「ねぇロージ。
退艦して一時間、静かな荒野を進む中、フェイトは我慢できずに尋ねた。
「現ガイロス帝国元帥のギュンター・プロイツェンが立ち上げた影の私兵部隊。それが成りたちだ」
ポツリと、いつもより低い声音でローレンジは言った。彼が己の過去に関する話をする時と同じである。
「奴はプロイツェンナイツ師団なんてのを私兵部隊として持ってるが、そいつらで対処できないような裏事は俺たちがやることになってるんだ。もっとも、俺たちのトップはヴォルフだから、プロイツェンの思惑から外れたこともするけどな。ザルカを生かしたことなんかがそうだ」
二年前、元々プロイツェンはローレンジにザルカを殺すよう命じた。しかし、ヴォルフの意向により密かにザルカの持つ技術を活かすことが検討され、ザルカは秘密裏に
「分かったか?」
「…………うん。ロージが、また悪い事をしようとしてるってことはね」
「これからやる帝国基地の奇襲も、十分その“悪い事”に当たるんだろうけどなぁ」
「規模が違うもん」
「そう言う問題か? ……ダメだな、やっぱ俺の悪影響が出てるか」
はぁ、とため息を吐くローレンジ。ヘルキャットを見ながら、フェイトは二人の相棒に呼びかける。
「ねぇニュート。あなたは、どう思う?」
「キィ~~……キキッキィ」
「好きにすればって……どうしたいんだろ」
生憎、そのニュートもロクな答えを持っていなかった。
***
川辺に築かれた寂れた倉庫。漁業用の設備が放置されていることから、以前は川での漁に利用されていた小屋だろう。もっとも放置されて長いのか、あちこちにあるそれらの設備は使い物になりそうになかった。
そんな中、比較的新しい――といっても使い古された中古品ばかり――ものが幾つかあった。小さな机に椅子。装飾は剥げ落ち、あちこち傷だらけだがかろうじて使えそうだった。
小屋の傍には大きな倉庫があり、ゾイドが三体置かれていた。
昆虫型ゾイドのモルガが二機。ドラゴン型ゾイドの赤いレドラーが一機。粗悪ながら整備は万全で、いつでも動かせる準備は整っている。
「待ち合わせの場所はここでいいんだよなぁ……っと」
足元に落ちていた空き瓶を踏みかけローレンジはたたらを踏む。瓶には赤い液体が残っており、ニュートが気になって咥え上げる。
「キィ?」
「くれるの? 喉が渇いてたんだぁ」
「いや、これ明らかに酒だし。未成年のフェイトは飲んじゃダメ。……うん、俺が貰う」
「それを言うならアンタも飲むんじゃないよ」
背後からの声。大体予感していたローレンジは何の気概もなく振り返った。案の定、そこに居たのは腕を組んだヴィオーラだった。
「アンタは背後をとらせるのが好きなのかい?」
「なワケねーだろ。あんたに殺気が無かったからな」
「へぇ」
「俺たちに危害を加えようとするなら、その意思は必ず殺気として表れるからな」
「あたしがそれを隠してたとしたら?」
「残念。殺気を隠せる奴は、人が死ぬことを理解してないガキだけさ」
さも当たり前のようにローレンジは言った。それが分かるのは、ローレンジ自身の経歴故だ。
「そういうあんたは、毎回人を試すのか? いい加減、メンドくせーと俺も降りるぞ」
「おっと、そりゃ悪かったね」
ヴィオーラはボロボロの机まで来ると、懐から地図を取り出してバサッと広げた。現在地である国境線周辺の地図で、その一点に青い印、その近くには赤い丸印がつけられている。ローレンジは脳内の地図と照らし合わせ、それがどこを示しているかを割り出す。
「あたしたちのリーダー――ロッソはここの刑務所に捕まっている。明日、派手に襲撃して連れ出すつもりさ。で、こっちが――」
「――今回襲う基地。つまりはこの基地でゾイドの強奪騒ぎを起こし、警備が集中した隙を突いて警備の薄くなった刑務所からロッソとやらを脱獄させるってワケだ」
