ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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これ書いてた時はメタルギアの動画見るのに嵌ってました。


おまけ2:トーマの休暇 中編

 トーマは通気口の中をはいずるように進んでいた。一人分の息遣いが狭い鉄の通路に木霊し、それすらうるさく感じてトーマは息をすることさえ押さえる。普段着ている多少ゆったりもした軍服であれば、上着やらズボンやらの裾が通気口内の突起に引っかかって動きにくかっただろう。それを思うと、着慣れないが全身を締め付けるダイバースーツのような恰好は、こういった状況には最適だ。

 

『俺特製のスニーキングスーツ、着心地はどうだ?』

「ああ、悪くない。動きも全く阻害されないし、必要なものがコンパクトに装備できる」

『そりゃよかった。GFに行ってからはこういう任務に就いた覚えはないんだろ? 感覚も鈍ってんじゃねぇかと思ってな』

「GFでの任務は多岐に渡る。警備、防衛、掃討、捕縛、調査。潜入だって含まれてない訳じゃない」

 

 GFは平和維持を目的とした特殊部隊。求められる技能は、与えられる可能性のある任務全てに精通するよう入隊前から、入隊後も厳しい訓練が重ねられる。

 確かに潜入任務の経験はあまりなかったが、だからと言ってこなせないかと言われれば答えは否だ。

 こなしてみせる。それがGFに属する者として、その名を背負うものとしての矜持とトーマは思っている。

 

『そうじゃねぇ。俺の仕込んでやった潜入の心得を忘れてねぇだろうなって話だ』

「ああそっちか。心配するな、あれだけ付き合わされた。忘れるわけがない」

 

 ブリックの言葉に、トーマはそれこそ自信ありげに笑う。もっとも、通信機越しでは、その表情をうかがわせることは叶わないが、トーマの声からそれを察したブリックも向こうでニヤリと笑みを深めているだろう。

 

 ブリック・スパンツはテストパイロットだ。トーマがヴァシコヤードアカデミーに在学していた時からもそれは違わない。戦線に立つことのないテストパイロットだが、その技能は前線に立つ本職のパイロット以上だ。開発側が手探りで作り上げた未知数の機体を、そのパフォーマンスを最大まで発揮して見せるのが仕事だ。

 実戦に出ないからと言って危険がない訳ではない。開発側の不備で――ライトニングサイクス開発での事故に代表されるように――命を落としかねない危険な仕事だ。

 ブリックはその任を担い、いくつもののテスト機に乗り、その経験を軍部の技術向上に費やしてきた男だ。

 けれど、ブリック・スパンツという男を語るには、テストパロットの彼を語るだけではまだ足りない。

 

 ブリック・スパンツには、テストパイロットらしからぬ行動をとることがあった。それが単独での敵地潜入任務を請け負うということだ。戦線に出ず、常に最良のコンディションを整えて、新型機の性能テストに臨むことを求められるテストパイロットなのにである。

 

 「実戦のカンが鈍る。スリルが足りねぇんだ」

 たった一言の理由で自ら最前線に、それも特に危険な単独での強行偵察、潜入任務に出ることを好むのだ。唯一の火器すら廃した丸腰のゲーターで。スリルと緊張感が堪らないとは彼の弁である。

 

 そして、そんな彼と親しくなったトーマもまた、当時学生という身分でありながら『小旅行』とブリックが称する潜入任務に同行させられたのだ。こなした――こなさせられた――任務はいくつあっただろう。当時まだ敵対関係にあったヘリック共和国の基地に忍び込んだのはいくつも、時には友軍であるはずの帝国基地――プロイツェンの黒い噂に関わるものだが――にさえ同行させられた。

 

 今回の潜入はイレギュラーな事件の所為で起きたことだが、トーマは予定が少し変わっただけだとも思っていた。

 今トーマが身に着けている潜入服と小道具一式(スニーキングアイテム)は、当時ブリックがトーマの体格や癖を見て独自に開発させた、トーマ専用のものだ。それをブリックは自身のゲーターの決して多くない積載スペースに積んでいた。自分のと合わせて、二人分。

