ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第118話:破滅の刻

 漆黒の獅子の牙と、白銀の獅子の爪が交差する。一瞬の軌跡の後、砕かれたのは漆黒の獅子の牙だった。格闘戦の主兵装たるレーザーサーベルを失った漆黒の獅子、シールドライガーDCS-Jは苛立たしげに威嚇するが、白銀の獅子たるライガーゼロはそれに負けず劣らずの雄叫びを叩き返した。無様に吠えている暇などない、とでも言わんばかりに頬と爪に黄金の光を纏わせ、踊りかかる。

 

「くそっ」

 

 レイは舌打ちしながらモニターに表示された照準を覗き、裂帛の気合いを籠めてトリガーぞ絞る。シールドライガーDCS-Jの主砲、高出力のビームキャノンが火を噴いた。

 しかし、ライガーゼロは空中でイオンブースターを急速展開、捉えられた照準を瞬間的な加速度で狂わせ、勢いのままシールドライガーDCS-Jを飛び越す。

 

 やられる。

 

 そんな予感をレイは覚え――しかし背後からの痛撃はなかった。代わりに、頭上を通過する細いビーム砲の光と擦れるような威嚇を発するレブラプターが意識を引き戻した。

 

「リュウジ!」

「危ない所でしたね」

「すまん、助かった!」

「気にしないでください。……僕が出ます!」

 

 おい待て! その声は、しかし喉からせり上がった咳に遮られた。

 レイは優秀なゾイド乗りだ。しかし、今回はいささか相手が悪すぎた。

 対峙する機体はライガーゼロと呼ばれている。主武装はおそらく前後の四肢に備えられた爪だ。それは、シールドライガーやセイバータイガー、そしてブレードライガーに備えられたストライククローよりもはるかに大きな破壊力を秘めており、下手に喰らえば一撃で機体は粉砕されてしまうだろう。その他の装備は腹部のショックカノンと尾先のビーム砲。これだけだ。

 兵装は小型ゾイド並みに少ない。高速戦闘ゾイドであるシールドライガーが火器を内蔵し、ブレードライガーはブレードの基部にパルスレーザー砲を備えている。それと比べれば、圧倒的なほどに火砲の割合が少ない。

 だが、それはライガーゼロという機体の圧倒的なまでの格闘性能の高さを阻害しないためのものだ。ショックカノンとビーム砲、牽制と背後への防衛という二ヶ所のみに火器を備え、残りは全て格闘戦に注ぎ込む。その偏った、尖った性能は、こと格闘戦に置いては他の追随を許さないと言う機体の誇りの表れにも感じた。

 

 レイのシールドライガーDCS-Jのビームキャノンは、片側が脱落していた。いや、叩き落されたといった方が正しい。打ち合うこと数度、ライガーゼロが振るった片足の一撃であっさり潰されたのだ。フェイトのシュトルヒの援護がなければ、その時点でコックピットを割り砕かれていたとしてもおかしくはなかった。

 先ほど機体を激しく叩きつけられ、レイの身は大きく疲労している。機体を振り回された時のどこかをぶつけたのか、視界もおぼつかない。

 だが、意識を手離す訳にはいかない。

 

「待てリュウジ! 君は俺の補助に回ってくれ! その機体じゃ無理だ!」

 

 リュウジの機体はレブラプターだ。二年前にガイロス帝国で開発された最新鋭の小型ゾイドだが、格闘戦に特化した機体コンセプトでは、同じく格闘戦に突出したライガーゼロは相性が最悪だ。

 

「大丈夫です! 僕だって……!」

『勇敢なのはいいけどさ、君じゃ話にならない』

 

 両の爪を振り上げ、足の爪を振りかざし飛びかかるレブラプターに対し、ライガーゼロは真っ直ぐに突っ込んだ。その爪が機体に傷をつけるのも構わず、レブラプターの華奢な身体に牙を食い込ませ、着地と同時に地面へと叩きつける。

 通信機越しに「がはっ……」とリュウジの咳き込む声が擦れて響く。

 

