ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第113話:信用の無い卑怯者

 戦闘の爆音は、少し離れた森の中にも響き、振動をもたらしていた。

 

「おいどうするよ、スティンガー」

 

 ロスの戸惑いはもっともだった。やけっぱちの死に物狂いでデススティンガーに立ち向かったスティンガーたちだったが、間一髪のところで鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の加勢により命を拾った。そして、彼らの支援部隊によって生き残った帝国兵と共にここまで退いて来たのだ。

 

「どうするって、決まってんでしょ。とっとと逃げんのよ」

 

 悩むそぶりを一切見せず、当然のように言い放つスティンガーに、クロスボウ兄弟の二人は辟易とした表情を隠さない。

 

「なによ」

「いや、だって……なぁ、兄貴」

 

 同意を求めるアルバートに、ロスは大仰に頷いて「まったくだ」と続けた。

 

「ゾイド乗りの誇りを見せつけるとか言っといて、なんだその掌返しは。手首の骨がおれるんじゃねぇのか?」

 

 収容所を破壊するデススティンガーを前にして、スティンガーは不敵な笑みと共に戦うことを選んだ。その姿はクロスボウ兄弟が一度も見たことの無い精悍なもので、二人の心を大きく動かすきっかけにもなったのだ。

 そのきっかけを与えたスティンガーがこうもあっさり意見を覆すのでは、自分たちがばからしくなってくる。

 しかし、スティンガーは当然のように笑いかけた。

 

「馬鹿ねぇ。さっきは一矢報いた方がまだマシだった。でも今は違う。逃げるに十分な可能性ができたんだから、とっととトンズラするに限るでしょう?」

 

 たとえば、先ほどの戦闘でスティンガーたちが尻尾を巻いて逃げに徹したとしよう。だがその場合、デススティンガーに背後から倒されるのがオチだ。ならば一度戦うそぶりを見せ、隙を作って逃げた方がまだ可能性はあったはずだ。

 スティンガー自身の言い放ったゾイド乗りの誇りも、嘘ではないのだが。

 小馬鹿にするような口調でスティンガーは説明した。ロスとアルバートは釈然としないながらも、それでも納得したそぶりを見せる。

 

「じゃあ、とっとこ逃げるってか? だがそれも――」

「ええ、簡単じゃないでしょうね」

 

 言いつつ、スティンガーはここまで乗ってきたセイバータイガーを見上げた。

 セイバータイガーは、右の前足を失っていた。デススティンガーの荷電粒子砲の直撃は避けられたものの、その余波を受けたのだ。

 

「周囲はあれの手下のゾイドに囲まれてる。鉄竜騎兵団(こいつら)に相手を押し付けたとしても、逃げるのは難しいでしょうね」

 

 すでにスティンガーたちを含む鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の支援部隊は包囲されており、いつ殲滅を始められてもおかしくはない。いや、すでに始まっているのだ。デススティンガーの居る方角とは別の方角からも、戦闘の爆音が響いている。

 このままでは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)と共に倒れるしかない。そんな無様な最期は認められない。スティンガーはなんとか――自分だけでも――助かる方法を模索する。だが、肝心のゾイドが無ければ、抵抗も逃走も難しい。

 

 ――ん、ゾイド?

 

 そこでスティンガーは顔を上げ、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のグスタフのトレーラーに積まれたゾイドを見上げた。

 淡い緑と紫の、毒々しい機体色のゾイドだ。鰐のように長い口には、加えた獲物をずたずたに引き裂き、噛み千切るに十分な歯が並んでいる。賞金稼ぎの間でも話題に上がったジェノザウラーに近い体形をしており、それよりも一回り大きくどっしりとした印象だ。

 何より特徴的なのは、背中に並んだ黒い背鰭だ。

 危機的状況だと言うのに、誰一人としてそれに触れようとしない。いや、動かない――動かせない、のだろうか。

 

「気になるかね?」

 

 ぎょっとして振り返ると、スティンガーにも覚えのある顔がそこにあった。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のゾイド博士、ザルカだ。

 

「なによ」

「そのゾイド、ダークスパイナーのことだ。気になるかね?」

 

 再度問うて来るザルカの口から飛び出した名前を胸の奥にしまい込み、スティンガーはもう一度見上げた。じっと動かず、虚空を見定めるその視線が、ふとスティンガーに合わせられたように思う。

 

「こやつは以前の主の無能ぶりに呆れ、それを捨てたのだ。ワタシが作った訳ではないが、なかなかに面白いゾイドだと思うぞ」

「ねぇ、こいつ、どういうゾイドなのかしら?」

「ジャミングウェーブ。コイツを説明するには、この装備がかかせないな」

「へぇ」

「特殊な電波を発生させ、ゾイドのコンバットシステムの制御を奪う。まぁ、簡単に言ってしまえば、ゾイドを操ることのできるゾイド、ということだ」

「あら、いいじゃない。最高だわ」

 

