しれっと生きてます。
今日はyoutubeでトーマが初登場。
ということで(〇年前に書いてた)トーマ主役の話を投稿します。
明日、明後日かけての三本立てです。
トーマ・リヒャルト・シュバルツは、ガイロス帝国軍の中でも特に優秀な軍人だ。
ガイロスきっての名門大学『ヴァシコ・ヤード・アカデミー』を卒業し、その卒業制作にて人工AIビークを開発。軍への配属後は着実に任務をこなし、ガイロスとヘリックの共同平和維持組織、GFへと入隊。英雄バン・フライハイトと並び、帝国側の代表として数々の任務を達成へと導いた。惑星Zi全土を厄災に包んだD騒乱においても、バンや賞金稼ぎの中でも生ける伝説とまで知られるようになったアーバインと共にその中心戦力として活躍。
これらの活躍から、ガイロス帝国国防軍の至宝とも称される兄、カール・リヒテン・シュバルツと共にガイロス帝国を代表する軍人の一人である。
「はぁぁああああ……」
そんな彼はその日、とある店で特大のため息を吐いていた。
外は呆れるほどの晴天が広がっている。街を吹き抜ける風は太陽光で温められた街の空気を一薙ぎし、心地よい体感温度を提供してくれた。窪地に作られた町は、そんな吹き抜ける風の恩恵を受け夏でも過ごしやすいとかなりの評判だ。
「はぁ……」
風の都。
そんな愛称をもち、代々のガイロス皇帝の避暑地であるこの場所に、幾度となく似合わない大きなため息を一つ。トーマ・リヒャルト・シュバルツはカウンター席に項垂れながら何度目か分からないため息を零す。
「営業妨害なんだけど」
カウンターの向かいから遠慮のない言葉を
トーマは面を持ち上げ、視界に彼女の姿を入れ、ぼやく。
「いいじゃないですか。この時間はお客さんなんていないでしょう」
現在時刻は正午を回って二時間も過ぎた頃。一般的な飯処の繁忙時間であるランチタイムが過ぎて程よく落ち着いた時間だ。
「そりゃあね。だからこそ、この時間ってあたしらにとっては貴重な休憩時間なのよ。それを削ってあなたみたいなのの愚痴の相手をするのは時間の無駄遣いよ」
「それもそうですね。では、表で考え事をしていましょうか」
「やめて。店の前に辛気臭い男がいるとか、もっと営業妨害よ」
心の底から『迷惑だ』という感情を隠しもしないオルディ。しかし、トーマはそんな塩対応にもなぜか癒される思いを感じ、もう少しだらけようと決める。
「こんな姿を誰かに見られたら、ガイロス軍の代表格、GFの英雄の片割れ、シュバルツの名が地に落ちるわよ」
「かもしれませんが、今だけは自分の思うままにさせていただきたい」
淡々と、それでいてはっきりと断言するトーマに今度はオルディがため息を吐く番だった。あーあと額に手を当てどうしたものかと考え始めた時、店の戸が開き、新たな客が来店する。
オルディは「いらっしゃいませ」とトーマはほっといてそちらの相手をしようとし、しかしその行動はぴたりと止まった。来店した客も客で、そんな店員の行動ににやりと笑みを浮かべただけで、躊躇なく店内に踏み入り、机に突っ伏すトーマの隣の席にどかりと腰を落とした。
「よぉ、聞いたぞ。片思いが終わったんだってんな」
遠慮なく投げかけられた言葉にトーマは額を机にこすりつけんばかりに、さらに落ち込む。そんなトーマの肩をパシッと叩き、新たな客は豪快に笑った。
「気にすんなよ、天下のシュバルツ家だろおめぇはよ! GFの英雄って名声もありゃ、家名目当ての女で引く手数多だろうぜ! 選り取り見取りじゃねぇか!」
彼の言う通り、トーマの実家であるシュバルツ家はガイロスきっての名家だ。そして、実際にその権力にあやかろうと見合いの申し込みが多数あるのも事実だ。最近のトーマの活躍もあって、その数は日増しに増えるばかり。
当主である兄のカールがすでにハルトリーゲル家の女性との婚約が定まってるとあって、次男のトーマに見合い、婚約の話が向かうのも頷ける話だった。
けれど、当のトーマ本人はそんな話、まったくと言っていいほど納得していない。
「そんなもの、愛も恋もあったものではない。俺はそんな欲に目がくらんだ女など端から御免だ! 俺が真に愛せるのはフィーネさん――フィーネさぁん……」
