ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 最初はバンからです。


第123話:好きと好き 前編

『バン!』

 

 コックピットに響く同僚(トーマ)の怒声が、バンを現実に引き戻す。

 

「バン、前!」

 

 次いで背後からフィーネの鬼気迫った声音が鼓膜を叩き、バンは目の前に迫る銀と赤の機体色の四足獣型ゾイドに向けて引き金を引いた。前方に向けられたパルスレーザーガンが火を噴き、撃ち抜かれた敵機ヘルキャットは弱々しい悲鳴を上げながら大地に打ち付けられ、沈黙する。

 そこまでして、バンの意識はやっと現実を認識した。

 

 そうだ。今は戦線に立っているのだ。呆けてしまうなんてどうかしてる。

 

 気を引き締めなおし、バンは意識を愛機ブレードライガーの感覚に乗せて周囲の状況を把握する。

 今日の任務は逃げ延びていたヒルツ一派の残党の捕縛。投降の呼びかけは意味をなさず、彼らの駆るヘルキャット部隊を相手に掃討戦に移ったところだ。そんな中、バンとブレードライガーは格闘戦を仕掛けた結果、逆に包囲されてしまった。

 包囲外にはトーマのディバイソンがいるものの、計三十機のヘルキャットに囲まれ、ブレードライガーと入り乱れるような至近距離戦闘を演じており、援護射撃も難しい状況であった。トーマとAIビークの能力を駆使すれば、的確な援護射撃を展開することも可能かもしれない。そして、バンもトーマの意志を汲み取って巻き込まれかねない苛烈な砲撃から逃れることもできるだろう。

 

 だが、()()()それができなかった。普段とは決定的に違う『差』があり、ゆえにトーマはうかつに手を出すことができない。

 この緊迫した状況で意識を泳がせてしまうバンの失態こそが、それを示していた。

 

「ええい、いつまでもたついているつもりだバン! とっとと離脱しろ!」

「分かってる! けど――くそっ」

 

 ヘルキャットは奇襲戦闘用のゾイドだ。装甲は薄く、同サイズのゾイドの小火器でさえ当たり所が悪ければ致命的。本来ならば息を潜めて接近し、一気呵成に仕留める。それがヘルキャットの戦い方だ。奇襲を捨てての正面からの特効など愚策でしかない。

 しかし今回の相手はそういう状況ではない。攻めてきたGF相手に破れかぶれの特効。万に一つの勝ち目をつかみ取るためには、一瞬で叩き潰される恐怖を飲み込んででも懐まで飛び込み、犠牲を払ってでも対峙した相手(バンとトーマ)を殲滅するしかない。

 

 次から次へと迫ってくるヘルキャットの火砲を躱し、Eシールドでいなし、されど状況を好転することができない。

 この場合、強引にでもEシールドを展開し包囲を突き崩すのがバンのとるべき行動だった。背後を撃たれる危険は十分にあるが、今この場にいるのはバンだけではない。包囲を切り抜ければトーマからの援護射撃が期待できる。

 だが、バンはその判断を下せずにいた。思考が鈍り、どうにも戦闘に集中しきれない。こんなことは初めてだ。

 そして、バンをサポートするために同乗しているフィーネだが、彼女もバンと同じく適切な判断が下せずにいた。その理由は、バンと()()だ。

 

 ブレードライガーの周囲を駆け巡りながら隙を窺うヘルキャットたち。その内の一機、ブレードライガーの背後をとった機体が動く。

 

『バン君六時! パルスレーザー!』

 

 コックピットに届いた声がバンの体を瞬時に動かした。格納したブレードを展開せず、そのままパルスレーザーの火を噴かせる。狙い違わず、背後を突こうとしたヘルキャットが沈黙する。

 

『正面! シールドアタック! トーマさんはすぐに援護を!』

『あ、ああ分かった』

 

