ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第115話:戦う理由

 アララテ山天文台。

 共和国領内の小さな山の山頂に放置された廃屋に、ジェノブレイカーがふらつきながら戻ったのはいつだっただろう。

 転がり落ちるようにしてコックピットを降りたレイヴンは、倒れる前にやるべきことを済ませ、そのまま倒れるようにして眠り込む。気づいた時には、すでに二日は経過していた。

 硬い地面の上に横たえていた身体をゆっくりと起こす。無理な体勢で眠っていたせいか、途絶えていた血液が音を立てて全身に循環されていく感覚が良く分かる。感覚の無くなっていた腕に力が戻り、同時に激しい痛みが神経を逆なでる。

 

「っ……はぁ」

 

 呼吸を整え、精神を落ち着かせ、少しの間記憶を掘り返す。すると、眠りについていた激しい怒りが全身を駆け巡った。同時に、敗北の記憶と屈辱が脳を揺さぶる。

 

「くそ……ヒルツめ……」

 

 本心から言えば、今すぐにでもヒルツの後を追いたかった。ジェノブレイカーは単体でも自己修復能力が高く、デススティンガーによって失わされたエクスブレイカーも再生を果たしている。まだ金属生命体の肉質が表面に現れたままだが、戦うには問題ない、はずだ。少なくとも、今のレイヴン自身の意志を考えれば、無茶をするには十分すぎる。だが、

 

 ――行ったところで、犬死か。

 

 想い返すのは、デススティンガーと戦う前に現れた青年のことだ。

 犬死するだけ。そんな無茶はさせられない。

 そう言って、彼は無謀を承知でジェノブレイカーに挑みかかってきた。彼の忠告が、多少冷静さを取り戻した今ならよく分かる。

 それ以上に、今はやるべきことがあった。

 

「……あいつは」

 

 自由が利き始めた身体で立ち上がり、レイヴンは廃屋の奥に向かった。

 辺りを見回せば、否が応でも思い返す。嘗てここで暮らした日々、両親と共に、不満はあったものの、平穏だった日々を。そして、それを奪い去ったオーガノイドによる虐殺を。

 

 暗がりの奥で何かが蠢く。そこに居たのは、オーガノイドだ。ただ、虐殺を行った赤ではなく、青のオーガノイドだ。

 青のオーガノイドは警戒心を逆立ててレイヴンを半眼で睨みつける。

 

「……安心しろ、今更お前と戦うつもりはない」

 

 小さく、言い聞かせるように告げる。無駄と思っていたが、不思議と青いオーガノイドは素直に頷き、身を引いた。

 疑問を抱きはしたが、今はどうでもいい。レイヴンは部屋の奥にあるすっかり固くなったボロボロのベッドに、その上に寝かされた()()()()()に近づく。

 その額に手を当てる。まだ熱を持っているのが分かるほど、熱かった。

 

「……う、……僕を、……捨てないで」

 

 小さく呻いてる姿は、彼女が健全だったころには考えられないものだ。気を失い、弱々しく呻く姿は、青い悪魔と恐れられた彼女にはとても似つかわしくない。

 

「なぜ、助けたんだろうな」

 

 思わず、疑問を呟く。

 その時だった。窓ガラスが酷く揺さぶられる。重量感のある何かが風を起こし、ただでさえボロボロな小屋が今にも吹き飛びそうだ。

 レイヴンは顔を顰め、青いオーガノイドに待機するよう手で指示を出しながら小走りに外へ出る。

 小屋の外に居たのは、今まさに飛び立とうとするドラゴン型のゾイドだった。黒と赤に彩られた、並みのゾイドとは比べ物にならない力を有していると思わせる機体。すでに帝国と共和国の部隊をまるごと相手にできるほどの力を手にしたジェノブレイカーでさえ、このゾイド相手では勝負の行方が見えない。

 黒龍、ガン・ギャラドだ。

 

「待て。……なぜ、俺を助けた」

 

