だからまったりした話を書きたくなったんだ。
って訳で今回。まぁ、あれです。アニメゾイドの二次創作ではたまに見かけるレイリーって奴です。
あまり本編に関わる話ではないので、まったり読んでください。
「コーヒーをくれないか」
ある日、自室にて事務作業に勤しんでいたローレンジの元に現れたレイヴンは、憮然とした表情で要求した。ローレンジはちらりとその姿を見、処理していた書類から顔を上げ、立ち上がる。
「豆は、何がいい?」
「任せる。……いや、それがいい」
レイヴンを
レイヴンの示した豆の入った袋をしげしげと見つめる。なかなかシブいチョイスだ。ローレンジも、滅多なことではこれを選びはしない。
北エウロペニザム高地原産の豆であり、とにかく苦味を追求した奥深くコクの強い、そして果てしなく苦い豆だ。
「ニザムか。けっこう苦いぞ」
「ブラックで頼む」
「……ジョイス。お前んなに苦いの好きだったっけ?」
「念入りに砕いてくれ。目の細かいくらいにな」
苦みが余計に増すんだけど。そう心中で呟きつつ、言い難いレイヴンの気迫に押され、ローレンジはコーヒー豆をすり始める。
「ここでの暮らしはどうだ?」
「少々退屈だが、それくらいは我慢するさ。ひたすら逃避行するだけの暮らしよりかは、ずっとマシだ。最近は、退屈しのぎも見つかった」
「リイの特訓相手になってくれてんだろ? 助かるよ」
「あれはなかなか筋がいい。バンほどではないが、あの年でよく乗りこなしている。マーダに乗せるなど、もったいない」
穏やかな笑顔で笑って見せるレイヴンは、他に彼を知る人物――バンやアーバインなど――からは想像できない姿だろう。そんな表情を見せるようになったと考えれば、危険を冒してまでレイヴンを引き戻した甲斐があったというものだ。
「わりぃな。村の外に出れねぇと暇を持て余すだろ」
「お前に誘われなかったら、アテもなく逃げ続けるか、罪を償いきるまで独房暮らしだったんだ。それに、少しでも俺たちのしでかしたことの後始末に手を貸せるんだ。贅沢は言わない」
レイヴンは
レイヴンが手を貸したゾイドを駆ってメンバーが各地で活躍すれば、それはヒルツ達の暗躍で荒廃してしまったエウロペの復興の大きな力になる。レイヴンの言う通り、遠回しだが償いの形にはなっているはずだ。
「お前がそう思ってくれるなら、こっちも手を尽くした甲斐があるってなもんよ。こんなもんか」
ごりごりと心地のいい音を立てていた手元を見やり、豆が十分に挽かれたのを確認すると、それを濾紙に入れる。手際よく進めていく途中、「すまないな」とレイヴンはポツリとつぶやいた。
ちらりと見やると、先ほどまでとは違う、神妙な顔つきのレイヴンの姿があった。
「世界的な犯罪者の俺を匿って、お前たちや『
レイヴンはイヴポリスの崩壊に巻き込まれて死んだ。
それが、今世間に広まっている
ヴォルフが帝国に潜ませている数人の協力者と、何よりルドルフとの直談判を経てどうにか引きずり出したものだ。無論、これが嘘となればその責任は全て
ただでさえ疑いの目が絶えない両組織が、自らを危機に追いやってまで庇ったのだ。そのことに、レイヴンは後になって気付いた。
「決定したのは俺だ。流石にヴォルフにも小言を言われたが、あいつだって
「それに」と一呼吸おいて、ローレンジは片手間で沸かしていた湯の加減を見、少しずつ濾紙を通してコップに注ぎ始めた
「ここの奴らみんな、お前が帰ってきて、愚痴る奴なんていなかったろ? それが、お前がここに居ていい証拠だよ」
完成したブラックコーヒーを差しだしにやりと挑発気味な笑みを見せる。レイヴンも「フッ」と笑い返し、コーヒーを受け取った。
「理由ならまだある。ヨハンの奴が新しいビジネスとやらを打ち出してきてな」
「ほぅ」
「ほら、お前も含めてうちのメンバーって過去に色々やらかした奴らが多いだろ? そんな連中が真っ当に社会貢献することができる真人間になったことを見せて、世の中に訴えてやろうってな。まぁ早い話がここを犯罪者の更生施設、刑務所の仕事場にしちまおうってな」