 

 ――大方、ジェノザウラーのテストが終わったら、どこぞの基地に忍び込むつもりだったのだろう。

 

 ブリックの性格は、これまでの付き合いであらかた把握していると言っていい。けれど、少しばかり気にかかることもあった。それは今回の潜入に関わることだ。

 

「しかし、意外だったな」

『何がだ?』

「今回の潜入、役割は逆だと思っていたんだ」

 

 今回、単独で基地内部に潜入するのはトーマで、ブリックはゲーターの索敵能力を駆使してサポートに回っている。

 けれど、潜入任務の経験から言えばブリックの方がトーマの数段上であることは確定的で、ならばトーマがゲーターを借り受けてサポートに回るのではとも思っていた。

 ブリックはトーマからビークを借り受けてまで基地の索敵、電子的面からの内部把握に努めている。それは、本来ならビークの扱い含めてトーマのポジションであるはずだ。なのにブリックは今回の割り当てに固執したのだ。

 

『おいおい、それは始める前に話しただろ。俺は確かに潜入のプロだが、俺の専門はステルス、隠密活動の上での調査だ。今回の潜入は内部の味方と合流しての基地奪還。荒事慣れのGF様のが適任だろう? おあつらえ向きに、潜入もそこそこ経験ありときた』

「だが確実性が求められる、お前と比べれば付け焼刃同然の俺よりよかったはずだ」

『腑に落ちねぇのは分かるが、もう始まったんだ。グダグダ不満垂れてると、足元掬われて死ぬぜ。それが潜入任務(スニーキングミッション)だ』

 

 ブリックの言うことはもっともだ。同じことを、彼と一緒に行った潜入で何度も聞かされた。

 

『それに、俺たちの役当てより異質だらけだろうがよ。今回の一連の事柄はさ』

 

 話題転換ともとれるブリックの言葉だが、トーマは大いに同意できた。

 

「奴らの行動の意図がさっぱり分からない、ということだな」

『ああ、まず、占拠する理由がまったくねぇ』

 

 今回の一件は結果だけ言えば歪獣黒賊(ブラックキマイラ)によりジェノザウラー開発基地が占拠されたことになる。

 だが、その行動は歪獣黒賊(ブラックキマイラ)という組織の在り方からすれば疑問を抱くことしかない。

 

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)は、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に属していたローレンジ・コーヴにより、エウロペ各地で活動していた賞金稼ぎたちをかき集めて結成された傭兵団だ。その活動は、小村の依頼を受けての兵力派遣、お尋ね者となっている各地の無法者集団の討伐、果ては村々からの単純な労働力の要請まで受けている。さらには拠点とした村が元々行っていた林業の労働力でもあり、そちらでも一稼ぎしているらしい。

 傭兵団とは言うものの、その実体は何でも屋――よろず屋というべき状態なのだ。

 頭領であるローレンジが元――というよりも現在も半分は―――鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)所属であり、彼らの要する戦力の一つで、そちらから降りてきた仕事を請け負うこともあるが、基本的には一つの村、小さな町程度の規模と戦力を備えた集団と言ったところである。

 

 以上を踏まえ、今回の占拠も彼らの独断ではなく鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が背後に着いた組織的な動きだ、と見るのが自然である。

 しかし、今回の件に関して鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は関与を全否定。むしろ下部組織の起こした騒動は自らケリをつけると言わんばかりに鎮圧に動くとまで言ってきたのだ。

 むろん、それが鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の方便であるという見方もある。だが、そうではないとブリックとトーマは、そしてガイロス軍上層部も考えていた。

 

 その理由としては、まず今回の行動に対しメリットがないのである。

 

 ジェノザウラー開発はガイロス帝国が主導で行っている。ヒルツの残した起動前のジェノザウラーを鹵獲。その起動実験に実戦テスト。それらはガイロス帝国の軍務として行われたことだ。そして、これらに際し、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は技術協力として手を差し伸べているのだ。