「んの馬鹿野郎……!」

 

 叩きつけられ、一撃で意識もほとんど刈り取られただろうリュウジを見て、レイは激しく後悔した。

 意識を手離す訳にはいかないのは、無論この戦いに負けるわけにはいかないからだ。対峙する敵、コブラスは自身の目的を惑星Ziの破壊と語った。そして、そのためにゾイドイヴを破壊すると宣言している。その影響が何であれ、レイたちに不利益をもたらすのは明白だ。

 だが、理由はそれだけではない。

 コブラスと会い、そして戦いが始まった時から、リュウジとフェイトの様子がおかしい。

 特に顕著なのはリュウジだ。フェイトは冷静さを保っているが、リュウジは違う。対峙した相手がコブラスと分かった瞬間から、我武者羅に攻勢にでたのだ。

 ローレンジに鍛えられていただけあって、その戦い方は並の兵士よりもまともだ。だが、相手はその腕でどうにかなる相手ではなかった。

 

 理由は、実は解っている。

 コブラスは、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の本拠地、獣の里(アルビレッジ)に襲撃をかけた犯人なのだ。人的被害は軽微で済んだものの、それ以上に住居やゾイドを破壊され、なにより住む場所を破壊されたという怒りは感情的な攻勢に走らせるには十分だ。

 加えて、リュウジはその時獣の里(アルビレッジ)を守るために挑みかかっていた。そして、あっさり返り討ちにされたあげく、当時意識の大半が欠落していたレイヴンの無意識によって助けられている。

 何もできなかった無力感、そして此度の事件の根幹ともいえるレイヴンの逃走の原因とも言える事象に関わっている。全て自分の責任だ。リュウジがそう思い込み、言いようのない焦燥感に駆られることは、いくらか予知できたことだ。

 いや、予測しなければならなかった。この場に居ないローレンジが終始平常でないのも、そこに原因の一端があるのだろう。

 

 二人がコブラスに手玉に取られている原因は、もう一つある。圧倒的な経験不足だ。

 リュウジもフェイトも、実戦経験は乏しい。優秀なゾイド乗りであるローレンジに鍛えられ、戦闘のプロである賞金稼ぎ達が周りに居る環境に身を置いていたと言っても、個人としての実戦経験はまだまだだった。

 この場において最も実戦経験を積んでいるのはレイだ。だからこそ、レイが前線に出張り、二人にはフォローに徹させるべきである。経験が云々以上、機体の役割としても、レイが主になるのが確実だ。

 だというに、レイはあっさりのされ、それを見ているだけ等できよう筈の無い二人も前線に出張り、圧倒される。レイがリュウジとフェイトの前に出なければならないが、正直言って二人を気にかけている余裕はない。

 レイとコブラスの乗り手としての実力は拮抗か、コブラスが僅かに上を行った。そして、機体性能で言えば、悔しいことだがライガーゼロが遥か上を行く。

 

『うーん、これじゃあ満足には及ばない……ん? ははっ、見なよ』

 

 ライガーゼロが顔で示す先は、イヴポリスのビル群を結ぶ通路だ。その上に一人の男――いや、異形の鉄肉の塊があった。ダークカイザー、ギュンター・プロイツェンだ。そして、その視線の先には地中から現れたボロボロの海サソリ型ゾイド、デススティンガー。

 

「ようやく来たなデススティンガーよ。貴様もヒルツの身体を手にしたようだな。さぁ、来るがいい。お前のその身もこの私が――ふっ、このデスザウラーが貰い受けよう」

 

 朗々と、悠々語るプロイツェン。いよいよ目的を果たす瞬間が訪れ、歓喜に満ち溢れているかのようだ。

 

「ふふっ、不様だなぁ。プロイツェンは」

「不様?」

「これから、自分が飲みこまれるとも知らずに。所詮あいつはデスザウラーが自らのコアを守るために憑代とした肉塊。ま、それはヒルツもだけどね。デスザウラーの代弁者になってくれれば、それでいいんだ」