「なるほど。そうやってここの連中の存在をプラスにアピールする。もっと言えば
「うまくいけばレイヴン。お前のことも表に出せるかもしれねぇ。その場合、今現在行方不明扱いのジョイス・チェンとしてだがな」
「いいさ。なにはどうあれ、俺も大手を振って表に顔を出せるようになる。……バンとも正式に腕試しができるだろうな」
小さく零した言葉にローレンジは苦笑を隠し切れなかった。立場が変わり、戦いの宿命から逃れても、結局そこに生き甲斐を見出しているのはレイヴンらしいと言えばそうだ。
零れた笑みを隠すようにローレンジはコーヒーを口に含み――渋面になった。
「流石に苦いな」
「ああ。だが、今はこの苦味がいい」
心の底から苦みを堪能するレイヴンの様子に、ローレンジは疑惑を覚えた。ブラックコーヒーを好むのはローレンジもそうであり、苦みを好む味覚をおかしいと感じることはない。ただ、それでも度が過ぎている。
これほど苦みを求めるのはなぜだろうか。そう、例えば……、そういえば、最近の
「なぁジョイス。一つ訊いて良いか」
「なんだ? 改まって」
コーヒーのおかわりを催促するようにジョイスは机の上にカップを置いた。おかわりの準備を始めつつ、ローレンジは先ほどまで見ていた書類に視線を落とす。
「それ、ここ一ヶ月の食に関する出費なんだけどさ、おかしくねぇか」
レイヴンは示された書類の内一枚を取り、じっと視線を這わせる。そして一か所でピクリと視線が止まった。
「別に、おかしくは……先月の出費より増えていることか?」
「いや、それは今のご時世仕方ねぇ。どこも物資が足りねぇんだ。まぁ、デススティンガーが大暴れした南エウロペに比べりゃ
「そ、それでも、僅かばかり増えてしまうのは……」
「僅かじゃねぇんだよなぁ。このまま続けばうちの経営が傾きかける。おかしいよなぁ」
なぜか冷汗を流し始めるレイヴンに、ローレンジもまさかと思いつつ、とどめを吐き出す。
「どうして高級品の砂糖がこんなに使われてんだよ、おい」
おかわりのコーヒーをズズと飲み、レイヴンは視線を逸らす。
これは確定的だ。だが、
「お前なんか知ってんだろ。つか、この吹き出しそうなくらい苦いコーヒー求めたのも、それが原因じゃねぇの?」
沈黙が一分の二分と続く。やがて、根負けしたレイヴンは小さく息を吐いた。
「冷静に、聞いてくれるか」
「おう。無駄遣いした馬鹿をとっちめてやる」
「せめて厳重注意で留めてくれ。悪気はない。むしろ善意しかないんだ」
「お前がそこまで庇うって。大体予想はつくが、誰だよ」
砂糖が異常に消費され、レイヴンは苦みを求める。その原因を追究するローレンジに、ついにレイヴンは折れた。
「…………リーゼだ」
***
リーゼは丈の長いスカートに鍔広の帽子という格好でエリュシオンの町にひそかにやってきていた。
本来なら
ならばなぜ、身を隠すように
「ほら、こっちよこっち」
リーゼの手を引いて先行するのは、リーゼよりも頭二つ分背の低い少女だった。リーゼのそれとよく似た青色の髪を顔の左横にたらしたサイドテールの少女だ。
「おねぇちゃん。やっぱり帰ろうよ」
リーゼと少女の後ろからは、先の少女とうり二つの少女がついて来ている。顔の形から髪色と髪型まで同じ、唯一の違いと言えば、サイドテールの向きが逆なことだけだ
「だめよレビン。ここまで来たら、もう後には引き返せないわ」
「でもぉ、お金だって黙って持って来ちゃったし、それにリーゼさんを
「ふん、そんなことでキマイラ一の悪戯娘、このフルミネ様が怯むと思ってんの?」
「でもぉ……」
自分から悪戯と口を滑らせた少女に、リーゼはしまったと思った。
事の発端はレイヴンと一緒にゾイド整備を手伝っていた時だ。レイヴンがその場を離れた隙をついてやってきたのが二人だった
ねぇ、あたしたちとエリュシオンまで一緒に行ってくれない?
