ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

149 / 175
第117話:ゾイドイヴ

 薄暗がりの荒野を駆け抜ける一迅の蒼き疾風(かぜ)。背中に黄金の刃を宿した獅子は、一心不乱にその四肢を前へ前へと向けていた。主の精神を反映させるように憔悴する心に急かされるように。

 獅子――ブレードライガーのパイロット、バン・フライハイトは焦っていた。

 

 ――フィーネ……!

 

 バンの脳裏にあるのは、大切な仲間である少女のことだけである。

 

 一週間前、バンは仲間たちと共にデススティンガーと戦った。

 多くの犠牲を払い、そんな犠牲の末に稼がれた貴重な時間で作戦の準備を進め、ついに終焉の使者デススティンガーとの決戦を迎えるに至ったのだ。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のカール・ウィンザーやアーサー・ボーグマンを始めとした者たちによって届けられたプラネタルサイトを使い建造された重力砲(グラビティカノン)の砲弾。それを撃ち出すウルトラザウルスを制御するハーマンやシュバルツ、ムンベイの助力。共にデススティンガーに相対したアーバインとトーマの支え。

 多くの力を結集し、惑星Ziの存亡を賭けた大決戦を、バンは繰り広げた。

 

 

 

 そして、デススティンガーを撃破することに成功したのである。

 

 

 

 では、バンはなぜ焦っているのか。

 デススティンガーは、倒しきれていなかったのだ。

 

 確かにデススティンガーは撃破された。その身体は、少しずつ石化を始めており、ゾイドとして死を迎えたことは誰もが確信してしかるべきであった。

 だが、デススティンガーはその場に現れた赤いオーガノイド、アンビエントの力により復活を遂げたのだ。

 復活したデススティンガーは、ウルトラザウルスに奇襲を仕掛けその行動を封じた。そして、追撃に出たバンとアーバイン、そしてトーマと熾烈な近接戦闘に突入したのである。

 

 バンはブレードライガーのキャノピーから差し込んできた光に片目を瞑る。夜明けだ。長い夜が終わりを告げ、あくる日が巡って来たのだ。

 こうしてブレードライガーのコックピットに座って朝日を見たのはもう何日目だろうか。脳内で計算し、バンは舌打ちする。

 

 ――もう三日だ……くそっ!

 

 怒りをぶつけたくて、しかしそれをぶちまけられずバンは行き場の見つからないそれを自身の足を殴りつけて黙らせる。鈍い痛みは、彼女(フィーネ)を守ることが出来なかった報いだ。

 

 

 

 デススティンガーが一度機能を停止した時、ディバイソンの足を失ったトーマを気遣い、フィーネはグスタフで戦場にやってきていた。そして、そのまま復活したデススティンガーと相対すべく、グスタフをディバイソンの足代わりに戦場の真っただ中へ飛び込んだ。

 

 その時、足手まといになりかねない二人をそのまま戦場へと連れて行ったのが、間違いだったのかもしれない。

 

 デススティンガーの放った大口径衝撃砲の弾丸が、グスタフの頭部周辺を殴ったのだ。乗っていたフィーネは当然その余波を受けた。

 そして、霞のように消えてしまったのである。

 それは、再度撃破されたデススティンガーも同様だった。舞い散る粒子となって身を散らし、こつ然とその場から消滅したのである。

 

 

 

 あの日から丸三日。バンはブレードライガーを走らせていた。どこへなんて分からない。ただ、何かに呼ばれるように。ただ、その自分でないような感覚に導かれているのすら、バンは気づかない。

 

 フィーネとは長い付き合いだ。彼女をウィンドコロニー近くの遺跡で見出した時から、ゾイドイヴを探す旅の最中はずっと、未開の暗黒大陸に行った時も、離れたことはない。

 それから少しお互いに距離を置き、互いに自身の世界を広げたのち、再び出会い、また一緒になった。

 フィーネは以前よりもずっと頼もしくなっていた。時にオペレーターとして、時にブレードライガーの補助コックピットに座り、バンをサポートしていた。いつしか、いつ命を落とすとも知れない戦場に身を置いていると言うのに、彼女と共にいるのが当たり前にすらなり始めていた。

 本当に危険な戦いからは遠ざけようとしたが、いつか、自然と、後ろに、隣に、傍に彼女がいるのが『普通』だった。

 