 とっさのことだったがトーマはそれに従う。これまでのじれったさが嘘のようにバンのブレードライガーがスムーズに突撃に移ったからだ。一瞬で攻勢に転じられ、あっけにとられたヘルキャットたちの半数をロックオンする。

 

『メガロマックス、ファイヤー!』

 

 ディバイソンの十七連突撃砲が一斉に火を噴き、捉えたヘルキャットたちを一撃のもとに粉砕していく。包囲を抜けだしたブレードライガーも反転し、体勢を整えると再度攻撃に移る。包囲を崩されたヘルキャットたちに、勝機はなかった。

 

 

 

 

 基地に到着したバンに真っ先に声をかけてきたのは、案の定トーマだった。

 

「まったく。何をやっているんだ」

「……すまねぇ」

 

 いつもなら突っかかっていくトーマの苦言に、しかしバンは反論しなかった。先の失態の――いや、ここしばらくの自身のふがいなさを理解しているからこそ返す言葉はない。

 

「ごめんなさい。私が、きちんとサポートできなかったから」

「そのようなことはありません。全部バンが悪いのです。フィーネさんは……」

 

 しゅんと縮こまるように言ったフィーネの弁護を、トーマはいつもの調子で行うことができなかった。そのような発言は余計にフィーネを追い詰めるだけなのだと察して、言葉が見つからない。

 

「私、報告に行ってくるわ。先に休んでて」

 

 無理矢理な笑顔を顔に張り付けたフィーネが去っていく。トーマは何か言おうとして、しかしどうにもそれができず「ぬうぅ」と口の中で悶える。そして、バンも気のきいたセリフの一つも言えなかった。

 

「どういうつもりだ、バン!」

 

 フィーネが格納庫を後にしたのを確認し、トーマはバンに詰め寄った。

 

「最近のお前はどうかしてるぞ! 俺たちの任務をなめてるのか! 貴様のGFとしての覚悟はその程度だったというのか!」

「そういうわけじゃない。けど……」

「バン……!」

 

 らしくないぞ。しっかりしてくれ。

 いつになく気のないバンに、結局トーマも言う言葉が見つからず、非難と励ましが半々に交じった言葉を零すしかない。怒り肩をを震わせながら格納庫から足音高く去っていく。

 

 ――しっかりしてくれ、か……。くそ。

 

 その後姿を見つめながら、バンは自分の中に渦巻く何とも言えない感情に心の中で毒づくしかなかった。

 ふぅ、と小さくため息をつき、バンは格納庫を仰いだ。

 ブレードライガー。ディバイソン。自身とトーマの愛機を眺める。

 ふとブレードライガーの上でジークが心配そうにバンを見下ろしているのが見えた。ジークも見たことがないご主人たち(バンとフィーネ)の様子に、どう接したものか迷っているのだ。

 そのまま視線を泳がせ、ディバイソンの後ろに止まっているもう一機のゾイドが目に留まった。

 

 オレンジ色のパネルのような背びれが特徴的なステゴサウルス型ゾイド。と言っても、共和国の誇る電子線ゾイドの名機――ゴルドスではない。ゴルドスの半分くらいしかない体長で、装備も長距離砲撃が可能なゴルドスと比べると貧弱だ。しかし、その秘めたる電子戦能力はゴルドス優に超える。

 

 ゴルヘックス。

 嘗て運用されていた、ヘリック共和国の旧大戦時代の後期に活躍した電子戦ゾイドである。昨今の古代ゾイド人技術の転用によって失われていた開発の技術を復活させ、現役復帰を果たした機体だ。

 そのコックピットには、一人の少女が座っていた。

 年はバンと同じ。ただ、童顔なうえに低身長なのが災いして、かなりの若年兵に見られるのがもっぱらの悩み。しかしその実態は、特待生として士官学校に編入させられたバンと共に学校を卒業した同期。オレンジ色のおかっぱ頭、そしてメガネが特徴の、バンの数少ない共和国軍内で気さくに話せる相手だった。