「お前さぁ、負けを自覚したって言ってきたのは一年以上前だぜ? いつまでこじらせてんだよ」
彼の言う通り、トーマがフィーネへの片思いを敵わぬものと知ったのは、レイヴンのジェノブレイカーとの二戦目の後。谷底に落ちたバンを探して、ノーデンスの村へと向かった時だ。
あの時のバンとフィーネの姿に自身の初恋は叶わぬものと悟り、イヴポリスでのデスザウラーとの決戦で、その想いを振り切った。そしてつい数日前、やっとバンとフィーネがお互いへの想いを告げ合ったことで、完全に決着が着いたはずだった。
トーマの初恋はその最初の段階で終わっていたはずなのだ。トーマ自身、同じくバンに敵わぬ初恋をしていた新しいGFの同僚、リーリエ・クルーガーと同種の傷を分かち合い、慰め合ったはずだった。けれど……。
「休暇を与えられ、一人になったら傷がぶり返してきたんだ」
「なるほどなぁ。けどお前、こういう日は家に籠ってパソコンとにらめっこしてビークの調整にふけるか、朝から晩まで専門書に噛り付くのが常だろうが。今回は家に居づらい理由でもあったか?」
男の問いかけにトーマはどこか遠い目をして、ぼやくように続ける。
「父上が、見合いを受けろとしつこくてな。休日初日から山のような紹介書類を渡されて、嫌になったんだ」
前述した通り、シュバルツ家はガイロスきっての名家である。縁を結ぼうと考える他家は数多く、寄せられる見合い話も同数だ。
普段ならば、これもシュバルツ家に生まれた男の定めと捉え、仕事の一環としていくつかの相手を見繕い、相応しい対応をして、断っていく。無論、その中で運命の出会いと捉えられる相手がいれば次のステップへと進んでいくのもやぶさかではない。
けれど、今は心境が最悪だった。初恋が破れ、その傷を思い出してしまった段階での全く知らない女性との見合い。嫌でも
オルディが「大変ねぇシュバルツ君」と労ってくれるのが、ほんの僅かでも救いと感じるくらいには、トーマの心身は――恋愛に関して――弱っていた。
「それで、ただ一人の友である俺様を愚痴相手に頼ってきたってか? なんだよ、不愛想の堅物シュバルツにも可愛いとこあんじゃねぇか」
にやりと笑う彼にトーマは「うるさい」と言いつつも、それ以上の言葉は返せなかった。彼の言葉は事実だ。トーマにとってGFで共に戦った仲間たちを除けば、友という関係で今日まで付き合ってこれたのは彼くらいだろう。
ブリック・スパンツ。
ガイロス帝国技術部に所属するテストパイロットである彼は、トーマがアカデミー時代に付き合うことができた唯一無二の友だ。無精ひげに加え、頭髪の手入れもあまりされておらず、ぼさぼさでやぼったい印象を受ける彼は、名家シュバルツ家の家系にあるトーマとは不釣り合いな男だ。けれど、その知見は確かなものである。それはトーマと同じくガイロスの名門ヴァシコ・ヤード・アカデミーで机を並べた仲であることからも事実が伺えた。
最も、彼は正規の学生ではなく、幾度となくアカデミーに忍び込んでいた『もぐり』の聴講生なのだが。トーマがそれを知ったのは、卒業した後の話である。
「しかしよく休暇なんて許可が出たなぁ。それも一週間か? このクソ忙しい時にGFは暇つぶしかよ。いったいどんな裏口使ったんだ」
「違う。休暇にさせられたんだ」
「は?」
トーマが苦々しく呟いた事実にブリックだけでなく、もう加わらなくていいやと聞き耳立てるだけにしたオルディも耳を疑う。
「……お前、初恋こじらせて何やってんだよ」
「なんでそうなる」
「恋煩いが長引きすぎて、フィーネちゃんとやらを襲っちまったんじゃねぇかと……」
「なわけあるか馬鹿! そんな輩、例えフィーネさんが認めたバンであろうと許さん!」
「両想いで公認なら許せよ。もう割り込む隙ねぇだろうが。……で、ホントのところどうなんだ?」
「先に乱したお前が話を戻すのか……」
少々納得いかないが、トーマは軽く咳払いをして今回の休暇の発端を話すことにした。
最近のバンは絶不調だった。そしてそれはフィーネも同じくだ。
これはお互いにお互いのことを男女として意識し始め、これまでと同じ距離感で接していいものかとお互いが困惑し、その結果関係が大きく拗れてしまったためだ。そして、それは二人が想いを吐き出しあったことで終息した。
