ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第119話:明日への帰還

 数千年の時を経てなお健在なビル群に囲まれた市街に立ち、グレートサーベル――サーベラは勇ましい咆哮を解き放った。暗黒大陸での戦い以来、ずっとお預けを喰らっていた大好物を待ちきれないと言わんばかりに歓喜と、そして戦意を奮い立たせ、爪牙を向けるべき白銀の獣王に眼光を叩きつけた。

 

「落ち着けよサーベラ。んなに興奮したって、奴はもう逃げねぇ」

 

 宥めるように語るローレンジも、その声には堪えがたい戦意を押さえつけるのでやっとと言いたげだった。

 しかしその前に、とローレンジは通信マイクを取る。

 

「リュウジ、フェイト」

 

 呼びかけられた二人は、崩れ落ちた機体の中でモニターに映し出された()を見る。

 

「取り立てて言うことはねぇ。見てろ。この戦いを」

 

 多くを語る気はなかった。ただやってきた死闘の時を想い、全てをそこに注ぎ込む。ニュートも、またサーベラも、そんな主に身を委ね、その瞬間を待った。

 

 爆音が響く。デスザウラーが、また荷電粒子砲を撃ち放ったのだ。上空でばらけ、各地へと散らばって行く幾本もの粒子砲。それがまた、エウロペの地図を書き換えていくのだろう。

 そして、それを止める術は、現状ゾイドイヴの停止しかない。ちらりと()()()の様子を窺う。同じ結論に達したリーゼがゾイドイヴの破壊を提案するが、素気無く却下されていた。バンとレイヴンにだ。二人は、まだデスザウラーを破壊する気でいる。例えそれが、どれほど絶望的なことでも。

 

 嘗て、ローレンジ達は暗黒大陸でギルベイダーを破壊した。破滅の魔獣(デスザウラー)と同格の力の持ち主である、惨禍の魔龍(ギルベイダー)を、だ。だが、それはギルベイダーを破壊するためのあつらえ向きな機体があってこその成果だ。もしもあの獅子皇(エナジーライガー)がいなければ、果たしてギルベイダーを止めることは出来たのだろうか。

 答えは否だ。古代の時代に最強を誇った彼の機体を倒しきるなど、奇跡でも起きない限り不可能である。

 つまり、この戦いに決着をつけるならば、惑星Ziすべてのゾイドと古代ゾイド人の命と引き換えに、ゾイドイヴを破壊すればいい。それが、もっとも確実だ。

 そう、なのだが……

 

 ――ゾイドイヴ、か。

 

 ローレンジはビル群の隙間から見える女神像を見上げた。どことなくフィーネに似ているようにも見えるそれは、眼下で行われる戦いを無機質に眺めているだけだ。

 その姿、大きさ、表情。何もかもが、修行時代の記憶のそれと()()()()だった。

 

「コブラス、どういうことだ?」

「さぁ、なんのことかな」

「とぼけんな」

 

 「はっ」と短く笑声を響かせ、ローレンジはねめつけるようにコブラスのライガーゼロを睨む。

 

「本当に、あれがフィーネやフェイトが探し続けたゾイドイヴなのかって、そう聞いてんだよ」

「さぁね。少なくとも、フィーネやリーゼ、それにヒルツも。古代ゾイド人はみんなあれこそがゾイドイヴって言ってるけどさ」

 

 コブラスはこともなげにそう言い放つ。そのセリフのニュアンスには、コブラス自身も判別しかねている、ということだ。つまり、

 

「じゃあもう一つ」

 

 操縦桿を握りしめ、サーベラが一歩踏み出す。ベールに包まれた霧の中に刃を切り込むように、ローレンジは言葉を叩きつけた。

 

「俺たちがデルポイで見た『Ziマザー』って呼ばれてた存在。ゾイドイヴ(それ)とそっくりなあれについて、どう説明するんだよ」

 