 作業を終えてゴルヘックスのコックピットから腰を上げた彼女は、機乗用のタラップに上がる。その様子を見やって、バンは彼女に足を向けた。カンカンと鉄製の階段を音を立てて降りてくる彼女に、バンは片手を持ち上げてあいさつする。それに気づいた彼女は、バンと視線を合わせると小さく会釈した。

 

「今日はありがとな、リーリエ」

「ううん。GFに配属されて初めての任務だったけど、無事終わってよかったよ。バン君」

 

 士官学校時代と変わらない間柄に内心ほっと息を吐き、バンは少し気が楽になった気がした。そして彼女――リーリエ・クルーガーも。それは同じだった。

 

 

 

***

 

 

 

 数日後。

 その日も不和のまま任務を終えたフィーネは、報告のために訪れた司令官室の出入り口に下がる。

 

「失礼します」

 

 ぴしりと格式ばった啓礼をし、報告を終えたフィーネはGF司令官の部屋から退出した。

 報告は滞りなく終わり、いつもの労いの言葉もいただいた。

 最近のバンとフィーネの不調のことも耳に届いていたのだろう。司令官から少し休暇を出そうかという話もあったが、丁重にお断りした。おそらくバンと二人そろって休みをもらったところで、気まずいだけだ。かといって個人個人でもらうにしても、窮屈なのは変わらない。結局、なんでもいいから任務をもらって集中していた方が、気が楽だった。

 

「フィーネさん」

 

 司令官室を辞し、この後どうしようか。そう考えていたフィーネの背に声がかかる。ここ数日で少しずつ聴き慣れてきた声だ。少し苦手な相手であった。

 

「……リーリエさん?」

 

 リーリエ・クルーガー。

 バンとフィーネ、二人にとって馴染み深いリーデン・クルーガー大佐の養娘だ。

 

「報告お疲れさまでした。お時間、いいですか?」

「え、ええ」

 

 リーリエからの誘いに、断り切れず承諾する。

 これまでも任務の間に何度か誘われたことはあった、ただ、その度に理由をつけて断ってきた。その理由は簡単だ。

 リーリエは、バンと親しい人物だ。理由も曖昧なまま拗れてしまったフィーネと違って、バンとの関係は良好。そんな相手と話して、自分から黒い言葉が出てくるのが怖いのだ。

 

 基地内を歩く足取りは少しばかり重い。リーリエの方から何か話題を振ってくるとばかり思っていたのだが、無言だった。

 普段と違い、いやに長く感じる廊下を抜けると、談話スペースに差し掛かった。二階にあるため基地からの展望を堪能できるよう窓は大きく、差し込む夕日によってスペースは赤く彩られた。くつろげるようにソファとそれに合わせた机が設置され、傍には自販機がある。

 リーリエは紅茶を、フィーネは珈琲と塩瓶をそれぞれとり、窓辺に立った。

 

「フィーネさんは――」

「はい」

「バン君と、仲がいいんですよね」

 

 唐突な問いかけ。しかも今の現状を知っていながらの言葉に、フィーネは答えに困窮する。

 答えに戸惑うフィーネの様子に、リーリエの瞳に何かの決意が宿る。

 

「好き、ですか?」

「へ?」

 

 直後、フィーネは珈琲に塩を入れようとした体勢のまま固まった。

 

「ああ、もちろんお友達として、同じ仕事に従事する仲間として、ですよ」

「へ……あ、え、ええ、そうね。うん。私、バンのこと、大好き」

 

 フィーネが最後に呟いた言葉に、リーリエの眉がピクリと動いた。けれど、フィーネはそれに気づかない。それよりも、不思議だった。

 リーリエはバンのことが『好き』かどうか訊いた。そしてフィーネはもちろん『好き』だと答えた。けれど、この時フィーネは『大好き』と答えた。わざわざ『大』という単語を、なぜ付け足したのだろう。なぜ強調したのだろう。分からない。

 リーリエは「そっか」と呟き紅茶を一口含んだ。つられてフィーネもコーヒーに舌をつける。普段よりほんの少し、塩を入れすぎたのかもしれない。ちょっとだけ、辛い。

 

