恋愛話となれば、ストレートにボーイミーツガールを書きたくなったんです。
なのでもう一本、どうぞ。
「ただいまぁ」
簡素なつくりの土壁を叩く。
黒髪を逆立てた、しかし落ち着いた顔をした青年には、その言葉を告げる場所は多くある。頼もしい仲間がいる場所だ。彼らがいれば、いつどこであろうと、そこは帰った挨拶を告げられる、帰還する場所だ。
けれど、今も昔も、何気ないこの言葉を、本当の意味で言えるのは、やはりこの場所だけだった。
「……あんた、今何時だと思ってる訳?」
「わりぃ、あちこちふらついてたら遅くなっちまった」
「もう」
「仕方ない子ね」とため息を吐きながら迎えてくれた女性に従い、扉の奥に入る。軽く呼吸すると、乾いた砂の香りと共に、懐かしいごちそうのにおいが胸いっぱいに充満する。
机の上には、女性が作った料理が乗っていた。質素で、量も大したことはない。村で取れたジャガイモの煮っころがしにサボテンのサラダ。それから小麦粉を練って作ったパン。
軍で食していた栄養のある食事でも、疲れを癒す味付けの濃いものでもない。どこの家庭でも出るような、ごく一般的な家庭料理。
けれど、それを見るだけで青年は――バン・フライハイトは帰ってきた気になった。
「ただいま、ねぇちゃん」
「はいはい。……おかえり、バン」
エレミア砂漠の端に生まれた小さな集落。砂塵を巻き上げる風にちなんでつけられた名は『ウィンドコロニー』。
バンの、故郷だ。
「……そう。あんたとフィーネちゃんがねぇ」
「驚かないんだな」
「むしろ漸くか、って思うわ」
「みんなそう言うんだよなぁ」
唇を尖らせながら呟くバンに姉、マリア・フライハイト「ホントこの子は……」と呆れたように呟いた。
久しぶりに実家に戻ってきたバンは、さっそく姉の料理に舌鼓を打ちながら、家を空けていた時のことを話していた。
惑星Ziを脅かした脅威を斃したこと。
GFで新しい仲間ができたこと。
今はあちこちで復興の手伝いをしながらGFの任務に従事していること。
そして、フィーネと恋仲になったこと。
「ジークもやきもきしたでしょ。あなたのご主人様は、ほんと鈍感になっちゃったから」
同意を求められたジークは「え?」と小首をかしげる。この主人だからこそのこの相棒。それを目の当たりにしたマリアはもう一度ため息を吐く。
「ねぇちゃん、俺が帰って来てから溜息ばっかだぜ」
「そりゃ、そうもなるわよ。夕方ごろには着くよーって言っておいて、実際に帰ってきたのは夜中。その上、土産話は私には想像もつかないことばかりで。あげくやっとフィーネちゃんに告白。ため息も尽きないわ。……村長様が、あんたが旅に出る時に「世界を救うかもなー」なんてのんきなこと言ってたけど、ほんとに救ってくるとはねぇ。オーガノイドを見つけて、将来の相手を見つけて、あんたには驚かされてばっかり」
サソリ拾ってきた時がまだ可愛かったとしみじみ思うわ。
そう言ってもう一度ため息を吐く姉に、バンは少しうれしく思った。
昔からこうやって小言ばかりで、煩く思っていた時期もある。けれど、それはすべてバンを心配してこそだ。
昔から姉には心配をかけてばかりだった。その姉は今も故郷で父の墓を守りながら暮らしている。自分とは大違いの、しっかりものな姉が。誇らしく思えてくる。
「なに笑ってるの」
「いや、なんでもない」
こみ上げてきた笑みをどうにかかみ殺す。ふとジークを見ると、ジークも不思議そうにバンを見つめていた。「なんでもないぜ」と笑いかけ、バンは少し感慨にふけることにした。