 レイヴンは苛立たしげに言葉を投げかける。すると、黒龍は飛び立とうとしていたのを制止し、翼を降ろす。コックピットが開き、白髪の男が徐に立ち上がる。口角をグイと持ち上げ、男は嗤った。

 

「そりゃ、あそこで倒れられちゃつまんねぇからだよ。オレの獲物がよぉ」

 

 舌なめずりするような獰猛な表情を浮かべた白髪の男はガン・ギャラドから無造作に跳び下りる。僅かに膝を屈めて地面に下り、何事もなかったように立ち上がる男に、レイヴンは半歩、足を引いた。男は軽い音を立てて肩に刀を乗せる。どこまでも強気な態度は、最強を名乗るに足る器を見せつけている。

 ねめつけるように睨み、レイヴンはその名を呟く。

 

「……ジーニアス・デルダロス」

 

 

 

***

 

 

 

 デススティンガーの荷電粒子砲がジェノブレイカーのシールドを削る。まさに絶体絶命の瞬間だった。空中から飛び込んできた何かにより、デススティンガーの荷電粒子砲が方向を地面に向け、大地に大穴を穿った。

 

「……? なんだ!?」

『これは?』

 

 レイヴンだけでなく、ヒルツも驚愕した。ヒルツの驚愕はレイヴンのものとは違う、疑惑程度ではあったが、確かにヒルツも驚いていた。

 

『オイオイ、こりゃあ、エウロペ最強の勢揃いって奴だなぁ……イイじゃねぇか』

 

 ヒルツとレイヴンは、声に釣られて空を仰いだ。

 

 ニューヘリックシティの黒煙と業火に包まれた空に、黒とメタルグレーの装甲を纏った龍――黒龍の姿が躍った。

 

『お前は……ニクスの守護者だったな』

 

 僅かに疑惑の意が混入する言い方で問うヒルツに、現れた黒龍のパイロット、ジーニアス・デルダロスはにやりと壮絶な笑みを浮かべる。

 

『おうよ』

『なんのつもりだ?』

『はっ、デルポイで山籠もりすんのも飽きちまってな。つまんねぇ郵便も終わったし、シャバの空気を吸いがてら、元ガイロス帝国最強のヤロウを叩き潰してやろうと思ったんだがなぁ……』

 

 黒龍――ガン・ギャラドの首がジェノブレイカーに向けられる。まるで、獲物を前にして舌なめずりするかのような表情で、舐めるようにジェノブレイカーを眺め、ガン・ギャラドは一声吠える。

 

『興冷めだ。最強って噂だった奴が、ボロ雑巾みてぇにのされてんだ。期待外れにもほどがあんだろ』

 

 ジーニアスはわざとらしく、聞こえるように大きなため息を吐いた。レイヴンに向けられたものだろうことは周知であり、馬鹿にされているということはレイヴン本人も自覚した。

 

 「だが」と、ジーニアスは一言挟み、続きを饒舌で語る。

 

『それに代わる獲物が居るじゃねぇか。なぁ、サソリ野郎。テメェ、魔獣の封印をつかさどったゾイドだろ? オレは誤魔化せねぇぜ。テメェの気配、纏う空気、ニオイが語ってんだ。外法の果てに生み出されたか』

『だとしたら、どうだというんだ?』

『はっ、オレが喰らう獲物としちゃあ、上出来だ!』

 

 黒龍は歓喜に打ち震えるように、先ほどよりも高く、猛々しく吠えた。喰らうべき獲物を見定めた肉食獣の如き気迫で、デススティンガーを見据える。

 

『さぁ、オレとガン・ギャラドに喰われな! そして、オレたちの最強への糧となれ!』

 

 ガン・ギャラドの背中の砲塔にエネルギーが集束し、一気に解き放たれる。荷電粒子砲だ。その火力は、以前レイヴンが暗黒大陸の南海岸で遭遇した時のものよりも強力になっていた。ジェノブレイカーのそれに僅かに及ばずとも、追いつき、やがては上回れるのではないかという迫力の籠った一撃だ。

 