のだが、そんな二人の姿を報告書から見てきた軍上層部の判断は違った。
バンたちのチームはGFのエースだ。イヴポリスでのデスザウラーの一件から今日まで、休日返上上等とばかりに馬車馬のごとく平和のために戦ってきた。労働基準などへったくれもなく、規定として休日を消化するにしてもある一日で数時間とか、半日とか、まともな休日などないと言って過言ではない。
この状況が一年近く続き、その上バンとフィーネの絶不調。それを見た上層部はこう思ったに違いない。
流石に酷使しすぎだ。
生粋の軍人であるトーマや、あのクルーガーの養娘として軍人の仕事を幼い頃から見知ってきたリーリエと違い、バンとフィーネは元々一般人だ。それも旅という、責任に縛られることのない自由な身だったところを、軍人として転向し、その三年目。
三日、三ヶ月、三年。ありとあらゆる職業で転職の節目となる時期はおおよそ三で区切られるという。そして、バンたちが軍人としての一歩を踏み出してから今はちょうど三年が経過しようとしていた。疲労が溜まり切った、と判断できる要素はいくらでもあったのだ。
結果、バンたちのまだまだ働くという善意100パーセントの奉仕精神はあっさりと上層の権力により握りつぶされ、有無を言わさず休暇を申しつけられた。同チームに所属していたトーマとリーリエも巻き添えのごとく、こうして一週間――168時間の長期休暇を得ることとなった。
そして、与えられたものは仕方ないとトーマたちは四人で協力して休みの前に火急の案件を全て果たし、各々思い思いの休暇へと入った。
バンとフィーネは昔のように二人であちらこちらを自由に旅してくるのかと思ったが、それは休暇期間の半分ほどで、残りはお互い別々に過ごすらしい。
バンは久方ぶりに実家に顔を出しに行き、フィーネはドクター・ディのところに行くらしい。せっかく両想いの恋人同士という関係に成れたのだから、誰の目も届かないところで思うように過ごしたらいいのにとも思うが、そこは人それぞれだろう。
そしてもう一人。トーマと同じくバンに叶わぬ初恋の想いを寄せていたGFの新人リーリエ・クルーガーだが、彼女は父であるリーデン・クルーガー大佐のところに行くつもりだと言っていた。後人育成に勤しむ彼の元で、GFとして必要な技能を見つめなおすそうだ。また、共和国軍内の友人に声をかけて、女子会をするなどと話していた。
女子会とは言っていたが「う~~、やけ酒します!」と、顔にばっちり書いてあったのはトーマの胸の内にのみしまっておく。
それぞれがそれぞれ、せっかく与えられたこの休暇期間を割り切って有意義に消化しようと過ごし始めたのだ。けれど、三人と違ってトーマは……。
「――で、お前にとっての有意義な休日は、真昼間から繁忙期を過ぎた飯処でくだを巻くことなのかよ」
「そんなわけあるか! 俺だって自覚しているさ! ここにいることそれ自体がどれほど無駄な時間の過ごし方をしているかなど!」
「それはそれで失礼ね」
まるで、店に来ること自体が無駄の極みだ。とでもいうようなトーマの言葉にオルディが口をとがらせて反論する。するとトーマは「あ……」と呆けたような言葉を零した後に、「その……すまん」と謝罪する。
「……俺としては、完全に割り切ったつもりだったんだ。けど、改めて敗北を見せつけられると、喪失感というものを実感してな。収まりがつかないんだ。適当な任務にでも集中していたい気分なのだが、しかし休暇で、どうにもすわりが悪い」
バンとフィーネが互いの想いを伝えあったあの日。同じように打ちひしがれるリーリエと共に決着をつけたはずだった。けれど、それは自身の抱えていた想いを客観的に見るからこそ落ち着けたもののようで、いざ一人になるとだめだった。
混乱する人々を目の当たりにするとかえって平静を保てる。それと同じような心境が、あの時のトーマだったのだ。
「で、俺に暇つぶしはないのかって訳か。悩める親友の頼みとあらば仕方ねぇ。このガイロス帝国技術部軍曹ブリック・スパンツ様にお任せだ。いいとこ紹介してやるぜ」
「どこだ? 言ってみろ」
