ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第114話:頭領の役目

 目が覚めた時、視界に移ったのは焦げ付いてボロボロのコンクリートの天井だった。身体を起こそうにも、腕の筋肉をピクリと刺激させただけで激痛が走る。意識は混濁し、今見ているものが夢なのか現実なのか区別がつかない。

 自身が身じろぎしたのに反応したのだろうか。視界の天井を覆い隠して、懐かしい深緑の髪色が躍った。何か必死に呼びかけているようだが、生憎と耳も馬鹿になっている。僅かに聞こえてくるそれが少しずつ大きくなっていることから、どうにか慣れるしかないのだろうと判断する。

 

 落ち着けと宥めるように痛みの走る腕を持ち上げ、彼女の脇腹をそっと撫でた。

 

 少しずつはっきりしていく意識と同時に全身の感覚が激痛に騒ぎ出すが、勤めて隠すように、彼は視界の彼女を呼んだ。

 

「……フェイト」

「ロージ!」

 

 やっと名を呼ばれた。それがきっかけだろう。瞳に溜め込まれた涙は海を切ったように溢れ出す。それを隠すためか、それとも感極まったせいか、フェイトはローレンジの胸に顔をうずめる。

 どうにか動かせた腕をフェイトの頭に添え、ローレンジは優しく撫でる。

 

「……たくっ。こっちから探したら見つかんねぇってのに、こっちが情けねぇザマ晒してる時に出てきやがって」

 

 全身に走る激痛は、意識を失う前に負った負傷が原因だろう。加えて、しばらく動かなかったせいで筋肉がなまっているのだ。それでもどうにか顔を上げ、腰を起こす。すると、今までよりずっとクリアになった視界にもう一人の少年が映っていた。

 

「……よう」

「ローレンジさん。あの……」

 

 師匠、じゃねぇのか。

 以前自分が否定した呼ばれ方を、それを貫こうとした弟子から、もはやそう呼ばれることはない。それを自覚すると、ふと胸に空虚な穴が開いたように感じる。リュウジとの間に、大きな溝ができてしまったかのようだ。

 

「ごめんなさい」

 

 感じていた溝は、リュウジの言葉(それ)でさらに深まったように感じた。

 

「は……?」

「ローレンジさんが今すごく大変なのを、僕は分かってなかったんですよ。なのに、余計ローレンジさんを悩ませて、重荷になってしまった」

 

 待てよ、そうじゃないだろ。

 

「僕は、もっと強くなりたかったんです。そのためにローレンジさんの元に来たんですが、それが重荷になって、苦しめてしまったんですよね」

 

 そうじゃない。そうじゃないだろ。

 

 違う……違う。

 心の中ではそう訴えるが、もどかしいほどに口が動かない。声が出ない。意識が再び朦朧としてくる。視界がぐらぐらと揺れ、次第にもやがかかり始めた。

 

「だから、僕は……僕自身で強くなります。今日までありがとうございました。……師匠」

 

 ふっと背を向けるリュウジの後姿が、酷く遠くに見える。

 

「ロージ、わたしたちまだやることがあるんだ。だから……行くね」

 

 夢見心地のような視界の中で、フェイトの声が澄み切った水に波紋を立てるように静かに響く。それがますます、ローレンジの意識を落としていく。

 その刹那、思う。

 こうして再び自分の元から離れていく。それを見て、やっと分かった。

 

 自分は、怖かったのだ。

 嘗て、自分にあった家族は、故郷は、もうない。全て失くした。その後得た家族と呼べた存在は、兄弟弟子たち(それら)は、また虚空へと消えた。そして今、三度得た仲間たちは、それ以上に大切な存在(フェイトとリュウジ)は、自分の手元を離れていく。

 失うのが、怖い。もう、誰にも消えて欲しくない。だから、自分は最前線で戦うのだ。誰も失わないように、こうして得ることのできた仲間(アイゼンドラグーン)と、家族(ブラックキマイラ)を消してしまわないように。

 だから行くな。戦場に立つなら、そこには俺も共に……。

 必死に意識を保ち、腕を伸ばす。だが、その手は空をかくだけだ。

 

「ニュート、ロージをお願いね」

 

 心配を振り切るような声音が響き、ローレンジの意識は完全に途切れる。最後に見たのは、背を向けるリュウジとフェイトの後ろ姿、そして、それを待って共に歩み出す一人の共和国兵士の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「――っ……ああ」