今日は久しぶりにもらえた休暇だ。本当ならフィーネと過ごしたかったが、そのフィーネから「お姉さんに会ってきたら」と提案された。ならフィーネも一緒にと思ったのだが、いざ恋人となったらマリアに対面するのも恥ずかしくなったらしい。
姉弟水入らずで楽しんできて、と半ば強引に押し出された形だ。ただ、言われてみればバンも姉と二人きり、というのは旅に出てからはなかったことだ。成長した今なら分かることもある。そう考えると、フィーネに感謝だ。
「ねぇちゃんは、しっかり者だもんな」
「なに、急に?」
「いや、いろいろ思い出してさ」
「なにそれ。まぁ、ね。あんたが無茶ばっかりするから、ねぇちゃんは落ち着かないとだめだったのよ」
「なんだよそれ。……あ、そういやねぇちゃんも一回村を抜けだしただろ。丸一日帰ってこなかったって大騒ぎになって――」
「あれはあんたが三日間も帰ってこなかったから。心配で心配で、もう心臓止まるかと思ったわ」
切り返された内容にバンはぐうの音も出ない。あの時は、確か砂嵐で足止めされたあげくホバーボートが壊れてしまったのだ。結局探しに来た村の大工のゾイドに乗せられて帰ったが、姉が探しに出駆けたっきり帰ってこないと知った時はバンも驚いた。
そうだ、とバンは思いなおす。
姉はいつも必死だった。
父が亡くなり、フライハイト家を支えていかねばならないと姉はいつも必死だったのだ。
針仕事を覚え、どうにか収入源を作った。それだけでなく村の仕事も手伝い、集会にも顔を出して、名実ともに村の一員になった。
それもこれも、幼い弟を守っていかねばという使命感からこそ。
バンがフィーネのためにと旅に出たのと同じだ。大切な人のために、身を粉にできる。それが、フライハイトの名を継ぐ者の性質だ。
けれど、バンはもう一人前に成長した。この家にもいくらか仕送りして、姉の生活が不便でないよう取り計らえるまでになった。後は、バンと同じで無茶しがちな姉を支えてくれる人がいたら。
「なぁねぇちゃん」
「なに?」
「ねぇちゃんってさ、好きな人とかいねぇの?」
場が一瞬静まる。転寝しかけていたジークがあんぐりと口を開けて固まる。
そして姉の回答は、無言の拳骨だった。
「いってぇ! 何すんだよ!」
「自分に彼女ができたからっておちょくるんじゃない!」
「いや、ちげーって! 俺はねぇちゃんも安心できるような人がいないのかって」
「おちょくってるんじゃないにしても女の人にそのことをずけずけと聞くんじゃないの!」
結局、その日の残りは説教に終わり、バンはすごすごと自室に退散することとなった。
「まったくもう。結局デリカシーがないんだから」
大きく、その日一番のため息を吐いたマリアは椅子に腰を下ろす。一度閉じた瞳を開けると、そこにはジークがいた。説教中に転寝してしまい、主の元に帰りそびれたのだ。
「ジーク、バンは部屋に帰ったわよ。あなたも……ほら」
ジークの肩を叩き、バンの部屋に導いてやる。
そうやって世話を焼きながら、ふと先ほどのバンの言葉がよみがえった。
「……私も、相手だって」
小さく呟いた言葉に、ジークが「グォ」と振り返った。何でもないと言いかけ、その言葉を飲み込む。そして、気づいた時には、違う言葉を零していた。
「私も、冒険、してみたかったのよ」
ジークは向きを変え、リビングに戻ってくる。体を横たえると「寝物語? 聞かせて?」というようなきらきらとした目を向けてくる。
「ふふ。ジーク、聞いてくれる? 私だって、あの子のねぇちゃんだもん。昔ね、一度だけ、冒険みたいなことをしたのよ……」