 

 コブラスの言葉に促されるように、状況は動く。現れたデススティンガーからコアが分離しその身体は魂を失った抜け殻となりイヴポリスの大地に沈み込んだ。そして、デスザウラーのコアも再生を始め、憑代だったプロイツェンの肉体をいよいよ飲み込んでいく。

 

『なぜだ、このわたしが……』

 

 先ほどの表情から一転、ギュンター・プロイツェンは苦悩と苦痛にゆがみ、最期の瞬間まで哀れな悪役だった。その表情には、もう嘗て本人やヴォルフが語ったような大望に邁進する(おとこ)は、ほとんどない。

 

「ま、過ぎた野望を抱いた高望み君にはちょうどいい最期じゃないかな。ヒルツも、念願だったデスザウラーと一体化することができる。本望だろうさ。バイバイ、プロイツェン」

『ぬぁぜだああああああああああああああああっっっ…………』

 

 長く、尾を引く断末魔も全てデスザウラーのコアに飲み込まれ、ギュンター・プロイツェンは最期を迎えた。

 

 

 

 ガラスが、砕ける。

 ガラガラと崩れ落ちる拘束の役割を担っていたそれを割り砕き、ついに自由を取り戻したデスザウラーは歓喜と共に咆哮する。

 

 グゥルル……グルァアアアオオオオオオオッッッ!!!!

 

 びりびりとその場を圧倒する音の衝撃は、同時にイヴポリスに集っていたゾイドの多くを委縮、ひれ伏させた。

 

 

 

***

 

 

 

 復活したデスザウラーの姿は、そしてその復活に至る一部始終は、最期の決着をつけんとこの地に向かっていた者たちの目に焼き付いていた。

 ホエールキングの大艦隊を伴って決戦に赴いた皇帝ルドルフ率いるガイロス帝国の大部隊。復旧の終わったばかりの押っ取り刀で駆け付けたウルトラザウルスとそれを率いるロブ・ハーマン以下共和国軍とGFの面々。

 嘗て帝都を蹂躙したデスザウラーの脅威を身を持って知っている彼らには、その脅威がどれほどのものか想像するのは難しい事ではない。

 復活したデスザウラーを、戦場の直下に到達したバンやレイヴンもただ見上げるしかできなかった。

 

 真っ先に動いたのは、ウルトラザウルスだ。艦内で急造されたプラネタルサイト砲弾を緊急装填し、デスザウラーに向けて撃ち放った。

 エウロペ全土を恐怖に陥れ、多くの命を奪い、ガイロス帝国とヘリック共和国両軍にその脅威を見せつけたデススティンガーをも一撃で屠る、惑星Zi最大最強の兵器といっても過言ではない。重力砲(グラビティカノン)は、現れた真のデスザウラーと同等の脅威を有するギルベイダーの兵装を応用して作られた兵器だ。そうあってほしいと願ったのは、その一撃は、デスザウラーを破壊しきれずとも大打撃を与えることはできる。控えめに言っても、それだけの力は有しているはずだ。

 だが、デスザウラーはそれを耐え凌いだ。機体の全身から円形のEシールドのようななにかを自身の直上に放出し、プラネタルサイト砲弾がもたらす重力波をねじ伏せたのだ。

 

 これは両国の主だった人物すら知らないことだが、破滅の魔獣(デスザウラー)惨禍の魔龍(ギルベイダー)、そしてもう一機のゾイド轟雷の魔神を含む古代ゾイド、『三頂点(トライアングル)』と呼ばれる機体は、三さくみの状態にあったのだ。

 魔龍ギルベイダーは他二機に対し空戦ゾイドであるが故に装甲が薄い。しかし遥か高空からの急襲、強襲を得意としていたため、対地戦闘に主眼を置かれた魔神にとっての天敵であった反面、魔獣デスザウラーに対しては装甲が薄い面と射角を大きく変化させて対空戦闘をこなすことのできる魔獣デスザウラーは苦手としていた。

