ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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幕間その2:兄貴の喧嘩 前編

 噂を聞いた。

 その腕の立つ賞金稼ぎは、幼気な幼女を連れ回しているのだとか。その上誰もが狙うオーガノイドまで従えているとか。

 

 少し興味があった。

 オーガノイドは、眉唾ものの噂をいくつも引っさげた、この業界ならば誰もが狙う逸材。自身に従わせゾイドの戦力アップを図るも良し、軍部のお偉いさんに高値で売りつけるも良し、どう扱ってもメリットになる。

 だからこそ、オーガノイドを連れているという事実は、賞金首以上に狙われることになるも必然。その上、オーガノイドを奪う足がかりになる幼女(弱み)を連れているときた。

 

 しかし問題があった。

 当然と言えば当然ながら、件の賞金稼ぎは常識はずれに強いのだとか。

 曰く、レッドホーン数機をヘルキャット単機で撃破したとか。

 寝こみを襲ったら逆にしばき倒されたとか。

 距離を取って狙撃で殺そうとしたら、ポジションを確保した時には後ろを取られていたとか。

 

 いくつかの噂は尾ひれがつき過ぎたものだと予想できる。しかし、その尾ひれを身につけることが出来たいくつかの噂は、本物なのだ。

 少なくとも、ヘルキャットと言う貧弱な奇襲ゾイドで動く要塞の異名を誇るレッドホーンを潰したと言うのは本当だろう。

 

 だが、それよりも、それ以上に、気になることがあった。

 

 

 

『なんでも、そいつが連れてるガキは義妹なんだそうだ。どこで拾ったか知らねぇが、噂の主はとんだ甘ちゃんだな』

 

 そうかい、妹と来たか。

 その言葉に、一瞬脳裏をよぎるものがあった。

 

 小さく、嫋やかで、今にも崩れ去ってしまいそうな手。それを握りしめ、必死に呼びかけるも、やがて彼女はぱたりと力を失くす。後に残ったのは、取り返しのつかない事実と、それに打ちひしがれた自分。

 守れなかった、助けられなかった、ただ一人の――

 

『――気に入らねぇな』

 

 額に巻いたオレンジのバンダナは、ただ一人の――からの贈り物。何一つ所有物などなかった腐った孤児院で彼女が手に入れてくれた形見。

 

『決めた。そのオーガノイドは俺のものだ』

 

 次の標的(ターゲット)を定め、眼帯カメラの奥に込めた眼差しを、今は見ぬ獲物に向ける。

 

『そのヤロウは、気に入らねぇ』

 

 整理のつかぬ感情を支配するただ一つの言葉を吐き捨て、酒場を後にした。

 

 

 

 それはもう、何年前の事だっただろうか。

 あの頃は俺も、そしてあいつも、まだ青い、駆け出しの賞金稼ぎだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、目論見通り彼に接触し、オーガノイドを奪う算段もついた。実行に移し、甘ちゃん相手なら奪えるだろうという確信も得た。だが、その手法は――

 

 

 

『このガキの命が惜しいなら、おとなしくオーガノイドとやらをよこしな』

 

 なにやってんだ俺は。これではまるっきり、悪党のセリフだ。

 俺の右手にある拳銃を腕の中に居る少女のこめかみに押し付ける。少女の身体は小さく震えている。まだ10歳になるかならないか程度の幼さ。恐怖で震えても仕方がない。

 と思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。僅かに上気したような表情で

荒く呼吸している。腕越しに伝わる常温よりも高めな熱。

 

 彼女は風邪でも引いているのか。本当に、何をやっているんだ、俺は。

 

 自問を押し殺し、勤めて冷えた眼差しを作り、俺は奴を見た。

 短い金髪の、少年と青年の間くらいの年の男だ。膝まである黒いロングジャケットを腰ベルトでまとめて留めている。ジャケットの下やベルトには、おそらく多数の暗器が仕込まれているのだろう。立ち振る舞いを見ただけで分かった。こいつは、相当に修羅場慣れしている。

