ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第131話:平和と予兆

「ヴォルフ。お前らスゲーな」

「……何の話だ」

 

 ある日のこと。珍しく昼間から獣の里(アルビレッジ)にやってきたヴォルフに一緒に飯でもと誘ったローレンジは、付いて早々バッタの串焼きをかじりながらヴォルフを称賛した。

 

「知ってるか? ここのところエウロペで告白ブームらしいぜ」

「それが、なんだというのだ」

「分かんねぇか? 愛の告白が流行ってるらしいんだ」

 

 D騒乱の一件以来、エウロペはとかく余裕がなかった。明日を生きるため、被災地復興のため。とにかく生きる地盤を固めなおすべく、皆が働き汗を流し、恋愛にかまける余裕など欠片もなかった。

 それが少し前に行われた結婚式。あの影響か――間違いなくその影響だろう――平和の訪れを認識した人々は溜まっていた鬱憤を開放するように、愛の告白をしだしたのだ。

 

「噂には聞いていたが、本当なのか?」

「ああ、マジらしいぜ」

 

 少し違うが、ローレンジも似たようなことをしたのは言わないでおく。

 そもそも、あれは懺悔の末の人生の相棒(パートナー)成立であり、恋愛成就とは趣がまるで違う。意味も違う。だから影響とかではない。まったく。

 ……と言うのだが、きっと、誰もがただの言い訳としかとってくれないのだろう。それを認識している相棒も、口を噤んでいるのだから。

 

「そうか。それは、なんというか……」

「ま、平和の世を認識させた立役者ってことで、これからもおしどり夫婦になっててくれよな。国家樹立の次の日に離婚騒動とか、勘弁だぜ」

「それはない。断言しよう」

「ドヤ顔するな」

 

 と言ったところで、新婚夫婦には意味がないのだろう。肩をすくめ、もう一本の串焼きをとりかじった。

 

「ひとまず、ここは順調らしいな」

「ああ。こないだレイヴンとリーゼが厄介起こしたみたいだが、まぁ落ち着いてよかった。この調子で、ガイロスとヘリックにもお披露目できればいいんだがな」

「それだ。実は一つ提案があってな」

 

 ヴォルフは真剣な面持ちで――バッタの意外なおいしさに目を輝かせながら――ローレンジに串の先を向けた。その串をひったくって皿に置きながらローレンジは聞き返す。

 

「提案?」

「国家の樹立の暁には、我々もこのエウロペを統治する三番目の国家として成り立つことになる。そして、エウロペの平和を守り抜くためにGFへの参加を検討しているのだ」

 

 GFはヘリックとガイロスの共同組織だ。エウロペを滑る二大国が、それを守護するために作った平和維持組織である。新興国ではあるが、新生ゼネバス帝国もその枠組みに参入していくことを計画していた。

 

「ふーん。それで?」

「もちろん、そうなったからには我らゼネバスからもGFへの出向者を決めねばならん。そのメンバーに、レイヴンとリーゼを内定したい」

 

 ヴォルフの提案にローレンジは「おいおい」と慌てながら自身の串を置いた。

 二人はやっと歪獣黒賊(ブラックキマイラ)に馴染んできたところだ。なのにまた所属変更など、二人の精神が保つだろうか。

 それ以前に二人はD騒乱の戦犯である。GFが二人を受け入れるかどうかも心配だ。

 

「お前の心配も分かる。だが、レイヴンとリーゼは、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)に置いておくには罪の規模が違いすぎる。一刻も早く両国の民の目に見える形で贖罪の姿を見せつけねば、いつまでたっても二人は救われず、受け入れられん」

「確かにそうだが……」

「二人を受け入れられる場所としてお前のところがある。だが、そこに甘えているだけでは状況は改善せん。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)でサポートし、二人の社会復帰を早めるべきではないのか?」

 