***
砂塵を駆け抜け、小柄な影が滑るように飛んだ。一枚の板に両足を乗せ、雪山を滑り降りるスノーボードさながらの滑走。体を右に左にと揺らし、背後から迫りくる圧力を振り切る。
「はぁ、はぁ、ツイてない……!」
巻き上げられた砂を吐き捨てるように一言呟く。その一言すら命取りになるだろう。背後から迫る影は、時速60キロは出ているボードをはるかに上回る速度と重圧で迫りくるのだ。一瞬背後に視線を見やり、『それ』が変わることなく迫っていることを認識すると、ボードに乗った人物はグイと体をひねった。
体重移動に応じて
「なんで、もう……あのバカは!」
その背後に「ズン!」と重量を秘めたものが叩き落され、冷や汗が一気に噴き出した。
迫りくる脅威の
「もう、しつこい! この
エレミア砂漠の真っただ中。
そんな地上最速の機械獣に対し、少女は生身で、60キロまでしかだせない
誰に聞いてもまず逃げられるはずがないだろう状況。今にも踏みつぶされそうな状況で、何分生き延びただろうか。しかし、少女は逃げ切った。先で一括りにした黒髪を熱風の中にたなびかせ、背後からかかる重圧を振り切り、逃げ延びた。
少女の視線の先に建造物が見えた。どこまでも続く砂の大地にぽっかりと表れた砂山――ではない。幾度も砂嵐にまみれ、その表面は厚く砂に覆われているが、ところどころに熱砂を生み出す陽光を反射する白いコンクリートがあった。
それは遺跡か。はたまた軍事基地か。コンクリートと思ったのは見間違いでただの砂山か。
故郷の村を始めて飛び出した少女にその判別はつかない。けれど、村を抜けだす常習犯が近くに遺跡があることを話していたのを思い出す。
逃走経路を遺跡に向ける。かなり大きな遺跡だ。中に入ってしまえば、シールドライガーの巨体ではとても入り込めない。問題はライガーの体当たりで遺跡が崩れてしまわないかどうかだが、逃げ込めなければどのみち自分はおしまいだ。
すると、あろうことかライガーはさらに速度を上げた。
逃がすものか。絶対に仕留めてやる。
獲物を前にした獰猛な機械中の本能を剥き出しに、少女を己の牙にかけんと砂地を力強く踏みしめる。
「はっ、はっ……お願い!」
もうライガーを翻弄する余裕はない。ただ、一秒でも早く自身を乗せる
「もう少し、もう少し――えっ?」
突如、少女の身体を巨大な影が覆った。何事かと背後を見やると、絶対に仕留めてやるとばかりにシールドライガーが跳躍していた。全体重を前方に、両前脚に傾けて突っ込んでくる。このままいけば、ちょうど少女を踏み潰せる目算。
「いやっ――!?」
悲鳴を上げるも、それは直後の轟音と衝撃にかき消された。
着地の衝撃を吸収し、シールドライガーはゆっくりと起き上がる。周囲を、そして足元を見る。シールドライガーの足元には折れた
シールドライガーはふいと興味を失くしたように踵を返すと、まっすぐ砂漠の中へと去っていった。
「――ぷはっ!」
その一分後、砂山が割れて中から黒髪の少女が顔を出した。
「危なかったぁ」
少女は
「あ、
ここまでの移動手段が大破したことに途方に暮れる。思い切って村を飛び出し、少女の感覚ではかなりの遠出をしてしまったのだ。
けれど、
「ううん、迷ってちゃだめよ。こうしてる間にも、あいつはどこかで道に迷ってるに違いない。必ず見つけ出してみせるんだから!」
ぐっと握りこぶしを作り、遺跡を見る。初めてくる場所、見たこともない建造物。もしかしたら、ここになら
「行こう」
自信を奮い立たせるように、一言呟いて少女――マリア・フライハイトは遺跡に踏み入った。
***
しかし、マリアはやっと10になったばかりの幼子だ。