「でも、それはあくまで、旅仲間として、つまり友情として、ですよね?」

 

 フィーネは言われるがまま相槌を打とうとして、しかし固まった。顔が動かず、それどころか言葉を紡ぐための舌も動かない。

 何かを伝えようとして、けれどできないフィーネにリーリエは薄く笑った。なぜだか、すごく嫌な笑みだった。

 

「良かった」

 

 なにがいいのだろう。けれど、とても気持ち悪い。リーリエという女性の態度も、言われるがままでいる自分のことも。今の状況が、すこぶる気持ち悪かった。さっきまでした塩辛さも、感じないほどに。フィーネの感情は醜くうねっている。

 

「私も、バン君のことが大好きなんです。あなたとは、違う意味で」

 

 違う意味って、なに?

 分からない。分からないけど、自分んの中で、感情が、醜くうねり、とぐろを巻いている。どす黒い、ヘドロみたいな気持ち。リーリエに対して向けられた、嫌悪感……敵意?

 

「遠慮する必要もないですよね。フィーネさん、これからも、同僚として、よろしくお願いします」

 

 そんな儀礼みたいな挨拶されても、なに一つ意味が伝わらない。

 けど、それに言い返す言葉が、出てこない。

 

 私は、バンが好き。けど、どういう意味なの。

 

 

 

 好きって、なに。

 

 リーリエが去ってもなお、フィーネにその答えは見出せなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 GFの中でも、バンたちは特に多忙だ。先の戦いでの功績の賜物だ。特にバンはデスザウラーにとどめを刺したという大戦果を挙げており、彼を英雄視する者はエウロペ中に存在する。

 その影響力は二大国の顔である皇帝ルドルフやルイーズ大統領に匹敵し、バンが出向くだけでも力を得たという被災地の人々の声も厚い。そのため、戦闘任務や被災地の復興支援で各地を飛び回り、一般兵以上に決まった寝床につくことはできなかった。

 同行するフィーネや、バンほどではなくとも信頼の厚いトーマも同様であり、その生活は多忙を極めた。

 

 今日もそんな一日の一つで、フィーネは昨日とはまた別の枕に頭を乗せ、目を瞑る。けれど、その意識が眠りの水底に沈むことはなかった。

 

 今日だけではない。よほど疲労が溜まったときは別にして、こうして寝られない日は幾度とあった。元々バンと共に旅の日々を送ってきたフィーネにとって、寝具が粗末であろうと寝られないなどということはあり得ない。第一、こうして各地の基地をめぐる日々になってから寝られなくなった訳ではない。

 寝られなくなったのは『あの日』からだ。

 

 むくりと体を起こす。熱帯の南エウロペの気候は、温暖期に差し掛かる今ピークに向かおうとしている。体を包む薄布に視線を走らせると、成長した自身の身体が月光に照らされてくっきりと見えた。以前は気にも留めなかったが、女性らしい体つきとなった自分のことが、――バンや他の男性に見られることが――どうにも気になって仕方がない。

 

 別のことを考えようとしても、脳裏をよぎるのはバンのことだった。

 『あの日』以来、バンとの会話が詰まることが多くなった。バンも気まずそうに視線を逸らし、フィーネは不満に思いつつもそれを言葉にして発することができない。ほんの少し――それがいくつも重なり――、物悲しさが増していくだけだった。

 

 あの日、それはヴォルフとアンナの結婚式の日のことだ。あの日から何かが変わった。

 頭のどこかでいつもバンのことが気にかかり、任務に集中できない。トーマにも幾度となく心配させてしまったが、その度に「なんでもない。なんでもないんです……」と曖昧な返事しかできない。

 