 それがいけなかったんだ。

 フィーネが目の前で消えてしまった時、バンは彼女の『死』を自覚した。

 大切な人が消えてしまった。そんな現実を、確信してしまった。

 

 嫌だった。

 もう二度と、大切な人が死ぬのは、見たくなかった。

 人が、戦いの最中に消えて行く様は、どうしても直視したくない。

 

 あんな想い(父さんの死)は、二度と御免だ。

 

 

 

「はぁ……はぁ……?」

 

 コックピット内に反響する自身の荒い息遣いで、バンはようやく自分が疲労していることを自覚した。精神的にも、肉体的にも、ブレードライガーを操縦し続ける気力が残っていない。

 自覚した瞬間、視界はぼやける。これ以上はキツイ。そう判断したバンは、霞む視界の中でブレードライガーを岩陰によせる。そして、一時的に機能を落とした瞬間、バンの意識は溶けた。

 

 

 

 

 

 

 ゾイドの駆動音がする。この音は、何度も聞いたことがある。一度だが、乗った経験もある。

 二足歩行の小型恐竜、ヴェロキラプトル型のゾイド。

 そう、レブラプター。

 

 はっと意識を起こすと、ブレードライガーに寄り添うようにレブラプターが停まっていた。

 バンは反射的にブレードライガーを起動する。内蔵されたゾイドコアが失ったエネルギーをある程度生産している。おかげで、ブレードライガーはまだ動ける。戦える。

 

『ま、待ってくださいバンさん!』

 

 臨戦態勢に移行。それを察知したレブラプターのパイロットの慌てた声が通信機越しに届く。この声は、聞き覚えがあった。一度だけ。会ったのは、山深い場所に築かれた、小さなコロニー。

 

「……えっと、リュウジ?」

『そうです。お久しぶりです。バン・フライハイトさん』

 

 リュウジ・アカイ。傭兵団歪獣黒賊(ブラックキマイラ)に所属する、頭領ローレンジ・コーヴの【自称】弟子、だ。

 

「なんだ、お前か。驚いちまった」

『僕もです。本当に居るなんて、思いもしなかった』

「どういうことだよ」

『フェイトに頼まれたんです。近くに来てるみたいだから、道案内をしてやってほしいって』

 

 そう言われ、バンは気づいた。ブレードライガーの周りに居るゾイドはレブラプターだけではない。シュトルヒに、シールドライガーDCS-J。フェイトと、レイ・グレックの機体だ。

 

「レイも居るのか?」

『いえ、二人は先行してます』

「ゾイドも置いてかよ」

『はい』

「どこに?」

『えっと、フェイトは……』

 

 リュウジは少し口ごもり、しかし一気に告げる。

 

『ゾイドイヴに、です』

「なっ……――」

 

 バンは、二の句を告げることが出来なかった。

 ゾイドイヴ。それは、バンとフィーネがずっと探してきた、失われたフィーネの記憶を取り戻す重大な手がかりだ。

 それがこの土壇場で。それも一切関わりの無い、バンとも然して面識のないリュウジの口から飛び出したのだ。

 

 ――いや、待て。

 

 ほんの少しでも眠った御蔭か、バンは冷静さを取り戻していた。おかげで状況を冷静に見ることが出来る。

 リュウジと共にいるのはフェイトのシュトルヒ。現時点で彼女自身は一緒ではない。だが、彼女が少し前までリュウジと行動を共にしていたのは間違いないだろう。

 そしてフェイトは、理由は違えど、同じくゾイドイヴについて探求していた。彼女と一緒に居たのならば、ゾイドイヴについてなんらかの情報を得ていても、おかしくはない。

 

 いや、それよりも!

 

「今はそれどころじゃないんだ。フィーネが消えちまって、俺……」

 

 そうだ。フィーネが消えてしまった。そして、デススティンガーも。

 ウルトラザウルスは行動不能。アーバイン達も一度ウルトラザウルスに帰還し、祖井戸の整備を受けている。損傷が軽微で済んだバンだけが、弾かれたようにここまで独断行動を貫いていた。

 手がかりは何もない。どこへ向かえばいいのかも分からない。従うのは、自身の本能的なナニカだけ。それでも、動いていなければ気が狂ってしまいそうだった。

 

『デススティンガーも、この近くに来ています』

「何だって!?」

『反応、ありませんか? 高エネルギーを発している存在が地下を、真っ直ぐあの場所を目指しています』

 