 スティンガーは会心の笑みを浮かべた。

 敵のゾイドを操れる。それを利用すれば、この戦場を離脱する道を作りだすのは造作もないことだ。なぜ鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)がそれをしなかったのかは気になるが、撤退のための戦法は用意されているではないか。

 

「フハハハハ! そう言うと思ったわ。どうだ、コイツに乗ってみないか?」

 

 その言葉は、寝耳に水だった。

 確かに強力なゾイドであるが、それと同時に鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)にとっても貴重なゾイドであることは間違いない。それをスティンガーなどに――極悪非道で名の通ったスティンガーに貸し与えようなどと、とてもではないが正気の沙汰とは思えなかった。

 そんなスティンガーの思考を読んでか、ザルカは「不思議に思うかね?」と問いかけてくる。

 

「ええそうね。いったい、何を企んでいるのかしら?」

「企むなどと、人聞きの悪い。ダークスパイナーはな、ワタシが作り上げたバーサークフューラーと同じだ。ゾイド本来が本来持つ意志を色濃く残す、完全野生体ベースの機体。ゾイドが主を選ぶのだ。そして、こいつはひねくれた性格の持ち主でな。自らに与えられた力を持って、他のゾイドをひれ伏させることを愉悦と覚えている。以前の主はクズ過ぎた故に捨てたが、オマエは少し違う。クズながら、独特の立ち位置を持っている。ダークスパイナーは、そこに可能性を見出しているのだよ」

 

 朗々と、得意げに語るザルカのセリフを、スティンガーは半分以上聞き流した。ダークスパイナーを眺めていると、同じようにダークスパイナーはスティンガーを見下ろした。やがて、ゆっくりと頭を下げ、コックピットを開く。

 

「おい、なんでこんな奴なんだよ」

「まったくだ。ひねくれてるって話だが、そのとおりだな」

 

 クロスボウ兄弟が口々に愚痴るも、それすらスティンガーには届かない。

 自信を誘う様にコックピットを向けたダークスパイナーからスティンガーはばんやりとその意思を予測する。「試してみろよ。オレサマを満足させられるかどうか」と。

 

「……はっ、馬鹿にしないでくれる」

 

 スティンガーは、不敵に笑みを浮かべた。

 

「ダークスパイナー、だったかしら。馬鹿にしてんじゃないわよ? ()()()()()()風情が。アタシこそ、アンタをひれ伏させてやるわ」

 

 ダークスパイナーの眼光に、敵意の光が宿る。金属生命体であり、人などはるかに上回る強大な生命であるゾイドの眼光を正面から浴び、クロスボウ兄弟は思わず震えた。しかし、スティンガーは一切視線を逸らさない。

 

「アンタ、面白いこと考えてるみたいじゃない。ねぇ、アタシの道具になって、連中を見返してやるってのはどう?」

 

 ダークスパイナーがゆっくりと鼻先を近づける。スティンガーも、自然と一歩踏み出した。

 

「アンタがアタシを人間如きって思うんなら、アタシも思ってるわ。ゾイド如き、兵器の分際で、って」

 

 ダークスパイナーが細長い口を開いた。威嚇し、怒りをむき出しにする。正面からゾイドの怒りを買い、しかしスティンガーは動じない。いつも通りの不敵な笑みを浮かべ、挑発するように言った。

 

「賭けをしない? アタシが、アンタを跪かせられるかどうか。それともアタシが、アンタの道具に成り下がるか」

 

 

 

***

 

 

 

 ヴォルフは短く舌打ちをした。

 モニターには、バーサークフューラーZに搭載されたミサイルが尽きたことを示す表示が現れている。

 バーサークフューラーZは強力な機体だ。試作したエナジーシステムを搭載し、並のゾイドをあっさりと蹴散らすだけの力を秘めている。システムが生み出したエネルギーを注ぎ込んだ荷電粒子砲やレーザークローは、同サイズのゾイドをはるかに凌駕する破壊力を有するに至っている。

 しかし、システムの制御にキャパを割き過ぎた所為で、それを利用できる兵器や射撃兵装が少ないのだ。本末転倒な設計だが、それだけ試作という趣の強い機体だった。

 

 エナジーシステムを再起動させ、荷電粒子砲の全力照射で包囲を切り崩したいところだったが、システムはもう使えない。限界を超え、これ以上の使用はバーサークフューラーそのものを破壊させてしまう恐れがあるからだ。

 それに、通常の荷電粒子砲を撃とうにも、その隙がなかった。

 

「そら、油断してると!」

「くっ」

 

