ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第121話:未来(あす)

 イヴポリスの崩落が、視界の遠くに映っている。そして、崩れ落ちたウルトラザウルスの下で勝利の余韻に浸るバンたちも。

 戦いは、ついに決着を見た。

 ヒルツはデスザウラーと共に死に絶え、暗躍していたプロイツェンも戦乱の中に消えて行った。その背後で密かに蠢いていたコブラスも、ローレンジ達がついに打倒した。

 

 今は存分に戦いの終結を喜ぶべきだろう。

 

 何とか崩落するイヴポリスを抜け出したローレンジ達は、ウルトラザウルスの様子とイヴポリスの結末を眺め、それらに背を向けた。

 「帰るぞ」

 そう宣言したローレンジは、部隊の最後尾で機体を引き摺る様にして続いた。

 共に戦場に立ったレイ・グレックはローレンジ達と別れている。彼は共和国の兵士だ。此度の戦いの、その裏側で起こっていた真実を伝えるために、彼はウルトラザウルスへと向かった。

 別れ際のフェイトとのやりとりが少し癇に障ったが、とやかく触れるつもりはない。もう、そうやってきにかけてやる時期ではないのだ。

 その点、レイ・グレックという男ならば、信頼できる。

 空を見上げると、何者かが降りようとしているのが見えた。その機体は、おそらくサイカーチス。

 

「……タリス」

「はい、なんでしょう」

「あいつら連れてさ、先に帰っててくれ」

「構いませんが、まだ何か?」

 

 訝しげな声音にローレンジは「あー」と言葉を濁した。無茶ばかりして、その上また何をする気だと心の底から叫びたそうにしているタリスに嘘は吐けそうにない。

 

「ザルカだよ。なんぞ、話があるらしい」

 

 タリスは「あぁ」と何か納得したように頷く。

 

「では、ついでに彼もお願いします」

 

 そう言うとタリスからマップデータが送られる。そこに記されていたのは、ある機体の位置情報だ。なるほど、移動される前に確保せねばならないとローレンジは固く決意する。

 

「フェイト、リュウジ。二人も来てくれ」

「うん」

「解りました」

 

 凱旋するメンバーから外れ、ローレンジは示された方向に向かう、その道中、低空まで降りてきたサイカーチスがようやく肉眼で捉えられた。

 

「ローレンジ、ボロボロではないか」

「うるせぇ。さっさと用件を言え」

「おう、そうだな。デスザウラーに始末をつけてくれたこと、感謝するぞ」

 

 おかしな話だ。デスザウラーにトドメをさしたのは自分ではない。バンだ。礼を言うなら、バンに言うのが道理。それ以前に、

 

「お前らしくもねぇ態度だな前もそうだったが、調子狂うぜ?」

「そうでもなかろう? いや、お前でなければ理解できん」

 

 理解できない。その言葉に、ローレンジは一つ思い当たることがあった。

 

「戦いでしか、デスザウラーは己を表現できなかった、か」

 

 嘗て、ザルカは古代ゾイド人の争いの果てに生まれたデスザウラーに、その存在意義を果たさせるために復活を目論んだ。中途半端な身でありながら復活し、そして死を迎えた。それでザルカはひとまず納得したのだが、結局は妥協の上での結末だ。

 ザルカが真に安らぎを与えたかった存在は、此度復活した真なるデスザウラーだ。それに死を迎えさせた、それに多少なりとも貢献――したと思っていないが――したローレンジに礼を、とそういうことか。

 

「そうだ。ワタシの望みの一つは、それで叶った。後はもう一つ、無様な助手の介錯もしてもらったからだな」

「助手?」

「ヒルツのことだ」

 

 思わず吹き出しかけ、どうにか収める。相変わらず、この偏屈博士は唐突なタイミングで爆弾発言を持ちこんで来るものだ。

 

「ヒルツって、あのデスザウラーに飲まれちゃった人?」

「そうだ」

 

 何でもない風に言うザルカに、ローレンジは「はぁ」とため息を吐きたくなる。もう少し話す空気を読んでほしいものだ。茶のみ話がてらで告げるようなものではない。

 

「加えて言うなら、奴にデスザウラーの存在を教え、それに執着するような知識を与えたのもワタシ。いずれデスザウラーに到達するだろうが、放置するのを決めたのもワタシだ」

「元凶じゃねーか!!!!」

 

 本当に、とんでもないことをあっさりと、明日の天気の話のように話すのだから困ったものである。

 