フルミネと名乗った少女は僧リーゼに声をかけて来た。いわく、
リーゼは当然断ったのだが、
今となってはそれが嘘泣きであるのは確実だが、その時のリーゼはころりと騙されたのだ。結局、今こうして二人に連れられる形でエリュシオンまで来てしまった。
付近の茂みに乗ってきたモルガ――フルミネの相棒らしい――を隠し、二人に引かれてエリュシオンの町並みを眺める。
砂と石材で彩られた、ガイガロスにも匹敵する美しい町並みだった。砂漠付近の町と言うこともあってガイガロスには存在する噴水はなかったものの、町の高台からは裏手に広がる広大な湖が一望できる。
一自治都市がエウロペを二分する大国の首都に匹敵する規模と言うのはなかなか壮観だ。
町民は穏やかに世間話に花を咲かせ、商店街付近では威勢のいい商人の声が響き渡る。料理店の前では食欲をそそる匂いが立ち込め、道中に甲板で宥めて来た空腹感が唸りを上げた。兵士宿舎からは暑苦しい雄叫びが轟き、兵士たちが訓練に明け暮れる。
ヒルツの陰謀に加担していた当時、
――こんな雰囲気を、僕は壊し続けていたんだな。
ほんの少し、後悔に苛まれる。そんな萎ん気持ちを壊してくれたのは、「あった!」と言うフルミネの声だった。
そこは、喫茶店の前だった。木の看板には『ラストランチ』などと、洒落の利いた店名が刻まれている。
「砂漠喫茶って意味らしいわ」
「最期の昼餐じゃないですよ」
口々にそう言った二人の言葉で、リーゼも「ああ」と理解する。
店内に入るとがたいのいいおじさんが少し疲れた様子で「いらっしゃい。適当な席にどうぞ」と言った。
表面上は平和に見えたエリュシオンも、やはりデススティンガーの被害があったのかとリーゼは思ったが、どうもそれは思い過ごしの様だった。
「なぁ君も紅茶を飲むべきだ! なぜ食後にコーヒーなどと言う泥水を!」
「頼むから客に突っかかるな。また出禁にするぞ」
「これだけは譲れん。私の前で、泥水を平気で口にするなど、ありえん!」
「……帰れ」
あの人物は、確か
カウンターでいきり立っている男の視線を避けつつ、三人は窓際の席に着いた。男が追い出され、店から遠ざかったのを確認し、リーゼは帽子をとった。
「すまねぇな嬢ちゃんたち。悪い人じゃねぇんだがよ」
店長であるおじさんはそう言うとおしぼりと水を置き、「決まったら教えてくれ」と言って席を離れる。
「あ、おじさん! ケーキは出来てる?」
「おう! 俺の自信作だ。バースデーカードもしっかり添えてるぜ。後で見せてやるよ」
「ありがと、おじさん」
おじさんは肩越しにきらりと歯を輝かせる笑みとサムズアップを返し、去って行った。
「それで、なんで僕をここに?」
改めて、リーゼは問いかける。すると、二人はこれまでのはしゃいだ様子を潜め、神妙な顔つきを――無理やり――作る。
「えっと、リーゼさん。あなたは以前、
「……ああ」
ちらりと店内を見やる。他の客はこちらの話に気づいた様子ではない。紅茶男から離れるために席を選んだつもりだが、それはフルミネとレビンにとっても意味があったようだ。
「あなたたちが去った後知ってる? あなたに操られた人たちがゾンビみたいに徘徊して無事な人を襲って、まるでゾンビ村になってたらしいのよ」
「わたしとおねぇちゃんも、ゾンビになってたみたいです。クルムさんや頭領たちに抑えられた後も、しばらく寝たきりでした」
リーゼは、何も言えなかった。
レビンとフルミネは、レイヴンと二人でイヴポリスを目指していた時に僅かな食料を別けてくれた少女と同じくらいの年だろう。彼女たちのような子を、自分は暴走させて、傷つけていたのだ。
「……すまない」
「謝ったって許さないわ。とっとと帝国の刑務所行きだって思ってた。それで、自分のしたことを目いっぱい後悔するんだって」
そうだ、自分は多くの人々を傷つけ、壊してきた。幸せを甘受する権利などない。なぜ自分は、今
