ガイロス帝国刑務所。
ガイロス帝国の犯罪者を追放する独房だ。
この日、いつものように刑務所での労働を終え横になっていた赤髪の男――ロッソはけたたましい警報に目を覚ました。
鉄格子の窓に手を掛け、何事かと外の様子を窺うと二機のゾイドが攻撃を仕掛けているのが見えた。モルガだ。
しばらく刑務所の敷地に砲撃していたモルガは、そのうちの一機がロッソのいる独房の壁に銃口を向けた。
その意図を察したロッソはにやりと笑い、独房内のベッドを砲撃が来る方向とは反対側の壁に立てかけ、自身もその陰に隠れる。
一拍空けて、モルガの砲撃が独房の壁を突き破る。そして、測ったように縄梯子が独房に下ろされた。上空に待機していた赤いレドラーによるものだ。それに掴まると、縄梯子はふわりと宙を漂い、そのまま刑務所から離れていく。
脱獄に有した時間は、モルガの奇襲から換算しておよそ一分程度。近隣の基地で襲撃騒ぎが起き、そちらへの対応で浮足立っていたとはいえ、見事な脱獄劇だ。
縄梯子に捕まりながら、ロッソはレドラーに向けて拳を突きだし親指を立てた。
***
川沿いの放置された倉庫。そこに彼らは集まっていた。
脱獄したロッソはワインを瓶ごと呷り、満足げに飲み干す。
「あー……人間に戻った気分だぜ。刑務所のメシはまるで豚のエサだったからなぁ。良い仲間を持って、俺は幸せだ」
「そんな言葉、アンタには似合わないわよ」
「刑務所暮らしで丸くなっちまったじゃないか?」
「いや、まったくだ。ところでよぉ、一つ聞きたいんだが――」
そこでロッソは、なぜか脱獄祝いの食事を横取りし、頬張る緑髪の少女を指差す。
「――誰だ。このガキ」
「今回の協力者さ。さっきすれ違っただろ。賞金稼ぎのローレンジ。あいつの連れだよ」
「そうか……だが、なぜ俺のメシに手を出す。そして、なぜ俺の腕にべたべた触るんだ!」
「……すっごい筋肉。鉄竜騎兵団のみんなは痩せてるから……」
「理由になってねぇぞ」
「懐かれたんじゃないか? 性格が丸くなって、親父の雰囲気が出たとか」
「ビアンコ!」
「ははっ、冗談さ」
軽口が跳びあう中、フェイトはずっとロッソの二の腕を触っていた。
「ロッソ。食事が終わったらついてきて。見せたいものがある」
「ほぅ、分かった。……ところで、いい加減にしろよガキ」
「えー、気持ちいいのに」
「我慢を覚えろ。フェイト」
そこに、ローレンジが割り込んでくるフェイトの頭に手を置きぐしゃぐしゃと髪を撫でまわす。
「脱獄そうそう悪いね。見ての通り、まだまだガキだから」
「だったら、きっちり躾けとけ。俺はガキの遊び相手になるために脱獄したわけじゃねぇ。あんまり嘗めたことすると、お前の相棒を頂くぞ」
「ははっ、そりゃ無理だろ」
ロッソが半眼になってローレンジの傍らのニュートに視線を向ける。ニュートはのんきに欠伸をし、ロッソを見つめ返した。
しばらく見つめ合い、ロッソは席を立つとヴィオーラたちとその場を去って行った。
「ロージ。どうだった?」
「いや、ダメだ」
首を振ってフェイトの言葉を否定する。
先ほどまで、ローレンジは鉄竜騎兵団と連絡を取っていた。だが、なぜか鉄竜騎兵団との連絡はつかなかったのだ。それが前日のアイアンコング強奪後のことで、ヘルキャットの機器を再整備し、もう一度連絡を取っていたのだ。だが、結果は変わらない。
「ドラグーンネスト、海底に潜っちゃったのかな? ほら、潜っちゃったらなかなか回線がつながらないってザルカが言ってたよ」
「いや、今は活動を陸に移すからドラグーンネストには最小限のメンバーしかいないはずだ。ドラグーンネストの管理に必要な数以外は陸に上がったし、連絡したいのもそっちだけど……」
ヴィオーラたちの依頼はひとまず完遂し、ローレンジは次の仕事に向かうつもりでいた。だが、その前にヴォルフともう一度話しておきたかったのだが……。
「……仕方ないな。このままミレトス城に向かおう。……先手を打たれても厄介だし」
ぶつぶつと呟き、ローレンジ達も倉庫を後にする。それをフェイトがパタパタと追いかけ、ニュートがのんびりとついて行った。
