ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第116話:彼の意志は……

 隆起した岩山の隙間に、細く荒れ果てた道が広がる。その道の脇に目を向けると、数多のゾイドの残骸が嫌でも目に付いた。ゴドス、イグアン、モルガ、ガイサック……、荒涼とした大地を構成する一部と化してしまったゾイドたちは、その無念を訴えるかのように、月光をきらりと反射させ、されど二度と息を吹き返すことはない。

 岩盤の一角が崩れ、その奥から一機のゴドスが顔を出す。らしからぬ雄叫びを上げ、目の前の岩盤に小さな砕爪(クラッシャークロー)を叩きつけ、しかしすでにボロボロだった爪は完全に砕け、それがトドメであったようにゴドスはその場に崩れ落ちた。

 

 数多のゾイドを混乱と狂気の縁に叩き落とし、二度とこの地から出ることはできない暴走者(バーサーカ―)へと変質させる。

 

 ゾイドの名を冠している以上、この地がもたらすウィルスのようなそれを拒むことは叶わない。賢しき知恵を借りて僅かな時間生きながらえようと、それは時間稼ぎにしかなりはしないのだ。

 

 この地を覆う、数多のゾイドを暴徒と化させるウィルスの正体は『レアヘルツ』。そして、それが常に発生するこの一帯は、『レアヘルツの谷』と呼ばれた。

 

 そして、このレアヘルツの谷の深部には、とあるものが眠っていた。それはゾイドと言う存在の根本を成すものであり、また昨今起きていた一連の戦いの元凶に通ずるものである。

 やがて、この地には多くの者が集う。謎の力によって引き寄せられたフィーネが。失ったシャドーを求めてレイヴンとリーゼが。フィーネを追い、デススティンガーとの決着をつけるべくバンが。そして、惑星Ziに平和を取り戻さんとする帝国共和国の連合軍がウルトラザウルスで。

 

 だが、この地に最も早く訪れたのは彼らではなく、その裏で密かに探索を続けていた、ある三人だった。

 

 

 

「噂通り。いや、それ以上か。酷いとこだな」

 

 操作盤を軽快に叩き、レイ・グレックはパルスガードを起動させる。レアヘルツの谷に発生している謎のヘルツを緩和するパルスガードはこの地で活動する際の生命線である。

 パルスガードが起動すると、シールドライガーDCS-Jに発生していた振動は緩やかに収まり、機体はコントロールを取り戻す。

 

「ここに、自分から入ろうとするなんて思わなかったな」

 

 哀れなゾイドの残骸に目を向けながら、レイは独り言つ。

 レアヘルツは一種の災害とも形容される。砂漠で言うなら砂嵐。ある程度起きる時期と場所を特定できるが、その被害範囲はまちまちだ。『レアヘルツの谷』の中心部を起点とし、そこから一定範囲内に発生する。

 故に、その範囲内には近寄らないのが鉄則だ。どんな強力なゾイドであろうと、一度レアヘルツの魔力に蝕まれてしまえば、自我を失うのは容易い。そうなってしまったゾイドは、人の技術では制御が利かないのだ。自らの機体(からだ)が崩れ去るまで暴走し、哀れな骸と化すのを待つのみである。

 

「フェイト、本当にこの先なんだな」

「うん。デススティンガーは確かにここに向かってる」

 

 上空で警戒飛行をとるシュトルヒから声が届く。パイロットである少女、フェイトはからの通信だ。

 レイたちは村を出た後、デススティンガーを密かに追跡し続けた。その出自、目的を探り出すためだ。一向に成果は出なかったものの、先日の大決戦(デススティンガーとGFの戦い)で大敗を喫したデススティンガーは何かに導かれるようにして光の中に姿を消し、そしてレアヘルツの谷周辺に再度出現した。

 にわかには信じたい出来事だったが、それは事実である。太古に生きた古代ゾイド人の遺物(オーパーツ)であるデススティンガーには今の自分たちの常識は通じない。三人はデススティンガー追跡に徹し、ここまでやってきたのである。

 

「デススティンガー……」

 

 畏怖の想いを籠め、少年がその名を呟く。遠慮のない恐怖という名の感情を内封し、少年の身震いがこちらまで伝わってきそうだ。

 

「怖いか? リュウジ」

「い、いえ。そんなことないです!」

 