「オーガノイドと引き離されて覚醒した奴を、しばしの間ワタシの助手として匿っていたのだ」

「古代ゾイド人の研究がてら、ってか」

「そういうことだ。その時にワタシが研究していたデスザウラー、完成間近まで言ったデスザウラーを封じたことで奴と溝が出来てな。以来、奴は真なるデスザウラーをその手で蘇らせることに注力していったのだ。ワタシはワタシで、別にデスザウラーを、お前に倒されたプロトデスザウラーを作り上げる研究に移行したのでな。構ってられなかった」

 

 自分で作りだした脅威を投げ出して別の脅威を生み育てていたという訳だ。つくづく迷惑な博士である。起こる気力もなくなったローレンジは、しかしザルカの言葉に引っ掛かりを覚える。

 

「……ザルカ。つまり、このエウロペのどこかにお前が作り上げたデスザウラーがもう一機いるってことか?」

「その通りだ」

「そいつが脅威になる可能性は」

「ない」

「どうして」

「以前の話の続きだがな、それを目覚めさせる鍵として、ワタシは人工的に、古代ゾイド人の力を宿した素体を用意した。が、アクシデントが起き見失ってな。そのデスザウラーを封ずることを決意したのはそれが原因だ。ヒルツと違ったのも、それだ。後に鍵となる素体は発見したが、取り戻すことは出来んかった。さらに、最近になってその素体がすでに死んだという話を耳にした。もう、あれが目覚める可能性はないだろう」

 

 そう語るザルカは、普段通りだ。特に変わることはない。話におかしな点はなく、「まぁそれなら」とローレンジも矛を収める。

 しかし、そこにフェイトが食い込んだ。

 

「ねぇ、ザルカさん」

「何かな?」

「その、さっきの話ってさ、もしかして……」

「……そうだな。時が来れば、お前には話さねばならんかもしれん」

 

 フェイトの危惧した何かは、ローレンジも思い当たる節があった。ただ、フェイトの前だから言いたくはなかったし、内容を掘り下げる気もない。少なくとも、この場では。

 

「さて、そろそろ目的地ではないかね?」

 

 ザルカの言葉に、ローレンジは意識を思考から現実に引き戻す。

 小高い丘の上に、真紅の魔装竜の姿があった。

 

 

 

***

 

 

 

 戦いは終わった。自身の、そして多くの人の運命を弄んだギュンター・プロイツェンはあっけない最期を迎え、それすら利用し復活したデスザウラーも、ヒルツ諸共死んだ。

 長年、十年以上もの間自信を縛ってきた柵と束縛は、ついになくなった。

 と同時に、気付いたことがある。

 

「……これからどうするか、か」

「そうだね」

 

 ポツリと呟いた言葉に、傍らの青髪の少女が応じる。自身と同じように、長い年月を縛られ続けてきた少女だ。

 彼女が味わってきた苦痛は、自分などには到底理解できない。ただ、それは彼女にとっても同じだろう。プロイツェンに縛られ続けてきた自身の全てを、彼女が理解できるとは思っていない。

 

「僕ら、犯罪者だからね」

「罪を償う、か」

「また獄中暮らしかぁ……」

「そんなのは御免だろう? リーゼ」

「レイヴンと一緒なら、それも悪くないって思うけど」

 

 冗談めいて言うリーゼだが、本心ではないことくらいは分かる。やっと解放されたと言うのにまた縛られ、閉じ込められる日々は、きっと自分たちの精神を病ませてしまう。かといって、今から軍に出頭したところでそれ以外の措置を取られるとも思えない。

 身の上話をして同情を買い情状酌量を図る――のも面倒だ。それに、好んで話したくもない。

 

「とにかく、移動しよう。ここに居れば、いずれ追手がやってくる」

 

 自分たちがこの戦場に立っていたことは知られていて当然だ。そして、疲弊し傷ついているジェノブレイカーならば、今まで捕らえることの叶わなかったレイヴンを捕らえる絶好のチャンスだ。逃す奴はいない。

 リーゼも反対はしなかった。ただ、

 

「せっかく解放されたってのに、僕らは逃げ続けるしかないのかな……」

 

 寂しそうにつぶやくリーゼに、返す言葉もなかった。

 そう、いくら利用され、同情を変えるほどの辛い過去があると言っても、自分たちが成したことに変わりはない。多くの人を惨殺し、その精神を弄び、エウロペが頽廃する――ニューヘリックシティが壊滅すると言う大惨事の片棒を担いでいたことは紛れもない事実だ。

 罪を償うと言っても、禁固刑でも二ケタは下って当然。多くの人々の反感と憎しみを背負い、再び束縛される生を歩むしかないのだ。それは、生涯続く。

 