***
ミレトス城。
広大な敷地を誇る、ガイロス帝国皇帝一族の居城だ。その周囲は広大な森が広がり、それは全て皇帝一族の私有地である。
その森の巨木の一本にローレンジは登り、首から下げていた双眼鏡を持ち上げ城内を探る。
一通り城内を睥睨すると、次は森の中に視線を流す。城内と同じように流れるように視線を泳がし、だがある一点で森に似合わない白が見えたことからその動きが止まる。しばらく凝視したのち、さらに双眼鏡を動かしまた別の一点を凝視する。
「……あっちだな」
納得いく答えを見つけ、さっと木から下りる。
「どうだったの? ニュートがあっちの方に誰かがいるって言ってたよ」
「キキィ」
「ああ……ロッソたちが見えたな。城の中を窺ってた。何か企んでいるのか……ただ、本命はあっちじゃない」
そう言って、ローレンジは音を立てないように森の中を進む。フェイトとニュートがそれに倣ってついて行き、しばらくすると一軒の小屋が見えてきた。その周囲には白いオオカミ型ゾイド――コマンドウルフが三体。
「共和国のゾイド? でも、ここって帝国の王様のお城だよね?」
「王様じゃなくて皇帝な。で、帝国領なのに共和国のゾイドを使っているってことは共和国の工作員か、若しくは……」
ローレンジは身を屈め、フェイト達にもそうするよう手で示す。フェイトとニュートが茂みに身を隠すと、小屋に続く道に三人組の男が現れた。うち一人は、大きなランチャーを手にしている。
そのうちの一人、スキンヘッドの男を見、ローレンジは得心がいって頷く。
「……メッテルニヒか。なーるほど」
「誰?」
「あー、それなりに名の売れた裏事のやり手、ってとこか。賞金稼ぎとしては、まぁ……腕は悪くないが、汚れ仕事ばかりに手を付ける奴だ。腕はそれなりだから、今回も大金に目がくらんで殿下の暗殺を引き受けたってところだろ」
「……暗殺」
ドラグーンネストでローレンジがヴォルフとモニター先の男と話していたことを思い出す。
モニター先の男が次期皇帝に向けて“刺客”を放ったということ。そして、それには然したる期待をしていないこと。
「あの人たちが、ルドルフ殿下を殺そうとしているの?」
「そーゆーこと。……不満だろ。なんせ、ルドルフ殿下はまだ10歳。お前と同い年だもんな」
「うん。それに、ロージもそれが仕事なんでしょ」
棘のある言葉。フェイトと共に行動するようになって以来、ローレンジは前職のような仕事はほぼすべて蹴ってきた。だが、どうしても断りきれなかったこともあり――
「ま、こればっかりは仕方ねぇな。俺はそう言う人種だ。だからフェイト、俺は反面教師で、同じ道を歩むなよ」
10歳の子供には難しい事とローレンジは思う。この時期の子供は、どうしても身近な人物に影響されて成長していくものだ。フェイトも、ローレンジと一緒に過ごすことで多少なりとも影響を受けている。この年代の子供とは思えないような達観した面持ちを持つようになった。
だが、それでも子供らしい無邪気さを忘れてはいない。それは、ありがたい事とローレンジは思う。
「さて、閣下に依頼されたのはアイツらが失敗したらだけど、生憎そうするつもりはさらさらないんだよな」
しばらくその場にとどまりメッテルニヒたちの様子を窺う。すると、ニュートが頭を持ち上げ上空を睨んだ。
「……ん? あ、俺が手を出すまでもなかったな」
次の瞬間、攻撃を受けたコマンドウルフが崩れ落ちた。それを成したのは上空から飛来した赤いレドラー。レドラーは飛び出してきたメッテルニヒたちをからかうようにすれすれを飛び越し、そのまま空の彼方へ去って行く。
それを確認すると、ローレンジはフェイトを抱え上げてニュートに乗せる。そして、自分もその背後に乗る。
「ニュート。久しぶりにヘルキャットのとこまで走ってくれ。全速力でな」
「キッキィ!」
風を切って走るニュートは、鬱蒼とした森をあっという間に駆け抜けて行った。
***
ヘルキャットに乗り込み、ニュートを合体させ全速力でミレトス城前までたどり着いたローレンジ達の前で、ミレトス城は煙を上げていた。