 魔神は、荷電粒子砲を完全に凌ぎ切る圧倒的な防御力とデスザウラーの重装甲すら一撃で刺し貫くほどの突破力があった。しかし、前述の通り魔龍ギルベイダーには相手にするのが極めて難しい。

 そして魔獣デスザウラーは、豊富な兵装と射角を大きく変えられる荷電粒子砲を有し、対空戦闘には三機の中で突出していた。故に魔龍に対しアドバンテージを有していた。加えて、ある兵装の御蔭でギルベイダーの主武装を凌ぎ切っていたのだ。

 

 そのデスザウラーの兵装が、今デスザウラーが展開させているシールドである。対ギルベイダーの重力砲を意識したそれは、もたらされる重力波を凌ぎ、押し返すことが可能だったのだ。

 そして、それだけではない。

 

 重力砲(グラビティカノン)の一撃が容易に凌ぎ切られ言葉もないウルトラザウルスをあざ笑うかのように、デスザウラーは荷電粒子砲の準備を整える。そしてそれは、自らが展開した直上のシールド、その中心に向けて放たれた。

 

 吐き出されたそれは、嘗てヴァルハラの地でギルベイダーが見せた高密度のエネルギー塊である隕石(メテオ)、それをさらに上回るものだった。それがシールドに突き刺さり、弾かれるように四方八方へと拡散された荷電粒子砲は、そのままエウロペの山や里、そして集っていた上空のホエールキングや接近していたウルトラザウルスの脚部を直撃する。

 本来であればギルベイダーの重力砲を凌ぎ、その後自らの荷電粒子砲を拡散させ、巨体であるギルベイダーの避ける隙間を与えぬことを目的とした攻撃である。だが、デスザウラーの常軌を逸した破壊力の荷電粒子は、拡散された一発一発が、デススティンガーのそれと同等の破壊力を有していた。

 

 ウルトラザウルスの指令室に被害報告が鳴り響く。エウロペ全土に及んだそれは、もはや観測しきれるものではなくなっていた。この瞬間、エウロペの文明は大きく破壊されたと言っても過言ではない。

 

 ルドルフが、ハーマンが、ホエールキングとウルトラザウルスの乗組員が等しく絶句し、絶望する。この圧倒的な破壊力を前に、もはや抗う術はないのだと。

 

 破滅の刻は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

***

 

 

 

 デスザウラーによる破壊は、その直下で戦っていた者にも告げられた。だが、伝え聞いたそれと直接目の当たりにしたのでは、思考に受ける影響は大きく違う。

 そして、イヴポリスで直接対峙する者の中でもっともその力を目の当たりにしたのは、上空に居たフェイトである。

 

「うそ……」

 

 呆然と、コブラスとの戦闘を忘れて呟くことしかできなかった。空に打ち上げられ、拡散されていった一発一発の粒子砲がホエールキングを消し去り、遠くの山を更地に変え、よく知らない集落を存在ごと抹消する。

 

「さすが、だね。イヴのによる力のセーブが無くなったデスザウラーの力はこれほどのもの。見縊ってたよ。考えてみれば、ニクスのギルベイダーもイヴの封印による力のセーブ受けていた。全盛期よりも劣ってたって、仕方ないよね」

 

 さすがに衝撃を受けたのか、コブラスの声にも先ほどまでの余裕はなかった。我知らず流れ落ちる汗をぬぐうような声音だ。

 

 ――それだけじゃない。

 

 フェイトには分かった。デスザウラーとギルベイダー。その両者の意識の違いだ。ギルベイダーは長い生の中で疲れ、自らの終わりを望むように、緩慢に力を振っていた。

 デスザウラーは違う。封印され、束縛され続けたことに対する怒り、憎しみ。その全てを自らの力へと変え、破壊という役割を与えられた自らの存在意義を全力で発布するように、一切の迷いなく力を解き放っている。