 だから気に喰わない。生きるか死ぬか。常にその選択肢を迫られる裏稼業の世界で、この男は幼い少女を連れまわしているのだ。そんなもの、付け入る隙になって当然。

 俺は、そんな思考の甘い男が嫌いだ。

 

 俺はそれをなくし、独りになったから、この業界に身を投じたんだ。もういつでも、あいつの傍に逝ってもいい。コイツの行いは、俺のヤケをあざ笑うかのよう。こっちをみじめにさせてくれる。

 気に入らない。腹が立つ。

 

 すっと男が右手を水平に持ち上げた。その動きで、今すぐ噛み殺してやると睨んでいたオオトカゲの金属生命体(オーガノイド)が動きを止める。

 そして、奴はふっと息を吐くと無防備なまま歩き出した。

 

『テメェ、コイツの命が惜しくねぇってのか?』

 

 脳が沸騰しそうだ。

 俺がほんの僅かでも右手に力を籠めれば、少女は死ぬ。それを宣告していると言うのに、男はどうでもいいとばかりに踏み出したのだ。

 危険の伴う環境に連れ回し、いざその現場に立ったらあっさり切り捨てるのか?

 ふざけるな。

 

『その脅しだが、意味がねぇな』

 

 男は、小馬鹿にするように鼻で笑った。

 

『なんだと?』

 

 男は歩みを止めない。

 引き金に指をかけるが、まるで通じないとばかりに、男は冷笑を浮かべながら迫ってくる。一歩、また一歩。迷いなく。

 

『解ってるんだろう? あんたも。やってみろよ。その引き金を引いてみろ。その瞬間――』

 

 これ以上は無理だ。俺が少女に向けていた拳銃を男に向け、引き金を引く。だが、発射の轟音と衝撃を制御した瞬間、俺の顔面を男の掌が覆った。

 いつの間に? どうやって? 憤怒と疑問。異なる思考が俺の脳裏を覆い尽くす中、男の宣告は嫌にはっきりと聞こえた。

 

『あんたが、死ぬぜ』

 

 ああ、しくじった。

 そう自虐した次の瞬間、後頭部が大地に叩きつけられる。一瞬で刈り取られる意識。その刹那、掌越しに男の底冷えした表情が視界にあった。

 

『……他人(ひと)義妹(いもうと)に手ぇ出すんじゃねぇよ』

 

 ははっ、いつの間に俺は、そんな畜生に墜ちてたんだろうな。

 それが、気に喰わない賞金稼ぎとの初邂逅だった。

 

 

 

***

 

 

 

 深い深緑の森を、一機のゾイドが歩んでいた。

 焦げ茶の装甲は刃のように鋭く、風を切る剣の印象を見るものに与える機体だ。細い四肢に小柄な頭部。背負った二門の主砲――パルスレーザー砲が目を引く。

 獰猛な四足歩行の肉食獣型ゾイド。それに違い機体だが、どちらかと言えば獰猛というより狡猾そうな、冷静に獲物を仕留める狩人の矜持を感じさせる。

 

 その機体がガイロス帝国の誇る最新鋭高速ゾイド、ライトニングサイクスと知る者は多くないだろう。

 先のデススティンガー騒動で活躍した機体であるが、諸事情により製造されたのはただ一機のみ。その一機もとある傭兵に託されたため、ガイロス帝国所属機であるという印象はますます薄まっている。

 

「ホントに隠れ里だな」

 

 そんなライトニングサイクスの主人(パイロット)、傭兵アーバインは周囲の景色を見回し毒吐いた。

 変わり映えのしない深緑の森を進むという状況は何度か経験したことがある。なんとなく思い起こしたのは、昔の旅を共にしたバンとドクター・ディの住まう小屋に向かった時だ。ディに嵌められてスリーパーゾイドを相手にしたり、同乗したディが暴れた所為で民間人にゾイドの主砲を撃ちこんでしまったり……。