 通信機越しにフェイトが息を飲む音が聞こえた。当然だ。さっきまでゾイドイヴと信じていた、周りからもそうだと言われていた物体の確証が、大きく揺らいだのだから。他ならぬ、自らにとって最も身近に居た存在である兄によって。

 

「そこは僕も分からないんだ。なぜこれがゾイドイヴと呼ばれているのか。なぜ全く同じものがデルポイのグローバリー台地の奥の遺跡に安置されていたのか。ゾイドイヴを破壊すれば、本当にこの星のゾイドたちは絶滅するのか。『星史観測者(ヒースレコーディアー)』の記憶の中にもその答えはなかった」

「その確証を得るために、お前はゾイドイヴを破壊するつもりか」

「うん。デスザウラーが世界を壊してくれるなら、それはそれでいいんだけど、疑問残したままだとしこりが残るだろ? なら、やってみるのが一番だ。本当にゾイドたちが死滅すれば、それはそれで僕の望みは達せられる。……不本意だけどさ」

 

 「なら」とローレンジはトリガーに指をかけた。ソリッドライフルが火を噴き、しかしライガーゼロ・シロガネは鮮やかに回避する。

 

「レイ! まだ戦えるんだろうな!」

「当然だ!」

 

 怒鳴りつけ、怒鳴り返される。牙が折れ、砲塔の欠けた獅子は、それでもあくなき闘争心と使命感を見に纏い、猛々しく吠えたてる。十分だ。

 コブラスはゾイドイヴらしき何かを破壊すると言った。

 あれが本物のゾイドイヴなのか、破壊すればゾイドも、古代ゾイド人も死滅するのか。謎は尽きない。だが、その可能性は十分にある。

 古代ゾイド人が死滅すると言うことは、ヒルツはもちろん、フィーネとリーゼも死ぬ。もしかすると遠い子孫である自分たちにも、何かしら悪影響が生じるかもしれない。

 ゾイドが死滅する。それは、惑星Ziの生活の基盤が大きく揺らぐ。ゾイドと共存し、生活を営んでいる今の惑星Ziからゾイドが欠ければ、世が乱れるのは当然だ。

 世界の、惑星Ziの平穏のため、コブラスを止めねばならない。

 

 ――いや、一番はそれじゃねぇだろ!

 

 古代ゾイド人の力の一端を受け継いでいるフェイトも死ぬかもしれない。

 そして、ゾイドが死滅することは彼の――ヴォルフの、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の大望への道は消え去ってしまう。

 

 世界がどうなろうと、ローレンジはそれに順応して生きていくだけだ。だが、その異変によって、自身が失いたくない大切な者が消えて行く。ここまで紡いできた、友の大望への道が閉ざされる。

 それこそが、ローレンジには我慢ならない。

 

「テメェとの因縁とか、今は関係ねぇ! テメェを潰す! コブラス!」

「来いよローレンジ。言ったよね。古代都市でケリつけようって。今日この時が、僕らの望んだ、死闘の記念日さ!」

 

 三匹の獅子が吠え、イヴポリスにおけるもう一つの死闘は、佳境を迎えるのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 イヴポリスでの戦いはの主戦場はイドイヴの膝下、ゾイドイヴの無機質な瞳とおぼろげな光が照らす市街地だった。封印から解き放たれ、嘗ての惑星Ziを破滅の闇で飲み込んだデスザウラーがその力を遺憾なく発揮し、進撃する。それを留めるために集った帝国軍の軍勢は勢いを削がれ、足止めの役を果たすことさえできない。抵抗を続けるバンとレイヴンのブレードライガー、ジェノブレイカーでは蟻の抵抗でしかなかった。

 遠く、イヴポリスの外側からその戦場を見ることしかできないウルトラザウルスとその乗組員たちも、意識はそこにしか向けられていない。

 

 だからその側面、ビル群とゾイドイヴの巨体に隠されてしまった人知れぬ激戦は、ローレンジとコブラスの戦いは、その渦中に居る当事者たち以外に、誰の目にも留まることがなかった。……ただ一人を除いて。