 荷電粒子砲が無防備なデススティンガーを飲み込み、光の本流が巨大なサソリを覆い尽くす。

 

『まずは小手調べだ。この程度で、くたばる訳がねぇよなぁ!』

 

 ジーニアスの言葉に従い、ガン・ギャラドの荷電粒子砲は威力を増した。

 レイヴンは暗黒大陸上陸の時以来、ジーニアスと会っていない。だが、あれから過ぎ去った時間を経て、ジーニアスとガン・ギャラドが大きく成長を遂げていることが良く分かった。

 

 ガン・ギャラドが高度を上げる。その半秒後、煙の先から幾本ものビームの線がつい先ほどまでガン・ギャラドの居た地点を貫いた。

 デススティンガーの尾先には荷電粒子砲が装備されているが、その周囲にもレーザーガンやビームガンが装備されていた。デスザウラーの頭部にビームガンが装備されているのと同じく、荷電粒子砲発射後の隙を突かれるのを防ぐための補助武装だろう。

 ただ、それがデスザウラーやデススティンガーのような規格外のゾイドとなると、それだけで大型ゾイドに致命傷をもたらす強大な武器となる。

 

 ガン・ギャラドは宙空で一回転すると、一気に急降下して低空から体当たりを加えた。先ほどのジェノブレイカーのようにレーザーファングで受け止められるものの、ガン・ギャラドは突撃をやめない。構わず押し切る。

 ギリギリと押し込み、デススティンガーを一歩後退させる。

 

『ほう、流石はギルベイダーを封印したゾイドだ。このデススティンガーに肉薄し、ここまで戦えるとはな。だが、所詮は雑魚だ』

 

 デススティンガーは両の鋏を広げ、大きく振りかぶった。叩きつけ、分厚い鋏で一気に押しつぶすつもりだろう。だが、振りかぶった時点でガン・ギャラドは素早く飛び離れる。と同時に、荷電粒子砲発射口に肉薄し、その牙を突き立てた。だが、これもデススティンガーの強固な機体ゆえ致命傷にはならない。

 

『ちっ』

 

 ジーニアスが小さく舌打ちし、ガン・ギャラドは飛び離れた。一拍おいて、デススティンガーの背中から圧縮空気弾が放たれる。大口径の衝撃砲だ。当たれば、ガン・ギャラドほどの装甲をもってしてもただでは済まなかっただろう。

 今度はデススティンガーが攻勢に入った。

 両の鋏を持ち上げ、鋏の甲に格納されているリニアキャノンを展開し、矢継ぎ早にガン・ギャラド目がけて撃ちこんだ。ガン・ギャラドはそれを躱し、或いはパルスキャノンで撃ち落とし、応戦する。

 

『おい元ガイロス最強!』

 

 一瞬の沈黙の後、レイヴンは自分が呼ばれたのだと気付く。

 

「なんだ」

『ボサッとしてねぇで、とっとと離脱したらどうだ?』

「この俺に、逃げろというのか」

『ああ、そうだ。邪魔だ、失せろ』

 

 屈辱的な物言いに反論したくなったが、確かに離脱するチャンスではあった。

 レイヴン自身もこの場からの撤退を意識しており、その機会があるなら逃す手はない。

 ただ、ジーニアスの言動には疑問があった。

 

「……なぜ、俺を気にする?」

 

 デススティンガーに挑みかかるだけならまだいい。彼自身は強者を求めてこの場に現れたのなら、デススティンガーと戦うのはジーニアスの本望だろう。しかし、ならばなぜこちらを気遣うような言葉を残すのだろう。それが、不思議だった。

 そんなレイヴンの問いかけに、ジーニアスは短く笑声を響かせる。

 

『はっ、余計なことに脳味噌使ってる場合か? とっとと逃げたらどうだよ。今のテメェは、ただの役立たずだぜ』

 

 腹立たしい事ではあるが、ジーニアスの言葉は事実だった。エクスブレイカーは脱落し、シャドーを欠いた状態のジェノブレイカーは本来の性能の半分しか発揮できない。一度は敗北が身に滲みた状態だ。多少の冷静さを取り戻した今なら、自分たちの現状を理解できる。