 あれは散々だった。相棒を生まれ変わらせてくれたドクター・ディとの初邂逅を思い返し、アーバインは小さくため息を吐く。

 このシチュエーションは妙な相手との繋がりが出来るものだ。となると、自分がこれから向かう場所で会うだろう青年との縁は、これからどうなるだろう。

 今ある『賞金稼ぎの知り合い』と言うだけの縁は、どう変化するのか。目的も、その先にあるものも見いだせないまま、アーバインは自分でも珍しく「なんとなく」という勘と

「仕方ない」という理由に従ってその場所に向かう。

 

 傭兵団『歪獣黒賊(ブラックキマイラ)』本拠、獣の里(アルビレッジ)へ。

 

 

 

 

 

 

「来るなら事前連絡くらい寄越せ」

 

 やってきたアーバインを出迎えた歪獣黒賊(ブラックキマイラ)頭領のローレンジは、ぶつぶつと呟きながらコーヒーの入ったカップをアーバインに押し付けた。

 

「悪いな。通信機の調子が少し悪くてよ」

 

 悪びれもせずアーバインは受け取ったカップの中身を飲む。以前伝え聞いただけだが、なるほど。こいつはうまい。香りもいいし、苦みもコクもちょうどいい。ミルクも砂糖もいらない。なにより塩が入ってない。

 噂で聞いた程度だったが、コイツの淹れるコーヒーがうまいと言うのは事実だった。どこかのコーヒー店で出されたって文句はない。

 

「で、いきなり来てなんだ。面倒な仕事を手伝えってか? 今なら腕利きも帰ってるし、良い奴を貸しだしてやれるぜ。俺は出ねぇけどな」

 

 自分もコーヒーを一口含み、眉間に皺を寄せながらローレンジは捲し立てる様に言った。アーバインが来た理由を仕事の手伝い探しとでも踏んでいるのだろ。だが、生憎とそうではない。

 

「いや。そうじゃねぇ」

「じゃあ仕事探しか? 残念ながらお前に融通する仕事はねぇぞ。うちの連中を食わせたいから、こっちで片づける」

「いや、そうでもねぇ」

「じゃあなんだよ。理由が思いつかねぇぞ」

「あー、理由は……ねぇ」

 

 軽く、平然と、()がこぼれ出る

 

「は……?」

 

 ローレンジの顔に疑念が表出する。アーバインとの会話では一切表情を変えなかった奴が初めてそれを動かした。それも当然かとアーバインは納得し、苦笑を洩らす。

 

「理由なしって……。俺たちそんな仲じゃねぇだろ。仕事以外でお前と会う気なんてさらさらねーぞ。気に喰わねぇから」

「だろうな」

 

 そこはアーバインも同意する。アーバイン自身、この男(ローレンジ)が気に喰わない。そもそも、アーバイン()ローレンジ(コイツ)の初対面の印象は最悪だったのだから。

 

「利用するかされるか、仕事以外の接点は特になし、その程度の間柄だろ」

「ああ」

 

 淡々と話すローレンジ。確かにアーバインとローレンジの間柄を言えば、その程度だ。共闘するとしたら仕事の関係上。義理やら人情やらで加勢することもされることもあり得ない。だからこそ、少し納得いかない部分もあるのだが。

 

「じゃなんだよ」

「別に。あー……ただ、ここに来たことがねぇなって思ってよ。だからフラフラと来た」

「……頭打ったか。エリュシオンの病院紹介してやるから行ってこい。頭のネジの締め直してこい」

 

 失礼なことを言う。そうやって憎まれ口をたたき合う間柄ではあるが、()()()()の様な仲間ではない。その通りだ。

 

「別にいいだろ。賞金稼ぎの知り合いが作った傭兵団。ってか、もう一つの村規模だが。そこを見ようと思ったって」

「ほんとかよ……」

 

 疑り深くこちらを睨むローレンジにアーバインはすまし顔で肩を竦め、窓の外に視線をやる。

 