 

 閉じた意識が開かれた時、すでにそこには誰もいなかった。傍らで眠るニュートを除き、さっきまで居たはずの者たちは影も形もない。

 

「……即行で倒れた、ってか。クソッタレが」

 

 先ほどまでの記憶と現状を照らし合わせ、ローレンジは不快を隠そうともせず舌打ちをする。フェイト達に看病され、そしてそのまま置いて行かれたのだろう。廃屋のかろうじて原形をとどめているソファに横になっている状態から、現状はすぐに察せる。

 毛布を蹴飛ばして起き上がろうとし、しかし思う様に体は動かなかった。全身に重石を付けているかのように、身体は言うことを聞かない。

 

「クソッ……」

 

 短く舌打ちし、埋もれかかっている記憶を掘り起こす。

 フェイト達は、自分が再び気を失う前に言っていたはずだ。どこかに行くと。それはどこだ。よく知っている場所? いや、そうではない。

 ちらりと視線を動かすと、こちらをじっと見定めるように見つめるニュートがあった。見張り要員として残されたか。ただ、その瞳を見つめていると、少しずつ意識が覚醒してくる。

 

「レアヘルツの谷、だったな」

 

 微かに覚えているフェイトが告げた行先。場所さえ分かれば、じっとしている必要はない。

 体を起こしてソファから立ち上がり――ふと、違和感を覚えた。立ち上がると同時に立ち眩みでふらつくが、構わず傍らの拳銃を握りしめる。

 一歩、また一歩と勝手口に近づく。異変に気付いたニュートを追従させ扉まであと一歩と言ったところだ。

 角の先からずいと銃口が突き出され、迷いなくそれは火を噴いた。

 

 反射的に上体を捻る。咄嗟の行動だったが、それがローレンジの命を救った。脳天を目がけて撃ち放たれた弾丸はローレンジの髪を掠り、背後のコンクリート壁にめり込んだ。

 

「ギィイッ!」

 

 脅威を認識したニュートが飛びだす。だが、その先に待ち構えていたのは横合いから飛び出した電磁鞭だ。ニュートが堪らず昏倒し、ローレンジの意識も僅かながらそちらに逸れる。

 

 ――しまった!?

 

 僅かに意識を逸らした。それは、この状況では致命的だ。角の先から姿を現した侵入者はローレンジの腹に鋭い突きを叩き込み、一瞬で上を取られる。

 

 ――させるか!

 

 倒れ、受け身を取ると同時にローレンジは床を転がった。そして、振り向きざまに狙いもつけず拳銃の引き金を引く。

 ガンと言う音と衝撃が重傷の身に響く。衝撃(それ)を全て意識の外に弾き、ローレンジは続けざまに引き金を引く。二発、三発。狙いをつけていないそれは、当然ながら侵入者を打ち据えるには至らない。だが、侵入者が回避に意識を向け始めたのだけは理解できた。そこまで追い込めば、こちらにもやりようがあった。

 

 左手でもう一つの拳銃を取り出す。弾切れになった片方を捨て、もう片方を両手で構えると、今度は一秒もかけずに狙いを絞り、引き金を引く。

 

 だが、侵入者はそれで撃退できるほど甘い相手ではなかった。

 今できる限界の集中で狙いを定め、命中を確信した弾丸は、侵入者に紙一重で躱された。

 

 ローレンジは思わず瞠目する。ローレンジ自身が思うに、先ほどの一発は避けられるはずがなかった。向こうの回避行動も視野に入れ、その上で撃った一発だ。それを――ローレンジの感覚が正しければ、射線を見てから躱されたのだ。この至近距離で、それができるはずがない。

 混乱は一瞬だ。だが、その一瞬がやはり致命的だった。

 ローレンジの攻勢が止まったその一瞬で、侵入者はローレンジの懐まで入り込み、組み伏せて押し倒す。そして、その額に銃口を押し付けた。

 

「言い残すことは」

 

 やっと口を開いた侵入者の声音は、どこか聞いたことがある様に思う。いや、迷う必要もない。

 

「お前……バイスか。リムゾン(あいつ)の差し金か?」

 

 侵入者は、オクトファミリーのボス、リムゾン・オクサイドの右腕を名乗っていた女性、バイスだ。

 

「それが、遺言か?」

 