 そうは言うが、乗機であるレブラプターは身を低くし、居もしない相手を警戒するように、唸り声を上げている。

 そして、それはレイとて同じだった。この先は人もゾイドも、何者も寄せ付けない未曾有の危険を内封する地帯だ。勇猛果敢で知られるシールドライガーDCS-Jが、恐怖とも闘志とも思える形で震えていた。

 

 シュトルヒが周囲の警戒を終えて舞い降りる。マグネッサーシステムの翼を羽ばたかせ、大地にしっかりと足を着ける様は、先の二体と違って酷く落ち着いているように思えた。

 

 ――パイロットの差か。

 

 おそらく、シュトルヒが落ち着いているのは、フェイトのおかげだろう。

 彼女はこの場所にやってきて以来、レイやリュウジ以上に落ち着きを払っている。まるで、この先に何が待っているのか、何が起ころうとしているのか、その全てを予見しているかのように、レイは思う。

 

「この先に空洞があるの。ゾイドじゃちょっと入れないらしいから、私たちだけで行こう」

 

 言いながら見えてきた空洞の傍でシュトルヒを降りるフェイトに、レイは警戒を解かずに続いた。

 

「あ、そうだリュウジ」

「え?」

「ちょっと、お願いがあるんだけど」

 

 

 

***

 

 

 

 漆黒から闇夜へ。まるで深淵の闇の底へと下って行くような薄暗い洞窟を進む。戦闘を行くフェイトは迷いなく、分かっているように進んでいく。

 その歩みは他を一切気にせず、無理やり気持ちを沈めているようにも思う。

 

「なぁ、フェイト」

「なに?」

 

 やぶからぼうな問いかけに、フェイトは顔を向けずに返した。

 やはりか。そう確信し、レイは言葉を選ぶ。

 

「ローレンジと、何かあったんだな」

「うぅん。ロージとは別に」

 

 然して気にしていない風に返すフェイトに、レイは確信を強めた。

 

「そんな訳ないだろう」

「どうして?」

「普段の君なら、あいつの話をすると止まらない。前からずっとそうだった。俺と会う時はいつもそうだろう」

 

 「ぁ……」とフェイトは小さく呟きを零す。

 フェイトは悩んでいる。それは、暗黒大陸でローレンジに起こった小さな変化が尾を引いているのだろう。そんな予感が、レイにはあった。そして、その変化がどんなもので、何が彼女の心にのしかかっているのかも、レイには想像できた。

 

 ――こんな俗な予想を立てれるなんて、ある意味でバンに感謝……なのか。

 

「タリス・オファーランド」

「……」

歪獣黒賊(ブラックキマイラ)の副長。あの人だろ。原因は」

「……あの」

「ローレンジの傍にあの人がいるから、自分の立場が分からなくなった。違うか?」

「……」

「俺の所に来てたのも、それが理由にかかってないか?」

 

 無言のままフェイトは歩みを止めなかったしばし暗闇の中を進み、やがてほんのり明かりが射してきたところで、ようやく口を開く。

 

「そうだよ」

 

 懐中電灯を持つ手が小さく震えた。

 なら、とレイは告げる言葉を固めた。

 フェイトはローレンジからの意識が削がれていると感じ、それが自分が嫌われているのではないかと思い始めている。少なくとも、レイはそう感じている。その不安感が、彼女を当初の目的であった遺跡探索に駆り立て、気晴らしとばかりに自分の元に足を運ばせたのだろう。

 ローレンジには今、彼女を気にかけている余裕すらない。そう、タリスから聞いた。悩んでいる大切な妹を導く余裕すら、彼にはなくなっているのだ。なら、その代わりくらい、自分には出来る。

 暗黒大陸の戦いで、最後の攻勢に混じれなかった自分でも、せめて彼の代わりくらいには成れる。

 

「なら――」

「待って」

 

 決意を持って話そうとしたレイの言葉をフェイトが遮る。思わず口を止めたレイに、フェイトは懐中電灯のほのかな明かりで先を示した。

 

「それは大事なことかもだけどさ、わたしにとっては、もう一つ大事なことがあるんだ。それは、この先」

 

 

 

 現れたのは、ぽっかりと空いた空洞だった。ところどころに水たまりが浮かび、洞窟内のほんのわずかな明かりを反射させて、目が利く程度の明かりを確保している。

 そして、その奥には何者かが蠢いていた。

 奇怪な生物の出来そこないを見に纏った、異形としかいいようのない、怪物だ。

 