 農作業に従事する屈強な男たちと、それを当たり前の様に同じく作業する老人。家屋の修繕で濁声が飛び交い、しかし怒気はない。訓練に励む者もいれば、屋根の上に上って惰眠をむさぼる怠け者の姿も垣間見える。そして思い思いに遊ぶ子供たちのはしゃぎ声。

 どこの村でもあるだろう平和な光景が、そこにある。

 彼らの中にはアーバインも追いかけたことがある賞金首もいる。逆に手を組んだことのある賞金稼ぎもだ。それに、戦争やそれに準ずる騒乱で親兄弟を全て失くした子供たち――孤児もいる。

 

 獣の里(アルビレッジ)は元々この地にある小さな農村だった。先の短い老人の多い村で、それでも農業、林業でどうにか生計を立てていた。ローレンジはこの村の村長と交渉し、自身たちを新たな働き手として売り込み、またいざという時の用心棒にもなるとして村に住む許しを得たのだ。

 傭兵団の運営については先達に教えを乞い、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の後押しもあって傭兵団の運営は順調に進んでいった。そして一年足らずで賞金稼ぎの業界では知らぬものがいないほどの規模に膨れ上がった。

 

「……いいもんだな」

 

 窓からの様子を眺め、アーバインは呟いた。決して穏やかではない日々に身をやつして来たであろう者たちが、ここでは叶わなかった日々を手にしている。それを甘受できるのは、そしてその日々を受け入れ、暮らしていられるのは、ひとえに頭領である彼のおかげなのだろう。

 だからか。それとも、別の理由か。

 やはり俺は、この男が気に入らない。

 

「とーりょー?」

 

 きぃと小さな軋み音が耳に届き、同時に幼い少年が顔を出した。

 

「ん? どうした?」

「今日、くみてやってくれるって約束」

「あ……そうだったな」

 

 そう言い、ローレンジはちらりとアーバインに視線をやる。おそらく以前から約束していたのだろう。

 組み手。要は対人戦の訓練的なものか。

 急に訪ねて来たのはこちらで、その約束をふいにしてしまったのもこちらだ。

 

「俺は適当に見学させてもらえりゃそれでいいぜ」

「そうか? あー……ま、いちよう案内役は呼んどくからよ。好きにしてくれや」

 

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の内情に関しては良からぬ話を聞くこともあるが、別に隠す気はないらしい。ローレンジの言葉を聞いて「おう」とアーバインは返答する。

 子供に手を引かれながら部屋を出て行った彼を見送り、アーバインはもう一度窓の外に視線をやり、コーヒーを飲む。

 しばらくそうしていたか。戸を叩く音が響く。早いなと思いつつアーバインはコーヒーカップを机の上に置いた。

 返事を待たずしてとは開かれ、黒髪の青年が入室する。その顔を見た瞬間、アーバインの背筋を冷たいものが駆け抜けた。警戒心をあらわに身構える。

 

「お前は……!」

 

 青年の方もアーバインが居たことに気づき、その対応に応じて僅かに身構える。彼がここにいる。アーバインはそれを()()()()()()()、警戒は緩められない。

 

「テメェ……レイヴン!」

 

 デスザウラーとの決戦以来行方不明だったレイヴン。その彼がなぜここにいるか。その謎を問うのは後だ。腰に手をやり、愛用の拳銃の感触を確かめる。大丈夫だ。すぐに取り出せる。

 緊張感が高まる瞬間、こちらを観察するように構えていたレイヴンが、息を吐く。すっと肩の力を抜き、ゆっくりと部屋の中に踏み込んだ。

 

「そう警戒するな。お前とやり合うつもりはない」

「……信用ならねぇな」

「本当だ。意味がないし、お前とやりあって不利益を被るのは俺の方だ」

 

 俺はコーヒーを貰いに来ただけだ。そう言い訳気味に告げ、レイヴンは部屋の中を見回す。主がいないことに若干の諦めを見せ、そのまま部屋の片隅にあるコーヒーメーカーに向かった。

 レイヴンから戦いを挑んでくるつもりはない。それはここまでの応対で分かった。そしてアーバインは、一度は放棄した思考を引き戻す。

 