 バイスの態度から油断はない。逃げることは、おそらく不可能だろう。さしものローレンジも覚悟を決める。だが、

 

「――ちっ」

 

 バイスがローレンジから飛び退く。そして、間髪入れずに一発の銃弾が二人の間を駆け抜けた。それだけでなく、コンクリートの壁を()()()弾丸は再びバイスに牙をむく。

 

「くそっ!」

 

 バイスもこれは予測していなかったのだろう。だが、バイスはやはりそれを見てから回避した。恐ろしいほどの反射神経だ。およそ人間業ではない。

 砕けた窓ガラスがあったはずの場所から飛び込んでくる弾丸は、断続的に続いている。その全てがバイスを一か所に留め、そしてローレンジに復帰するチャンスを与えた。

 

 壁を跳ね、牽制し続ける弾丸。その一発一発から射手の思考を読み、ローレンジは「はっ」と短く笑った。

 

「何のつもりか知らねぇが、助かったぜ! 師匠!」

 

 跳弾の主であろう人物の視線を感じつつ、ローレンジは再度の攻勢に移る。しかし、

 

「っ――!」

 

 引き金を引こうとした左腕に鋭い痛みが走った。まだ万全とは言えない体調でいきなりの激戦だ。少し、無茶をしたというものだろう。

 攻勢は無理だ、逃げるしかない。

 そう判断を下すのに時間は要らない。取り落とした拳銃を――妹からの贈り物であるそれを断腸の想いで――拾わず、飛び離れるように勝手口に向かった。だが、

 

「――どけ」

 

 ぬっと現れた新たな銃口がローレンジの瞳に合わせられ、迷うことなく引き金が引かれる。

 ほとんど無意識のままに倒れることを選んだローレンジの上を、今度は迷いの無い弾丸が次々と吐き出される。その数は、六発。一拍の間を置き、すぐさま断続的な射出音が再開される。正確に狙われるそれに、バイスも攻勢を諦めて回避に努めた。

 ほんの僅か、一秒にも満たない安堵の中で、ローレンジは助けの正体を見る。

 

 すらっとした長身の美女だ。見るものを振り向かせる美しい金の髪に、その下に覗く肉食獣のような赤い目が鋭い。片目は傷を負っており、痛々しい傷跡が隠されず人を寄せ付けない孤高の空気を纏っているかのようだ。

 

「ルフィナ!?」

 

 救援と思しき女性――ルフィナ・スチェパネンコは、訝しげなローレンジに目もくれず、淡々と、事務的にリボルバーの引き金を引いていく。

 

「おい、ルフィナ!」

「なんだ」

「どうしてお前がここに」

「仕事だ。お前の護衛を依頼されてな」

「誰にだよ!」

「お前の所の副長さ」

 

 事務的に告げるルフィナの言葉から、ローレンジは「……ああそうかよ」と呟くように吐き捨てる。余計なことをとも思うが、そのおかげでギリギリ命を拾ったのだから文句は言えない。

 

「で、タリス(あいつ)はどこだ」

「さぁな。着いて来てはいたが」

 

 まだこの場には来ていないと言う事か。それなら好都合だ。タリスは荒事に慣れている方ではない。ゾイド戦ならば多少なりとも戦えるが、対人戦となると不安が残る。足手まといになられない分、今のうちにこの襲撃者を追い返す。

 改めて意識を襲撃者――バイスに向けると、バイスはなぜか放心したように虚ろな視線をこちらに向けていた。

 

「……タリス、なんで……?」

 

 その視線は、ローレンジとルフィナの背後に向かっている。警戒を緩めず、ちらりとそちらを確認すると、そこに居たのはやはりと言うべきか、タリス・オファーランドだった。そして、タリスの方もまた、バイスを見て驚愕の表情だ。

 

「リバイアス? まさか、ガルド様からの命令?」

 

 一瞬の静寂。それを破ったのは、無機質なリボルバー拳銃の発射音だ。

 ルフィナが半眼で引き金を引き絞り、射出された鉛玉は狙い違わずバイスの手にあった拳銃を弾いた。

 

「くそっ!」

 

 舌打ちし、バイスは弾かれたのとは別の拳銃を引き抜いた。

 

「ギィ!」

 

 だが、そこで復活したニュートが尻尾を振い、バイスの足元を浚った。体勢を崩し、取りこぼした拳銃を拾うのを諦めたバイスは憎々しさを隠しもしない表情でローレンジを睨みつけると、そのまま砕けた窓から身を躍らせる。