「ま、仕方ないよね」

 

 儚く笑うリーゼに、同じように仕方ないと捉える。リーゼの目は告げていた。逃げ続けるのは、もうやめにしたいと。世間に背を背け続けて、あまつさえ恨み続けて生きてきた。もう、そんな人生は終わりにしたいと。

 リーゼが操縦席の奥に潜り込み、レイヴンもその席に座ろうと手を取る。

 ウルトラザウルスに向かうか。

 そう口にしようとした、その時だった。

 

「待てよ」

 

 懐かしい、その声が、レイヴンとリーゼを引き留めた。

 

 

 

「……ローレンジ」

「やっと、お前の口から俺の名を聞けた気がするぞこの野郎。散々逃避行し腐って、またどっかに雲隠れするつもりか? まだ、逃げ続けんのか?」

「違う。俺たちは……投降するよ」

 

 自分でも意外なほど、すんなりとそのセリフが零れた。すると、今までの迷いが、一気に氷解していく。

 

「俺たちは、いろんなことをやってきた。人道を外れたことを。今更弁解するつもりもない」

「罪を償う、か」

 

 ローレンジはため息交じりに呟いた。

 

「お前もそれが望みだろう。記憶の無かった俺にそれを告げなかったのは、俺がそれを受け入れられないから。今なら、もう、理解できる。俺たちは、こうするべきだ」

「レイヴン……、ああ、僕も、そう思う」

 

 リーゼも、レイヴンの覚悟に従った。だが、

 

「ねぇ、待ってよ」

 

 憮然とフェイトが現れたシュトルヒを降り、しっかりとした足取りで向かってくる。

 

「リーゼ。あなた満足?」

「満足って……」

「そうやって全部を受け入れた気になって、罪を償うんだーって。あなたは納得かもしれないけど、わたしは納得できないよ」

 

 リーゼはしばし考えゆっくり首を傾げた。するとフェイトは「あーもう!」とじれったそうに言う。

 

「ホント、みんな勝手だよね。プロイツェンも好き放題言ってわたしの想い揺さぶって、んで勝手に死んで。あなたもそう。バンやフィーネに散々迷惑かけてさ、ごめんなさいの一言もなしに牢屋に入ろうって? 歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のみんなにも迷惑かけて」

 

 そこまで捲し立て、今度はその鋭い視線がレイヴンに飛ぶ。

 

「ジョイスも!」

「俺は……レイヴンだ」

「どっちでもいいよ! ジョイスはさ、自分が勝手なことした所為で鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のみんなに迷惑かけたの分かってる? おかげでロージはいっつもイライラしてるし、ヴォルフさんもあっちこっちで愚痴ってばっかり。今のエリュシオン空気サイアクだよ!」

「そ、それは……」

 

 勢いのままに捲し立てるフェイトに、さしものレイヴンとリーゼも二の句が継げない。そんなフェイトをローレンジは「落ち着け」と肩を叩く。

 

「あいっかわらずお前は俺のセリフを乗っ取るな」

「ロージが遅いのがいけないんだよ」

「あーあー、そうかいそうかい」

 

 投げやりな口調でローレンジは告げ、肩をすくめた。そして、ジェノブレイカーに歩み寄り、その操縦席の端に手をかける。

 

「さっきさ、ヴォルフから話があったんだ。デススティンガーとの決戦以来、少しずつだがジェノザウラーが各地に散らばってるって」

「……何が言いたい」

「散ったジェノザウラーは確実にこの先の惑星Ziの復興の障害足りうる。現に、俺たちが総出で留守にしてる間に獣の里(アルビレッジ)近くにもジェノザウラーが出たらしい。ジェノザウラーに対抗できるゾイドなんて限られてる。だから――」

 

 そしてローレンジは告げた。いつものように挑みかかる様に、しかし、友ににかけるように穏やかに。

 

「戻ってこいよ、ジョイス=レイヴン。リーゼも一緒にさ、俺たちの――愛獣黒賊(ブラックキマイラ)に」

 

 瞬間、レイヴンは自分の視界が晴れるのを感じた。

 散々世間に敵対し、もう誰も受け入れてくれないものと思っていた。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にしても、迷惑しかもたらさない自分などもう斬り捨てて当然だ。加えて、リーゼもいる。端から敵対し続けたリーゼなど願い下げで当たり前。

 

「……いい、のか」

 

 もう、自分たちを受け入れてくれる場所など、どこにもないと思っていた。二人で罪を償い、ひっそりと生きていくしかない。それでもいい。それしかない。そう思っていた視界の暗雲は、一気に晴れていく。