 バンはレーダーの反応に注視する。確かに、ブレードライガーの計器類ですらキャッチできるほどの高エネルギーが、一点を目指して突き進んでいた。その場所は、

 

「レアヘルツの谷? まさか、ゾイドイヴってのはあそこに……?」

『それは僕にも分かりません。今レアヘルツはかつてないほど強くなっているらしいです。ただ、道はあるはずです』

 

 リュウジの話によれば、ある一点、通路のように細い道が、レアヘルツの中に生まれているのだそうだ。そこを通れば、レアヘルツに妨害されることなく、深部まで到達できるだろう。

 

「その道ってのは?」

『僕が調べました。フェイトから預かったノートのおかげです。ある程度の推測はできましたから』

 

 フェイトは母親が残したノートにあったゾイドイヴという単語に惹かれ、その謎を解こうとしていた。そう言えば、バンはノートの中身を一度も見たことが無い。もしかしたら、その中身を読めばフィーネが何か記憶を取り戻したかもしれない。彼女とはゾイドイヴに関しては競うような間柄だったからか、それを用いた情報の交換はしていなかった。悔やまれることだ。それをフィーネに見せていれば……、

 

 ――そう、フィーネ。フィーネだ!

 

 デススティンガーはゾイドイヴに向かっている。となれば、フィーネも同じ場所に居るかもしれない。なにより、消えたデススティンガーが実体化し、現に活動しているのだ。フィーネが生きている可能性は高い。

 

「リュウジ、俺をそこまで連れて行ってくれ」

『もちろんです。僕だって、早く現場に加わりたい。僕だって戦えるんだ。……師匠の役に、立てるんだ!』

 

 リュウジは何か決意するように言葉を吐き出す。そして、レブラプターを強く始動した。

 

 その時だった。上空に新たな機影が現れた。

 

『バン君!』

「リーリエ?」

 

 現れた機影はプテラスレドームカスタム。そのパイロットは、バンの士官学校での同期、リーリエ・クルーガーだ。

 

『もう、勝手に飛びだして! みんな心配してるんだよ!』

「ご、ごめん」

 

 強気な口調で言われ、バンは思わず謝った。余裕がなかったとはいえ、帰還命令を無視して独断行動に走ったのは事実。客観的に見れば心配され、叱責を受けるのは当然だ。

 

『それで、さっきの通信、勝手に傍受したんだけどさ。デススティンガーが向かったのはレアヘルツの谷、本当だよね』

「ああ。間違いない」

 

 リーリエの確認に、バンはよどみなく答えた。リュウジからの情報だが、それを訊いた瞬間、すとんと腑に落ちたような気がしたのだ。この話は、間違いないと。

 

『そう……ウルトラザウルス。こちら、偵察隊のリーリエ・クルーガー。……はい、バン・フライハイト少佐と合流しました。デススティンガーはレアヘルツの谷に向かったそうです。……はい、ストームソーダーステルスタイプ(スリーエス)に先行してもらいます……』

 

 通信を終え、リーリエは「ふぅ」と息を吐いた。バンと同じく軍に入隊して間もないが、この重大事件にも真剣に向き合っている。それでも、経験的に荷が重いのは否めなかった。

 

「リーリエは戻ってくれ。この先は、俺だけで」

『ダメだよ。バン君も疲れてるでしょ。いったん戻って、補給を受けてからでも――』

「それじゃ遅いんだ!」

 

 らしくないバンの怒号に、リーリエが息を飲んだ。

 

「……ごめん」

 

 バンは憮然と謝る、しかし、口調は変わらなかった。

 

「この先に、フィーネが居るんだ。だったら、俺は止まってられない」

『バン君……』

「俺、フィーネを守れなかった」

 

 バンは、愚痴る様に呟いた。

 

「解ったんだ。あいつがどれだけ大事なのか。……俺は、もう、亡くしたくないんだ。フィーネを、アーバインを、ムンベイを。大切な仲間を、一緒に戦ってくれるゾイドたちを」

 

 この戦いで、多くの人が傷ついた。

 ニューヘリックシティの人々は、幸いなことに犠牲者の報告は出ていない。事前避難の判断が早かった御蔭だ。だが、それと引き換えに、住む場所を失った。

 ウルトラザウルスを守るため、多くの人が戦い、命を落とした。起動の際には押し寄せたヘルキャットの大部隊との交戦で幾人かの兵士が。ウルトラザウルスの航路上の安全を確認する為、一人のハンマーヘッド乗りが。