 闇夜に白銀の機体が躍る。黄金の爪を煌めかせて迫る白き獣王(ライガーゼロ)に、ヴォルフはフューラーの反射神経に引っ張られるように尻尾での迎撃を行う。だが、それを見た瞬間にライガーゼロは跳び、尻尾に痛烈な爪痕を残す。

 

 状況は、好ましくないものだった。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は完全に包囲され、その包囲網は少しずつ狭まっている。

 アンナのジェノリッターやハルトマンのエレファンダーが必死の防戦を展開するものの、その上を行く脅威であるデススティンガーにはなすすべもない。

 壊滅は、時間の問題だ。

 

「ヴォルフ様、このままでは……」

「分かっている!」

 

 ハルトマンからの通信に怒鳴り返し、さりとて状況を覆す一手は浮かばない。デススティンガーは荷電粒子砲の発射口を負傷し。まだ放つことはできない。この隙が、ヴォルフ達に残された数少ない突破口だ。だが、コブラスとライガーゼロによる錯乱と、押し寄せるヒルツ配下の部隊の存在が重かった。彼らによる包囲が、どうしても越えられない。

 

『ヴォルフよ』

 

 戦場には似合わない、しゃがれた老人の声が通信機越しにヴォルフの鼓膜を叩いた。

 

「ザルカ博士?」

『一瞬でいい、包囲に風穴を開けるのだ』

「博士? 何か策が――」

『いいから早くしろ。全滅したいか?』

 

 いつもと同じ、変わらぬ口調だが、ザルカの言葉には不思議と力が籠っていた。それ以上の追及に無意味さを感じ、ヴォルフは素早く戦場を見渡した。

 

「アンナ。今、荷電粒子砲を撃てるか?」

 

 ジェノリッターは地中から急襲をしかけてきたステルスバイパーを叩き伏せ、激しく吠えたて威嚇を混ぜつつバーサークフューラーZを見る。

 

『いけるわ』

「なら頼む。そのまま、正面にだ」

 

 アンナから「なぜ?」と言う言葉はなかった。展開していたドラグーンシュタールを畳み、腰を落として荷電粒子砲発射形態へと移行する。

 信頼されているのだろう。それまでの殲滅をすぐに取りやめ、指示に従っている。ヴォルフとバーサークフューラーZはすぐにその傍らまで進み出て、襲ってくるゾイド群の殲滅に入った。

 すると、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の他のゾイドもそれに追従する。指示はない。皆、無言で判断を下し、その場での最良の行動に移っただけだ。

 信頼でき、逆に厚い信頼を向けてくれる部下たちだ。彼らを失うことなどできない。部隊の仲間の大切さを噛みしめながら、ヴォルフは再度飛び掛かってくるライガーゼロと組合、叩き伏せた。

 

 そして、荷電粒子砲が放たれる。

 事前に打ち合わせた様に、その射線に味方はいない。放たれた粒子砲が闇夜を赤く染め上げ、おびただしい光の本流が射線上の敵機を飲み込んでいく。

 

 血路は開けた。だが、集まってきたヒルツ配下のゾイド群はかなりの数だ。一瞬開かれた道は、すぐさま閉ざされる。

 しかし、その成果は確かに挙げられた。

 

 

 

『あーら、騒々しいパーティが開かれてるじゃない』

 

 小悪魔のような声音と共に、一体のゾイドが戦場に現れた。その姿に、ヴォルフは思わず目を見開いた。自軍に属するゾイドではあるが、パイロットは乗らない、自動操縦機であった筈の機体だ。

 

「ダークスパイナー? いったい誰が」

『はぁいヴォルフ様。アタシよ』

 

 再度通信機越しに届いた声音に、ヴォルフは絶句するしかなかった。

 スティンガーだ。デススティンガーと鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が激突したその時に、確かに逃がしたはずの人物だった。

 

「なぜ、お前がここに」

『アラ、アタシが助っ人じゃ不満?』

 

 僅かに口を開いたダークスパイナーの表情は、得意げに笑っているようだ。まるで、今のパイロットだろうスティンガーが不敵に笑みを浮かべているかのように。

 

『ヴォルフ様。見ていて下さるかしら? アタシの、ゾイド乗りの意地って奴を――』

「むざむざ命を捨てるな! 下がれ!」

『――え?』

 

 怒気すら含んだヴォルフの怒声に、スティンガーは一瞬狼狽する。

 スティンガーはそれなりの腕前を持つ賞金稼ぎだ。ローレンジからもその実力だけは認められている。だが、それはあくまで一般的なゾイド乗りの範疇での話だ。デススティンガーと言う強大な相手に、コブラスという正体不明のゾイド乗りの存在。それらを加味すると、スティンガーでは役不足であると感じたのだ。