 分からなかった。自分の中に起こった変化が。

 アンナは、バンに向けるフィーネの気持ちは、自身と同じなのだと言った。それはフィーネにだって分かっている。

 フィーネは、バンが好きだ。この時代に目覚め、何も分からない自分に寄り添い、ずっと一緒にいてくれたバンのことが大好きだ。バンのためになることならなんだってしようという気持ちもある。だからこそ、暗黒大陸の一件の後に、彼と離れる選択をしたのだから。

 

 バンが好きだ。その気持ちに嘘偽りはない。昔からずっと変わらない想い。変わっていない、ただ一つの気持ち。

 なのに、変わっていないはずなのに、どうして……その正しい意味が分からないんだろう。

 こんなにも気持ちの悪い感覚は、初めて。

 好き、なのに、どうして

 

 

 

 ……バンの傍だと、こんなにも気持ちを静められないんだろう。

 

 

 

「バンが、好き。なのに……どうして……」

 

 分かっている気持ち。

 分かり切っている気持ち。

 なのに、分からない、感情。

 

 

 

「……そうだ」

 

 ふっと思い出したことがあり、フィーネは荷物から服を取り出した。外に出ても差し支えない格好に着替えると、宿泊している街の宿の公衆電話をとった。

 深夜。こんな時間に電話をかけるのは気が引ける。けれど、どうしても抑えきれず、フィーネは覚えている番号にかけた。

 コール音が続く。五回、十回、十五回。おそらく通話先も寝ているのだろう。非常識で、迷惑なのは百も承知。それでも、訊ねずにはいられない。この相談をできるのは、もっとも付き合いの長い女性である彼女だけ。

 やがて、根負けしたように通話に応じられる。

 

「あ、あの――」

『どこの誰よ! 今何時だと思ってんの! 仕事だったら絶対受けてやんないから! そうじゃなくても――』

「ムンベイ!」

 

 当然の剣幕に押し負けることなく、フィーネは彼女の名を呼んだ。

 

『……フィーネ?』

 

 声で気づいたのだろう。ムンベイは驚きを隠しきれない声音で返した。

 

『あんた……どうしたのよこんな遅くに。まさか、なんか危なっかしいことでもあったの?』

「ごめんなさい。そうじゃないの。でも……」

 

 フィーネは今日までのことを話した。結婚式でアンナ・ターレス・ムーロアから言われたこと。それを受けてバンに対する気持ちが分からなくなってきていること。最近のバンとフィーネの状況。

 一通り話を聞いたムンベイは「なるほどねぇ」と呟いた。

 

「どう、かな」

『そうねぇ……』

 

 ムンベイは言葉を選ぶようにしばし沈黙した。しかし、ほどなくしてムンベイは言葉を紡ぐ。

 

『あんた、変わったね』

「え?」

『会った頃はさ、まるでお人形みたいだった』

「そ、そうかな」

『うん。旅を続けてく中で、怒ったり笑ったりするようになった』

「当然でしょ。私だってそれくらい」

『あっはは、ごめんごめん。そりゃ人間誰しも喜怒哀楽はあるけどさ、あんたの場合はそれが分かりづらかったのよ』

「そうだった? ――ううん。そうだった、かもしれない」

 

 当時を思い返し、客観的に自分を見返すことができるようになった。そんな些細な点もムンベイがフィーネの変化を感じる部分であった。

 

『うん。それで、あんたが悩んでることだけどさ。そのアンナって人が言ってる通りなのよ。女だったらいつかは感じることよ。誰かのことが好きになって、その人以外のことを考えられなくなってしまうのはさ』

「うん……」

『納得いってないって言い方ね』

「うん。だって、私はバンのことが好きよ。今も昔も。なのに、それを今意識しだすなんて……」

『それはさ……』

 

 ムンベイはいつになく優しい口調で、あることをフィーネに伝えた。そして、フィーネの中にあったそれに対する悩みは、ある事実の確信へとつながる。

 

『フィーネはバンが好き。それは間違いないよ。でもね……ちょっと意味が違うの』

 

 

 

***

 

 

 

