胸部を貫かれ、生命核たるゾイドコアを失ったデスザウラーは、大きく伸び、そのまま前のめりに倒れ込んだ。数泊の後、その背が爆発する。次いで腹部が、尾部のミサイルハッチが、背の荷電粒子コンバータが、口内の荷電粒子砲が。
もはやデスザウラーという生命体から魂は抜け落ち、抜け殻となった鉄屑は意志を失くし、制御も効かず暴発する。同時に、イヴポリスも崩落を始めた。デスザウラーの各部が爆発する衝撃に、長い間ゾイドイヴの庇護の元形を保ち続けた古代都市は、いよいよもって崩壊を始めたのだ。
もう、この地を訪れるものもいなくなるだろう。ゾイドイヴの立っていた大地も崩落を始め、イヴは音を立てて沈んでいく。
イヴポリスは、デスザウラーを封ずる地としての役目を終え、惑星Ziの大地から消え去ろうとしていた。
その崩落を見届け、バンはフィーネを回収しすぐに脱出する。増援として駆けつけていた帝国軍の部隊も撤収を開始した。
戦いは、終わったのだ……。
崩れ落ちてきた瓦礫を足場に跳躍し、
「向こうは終わったみてぇだぜコブラス! お前も逃げたらどうだ!」
「そのセリフ、そのまま返すよ。君もこのまま破滅終焉の大地の土になるつもりかい?」
「お前が逃げるんなら、勝負はお預けにしてもいいけどな!」
「そんな風には、見えないね!」
互いに言葉を交わしながら、ローレンジとコブラスは全てをぶつけあう。執拗に格闘戦を強いるコブラスに対し、ローレンジは近距離での戦闘をどうにかいなしつつ、近・中距離を交互に行き来しながら射撃と格闘を交えて応戦する。
世間ではバンとレイヴンのライバル関係と、二人の間で行われる息もつかせぬ攻防戦を評価する声が非常に多い。特にレイヴンがジェノブレイカーを手にしてからというもの、二人の関係はより世間に知れ渡り、緊迫した事件であるにも関わらず、その白熱した戦闘を称賛する声も上がった。
これが、世間を恐怖に陥れるものではなく、嘗てゾイド戦士たちが競った競技としての戦闘ならば、どれほどよかったことか、と。
そんな世間の評価は、しかしこの二人の戦いを見れば揺るがされることは間違いない。
ローレンジとコブラス。二人の戦い方は、バンやレイヴンのそれとまるきり違う。
バンとレイヴンの戦いは、互いが互い、相手を止めることを、倒すことを念頭に行われている。決着がつかずともよい。何度も何度も戦い、それでも決着はつかず、しかし戦い続ける。好敵手の戦いという言葉が何より相応しい。
対してローレンジとコブラスはどうか。この戦いの中で二人の終着点は常に一つだった。
互いにコックピットを狙われたのは幾度も。隙あらばゾイドコア諸共噛み砕いてやろう、引き裂いてやろうという容赦のない攻め手。火器を有するならば、それを誘爆させて手傷を負わせることも辞さない。
要するに、全くの情けが無かった。お互いがお互い、相手を仕留めること、『殺す』ことだけを最終目標として、止まることもない。共倒れも視野に入るほど、殺伐とした戦いだった。
それを直に感じたのは、ローレンジを援護するレイ・グレックだった。止めることも出来ず、ただただその戦いに魅せられるしかない。
フェイトとリュウジもそうだ。特にフェイトは、今まで何度となくローレンジと共に、時にはグレートサーベルのコックピットに乗り込み、共に戦場に立った。ローレンジの傍にあるのは自分だと言う自負もあった。暗黒大陸でその立場に立ったタリス・オファーランドに嫉妬するくらい、ローレンジの妹であり相棒である誇りを持っていた。
しかし、こんな戦いは未だ嘗て見たことが無い。手が止まらない。足が止まらない。繰り出される火砲の轟音と爆音、爪牙が風を切る音、戦闘にかかわるすべての音が、殺陣を盛り立てる
「ちっ、邪魔だなぁ」