「なぜ、テメェがここに居る」

「ローレンジに誘われた。ここを俺の居場所にしてもいいと言われたからな」

 

 淡々と、無感情にレイヴンは言葉を吐く。その態度はアーバインも知る不愛想な彼だ。しかし、吐き出された言葉は、その意味はとてもレイヴンの言葉とは思えない。

 

「テメェの、居場所だと?」

「バンともう一度会うまでは、俺はここに居たんだ。ガイガロスでバンに負けた後、あいつに拾われた」

 

 その言葉が表すことは、ギュンター・プロイツェンとの決戦の後からローレンジとレイヴンは共にいたことになる。それは、デススティンガー騒動の前に起きたレイヴンのジェノブレイカーによる帝国共和国への攻撃も、裏に潜んでいたのはローレンジ達ということになる。

 

「勘違いしないでほしいが、俺がジェノブレイカーを手にしたこととあいつは関係ない。俺が勝手にここを去り、ヒルツからあれを手に入れた。そして、バンと戦うことを選んだ。それだけだ」

「あいつとヒルツの間に友好関係はない。そういうことか」

「ああ」

「なら、なんでテメェはここに居られる。テメェがどれだけのことをやらかしたか、その様子じゃ自覚してねぇ訳ねぇよな」

 

 デスザウラーとの戦いの後、レイヴンは死んだとされていた。だが彼は今ここにいる。死んだという話がデマだったということだ。実際に生きていたのなら、手配書が出ていて当然の筈だ。それほどのことを、レイヴンはしているのだから。

 レイヴンはおそらく――アーバインの経験からは到底信じられないが――歪獣黒賊(ブラックキマイラ)に仲間意識を抱いている。それも、かなり強い。

 レイヴンがここに居ることは明らかに組織の印象としてはマイナスだ。レイヴン自身もそれを自覚し後ろめたい部分があるだろうし、組織としてもレイヴンを匿うメリットは薄い。

 

「解ってるさ。本来、俺はここに居るべきではない。帝国か共和国か、どちらかの独房が似合っているんだろうな。だが、それで俺の罪が許されても、晴れることはない」

「なんだと……?」

「罪を償うために刑務所にでも入る。そこで服役する。正しい判決かもしれないが、ここの連中からすれば不満らしい。勝手に捨てて、勝手に好き勝手暴れた俺が、勝手に他所の判決で裁かれることが気に入らないのだそうだ」

「テメェ……」

「それに、俺もやり直したいんだ。罪を償ってから、いや、償いながら、やり直したいんだ。俺の人生を。自分勝手だと言われようと。俺は俺のやり方で、俺の犯したことに向き合い、その贖罪を果たしていく。だから俺は……」

「ざけんじゃねぇ!」

 

 口から怒声が飛び出し、アーバインの中にあった警戒心が消し飛ぶ。自ら開けた距離を自ら縮め、レイヴンの胸倉をつかみ上げる。レイヴンの手からカップが零れ落ち、中身のコーヒーが飛散する。

 

「散々やらかしてきたヤロウが、自分の勝手で償いをするだと! テメェにそんな権利はねぇ! それにテメェが満足しようとなぁ、テメェに散々やられてきた俺たちが納得できねぇんだよ!」

 

 ジェノザウラーを手にしたレイヴンは多くの被害を出した。立ち向かってきた部隊を悉く消し去り、いくつもの軍事施設を潰した。その中で何人もの人が死んだ。多くのゾイドが鉄屑へ、物言わぬ石と化した。

 そして、アーバインのコマンドウルフも、死んだ。

 多くの人に哀しみを与えてきたレイヴンが、この地で穏やかに暮らす。到底納得できない、許せないことだ。そして、それを自覚すると、すべてが憎々しく思えてくる。

 ここで暮らしている賞金稼ぎの中には、過去には悪行に走った者もいる。アーバインとて人の事を言えた口ではないが、怒りで理性は掻き消される。

 ルドルフ暗殺を依頼された者もいた。嘗ては山賊で、小村から搾取していた悪党もいた。この獣の里(アルビレッジ)は、一見平和に取り繕っているが、その実、ここは悪党どもの巣窟だ。