 今は、逃げるしかない。

 

「スペキュラー! いけるな!」

 

 レイヴンの呼びかけに、スペキュラーは力強く応えた。よほどリーゼの事が大事なのだろう。ただひたすらに主のために就き従い、己の身を粉にする献身的な姿は、否が応でもシャドーを思い起こさせ、レイヴンの胸を抉る。

 

「……ちぃ」

 

 どうにか姿勢を保ち、ジェノブレイカーは立ち上がる。屈辱的ながらデススティンガーに背を向け、背部スラスターを全開で噴かし、その場を全力で離脱するのだった。

 

 その直後、ニューヘリックシティは荷電粒子砲の衝突に包まれることとなる。

 

 

 

***

 

 

 

「なぜ助けたか、なぁ」

 

 黒く焦げ付いたガン・ギャラドの脛をなで、ジーニアスは呟く。

 

「決まってんだろ。オレのエモノを他の奴に奪われたくねぇからだ」

「獲物?」

「ああ、オレは最強になりてぇ。そのためには、この星に居るつえぇゾイド乗りを片っ端からオレが叩き潰し、オレの糧とする。テメェもオレの糧だぜ? 元ガイロス最強』

 

 そう言ったジーニアスの顔は、獲物に喰らいつく間際の肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべていた。

 ジーニアスの言葉から、レイヴンはふとバンのことを思いだす。バンが自分以外の誰かに倒されたとすれば、自分はどう思うだろうか。情けないと、バンに怒りをぶつけたくなるだろう。そう、バンは自分の永遠の宿敵だ。他の誰かに倒されるなど、許せるわけがない。

 ジーニアスにとっては、この星の全てのゾイド乗りがそういった存在なのかもしれない。

 

「俺と戦うために、俺を助けたのか」

「テメェにも分かるはずだ。そうだろ? 英雄サマはテメェが獲物としてマーキングしてんだろうしな」

 

 「もっとも、英雄サマもオレが喰らうがな」と、ジーニアスは笑みを深めて言った。

 

「なら、今からでもやるつもりか?」

 

 内なる闘志を抑えてられない。抑えるなどやってられない。そんな心意気を前面に押し出しているジーニアスに、レイヴンはため息を吐きながら問いかける。

 この男の戦いに賭ける想い(モノ)を考慮すれば、獲物を誰かに盗られるより先に自分が喰らうだろう。そう考えての問いかけだったが、ジーニアスは以外にもつまらなそうに顔を背けた。

 

「は、やなこった。今のテメェとやったって、得るモンがねぇ」

「なに……?」

「そうだろ? ヒルツってぇ三流以下に嬲られ、相棒のオーガノイドを失くしたテメェとやりあって、なんになる。糧になりゃしねぇ」

「俺は、シャドーがいなければ戦う価値が無いとでも?」

 

 久しぶりに、レイヴンの反骨神が刺激された。

 レイヴンは昔、バンを「オーガノイドが居なければロクにゾイドも扱えない」と罵ったことがある。今のジーニアスの言葉は、それをレイヴンに返したようなものだった。

 

「違うのか? テメェとテメェのオーガノイドですら持て余すジェノブレイカー(そいつ)を、テメェ独りで百パーセントの力を引き出せるか? オレがやりあいてぇのは全力を越えた、二百パーセントのテメェだ」

 

 憤りのままに吐きつけた言葉に、返す刀でジーニアスの厳しいセリフが叩きつけられる。

 

「一目見て解ったぜ。そのジェノブレイカーには、アンビエント(あかいオーガノイド)の力が強く宿ってやがる。シャドー(テメェのオーガノイド)じゃねぇ。忠告しといてやるぜ。テメェと、もしもテメェのオーガノイドが戻ったとして、ジェノブレイカー(こいつ)を使うのは止めておけ。テメェらが壊れるぜ。今度こそ、木端微塵にな」

 