 ヴォルフの本心には、すでに新たな国としての立場と行動が描かれつつある。それを考慮した結果、提案してきているのだ。

 ローレンジとて、二人を受け入れることを強制したものの、このままの状態を続けるのは効果的ではないと考えていた。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)としても、レイヴンとリーゼの二人としても。

 いずれは、彼らを矢面に立てねばならない日が来るのだ。今の状況は、その時に二人が耐えられるよう精神を養っているに過ぎない。

 

「……分かったよ。あいつらにも話はしておく」

「すまない。私も心苦しいんだが、こればっかりは、な」

「別にお前が謝ることじゃねぇ。それに、すぐって訳じゃないんだろ」

「ああ。ゼネバスを国家として成り立たせ、それから、だな」

 

 新帝国の建国を口にするたび、ヴォルフの表情は和らいだ。

 亡き父の悲願であり、祖父の無念を晴らすことでもある。そしてなにより、虐げられてきた旧ゼネバス帝国の民、その子や孫、半世紀に渡る悲願の成就だ。

 いよいよ差し迫った成就の日は、否が応でもヴォルフを、そして鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に関わるものすべての顔をほころばせた。

 それが達成できる日が来たのも、すべては――

 

「ま、平和だからな」

 

 ついに勝ち取った惑星Zi恒久に渡る平和。それを噛み締めつつ。ローレンジは、食堂の窓から望む景色に目を細めた。

 その視界に、食堂に入ってきた新たな人物の姿が映る。

 

「あ、いた。ローレンジ!」

「ん、ようタリス。どうした?」

「GFから依頼があったんだけど――、あ、ヴォルフ様!」

「ああ、かまわん。そのままでいい」

 

 やってきたタリスが居住まいを正そうとしたところをヴォルフが手で制する。タリスはまじめな性格で、ローレンジの親友と知りながらもヴォルフの前では態度を作っている。とはいえ、それが普通なのだが。

 

「別にいいじゃねーか。誰が見てるわけでもなし。こいつだって息抜きがてらにここに来たんだ。堅苦しいのはいらねーよ」

「そういう訳にはいかないでしょう。もうすぐ陛下になられるのだから」

「いや、分かってるけどさ。どうもこいつに陛下って跪くのはむず痒いというか……ってどうした?」

 

 ふと気づくと、ヴォルフは口元を隠しながら笑っていた。その視線は、タリスとローレンジを行ったり来たり。

 

「なんだよ」

「いや、お前たちもか、と思ってな」

 

 タリスは人前ではローレンジのことを名前で呼ばない。ヴォルフの前ですら、頭領と副長という間柄での態度を貫いてきた。その彼女がヴォルフの前であるというのにこの接し方。

 ヴォルフは察した。

 

 ――ローレンジ、お前もか。

 

 しかし、自分のこととなると少々鈍感なきらいがあるローレンジは「どゆこと?」とタリスに視線で問う。そのタリスの方は気づかれたことを察したのだろう、わざとらしく目線を逸らし咳ばらいをした。

 

「わかんねぇ。お前ら何を察した」

「気づかないならいい」

「そ、そうですね。あ、ヴォルフ様。アンナ、どうですか? もう近い頃かと……」

「ああ、予定では来月中だ。建国の式典には、()()で出れそうだよ」

「本当に!? おめでとうございます!」

「もうそんなに経ってたのか。……そうだ。噂でだけどよ、お前が作った告白ブームが」

「またその話か」

「ついに英雄様をも動かしたらしいぜ」

「ほう、やっとか! まったく、彼も焦らしてくれる――」

 

 

 

***

 

 

 

「ただいま」

 

 基地に到着し、愛機ブレードライガーを降りる。久しぶりの骨休めと与えられた休暇を終えたバンを真っ先に迎えたのは、フィーネだった。

 

「おかえりなさい、バン。どうだった?」

「相変わらずだったよ、ねぇちゃん」

「そう、私も行けばよかったかな。でも……」

「なんだ? まだ恥ずかしいのか?」

「だ、だってぇ……。バンの馬鹿」

 