不意にコブラスが愚痴ると、唐突に完成された空気のような戦場から飛び出す。支援射撃を続けていたレイ・グレックのシールドライガーDCS-Jの元へ、一息に飛び込んだ。
「しまった!」
僅かとはいえ魅せられていたことでレイの反応が遅れた。その隙に、シロガネの爪がシールドライガーDCS-Jの前足を叩き斬った。瞬きほどの瞬間で斬り捨てられ、気付いたのはすでに腕が薙がれたあと。
振り抜かれたシロガネの左前脚が地面に着き、入れ替わる様に右前脚の爪が閃く。コックピット目がけて振り下ろされるその一撃に、レイは覚悟する。
「よそ見してんじゃねぇ」
一瞬の覚悟を、しかし背後から雷速で近づいたサーベラの牙が遮った。振り上げられた右前脚に牙を叩き込み、そのまま力づくでシロガネを持ち上げ、叩きつけ、放り投げる。
「レイ、もう入って来るな。邪魔だ」
投げやりにローレンジは告げ、レイの反応を見ることなく再び駆けた。その一瞬でコブラスとシロガネは体勢を立て直す。使い物にならない右前脚を咥え捨て、崩落するビルの瓦礫を躱すローレンジとサーベラの上に飛び掛かる。三本の爪が閃き、サーベラの背中を容赦なく叩きつけた。
「フェニス!」
「ニュート!」
両者の叫びに応え、付近で争っていた猛禽と大蜥蜴のオーガノイドたちは互いの主のゾイドに融合する。蓄えたゾイドイヴの力が瞬く間に両機の全身を駆け巡り、損傷を癒していく。
傷が修復する時間すらもどかしく、両者は向き合った。乱暴に崩落大地を蹴り飛ばして駆けるシロガネに、その進撃を少しでも狂わせようと連続してビーム砲を見舞うサーベラ。ゼロ距離に到達した瞬間、サーベラの牙がシロガネの右前脚を切りつけ、シロガネの左爪がサーベラの頬に太い傷を刻み込む。
「ねぇローレンジ、君が僕と戦いたい理由はなんだい? まだ、九年前のあの日のことを引き摺ってる?」
「九年前? そりゃ、あの兄妹のことか?」
「そうさ。ニクスで、君は二人を殺したことをまだ引き摺ってた。それが許せなくて、きっかけになった僕を倒すことで一瞬の満足を得ようとする違うかい?」
ローレンジの目がモニターの照準越しにシロガネの姿を捉える。指がボタンを叩き押し、一斉に8連装ミサイルが放たれた。
「それな、確かにテメェを殺る理由には十分だ。以前なら、それだけでテメェに刃を立てられる。でもさ、少し冷めちまったよ。奴等から貰ったからなぁ、遅すぎる生存報告って奴をよ」
「ああ、二人ともまだデルポイに居るんだ。雷神の守護者の後任になっちゃったみたいだね。でも、ならどうしてここまで必死になるんだい? 僕の
あの日と同じように、放たれたミサイルはあっという間に迎撃される。いや、シロガネは装甲を外して身軽になっている分、あの日よりも軽やかに、そして荒々しく、獰猛に挑みかかってくる。それを、ローレンジは的確にさばいている。
「まぁ、体裁的に言ったらそうかもな。でも違う」
「へぇ」
再生した右前足を振り上げてシロガネが飛びかかる。それを、サーベラは同じように自身の爪で防いだ。四足歩行の獰猛な獣二匹が、互いに前足を振り上げて押し合った。鼻先同士がぶつかり、相手の吐息が間近に感じられる。
「お前さぁ、
「それが理由?」
「その後さ、リーゼとヒルツがうちを襲ったんだ。今度は保護してたガキども狂わされて、中には今も意識が混濁してる奴もいるんだ」
言葉を吐きながら、ローレンジは自分の中にいくつもの顔が浮かぶのを自覚した。
ヴォルフが。
フェイトが。
ジョイスが。
タリスが。
ヨハンが。
リュウジが。
そして、
「俺は傭兵団
サーベラが勇ましく吠え、後ろ脚に力を籠めてシロガネを押しのける。少しずつ、サーベラの力が強くなっているように、コブラスは感じた。そして、それは事実だ。
「昔は全部なくしちまったが、今の俺には失くしたくねぇもんが山とある。お前はそれを汚した。