 ジーニアスの言葉に抗いたい想いはあった。だが、納得せざるをえないことでもあった。

 今、レイヴンが扱っているジェノブレイカーの元であるジェノザウラーは、ヒルツから譲渡された機体だ。その機体色は、以前ギュンター・プロイツェンから渡されたジェノザウラーとは違い、赤が混じっていた。

 おそらくだが、ヒルツから渡されたジェノザウラーはヒルツのオーガノイド、アンビエントの力を強く宿しているのだろう。元々はアンビエントに調整されている機体だ。その機体特徴が、シャドーを蝕んでいたのだ。

 今のジェノブレイカーの力を、シャドーの力で百パーセントに引き出すのは不可能ではない。だが、それにはどうしたって浸食されるデメリットが付きまとうのだ。

 

「さて、オレはもう行くぜ」

 

 一通り語って満足したのか、ジーニアスは背を向けた。

 

「奴と戦いに行くのか?」

「はっ、興ざめした。やる気なんざねーよ」

 

 ジーニアスは肩をすくめてつまらなそうに言い捨てた。

 

「さっきも言っていたな。ヒルツが雑魚だと」

「テメェだって解ってんだろ。あれは、ゾイド乗りじゃねぇ。別の目的で終焉の使者(デススティンガー)を手に入れ、それに使われているだけの(スレイブ)だ」

「……デススティンガーの僕か。奴をそう評するのは、お前くらいだろうな」

 

 口には出さないが、レイヴンですら気づかなかった。ヒルツへの憎しみばかりが自身の精神を支配し、ヒルツの本質には触れてこなかった。だから、レイヴンも気づくことはなかった。

 純粋に、ヒルツとの闘争を意識していなければ、デススティンガーという強大な力に目を奪われていなければ、気付くはずもなかった。

 ヒルツがゾイドに乗り戦う。それがどれほど()()()()()であるか。

 

「あばよ。とっととケリつけな。その後で、盛大に噛み砕き、喰らってやるよ。元ガイロス『最強』」

「ふん。興味無いな」

 

 ガン・ギャラドが翼を大きく広げる。今まさに飛び立とうとする黒龍は、脅威だけで言えばデススティンガーに匹敵するように思えた。こんな存在が、ただ一人の狂乱のゾイド乗りによって制御されていることは、ヒルツとは別の意味で異常だった。

 

「おい」

「……?」

「とっととシャドーを連れ戻せ。でないと、オレがテメェを喰らう理由がねぇ」

 

 その言葉は、しばしの会話で押し流していたレイヴンの激情を呼び覚ますには十分で、

 

「シャドーは、もう……」

「オーガノイドは柔じゃねぇよ。まだ感じるぜ。忠竜の、鼓動がな」

「なに?」

「オレに食われたくってうずうずしてんだろうよ!」

 

 最後の言葉に対するレイヴンの声は、狂気の風に掻き消される。ガン・ギャラドは、一瞬で空高く舞い上がり、その姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

 ――シャドーが、生きている?

 

 所詮はただの世迷言。現状を何も知りはしないはずのジーニアスが、そんなことを知り得る筈がない。例え生きていたとして、どこに居ると言うのだろうか。

 惑わされる必要はない。

 そう、己に言い聞かせるも、ジーニアスの言い放った言葉は脳に突き刺さった楔のように外れてはくれない。

 

 ――まぁいい、今は……。

 

 ジーニアスが去って、すでに二日が経っていた。様子を見に小屋の中に戻ると、ベッドのふくらみの位置が僅かに動いている。起きたのか、寝返りか。どちらにせよ、意識が戻り始めているのだろう。

 無造作に近づき、掛布団に手をかけ、

 

「――っ」

 

 反射的に、突き出された手を掴んだ。跳ね起きる要領で顔面に叩き込まれた華奢な拳を、優しく受け止め、殴りかかってきた青髪の少女――リーゼの額に手を当てる。

 

「……熱は下がったようだな」

「お前――! なぜ助けた」

 