 急に顔を赤く染めたかと思うと、視線を逸らし、じゃっかぬわめ遣いにそんな言葉を言ってくる。言葉だけをとるなら罵倒されているのだが、それで嬉しくなるってしまうのだから、浮かれているのを自覚する。

 

「ま、今度帰ったら話そうぜ。ねぇちゃんもフィーネに会えるの楽しみにしてた」

「そう。分かったわ! 今度は私も、お姉さんに……」

「ああ……むしろ怒られたくらいだぜ。どうしてフィーネを連れてこなかったんだってさ」

「ごめんなさい。どうしても、ドクター・ディのことが気になって」

 

 ドクターディは、D騒乱が解決し落ち着いたころになってから研究チームを連れてイヴポリスの調査に出向いていた。

 今まで何人たりとも侵入を許さなかった古代ゾイド人の聖地。それが露となり、長年萎えていたゾイド研究魂に火が付いたのだ。

 古代ゾイド人のことは、完全に記憶を取り戻しても理解できていない、フィーネ自身の過去に関することだ。気持ちが落ち着いたこともあり、顔を出しておきたいと思ったのだ。

 

 より正確なことを言えば、あまりにもバンとイチャイチャしすぎてトーマとリーリエが生暖かく見守って――渋い顔を隠しきれなくなったので、そういう意味でも箸休めの期間を作ったのだ。

 

「ふーん。あれ、そういやあの二人は?」

「二人とも任務で出てるわ。だから、その……」

 

 ふらふらと、フィーネの視線が宙を漂う。何を言わんとしているか察したバンは「ほら」と彼女に腕を向けた。互いの腕を絡め、密着する姿勢で隣り合い、あてがわれている部屋に向かう。

 

「調査の方はどうだったんだ?」

「少し難航してるみたい。でも、分かったこともあるの」

「へぇ、なにが分かったんだ?」

「デスザウラーに立ち向かったゾイドたちがいたみたいなの。すごい力を秘めていた」

「デススティンガーみたいな古代ゾイドってことか」

「うん。記述には『千の虎 』ドクターディは『古代虎』って名付けてた」

「虎、ってことはタイガー系のゾイドか」

 

 タイガー系ゾイドは現在のゾイド戦に高速戦闘という概念をたたき出した、始祖とも言われている。

 バンの経験でも、数多くのタイガーが立ちはだかり、そのどれもが強敵だった。

 

 初の対タイガー系ゾイドにして、バンの永遠のライバルとなったレイヴンのセイバータイガー。

 ブレードライガーの初陣の相手だったスティンガーのアサルトセイバー。

 トーマの兄、ガイロス国防軍の至宝とも謳われるカール・リヒテン・シュバルツのセイバータイガーSS。

 ガイロス皇帝三銃士が駆った金と銀に塗装されたアサルトセイバー。

 狂気のライガーキラーであるレッツァー・アポロスのセイバータイガーFT。

 それに、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)四天王の一人、ローレンジ・コーヴのグレートサーベル。

 

 どの相手も一筋縄ではいかない強敵だった。そんな名だたる人物――スティンガーは違うか――が駆り、今なお活躍を続ける虎型ゾイド。その原点ともいうべき存在かもしれない『古代虎』なる機体は、バンの興味も引き付ける。

 

「今度俺もじいさんに会ってくるかな」

「そうしましょう。きっとドクターディは喜んでくれるわ」

「ぶつくさ文句つけながらな」

 

 恋人関係を明確にしてからというもの、二人で懐かしい人に会うと決まってからかわれてしまう。きっとドクターディも同様の反応を示すのだろうと予測したバンは、うれしいのか嫌なのか、どっちともつかない微笑を見せるにとどめた。

 

 そういえば、ふと思うことがあった。

 先ほど思い浮かべた名だたるタイガー乗り達。その最初の相手だった――今も生涯の宿敵だろうと感じている彼は、どこで何をしているのだろう。

 D騒乱決着の折に行方をくらましてしまった彼。ハーマンやシュバルツといった各国の代表に訊ねたこともあったが、答えをはぐらかされてしまい、流されるままにいた。

 

 彼はあの日、リーゼと共にいた。リーゼと協力し、バンたちと共に強大な敵に立ち向かった。おそらく、今も一緒にいるのだろうと思う

 

 ――元気に、してるかな……?