 元々彼らはギュンター・プロイツェンの保有していた部隊であり、ジェノザウラーも一機保有、運用していた。そのノウハウをガイロス帝国は欲し、また鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)も――最初は渋ったものの――提供しているのだ。

 つまりジェノザウラー開発は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とガイロス帝国の共同プロジェクトであり、すでに多くの人員や経費が費やされている。それを鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が、自ら台無しにする理由がないのだ。

 

「肝心の、占拠した奴はなんと言ったのだったか」

『依頼を受けた。その一言だけだ。ご丁寧に依頼人(クライアント)の情報は明かせないとよ』

「真面目なことだ」

『あと、訓練と経験になるとか言ってたな』

「ほう、どうやらお前と通ずる部分があるようだな。奴には」

『冗談よせやい。俺はバレないことが前提なんだ。こんな大それたことする気はねぇよ』

 

 軽口を叩き合うが二人の表情は本物だ。トーマは小声で、ブリックは通信マイクの感度を適宜調整しながら、ゲーターのモニターに映し出したデモン基地の見取り図と光点で表示されるトーマを確認する。

 そうして潜入を進めていく二人だったが、その間ブリックはトーマに対しある違和感を感じていた。

 

『なぁトーマ。おめぇ、今日は随分と入れ込んでるな』

「どういう意味だ」

『言葉通りさ。俺の予想よりも潜入のスピードが早え。通気口に入り込むまでだって、少々危なっかしかった。随分と急いてる感じだ』

「気の所為ではないか? お前との潜入から離れて、軽く二年は経ってる」

『それを考慮した上でもだ。もうちっとばかし慎重に動け。それとも……』

 

 と、ブリックは一旦言葉を切り、慎重に、真剣に問いかける

 

『なにか、腹に据えかねてることでもあんのか? 今回の主犯、歪獣黒賊(アウトローども)頭領(ヘッド)によぉ』

 

 通気口内を這って進むトーマがぴたりと止まる。ブリックの言葉に反応し、彼の言葉が的を射ていることを示すように。そして、それに気づくのはトーマの動きをモニターしているブリックただ一人だ。

 

「……まぁな」

 

 そう、肯定の言葉を零し、トーマは行動を再開した。

 

「通気口の蓋が見えた。そろそろか?」

『ああ、基地地下の独房の中に繋がってるはずだ。奴らの通信をモニターした時の話が正しけりゃ、そこにジェノザウラーの正パイロットが囚われてる』

 

 トーマが装備を整えて基地に潜入する間、ブリックはそれをサポートしつつ片手間で基地内の通信機器にハッキングを行っていた。制圧した者たちの会話を盗み取るためだ。非常に高度な技術が必要だが、そう言った事柄はブリックの得意分野だ。加えて、今日はトーマから拝借したビークのサポートもあった。普段よりもスムーズに、あっという間にブリックは必要な状況を攫ってくる。

 それにより発覚したのは、ジェノザウラーの正パイロットが一人孤軍奮闘を続け、つい数分前に確保され、独房に押し込まれたのだということ。この状況で一人抵抗を続けるほどの逸材だ。きっと、トーマたちの潜入、内部破壊に協力してくれる。

 

 通気口の金網から顔を覗かせ、トーマは独房内部の様子を窺う。独房内は硬いベッドくらいしかなく、殺風景なものだ。居心地よくない風だが、独房に居心地なんて求めてはいけない。そして、肝心のジェノザウラーのパイロットは、どうやら布団にくるまっているらしい。つい先ほどまで歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のならず者どもを相手に大立ち回りを演じていたらしいので、疲れ果てていても当然か。

 

「もう一働き、してもらうか」

 

 独房の入り口の方を見、音にも気を配る。周囲に誰もいないのを確信し、トーマは音を立てないように金網を外し、ゆっくりと独房内に忍び込む。

 肌に密着するスニーキングスーツは、ブリック仕込みの着地、歩行技術のおかげもあり足音も完全に消してくれていた。小さく息を吐き、トーマは布団にくるまっている人物を起こすべく手を伸ばす。