「でもあなたは、頭領が連れてきた。自分のしたことを後悔して、傷つけた人たちの前で償わせるために」
責める口調のフルミネと違い、レビンは優しく、諭すように言った。
「悪いことをしたのは、わたしたちも同じなのです。わたしもおねぇちゃんも、昔は悪い盗賊の下っ端で働いてました。たくさんの人からいろんなものを奪って来たんです」
「やったことの規模は違うけど、あたしたちは同じ穴のタヌキって言うのかしら。だからさ、あなたに言わせて」
そう言うと、今度はフルミネが身を乗り出した。そして、にっと笑う
「いっつも福の逃げそうな辛気臭い顔しなくてさ、笑ってよ。笑ってあたしたちと、
「……でも、僕は……」
「笑ってなきゃなんにもできないわ。頭領があなたに言ってた罪を償う? も、笑顔でやらなきゃ、みんな辛気臭い顔でやられても笑顔になれないわ」
「リーゼさん。どんな人だって、幸せにはなれますよ。早いか遅いか、幸せだと思うか思わないかの話です」
「あたしたちも手伝うからさ、リーゼも手伝ってよ。あたしたちみんな、幸せになるためにね」
ああ、とリーゼは思う。
自分の人生は、今まで不幸なことしかなかった。ニコルを殺され、共和国に振り回され、ヒルツに利用され、そしてこれからは、自分のしでかした罪を背負って生きていく。死ぬまでだ。
幸せなど、最初だけだ。ニコルと居たあの頃しかなかった。もう、あれが一生分の幸せなんだ。そう思い込んでいた。
だけど、違う。僕はまだ、幸せになれる。その機会を、恵んでもらえた。なら、精一杯、幸せになる努力をしないといけない。
自分だけじゃない。周りも、せめて
彼らを幸せな未来へと導く手助けをする。それが自分に科された贖罪だ。そして、それを達せられたら、きっと僕も幸せになれる。
「……ありが、とう」
やっと言えた気がする、誰かに告げる。感謝の言葉を。
「さ、そうと決まればまずは今日の幸せなのです!」
「プレゼントは買えるし、今日ぱくっ――ううん、借りてきたお金で美味しいもの食べよう!」
そう言えば、このお金は
そう多少の後悔を思いながらもリーゼはレビンとフルミネの双子に便乗する。今までの不幸人生に決別するために、今日は目いっぱい幸せを甘受する。そして、明日からが、本当の出発点だ。
三人であれこれ悩みながらそれぞれの注文を決め、料理を待つ。せっかく来たのだから色々食べたいと言うことで、三人で回して食べることになった。
もし、自分たちが表に出られるようになったら、今度はレイヴンも連れて来たいな。二人で……。
初めての喫茶店での食事は、とてもおいしかった。食べなれない料理ばかりでマナーを無視したものだったかもしれないが、店主のおじさんはにこやかに笑っていたのでいいのだろう。こうして誰かと笑って食事が出来る。たったそれだけだが、リーゼはとても幸せな気分だった。
「おらよ」
食後のドリンクでほっと一息入れていた所に、おじさんが何かを持ってきた。クリーム色で、丸い、冷たい、食べ物、だろうか。
「サービスだ。食ってけ」
「え! いいのおじさん!」
「ありがとうです!」
「はっはっは」と笑いながら去って行くおじさんを見送り、リーゼは出された料理に視線を落とす。
「リーゼさん、見たことないのです?」
「アイスクリームよ」
「アイス、クリーム?」
「タマゴとミルクと砂糖を冷やして作ったお菓子よ。とってもおいしいんだから」
「へぇ……」
ひんやりとするアイスクリームからは、ほのかに鼻孔をくすぐる良い匂いがする。甘い、という感覚だろうか。
「クルムが作るのも美味しいんだけど、やっぱりここのが一番よね」
「あ、クルムさんはわたしたちのリーダーです。お菓子作りが好きな、とっても優しい人ですよ」
「そうか。……え、作れる奴がいるんだ」
これを、きちんとした職人ではなく素人が手づくり出来るものなのか。おいしかったら作り方を覚えて、レイヴンに作ってやりたいな。