二機のモルガが城壁に攻撃を仕掛け、城内で何かが起こっているのは確実。さらに、モルガに守られるようにしてレドラーとアイアンコングが佇んでいた。
「これって……ロッソさんとヴィオーラさんの?」
「だろうな。あそこに居るのはビアンコにジャッロ……デザルトアルコバレーノの連中か」
すると、城内からロッソの大柄な姿が現れた。マシンガンを構えたヴィオーラもだ。飛び出してきたロッソは小脇に子供を抱えていた。簡素だが品の高い服装をしている。
――へぇ、皇帝誘拐か。あいつらなかなか大それたことをするな。
状況を見、展開を理解したローレンジは納得した。
デザルトアルコバレーノはエレミア砂漠を根城にしている盗賊団だった。ある時、帝国軍から戦争の火種を作る依頼を受けた。しかし、それによる戦闘行動が失敗し、その責任を全て擦り付けられたのである。
今回の次期皇帝誘拐は、彼らデザルトアルコバレーノの大規模なお礼参りという訳だ。その度胸に、ローレンジは思わず笑みを浮かべる。もっとも、それは挑発的なものだが。
『ギィア!!』
ニュートが短く唸りを上げる。
「ニュート? どうしたの? そんなに怒って――」
「――あれか」
森の中から二機の大型ゾイドが現れた。ビームガトリング砲を背負った黒い四足のゾイド。そそり立つ一本の角が力強い印象を与える。ダークホーンだ。
ビームガトリングを撃ち込み、モルガとその先に居るロッソたちを砲撃する。
「メッテルニヒたちか。ルドルフを殺すのになりふり構わず、だな。あれじゃ共和国の仕業に見せかけれんのかよ」
「どういうこと?」
「あいつらの自身の武装は帝国軍の特殊部隊のものだった。んなもん持った連中が殿下を襲撃ってこたぁ、帝国内の反乱分子ってことで片づけられる。ゾイドがダークホーン、それもあれはミレトス城護衛の機体だ。それだけでも反乱分子の証拠には十分だ。共和国の仕業に見せかけて戦争再開を企む元帥の思考は台無しってこと。まぁ、軍部を掌握してるからどうにでもするだろうが」
「……結局、ルドルフ殿下は殺されるんだ」
「なに言ってんだ。仕事を取られたら、俺たちの来た意味がないだろ」
ローレンジはニヤリと口端を持ち上げ、ヘルキャットの操縦桿を強く握り込む。
「行くぜ。あいつらを援護して、殿下を連れだす」
光学迷彩を展開させたままダークホーンとモルガに接近。ギリギリまで近づき、ダークホーンの横っ腹に背部のビーム砲を叩きこむ。
「ぐあぁ!! いったいなんだ!?」
意識外からの砲撃に動く要塞レッドホーンの強化機体であるダークホーンが怯んだ。一瞬砲撃が止み、その隙にロッソとヴィオーラはルドルフを抱えて自分たちのゾイドに向かう。
「おいビアンコ、ジャッロ。手貸してやるから、遅れんなよ」
『お前……まぁいい。行くぞ、ジャッロ』
『了解』
二機のモルガは、小型ゾイドでは段違いの強度を持つ頭部を用いてダークホーンに体当たりを加える。さらに格納式のビーム砲も放ち、ダークホーンの身体を揺るがす。そこにアイアンコングに乗り込んだロッソが10連ロケット弾ランチャーを加え、モルガとヘルキャットの煙幕弾が投下される。
煙に紛れて、五機のゾイドたちは戦線を離脱した。
***
モルガは頭部の装甲がひしゃげた。
ダークホーンからの不意打ちを食らった上、半ば特攻に近い体当たりも強行したのだ。その上パイロットであるビアンコとジャッロの負傷も大きく、フェイトとローレンジが治療を施したが、結局は応急処置程度だ。次にメッテルニヒたちのダークホーンに遭遇したら、無事に逃げ切れる可能性は僅かしかない。
「行ってください。俺達では足手まといです」
「ルドルフを暗殺しようとした奴らが、この程度で引き下がるとは思えない」
それでも、ビアンコとジャッロは自ら囮になることを宣言した。負傷した機体、傷を負った身体ではいつまで保つか分からない。ここで彼らを見捨てるのは、すなわち死を示す。
悩んだ末、ロッソが選んだのはヴィオーラとルドルフを連れて逃げることだった。アイアンコングの巨体が、徐々に小さくなっていく。