 

「――誰?」

 

 涼やかな、凛としたその声がした瞬間、トーマは一瞬で緊張した。そして、声がした足元に視線を下ろすと、そこから警戒心をあらわにした瞳がのぞく。そこから伸びたほっそりした腕がトーマの足を掴み、一気に引き倒すことも可能なよう力が込められている。

 

「……なぜそんなところに?」

「あなたみたいに、そこで寝てると油断して入ってきたところを奇襲するためよ。ケチャップでもあったら、死んだフリも悪くなかったけど!」

 

 言葉の最後で足をぐいと引き込まれ、脛を簡易ベッドの角部分に強かに打ち付けられたトーマはうめき声を漏らしそうになる。が、それ以前に体のバランスを崩してあおむけに倒され、さらに下から這い出した人物にマウントポジションをとられる。

 不覚だ。そうトーマは己に怒りつつ、簡単にやられるものかとその胸倉に手を伸ばす。トーマはガイロス軍格闘術を修めている。達人と認められた兄ほどではないが、そんな兄の直接の手ほどきを受けたこともあって、そこらのガイロス軍兵士よりもその体術には長けている。不利な体勢だが、それを覆すことも可能な腕だ。

 だが、

 

「なっ――!」

 

 そこでトーマの思考は、その責務を放棄した。

 なぜなら。トーマを襲った彼女の膨らみが視界の中心にあったから。そこから伸びるほっそりと、しなやかかつ鍛えられた肢体の肌色があまりにも美しいから。ブリックに言わせるなら、世の男の夢のような光景が目の前に広がっていたから。

 上半身にブラ一枚つけただけの女性の美しさが、そこにあったからだ。そして服の胸ぐらをつかもうとしたトーマの手は、あろうことか彼女の下着を掴んでいる。

 トーマはそのあまりの光景に言葉を詰まらせ、思考をフリーズさせてしまう。

 緊迫した、この状況で。

 

「馬鹿ね」

 

 両手を掴まれ、そのままトーマの頭の上、床に押し付ける形で抑えられた。反撃を試みる両足も彼女の足で抑えられ封じられる。

 両手両足、可動範囲を全て押さえられ、トーマは独房の女性に拘束されてしまう。どうにか抜け出そうとするのだが、流石は噂に聞くジェノザウラーのパイロットだ。細い見た目からは想像できないほどよく鍛えられ、また対人戦の対処もできている。男女の体格差など、ものともしない。

 

「……よく見れば、あなたあのシュバルツ?」

「あなたの言うシュバルツがどちらを指しているかは分からないが。俺はトーマ・リヒャルト・シュバルツ。GFだ」

 

 自らの肢体を男性に見られたというのに、彼女の言葉には全くの恥じらいが感じられない。それならばとトーマも目線を合わせようとするのだが、やはり自分には刺激が強く直視できない。いちよう彼女は味方になる人物なのだから、敵意を向けることもない。トーマは、目線を彼女に向けないように逸らしながら会話を続けた。

 

「あなたがここに来るなんて話、聞いてないのだけど。偽物?」

「生憎と俺は休暇だったんだ。知り合いからテストの見学に誘われて、気づいたらこの基地に潜入することを言いつけられた」

「ふーん。それはまた災難だったわね。まぁいいわ、信じてあげる」

 

 そう言って、彼女はトーマの拘束を解く。しかし、その所作から警戒を解いた様子はない。トーマが反撃に出れば、すぐにでも抑えられてしまうだろうことは容易に想像できた。

 自身から離れた彼女を見ながら、トーマはしばし見惚れてしまう。上下ともに下着一枚の格好の所為か、生唾を飲み込みそうになるところを堪え、視線を逸らす。

 

「どうしたのかしら?」

 