 

「ローレンジさん、フェイト……?」

 

 そのただ一人こそが、ゾイドイヴの祭壇で戦場を俯瞰していたフィーネだった。バンとレイヴンが必死にデスザウラーに喰らいつく主戦。誰もがそこにこそが惑星Ziの命運を握る最後の戦いだろうと注視する中、フィーネだけは、その片隅で起こっていたもう一つの戦いに気づいた。

 ローレンジとフェイトが、二人の仲間がなぜ戦っているのか、相対する白銀の装甲を脱ぎ捨てた獅子は何者なのか。それは、戦場から距離のあるフィーネには判別できない。ただ、戦いが終わらない、それだけは理解できた。

 

「もう……やめて……!」

 

 そしておぼろげながら推察する。彼らの戦いも、そして主戦も、デスザウラーが全ての根幹だ。デスザウラーという過去の強大な力に惹かれるように、戦いは終わることが無いのだ。

 

「争いからは何も生まれない。ヒルツ、あなたはデスザウラーの邪悪な意志に支配されているのよ!」

『勝手な推察は止めてもらおうエレシーヌ・リネ。私は、私の意志で破壊を愉しんでいるのだ!』

 

 嘗て、古代ゾイド人は争いの果てに破滅の魔獣(デスザウラー)を生み出した。そして、それに対抗するように惨禍の魔龍(ギルベイダー)が轟雷の魔神が誕生し、抑えきれなくなったそれらのために黒龍(ガン・ギャラド)天馬(オルディオス)が、終焉の使者(デススティンガー)の元となった二体のサソリ型ゾイドが生まれた。最後には全てを葬るために獅子皇(エナジーライガー)が。

 一つの争いが別の争いへと発展し、そしてさらに大きな戦禍を生み広げる。争いは、別の争いの引き金にしかならない。その果てにあるのは、嘗ての古代ゾイド人と同じ結末だ。

 

「なぜ過去から何も学ぼうとしないの。争いが生むのは、破滅だけ。もう、悲しい連鎖は終わりにしないといけないの。でないと、古代ゾイド人(わたしたち)の成したことに意味が無くなる。私たちが今この時代に生きている、その意味も成せない」

『意味ならある。待っていろエレシーヌ・リネ。今この星から、古代ゾイド人(われら)以外の下等な生き物を全て淘汰してやる。デスザウラーの力があれば、古代ゾイド人(われら)がこの星のみならず、全宇宙を制圧することも可能だ!』

 

 朗々と語るヒルツの無謀なセリフに、もはや説得は不可能なのだとフィーネは悟る。ヒルツがなぜこのような思考に至ったのか。それを知ることは、もはや不可能だ。彼の意志は、もデスザウラーに呑まれてしまった。

 

 ――なら、もう、これしかない……。

 

 フィーネの傍らには、ジークが居た。じっと、主の意志が定まるのを待っているかのように。

 

「ジーク、お願い」

 

 フィーネは、悲しい笑顔で告げる。

 ジークの腹部が開き、中から無数のワイヤーが射出され、フィーネの身体を持ち上げた。そして、フィーネの身体からまばゆい光が解き放たれ始める。

 

『なんのつもりだ、エレシーヌ・リネ』

 

 ヒルツの訝しげなそれに、答えるつもりはなかった。

 

『ゾイドイヴを停止すると言うのか?』

 

 答えは、ない。覚悟は、もう決めた。

 

『止めろ! ゾイドイヴが停止すれば、ゾイドはおろか――我ら古代ゾイド人も生きては居れんのだぞ!』

 

 そんなことは、当に知っている。ここに来たその時に、ゾイドイヴを見て、記憶を取り戻したその時に、全て理解した。

 だが、もはやこの争いを止める唯一の方法は、ゾイドイヴの停止以外にはないのだ。

 

『止めろフィーネ! ゾイドイヴを止めるな!』

 

 だが、そんなフィーネに待ったをかける声があった。誰かなど思惑する必要もない。

 