 反射的にレイは拳銃を構えた。その何かに確証があるわけではない。だが、直感的に、あれこそが一連の事件の首謀者であると感じたのだ。

 

「何者だ!」

「誰に向かって、物を言っている? 愚かな反乱軍の兵士風情が」

 

 耳に触る言葉に、レイは顔をしかめた。

 反乱軍。その言葉は、嘗て耳が腐ってしまいそうなほど聞いた。ヘリック共和国とガイロス帝国が戦争をしていた二年前。当時のガイロス帝国軍部のトップに君臨していた男と、彼に魅了された者たちはことあるごとにヘリック共和国軍をそう呼び捨てた。

 人ですらない。そう、蔑むように。

 

「お前は……」

「初めて見る顔だな。まぁいい、私は、ダークカイザーだ」

 

 ダークカイザー。

 そう名乗ったのは、不気味な鉄肉の塊にうずもれた容姿の異形のナニカだ。レイは我知らず一歩下がる。生物としてあるまじき姿をしたそれを、反射的に恐れてしまった。

 

「反乱軍の兵士か。貴様ごときがこの私の姿を拝むことができるのは分不相応なこと。光栄に思うがいい」

 

 一言一言、こちらを嘲る物言いがレイの頭に直接投げかけられる。それにレイは反論しようとするが、どうにもできなかった。余裕ぶった異形の生物の姿に圧倒されたのか、それが生物として反抗することを恐れているのか。

 少なくとも、自分がその存在だけで圧倒されているのだと言うことは理解できた。

 

「もうすぐデススティンガーがやってくる。その時、私は完全な存在となるのだ。真の巨悪として、『真なるデスザウラー』として、覚醒するのだよ。貴様はその歴史的瞬間に立ち会おうというのか。分別を弁えぬ愚か者め。汝の行いがどれほど烏滸がましいことか、身をもって知ると言いい」

 

 黙れ!

 我知らず、レイはそう叫びたかった。だができなかった。言葉は粘りを持った餅のようにのどに引っかかり、吐き出すことができない。それ以上に、異形と化し、それでもなお自我を保ち、生前と何も変わることなく自らの優位を、自らが生きとし生けるもの全ての統率者であるとう自負に満ちた男の自信が、それに裏打ちされた威厳が、レイを委縮させた。

 だが、

 

「うるさいよ。プロイツェン」

 

 一歩踏み出したフェイトが、よどみなく、底冷えした声音で紡ぎだす。

 あっけにとられるレイをよそに、表情を変えないまま、わずかに笑みをこぼしたプロイツェンを見つめ、さらに一歩歩みを進める。

 

「暗黒大陸から帰った後、わたしの頭の中に言葉を残し続けたの、あなただよね」

 

 「え……?」とレイがつぶやく。それを無視し、フェイトは言葉を重ねた。

 

「早く来い、早く来い……って。留守番もできない子供みたいにぐちぐちと。うるさくてわたしも落ち着かないんだよ。あなたが嘗てのギュンター・プロイツェンなら、どっしり構えて待ってればいいんだ。リーゼや、ヒルツだっけ。あの人たちにわたしを連れてくるよう言ってたなら、信じて待ちなよ。貧乏ゆすりされる身にもなってほしいな」

 

 まくしたてるようにフェイトは一気に言葉を募らせる。その言い分はどこか彼女の兄のようで、それでいて無理をしている節が感じられる。

 

「言うではないか。かつて、私を前にして恐れ、委縮していた時とは大違いだ。この私が、目を疑うほどにな」

「あなたがひきこもりしてる間に、わたしは成長するんだよ。もう、あなたに使われるのを恐れてふるえてただけのわたしは、いない」

 

 よどむことなく、そこまでのセリフをフェイトは言い切った。そして、小さく息をつく。

 

「ならば、覚悟はできているのだろう」

 

 鉄肉塊のようなダークカイザー――ギュンター・プロイツェンの手が動く鉄肉を練り固めたような巨大な腕が掌を形成し、ゆっくりと手招きする。

 

「我がもとに来い、フェイト・エラ・ユピート。私とともに、いや、このデスザウラーに融合し、共にこの星を支配するのだ。そのための、力となれ」

 