そして、ビアンコとジャッロの二人も傷ついた機体と共に去って行く。
「せっかく助けたのに……」
「これ以上あいつらに関わっても、得るものがないからな。それに、そろそろダークホーンが追ってくる」
コックピットを閉め、ヘルキャットを再起動させると索敵を重視させる。モニターに二機の大型ゾイドの接近が示し出された。おそらく、ダークホーンに違いない。
「……そうだ。
「え? それって、プ……なんとかって人の指示で動いてるって」
「あー、まぁそうなんだけどな、俺たちの司令官はヴォルフだ。そして、ヴォルフも俺たちもプロイツェンが嫌いだ」
底意地悪い笑みを浮かべ、ローレンジは言った。
「嫌い?」
「あいつのゼネバス復興ってのは賛成だけどさ、そのためとか言う馬鹿馬鹿しい野望に付き合う気なんかねぇの。ヴォルフ曰く、もうプロイツェンの私利私欲だから付き合いきれんとさ。今回のプロイツェンの依頼はルドルフ殿下の暗殺だが、それを成したら奴の野望成就に大きく前進する。なにせ前皇帝の遺言が『ルドルフに何かあれば皇位はプロイツェンに』らしいからな」
「……え? えっと、それじゃあ」
「俺の仕事はルドルフ殿下を狙う輩を始末すること。……なんでフェイトと同年齢のガキを殺さなきゃならねぇんだよ。んなのお断りだね」
木々のざわめきが激しくなり、コックピット内に警戒アラームが鳴り響く。
「そんじゃ、ひとまずはメッテルニヒたちをロッソたちから引きはがすか。ロッソたちなら、たぶんルドルフ皇帝を守ってくれそうだし」
「どうして?」
「ああ……少しの間だけどロッソを見て気づいた。あいつ、意外と情に脆い。フェイトに対する態度で、察せたよ」
ダークホーンが現れ、ヘルキャットを視認するやいなやビームガトリング砲の砲撃が始まる。巧みなステップでそれを躱し、その場から逃れる。ダークホーンを引き連れての逃走劇が、幕を開けた。
ローレンジはヘルキャットを巧みに操りながら、一つ不安を口にする。
「……結局、ヴォルフ達と連絡が取れねぇんだよな」
***
秘匿通信が開かれる。
「――閣下。潰しましたよ。鉄竜騎兵団」
「それは、確実か」
「いえ。どさくさに逃げられたものが幾つか。ですが、主要メンバーは確実に死んだでしょう。実験機の成果も十分です」
「ごくろう」
「現場に居なかったガキ二人、どうします?」
「放っておけ。そちらには、もう一つの実験機を送り込む」
「実験機……虐殺竜――ジェノザウラーですか?」
「いや、暴君竜の方だ」
「……なるほど。では、我々は」
「奴らの生き残りを確実に始末しろ。邪魔されては厄介だ」
「分かりました」
通信は、切れた。
男は一つ、ため息を吐く。策略と謀略にすべてを賭してきた男には、似合わないため息だ。
「閣下」
その姿を見、男に仕える女性士官が声をかけた。
「裏切り者は死だ。だが、息子をこの手で潰すのは堪えるものがある」
「閣下……」
「分かっている。奴は、この私を裏切っていた。息子だとて、容赦はせん」
男は立ち上がり、毅然とした態度で歩き出した。その従者であるハーディンも、それに追随する。
「さて……次はルドルフ殿下の方か」
男――プロイツェンは秘密の部屋であるその場を去り、来るであろう電話を待つ。
ジリリリリ!
電話が鳴り、プロイツェンは三回コール音が鳴るのを待ってから受話器を取る。予想通りの結果を期待し――
「――なに? 誘拐? ……分かった、詳しい情報を入れてくれ」
受話器を置き、窓の外を見つめながらプロイツェンは心中で毒づいた。
――しくじったな、メッテルニヒ……
プロイツェンの計画が少しずつ狂い始めていた。
鉄竜騎兵団。元はプロイツェンが組織して、ヴォルフを指揮官に、ズィグナーを副官に当てましたが、内部はすでに様変わりしていたという設定です。
アニメ版の下種なプロイツェンにはヴォルフも付き合いきれないだろうなぁ、と思いまして。この改変がバトスト既知の方にとって納得頂けるかどうか、非常に不安です。
さて、次回は鉄竜騎兵団――ヴォルフの側の話です。