 ふいとそっぽを向いたトーマを覗きこむように彼女が身を屈める。ふわりと宙を漂う桜色の髪が、やがて重力に従い彼女の胸元の谷間付近に収まるのを目で追ってしまい。トーマは体ごと背を向ける。

 

「ま、まずは服を着てくれないか! 目のやり場に困る!」

「ああ、ごめんなさい。あなたが天上からやってくるものだから、ひょっとしてと思って、つい警戒しちゃったの」

 

 そう言って彼女は独房のベッドにかけていた毛布をめくる。毛布の下に隠していた軍服の上下を取り出し、トーマの背後で着替え始めた。

 なるほど。毛布の中に軍服を隠して人の居る痕跡を見せかけ、囮に使ったという訳だ。別に目を見張るような策ではない。独房内での囮としては典型的なやり口だ。トーマは知らないが、バンも一度使ったことのある手口だった。

 

「お待たせ。もういいわ」

 

 彼女のお許しを得て、トーマは振り返る。そこに居たのはついさっきまで半裸だったジェノザウラーのパイロット。さらさらと宙を舞う桜のような、同じ色の髪をした女性。しかし、その下に覗く瞳は鋭く、バンや兄と同じ、凄腕のゾイド乗りの気質を感じさせる。そして、髪色を除けばその容姿は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のトップの隣に立つ彼女と非常によく似ている。

 なるほど、彼女が。

 

「さて、初めましてかしらシュバルツ中尉。あたしはカタリナ・ターレス。少佐よ。といっても、お飾りみたいなもんだけどね」

「失礼しました、ターレス少佐。自分はトーマ・リヒャルト・シュバルツ中尉であります」

「ああ、そういうのはいいわ。今は緊急事態だし。敬語もやめて。普段通りで」

「はっ……」

「で? どういう状況?」

 

 一つ空咳をうち、トーマはブリックから聞いた話を基に現在のガイロス軍での対処を話し出す。それを独房の壁に背を預け、腕組みをしながら聞いていたカタリナはなるほど、呟く。

 

「通信機借してもらえる。スパンツ軍曹からの話も聞きたいわ」

 

 そう言われ、トーマは耳につけていた通信機をカタリナに渡した。そしてカタリナとブリックが小声で話しだしたのを見、自分は独房の外に目を向ける。

 見通しのいい牢屋ではなく、ドアと壁に覆われた小部屋だ。ドアにつけられた小窓だけが外の様子を窺い知れる唯一の隙間であり、完全な密室。いや、トーマが侵入に使った通気口も数少ない外部との接点と言えるか。

 小窓から外の様子を窺うが、人の姿はない。今は、安全なのだろう。

 

「……ん、分かったわ」

 

 区切りがついたようで、トーマが周囲の様子を窺い終わると同時にカタリナから通信機が返される。

 

鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)との交渉はうまく言ってないみたいね。上層部も、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)も今回の件は自分たちで決着をつけようとして話が進まない。向こうが今回の件に関与してる可能性がなくとも、必要以上に関わられるのは嫌ってところかしら」

鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は旧ゼネバス帝国の民衆の集まりだ。上層部の、頭の固い連中が彼らを信用しきれないのは今に始まったことじゃないさ」

 

 互いに愚痴るように言う。

 仕方のないことだと思う。 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の中核をなしている物は、その多くが旧ゼネバス帝国の家系に連なるものだ。ゼネバス帝国はヘリック共和国との戦争で滅んだ国である。ゼネバスが滅亡に至った原因の一端は、ゼネバスの後ろ盾となり、しかし最終的に手を切ったガイロス帝国にもある。当時を知るガイロス帝国最高議会の席に座る者たちは、その経験から今もまだゼネバス帝国の民衆に後ろめたさを覚えている。復讐、反逆の疑惑をぬぐい切れずにいるのだ。

 あのギュンター・プロイツェンもゼネバス皇帝の遺児であり、その復讐心が、後の彼の野心へとつながったのだから、無理もないことである。

 