「バン……。ごめんなさい。でも、このままではまたプロイツェンやヒルツのようにデスザウラーに支配される人が現れる。争いは続くわ。この連鎖を断ち切るには、ゾイドイヴを止めるしかないのよ」

『いいや、デスザウラーは、俺が倒す!』

 

 フィーネの硬い決意に、バンの言葉がくさびを射しこんだ。

 

「バン……?」

 

 バンは、ブレードライガーのコックピットの中でいつものように言った。表情を変えず、当たり前のように。

 

『俺を、俺を信じろ!』

 

 

 

***

 

 

 

 フィーネに啖呵を切ったバンは、すぐに通信をウルトラザウルスに繋げる。ゾイドイヴ周辺は発せられるヘルツによって通信機に多大な負荷が生じていたが、命令を無視して上空に待機していたレドームプテラスによって通信は届く。

 

「ハーマン! 頼みがある。俺を、ブレードライガーを、重力砲(グラビティカノン)で撃ち出してくれ!」

 

 バンの策は、以前のデスザウラーとの戦い、そして暗黒大陸で見たギルベイダーとの戦いを参考にしたものだ。

 帝都に現れたデスザウラーは、バン自身がブレードライガーでゾイドコアを貫き、終止符を打った。ギルベイダーは、エナジーライガーの膨大なエネルギーと突破力で機体を貫き、トドメを射した。

 どちらも決め手となったのは、ゾイドコアを貫くと言うことだ。ゾイドコアは全てのゾイドの生命線だ。太古の巨大な力の持ち主であろうと、それは変わらない。

 

 真なるデスザウラーのコアは、デスザウラーの巨体にあいまってかなりの高所にある。イヴポリスのビル群を駆使したとしても届かない。それに、真なるデスザウラーの強固な装甲を考慮すれば、それ相応の破壊力が無ければ到底かなわない。

 重力砲(グラビティカノン)はウルトラザウルスの右側に備えられた、その巨体に匹敵するほどの巨大なジェネレーターによる膨大な電力によって射出される一種のレールガンだ。デスザウラーの巨体を撃ち貫くのに必要な破壊力を生み出すにはうってつけだ。

 

 これが最後の策だ。失敗すれば、ブレードライガーは粉々に砕け散る。しかし、もうやるしかない。バンの覚悟を問うドクター・ディにバンは「ま、なんとかなるさ」と軽く返す。

 

「レイヴン、ここは――」

「任せろ。足止めくらい、俺一人で十分だ」

 

 バンは戦場に踵を返し、ウルトラザウルスの元を目指す。その道中、ビルの隙間から一体のゾイドが現れた。荒々しい金属生命体の鉄肉そのままの姿をした獅子だ。

 

「邪魔はさせてもらうよ。僕も、あいつの仲間って体裁は保たないとね」

 

 見たことの無い機体だ。それに、パイロットの声も聞き覚えがない。だが、ヒルツの仲間の一人であることは予測できた。ビルの壁面を足場に駆け、黄金の爪を輝かせおどりかかる獅子、余裕の無い戦場で疲弊したバンに、それが襲いかかる。

 

 しかし、その必殺の爪が届くことはなかった。横合いから一筋のビーム砲の軌跡が飛びこみ、間髪入れずに漆黒の雷獣が獅子に飛び掛かる。二機はもつれ合う様にして墜落し、互いの爪牙をぶつけるようにして肉弾戦へと移行する。

 

「ローレンジ!」

「構うな! こいつは俺の獲物だ!」

 

 彼らの因縁は、しかしバンにそれを気にかける余裕はない。

 ほんの少し、バンは嬉しかった。ローレンジと話したのは、思えばレイヴンについて口論し、一方的に会話が断たれて以来だ。もう彼と話すことはできないのではないか、そんな予感すらあった。だが、極限状態の中ではあるが、一言ながらも会話を交わせた。

 僅かな安堵が、それを喉の奥に押し込む。

 