嘗て、ローレンジはサーベラの意志を理解した時、サーベラを評した。
『私怨なんかで戦うんじゃなくて、誰かを守る意思があって初めて戦う。そうだな。野生のゾイドが我が子を守るために戦う様に……こいつはそう言う戦いこそ自らの戦場と見定めている』
『例外もあったぜ。強敵との戦いとかさ、血沸き肉躍る戦いは、こいつの好物だ』
そして今、コブラスのシロガネとの戦いは、サーベラにとってどんな戦いに映っているだろうか。それは、言うまでもないことだ。
「師匠は気まぐれで俺たちを育てたってよ。でもあんときの、厳しくて、残酷で、それでも俺たちを弟子として導いてくれた師匠がいたから、今戦える」
コブラスは強い。そんなことは、言われなくても解っている。
共和国最強のライガー乗りであるレオマスターのレイ・グレックを越え、エナジーライガーの力を宿したヴォルフのバーサークフューラーZと互角に渡り合った。バンでさえ綿密な作戦と仲間たちとの共闘があって初めてまともな戦闘を展開できたレイヴンのジェノブレイカーと、単機でせめぎ合ってもいる。
実力だけで言えば。間違いなく惑星Zi最強の一角を占める。ローレンジでは、太刀打ちできないかもしれない。
だが、負けられない。
それは、ローレンジとコブラスの間にある過去の因縁だからではない。
『今』だから。
『今』のローレンジにコブラスが喧嘩を売ったから。
頭領である『今』のローレンジの仲間たちを汚したから。
兄であり師匠である『今』のローレンジに、戦いを仕掛けたから。
鮮血と後悔に塗れた過去ではない。
『今』を、そして『
「お前の兄弟子だからじゃねぇ、俺たちの邪魔をするから! 俺の群れを穢したから! テメェを殺して、排除するんだよ!」
ガァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!
ギィァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!
ローレンジに応えるように、サーベラが、ニュートが吠えた。
負けられない戦いを、相棒たちと共に勝ち抜くために。
「コブラァァァァァァァス!!!!」
「……君、僕の事、甘く見てない?」
押しのけ、吠えたて、駆けたサーベラの身体が、真っ二つに引き裂かれる。
黄金の爪を輝かせ、シロガネは静かに見下ろしていた。
***
見てろ。
そう言って戦いに赴いたローレンジは、今まで見たこともなかった。凄惨で、悲惨で、見てるだけで胸が痛くなりそうな戦いを展開した。
きっとローレンジは、自分の全てをさらけ出す覚悟を決めたのだろうと、そう思った。だから、今まで口にはしつつも、決して見せようとしなかった
こんな自分でも、まだ着いて来るのか? と。
フェイトは、同時に思い至った。タリスは、ローレンジのこの姿を見たことがある。
タリスはそれでも態度を変えなかった。殺し屋である自分を真に受け入れてくれた彼女だからこそ、ローレンジはタリスに自身を委ねることを決めたのだろう。自身の副官として、傍に居る女性として、共にあることを決めたのだ。
互いにそれを語ることはなかったかもしれない。だが、言葉はなくとも、すでにその信頼は堅実なものとなっていた。
それは、フェイトが得たものとは違う、別の形の、信頼。
そのローレンジは、今、真っ二つに切り裂かれたサーベラの中で横たわっている。
信じて欲しかった、いつもそばに居て欲しかった兄は、崩れゆく大地に身を投げ出している。
「う、うぁぁぁあああああああっ!!!!」
同乗させたリュウジが「フェイト!?」と言ったのもよく聞いていない。今にも崩れ落ちそうなシュトルヒは、それでも主に応えんと翼のマグネッサーシステムを起動、崩落する瓦礫の中で空へと身を躍らせる。
「ロージ、ロージ! わたしは、わたしも!」
強くなったんだ!