 もっとも、こうして現場の最前線に立っている一兵士からすれば、過去の因縁で事態をもたつかせるよりかは、早期決着を図れるよう方針を定めてほしいのだが。

 皇帝たるルドルフが、疑惑をぬぐい切れない議会の面々を治めてほしいのだが、そのルドルフは経験を積んできているとはいえまだ若い。そして、議会の半数以上を占めているのが旧エウロペ戦争経験者( ゼネバスへの疑念をぬぐい切れない者 )たちであれば、無理もないことだった。

 

「で、あなたが単独潜入を命じられた理由は、とりあえず早期決着をつけろってことでいいのかしら?」

 

 ゼネバスが絡んだ所為で議会は半分麻痺してしまった。そこで皇帝ルドルフは忠臣のホマレフを通じ、皇帝の権限で事態の収束を図った。その結果が、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が動くよりも早く、速やかにガイロス側でこの事態に決着をつけること。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が関与していないのはほぼ確信しているのだが、それでも彼らが事態の鎮圧に関わればガイロスの高官たちが必ず勘ぐってくるだろう。それは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にとって良くない方向に軌道を向けられる火種にもなりかねない。

 だからこそのガイロス側からの早期決着。後に高官たちから鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)への疑惑が噴出するだろうが、その時は皇帝自ら弁護に回るつもりだろう。そして事態を解決するために選ばれたのが、基地内を熟知しているブリック・スパンツと、数多くの突発的特殊任務を経験してきたGFのトーマ・リヒャルト・シュバルツなのである。

 カタリナはそれらの状況をブリックからの話とトーマがこの場にいることで何となく察したらしい。状況を把握してくれていることは助かる、が、トーマとしては一つだけ気がかりがあった。

 

「話が早くて助かる。ただ一つ、野暮かもしれないが教えてほしい」

「何かしら?」

 

 カタリナは小さく小首をかしげて見せた。状況からして、速やかに行動に移るべきなのは確かだ。だからこそ、トーマがこうして話の腰を折ってくるのは想定していなかったのだろう。けれど、トーマとしては聞かねばならない。なぜなら、彼女はあの『ターレス』の名を持つ人物なのだ。

 

「あなたの姉君、アンナ様のことだ」

 

 そう切り出すと、カタリナの表情にわずかに影が差した。

 

「アンナ様は今鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のトップに立たれている。今回の事件、もしも最悪の状況に動けば、あなたは姉と敵対することになりかねん。だが、えらく落ち着いているのでな。本当にこちら側と判断して、いいんだな?」

 

 今回の事態はガイロス帝国と鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の関係問題へと発展しかねないほどに大きなものだ。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の頭領がそこまで想定してことに出ているかは別として、元々手探りで、少しずつ歩み寄っていた両者の関係が今回の件一つで崩れかねない。

 そして、カタリナ・ターレスの姉、旧名アンナ・ターレスは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の指導者であるヴォルフ・プロイツェンの妻である。今回の一件で両者が決定的な関係崩壊を起こした場合、カタリナが親族の情から鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)側に就くことは十分に考えられる。そもそも、この時点であちら側に内通している可能性もあるのだ。

 

「……真正面から、それを聞いて来るのね」

「このあと、あなたに背を預けて作戦行動に出るのだ。この場ではっきりさせておきたい」

「ふぅん、真面目なのね」

 

 カタリナは小さく苦笑の表情を零す。が、それも僅かなもので、すぐに真剣な表情に戻った。

 

「姉さんが嫁いだからって、私の想いは変わらないわ。生まれ故郷に、私を今日まで育ててくれたガイロス帝国に忠を尽くす。今までも、これからも、私の軍人としての在り方に変わりはないわ。この言葉で、答えになるかしら?」

 

 まっすぐ、カタリナの瞳を見つめる。その瞳は一切揺れることなく、同じくトーマの目を見つめ返してくる。それを見て感じた。間違いない。彼女は、信ずるに値する者だ。

 そして、だからこそ、トーマの中で今回の首謀者への怒りが沸き上がった。

 