たった一人で、誰もいない遺跡の探掘など、精神が耐えられるはずもない。
「ひっ!?」
足元を潜り抜ける小さなサソリ。それだけでも彼女を怖がらせるには十分すぎた。遺跡内部は直射日光を遮ってくれるため、砂漠にすむ小動物のいくらかが涼みに入り込んでいた。ついさっきのサソリもその一匹で、その前にはヘビにも遭った。もちろん悲鳴を上げた。
「うぅ……、そんちょうさまぁ、しんぷさまぁ……」
頼れる大人を呼ぶが、彼らは遥か彼方の故郷の村。こんなところにいて、助けてくれるはずもない。
その時だった。背後で、カツンと音が鳴る。
反射的に振り返る。小石が一つ、転がった音だ。
なんてことはない。ついさっき少女自身がシールドライガーと追いかけっこしたせいで、ぼろぼろの遺跡も多少なりと衝撃を食らったのだろう。それで内部に積もった砂か何かが動いて、たまたま小石が転げ落ちただけ。そう思った。
「……誰?」
でも、違う。
マリアはただならぬ何かを感じる。誰もいない、自分一人のはずの遺跡。けれど、誰かがいる気がしてならない。もしかしたら、マリアにこの遺跡のことを話したあの子かもしれない。
「もしかして――ば」
「動くな!」
しんと静まり返った遺跡に響く大音響に、マリアは反射的にびくりとなった。飛び跳ねた。注意深く、緊張を隠せないまま周りを見る。
「動くなつってんだよ!」
まただ。初めて聞く声。声の高さからして、おそらく少年。ただあの子よりは年上、もしかしたら、私と同い年かもしれない。
「だれ、だれなの!?」
「いいから動くんじゃねぇ! そのままだ! あー両手も上げろ」
言われるがままに少女は両手を上げた。すると、背後からじゃりと地面を踏みしめる音が聞こえた。振り向こうとするが「だから動くな!」とまたしても怒鳴られ、そのままにした。
ゆっくり、ゆっくり何者かが近づいてくる。何かを後頭部に押し付けた。その行為が連想させるものは予想がつくが、何か違うと彼女は思う。
「お前、どこの誰だ」
「え、っと」
「早く答えろ」
「あ、ウ、ウィンドコロニーから来たの」
「ウィンドコロニー? こっから一番近いコロニーか」
「そ、そう」
「で、名前は。何しにここに」
「名前は、マリア。ここには、弟を探しに」
「おとうとぉ?」
理由を話した瞬間、背後の人物がいぶかしげな声を上げた。疑われているのだ。
それも当然だ。マリアは見た目からしてまだ幼い。その弟となると、10にも満たないような幼子なのは明らか。ウィンドコロニ―からこの遺跡までは
マリアでさえ、一人でここまで出てこれたのが奇跡なくらいだ。
「ほ、ほんとうよ! 弟はいっつも村を抜けだして遠出するの。この遺跡のことも弟から聞いたんだから。でも、今回は3日も経つのに帰ってこなくて、それで……」
「信じらんねぇな。けどまぁ、ウソ吐いてる風でもねぇ、か」
後頭部に当てられてた感覚が途絶える。もういいのだろうと、マリアは振り向いた。
そこに居たのは、声で予想した通り、マリアとさほど変わらぬ年頃の少年だ。こげ茶色の髪を、額に巻いたオレンジ色のバンダナでまくり上げ、その下には不機嫌をそのまま表現したような吊り上がった瞳。
不良少年、そんなイメージだ。ボロボロのマントを羽織り、その手にはマリアの後頭部に押し当てた拳銃ーーではなく鉄パイプがあった。
やっぱり、とマリアは思う。後頭部に押し込まれた感覚が、拳銃のそれとは違った。拳銃でないと見抜いてなぜ素直に答えたかと言えば、単に怖かったから。
「あ、あなたは?」
「……アインだ」
ふいと視線をそらしながら不良少年、アインは憮然と名乗った。