 部屋は二階だ。飛び降りたとしたら着地で隙が出来る。すぐにルフィナが窓際まで駆けるが、その時にはバイスは廃墟と化した真夜中のニューヘリックシティに姿を消していた。

 

「……逃げられたか」

 

 淡々と呟き、ルフィナは拳銃を腰のホルスターに押し込んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 窓際から外を眺めるも、夜闇に包まれ、辺りの様子はよく分からない。もう一人の救援者の姿は、どこにもなかった。

 

「さて」

 

 小さく呟き、ローレンジは部屋を見渡す。

 入口近くの壁に腕を組んだままのルフィナが寄りかかっている。周囲を警戒しているのだろう。周囲の安全に関しては彼女に任せ、ローレンジは自身の副官を見た。

 タリスは、心ここにあらずと言った様子で俯いていた。ルフィナに護衛を依頼し、彼女を伴ってここまでやって来たのはタリス当人の決定によるものだ。

 だが、そのタリスにとって想定外のことが起きたのだろう。その事実が、タリスの精神的な部分を打ちのめしているのは確かだ。

 

 さて、どう聞いたものだろうか。砕けた窓ガラス越しに廃墟のニューヘリックシティを眺め、ちらりとタリスを視線で浚う。

 

 タリスの反応からして、彼女がバイスと顔見知りであることは確定的だ。バイス側の反応からしても、これは揺るぎない。

 方やローレンジの信頼する副官、方や襲撃者。その関係はとても歪で、しかし見慣れた者のようにも思えてしまっていた。

 

「……あいつは、お前の知り合いだよな」

 

 数拍の間を置き、タリスは「はい」と小さく答えた。

 

「どこで会った」

「……ナイツに所属してすぐです。アンナも一緒でしたよ」

 

 タリスがプロイツェンナイツに属したのは、今から8年ほど前だったはずだ。その頃にはヴォルフも鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に配置されており、プロイツェンの計画も機が熟すのを待つだけになりかけていたところだ。尤も、それはデスザウラーというイレギュラーを導入したことで大きく変更されたはずだが。

 

「ってことは、かなり昔からだな。どういう関係だった」

「同期で、同僚で、大切な仲間でした。それに……いえ、今は、そうも言ってられないのですが」

「……なるほど。今のあいつの所属は」

「テラガイストです」

 

 よどみなく答えたタリスに、ローレンジは心臓が軽く跳ねるのを自覚した。テラガイストは、暗黒大陸の戦いでその影をチラつかせながら最後まで現れなかった黒幕だ。そして、一度は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)を壊滅に追い込んでもいる。見過ごすことはできない、まぎれもない敵だ。

 そして、先ほどのタリスの言葉。おそらく、いや確実に、タリスもテラガイストの一員だ。ヨハンからの助言は、当たりだったか。

 タリスの様子を窺う。彼女は視線を落としたまま、ほとんど動きを見せない。その表情には陰が射している。タリスにとっても、今の時点でバイスが現れたのは想定外だったらしい。まして、ローレンジの命を狙うなど考えもしなかっただろう。

 

 ローレンジ自身、命を狙われる理由ならいくらでも思いつく。ただ、解せないのはそのタイミングだった。

 現在、惑星Ziはヒルツのデススティンガーによって壊滅的な被害が出ている。その目的は、正直なところ『破壊』としか言いようがない。もしもなどと言ってられない勢いで、惑星Ziそのものの危機と形容しても何らおかしくない。

 それなのに、この未曾有の混乱の中で暗殺を狙ってくるなど、考えられる訳が……、

 

 ――いや、

 

 違った。十分考えられた。嘗てのローレンジなら、世界規模の混乱に乗じて暗殺に踏み切るなど、容易に考えられた。ローレンジのみならず、暗殺者ならば、大規模な混乱など、仕事を達成しやすくなるスパイス程度にしか思わない。

 このような混乱など、どこかの誰かが解決してくれる。そんな、希望的観測に沿って、動くだろう。優先すべきは自身に科された仕事。世間の危機など、二の次だ。

 

「……そうか」

 

 そこまで思考し、これ以上の問答は避けることにする。目下の問題はデススティンガーだ。それに対する行動を決めねばならない。

 