 

 宿敵だった。

 斃すべき強敵だった。

 けれど、平和となった今の世なら……きっと、穏やかに語り合えるのではないだろうか。互いの抱く想いを。

 ふと浮かんだ宿敵が、心穏やかに暮らしていることを、バンは願わずにいられなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「よし、このくらいにしようか」

 

 額に滲んだ汗を腕で拭き、肺に溜まった空気と共に休憩の合図を吐き出すと、バタバタと投身らしき音が耳に響く。その数三つ。不思議に思い視線を戻すと、海色の髪をサイドテールにした少女が二人、そして茶髪のさっぱりとした印象の少女がうつぶせに地面に倒れていた。

 

「そんなに、きつかったのか?」

 

 彼女らに課した訓練メニューを頭に浮かべながら、レイヴンは彼女たちと自分に問いかけるように呟く。

 プロイツェンの管理下で育っていたころは、これ以上につらい訓練が、当時最新鋭の設備の下で行われていた。それを考慮すれば、今日のメニューはまだ序の口だろう。レイヴンの認識ではその程度だったが、死屍累々の少女たちからすれば地獄のような時間だったらしい。

 じっとその様子を窺う――訓練相手にもなった――シャドーは、久しぶりに運動して、わずかながら満足げにレイヴンをじっと見ている、その様子が褒められるのを待っている忠犬のように感じられうのは、きっと歪獣黒賊(ブラックキマイラ)での日々の賜物だろう、

 

「いんや、普段より軽いくらいだぜ」

 

 レイヴンと同じく――しかし息は切らしている――涼しい顔のリイは「にっ」と得意げな笑みを浮かべた。

 

 ――どうだ? 私もちったぁスタミナついただろ?

 ――なら、これからはもう少し詰めるとしようか。

 

 視線と視線で意思疎通ができた気がする。押し掛け弟子との日々は順調な証拠だ。あからさまに「うへぇ」という表情を浮かべているのは見なかったことにしよう。

 

 レイヴンの個人指導は、いつの間にかリイのチームメイトの三人まで受け持つようになっていた。ただ、レイヴンは自覚していないが、その指導はかなりきついメニューだったらしく、結果は御覧の有様だ。これでも一週間。そろそろ感覚をつかんでほしいものである。

 ゆっくりと転がり、はぁはぁと荒い息遣いをする茶髪の少女――クルムを見つけ、リイは意地悪な笑みを顔に張り付けた。

 

「おいおいクルム。リーダーのくせに大したことねぇな。それとも、共和国での訓練はこの程度ってことか?」

「んなっ……! な訳ないでしょ! 本日のご指導ご鞭撻、感謝します、レイヴンさん! 明日もよろしくです!」

「ああ……、休憩挟んだら外周十周、もう一本いこうか」

 

 何気なくこの後の予定(嘘)を告げるとクルムは目を見開き――直後にニヤニヤしているリイに気づいて直立不動のまま「はいっ! よろしくお願いします!」と敬礼した。後ろでフルミネとレビンが必死の形相で、高速で首を左右に振っている。観念して「嘘だ」と呟いてやると、四人そろってあからさまにほっとした顔になった。

 

「やぁ、みんな。お疲れさん。首尾は――いつも通りみたいだね」

 

 振り返ると、腕にバスケットを下げたリーゼの姿があった。四人まとめて受け持つようになって以来、リーゼは全員の休憩用にと水分を用意してくれるようになった。手作りのお菓子も、相変わらずである。

 

「リーゼ。ちょうどよかった。こいつらに飲み物をやってくれ」

「オーケー。ほーら癒しの水だよー、ほしけりゃ僕のとこまで這ってくるんだね」

 