得心がいったようにローレンジが言葉を引き継ぐ。だが、ヴィオーラはそれに首を振った。
「流石だね。だけど一つ違う。ゾイドの強奪はあんた一人の仕事さ」
その言葉に、ローレンジの目がギラリと険を帯びる。
「あんたの経歴、少し洗わせてもらったよ。なかなか濃いじゃないか」
「……
「カール・ウィンザーって男を知ってるだろ。あたしは昔ガイロス帝国に属しててね。あいつが新兵だった頃に同じ部隊だったんだ。ちょっと聞き出してみたら、ペラペラしゃべってくれたよ」
「あの軽薄野郎……今度会ったら再起不能にしてやる」
良く知った顔が脳内のディスプレイに表示され、ローレンジはそれを思いっきり叩き割る。
「まさか、10歳のガキを連れる凄腕の賞金稼ぎが、かの殺し屋
「ほっとけ。そっちはもう引退してんだ。今更掘り起こすんじゃねぇ」
半ばやけくそ気味に告げ、足元の瓶を蹴飛ばす。
「まぁ、だからってどうこう言う訳じゃないさ。言いふらす気もないから安心しなよ。それで、あんたはアイアンコングを奪ってくれればいい。その騒ぎに乗じて、あたしたちがロッソの脱獄に向かう」
後ろを指差しヴィオーラが告げる。すぐにでも出発しようというのだろう。ローレンジも頷き、外に待機させていたヘルキャットに向かう。
「それじゃ、期待してるよ」
「へいへい、保険係は頑張ってきますよーっと」
レドラーが飛び立ち、それに二機のモルガが着いて行くのを見届け、ローレンジも振り返った。ヘルキャットに乗り込み、出発するのだ。
「さて、俺たちも行くか」
「あ、ねぇねぇロージ。わたしは今日どうするの? シュトルヒは置いてきちゃったよ」
フェイトのシュトルヒは調整を施したいとザルカが言い張り、今回は鉄竜騎兵団の元に置いてきていたのだった。
「ああ、フェイトにも重要な役目がある。もちろん、ニュートも一緒でな」
「え?」
「キィ?」
なになに? と言いたげに近寄ったニュートは、ローレンジが蹴飛ばして転がっていた瓶を踏み抜いて大音響を立てて転んだ。
***
「わたしの役目って、留守番なの!」
「キィキィ……」
辺境のガイロス帝国軍基地。それが見渡せる崖の上でフェイトは憤慨した。
ローレンジから与えられた仕事は、彼がアイアンコングと共に出てきたら煙幕弾を撒いて逃亡を助ける、というものだった。
ローレンジが賞金稼ぎとして仕事をする時、フェイトも危険が少ないよう配慮されながら手伝うことはあった。シュトルヒで高空からの偵察や、二人乗りに改造されたヘルキャットに相乗りして共に戦場に向かうなどだ。
その過程で、ローレンジが今回の様にきな臭い仕事に手を染めることは何度かあった。前職が前職だからか、それは仕方ないのだとフェイトは自分を納得させるようにしている。それが嫌なのは事実だが、彼が仕事を選べない立場にあることも理解している。
ちなみにフェイトがこのような考え方をするのに対し、ローレンジは「年相応じゃねぇ」とはっきり述べている。
そんなフェイトだが、やはりまだ10歳の少女。危険だと分かっていても、信頼するローレンジのやる事にはなんでも興味を持ってしまう。当然、仕事について行くのも彼女自身の意志だ。だから、今日の様に待ちぼうけを言われるのは非常に不愉快だった。
「うぅ~、わたしだってやればできるんだよ。ねぇニュート?」
「キィイ……?」
「それに……そう! ニュートを連れて行かないのもそうだよ。ニュートはオーガノイドなんでしょ。すっごく強いんでしょ。なのにどうして連れて行かないの?」
どうせ私の護衛のためだ。
それが分かるからこそ、フェイトは余計に不愉快だった。子どもだけど、子ども扱いされたくない。自分だってローレンジと一緒に死線を潜ってきた。襲われた時の対処法だって心得ている。ローレンジに代わってのヘルキャットの操縦だって、それなりにこなせるようになった。足手まといにはならない。