 

「そう思われるのが当たり前だろうな。非難されて当然だ。だがローレンジ(あいつ)は、そんな俺たちに立ち直る場を、機会を作ってくれたんだ。加害者(俺たち)の側に寄り添って、更生する場を設けてくれた。俺はそれに応えたい。俺が傷つけた世界を、人々を、俺の手で直していきたい。そのためには、ここが必要なんだ。だから、ここに居ることを許してくれないか……?」

 

 掴み上げた手が震える、怒りに打ち震え、今すぐに殴り飛ばしたい。生まれ変わったとはいえ、コマンドウルフ(あいぼう)の仇なんだ。レイヴンは。

 だが、アーバインにも解っていた。レイヴンは、すでに自分の罪を自覚している。それを自覚し、償う場は、独房で孤独な日々を過ごさせることではない。人の温かみに触れ、それを与える側になり、生涯を捧げて行く、ここなのだと。

 

 レイヴンの処遇については、ヴォルフとローレンジが協力して再度帝国と取引を行っていた。レイヴンの生い立ちについて詳細な記録を持ちだし、精神的不安定さとそこをプロイツェンに付け込まれた末に数々の事件を引き起こしたのだと訴えた。その甲斐もあって、レイヴンは再びここでの生活を許された。

 尤も、二度目であるため定期的に軍からの視察が入り、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)からも報告を上げねばならない手間はついたが。それでさえ破格の処置である。

 

 アーバインも、なんとなくその状況を察した。察して、軍が――皇帝ルドルフがここで暮らすことを許したのだろうと言う状況も理解した。

 しかし――しかしだ!

 

「俺は……!」

 

 乱暴に突き離し、拳を握りしめる。突き込んだ拳は躱そうともしないレイヴンの眼前で、ピタリと止めた。

 

 レイヴンにも事情があるのだろうと言うことを、アーバインはこれまでの付き合いで察してはいた。そう思うことのできた裏には、バンの存在があった。

 バンとレイヴンは正反対の存在だ。

 ゾイドに対する思いも正反対。戦いに向ける感情も正反対。バンは多くの人に囲まれてきたが、レイヴンはいつも孤独。

 正反対なものは、互いの影響を受けやすい。今のレイヴンはバンと何度も戦ってきた影響なのか、どことなくバンのような人への気遣いを見せ始めている。それは今日、この場での短いやり取りでも感じ取れるほどだ。

 そして、成長したバンの、戦いに向ける達観した冷静なまなざしは、レイヴンに通ずるものがあった。

 さらにもう一つ、正反対な性格に突き進んできた二人だが、その原点は非常に似通った、同じものではないかという仮説だった。

 バンは両親を亡くしているものの、温かい村の人々に囲まれ暮らしてきた。ならば、おそらくレイヴンには温かい周りの者がいなかったのだろう。

 

 正反対な違いが、二人を形成した。だが今は、レイヴンにもバンと同じそれができた。そして、哀しみや痛みを理解し、反省し、償うことを学んでいる。もう、レイヴンが以前のような凶行に走ることはないだろう。

 なら、自分の向ける拳には、何の意味もないではないか。

 

「くそっ……」

 

 毒吐いたアーバインの耳に再び戸の開く音が入る。見ると、ひとりの女性が部屋の惨状を見ていた。が、さして驚いた様子でもない。知っていた。いや察していたのだろう。こうなることを察していた、あの男によって、知らされていたのだ。

 

「アーバインさんですね。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)副長、タリス・オファーランドです。頭領から案内を頼まれたのですが、よろしいですか?」

「……ああ」

 

 これ以上この場に留まるのは気分が悪い。副長と名乗った女性の後を追い、アーバインは部屋を辞する。その背中に、レイヴンの眼差しが向けられた。振り返り、彼の心情を示すように揺れた瞳を見つめる。