「あの女については後で聞く。現状、どうなってる?」

 

 ローレンジがレイヴンと遭遇し、戦闘となって少なくとも一週間以上は経過しているはずだ。フェイトたちに拾われ、一時的に意識を取り戻したのがその時で、それからさらに時間が経過している。とすれば、予想はしたくないがかなりの時を意識の無いまま過ごしたと想定できる。

 

「頭領がレイヴンと遭遇戦に入って、一ヶ月近くになりますね」

「くそ……」

 

 予想は当たっていた。だがそれを後悔し、歯噛みする余裕すら、今のローレンジにはない。

 

「……それで?」

「共和国と帝国はGFの最終決戦プロジェクトを始動、ウルトラザウルスを起動させ、重力砲(グラビティカノン)を搭載しデススティンガーとの決戦を迎えました」

 

 ウルトラザウルスや重力砲(グラビティカノン)についてはローレンジも把握していた。GFの情報は出来る限り仕入れるよう、諜報班には通達しており、そこから仕入れた極秘の情報だ。それが、結果的に使用されただけだ。

 

「決着は、もう着いたんだな」

 

 タリスの言い方から、すでにそれが過去のものであることは予想できる。ローレンジの予想を肯定するように、タリスは小さく頷いた。

 

「デススティンガーは重力砲(グラビティカノン)の直撃を受けて沈黙。ですが、オーガノイドの力によってかろうじて復活を遂げています」

 

 かろうじて復活。つまり、どうにか仮死状態からの蘇生はできたものの、満身創痍であることに変わりはないということだろう。

 

「復活したデススティンガーはレアヘルツの谷へ移動を始めたそうです。フライハイト少佐がそれを追撃。遅れてウルトラザウルスも向かっているとのことで」

「ほとんどケリはついた、あるいはこれからってとこか」

 

 デススティンガーの一件は片が付き始めている。これはローレンジの予測だが、こちらから手を出さずともバンが決着をつけるだろう。かと言って、何もせず指をくわえている場合でもないが。

 

鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)はどうしてる?」

「帝国領内でデススティンガーと衝突しました。結果は敗北で、現在はエリュシオンに向けて撤退中とのこと」

「決戦には参加しないってか」

 

 話を総合するに、デススティンガーとの決着はレアヘルツの谷で行われるだろう。今現在、エリュシオンに戻っている鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)がその場に間に合う可能性は限りなく無いと言っていい。

 ヴォルフ達はまた非難を受けることになるが、考えてみれば参戦した場合、後々鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の過ぎた技術力について追及を受けることになる。それを避けるために引き上げたのだろう。そして、エリュシオンやその先の北エウロペの住人だけは守れるよう準備を整える。

 つまり、ヴォルフもこの戦いの先を見越して動いているのだ。

 自分たちが参戦せずとも決着がつく。そんな予測を立てて。

 

「それから」

「まだあるのか」

 

 報告事項の大半は終わったと思っていたが、タリスはさらに続ける。

 

「デススティンガーの活動に呼応するかのように、各地でゴロツキの暴動が頻発しています。両国の軍、特に共和国はそれに割く余裕がないのが実情ですね。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)では帰路で部隊を再編して鎮圧に当たるとのことですが、どこまで被害を防げるか……」

 

 どこにもいるものだと思う。世界規模の恐慌が広がる中でも、盲目的に自身の優位だけを考えて略奪に走る者が。そんな時こそ軍隊や警察の出番なのだが、生憎とこの被害で機能が完全にマヒしてしまっているのだ。

 先を見据えた行動をとるならば、彼等の始末に走る者が必要だ。でなければ先の復興はかなりの遅れをとってしまうだろう。だが、その余裕は今、どこにもない。

 

「くそ、こんなことならあいつらを出しときゃよかったか……」

 

 事前に予測は出来たはずだ。ゴロツキ、賊の動きなど、ローレンジにとっては読めて当然のものだ。それを考慮するならば、歪獣黒賊(ブラックキマイラ)メンバーを各地に散らし、事の始末に当たらせることもできたはずだ。

 そしてその判断も出来ていたはずだ。なのに、対処がおくれた。

 自分自身に余裕がなかった、と言うのは言い訳だが、実際その通りでもあった。

 

「組織のリーダー失格だな、俺は」

 

 嘆くように呟く。それは、ここ数ヶ月の自身を振り返り、総括した結果だ。

 