 さも当然のように、いざなうように、ギュンター・プロイツェンは言い放った。

 レイが警戒を緩めぬままフェイトを見る。フェイトは、小さく震える自身の右腕にそっと手を置き、大きく――されど気づかれぬようそっと――息を吸い込み、また一歩踏み出す。

 

「いやだ」

「……ほぅ」

「前にも言ったよね。あなたに手を貸すなんて、絶対に嫌だ。わたしは、ロージの妹だよ。そのわたしが、簡単に、あなた程度に折れるようじゃ、話にならない」

 

 そして、フェイトは薄く笑った。決意と、覚悟をにじませて。

 

「だって、強くあらないと。ロージは、わたしを見てくれそうにないもん」

 

 強く、はかなく、そう語る少女の横顔を、レイは見ていられなかった。

 

 

 

「さすがだ」

 

 数秒の沈黙ののち、ギュンター・プロイツェンは静かに口を開く。

 

「それでこそ、君をここにいざなった甲斐があるというものだ」

 

 鉄肉の塊をうごめかせ、その中に埋もれた顔で、ギュンター・プロイツェンは笑みをこぼす。ほっと、安堵したような顔だ。

 

「強く育った君だからこそ、私のすべてを伝えることができる」

「……なにそれ。どういうこと?」

「言葉通りの意味だ。私の息子に、ヴォルフに、私のすべてを伝えてほしい」

 

 瞬間、レイはプロイツェンの周囲にあった空気に変化が起きたことを感じた。戸惑うような、鎮めようと躍起になる何者かの意志。それを、ギュンター・プロイツェンその人が押さえ込んでいる。そんな風に感じた。

 

「私の身は、すでにデスザウラーの物だ。私は、デスザウラーの意志によってかろうじて生かされているにすぎない」

 

 レイは、以前バンから聞いたプロイツェンの最期を思い出す。

 帝都での決戦の際、ギュンター・プロイツェンはデスザウラーの肩に乗り、デスザウラーを制御し、帝国共和国の連合軍と戦った。コックピットに乗り込むのではなく、デスザウラーの身の上に立ったのだ。そして、デスザウラーが崩壊していく中。その断末魔の爆発とともに、その身は消え去った。

 だが、ギュンター・プロイツェンはここに実在している。その事実から、一つの仮説が立てられた。ギュンター・プロイツェンは帝都での動乱の果てに死んだだが、それは事実ではなく、正確には、あの爆発の中でも生き残ったデスザウラーのコアに()()されていたのではないだろうか。

 荒唐無稽な、とても現実味のない仮説だ。だが、相手は古代の超兵器であり、現代の人智が到底及ばない生物である。そう予測できるだけのことは、フェイトやマリエス・バレンシアから聞いた話で、そして何よりレイ自身がトローヤの戦いで見聞きした現実離れしたすべてが、説明してくれる。

 

「あなたの自由は効かないってこと?」

「今こうして私自身の意志で語るのが精いっぱいだ。だからこそ、私の意志が健在である今のうちに、君に伝えておきたい」

「わたしはあなたのことが大嫌いだよ。ウソを話すかもしれない」

「それでもかまわん。私の最期を、その意思を、誰かの記憶に残しておいてもらいたいだけだ。そして、願わくば私の息子に、届けてもらいたい」

 

 ふっと安堵するようにプロイツェンは言った。その姿を、レイは信じられない思いで見ている。

 レイはギュンター・プロイツェンと直接会ったことはない。だから、周りの評価や、自身の所属するヘリック共和国の最大の敵だったという色眼鏡を通してしか知らない。

 そんなレイの印象からすれば、ギュンター・プロイツェンは残虐で、冷酷な男だった。休戦協定が成り立っていた両国の仲を乱し、一方的に共和国を支配しようとした。そのためなら、敵も味方も、無関係な一般市民にまで容赦をしなかった。自身の欲に忠実で、ただひたすらに惑星Ziの支配をもくろむ、この星最大の悪だ。

 

 なのに、この穏やかで、されど真の通ったような漢のような彼は、いったいなんだというのだろうか。

 

「いいよ。聞いてあげる。それで、むちゃくちゃにいじくって、最低な奴だったって、ヴォルフさんには言っとくから」

「容赦がないな」

 

 あくまで対等な立場であるかのように、強気にいうフェイトに、プロイツェンは薄く笑う。はかない、笑みだ。

 