「ニュートを連れて行けば楽なのに……ニュート?」
ふと、フェイトが何かを思いついた。
「キィーキ?」
「そうだよ! ニュートがいるよね! ニュートが居れば私にだってロージの手伝いが出来る!」
前にローレンジがある噂を話してくれたことがある。
銀色のオーガノイドを連れた、まだ少年のゾイド乗りが数々の奇跡を起こしたと。それもかなり最近のことらしい、と。
「うん。それなら……」
「キィ~……?」
小首を傾げながら覗き込むニュートに、フェイトはにっこりと笑顔を見せる。それは、悪戯を思いついた子供の顔だ。
***
夜遅いためか、基地周辺を見張る兵士は少なかった。ローレンジは少ない見張りの目を巧妙に掻い潜り、目的のゾイド格納庫に忍び込む。
国境線ということもあってか、配備されているゾイドは多い。ガイロス帝国の主力量産ゾイドであるモルガにレッドホーン。そして、
「こいつは……新型か? 見た事ねぇけど……」
鋭い鉤爪と背中には湾曲した二本の刃――カウンターサイズが装備されている。元となった野生体はヴェロキラプトル型と呼ばれるゾイドか、尻尾を伸ばした前傾姿勢で機体のバランスを保っている。共和国の主力量産ゾイドであるゴドスよりも軽快な動きを可能にできるだろう見た目だ。
「レブラプター……か。でも、見かけ火器は装備されてないな。後付けにする予定か、或いは純粋な格闘戦用の機体か……。ま、今回は用もねぇな」
見たことの無い小型ゾイドへの興味は尽きないが、それはそれで頭の隅に放置する。ローレンジはゾイドの足元に隠れながら一番奥に鎮座する巨体まで向かった。
そこに居たのは、ゴジュラスに匹敵する巨体のゾイド。ノーマル装備のゴジュラスであればアウトレンジから仕留めることも可能なガイロス帝国の大型ゾイドでもっとも強力な機体。かつて、戦線に初めて投入された際には、その巨体から「山が動いた」という感想を抱かせたゴリラ型ゾイド。
「アイアンコング。みーつけた」
時間を確認し、首尾よくたどり着いたことに思わず笑みがこぼれた。
その時だった、基地内に警戒音が鳴り響く。
――バレた!?
一瞬、その線を疑う。急いでアイアンコングに駆け上り、コックピットをこじ開けて潜り込んだ。
「今更気づいたっておせーっつーの。さぁて、言われた通り派手に奪ってくか!」
アイアンコングの操縦桿を握りしめ、その巨体を起動させようとする。だが、そこで基地内に異変が伝えられた。
『襲撃だ! 戦闘配置につけ!』
「……襲撃?」
おかしい。
ローレンジはここまで密かにたどり着いたはずだ。少なくとも、見つかるような下手はうっていないはずだった。例え気づかれたとして、それならばこの場での指示は侵入者の確保だ。誰か、別の存在の基地襲撃が重なったか、或いは……。
「……なーんか、嫌な予感がする」
すると、アイアンコングのコックピットに近づく人影が見えた。
「――む、誰だ! 勝手にコングに乗り込んでいるのは!」
「あちゃあ、ホントにばれちまった。さっさと逃げるが勝ちってな!」
『グゥゥゥオオ!』
アイアンコングが力強い雄たけびをあげ、ハンガーを移動し始める。
「こらー! キサマ降りろー!」
「うるせぇ、泥棒に来てんのに素直に返すかよ!」
アイアンコングの拳を基地の床に叩きつけ、大地を揺らす。局所的なものだが、ゾイドに乗っていない一般兵を転ばせるには十分だった。
「あばよ」
アイアンコングは長大な腕と短い脚を駆使してハンガー内を一気に逆走した。
そうして、ローレンジは基地からアイアンコングを強奪し飛び出したのだが……基地の外で起きていた光景に唖然とするしかなかった。
「……予感的中。嬉しくないけど」