 決戦の準備を確実なものとするために、多くの町がデススティンガーによって消え去った。砂漠の町が、イセリナ山の隠れ里が、帝国の収容所の人たちが。

 それ以前にも、レイヴンのジェノブレイカーとの戦いで、多くの人が傷ついた。

 

 そして、ゾイドも同じだ。

 ジェノブレイカーとの戦いでアーバインのコマンドウルフは死に、トーマのディバイソンは生死の境をさまよった。それ以外にも多くのゾイドが戦いの中で命を落とし、武骨な鉄塊と化した。

 

 この戦いで、多くの命が消えて行った。守れたはずの命が消え去る瞬間を、バンは何度も目の当たりにした。

 

「もう、誰も失いたくないんだ! …………リーリエは帰ってくれ。レドームカスタムのプテラスじゃ、話にならない」

『バン君……!』

「フィーネを取り戻してみせる!」

 

 ブレードライガーが雄々しく吠え、駆け出す。

 それに追従すべくリュウジもレブラプターの操縦桿を倒しかけ……上空を見上げる。

 

『大丈夫ですか……?』

『……うん。キミは、行かなきゃいけないのかな』

『はい。僕は、認めてもらうために、戦わなきゃいけない』

 

 レブラプターが駆けだす。制御の一部を担っている為、シールドライガーDCS-Jとシュトルヒもそれに続いた。

 

 それを見送り、リーリエは独り、俯く。

 

『バン君……私……』

 

 その先は続かない。ただ、一粒の滴が、プテラスのコンソールを濡らした。

 

 

 

 

 

 

 駆けるブレードライガーの眼前に、おびただしいゾイドの群れが見える。十中八九、レアヘルツによって狂わされたゾイドたちだろう。ただ、もうすぐ、もう一キロも行けば、バンたちもその影響下に囚われる。現に、そこに突入したストームソーダーステルスタイプ(スリーエス)は制御を奪われて墜落した。また、犠牲者が生まれてしまった。

 

「……くそっ」

 

 操縦席内に響く警告音にバンは舌打ちする。

 

「リュウジ止まるな! そのまま駆け抜けろ!」

 

 指示が届いたかどうかは分からない。ただ、目の前のレブラプターは無言で脚力を強め、敵意を察知したシールドライガーDCS-Jとシュトルヒもスピードを速める。

 

 レブラプターが駆け抜け、対照的にブレードライガーは急停止する。開いた両者の間に、巨大な鋏が顔を出した。次いで無機質なサソリの顔、最後に何度もバンたちを追い込み、いくつもの町を壊滅させた荷電粒子砲の砲塔が現れる。

 

「デススティンガー!」

 

 現れたデススティンガーの砲塔にエネルギーが集束する。荷電粒子砲だ。

 ブレードライガーが伏せたそのすぐ上を、荷電粒子の大河が濁流となって流れていく。後方に居たスリーパーたちは、まとめて薙ぎ払われた。だが、同時に、荷電粒子砲も大破する。

 

『バン・フライハイト。君をここから先へ行かせるわけにはいかない』

「それはいいけどよ。荷電粒子砲が壊れちまったぜ。そんな状態で戦えるのか?」

 

 挑発するバンに、ヒルツは「フッ」と余裕をみせる。

 

『もうすぐゾイドイヴが目覚める。ゾイドイヴの光を浴びれば、デススティンガーもその力を取り戻すだろう』

「ゾイドイヴ……!」

『見えるだろう。イヴポリスの中心に、青い光が』

 

 モニターを拡大する。イヴポリスと呼ばれた都市の中心部。巨大な塔に埋め込まれるように、それは立っていた。

 

『あれがゾイドイヴだ。イヴにはオーガノイドと同じく、ゾイドコアを活性化させ、ゾイドの傷を修復させる力がある。……それだけではないぞ。もっとも、ここで話すつもりはないがな。貴様は、今この瞬間、倒す!』

 

 デススティンガーが僅かに身構えた。それが、バンに覚悟を決めさせる。

 

「ああそうかい。なら勝負だ!」

 

 デススティンガーの前身をEシールドが覆う。対して、ブレードライガーはブレードを展開し、切りかかった。ブレードと、デススティンガーの鋏に備えられた刃がぶつかる。

 