「……そいつは、違うと思う」

 

 だが、それを真っ向から否定する者がいた。タリスではない。それまで壁に背を預け、黙したまま耳を傾けていたルフィナだ。

 

「……どういう意味だよ」

「あたしは、あんたんとこのメンバーじゃない。だが、雇われてあんたんとこで厄介になってる。そのあたしからの目線だが、あんたは頭領だよ」

「なんだそりゃ」

「あたしたち賞金稼ぎは、独りで生きてきた。独りが慣れてるし、気楽だ。組織的な活動に慣れてない。だからこそ、個人個人の想いで動くことが出来ると思ってる」

 

 ルフィナは徐に懐から通信機を取り出すと、ローレンジに投げた。受け取り、視線で問うと、ルフィナは無言で頷いた。周波数を変えずに通信を開く。

 

「俺だ。応答しろ」

『おおぅ、頭領じゃないか? 野暮用は終わったのか?』

「ヨハン?」

 

 通信に応じた気楽な声音は歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のナンバー3、ヨハン・H・シュタウフィンだ。

 

「あー、まぁ俺の方はぼちぼちってとこ。で、お前らは?」

『あっちこっちに散ってるよ。馬鹿なゴロツキどもの始末に当たってるところさ』

「は?」

 

 思わず耳を疑った。ローレンジがしておけばよかったかと思っていたそれを、ヨハンは全て汲み取り独自に動いていたのだ。ローレンジの指示などない。勝手だ。だが、行幸過ぎる。

 

「あたしが思うに、組織ってのは二つある」

 

 ルフィナが、徐に口を開く。

 

「一つはトップが全体を統率する組織だ。ある程度は幹部連中の独断もあるが、こいつはトップとそれに就く幹部がまともじゃないと機能しない。そしてもう一つは、今のお前のようなものだ。トップがロクな指示を出さずとも、その意図を汲み取り動ける優秀な部下がいる。違い、分かるか?」

「……さぁな」

「部下であるヨハンたちが、全幅の信頼をトップにおけるかどうかなんだ。簡単に言えば、あんたのカリスマだ」

「カリスマって……んなもん俺には……」

「あるだろう? 暴風(ストーム)の忌み名で恐れられた、圧倒的『強者』としてのカリスマが」

 

 そう言われると、ローレンジとしては返し難かった。嘗ての自分は嫌気が射すほどだ。だが、その過去を否定する気もなく、元々賞金稼ぎであった歪獣黒賊(ブラックキマイラ)のメンバーには隠し事せずそれを伝えている。威圧の意味を含んだものだったのだが。

 

暴風(ストーム)がどれほどか。この道を歩んで来た者なら誰もが良く知ってる。それを味方にできる、自分たちの背中(バック)に就かせることが出来る。全てを一人で賄わなきゃならない賞金稼ぎにとって、バックに強者を就かせることはメリットだ。だから、あいつらはあんたに従う。そういうことだろう」

『それだけじゃないさ』

 

 ルフィナの言葉に、ヨハンが口を挟んだ。

 

『頭領。俺たちがあんたに従うのは、なにも俺たちにとってメリットがあるからだけじゃない。居心地がいいからさ。あの場所は。なぁ、そうだろう? 根無し草の俺たちに、帰る場所がある幸せを感じさせてくれたんだよ。他ならぬ、頭領がな』

 

 ふと、ローレンジはその言葉に既視感を覚えた。

 帰る場所がある喜び。それは、ローレンジもよく知っている。

 嘗て、根無し草で、着のみ着のままふらつくだけだったローレンジに居場所を与えたのは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)だった。いつしか、そこはローレンジの帰る場所になった。心の中で、帰るべき場所になった。帰りたい、『家族』の居る場所になった。

 

 ――で、今俺は、別にそれをつくった……てか?