 

「うちのメンツは、世間に背いた馬鹿しかいねぇ。だから、信じろよ。お前らの、新しい居場所を」

 

 レイヴンは下を見た。操縦席の下にはフェイトが居た。傍らにはニュートが、そしてシャドーとスペキュラーも、主たちの意志に反してそこにいる。サイカーチスが近づいてくる。ザルカだ。いつものように馬鹿笑いを響かせ、笑顔だった。見慣れない顔も、リュウジだ。不満そうに「今度は僕が勝ちますよ」と唇を尖らせている。

 

「レイヴン……」

 

 リーゼは柔らかい笑みを浮かべて立ち上がっていた。彼女も、もう決めたのだ。なら、

 ローレンジが差し出した手を、リーゼと二人で掴む。

 

 

 

「改めて、ようこそ同類。俺たち真っ当な道から外れたはみ出し者集団、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)へ」

 

 闇夜の道を歩んできた二人は、今、夜明けへ向けて一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 イヴポリスより北西、ガリル遺跡の地下深くに、その基地はあった。ギュンター・プロイツェンが遺跡のデータを採取するために作らせた基地だ。しかし、その基地の所在はガイガロス郊外のプロイツェンの研究所の壊滅と共に、書類ごと焼失していた。

 この場所を知る者は、当時のプロイツェンの協力者の、さらにその一部でしかない。

 

「手ひどくやられたようだね」

 

 そんな協力者の一人だったリムゾン・オクサイドは、基地の奥深くで光の繭に包まれたライガーゼロ・シロガネを眺め、同じくそれを見つめる黒髪の少年に告げる。

 

「あんな結末は考えてなかったよ。適当に戦って、ローレンジを倒して、そのままトンズラしようと思ってたのにさ」

 

 「でも感謝だよね」と、コブラスは口端を持ち上げ、笑いながら言った。

 

「おかげでシロガネは新たな力に目覚めた。いつそれを発布できるかは分からないけど、これなら数年先の戦いにもついていける」

人工金属生命体(ゾイドブロックス)の機能まで取り込まれてしまった。東方大陸から取り寄せたあれは貴重なんだぞ? 現状では、テラガイスト連中が独占しているからな」

「ごめんごめん。でもさ、それを取り込んだシロガネ、どうなるんだろうね。楽しみだよ」

 

 本当に楽しそうに語るコブラスは、彼が心の底から戦いを愉しんでいることを裏付けていた。戦いばかりの惑星Ziに終焉を。そんな目的をかかげるコブラスと、戦いを愉しむコブラス。どちらが本当の姿かは、考えるまでもない。

 ともあれ、コブラスの新愛機に関する話題はここまでだ。互いの戦果報告がまだなのだ。

 

「……オルディオスのコアを解析して見つけ出した異なるゾイドのコアの融合。これはひとまず成功だ。死にかけ同然だった【ルビースコーピオン】と【サファイアスコーピオン】、二体のコアを融合させ、【デススティンガー】として完成に至った。オルディオスが馬と竜の融合で誕生したのだ。オルディオスのように異なる生物同士の融合が今の技術で可能なのかはまだ分からないが、同一生物のコアの融合はなされた。ひとまず第一段階と言ったところか」

「つまり、異なる生物同士の融合で完成するゾイドを生み出すことが出来れば、可能ってことかな?」

「それについても、融合金属生命体(キメラブロックス)の完成をテラガイストから聞いている。最終的には双方の技術を合わせる。デススティンガーよりもワンランク上の存在同士の融合、それも現実味を帯びて来ただろう」

 

 両者ともコアは停止した。確保は容易だ。

 そう、リムゾンが告げると、コブラスは「うんうん」と頷く。

 

「君はどうかな? コブラス君?」

「順調さ。ヒルツ達と一緒に居たおかげで、はみ出し者たちのいくつかをこっちに引き込めた。みんな、世間への反骨神で一杯さ。世間をひっくり返すことに好意的だよ」

 

 「それはけっこう」とリムゾンは満足げに語る。すると、コブラスが「それから」と続けた。

 

「イヴポリスの底に「落ちたおかげで面白い者も見つけたよ。コアと融合して、その道化に落ちた彼」

 

 くいっと指を後ろに向けるそこには、赤いオーガノイドが立っていた。両者を見比べ、「グルルル……」と低く唸る。

 