 力を持っている者は、その揮い方で立場が決まる。そんな話を以前ローレンジに訊いた気がする。デスザウラーとギルベイダーの差は、まさしくそれであるようにフェイトは感じた。

 

「これなら僕の目的も、デスザウラーで完結しちゃいそうだ。拍子抜けで、全然つまらない幕切れだけど、それはそれでいいのかな」

「あなたの目的って……」

「はは、この星を壊すことさ」

「どうして、どうしてそんなことを!? なんで自分の住む場所を、世界を、壊そうとするの!?」

 

 目の当たりにした圧倒的な破壊。それを見て、フェイトは我慢できない。暗黒大陸でマリエスを助け、そして世界の崩壊を回避した。なのに、それはまた繰り返されようとしている。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のみんな、ニクスの人々、帝国共和国から派遣されてきた人たち。そして、惨禍を撒き散らし、自らの終焉を願った龍の想い。多くの人々の決死の覚悟の末に回避されたそれが、なぜまた起こされないといけないのか。

 

「どうして? そうだなぁ……君はさ、『星史観測者(ヒースレコーディアー)』って知ってるかい?」

「『星史観測者』?」

「聞いたことないだろうね。この星の、デスザウラーやギルベイダーが使われるよりもはるか昔、まだ人がゾイドに騎乗して共に暮らしていた時、時代を一足飛びにオーガノイドという存在が生まれた時代の事。、ある特殊なオーガノイドが作られたのさ」

 

 コブラスのライガーゼロのから一筋の光が飛び出し、その頭の鬣に摑まる。それは、鳥の姿をしたオーガノイドだ。

 

「オーガノイドは通常、パートナーとなる古代ゾイド人と対だ。でも、そのオーガノイドにパートナーはいない。ただ、その内部には膨大な記録が残っているんだ。なんだと思う?」

 

 コブラスに問われ、しかしフェイトには分からなかった。そんなこと、これまでの遺跡探索のお供だった母のノートにも記されていない。

 

「答えは簡単。歴代の『星史観測者(ヒースレコーディアー)』が見聞きしてきた、この星の文明の栄枯衰退の真実の記憶さ。『星史観測者(ヒースレコーディアー)』っていうのは、そのオーガノイド、()()()()に見いだされて惑星Ziで起こった出来事を見聞きし、フェニスの中に記録するための存在。まぁ、言うなれば歴史の証人ってことだね」

 

 そう、儚い笑みで語るコブラスを見て、フェイトもその正体を察する。

 

「僕が見た『星史観測者(ヒースレコーディアー)』の歴史は、まさに戦いの歴史だ。平穏な時代なんてほとんどない。この星は遥か太古から争い続け、そして今もまだ戦い続けようとしている。全ての観測者の記憶が僕の中で囁くんだ。もう、争いばかりは嫌だって。まるで僕自身がそう願っているかのようさ。――()()()()んだよ。『僕』の意志関係なく、争いを失くしてくれと願う。『僕』は戦いが好きだ。己のすべてをかけて、ただ一つ――勝つことにまい進する、生物の本能すべてが統合される『戦闘の瞬間』が大好きさ。だから、『星史観測者(ヒースレコーディアー)』の平和を望む声が邪魔で邪魔で仕方ない。一度僕の中に入ってきた声は、もう消すことができない。この意志に従って争いを終わらせようにも、この愚かな星では常に争いばかり。だったら、星ごと終わらせるしかないじゃないか」

「それが……? だから? だから、こんなことをしたって言うの? プロイツェンやヒルツを利用したのも、それが理由?」

 

 フェイトの声は、震えていた。それに対し、コブラスはにっこりと笑う。

 

「うん。真のデスザウラーを復活させたかったヒルツも、星の支配者になって偉そうにしたかっただけのプロイツェンも、全部この星を破壊するために利用させてもらった。それはさ、大体の人が望まないでしょ。みんなが僕を止めようと、戦いをもちかける。僕は、世界中と戦って、勝って、この星を終わらせる。『星史観測者(ヒースレコーディアー)』の望みが叶い、僕は最高のゾイドバトルに興じることができる。これ以上があるのかい」