「それで、弟を探しに来たんだってな」
「ええ。もしかして見かけた? 私と同じ模様が顔にあって、まっすぐに立った黒髪の男の子なんだけど」
「知らねぇな」
めんどくさそうにアインは答える。そしてくるりと背を向けると、鉄パイプを肩に担いで階段を上っていく。
「……なんで付いてくる」
「アインは、ここのこと知ってそうだから」
違う。本当は怖いからだ。
命からがら遺跡に逃げ込んで、マリアは今更ながら恐怖を全身に感じていた。こっそり村を出たときは、初めて村を抜けだす高揚感と弟を見つけ出すんだという使命感が勝っていた。けれど、先のシールドライガーとの追いかけっこで身の危険を感じ、今の自分は独りぼっちであることを自覚した。
そして、急に怖くなった。そのことをアインに悟られたくはない。できるだけ平静に、強気な口調を心掛ける。
「あなたは、何をしてるの?」
これ以上自分のことに踏み込まれる前にとマリアは質問を投げかける。
「知ってるか? この遺跡にはな、最近お宝の噂がたってるんだ」
「お宝?」
「ああ、二か月前くらいだったかな」
そういえば、村の近くに野良ゾイド――シールドライガーが現れたのも二ヶ月前だった。
「とあるトレジャーハンターがお宝を見つけたんだが、その道中で帝国軍と戦闘になって辛くも逃げ延びた。そいつはこの遺跡にお宝を隠し、
なるほどとマリアは思った。
ウィンドコロニ―の脱走常習犯――マリアの弟は何度かこの遺跡に足を運んでいるらしく、しかし野良ゾイドが現れて最近手出しができないと嘆いていた。マリアが弟探しにこの遺跡を目指したのも、野良ゾイドの目をかいくぐるためのチャレンジをしているのだろうと踏んだからだ。あるいは、今も遺跡の内部で抜け出せず潜伏しているのかもしれないが。
「俺は5日前にここにきたんだ。さっさととんずらしたいとこだったが、人の気配が分かるんだろうな。あのライガーが昼夜問わず警戒して抜け出せねぇ。俺のゾイドは近くに潜伏させてるが、これじゃ呼び寄せんのも難しい」
マリアとアインは遺跡の上部にある穴から顔を覗かせた。かなりの高さのようで、遺跡の周辺が一望できる。そして、警戒心高く周囲を見回るシールドライガーの姿も確認できた。
「あんたも災難だな。ヤロウが隙を見せねぇ限り、もうしばらく足止めだぜ」
やれやれと言わんばかりにアインはその場に腰を下ろす。
マリアはアインから双眼鏡を借り、もう一度シールドライガーの様子を確認した。遺跡の周囲を回りながら外敵の様子を探るライガー。アインの話では、遺跡の外に出ると気配を察知して駆けつけてくるらしい。そして、外は隠れ場所のない砂漠。確かにこれでは逃げ出せそうにない。
「すごい警戒してるのね。でも、あのライガー、私たちより外を睨んでるみたいだけど」
ほんの小さく思った疑問。それを口にすると、アインは虚を突かれたとばかりに目を丸くする。
「お前、ただのガキじゃねぇな」
「あなたにガキって言われたくないんだけど」
言い返すとアインは「ふん」と鼻で笑った。が、マリアを認めてくれたのだろうか。だとすれば強気な態度を心掛けた甲斐もある。だが、
きゅるる。
小さな音が、会話を遮った。
「…………」
開きかけた口を閉ざし、アインはじっとマリアを見つめる。マリアは、真っ赤になって顔を逸らした。
「だって、朝からもう何も食べてないもん」
小さく、言い訳を口にする。「はぁ」とため息を吐き、アインは立ち上がった。
「来いよ。メシ、分けてやる」
階段を下りていくアインを、無言のままうつむいたマリアが後を追った。