 

「……お前と会ったのは、俺の中だけの話にしておく」

 

 なんとかその言葉を絞り出したアーバインの背に、「ありがとう」というか細い声が投げかけられた。

 

 

 

***

 

 

 

「頭領、ですか?」

 

 獣の里(アルビレッジ)の案内役を頼まれたタリスに、アーバインはあることを訊ねた。

 なぜ、ローレンジ・コーヴを慕うのか、と。

 

「そうですね。単純ですが、助けられたから、です」

「助けられた?」

「ええ。以前、私はPK師団に属していました。頭領とはナイツからのスパイとして接触したんです。当時、私はナイツの中でも危うい立場に追われていまして。兄がナイツに反逆して、脅迫されていたんです。私がナイツを離れれば、兄の身がただでは済まないと。頭領は、そんな私たち兄妹を助けてくれたんです。だから……」

「だからあいつの傍にって訳か」

「ええ。私はもう、頭領の傍を離れません」

 

 これは忠誠ではなく好意の部類だな。

 簡単な会話だったが、そう察するには十分過ぎた。

 

「随分と好かれてんだな、あいつは。あんたにだけじゃなく、ここの連中にもだが」

 

 すでに獣の里(アルビレッジ)の主要な施設は回った後だ。基礎体力の訓練に使っているだろう広場。集落に住む者たちの食糧確保の田畑。ゾイドの整備場。構成員の食堂、宿舎。元から村に住んでいた者たちとの会合の場。一通りに設備は整っており、不自由はしない。

 そうして巡る中で、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)に属する多くの者に出会った。そして、アーバインは同じような質問を彼らに投げかけた。

 

『頭領は俺に居場所をくれたんだ。根無し草で、その日暮らしをするしかない落ちぶれた俺に。ここはいいところだ。俺は、ここで暮らしたい。ここの少し不自由で、周りからは疎まれようと、迎えてくれる仲間たちの居場所を、俺の居場所を守っていきたい』

 

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)戦闘班班長のヨハン・H・シュタウフィンは飾ることなく率直に述べた。

 

『あの若者の目は黒い。だが、その奥は鈍く暖かい光を湛えている。あやつの根は正直だ。そんな若者に生きる場所を提供して、失敗したなどと思ったことはない。あやつを迎えられて、よかったよ』

 

 獣の里(アルビレッジ)に昔から住む元村長は、朗らかな調子で語った。

 

『ロージはお兄ちゃんだよ。それ以外のなんでもない。わたしの、ただ一人のお兄ちゃん。コーヒーにだけは五月蠅いし、よく怪我してくるし、泳げないし、船酔いするし、でも、いつもみんなの事を考えて、みんなのために動ける。最高のお兄ちゃん』

 

 ローレンジ・コーヴの義妹、フェイト・ユピートは、誇らしく語った。少し、思うところがあった。

 

 皆が信頼を寄せていた。

 それは、きっと奴がこの村を盛り立てて行く過程で、傭兵団の頭としての義務を果たしていく中で、培ってきたものなのだろう。

 ルドルフ暗殺を依頼された者もいた。嘗ては山賊で、小村から搾取していた悪党もいた。世界を敵にしてまで戦いを求めた者もいた。悪行の限りを尽くす非道な賞金稼ぎと罵られた者も、ただ孤独を貫く一匹狼な者もいた。自らを高めるために、大都市から身分を捨ててまで転がりこんだ者もいた。

 その皆が、一様に信頼を寄せていた。その程度に違いはあれど、一つの組織として信じられないほど、まとまっていた。

 

 以前アーバインはエウロペにあった傭兵団を訊ねたことがあった。軍から離れた者を基盤に構成された傭兵団であったが、軍から派遣されたという経緯からか、様々な思惑を寄せ、深みを覗けば覗くほど、混沌があった。それでいて、最期まで崩れなかったのは意外だったが。

 