「すまねぇ!」

 

 一言言い残し、バンはウルトラザウルスに乗り込むべくイヴポリスを飛びだした。

 その背後デスザウラーの眼前では、レイヴンのジェノブレイカーがデスザウラーに投げ出されたところだった。

 

 

 

***

 

 

 

 ビルの壁面に機体を叩きつけられ、転がり落ちながらもジェノブレイカーは起き上がる。額から血を流しながら、しかしレイヴンの戦意は揺るがない。

 

 イヴポリスにたどり着いたレイヴンは、記憶を失ったシャドーと再会し、牙をむく相棒(シャドー)を取り戻すことに成功した。

 プロイツェンは、そしてヒルツは、自身を弄び、シャドーを奪った。憎き敵だ。反旗を翻すには十分すぎる。

 

『そんなにも終焉が望みか、エレシーヌ・リネ。ならば終わらせてやる。惑星Zi諸共、消え去るがいい!』

 

 バンたちの抵抗とフィーネがそれを信じゾイドイヴ停止を辞める。それを見たヒルツ=デスザウラーは、背部の荷電粒子コンバータを稼働させ、最期の荷電粒子砲の準備に入った。これまでよりもチャージの時間が長い。これで終わらせる気だ。

 

「チャージなどさせるかぁ!」

 

 ジェノブレイカーは既存のゾイドの全てを上回る性能を有している。オーガノイドとの合体も加味すれば、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が誇る完成したバーサークフューラーすら圧倒できるだろう。

 しかし、そんなジェノブレイカーでさえ、デスザウラーは相手が悪すぎだ。全力の荷電粒子砲はあっさり弾かれ、ウェポンバインダーによる連続射撃は重装甲にかすり傷さえ負わせることが出来ない。直前の戦闘で片側が欠落したエクスブレイカーでは、体格差から話にならない。両方揃っていたところで、同じことだ。

 

「戦って、戦って戦って、戦い抜いてやる!」

 

 叫び、レイヴンはウェポンバインダーキャノンのトリガーを引いた。連続して射出される高出力ビームがデスザウラーを爆遠に包み込んだ。

 気力を振り絞るように叫ぶレイヴンに、リーゼから「変わったね、あんた」と言われたような気がした。そうかもしれない。嘗ての自分は、こうまでして全力で戦っただろうか。バンとの戦い以外では冷めきっていた、それ以外に生きる理由を見いだせなかった自分が、こうまでして命を燃やし、戦える。それは、おそらく幾度となく戦ってきたバンに影響されたのだろう。

 

 爆炎が晴れた時、そこに居たデスザウラーは健在だった。全身を淡いピンクの光がつつんでいる。

 

「シールド! バン、奴はシールドまで張りやがった!」

『それで? それがどうかしたのか?』

 

 強固な装甲の上にシールド。これ以上ない絶望を叩きつけられたと言うに、バンはこともなげに言い放って見せる。それは嘗て、どんな強者にも屈することなく戦い続けてきた自分を見ているかのようだ。

 思い出す。二年近く前か。海上に現れた黒龍(ガン・ギャラド)に対し、レイヴンはディロフォースで立ち向かった。相手がどれほどの強者であれ、やることに変わりはなかった。ただ戦い、倒す。

 あの時の自分は別人(ジョイス)だったが、嘗ての、プロイツェンに支配されていた自分(レイヴン)が表出していた。

 影響を受けたのは、自分だけではない。あいつ(バン)も、影響されていた。他ならぬ自分に。

 

 ――それでこそ、俺が唯一認めたゾイド乗り(ライバル)だ。

 

「バン。俺が奴のEシールドを突破する。そこに向かって飛べ! いいな!」

『了解した!』

 

 デスザウラーは、バンが倒す。その露払いが出来なければ、自分はここまで戦い抜いた意味がない。

 

 ――俺が戦う理由は、奴等との因縁に決着をつけるためだ!