「分かった。あなたを信じよう」

 

 これで話は終わりとトーマは独房を見渡す。ここからは、基地奪還への作戦行動だ。

 

「他の独房に、この基地に詰めていた者たちが閉じ込められているんだろう? 彼らを解放し、基地を取り戻す。差し当たっては、まずは独房のカギを手に入れなければな……」

「ならいい方法があるわ。たぶん、もうすぐ見回りが来るだろうし」

 

 そう言って、カタリナは「ふふっ」と得意げに笑った。ほっそりした指をトーマが入ってきた通気口に向ける。外からはのぞき穴からの光景しか見通せない、見通しの悪い独房。そして、その僅かなのぞき穴からの視界に入り込んでいるだろう通気口。

 なるほど、とトーマは呟く。手法としては単純で、カタリナの言う見回りの人物の裁量次第という場当たり的な策。けれど、可能性は十分にあった。

 

「成功したら、時間との戦いだな。速やかな行動が必要だ」

「もちろん。制圧の時は向こうにしてやられたから、今度はこっちがやり返す番よ」

 

 互いに見つめ合い、お互いに小さく笑みを浮かべる。初対面だった二人だが、それだけで、意思は伝わった。

 

 反撃開始。調子に乗ってる賞金稼ぎに、軍人の底力を見せつけてやる、と。

 

 

 

 そして、

 

「……ローレンジ・コーヴ。キサマだけは!」

 

 一人、完全な敵となった男へのらしくない怒り胸に押し込み、トーマは呟いた。

 

 

 

***

 

 

 

 基地の地下に設けられた独房エリア。その廊下に足音を響かせながら、二人の男が入ってきた。今現在この基地を制圧している傭兵団歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の構成員である。

 

「あーくっそ、まだ頭がいてぇ」

「油断してるとこに勢いの乗った回し蹴りでしたもんねぇ、ロートさん。いいのが入ったって見てて思いましたから」

「くっそあのアマ。殺傷禁止なんて頭領に言われなきゃ、脚一本へし折ってやったてのに。つかデリス、テメェ見てて助けようともしなかったな」

「俺程度じゃ抑えられませんよ。それにあれ、噂のジェノザウラーの正パイロットすよ」

「あ? ってこたぁ……あぶねぇなぁ、怪我させてたら姫君からの折檻だけじゃ済まねぇだろ」

「下手すりゃ頭領からも見捨てられましたねぇ。良かったじゃないっすか。命拾って」

「まったくだ。……しかし、いい女だったな。昔だったら一発やりてぇ、なんて思いもしたが」

「止めてくださいよ。そういうこと言ったらウチの女性陣からの白い眼が一生続きますよ。それにそういう話題は晩飯が不味くなります」

「てめぇは結局、いつも飯の心配ばかりじゃねぇか」

「うまいメシ喰いっ逸れなきゃ、俺は基本いいんすよ。メッテルニヒの旦那んとこだって、晩飯にありつけたからいたようなもんですし」

「おーおー、んなこときかされたら、あの世から祟り殺されんじゃねぇの?」

「あの人にんな度胸ないでしょ」

 

 雑談を交わしながら二人は独房を一部屋ずつ覗き、確認していく。彼らの頭領からの命令で、警戒は怠らないようにと言われているのだ。もっとも、この独房からの脱走が出るとは露ほども思っていないのだろう。のぞき窓の視界から中に人がいるのを確認し、それだけで二人は次の独房へと移っていく。

 

「と、噂をすれば、ロートさんの頭に回し蹴り叩き込んだ女入れたの、そこでしたよね」

「あーそうだったそうだった。まぁだいぶ疲労してたから寝てんじゃねぇか。あそこまで暴れりゃ、いくらなんでも疲労限界ってとこだろ」

 

 軽口を挟みつつ二人組の片方、ロートと呼ばれた人物が独房を覗き込み、目を見開く。

 

「ロートさん?」

 