「ふっふっふ、カタブツのお前の頭をこね回す最高の場所さ。それは――」
「――言っとくけど、またスキッパーレース行くから金よこせってのならダメよ。全部どぶに捨てるに決まってるじゃない」
先手を打ってオルディが釘を刺す。するとブリックはぴたりと言葉を止め、視線だけがオルディへ――懇願するように――泳いで向かう。
「や、やだねぇオルディ。俺が誘うのはお前が嫌悪する賭博なんかじゃねぇよ」
「じゃ、なに?」
「佳麗なロードスキッパー達の走りっぷりと騎手の体捌きを見て、着順を見極め、審美眼を鍛える知的な大人の遊戯だ」
「同じじゃないの!」
カウンターに握りこぶしを叩きつけるオルディと「まぁまぁ落ち着けよ」と宥めるスパンツ。その両者の姿をぼぅっと眺め、トーマは小さくため息を吐く。
こんなやかましい二人だが、出会った頃から彼らは変わらない。
飛び級でアカデミーに入学し、しかしその特異な立場から学園で孤立していたトーマに何かと絡んできたブリック。その伝手で知り合った、今日も尋ねた串カツ屋アダムの看板娘になった――女将、ともいえる――オルディ。
二人ともトーマより一回り以上年上で、彼らからしてもトーマは年の離れた弟と言っていい歳だろう。けれど、彼らは弟ではなく、一人の友人として扱い、こうして今もくだらない会話に花を咲かせてくれる。
彼らは、トーマにとってかけがえのない友人たちだ。
「トーマ、ホントにいかねぇか?」
「行かん。賭け事など興味はない。そもそも由緒正しきシュバルツ家の人間がそのような所に行けるか」
「とか言って、シンカーレースは毎年欠かさず見てんじゃねぇか。シンカーとスキッパーで何が違うんだよ」
「シンカーレースは帝国公認の由緒正しき伝統と格式あるレースだ。ただの賭博の場と化したスキッパーとはわけが違う」
にべもなく切り捨てるトーマに「つまんねぇなぁ」とブリックがぼやく。が、すぐに表情を取り繕い、にやりと笑って続ける。
「ならよぉ。お前、俺の暇つぶしに付き合わねぇか?」
ぎらりと怪しい光を宿したブリックの瞳に、トーマは察する。
GFに出向してから長らく顔を合わせる機会はなかったが、それでもそこそこの付き合いがある間柄だ。彼のこの言い回しで、察することはできる。
「また、あれか?」
「いや、ちーと違うが、まぁ似たようなもんだ」
そこにあったのは、気のいい友人のブリックではなく、技術部所属のテストパイロットでもないブリック・スパンツの顔。彼のもう一つの一面を知るトーマは、察した。これなら、いい気晴らしになる。
「付き合えよ、トーマ」
様子の変わった二人を、特にブリックから見つめられるトーマを、オルディが少し羨ましそうに見つめていた。
***
「例のG量産計画。お前も知ってんだろ」
「ああ。正直、あれだけはルドルフ陛下の正気を疑ってしまった。いったいどういう心境の変化が、あれの許可を出すなどと暴挙に出るきっかけを与えたのか……」
翌日、トーマはブリックに連れられるままにガイガロスを出発した。結局、出発のその時までブリックの言う『暇つぶし』の詳細は語られなかったが、向かう道中に何度か尋ねたことで彼がようやく口を開いたのだ。
「ジオレイ山脈の北西端、そのふもとに寂びれた基地があっただろ」
「北エウロペからの侵攻の対策として建てられた基地だな。今は
「あそこは帝都からかなりの距離がある。加えて周囲に町や村もない。だから、危険極まりないGの開発、量産の拠点としちゃちょうどいいんだ」
Gという呼称が使われるゾイドの開発。そしてブリック・スパンツはテストパイロットでもある。そこから導き出される結論に、トーマはようやく合点がいった。
「お前がGのテストパイロットに選出されたのか」
「おう。そして、ガイロスで奴との交戦経験が一番多いのはお前だ。どうせ休暇で暇してんなら、開発状況の視察ならぬ工場見学に出向いたっていいだろ?」
おどけたような茶化し文句。ブリックのそれを横耳にしながら、トーマは呟いた。まさかあの機体が、紆余曲折を経て味方になろうなどと考えもしなかったのだから。
「G――ジェノザウラーか」