 ふっと、邪気のない笑みがこぼれる。

 つい先日も同様の質問を投げかけたところだ。その時は純粋な闘争心からだったと答えられたが、自分はなぜ助けたのだろう。

 思い返すのは、ノーデンスの遺跡付近で見かけた時の今にも壊れそうだった姿。そして、ヒルツに否定された時の、自身の居場所が崩壊したのを自覚したような、絶望しきった顔。

 その両方の表情に、覚えがあった。おそらく、嘗てこの場所で両親を殺された時の自分も、似たような顔で絶望を感じていただろう。

 

 つまるところ、同情で助けたにすぎないのだ。

 

「……さぁな」

 

 結局、答えは曖昧に留めた。わざわざ、全てを語る必要はない。

 今にも噛みつきそうな眼光を向けてくるリーゼから目を逸らし、隣室に移動する。コーヒーを淹れて休憩していると、やがてリーゼもゆっくりとやってきた。様子を窺うと、リーゼは最初はレイヴンに、そして気づいたように窓から覗くジェノブレイカーに目を向ける。何かを探しているようだ。

 

「……お前のゾイドは助からなかった」

 

 リーゼの乗機、サイコジェノザウラーはデススティンガーに破壊された。その事実は覆りようがない。突きつけてやると、リーゼは分かりやすいほどに表情を曇らせる。まるで、外出中に夕立に遭ったような、今にも崩れそうな顔だ。

 だが、

 

「――っ、スペキュラー」

 

 天井の穴から覗きこむ青いオーガノイドの姿を見て、その表情はほころぶ。相棒のオーガノイドが死んでしまったと誤解したのだろうか。確かに、そうともとれるニュアンスのセリフを言った気がする。

 

 それからは、しばしの間無言だった。

 レイヴンはこれからのことに思考を投げつつ、コーヒーを口に含んだ。

 結果はどうあれ、ヒルツに負けたのだ。シャドーを失ったショックで何もかも投げやりに戦いを挑み、完膚なきまでに敗北した。ジェノブレイカーを一人で扱いきるのはさすがのレイヴンでも無理がある。もう一度戦いを挑むにも、勝ち目はまるでない。

 なにより、目的が無い。

 

 ――このままもう一度挑んで、玉砕するのもありか……いや、

 

 それはない。

 再戦するなら、せめて僅かでも勝ちの目がある状態で挑むべきだ。そうでないなら、それに匹敵する理由が必要だ。

 でなければ、意味がない。敗北したことにも、その後の再挑戦にも、明確な理由が必要だ。そうでなければ、負けたことも、勝つ事にも、意味がない。

 そう、いつかの()()()が教えてくれた。

 

「レイヴン。シャドーは、消えたのか……」

 

 唐突に、リーゼがそう問うた。「貴様には関係ない」と言いかけた自分を抑え込み、レイヴンはしばし思い出したくもない記憶を掘り返す。苛立ちをぶつけたところで、意味がないのだから。

 

「石になって、死んだ」

「じゃあ、その亡骸は?」

「知らん。光になって消えた」

 

 デススティンガーからの奇襲を受けてシャドーが死に、その数日後にシャドーの亡骸は光となって消えた。自分の元から完全に居なくなってしまったことを許せず、レイヴンはデススティンガーに挑みかかったのだ。

 シャドーが死に、消え去った記憶は抹消したいほど辛いものだった。心を抉るような気分で吐き捨てたレイヴンだが、それを訊いたリーゼが何かを考え込むようにしているのを見、僅かな疑問を抱く。

 

「光になって、消えた。なら、可能性はある」

「なに?」

 

 レイヴンは己の心臓が強く鼓動するのを感じる。すっかり冷めきってしまった熱い血液が、音を立てて全身に行きわたってくる。これは、

 

「シャドーは、まだ生きているかもしれない。転送されたんだ。イヴポリスに」

 

 動くには、戦うには、理由が必要だ。

 今、レイヴンは、理由を手にした。

 

 




 ジェノブレイカーにアンビエントの力が~のくだりは、ネット上で見つけた考察を流用させていただきました。

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