 国境沿いにある新設されたばかりの整備基地。そこにバンたちは呼び出されていた。

 通された会議室で待っていると、やがて一人の青年士官が入室する。その人物を知るバンとリーリエは、表情を和らげた。

 

「失礼――お? よぅ、バンにリーリエ。久しぶりだな」

「お久しぶりです。中尉」

「へっへぇ、悪いなリーリエ・クルーガー少尉殿。中尉じゃねぇ。俺もついに大尉になったんだ。ガイガロスでの守戦で評価されてな」

 

 そう得意げに語ったのはバンとも仲がいい共和国の中尉――大尉に昇進したトミー・パリスであった。D騒乱の際、パリスは負傷したリーデン・クルーガー大佐と共にガイガロスに移り、その守備隊に回っていた。その際ヒルツの指示を無くした彼の手先の襲撃を受け、ガイガロスに残っていた帝都守備隊と連携しこれを撃退。その戦果を高く評価され――怪我を押して戦線指揮に当たったクルーガー大佐の推薦もあり――昇進が決まったのだ。

 

「おめでとうございます。パリス大尉」

「特級で少佐になったお前に言われても嬉しくねぇぜバン。あと、俺にその丁寧語はやめてくれ。調子狂う」

「みんなそう言うんだよなぁ……」

「それだけお前には合ってないってことさ。っとぉ、バンのツレとはお初だったな」

 

 そこで置いてけぼりになっていたトーマとフィーネの二人とあいさつを交わす。トーマとは国籍の違う軍人ということもあってか格式ばった挨拶だったが、バンのように違和感を感じさせることはない。トミー・パリスという男の強かさが出た場面であった。

 

「さて、じゃああんたたちGF特務隊員の皆さんに今回の任務を説明しよう。まぁ、噂は聞いてると思うが、背景から話してくぞ。デススティンガー、加えてデスザウラーによって起きた騒動――最近は【D騒乱】と呼称される件で受けた被害は甚大。人も建物も、そしてゾイドも多く失われた。そしてこの中でもゾイドについては、ゾイドイヴの光が飛び散ったこともあって多くの野良ゾイドが凶暴化している。さらにこん時の黒幕が量産してたジェノザウラーが野生化、もしくは各地の無法者どもの手に渡った所為でエウロペの治安は乱れに乱れてる」

 

 パリスの説明したことは、GFの主任務に大きくかかわる事柄であった。先のヒルツ一派の残党掃討もこれに当たる。

 

「そいつらに関わる部分はあんたらGF にほぼ一任されてんだが、まぁ人手にゾイドの不足は否めない。ぶっちゃけ、頻発するジェノザウラーを相手にするには、弱体化しちまった今のGFの主力じゃ力不足だ」

「大尉、そのようなことはありません! 今の我々でも十分――」

 

 GFが過少評価されていると感じたのだろうトーマが立ち上がって反論する。トーマは自分の受け持つ仕事に対しては真摯に取り組み、また同僚のことも高く評価している。嘗てのエリート気質が薄くなった分、仲間を思いやる気持ちが強くなったのだろう。

 しかし、バンが思うにパリスはそう言った仲間想いな心意気は把握している。他ならぬパリス自身がそうなのだ。

 

「まー熱くなるな中尉。冷静に現状を見た上での判断だ。ジェノブレイカーとの戦闘にD騒乱。あんたら以外に名だたるパイロットが数多く所属していたGFもずいぶん人が減っただろ。人員補給はされているが、そいつらだってまだGFの空気に慣れてない新米。こればっかりは仕方ないってなもんさ。上もあんたたちの頑張りは理解してる。無理すんな」

 

 パリスの言葉には、今もGFで戦っているトーマやバンのような歴戦のパイロットを労うだけでなく、リーリエたち新しいGFメンバーを激励する意味合いが込められていた。それを察し、トーマも「……失礼しました」と腰を落とした。

 

「話を戻すぞ。人員の方は順次優秀な奴を配置していくとして、ゾイドの方はジェノザウラーどもを相手する下地を整えるに相応しい新型機を導入することが決まった。共和国の技術をベースに、帝国からの援助を受けて完成した機体だ。詳しくは手元の資料を見てくれ」