「――あなたは!」

 

 シュトルヒが吠える。機体の構造上口はないが、しかし吠えた。(フェイト)の意識を読み取り、共に戦うべく、自らを奮い立たせるべく。

 

「ヒルツっていうののことはどうでもいいよ。あなたが自分勝手すぎるってことも、わたしはとやかく言ったりしない。でも、ギュンター・プロイツェンだけは、悪く言わせない!」

「なんで? あいつは君の事を駒の一つにしか考えていなかった。さっきも見たろ? 過ぎた野望を抱いた馬鹿には、お似合いの最期だ」

「違う!」

 

 らしくない叫びが迸る。自分は、こんなに激昂するような人間だっただろうか。いつも笑顔で、それでも自分の想いは変えない。されど、ここまで激昂したことはない。

 

「プロイツェンは、あの人はサイテーだよ。サイテーの大馬鹿だよ。でも、過ぎた野望なんかは持ってなかった。狂って、翻弄されて、それでも、根っこの芯の部分だけは変わってない。いろんな人に迷惑かけて、恨まれることをいっぱいして……。ロージがよく言うんだ。人は信念を掲げて、そのために生きるんだって。プロイツェンは――全部自分の信念のために注ぎ続けた人なんだ! 悪く言われるのは当たり前! でも、野望に狂った馬鹿なんて言わせない。そんな最期を、わたしはヴォルフさんに言いたくない、聞かせたくない! わたしが見たあの人の最期は、伝えてやるんだ。ウソ偽りなく!」

 

 叫んだそれは、フェイト自身も気づかなかった本心だ。

 恨んでる。許せるわけがない。そんな相手だけど、最後の最後に、認めることは出来た。

 それに、ゾイドの声を聞くことのできるフェイトには、分かる。

 

 ギュンター・プロイツェンは、まだ()()()()()()

 

 フェイトのシュトルヒが低空飛行に入った。同時に、背のバードミサイルの発射ボタンに指を伸ばす。ビル群の隙間に潜り込み、一直線にコブラスとライガーゼロに挑みかかる。

 

「流石はあいつの妹。ここぞって時の集中力と啖呵は、見ていて気持ちいいよ。だから、全力で倒してやる!」

 

 ライガーゼロの爪が輝く。ストライクレーザークローだ。シールドライガーDCS-Jの牙を折り、砲塔を砕いた必殺の爪。一瞬のちにシュトルヒが叩き斬られる姿(ビジョン)が、容易に想像できる

 無謀な突撃を敢行するフェイトのシュトルヒ。彼女とライガーゼロの間に、レブラプターが割り込んだ。

 

「させるかぁあああっ!」

 

 叫び、レブラプターが爪を振り上げる。

 その爪とライガーゼロが交差し、レブラプターは半身を切り裂かれて崩れ落ちた。その代償として、ライガーゼロの爪から輝きが失われる。ストライクレーザークローに注がれるエネルギーの供給に、一時的な不具合が生じたのだ。

 

 さらに接近する両者。もはや衝突、交差は避けられない。その両者の間に、今度は高出力のビーム砲が注ぎこまれる。

 レイのシールドライガーDCS-Jのビームキャノンだ。距離が離され、さしものシールドライガーDCS-Jでは間に合わなかったが、代わりにビームがその役目を果たした。レーザークローの不具合に一瞬気を取られたその機体に、高出力のビームが突き刺さる。

 

「いっけぇええええええ!!!!」

 

 ライガーゼロの足が止まったその瞬間、バードミサイルが直撃する。

 爆発、轟音、突風が巻き起こり、ライガーゼロが爆炎に包まれた。

 

 

 

 シュトルヒはその横をすり抜け、低空飛行のまま退避に成功する。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 荒く息を吐くフェイト。これほど緊迫した戦場に立ったのは、暗黒大陸以来だろうか。ギルベイダーの対空砲火を掻い潜って接近するあの時とはまた別の緊張が、彼女を襲った。