「私は、父の無念を晴らしたかった。共和国に裏切られ、自らの国を興し戦いを挑み、されど敗れ去った父の――ゼネバス・ムーロアの無念を。そして、救いたかった。敗者として虐げられつつける、父の守りたかった民を。結局、その意思も『破滅の魔獣(デスザウラー)』などに頼ったばかりにすべて歪曲させられてしまったが」

 フェイトもレイも、静かにその無念を聞いた。

 そして気付いた。ガイロス帝国を、ヘリック共和国を扇動し、集結しかかっていた惑星Ziにおける戦乱の歴史に再び炎をともした男の、秘めてきた想いを。

 そこにあったのは、二人もよく知る彼の息子、ヴォルフ・プロイツェン・ムーロアの待望の原動力と、ほとんど差がない。

 

「なら、ならどうして。どうしてあんなに酷いことをしたの!? 私のお父さんやお母さん、ロージの家族を奪って、バンからも、ジョイスの人生だって狂わせて、そこまでする必要があった!? ヴォルフさんみたいに、ガイロス帝国も、ヘリック共和国も、みんなで手を取り合って国を作ることだってできた。そうじゃないの!?」

「全てデスザウラーの力に呑まれた私の所業だ。……いや、そうではないな。私は、ガイロスもヘリックも、憎かったのだ。無念を晴らすこともできず死んだ父を想えばこそ、奴らと共に手を携えることなど、できるはずもなかろう」

 

 ギュンター・プロイツェンは、よどみのない意志で、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。そこに、嘘や偽りなどあろうはずもない。まぎれもない。ギュンター・プロイツェンその人の意志が、告げているのだ。

 そして、だからこそ――

 

「なんで、そんなこと言うのさ」

 

 フェイトは、目線を落としながら呟いた。

 

「どうして、そんな、正しそうなこと言うの。どうして、そうやって嘘ついてないような心で話すの。そんな風に言われたら、わたし、ヴォルフさんに……嘘……吐けないよ」

 

 ぽつり、ぽつりと滴が落ちる。

 フェイトは、泣いていた。

 何が彼女に涙を流させたのか、それはレイには分からない。彼女が何を見聞きし、どう考えて生きて来たのか分からないレイには、かける言葉が無い。

 

「あなたに会ったら、ロージらしく、思いっきりぶん殴ってやろうって思ったのに……。……これじゃ、出来ないよ」

 

 フェイトの腰には、以前レイと共和国の裏路地で買った拳銃が下がっていた。ローレンジへのプレゼントとして買った時、もう一つ、自分用に購入したそれだ。

 対峙する二人の様子を見て、レイの中では何かが変わる音がした。記憶の奥底に投げ込んでいた出来事が、少しずつ蘇ってくる。

 

 フェイトの肩に手を置く。見上げてくるフェイトにレイは小さく頷き、彼女の一歩前に立つ。

 

「ギュンター・プロイツェン……ムーロア、か」

「……共和国の狗に、そう呼ばれるとはな」

「あんたは、何も知らないんだな」

「なに?」

「あんたも、いや、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の引き籠り共も」

 

 レイが苛立たしげに告げたそのセリフに、プロイツェンは半眼になる。フェイトすらも瞠目し、しかし反論を口にするより早く、レイの言葉が続く。

 

「あんたらは自分の身に降りかかった不幸で、ちっとも周りを見ようとしない。自分の目線だけを尊重して、他人の意見に耳を貸さない。とんだ業突く張りだ」

「キサマ、この場で、この私に向かって何を――」

「――俺も、俺が生まれ育った村も、アンタと同じだ。元ゼネバスの民の、隠れ里さ」

 

 その言葉に、プロイツェンの口が開いたまま止まる。そんなことは関係なく、レイはさらに続ける。

 

「俺は、村のみんなが嫌いだ。ゼネバスの民だから差別される。そんなことを言って、自分たちから交流を断って、それで真っ当な関係を築けるわけがない」

 

 レイの故郷の村も、そしてフェイトの故郷もそうだ。ゼネバス帝国が破れ、その民はエウロペの各地に散った。敗戦国の民として隷属されると言う事実があって、余計に。

 もう、半世紀前の話だというのに。

 