 

 荷電粒子砲を射出する。コンバータから注ぎ込まれたエネルギーが一気に集束、口内の砲塔から飛矢の如く撃ち出される。

 Eシールドに接触した荷電粒子砲は、そのエネルギーを拡散させてあちらこちらに弾かれ、消えて行く。それでも、射出を辞めない。コンバータが焼き付き、荷電粒子集束の内部機関が焼け付く。砲塔の先端が焼け爛れ始めたが、まだEシールドは健在なのだ。

 止められない。止める気もない。

 

 しかし、機体は限界を超えた酷使に耐えきれるものではない。徐々に射出の圧力が弱まり――唐突にジェノブレイカーの機体に力が蘇る。

 

「これは!?」

 

 頭部のレーザーチャージングブレードが展開され、機体のエネルギーが一気に全開まで復活する。ジェノブレイカーの頭部は、相棒と同じ蒼天の色を帯びる。

 

「シャドー!」

 

 ジェノブレイカーに合体した相棒は、太い咆哮で答えた。「いこう、(マスター)。僕たちの明日のために」 そう、語りかけられたような気がする。

 

 荷電粒子砲が再び熱を帯びた。それは、今まで幾度も、何度となく敵に向けてはなって来た者とは違う。それまでよりもずっと、ジェノザウラーに乗って居た時にも感じたことの無い、最高の熱と出力を持っていた。

 浴びせ続ける荷電粒子砲の手ごたえに「ピシリ」と何かが走る。強化ガラスを何度も叩き続けた時のような、崩れそうもないレンガに何度も鈍器を叩きつけたような、その果てに生じた、小さなひびを見出した時のような。

 

 ――ここだ。

 

「ここだ。シャドーーーーーー!!!!」

 

 

 

 一拍の間が空き、デスザウラーの機体から光が消えた。同時に、今まで揺るぎもしなかった破滅の巨岩(デスザウラー)が、大きく揺らいだ。

 Eシールドが突破された。それを見届けたレイヴンとジェノブレイカーは、ゆっくりと崩れ落ちた。

 

 

 

 ほんの一瞬、意識を手離していた。その中でレイヴンは、夢を見た。

 隣には、青髪の女性が居る。彼女と共に、惑星Ziの大地をどこまでも旅する……、いや、違う。どこか、森の中のひっそりとした集落。雪深い山脈の小さな集落で、穏やかに暮らしている風景だ。

 そこには、この戦いの中で共に失い、共にあった女性が居た。そして、当たり前のようにそこに上がり込んでくる金髪の青年と、緑髪の少女の姿も……。

 

「レイヴン!」

 

 呼びかけられ、レイヴンは操縦席のハッチが開いていることに気づく。視線を持ち上げると、手を差し伸べるリーゼの姿があった。デススティンガーに敗北して以来共に過ごし、いつしかそれが当たり前になっていた。

 家族を失い、その運命を弄ばれ続けた少女。似た過去を持つからこそ、その傍はいとおしく、居心地がいい。

 差しのべられた手を取り、レイヴンは立ち上がった。傍らに降り立った黒と青のオーガノイドは空を見上げている。同じようにレイヴンも空を見た。

 黄金の軌跡を描いて、破滅を断ち切る刃弾(ブレードライガー)が駆けた。

 

 

 

***

 

 

 

 空を駆けるブレードライガーに、デスザウラーの荷電粒子砲が突き刺さる。嘗ての戦いのように、両者の圧力は拮抗……しなかった。

 

「なに!?」

 

 ヒルツ=デスザウラーが瞠目する。

 おかしい。

 デスザウラーは嘗てのような紛い物の、貧弱な身体ではない。嘗て惑星Ziを震撼させた、オリジナルのボディなのだ。その上、帝都での敗北を経て自己進化も行っていた。ならばなぜ、なぜ敵わないのか。

 戦い、勝つ。それはゾイドの本能であり、ゾイドの存在意義だ。太古の時代より数千、数万の時を生き続けたデスザウラーが、その意義を体現し続けたデスザウラーがなぜ、生まれて数十年ほどの機体に圧さられなければならないのか。