ともかく、とリーゼは期待に胸を膨らませながらスプーンを伸ばし口に運んだ。
瞬間、リーゼの味覚が、弾けた。
***
「それがきっかけなのは間違いない。以来、リーゼは空いた時間で菓子作りに精を出し始めて……」
「ところがリーゼの味覚がバケモノだったと。超甘党だった、と」
とりあえず、あの悪戯娘の小遣いは二ヶ月分なしだな。
予想はしていた。ただ、それを上回る話を聞かされ、ローレンジはどう返したものかと頭を抱えたかった。
つまりだ。最近の砂糖の異常消費はリーゼの菓子作りが原因。レイヴンの唐突な苦党宣言の真相は、甘すぎる菓子を食べたあげく真逆の苦みに逃げたくなった、という訳だ。
フィーネもコーヒーに異常な量の塩を投入すると言う
古代ゾイド人はそろいもそろって味覚がおかしいのか。ひょっとしたらあのヒルツも変なこだわりがあったりするのだろうか。
まさかと思うが最愛の妹フェイトも……いや、それはない。兄である自分が良く知っている。隠れて実は……なんてことが無い限り。ただ、彼女の母である――会ったことはないが――ユーノ・エラもどこかおかしかったのだろうか。
ヒルツについては今度ザルカに聞いてみるとして、思考が明後日の方向に振りきれそうなのをローレンジはどうにか引き戻した。
『ローレンジ。レイヴン居るかい?』
部屋の戸がノックされ、向こうからリーゼの楽しげな声が聞こえる。
ちらりとレイヴンを見ると、何か言いたげに視線で訴えてきた。
「……おう、居るぞ」
「おい! ローレンジ!」
戸を開け、向こうからエプロン姿のリーゼが顔を覗かせた。ミトンを手に着け。バットの上には焼きたてのクッキーが乗っている。
「初めて焼いてみたんだけど、どうだろう。味見してくれないか」
「いや、俺は……」
しどろもどろにどうにか言い訳を捻り出そうとするレイヴンの姿は、見ていて面白い。楽しげに料理の成果を自慢するリーゼも、幸せそうだ。
彼ら二人を引きこんだのは、世間からの視線を考えれば失策かもしれない。ヴォルフの立場を考えても、それに対する自身の決断と宣言を顧みても、これは悪手としか言いようがないだろう。
だが、それでも、だけれども。
こんなくだらないことで笑いあう二人を見ると、それができなかった過去を断片的に知っているからこそ、ここに誘ってよかったと、ローレンジは思うのだ。
「ジョイス、外出許可を出してやる。歯医者の予約取っとくから」
「歯医者は御免だ!」
「あローレンジ。ちょうどいいや、君も味見してくれないか?」
「いやー俺は仕事があるから」
「レイヴンとコーヒー飲んで休憩してたんだろ。もう少しいいじゃないか。今日は自信あるんだ」
「あーそうか。とりあえずリーゼ。ちょっと経理厳しいから砂糖の消費を控えてもらいたいんだが……」
「ん、そうか。分かった。なら月に一回だけでいい。作らせてくれ」
「砂糖の量を減らす結論には至らないのか……?」
「それじゃあおいしくないだろレイヴン」
騒がしくなってきたなと思いつつ、ローレンジは机の上の書類を片付ける。
仕方がない。彼女を引き込んだ自分へのツケだ。一回だけ、超甘党の菓子を味わってやろう。
デススティンガーの件に片が付いて、平穏を取り戻し始めた惑星Zi。
「うっ、甘……」
「うまいだろう?」
レイヴンがニザムのブラックを欲する理由が、分かった気がする一日だった。
余談だが、ヒルツは酢が好きだったらしい。
うん、偶にはいいよね。こういうの書くのも。
レイヴンとリーゼのこれからの立場はさておき、色々やらかしてる二人ですが幸せになってほしいなーと私は思ってます。世界観的には恨まれまくりの二人ですがね(苦笑)。
本編はもう少しお待ちを。
ちなみに、今回登場した双子と名前だけ出した二名。外伝の主要キャラとして作った娘たちです。そちらもぼちぼち書きたいなーって。
それではまた。