嘗てガイロス帝国に反旗を翻した男、ギュンター・プロイツェン。彼がそのための力として用意したのは太古の時代に古代ゾイド人の文明を滅ぼした最強とされるゾイド、デスザウラー。ジェノザウラーは、その復活研究の副産物として生まれた機体だ。
プロイツェンが生み出したジェノザウラーは二機。うち一機は当時プロイツェンの私兵だったレイヴンが搭乗し、バンとの交戦で撃破されている。
またもう一機は、同じくプロイツェンの私兵だったアンナ・ターレスに与えられ、紆余曲折を経て現在は彼女と共に
ジェノザウラーの存在は上記の二機で完結するはずだった。しかし、その後もエウロペの現体制に反抗する勢力たちによって秘密裏に開発が進められていたのだ。
それが先のD騒乱の主犯である古代ゾイド人のヒルツの開発したジェノザウラーであり、彼が斃れたのちに流出した機体は何者かの手を経て、現在エウロペ中にはびこる大小様々な勢力によって重用されている。
ジェノザウラーの力は強大だ。乗り手が二流程度でも十分脅威になるほどの機体スペックを誇っている。それは、彼の機体がガイロス帝国とヘリック共和国それぞれの象徴であるアイアンコングとゴジュラスに匹敵、凌駕しかねないと言えば十分だろう。
少し前にGFにシャドーフォックスという共和国の新鋭機が配備された。だが、彼の機体は高速サポート機。強襲ゾイドとして装甲の強度も大型機として十分なジェノザウラー相手では攻撃力で後れを取る。さらに言えば、シャドーフォックスは正式には共和国所属機だ。
数を増やしつつあるジェノザウラーに対し、ガイロス軍はその対抗策を打ち出せずにいたのだ。
そして苦肉の策として挙がったのがイヴポリスにて鹵獲された数機のジェノザウラーを解析、実戦投入するという案だった。
毒を以て毒を制する、という訳である。
当初はその脅威度、国民に染み付いた巨悪ゾイドというイメージもあり、その配備は見送られていた。他ならぬ現ガイロス皇帝のルドルフも反対の意思を表明していた。
だが、家臣からの意見もあり、苦渋の決断として彼の機体をガイロス国防軍に組み込むことが決定したのだ。
この話の決定打には、共和国のルイーズ大統領、さらには
ともあれ、量産の決まったジェノザウラーの開発は帝都ガイガロスから離れたジオレイ山脈ふもとの基地にて始められ、そのプロトタイプも完成しつつあった。鹵獲、解析された機体に至ってはすでに実戦テストもパスし、実際に配備までされている。
トーマがいくら憂いを抱こうとも、ジェノザウラーの友軍機化はすでに決定づけられたことである。
「ま、お前が困惑すんのも分かるぜ。プロイツェンが残した資料を基にした実験機はパイロットともども暴走して失踪。今軍が運用しているのもヒルツってイカレ頭が残した機体。それらを解析した上で設計から見直した純正ガイロスジェノザウラーつっても、脅威にならねぇ保証なんてどこにもありゃしねぇんだ」
「……そういえば、最初のガイロス製ジェノザウラーのテストパイロットは、お前の同僚だったな。暴走に巻き込まれて負傷したのもお前だ」
「あぁ、アイスマンのヤロウ、俺をボコして逃げやがったからなぁ。今はどこでなにしてんのか……」
ガイロス帝国がジェノザウラー量産に着手したのはこれが最初ではない。GFが設立して間もない頃にもその計画はあった。だがその結果はテスト機はパイロットともども暴走。どこへともなく行方知れずとなった。この時逃げ出した機体が、ヒルツの生み出すジェノザウラーの元になったのではとも言われている。
ただ、この最初のジェノザウラー開発はガイロス内部の
ともあれジェノザウラーの友軍化は決定事項であり、すでに配備も始まっている。それを止める術はトーマにはなく、あるとすれば万が一が起きないように備えること。そのためにも、今も進んでいる純ガイロス製ジェノザウラーの開発状況を見に行くというのは、悪い話ではなかった。
「それで、今度はお前がジェノザウラーに乗るという訳か。俺に見学を依頼したのも、もしもに備えて、か」
「交戦経験のある知り合いはお前くれぇだからな。視察を頼むってなわけよ。ま、もう一人、鹵獲したジェノザウラーの正パイロットに決まってる奴も見てくれるんだ。どんなもんか、よぅく確かめてくれ」
「ジェノザウラーの、正パイロットか……」