***
アインはすでに遺跡をあちこち探索しており、落ち着ける場所も見つけていたらしい。遺跡の真ん中辺りに空から大穴が開いており、そこにアインの野営道具が置いてあった。
日も暮れてきたため、焚火後に手早く火を付けなおし、着火剤と遺跡内部に自生していた木の枝や枯葉を敷き詰める。そして食材に串を通し、炙った。簡単ながら、串焼きの完成だ。
「ほらよ」
「あ、ありがと」
礼を言いつつマリアはじっとそれを見つめる。食材とは、何を隠そう遺跡に侵入してから散々マリアを脅かしたサソリとヘビだった。
「いらねぇのか?」
「食べる! 食べるわ!」
ひったくるように串をつかみ、ためらったら二度と口にできないだろうからとそのままヘビにかぶりつく。思ったようなゲテモノ味ではなく、昔父がごくまれに買ってきてくれた鶏肉に近い味わい。それでいてしつこくない。悪いものではない。
マリアが黙々と食べ始めたのを見ると、アインも黙って自分のヘビにかぶりつく。
「おいしい」
「はっ、こんなもん食いたがるのは野蛮な戦闘屋だけだ」
「アインも、そうなの?」
「……俺は盗掘で食い繋いでるクソガキだ。あんたは、俺みたいに薄汚れんじゃねーぜ。兄弟がいんのなら、なおさらだ」
「兄弟、か。私の弟はいつかお父さんみたいなゾイド乗りになるんだーって騒いでる元気な子よ。ヘビや毒グモを持って帰ってきたりする」
「先が思いやられるぜ」
弟の話をすると、アインはなぜか食いついてきた。不器用ながら笑顔も見せてくれる。嬉しくなって、マリアは弟のことをきっかけにいろいろ話をした。村のこと、弟のこと、共和国軍の少佐だった父のこと。
アインも、返すように話をしてくれた。あまり愉快なことではないのか出自は語ってくれなかったが、ゾイドのことは話してくれた。今の相棒ゾイドのことだ。
アインが初めて相棒にしたゾイドは、育った村の近くの野良ゾイドだった。修理もされておらず、命が尽きる寸前のそれを、どうにか乗り手登録し、拙い整備で命をつなぎとめ、今日まで一緒に過ごしてきた。
それとは別に、ゴジュラスに憧れに近い感情を抱いていること。いつか自分の手で乗ってみたいと、目を輝かせながら、年相応の少年のように語った。今の相棒さんが不憫だと言ったら、きっとあいつは不貞腐れるだろうさと笑っていた。嬉しくなって、つられるようにマリアも笑った。
ご飯を食べながらの話は華が咲き、気づけばどっぷり夜が更けるまで話し込んでいた。
すっかり冷めてしまったヘビを食べつくし、一息つくと多少余裕も出てきた。
「ねぇ、さっきの話なんだけど」
「あ?」
「ここに宝があるって話。それってどんな宝なの?」
アインは口の中からサソリの殻を吐き捨てる、串を持っていた手とは反対の手で荷物袋を漁り、巾着袋を投げ渡す。
「そいつが、お宝さ」
ちらりとアインに視線をやり、それから袋を開けて中身を手の上に落とす。ハートの形をした、銀色の石のようなものだった。ひんやりとした手触りと、鉄のような光沢・しかし、鉄というには思ったほど重量はない。ゾイドの装甲と似た材質なのだろうか。
「これが?」
「金銀財宝かと思ったか? 俺もだ。けど実際はそんなちんけなもんだぜ」
「これ、どうするつもりだったの?」
「適当な奴に売り飛ばす。古代ゾイド人の遺産の一つらしいからな。売ればいい金に化けるさ」
最後の方は焚火の爆ぜる音でよく聞き取れなかったが、アインの言い分からすればこれが宝なのだろう。
アインが思っているほど価値がありそうなものではないらしい。ならばと、マリアは今も外を警戒しているだろうシールドライガーを思いながら口を開く。