 リーゼもリーゼで性格悪い。けれども彼女たちはそれどころではないようで、どこにそんな元気があったんだと言いたくなるほどの速度で跳ね起き、リーゼの下に駆け寄った。

 

 そんな『教え子』だろう彼女たちを、レイヴンとリーゼは愛しむような眼で穏やかに見守る。最近は、この日々が充実していて仕方なかった。

 

「なぁ、レイヴン」

 

 小休止にリーゼの作ってきた菓子に舌鼓を打つ。サボテンの果汁をミルクと混ぜ凍らせたものだ。いつかリーゼがレイヴンと食べてみたいと言っていた『アイス』にアレンジを加えて自作してみたものだ。案の定というか、やはり甘みが強いが。

 

「どうした?」

「その、ちょっといいかな」

 

 レイヴンは続きを促すように小さく頷きながら、胸中で思い当たる節を模索する。

 リーゼの今の様子からして、それなりに深刻な内容と予測する。ヒルツの元にいたときに犯した犯罪歴、だろうか。ただそれはこれまでにも散々聴かされた。今更話してくることでもないだろう。ならば……先日エリュシオンに下りた際の騒動で、レイヴンが気付かないようなことをしていたのだろうか。

 

「ここの連中ってさ、みんな優しいよな」

「ああ」

「けど、誰もが簡単には話せないような、重たい過去を抱えてる」

「そうだな」

 

 散々した話だ。

 だからこそレイヴンとリーゼを笑って受け入れることのできる奴らなのだ。ガイロスやヘリック、GFの連中だと、今の状況に落ち着けるまで数年はかかりそうだ。

 

「それってさ、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の連中も、同じなのかな」

「詳しく聞いたことはないが……たぶんな」

 

 エリュシオンの騒動の際、ハルトマンはゼネバスの民の大願成就にかかった時間を『苦節半世紀』と言った。あの後レイヴンも気になって調べたが、ゼネバスの民は所謂『敗戦国』の民だ。暮らした祖国は亡く、嘗ての敵国、裏切った仇国で暮らすことになった彼らの扱いは、記録を読むのも傷ましい日々だ。それが子に、果ては孫の代まで続いていることもあるのだから、苦節の日々は想像に絶する。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に属していた者の中には、侮蔑される日々を過ごしてきた者数多いだろうも。

 

「でも、向こうの奴らだって、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のみんなと同じように、きっと、『強い』よな」

「少なくとも、やり場のない怒りを破壊に向けた俺たちよりは、ずっと強いだろうさ」

「……なら、大丈夫かな」

 

 ふっとリーゼは言葉を切った。すっきりしたような、けれど、少し落ち着かない。そんな風だ。

 

「心配事があるなら、言ってくれ。一人で抱え込むよりは、ずっといいだろ」

「いや、いいんだ。きっと僕の思い過ごしだ。……あいつらも、仲間なんだ。疑いたくない」

 

 ぽつりと呟かれたリーゼの言葉には、せっかく手にできた新しい居場所を猜疑心で壊したくないという想いがあった。その気持ちは分からないでもない。だが、頭のどこかで流してはいけない予感がする。

 

「リーゼ。お前、もしかして、あの時何か見たんじゃ――」

 

 ただならぬ予感に駆られ、問い詰めるべきと思った。けれど、

 

「あー! キーンってきたぁ!」

 

 喉の奥からほとばしる絶叫に意識を持っていかれる。みると、フルミネが一気に食べたせいで頭を叩いていた。

 

「一気に食べるからですよ。こういうのは落ち着いてって、お店の店主さんが言ってたのです」

「でもさぁ、この温度よ! 日陰でもあっという間に溶けちゃうわ! あー涼しいお店で食べたい。ねぇレビン~、今度また二人で」

「抜け出す、なんて言うんじゃないでしょうね!」

「あ、あるぇ……クルム聴いてた? さっきまであたしと一緒に頭やられてなかった?」

「あのねぇ、あんたが抜け出す度にあたしは副長から説教なのよ。少しはおとなしく」

「首輪でもつけとかねぇと無理だって。いっそさ、私ら四人で抜け出さねぇ? その方が楽しいぜ」

「そしたら頭領にもどやされるわよ! それで罰則! あたしは監督不行き届きの責任で余計な仕事まで付くんだから!」

 