その叫びは、跳躍したライガーゼロ=シロガネに叩きつけられたことで虚空へと消え去る。翼が叩き斬られた。ビーム砲もひしゃげ、もうシュトルヒに攻撃手段はない。
墜落するシュトルヒの下に黒の獅子が割り込む。シールドライガーDCS-Jだ。
「……レイさん」
「降りて、下がってろ」
シールドライガーDCS-Jは身体を揺すってシュトルヒを落とす。同時に、背中のビームキャノン砲も脱落させた。
DCS-Jを象徴する武装がビームキャノン砲だ。シールドライガーの機体にはいささか荷重となりえるこの装備を持った上でノーマルなシールドライガーと同等の運動性能を発揮できることが、DCS-JがJである所以である。
「負けられないのは、俺もだ」
「レイさん?」
「俺はレオマスターだ。その誇りに賭けて――それに、なにより、
レイとシールドライガーが駆けた。前足の片側を失い、その機動力は大きく低下している。そんな状態では、ライガーゼロ・シロガネを補足することなどできるはずもない。
「無駄だよ。たかだかレオマスターの一人なんかに――!?」
憮然と言い、牙と爪を閃かせ挑みかかるライガーゼロが、弾かれた。
「どうした。まさかシールドライガーのEシールドを忘れていたなんて言うんじゃないだろうな」
シロガネの爪牙がシールドライガーの顔面を引き裂く刹那、コンマ一秒の瞬間で発動させたEシールドだ。展開されたEシールドはそれを考慮していなかったシロガネの機体の前面に激突し、その反発力で持って機体を弾き飛ばしたのだ。
Eシールドを発するには、機体を操作し、鬣の発生装置を立ち上げるなどの手順が生じる。咄嗟の判断でそれを行うのは、並大抵ではない。Eシールドはその装備を前提としたシールドライガーにとってもエネルギー消費が大きく、多様出来る武装ではない。
一瞬のみの発動はその消費の無駄を省けるが、同時に高度な技術と勘がものを言う。
レイ・グレックは最年少レオマスターとして名を馳せている。その勇名は、伊達ではない。
「忘れてたよ。君も、この場に立つに十分な実力の持ち主だったね。けどさ!」
数度、シロガネとシールドライガーDCS-Jが打ちあう。しかし、軍配が上がるのはやはりオーガノイドの力と、既存のゾイドを大きく超える力を有したライガーゼロだ。その差は、さしものレオマスターであっても埋めがたいものだった。加えて、コブラス自身のゾイド乗りとしてのセンスも達人クラスだ。
早晩、レイ・グレックのシールドライガーDCS-Jも右足を全てきり伏せられ、大地に叩きつけられた。
「終わり、か。まぁ予定通りかな。この先の計画のためにも、君たちには生きていてもらう訳にはいかない」
悠然と歩み寄り、シロガネが爪を振り上げる。その爪が降ろされる先は、サーベラのコックピットだ。
「――だ、だめっ! やめて!」
フェイトがコックピットから身を乗り出して叫んだ。しかし、シロガネは――コブラスは止めない。
「バイバイ、ローレンジ」
「やめてぇええええええええ!!!!」
その爪は、中空で止まった。
「あれ?」というコブラスの言葉が零れた瞬間、横合いから現れた藍色の巨体がその身体を
「うちの四天王の一角を、ずいぶんとやってくれたじゃあないか」
フェイトが見たことの無い機体だ。長い鼻を有し、その鼻の先に備えられた
藍色の巨体――エレファンダーが「プォオオオ!」と咆哮すると、その下のグレートサーベル――サーベラの残骸にのしかかるように崩れた一体のライガーゼロが顔をのぞかせる。
「あーあー、せっかく
「ハルトマンさん、それにヨハンさん……」
「よぉ若頭領。家出は楽しんだかい?」
モニターに表示されたヨハンは、年齢を感じさせないさわやかな笑みを起こる。「油断するな」とハルトマンの緊張した声が、ヨハンののんびりとした口調で崩れかけた場の空気を引き締めた。
それだけではない。
イヴポリスは、崩壊を始めている。集ったゾイドは、軍はすでに撤退を完了させていた。
なのに、だというに、コブラスとの戦場を取り囲むようにして種々雑多なゾイドが集結していた。
その多くはヘルキャット。中にはブラックライモスやモルガといった機体も混じっている。その多くは小型中型に分類される機体で、なおかつ旧エウロペ戦争の頃から使われていた旧い機体だ。
旧い機体を使うものはその多くが軍に属さないものだ。例えば小さなコロニーの自衛用。例えば盗賊や山賊。例えば……賞金稼ぎや傭兵。