 傭兵団歪獣黒賊(ブラックキマイラ)は、まるで一つの家族の様だ。大黒柱としてローレンジが立ち、それを副長タリスが支える。足りない部分は戦闘班班長のヨハンだったり、料理長のユースターだったり、いくらでもフォローが入る。なにより、ほの暗い思惑を抱えた軍からの横槍がほとんどない、過去にはあったかもしれないが、それは全て溶解し吸収され、組織の一つにまとめられている。

 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の構成員のほとんどが過去によからぬことに手を染めた者だ。そして、その所為で彼らはカタギの仕事に就くことはもうできない。

 ここは、そんな彼らの受け皿として、確たる地位を築いている。この傭兵団の存在には確固たる『価値』があるのだ。

 

 ここは、ガイロスも、ヘリックも、手を出すべきではない。出せるのは、頭領の親友と噂される彼らの組織だろう。

 

 そんな、ある種理想的な組織を作り上げたローレンジを、俺は――

 

 

 

 やはり、気に入らない。

 

 

 

 

 

 

 最後にタリスに頼み込んで訪れたのは、対人格闘の訓練に使われている広場だった。今もローレンジが四人の少女たち相手に組手をしている。

 少女たちは年に似合わない洗練された動きと連携でローレンジを攻め立てるが、ローレンジはその全てを涼しい顔でさばいていた。涼しい、いや、うすら寒さを感じるほど冷え切った眼差しだ。おそらくは、彼の本気に近い状態。

 

 やがて、決着がつく。

 ローレンジが一人からの突きを受け流し、腕の根元を掴んでもう一人に投げた。バランスが崩れ、包囲が崩壊する。その隙を見逃さず。もう一人の腹に蹴りを入れ、空いた左手で最後の一人の首を掴み突き倒す。右手は懐に伸び、ナイフ代わりの木の棒を取り出すと蹴りを入れられたがあくせく攻めに転じた少女の喉元に突きつける。

 

「――よし、そこまで。なかなか良くなってきたぞ」

「ケホッ、頭領! 首掴むなんてひどいじゃないですか!」

「馬鹿野郎。降参するよりもう少し暴れたらどうだ。そうすりゃ俺はお前の対処に手を尽くしてリイからの反撃を許してたんだ。リーダーのお前が、んな体たらくでどうする」

「でも、頭領本気で絞めてましたよね」

「当然だ。反撃を許す気はねぇ」

 

 これで訓練と言うのだから、まったくあの男は。

 さて、と一つ息を吐いてアーバインは歩を進めた。普段ならこんなことはしないと思いつつ、アーバインは自分の心情に逆らってローレンジに向かう。ローレンジも気づいたのだろう。軽く額の汗をぬぐい、片手を挙げた。

 彼の周りには今相手にしていた四人の少女たち以外にも数人の子供たちが居た。その中にはローレンジの部屋にやってきた者も居り、彼ら全員とも組手していたのだろう。

 

「よぅ、見学はどうだった」

「ああ堪能させてもらった。今夜には帰るんだが」

「なんだよ、飯ぐらい食ってけって。押しかけだが客なんだ。多少のもてなしはさせてもらうぜ」

 

 フラッと立ち寄っただけだからな。と、言い訳じみた言葉で濁しつつ、アーバインは一度地面に視線を落とす。そして、徐に顔を持ち上げる。半眼で、双眸に威圧を乗せ、眉間に皺を寄せる。その態度にローレンジも何かを察したのだ。口端を持ち上げ「へぇ」と形を作り、その先を待った。

 好戦的な笑みだ。極力むやみな争いを避けるアーバインとは真逆の性質。バンとレイヴンが正反対であるように、自分とこの男も、相容れない。

 だから気に入らない。知りたくもない。

 だが知らねばならない。

 ならば、やらねばならない。

 

 

 

 それが、アーバインの、今日の()()だ。

 

 

 

「ローレンジ。俺と、喧嘩しねぇか」

 

 

 

 こんな言葉。本気で吐いたのは、コイツが初めてだ。

 


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