 やはりこの四人は騒がしい。けれど、それを眺めながら日々を過ごすのも、また楽しいものだ。

 意識をリーゼに戻すと、リーゼは朗らかな表情に戻っていた。

 

「あいつらはやかましいね」

「まぁ、それが取り柄みたいな奴らだ」

 

 おそらく、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の皆が同じことを想っているだろう。今なら、ローレンジがフェイトを育ててきた気持ちが理解できる。

 

 少し悩み、リーゼが言いかけたことを、レイヴンは追及しないことにした。

 誰にだって言いたくないことはある。リーゼの悩みは、おそらく誰かの過去に関することだ。無闇に詮索することもないだろう。

 過去を話すのは、誰であれ本人がすべきことだ。他人が、勝手にしゃべっていいことではない。リーゼが言いかけたのは、たぶん誰かの辛い記憶。垣間見たそれに悩んで、レイヴンに振ったのだろう。

 

 だから、レイヴンは言及しない。他人の過去をむやみやたらと詮索するのは、尊厳を壊す行為。

 この、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)で暮らす暗黙のルールだ。

 

 

 

 けれど、

 

 

 

 

 

 この日から二ヶ月後。

 

 レイヴンは、リーゼが憂いていたことを聞き出さなかったことを、心の底から後悔することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 よぉ、待たせたな。

 

 ああ、お前の言う奴に会ってきた。向こうは心底驚てたぜ。テメェらからの接触は想定していたが、オレが来るとは思ってもみなかったらしい。

 

 んで、要件についてだが、奴も了解してた。そうだ。計画通り、ことを進めると言ってた。

 不憫だよなぁヘリックは。やっと復興してきた首都を、もう一度ぶっ壊されるんだ。いや、不憫なのはエウロペっつー土地か。それともこの惑星Ziか。いつまで経っても争いは終わらねぇ。

 

 

 あ? なに? どうしてオレがテメェらに協力してやってるのか、だと?

 

 言ったじゃねぇか。オレは『最強』になりてぇんだ。そのためには、この星の強者どもを全員ぶったおす。

 ただな。そのためには相応しいシチュエーションが必要だろ?

 今のまま喧嘩を売ったところで、オレはただの厄介者。チンピラ程度で処理されちまう。

 

 『最強』になるからには、歴史に名を遺すくらいのデケェ『名声』が欲しい!

 オレと言う存在を誰もが恐れる。命かける覚悟でかからなきゃならねぇって誰もが恐怖くらい、誰にも縛られることのない、『最強』に相応しい名声と、それを作り出す『最高の戦場』が要るんだ!

 テメェらは、この惑星Ziの全てをぶっ壊す。そのテメェらに着き、強者どもを一人残らず食い尽くす!

 

 もちろん。テメェらもオレの獲物だ。最後にテメェらを食らい尽くし、このオレが惑星Zi最強のゾイド乗りであることを、世界中に知らしめてやるのさ!

 

 テメェらも暗躍するだけじゃなくて、腕を磨いといてくれよ。フィナーレにしてやったんだ。オレ楽しませろよな。

 

 

 

 ああ、分かってるさ。それまでは、テメェらの駒でいてやる。だからつまらねぇ伝言役を仰せつかったんだ。

 

 じゃ、バイパーさんによろしく伝えといてくれよ。このジーニアス・デルダロス様が楽しみにしてるってな。

 

 

 

 『新生ゼネバス帝国』と『エウロペ連合軍』の、大戦争だ!

 

 

 Next story obverse and inside stories…




 後書きは、本日の20時15分投稿です。

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