崩れ落ちたビルの一角、その上に一体のゾイドが立った。セイバータイガーだ。高速戦闘を得意とする機体には不釣り合いな大きさのビームランチャーを背負った、旧大戦におけるMK-2カスタム機。傍らに不満そうなクリムゾンホーンを従え、セイバータイガーのパイロットはコックピットを開き、――タリスがマイクを手に宣言する。
「戦いたいのでしょう? ならば、私たち
現れた軍勢、傭兵団
「はは、あはは、あーはっはっはっ!!!! なに? 君たちが僕の相手? 君たちの大好きな頭領を殺した僕に、勝てるとでも?」
「おっと訂正させてくれ。俺たちは頭領が好きなんじゃない。頭領が作ってくれた
「そうみたいだね。もうここが崩れるまで時間が無いってのにさ」
ライガーゼロ=シロガネが吠えた。新たな標的に歓喜するように。現れた対戦相手を憂う主の想いを受け、猛々しい雄たけびを上げる。再び、虐殺劇を繰り広げることを、知らしめる。
「……まったくだ。命令してもねぇのに、戦場のニオイかぎつけてこんなとこまできやがって」
ポツリと溢された落胆のセリフは、残骸の中からだった。
「ロージ!」
「頭領!」
「ようやくお目覚めかい?」
フェイト、タリス、ヨハンが口々に言い、それを受けてローレンジは「はぁ」とため息を吐く。
「人が敗北噛みしめてたってのにゾロゾロと、休んでられねぇなぁ――頃合いだ。やるぞ、ニュート。見せてみろ。イヴの光を浴びたオーガノイドの力って奴をな」
「キィ」という声が嬉しそうに微笑み、その瞬間、サーベラの機体が光に包まれた。
「これって……」
「まさか……」
フェイトとレイは、その現象に心当たりがあった。バンとレイヴンのゾイドにそれが起きていたのだから。
それがまさか、このタイミングとは。
「なるほどね。でも、させないよ!」
シロガネの爪が輝く。
この現象が伝え聞いたそれと同じなら、一切の攻撃が通用しない。だが、まだ全てを防ぐ繭は完成していない。妨害される危険は、十分にあった。
「近づけるな!」
タリスの号令が響き、一斉に火砲が唸りを上げた。いくつかを受け、しかしシロガネは止まらない。
「させんよ!」
ハルトマンのエレファンダーが吠えた。背中のミサイルポッドを撃ち放ち、それでもたりなければ鼻を振り上げて叩き伏せにかかる。
「邪魔だな」
シロガネが跳躍すると同時に、爪を押し出した。爪を刃とし、矢と化したシロガネの突撃がエレファンダーの鼻を半ばから断ち切る。
「ハルトマンさん!」
リュウジの悲痛な叫びが、しかし轟音に掻き消された。
ヨハンの試作ライガーゼロが挑みかかるが、現状では奇襲用に光学迷彩を搭載された裸の機体でしかない。強襲戦闘ではシロガネに劣り、一気に叩き伏せられる。
「くそぉ」
試作ライガーゼロが倒れ、繭を守るものはいなくなった。繭は、まだ形成されていない。
「ロージっ!」
「頭領!」
フェイトとタリスが叫び、しかしその手を伸ばせない。シロガネの爪牙が、繭の隙間に飛び込み――
刹那、隙間から放たれた灼熱のレーザーが、シロガネの爪を
「……え?」
コブラスが疑問を持った瞬間、八本の灼熱のレーザーがまとめて解き放たれ、それらは狙い違わずシロガネの腹部を焼き貫く。僅かに残った白銀の装甲が、その下の漆黒の鉄肉が一瞬にしてどろどろの鉄液へとその身を変えていく。
繭が解き放たれ、中から傷一つない
「悪いなコブラス。こんな、冴えない幕切れで」
ローレンジは、淡々と告げる。
「まだ不十分で、内部機構を多少弄った程度らしい。今の一瞬しか、できねぇみたいだ。だから――これで終わりな」
トリガーを引き絞る。
「……
その瞬間、グレートサーベルの全武装から、灼熱のレーザーが放たれた。ミサイルの発射口も、ソリッドライフルの銃口も関係ない。全ての銃口という銃口から、大地を焼き溶かす灼熱が解き放たれる。
「……紅のコア、
「いいや……あばよ、コブラス」
そして、焼け爛れたシロガネの機体は、崩れゆくイヴポリスの大地に、その底へと沈んでいった。
頭領、頭領!
何度も呼びかけられる。その中に「ロージ」だとか「師匠」だとかも混じる。
ああ結局、ここが自分の帰るべき場所なのだ。守り抜く、故郷になるのだ。そう思いつつ、ローレンジはため息を吐くように告げる。
「帰るぞ」
イヴポリスで始まった人知れぬ死闘は、ひっそりと幕を閉じた。
戦闘の後、崩れ行く古代都市に背を向け、傭兵団の面々は歩き出す。
「俺たちの家へ」
次回にて、第四章は完結です。