『ゾイド乗りはゾイドを支配している。ゾイドで戦っている時だけ魂が充実し、戦士で居られるのだ。そしてゾイドは戦闘兵器。戦ってこそその存在意義がある。戦っている時が、最もゾイドが輝く瞬間なのだ。だからこそ美しい、だからこそ愉しい!』

「ヒルツ――」

 

 ヒルツの言葉に、バンは反感を抱く。ゾイドは全て戦いに生きる。そんな理論、到底納得のいくものではない。

 

「――それは違う!」

 

 ロケットブースターの噴射向きを前方に向け、その勢いで一気に後退する。激しく火花を散らしていたブレードと刃が、飛び退る様に離れた。

 

「ジーク。フィーネを迎えに行ってやってくれ。俺は、コイツと決着をつける!」

「グゥウア?」

 

 ジークの声は、「大丈夫?」と問いかけているようだった。バンは「大丈夫さ」といつものように微笑んだ。そして、ジークはブレードライガーから合体を解き、一気にイヴポリスへと駆けて行った。

 

「リュウジ。君もだ。先に行ってくれ。こいつは、俺一人でいい」

「でも……」

「足手まといだ」

「……分かりました。通路のデータは送っておきます」

 

 そうして、リュウジたちも先行する。

 

『何のつもりだ? オーガノイド無しで、この私に勝てるとでも』

「ああ勝てるさ。ゾイドの本当の価値を認めていないキサマなんかに、俺は負けない。負けられないんだ!」

 

 ブレードライガーが吠え、デススティンガーが甲高い鳴き声を発する。戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

***

 

 

 

「コブラス……?」

「お前、レイヴンと戦っていたライガー乗りの……!」

 

 警戒心を強めたレイの言葉に、フェイトははっと思い出す。レイヴンがリュウジとレブラプターを打倒した時、レイヴンに接近していた人物だ。その目的などはレイたちには分からなかったが、少なくともデススティンガーを復活させた男、ヒルツとは協力関係にあった。

 

「そうか。ヒルツの協力者なら、ここに居てもおかしくないな」

 

 警戒を緩めず告げるレイを見ず、コブラスは眼前の女神像を見上げた。その足元に立つレイやフェイトからすれば、見上げてもその表情が見えないほど、巨大な像だ。

 

「これがゾイドイヴ……って呼ばれてるんだ」

「ゾイドイヴ。これが……?」

 

 コブラスの言葉に促されるように、フェイトは同じようにそれを見上げた。巨大な像は淡い蒼の光を放ち、神秘的な雰囲気を纏っている。

 

「そう、全てのゾイドの原点。金属生命体の始まりと終わりを司る存在。ゾイドイヴにより惑星Ziの金属生命体の歴史が始まり、そしてその崩壊は歴史の終わりを告げる」

「ゾイドイヴの存在が、この星のゾイド全ての生と死をつかさどっている。そういうこと?」

「そうさ。少なくとも、僕が探求していたゾイドイヴの真実は、それだった」

 

 そう言ってゾイドイヴを見つめるコブラスは、フェイト達の存在が目に入っていないかのようだった。恍惚とゾイドイヴに視線を送り、他の一切を気に留めていない。

 

「今日、対面するときが待ち遠しかったのに、さ」

 

 そして、小さくため息を吐いた。

 

「キミは、ゾイドイヴを探していたんだろ? どうだい、対面した感想は」

 

 そう問われ、フェイトは己を振り返った。母の記したノートにあったゾイドイヴ。それがどんな存在なのか、両親はそれを探求し、そして()()し、何を思ったのだろう。

 

「……お父さんとお母さんはさ、ゾイドイヴを探していたんだ。そして、ここにたどり着いていた」

 

 フェイトはノートの内容を思い返す。ここまで来れたのは母の残したノートの御蔭だ。その内容に導かれ、フェイトはここまでたどり着いた。本当は、来ようと思えば()()()()来れたのだ。

 

「二人はここまでの道を知って、ノートに残してくれていた。それを、忘れ形見に私にくれた。だから、いつか見たかったんだ」

 

 それは、フェイトが誰にも話さなかったことだ。今まで知っていて、しかし、ローレンジ()にすら隠し、探している風を装った。

 