トーマからすれば、ジェノザウラーの乗り手はレイヴンの印象が強い。その人物も、レイヴンのように特殊な訓練を受けた凄腕のゾイド乗りなのだろうか。少しばかり、会うのが楽しみだ。
「そうそう、そのジェノザウラーのパイロットだけどな」
と、ブリックは思い出したと言わんばかりに弾んだ声で続ける。モニター越しの笑みは、どこか下世話印象を抱かせる。なんとなく、予想が着く答えを、ブリックは続ける。
「無茶苦茶キレーなねぇちゃんなんだとよ! 写真集出してるグラビアアイドルって言われても信じられるくらい絶世の美女なんだと!」
「……お前、まさかと思うが俺を誘った理由の本命はそれか」
「俺も会ったことなくてなぁ。お前もちょうど失恋したって言うし、女の子につけられた傷は、別の娘を見て癒せよ。お前のカタブツ視点の感想が楽しみだ」
「お前、まだそんなことやっていたのか。やれどこそこの部隊の人がきれいだの、やれ偶々入った店の看板娘が可愛いだの。そこにしか視線が向かんのかお前は」
「男なら当たり前だろうが。お前だってフィーネちゃんとやらの美貌に一目惚れだったんだろ?」
「ぐっ……それは……」
「男の興味なんて誰だって一緒さ。出るとこ出て、しまるとこしまる。そんな女に目を奪われてしかるべきさ! フィーネちゃんだって、なかなか見ごたえ揉みごたえあるモノお持ちらしいじゃねぇか。お前が写真すら見せてくれねぇけど」
「当たり前だろうが! 誰が貴様なんぞにフィーネさんを……!」
「んじゃお前目線の感想を教えてくれよ」
「かんそ――!」
言われ、トーマは思わず口ごもる。ふっと脳裏を過ったのは初めて会った時のフィーネ。今では同じGFメンバーとしてすっかり見慣れてしまったが、彼女の容姿は美しいの一言に尽きる。あれを言葉で表現するなら……。
「……で、どこがいいんだ? 胸か? 尻か? それともふともも?」
「ああ、どれもいい、いいが……ふっと覗くふとももが……!?」
はたと、我に返る。
「って何を言わせているんだブリックきさまぁ!」
「なんだよ、おめぇが自分から口走ったんじゃねぇか。でも言質はとったぜ。今度GFベースに言って話してくるか」
「頼むから、後生だから! それだけはやめてくれ! 俺がフィーネさんに嫌われるっ!」
死に物狂いで止めようとするトーマ。いっそこの場でブリックの乗ってるゾイドごと闇に葬るのもありかと考えてしまう。
ブリックの機体はゲーターだ。直接のゾイド戦で勝てる相手はいないとまで言われるほど対ゾイド性能は低い機体。その上、ブリックの機体はゲーターという機体の存在意義である電子戦装備を極限まで強化した結果、唯一の火器であるガトリングビーム砲すら撤去している。殺傷力皆無の極めて異例な機体だ。
つまり、トーマのディバイソンに勝てる道理は確実にないと言っていい。
もちろん、そんなことはしないが。
しないが、脅しをかける意味でもトーマはディバイソンをゲーターに寄せる。踏み潰してやるという言外の行動にブリックはじゃれてくる子猫をあやすような声音で「まぁまぁ」と流そうとする、が
「あん? トーマ、ちょい待ちだ」
ブリックのゲーターが歩みを止めた。トーマもディバイソンを止める。すでに目的地である基地が見え始めていたが、その基地からちょうど隠れるような岩陰だ。ブリックがどこかと通信しているのを尻目に、トーマは少し前に出て、遠目から基地を眺めた。
なぜだろうか、嫌に静まり返っているうえ、どこか剣呑な空気が感じられた。
その答えは、すぐに分かる。
「トーマ。わりぃ、お前の休暇なくなった」
「何があった」
聞き返すトーマに、先ほどまでのふざけた態度のなりを潜ませたブリックが真剣な面持ちで返す。
学生時代からの付き合いだ。こういう態度のブリックは、嘘を吐きはしない。テストパイロットでありながら、ゾイド乗りのカンをさび付かせないために戦場にも出るブリック・スパンツ。その真髄が見え隠れする。
「向かう先の基地だけどな、占領された」
「どこにだ?」
「なかなかのビッグネームだぜ」
「溜めるな、言え」
一拍、一呼吸おいて、ブリックはこれから向かう先を先んじて乗っ取った下手人を、その組織の名を告げる。
「