……名前は?」
『アースコロニー……だったか?』
「いや、質問に質問で返すなよ。つーか、資料とかそっちにあんだろ?」
『北エウロペはまだまだ開拓途上だ。こっちに渡っている情報も少ないんだ。父上も最近は例の研究と共和国を倒すことに躍起になって……』
「……その尻拭いは俺達か。メーワクな話だ」
少年はため息交じりに苦笑し、視線をモニターから外の景色に向ける。
相変わらず砂漠の砂しか見えない。少年はコックピットの中で地図を取り出し、ヘルキャットのセンサーで現在地を割り出す。地図には、近くにオアシスがあることが記されていた。件の村も、おそらくそこにあるだろう。
「ああ……分かった。たぶんあそこだ。そろそろ着く。補給と情報収集は何とかなりそうだな。まぁ、今賊に襲われたらメンドーだけど」
『そうか。……それは、いわゆる“フラグ”というものではないのか?』
「んなわけないって――」
少年が笑いながら否定しようとした時、コックピットに警戒アラームが響く。同時に、ヘルキャットのセンサーが二体のゾイドの接近を知らせる。
「……マジで?」
『どうした?』
「…………盗賊……だと思う」
しばしの沈黙。やがて、通話越しにため息が漏れた。
『敵機は?』
「う~っと、レッドホーンだな。二体。なかなかいいゾイドじゃん」
レッドホーン。
ガイロス帝国の保有する“動く要塞”の異名を持つゾイドだ。重装甲に包まれたボディは並の攻撃では小揺るぎもしない。さらに全身に満載された火器。異名にふさわしい重装備のゾイドだ。
レッドホーンは大型ゾイドの中では最も基礎設計が古い。それが現在も使用されているということは、それだけ優秀な機体だということを証明している。
小火器しか持たないヘルキャット――しかも単機では大型ゾイドは太刀打ちすら困難。
『……やれるのか?』
「エネルギーを大分消費してるからなぁ……光学迷彩を使う余裕なし」
『すぐに逃げろ!』
緊迫感を纏った声が通信機越しに少年に届いた。だが、少年は一切の動揺もしていない。むしろ、舌なめずりし、機体を反転させた。
レッドホーンはセンサーも優秀だ。無防備に砂漠を進んでいたヘルキャットの位置などとっくに掴み、真っ直ぐこちらに向かってきている。
「なに言ってんだよ。せっかくの誘い、受けなきゃ申し訳ない」
『お前は……まったく、死ぬなよ』
通信相手の男の声を聴き流し、少年は通信を切る。
『おいそこのヘルキャット! おとなしく荷とゾイドを渡しな! さもなくば――』
――わっかりやすい盗賊の口上だな。
少年は盗賊の言葉も聞き流し、ヘルキャットをまっすぐ二機のレッドホーンに向けて走らせた。
『は? 真っ直ぐ突っ込んで来やがるとは……馬鹿か?』
『アニキ、さっさとやっちまおうぜ!』
『ああ!』
レッドホーンの背中の砲塔が火を噴く。片方は通常装備のリニアキャノン。もう片方はガトリング砲を装備していた。
――ガトリング装備……BGカスタム機か? それなりにできそうだな。
少年はヘルキャットの期待を右に振る。ヘルキャットも素直に反応し向きを変えた。直前まで走っていた地点の砂が爆風と共に舞い上がる。
『ちっ……これじゃ見えねぇ』
『バカ、センサーを使え! あのチビ、血祭りに上げてやる』
レッドホーンの背中のセンサーが働き、ヘルキャットの位置を割り出す。すでに真横に移動していたが、レッドホーンは背中の砲塔を回転させ、ヘルキャットを狙い撃つ。
『くたばれぇっ!!』
並の大型ゾイドにも十分な火力を誇るリニアキャノンはヘルキャットにとって掠っただけでも大きな痛手。直撃すれば一発で戦闘不能だ。そして、それは確かにヘルキャットを撃ち据えた――様に見えた。
『なにッ!?』
ガトリング装備のレッドホーンの鼻先をヘルキャットが通過、すれ違いざまに、口内にビーム砲が撃ち込まれる。
『アニキ!? このヤロォ!!』
ヘルキャットがいたのは目と鼻の先。やみくもに撃っても当たる。命中を確信して、盗賊はレッドホーンの2連装ビーム砲を撃ち込んだ。
だが、
「残念こっち」
『バカなッ!?』
声は、レッドホーンの上からだった。
「ダメだなぁ。簡単に背中とられちゃ……ゾイドは優秀だけど、パイロットがヘボだ」
ヘルキャットの腹部の機銃が火を噴いた。
レッドホーンは重装甲のゾイドだ。だが、それでも隙は存在する。口の中や首の付け根。装甲の薄い箇所はどんなゾイドでも存在する。
そして、ヘルキャットの機銃が撃ち込まれたのもそこだ。たっぷりレーザー機銃を撃ち込まれ、悲鳴を上げながらレッドホーンは崩れ落ちる。
「次はそっち♪」
口内を撃たれ、怯んだガトリング装備のレッドホーンに飛び移り同じように機銃をたっぷり撃ち込む。堪らず二機目のレッドホーンも崩れ落ちた。
「あーあ、かなり弾使っちまったなぁ。あの村で補給出来りゃいいんだけど」
少年はコックピットから飛び降り拳銃を抜く。安全装置を外し、二機からはい出した盗賊に向けて突きつけた。
盗賊たちは、最初まだ若い少年に驚いたが、すぐに突きつけられた拳銃に反応する。
「ひっ!? す、すまねぇ悪かった!!」
「た、頼む! 見逃して……!」
堪らず土下座して降伏する盗賊、少年は突きつけた拳銃を離さず。何か思案する。
「あー……まぁ盗賊如き、殺っちゃってもいいんだけど……」
しばらくぼんやり思考する。やがて一つ頷くと、少年は何気ない表情で、ごく自然な所作で、拳銃の引き金を引いた。
ダン!
一発、そしてもう一発。撃ち出された弾丸は――盗賊の頬を撫でた。だが、盗賊の頬から赤い液体が流れることはない。
「…………へ?」
「空砲。ターゲットでもないんだから、むやみにやる必要はない。やる気もないし」
少年は慣れた手つきで拳銃を懐にしまい、そのまま背を向ける。
「……
「な……
「じゃーな。もう二度と出てくるなよ」
少年は盗賊を置き去りにしてヘルキャットに乗り込み、その場を去る。後に残ったのは、二人の哀れな盗賊と、わざと外され砂の上に転がる二発の銃弾だった。
「――ってわけで、盗賊は軽いもんだったさ」
『さすがだ。だが、心臓に悪いから急な遭遇戦はやめてくれ』
「なーに。いつものこと、いつものこと」
少年はのんびりと、朗らかにそう告げる。
『まったく……自分の任務を分かっているのか?』
「ああ。レッドラストのどこかに隠れてるマッドサイエンティスト――ザルカの始末だろ。まかせとけよ」
通信機越しに再度ため息。だが、通信先の男はそれまでの落胆は無く、信頼を感じさせる口調で再度告げる。
『頼んだぞ。ローレンジ』
「あ!? あの盗賊どもから戦利品かっぱらうの忘れてた!!」
『……諦めろ』