 

 促され、バンたちはパリスから渡された資料に目を落とす。共和国の技術がベースと話していたが、実際にはGFでも多く活用されているコマンドウルフの後継機という位置づけの機体だ。

 背部にマルチウェポンラックを採用し、様々なゾイドの兵装の装備が可能になったことが大きな特徴だ。これにより、プテラス用の大型レドームを装備した偵察機カスタムからカノントータス用の大型ビーム砲を備えた長距離砲撃仕様など用途に合わせた換装が可能だった。

 基礎性能もシールドライガーを上回る最高速度に、コマンドウルフと同サイズだからこそ可能な小回りの利き、さらにはライトニングサイクスに実験的に搭載されていた新型格闘兵装【ストライクレーザークロー】を備えている。中型サイズでありながら、その性能は旧来の大型機と互角に渡り合えるほどだ。

 マルチウェポンラックには鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にて開発された大型機、エレファンダーの技術が活かされている。

 

「シャドーフォックス、か」

 

 バンが記載された機種名を読み上げる。

 嘗て二大国を震撼させた、バンの永遠の宿敵である男の相棒(オーガノイド)の名が使われている機体が、これからの平和を守り抜くために活躍する影の立役者になっていくことを考えると、なかなかに皮肉なものだ。

 本来の意味合いはコマンドウルフの後継機としてサポートに徹する影の主役としての、黒子の狐(シャドウ・フォックス)という意味であろうが。

 

「雛型としてデルポイから来た白い狐とそのパイロットが存在するらしい。もっとも、野生ゾイドの巣窟のあそこで今も生きてる人間がいるなんて眉唾もいいとこだがな」

 

 そう冗談めかしてパリスは言った。

 

「そうですか。それで、肝心の我々への任務とは」

「実地試験だ」

 

 トーマの問いに、パリスはさらりと答えた。

 

「もちろんテストはすでにパスしてる。俺が直々に確かめたんだ。文句ない仕上がりになったさ。量産体制も現在確立中。ただ、それと並行して実際にGFの奴に乗って貰って、その意見が聞きたいんだそうだ。それで完成したばかりの一号機をここまで持ってきたんだ」

「なるほど、話は分かりました。どうするバン。お前が乗ってみるか?」

「うーん……トーマはいいのか?」

「高速ゾイドに乗りなれたお前の方が、試験には適しているだろう」

「ああ、そう……だな」

 

 少し歯切れの悪い物言いにパリスは半眼を持ち上げる。トーマが「むっ」と顔をしかめたところで「なるほど」と小さく呟いた。

 

「お前まだ――」

「バン。お前は乗るな」

 

 その意外な言葉に、会議室の全員がパリスに視線を送った。訝しげなそれを浴びつつ、パリスは淡々と続きを口にする。

 

「シャドーフォックスは直接戦闘にも主眼を置いた機体だが、主目的はあくまで高速戦闘隊のサポートだ。高速戦闘に関してのお前はスペシャリストだが、シャドーフォックスのコンセプトとお前のやり方は微妙に合わない。そもそも、お前はブレードライガーで完成()()()()てる。開発局の望むデータにはならない」

 

 その言葉は、バンたちにとって意外であり、しかし同時に納得できる言葉でもあった。

 戦い方は、ゾイドとパイロットが合わさることで完成される。長年ブレードライガーに乗ってきたバンは、ブレードライガーで完成しているのだ。

 バンは他のゾイドでも一般兵以上の戦闘を行えるだけの技術を持ち合わせている。しかし、こと高速戦闘となれば、どうしても普段乗りなれ、また馴らしてきたブレードライガーでの乗り方が染みつき、それが無意識に表出してしまうのだ。シャドーフォックスに乗るゾイド乗りとしては、いささか無理が過ぎる戦闘スタイルが。