 それも何とか切り抜けた。緊張が解けた所為か、どっと汗があふれ出る。

 でも、まだ気を抜いちゃいけない。

 

 しかし、爆炎の中からライガーゼロの装甲の破片が転がり出てきたのを確認し、やっと大きく息を吐いた。

 

「……あっ、リュウジ!」

「大丈夫さ……よかった」

 

 自身の代わりに大きな損傷を負った機体の主は、しかしどうにか声だけで応じる。

 リュウジ自身、コブラスの獣の里(アルビレッジ)襲撃以来ずっと守るべきものを守れずにいた。その屈辱を、ついに晴らすことが出来た。ついでに、一皮むけた実感もあるのだろう。その声には、どことなく満足感が滲んでいる。

 

「そう……レイさんは?」

「こっちはまだ動ける。すぐにバンの援護に向かわないとな」

 

 そう言うレイの言葉にフェイトも大きく頷く。コブラスを倒したはいいが、それは大局的に見たら大したことではない。真の脅威は、破滅をもたらす魔獣だ。今はバンやレイヴン、帝国軍からの増援が砲火を浴びせているが、デスザウラーはまるで気にも留めない、足を止めることすらできていないのだ。

 フェイトとレイが参戦しても大きな変化は望めないだろう。だが、それでも何もしないよりはずっとマシだ。

 

「……あ。……うん、そうだね」

 

 視界の端、レーダーの隅に現れた反応に「あ……」と思いつつ、フェイトは意識をデスザウラーに向け――

 

 

 

 直後、機体は台地に叩きつけられた。

 

「フェイト!」

 

 レイの声がどこか遠くから聞こえているような気がする。

 必死に意識を繋ぎ止めるべく操縦桿を握りしめ、視界を開くと、そこに、

 

「やぁ、さっきのはなかなか楽しかったよ。流石、あいつの妹だ」

 

 ライガーゼロが居た。

 白銀の装甲は全て消し飛ばされ、しかしその内部には荒々しい金属生命体の肉体があった。

 フェイトはふと思い出す。そう言えば、ローレンジが鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に話し、ザルカ主導で開発が進められていた機体があった。それは、目の前にあるそれとほぼ同じ。バーサークフューラーと同じく開発されていたそれは、外部装甲を着脱し機体特性を切り替えると言う能力が備わっている。そして、装甲を脱ぎ捨てた状態でも戦うことが出来る。

 

「久しぶりだよ。外面を剥がされたのは。でも、これからが本番だからね」

 

 コブラスはにっこりと笑っていた。戦いを、心の底から楽しんでいる。彼自身の目的とは大きく矛盾しているそれに、フェイトは疑問を感じる。どちらが彼の本心なのか。それは、考えるまでも無いようだ。

 

「ねぇ、もしかして……ううん」

「うん? なんだい?」

「あなたってさ、ロージの知り合いなんだよね」

「そうさ。あいつは、いつか僕を殺してくれるかもしれない奴。そして、その前に僕があいつを倒す。最高に愉しいんだ。あいつとの『ゾイドバトル』は」

「そう、なら……」

 

 フェイトは言葉尻を濁す。

 次の瞬間、横のビルの壁が爆発する。巻き起こる土煙が二機を覆い、シュトルヒにのしかかっていたライガーゼロの機体が、何かの体当たりを浴びて跳ね除けられる。

 

「――後は……わたしは邪魔っぽいからさ、お願い」

「おうよ」

 

 フェイトの茶目っ気の混ざった言葉に、憮然と言葉が返される。そして、土煙が晴れたそこに、漆黒の雷獣が居た。

 

「待たせたなぁ。ケリ、つけようじゃねぇの――コブラス・ヴァーグ」

「ようやくかぁ、待ってたよ。ローレンジ!」

 

 破滅の魔獣のひざ元、イヴポリスの片隅で、もう一つの決戦は最終局面を迎えた。

 


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