通信回線を開き、基地の前で先ほど見つけたレブラプターに襲われるヘルキャットにつなぐ。
「おいコラ! 何勝手に出て来てんだ!」
『あ、ロージ。すっごい! それがアイアンコング!? 目の前で見るとやっぱりおっきいね!』
「そうじゃねぇ! 勝手に出てきてあっさり見つかって……」
『えへへ、ごめんね』
「はぁ、さっさとそいつらを倒すか。ニュート、光学迷彩を起動して隠れてろ。そのゾイドたちは俺がやる」
『あ、ちょっと! わたしが動かしてるんだから勝手に――』
ニュートがヘルキャットの操縦権を奪い取る。ヘルキャットがおとなしく光学迷彩で身を隠したのを確認し、ローレンジはアイアンコングをレブラプターに向かわせた。
肩を落とし、鋭い唸りを上げて威嚇する敵機に対し、アイアンコングは地面を揺らしながら近づく。
一瞬の時、レブラプターが跳躍した。鋭い鉤爪を閃かせ、アイアンコングの目を狙って繰り出す。全身を重装甲に包まれたアイアンコングを倒すには、急所ともいえる目を潰すのが勝ち筋とみたのだろう。だが、狙いが見え見えだ。対処も容易。
「その程度」
左肩を落とし、飛び掛かるレブラプターに向けて肩に内臓されたミサイルを二発撃ちこむ。コングの武装はどれも重火力だ。決して厚いとは言えない小型ゾイドの装甲にミサイルが突き刺さり、レブラプターは苦しげな悲鳴を上げ、爆発に吹き飛ばされて地面を転がった。
が、その隙を突いて残りの二匹が大地を駆ける。背中のカウンターサイズを展開し、両サイドからアイアンコングの脚を切り裂きにかかった。
その行動は、彼らから見れば隙を突いたものと言えよう。見事な、一機を潰す覚悟の上での攻勢。だが、相手が悪かった。
『――ッ、バ、バカな!?』
『そんな、こんなことが』
レブラプターのパイロットは同時に呻いた。当然だ。目の前で、山のような巨体のアイアンコングが跳んだのだ。人間からすればかなりの高さだが、ゾイドからすればほんのわずか。だが、そのわずかな跳躍が敵機の狙いを狂わせた。
思わぬ行動に動きが緩まる。その背中に、アイアンコングの掌が打ち下ろされた。体重を乗せた掌打は、容赦なくレブラプターを叩き潰す。
「コックピットは無事、ゾイドコアは……潰しちまったかな? 仕方ないか。でもこれで――」
だが、まだ終わっていない。最後の一機が最初の一機の様に跳び掛かってきた。目を狙った爪は衝撃に耐えるため腰を落としたアイアンコングには躱せない。この状態では、得意の射撃も間に合わない。
『ロージ!』
息をひそめていたヘルキャットのビーム砲が突き刺さった。空中で直撃を喰らい、悲鳴と共にレブラプターは崩れ落ちた。
『大丈夫?』
「なんとかな。助かったよ。……さて、さっさとトンズラするか。スモーク頼むぞ」
『はーい』
ヘルキャットの後ろ脚に詰めておいた煙幕弾が放出され、辺り一帯に灰色の煙が充満。その隙に、二人は全速力でその場を離脱した。
『ねぇ、わたしの御蔭で助かったよね』
「……そーだね」
『じゃあ今度はわたしも一緒に行く!』
「それはダメ」
『なんで! ちゃんと言われたとおりにやったのに――』
「――勝手に出てくんじゃねぇよ! お前が来なかったらあのゾイドたちが迎撃に出ることはなかった! 俺はコングを奪ったら格納庫の口を破壊して増援を潰してたんだから、追撃の心配もなかったんだ! まったく……」
ぶつくさとローレンジが言うのに、フェイトは「またお説教だ」と嫌な顔をする。
「ねぇロージ。ヴィオーラさんに言わなくていいの?」
「あー、そうだったな」
通信回線を開き、ヴィオーラたちデザルトアルコバレーノと回線がつながる。
「おいヴィオーラ。こっちは……ちょこっと面倒があったが終わったぞ。そっちは?」
『フン、当然。成功に決まってるだろう』
モニターには、やり遂げたすがすがしい顔のヴィオーラが映し出された。