「お母さんたちがどんな想いで調べて来たのか。そして、分かったのにどうして、誰にも話さなかったのか。わたしに話して、でも誰にも教えないようにって言ったのか。その足取りを追えば、分かるような気がした」

 

 ノートの中に記されていたレアヘルツの谷の深部に繋がるルート。それは、フェイトの両親の調査の末に見つけ出されたものだ。それが無ければ、今のようにゾイドイヴへの道が開くことはなく、ゾイドイヴに近づくことは出来なかった。

 

「二人は知っていた。ゾイドイヴが、デスザウラーの身体を抑えてるって」

 

 デスザウラーの肉体は、ガラスのような何かに埋め込まれ、動かない。それが封じられているのだと、フェイトにはすぐに分かった。自身の中にある母の能力を受け継いだ御蔭か。束縛されもがくデスザウラーの想いが、それが告げるゾイドイヴの役割が、伝わってくる。

 

「そう、ゾイドイヴは半休眠状態。そうすることで、惑星全土のゾイドの力の源であるゾイドイヴを抑えることで、デスザウラーは力を削がれて、封じられていたんだ。ニクスで目覚めたギルベイダーも、ゾイドイヴが休眠状態にあっては満足な力を出せない。半端ものさ」

 

 フェイトの言葉を継ぎ、コブラスが答える。そして、

 

「でも、これは正直がっかりだな。真実ではなかった」

 

 コブラスは落胆の感情を吐き出す。

 

「どういうこと?」

「言った通りの意味さ。全てのゾイドの源、ゾイドイヴ。それが、これなのかい? まったく、期待外れだよ。これが、ゾイドイヴであるはずがない」

 

 「あーあ」と嘆息する。そして、にやりと、凶悪な笑みをその表情に宿した。

 

「まぁ、検証で壊してみるか」

 

 その言葉が紡がれた瞬間、銃声が響く。

 フェイトの隣、レイが拳銃を握り、その銃口から小さな煙が立ち上る。

 

「今の話を聞く限り、ゾイドイヴを破壊すると言うことは、全てのゾイドの命が尽きる。そうともとれるのだが?」

「そうだよ。ついでに言えば、ゾイドに近しいオーガノイドも、古代ゾイド人だって例外じゃない。その血を引く今のゾイド人にだって、少なからず影響はあるだろうね」

 

 コブラスの笑みが邪悪なものに変わる。レイは舌打ちし、拳銃を構え直した。

 

「なら、やらせるわけにはいかないな」

「いいのかい? いずれデスザウラーは目覚める。ゾイドイヴを破壊しなければ、世界はデスザウラーに蹂躙されるよ。僕の望みも、半分は達成されるから別にかまわないんだけど」

「お前の目的は聞いていない。ゾイドイヴ(それ)から離れろ。触れてはならない。そんな気がするな」

 

 レイが警戒を強めているのは、肌でそれを感じ取ったからだけでない。レイはタリス経由でコブラスのことを聞いていたのだ。そして、レイから共和国へと伝わり、それがレイの任務の延長線に配置されているのも、確かだ。

 

「コブラス・ヴァーグ。あんたを拘束する」

「できるかな? ちょうどいい、フェニーーース!」

 

 叫ぶコブラスに答え、空から鳥のオーガノイドが急襲する。そしてもう一体。崩壊した都市のビルの隙間を縫って戦場に現れたのは、白銀の獅子、ライガーゼロだ。

 

「ヒルツももうじきくる。そうすればデスザウラーの復活だ。色々検証したいし、ゾイドイヴの破壊はその後でいいや。それまでは、君たちと遊んでやるよ」

 

 ガァア! と吠えるライガーゼロと、フェニスに乗ってそのコックピットまで移動するコブラス。対するフェイトとレイはイヴポリスに進入する際にゾイドを置いて来ている。このままでは、到底勝ち目がない。

 このままでは、

 

『レイさん、フェイト!』

 

 擦れるような威嚇を発するのはレブラプターだ。そして、その後を追って現れるシールドライガーDCS-Jとシュトルヒ。二人のゾイドも揃った。これで、戦える。

 

「来た来た。表に出る役者はまだ揃ってない。そこに、僕らが出る必要もない。僕ら裏方は裏方で、彼らを盛り上げるための前哨戦、始めようか!」

 

 白銀の獅子と漆黒の獅子の雄叫びが響き合う。

 ゾイドイヴのひざ元で、検知されることの無い陰の戦いが、幕を開けた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。