 

 自分に帰る場所と、それがある喜びを教えてくれたのは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)、ヴォルフ達だった。そして今、ローレンジは同じことを成し遂げていたのだ。歪獣黒賊(ブラックキマイラ)という、新たな組織の元で。

 

「解ったよ、ヨハン。なら、そっちはお前とタリスに任せる」

『了解だ、頭領』

「……お前ら、聞いてんだろ」

 

 答えはない。聞いているはずだ。あの、馬鹿な賞金稼ぎどもならば。

 

「俺は、このエウロペを巻き込んだ馬鹿騒ぎの決着を見に行ってくる。そっちに向かった、勝手しやがった馬鹿どもを連れ戻してくる。三人共だ」

 

 「誰を」とは、言う必要もない。勝手に出て行った孤独な鴉を。勘違いして出て行った弟子を。そして無茶ばかりしてくれる妹を。連れ戻す。それがローレンジのやることだ。

 

「だから、お前らは――精々名を売れ。俺たち歪獣黒賊(ブラックキマイラ)がどれだけ役に立つか、知らしめてやれ。そうすりゃ、仕事にゃ困らねぇ。一家族(おれたち)が満足してのんびり暮らすのに十分な稼ぎが出来るだろうさ」

 

 なにをしろと伝える必要はない。指示を出さずとも、彼らは勝手に動く。必要な時だけ、言ってやればいい。自分が何か言わずとも、回り、動く。それが、傭兵団歪獣黒賊(ブラックキマイラ)という組織だ。

 

「……さぁ、稼げ!」

 

 怒鳴りつけ、一斉に返事が返ってくる。野太い男たちの歓声が、やる気に満ちた若者たちの張り上げた声が、応答した。

 

 

 

「さて、んじゃあ俺も行ってくる」

「もう動けますか?」

「ああ、タリスはルフィナと一緒に帰れ。お前が、しばらくの司令塔だ。……副長の護衛、頼むぜ」

「報酬は」

「副長から引っ張り出せ」

「厄介な話だ」

 

 不愛想なルフィナの相変わらずの言葉に片手を上げて返し、タリスに軽く笑いかける。

 

「頭領」

「なんだ?」

「例の、ライガーゼロの男の子。彼もレアヘルツの谷です」

「……確かか?」

「デススティンガーに与していたそうです。デススティンガーがレアヘルツの谷に向かったとすれば、おそらくは彼も」

「そいつは、まぁちょうどいいな」

 

 レアヘルツの谷には、その奥深くに古代都市があるらしい。嘗て、師匠から聞いた話だ。

 暗黒大陸でのコブラスのセリフを思い出す。

 『決着は、古の都で』

 

「まだ、あなたは過去を引き摺っているのですか?」

 

 タリスの心配げな問いに、ローレンジは「だな」と苦笑しつつ返す。

 

「これを」

 

 タリスが出したのは、封筒に収まった手紙だ。視線で問うと「少し前に、仏頂面の黒龍の主が投げつけてきました」と微妙な表情で告げた。

 黒龍と言えば、暗黒大陸で戦ったジーニアス・デルダロスが思い起こされる。あの男が今更、唐突に、一体何の用だと思いつつ手紙を読む。

 その内容――確実にジーニアスの書いた者ではなかった。

 

 

 拝啓、この惑星(ほし)の空の下、どこかにいるあなたへ

 

 

 そんな文頭から始まった手紙の中身は、ローレンジにとって、予想外のものであり、僅かながら見ていた希望的現実であった。

 読み終え、ローレンジは自身の表情が柔らかくなったのを自覚する。

 

「……そうか、()()()()()()()か。生存報告がおせぇんだよ。狐の兄妹(ティス、カイ)

 

 これで、コブラスとの因縁は断ち切られた。だが、それは八年前の、決別でできた因縁だ。トローヤでコブラスから投げかけられた『招待状(あの言葉)』に応じる必要はないのか、といえば、それは違う。

 応じる理由は、別の形ですでに生まれていた。この数ヶ月。彼らがもたらした出来事が、ローレンジをコブラスとの戦場に向かわせる。

 

「行くのですね」

 

 問いかける副長の言葉に、ローレンジは「ああ」と短く返す。

 

「俺は、頭領で、兄貴で、師匠だから、行かねぇとな」

 

 

 

 廃屋を出、傍らに停めてあったグレートサーベルに乗り込む。久しぶりにも感じる操縦桿の感覚に、グレートサーベル――サーベラは力強く唸った。背中に飛び乗ったニュートも、久しぶりに前を向いた主の思考に呼応するように鋭い唸りを上げる。

 

「行くぞ」

 

 短く言い放ち、ローレンジは駆けた。

 

 




 オリキャラ企画から参加させた彼女、かなり起用しやすいキャラだったことに気づきました。
 肝心の幕間話は一番悩んで書いた話だったんですがねぇ。

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