 もう一人、デリスが不思議そうに声をかけるもロートは返事を返さなかった。仕方なくデリスはロートの顔をどけて自分も独房内を覗き込む。

 独房の中は、空だった。少なくとも見える範囲はだが。そして、天井に設けられていた通気口の蓋が、ぽっかりと口を開けている。乱暴にこじ開けられたような金網が床に落ちているのも、独房内の人物の行動を裏付けていた。

 

「あのアマぁ……デリス! とっとと開けろ!」

「へいへい。あー頭領にどやされちまう」

 

 慌てて催促するロートに対し、デリスはぼやくように呟く。前にもどこかの英雄殿に出し抜かれたことあったなぁ、などとぼんやり考えながら。しかしその手は速やかに独房の扉を解錠する。そして開いてすぐにロートが中へと駆けこみ「クソ、いねぇ!」と空いた通気口と乱暴にこじ開けられた後のある通気口の蓋を交互に見やる。

 外からまるわかりじゃないすか。と心中で愚痴を零しながら、どこに逃げたかの痕跡がないかとデリスも室内に入る――刹那

 

「――っ!?」

 

 背後からの視線を感じ、しかし振り返る間もなくその首に腕が回される。速やかに脱出すべくもがいたが、力が入らないように絞められていた。首を締めあげる腕から逃れる力が入らず、逆にギリギリと締め上げられ力が抜けていく。声も出ない。

 

「デリス!」

 

 背後で起こった相方の危機にロートが気付く。そうして振り向いた瞬間、デリスの目線はなぜかロートではなくその背後、通気口に向けられていた。そして、

 

「このア――ぐぁ!?」

 

 ロートの背中から何がが降りかかり、そのまま体重をかけられ地面に組み伏せられる。組み伏せられながらロートは自分を抑え込んだ人物に目をやり、その眼を見開いた。

 

「てめぇ、GFの!? 何でここに居やがる!」

「貴様らが事件を起こしたせいで、せっかくの休暇が丸つぶれになったからな」

 

 ロートからの言葉に彼を抑え込んだ人物――トーマは淡々と告げる。その視線は、同じようにデリスを拘束したカタリナに、そしてデリスの右手に握られている鍵束に向けられた。

 

「そいつが、この辺りの部屋の鍵で間違いないか?」

 

 トーマの問いにカタリナは小さく頷く。そして、それが手に入れば用済みだと言わんばかりにそれぞれが拘束している相手を締め上げた。殺してはいない。気絶させただけだ。

 そして地面に崩れ落ちたデリスの手からカタリナが鍵束を拾い上げる。

 

「奴らが、殺傷は禁じられていると言ってたが本当か?」

「ええ、しっかり確認できたわけじゃないけど、誰も殺されてないわ」

「妙なポリシーを掲げているな。おかげで、ますます奴らの真意が分からなくなった」

 

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)という組織からして、彼らは別に不殺に拘っているわけではない。むしろ、必要と割り切れば平然と一般人すら手にかけるだろう。それだけのことができる人間が、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)には属しているのだ。作戦を遂行するに当たって、殺傷による敵の排除は当然、視野に入る選択肢だったはずだ。

 しかし彼らは、あえてそれをすることなく、あまつさえ禁じ自らに枷を設けた。戦い、占領するという大規模な作戦の中で、自ら選択肢を狭めたのだ。これではまるで……。

 

「奴らのリーダーは、『訓練』と称していたな。本当なら、はた迷惑な話だ」

「まったくね。しかもその相手に帝国軍(私たち)を選ぶなんて、随分侮られてるみたいじゃないの」

 

 おそらくは最上階。基地指令室で悠々と構えているであろう歪獣黒賊(ブラックキマイラ)頭領の得意げな顔が目に浮かび、トーマは「奴め……!」と憎々しげに呟いた。

 が、それも一瞬。すぐに表情を真剣なものに戻し「急ごう」と一言呟く。カタリナもそれに応じ、二人は素早く独房を飛び出した。


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