 一つのゾイドに特化するか、柔軟に様々なゾイドに適応するか。それはゾイド乗りとして高みを目指す上でどうしても決めねばならない選択でもあった。

 そしてバンは間違いなく前者に当たる。逆にトーマは後者に近い。後者の中で上げられる優秀なパイロットと言えば、トーマの兄であるカール・リヒテン・シュバルツや共和国のロブ・ハーマンが該当する。

 そして、おそらくシャドーフォックスのコンセプトに最も適応できるパイロットは、この場にはいないアーバインだ。

 

「なら、やっぱりトーマが」

「すまないが俺も断る。以前セイバータイガーに乗ったことがあるが、合わんかった。高速ゾイドとは相性が悪いんだ」

 

 トーマが先にバンを押してきた理由は、バンの方が高速ゾイドに乗りなれている以外にそんな理由があったらしい。

 いっそパリスがこのままGFに転属してくれればとバンは考えたが、開発局でのテストはパリスが行っている。ほかの乗り手の感想が欲しいのだろう。

 乗り手は誰が。そんなところで暗礁に乗り上げた時だった。ずっと資料を読み込んでいたリーリエがおずおずと手を挙げた。

 

「あの、私が乗りましょうか?」

 

 一瞬の間が入り、トーマが視線を向ける。

 

「クルーガー少尉は、以前は偵察隊だったのでは?」

「そちらではコマンドウルフで護衛を担当していました。ゴルヘックスはこちらに配属になる少し前に受領した機体で、皆さんと共同チームを組んで足並みをそろえるとなると、ゴルヘックスでは少し遅すぎるでしょう。シャドーフォックスであればその心配はありませんし、ゴルヘックスほどでなくとも偵察、索敵でお二方のお力になれます。実践データの収集となればしばらく乗り続けなければなりませんし、乗機の定まっているお二方よりも私が適任かと」

 

 今回の任務は開発局からのもので、その裁断はパリスに一任されている。トーマとバンはリーリエの意見を反芻し、パリスに視線を送った。

 そのパリスは、二人の意志を確認し「……よし」と小さく、聞こえないほどの声音でつぶやいた。

 

「いいだろう。それじゃシャドーフォックスはクルーガー少尉に――」

「待ってください!」

 

 それは、静寂を取り戻した水面に投じられた一滴のしずくのように、会議室に響き渡った。半ば決定も同然の空気を破壊する一声。それを発した彼女に、全員の視線が向かう。

 フィーネに。

 

 

 

 「フィーネ?」「フィーネさん?」という二人の声を聴きながら、声の主であるフィーネは小さく深呼吸した。

 決意を定め、さらに言葉を投じる。

 

「シャドーフォックスのパイロット候補に、私も入れてください」

 

 そして、フィーネはちらりと視線を投げた。

 フィーネと、バンと、トーマ。変わらないはずだったGFのベテランチームに新たに投じられた、一人の女性士官に。

 

 フィーネは昨夜のムンベイの言葉を思い出す。

 

『フィーネはバンが好き。それは間違いないよ。でもね……ちょっと意味が違う』

 

 ムンベイが教えてくれた事実を聞き、フィーネは()()した。これ以上にないほどに、受け入れることができた。

 その後だ。ムンベイの言葉には、もう一つ、フィーネに意識を植え付けるものがあった。

 

『いいフィーネ。その気持ちはあんたのもの。あんたが手にしたアイデンティティさ。だから、同じような想いを抱いてる人に会ったら、負けちゃだめよ』

 

 あいつも、いい男になったんだからさ。

 

 

 

 フィーネが向けてきたそれを、リーリエは同じように強く見つめ返すことで答えてきた。

 確信する。リーリエが抱いている想いは、フィーネのそれと同種のもの。そして、同じように、絶対に負けられないという強い決意が込められたいる。

 ならば、負けられない。

 

 バンの隣は、私だけのもの。これだけは、どこの女性(だれ)にも負けられない。負けたくない。

 

 

 

 ――勝負!


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