 

『それは、貴様が理解していないからだ』

 

 その声は、内部から轟いた。

 ヒルツ=デスザウラーは瞠目する。

 当然だ。その声は、すでに自らの一部となり、その意思は完全に自身に溶け去ってしまったはずだ。

 残っているはずがない。

 

『貴様は、ゾイドの輝ける瞬間は、戦いの時だと言った。だからこそ、ゾイドを戦わせるのだと。違うな。貴様のような者が戦わせる限り、真の輝きは得られん』

「プロイツェン!? なぜ貴様が!?」

『戦いは求めるものではない。その先にある大望のために戦うのだ。だからこそ、戦場で人もゾイドも輝く。望みを叶えんがために必死なのだから。それこそ、真の輝きというものだ』

「……なぜだ、このデスザウラーに飲み込まれ、意志を保っていられるはずが」

『フッ、舐めないでもらおうか』

 

 狼狽するヒルツ=デスザウラーに、プロイツェンは悠然と答えた。同時に、ヒルツ=デスザウラーの意識の中におぼろげながらその姿を現す。

 

『この程度の機体で、私の生涯を賭けた鉄の意志を飲み込めると思ったのか? 私の意志は、私の物だ。誰にも渡さん』

 

 プロイツェンがこの場に現れた真意は分からない。ただ、このまま意識を妨害されると、バン・フライハイトとブレードライガーをますます止められない。

 

「くぅ、なぜ邪魔をする!」

『邪魔、か。当然であろう? 貴様らは、この星の支配者にでもなったつもりか? 貴様ら古代の遺物の天下など、当の昔に自ら葬り去っているではないか』

 

 嘲笑するプロイツェンの姿は、ヒルツ=デスザウラーの見たことの無いものだ。ダークカイザーと化していたころではない。それ以前の、ギュンター・プロイツェンのものでもない。

 ならば、今のプロイツェンは、なんだと言うのか。その答えは、今のプロイツェンの姿がなんなのか、それを答えられるものは、この星にはもう、()()しかいない。

 

「プロイツェン! キサマ……!」

『プロイツェンではない。我が名は……』

 

 

 

『我が名はムーロア。ギュンター・P(プロイツェン)・ムーロア。誇り高きゼネバス・ムーロアの子であり、この星を真に支配すべきゼネバス帝国の皇となるはずだった男よ』

 

 

 

 そこまで言い放ち、ギュンター・P・ムーロア――ギンは「クッ」と自虐的に嗤った。

 

『この星を支配すべきは我らゼネバスの民。貴様のような古代ゾイド人――デスザウラー如きに意志の全てを支配され、あまつさえ()()()()()下等生物ではないのだよ! この星を支配すべきは我ら。その我らの断りなく、勝手に惑星Ziを滅ぼそうと言うのならば、断じて許さん!』

 

 ヒルツに、言葉はなかった。返す言葉が見つからない。いや、返せない。圧倒的なまでの迫力に、ヒルツ自身が言いかえすことが出来ないのだ。デスザウラーに支配されようと、その憑代の精神が圧倒されれば、矯正もできない。

 

『そして、貴様はゾイド乗りではない。その真似事をする、ゾイド乗りのフリをした道化師に過ぎん。そんな貴様では、バン・フライハイトを止めることなどできん。ではさらばだ。……いや、共に逝こう。惑星Ziの悪党は、悪党らしく』

『プ、プロイツェェェェェン!!!!!!』

 

 次の瞬間、ギンの幻影は消え去り、代わりに黄金の刃弾(ブレードライガー)が飛び込む。ヒルツの意識は途絶え、消え去る。

 その刹那、一人の男の言葉が、流れる。

 誰にも届かず、ただポツリと、水面に落ちる一筋の滴のように。

 

 

 

『後は任せたぞ、我が()()()()よ。……さぁ、私も今、そちらへ逝こう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………ダッツ』

 


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