 なぜ、自分から逃げるんだ。逃げてばかりいるから、弱い民だと虐げられるのだ。なぜ立ち向かわない。なぜ関係を改善するために近づこうとしない。

 レイは故郷が好きだった。故郷で食べるご飯も、待っていてくれる、心配してくれる家族も、大好きだった。

 だが、自分たちがゼネバスの民だからと隠れ住むということが、大嫌いだった。

 

 

「うちの村長が言ってたよ。ルイーズ大統領は、敗戦国の民だろうと平等に住める国を目指して、共和国のトップに立ったんだと。夢物語を見続ける哀れな姫だと。……俺は共和国に来て知ったんだ。それが夢物語なんかじゃないってことを。ヘリック共和国では、アンタたちが夢見てた、敗戦国だとか、勝利国だとか関係ない。平等で、平和な関係が、もう出来始めているんだ」

 

 そこで、レイは拳銃を抜いた。まっすぐギュンター・プロイツェンに突きつけ、双眸に宿した熱のこもった眼光を叩きつける。

 

「あんたはそれを壊そうとした。俺は共和国の兵だ。ヘリック共和国という、生まれなんて気にしない平和な国を目指した『祖国』を守る兵だ。それを汚したあんたを、エレナ大統領が守り、作りあげた国を壊そうとするなら、その逆賊は、俺が倒す!」

 

 真っ直ぐ向けられた敵意に、しかしプロイツェンは、

 

「……ふ、ふっははは」

 

 笑った。

 

「……そうか。……エレナか。()()()()()()か。私は、私たちはとんだ馬鹿者だったようだ。なぁ、ダッツ……」

 

 ふと気づくと、フェイトも、その幼い掌に拳銃を握っていた。両手で握りしめ、プロイツェンに向けて構えている。レイと同じく、迷いの無い目だ。

 

「そうだ。それでいい。お前たち兄妹が、私とダッツ(あいつ)に、トドメを射すのだ」

 

 恍惚と呟くプロイツェンに、今度はフェイトが踏み出す。

 

「ううん。まだだよ」

「なに?」

「責任とってもらわないと。ここまで平和を乱したんだから。この先に居るんでしょ、デスザウラーが」

「……ああ」

「なら、分かるよね。今度はあなたが――」

「ふん。そうだな。よかろう」

 

 プロイツェンが視線で自身の背後を示す。その先は、暗闇のままだが、僅かに明かりが零れている。

 

「ゆくがいい。デスザウラーは、ゾイドイヴは、この先だ」

 

 

 

 

 

 

 フェイトとレイが先へ進んだその少し後、プロイツェンは独り肩の力を落とした。憑き物の落ちたような穏やかな表情で、もう届かないだろう言葉を口にする。

 

「レイ・グレックよ。お前に会えてよかった。……ありがとう」

 

 その時だった。薄暗い洞窟の奥地である空間に、足音が響いた。おそらく二人、オーガノイドの者と思しき気配も一つ。

 

「……さて、私もこの星の悪役を演じるとしようか。見ていてくれ、ダッツ」

 

 そして、ギュンター・プロイツェンの最期の一芝居が、幕を開けた。

 

 

 

***

 

 

 

 そこは、古代都市とは思えないほど整えられていた。

 たちならぶビル群は、光を反射する窓ガラスは、とても悠久の時を経ているとは感じさせないほどまばゆい。そしてその中心、巨大な女神像が聳える傍に、破滅の魔獣の本体(ボディ)がガラスに半身を埋め、立っている。

 女神像のすぐ下。そこに一人の少年が居た。少年は、やってくる二人に気づくと、振り返って笑顔で迎える。狂気を滲ませた、狂乱の笑顔だ。

 

「やぁ。まさか一番乗りが君たちだなんてね。意外だよ」

「あなたは?」

 

 警戒しながら尋ねるフェイトに、黒髪の少年は笑顔で答える。頭頂から伸びる長い一房の黒髪が、ゆらりと揺れる。傍に控えた猛禽のオーガノイドが、雄々しく翼を広げた。

 

「僕はコブラス・ヴァーグ。君とは初対面だよね。会いたかったよ、フェイト・エラ・ユピート」

 

 




 ここらで聞いときましょうか。
 みなさんはゼネバス派? それともヘリック派?
 この物語の中で鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が掲げてきた大望と、今回レイ・グレックが言い放った意見。果たして、両者の意志で尊重できるのはどちらなんでしょうね。

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