「ねぇアイン。これ、あのシールドライガーに返さない?」
「ああ? なんでだよ」
当然ながらアインは憮然と、ねめつけるよう視線を向けてきた。元来目つきが悪いだろう彼がこれをすれば、自分と同じ年ながらも威圧感を覚える。されど、ここで引くわけにはいかないとマリアも強がって自分の意志を告げる。
「アイン、ずっと足止めくらってるって言ってたわ。それはあのシールドライガーの目を盗めないから。これを返せば、シールドライガーも見逃してくれるんじゃないかしら」
「確かに、可能性はありそうだが……」
「あのシールドライガー、ご主人様の言いつけを守って、ここを守ってるんでしょ。なら、返してあげたいって思う」
「5日もここで足止めくらった俺に、ボウズで帰れってのか」
「命の方がずっと大事でしょ! いつまでもここにいられない。食べ物や飲み物の補充も満足にできないなら、もうそんなにとどまれないわ。なら、あの子の意志を尊重させてあげたい。お礼だったら、ウィンドコロニーに来たらいいわ。私の家のお金をいくらかあげる。それに、村長さまにゾイドの補給と道具の補充ぐらいはできるよう頼んでみる」
「ついでにあんたを村まで送れってのかよ」
「弟を探すのも手伝ってほしいんだけど」
「図々しい奴だ。俺にメリットがほとんどねぇ」
マリアは他にアインのためにできることを考えた。けれど、自身は遺跡に転がり込んだ時に手荷物をすべて失くして手ぶらだし、何か差し出すならば村に戻らねばならない。差し出せるものは何もなかった。
「なんであのシールドライガーに拘る」
しばし悩んだアインは、先ほどと同じ目つきで睨むように問う。
「……私のお父さん。村を守って死んじゃったの」
理由を話す。そう決めて最初に出てきたのは、マリアの父と、その相棒であるコマンドウルフだった。
「村の近くに帝国軍が来て、お父さんは帝国軍から村を守るために戦った。お父さんの乗ってたコマンドウルフ、お父さんと一緒に死んでしまった。ゾイドは、とっても強い心を秘めてるの。人との間に大きな絆を紡ぐことができる。あのシールドライガーだって、ご主人様との間に強い絆があって、だからこの遺跡と残された宝を守ってるんだわ。その想いを、無下にしたくない」
話を切り、マリアはアインを見つめた。話している間、アインはじっとマリアの目を見つめていた。攻めるような怖い目で、じっと睨んでくる。今も変わらない。やがて、ふっと息を吐くと、アインは荷袋のそばにあった布を丸めて投げてくる。
「もう遅い。寝ろ」
「アイン。まだ話が――」
「朝一はライガーの動きが鈍い。逃げるならそのタイミングだ」
会話を断ち切るように、アインは告げた。
「逃げ切れねぇと判断したら宝を奴に投げる。その隙にとんずらだ。ウィンドコロニーまでの道案内は任せるぜ」
「え、それじゃあ!」
「俺がここに来てから毎日遺跡の中を見回ってるが、入ってきた人間はあんただけだ。あんたの弟は、ここに来てねぇ。入れ違いで村に戻ったんじゃねぇのか」
アインは一息に告げると横になる。その背に「ありがとう」と伝える。それに対し、アインは「けっ」と呟くとそのまま動かなくなった。
マリアは渡された布を広げる。簡易な寝袋だ。アインが普段使っているのだろう。粗末なもので、地面の感触があまり和らげられることなく伝わってくる。マリアは寝袋に入り、目を閉じる。さすがに疲れがたまっていたのか数分も経たないうちに、意識は途絶えてしまった。
ただ、眠りに落ちる瞬間、アインがむくりと起き上がった気配だけは、伝わった。