「けっこう。では、俺たちはもう一度世間から身を隠すとしよう」

「また数年か。その間のカモフラージュは?」

「もうすぐテラガイストが行動を起こす」

「そっか、君の傍にバイスがいないもんね。もう帰ったのかい?」

「ああ、惜しい人材だった」

「仕方ないさ。それで、どのくらい時間がかかる?」

「テラガイストのことかい?」

「うん。時間はあればあるだけいい。差し当たって、追われてる訳じゃないからね」

 

 コブラスの言葉には、リムゾンも同意だった。此度の事件のためとはいえ、使える駒のいくらかは消費してしまった。それも、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の予想外の活躍で、想定以上に消費されてしまった。戦力を確保するには、時間が必要だ。

 そして、コブラスの相棒が新たな姿を得るためにも。

 

「なに、たっぷり稼げるだろう。あとはガルド君たちに――いいや、()()()()()()に委ねるとしよう。もっとも、彼らにとってはこれからが正念場なのだから……」

 

 ばさりとコートの裾をはためかせ、リムゾンは悠然とその場を去る。

 コブラスは、じっと相棒の包まれた繭に目を落としていた。

 

「あと数年、あと数年だ。そうすれば、僕の意志に反対する五月蠅い声は消し去れる。真に戦いを楽しめる時が、最高のゾイドバトルが、すべてを終わらせてくれるんだ。最高の形で……」

 

 惑星Ziの騒乱は、まだ終わりを見せない。

 

 

 

***

 

 

 

 そこは、エウロペから遥か遠く、僅かながらその地の情報がもたらされるのみの、暗黒大陸とは別の意味で未開の地だった。

 嘗ての惑星Zi大異変の影響を大きく受け、その地には野生のゾイドと呼ばれるものが悉く死滅した。

 生活の糧となるゾイドを失くした人々は、独自の文化を発展させるに至る。すなわち、僅かに残されたゾイドコアとオーガノイドの亡骸を解析して作り上げた全く新しい人口のゾイド――人工金属生命体(ゾイドブロックス)である。

 

 淡い桃色の花が舞い散る木々の下で、男は立っていた。少々乱れた金髪に、分厚いバイザーで目元を隠した青年。

 

「ガルド」

 

 青年――ガルド・クーガルの元に薄い黄緑の挑発の女性が近づく。部隊――テラガイストの指揮官であるガルドに砕けた口調で話しかけられるのは、現状彼女一人であった。名をレイカ・ヘクセ。

 

「レイカか」

「リバイアスから連絡が入ったわ。エウロペでのデスザウラーの案件、決着がついたみたい。それから、暗殺には失敗だそうよ」

「そうか。出来るなら取り除いておきたかったが、しかたあるまい。次の手を打つまで。()()は?」

「健在よ。ただ、少しずつ溝が深まってるわ」

「そうか、()()()()だな」

「でもあちら――歪獣黒賊(ブラックキマイラ)からは連絡が途絶えたままよ」

「取り込まれたか。仕方ない。あそこの長は、私もよく知っている。食えない奴でな、懐柔がうまい男だ」

 

 その時、ガルドが今日初めて笑ったように、レイカには見えた。なにがそんなに嬉しいのだろう。自身の恋い焦がれる青年は、時々分からない時がある。

 

「全軍に通達しろ。我らが動く時が来た、と」

「ええ」

「それから――にも伝えておけ。タイミングは指示する。発動の時は、近い」

 

 発動の時。それは、エウロペが割れる瞬間、その引き金だ。その意味を、何がなされるかよく知るレイカは、普通を装って返す。もう引き返すことはできないのだから。

 

「分かったわ」

 

 それからしばらく、ガルドは無心に花を見つめていた。しばし、傍に控え、やがてレイカもその横に立つ。

 

「きれいな花だ」

「ええ」

「サクラというらしい。異星の花だとか。飾らないところが、また奥ゆかしい」

「ガルド……」

「しばし、見ることは叶わなくなるな。…………行こう、我らの、新生ゼネバス帝国の――建国の時だ」

 

 

 

 エウロペ最大と呼ばれることになる動乱は幕を閉じ、そして予定調和の如く惑星Ziにおける最大の戦乱の時が――『戦争』の始まりが音を立てて迫っていた。

 




 これにて、第四章魔獣覚醒編、完結です。
 読了、誠にありがとうございました。本日の20時11分より後書きも投稿しますのでそちらも目を通していただければ幸いです。
 また、本作の今後についての重大なお知らせも同時刻に投稿いたしますので、よろしくお願いします。

 最期に一言、ここで言わせていただきます。
 私がこの物語を書きたかった、その最も大きな欠片は、この先の章にあります。

 ハードル上げるなぁ、私。

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