 

『そうそう、どこの雑魚か知らないけどさ。興味無いから、帰っていいよ』

 

 まるで「しっしっ」と、犬でも追い払うような声色でコブラスも告げる。

 あまりに屈辱的で、あまりに投げやりで、そんな態度を向けられるのが、スティンガーと言う人物だった。

 

『ちょっと……』

 

 呆然と呟くスティンガーを余所に、コブラスのライガーゼロは再び臨戦態勢に移る。ヴォルフとバーサークフューラーZがそれに応じるように構え、一瞬動きを止めていたデススティンガーも蹂躙を始めた。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のメンバーがそれに応じ、戦闘が再開される。

 

『……なによ、それ』

 

 ポツリと呟くスティンガーに、ダークスパイナーのモニターがチカチカと光る。まるで、ダークスパイナーがスティンガーをおちょくっているかのようだ。

 

『ちょっと、コケにされてんのはアンタもよ』

 

 モニターの光が一度瞠目する。「なんだとぉ!」という意志が感じられるそれは、はた目からは面白おかしいものだが、当の本人たちには笑い事ではない。

 颯爽と参戦すべく戦場に飛び込んだ自分たちを、まるで最初からいなかったように扱うそれらに向けられる想いは、怒りだ。

 

『あんたら』

 

 ダークスパイナーが地面を踏みしめ直す。軽く足を陥没させながらも両足を開き、背中のジャミングブレードを持ち上げる。ゆらゆらと揺れ出す背びれは、バチバチと翠色の電気を纏った。

 

『アタシたちを……』

 

 高まる電撃が、戦場の者たちの視線を引き付けた。そして、スティンガーとダークスパイナーの怒りが、弾ける。

 

『「()」たちを! なめるんじゃねぇぇえええええッ!!!!』

 

 その瞬間、戦場の時が一瞬止まった。

 群がっていたヘルキャットやヘルディガンナー、ステルスバイパーと言ったヒルツ配下の奇襲ゾイドたちがビクリと痙攣し、攻撃の手をピタリと止めた。コブラスのライガーゼロすらも苦しげに頭を振り、動きを鈍らせる。

 包囲攻撃の手が緩み、隙が出来る。それを見逃すヴォルフではない。

 

「今だ! 全機反転、退くぞ!」

 

 尻尾でライガーゼロを打ち据え、バーサークフューラーZは激しい威嚇の咆哮を上げながら一歩ずつ下がる。そして、自軍の撤退を確認すると、ジェノリッターに付き添われる形で戦場を離脱するのだった。

 

 

 

 

 

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が撤退し、配下だったはずの奇襲ゾイドたちも奪われたヒルツは、追撃のそぶりを見せずそれを見送った。

 

『どうしたのさ、ヒルツ?』

 

 調子を戻したライガーゼロが歩み寄る。デススティンガーは、反応も見せぬままぼんやりとそれを眺めた。

 

『逃がしちゃって、奴等にも絶望を味あわせるんだろう。それに、デススティンガーを()()させないと、魔獣の強化なんてできないよ』

『そうだな』

()()()()の君を助けてやってるのはなんのためか、理解してるよね』

『ああ、もちろんだ』

 

 抑揚のない、冷めた声音でヒルツは答えた。コブラスは「はぁ」と分かりやすいほど大きなため息を吐き、落胆の表情を浮かべる。

 

『なんだい、ポーカーフェイスは君の得意分野だったのに、ずいぶん惑ってるじゃないか』

『……科学者は、人ではない。人道など、始めからない』

 

 ポツリと、ヒルツは言葉を溢した。

 

『捨てた感情だが、あなたの前では、まだ名残惜しかったのかもしれないな。……博士』

 

 じっとデススティンガーを見つめるコブラスの瞳は、疑惑の瞬きがあった。コブラスは見たことが無かった、これほど、()()()()姿を見せるヒルツは。

 

『頼むよ。僕の目的、この星を壊すためにも、まだまだ過程なんだからさ。役立たずなら、君だって殺すよ。僕は――』

『――殺し屋(アサシン)、だろう? だが、それはお前もだ。精々、私の邪魔をする輩を潰してくれ』

 

 いつも通りのセリフを溢すヒルツは、しかしいつもとはまるで違って見えた。

 期待できないな。

 そう直感するコブラスの予感を証明するかのように、デススティンガーはこの数日後、ガリル高原でウルトラザウルスとの決戦を迎える。そして、デススティンガーは敗れ去るのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「デススティンガー、噂以上だな」

 

 必死の撤退を強行し、何とか一息つくことのできる位置まで退けたところで、ヴォルフは小さく呟いた。

 

「帝国と共和国が束になったところで、敵いやしない。我々の、完敗だな」

 

 切り札であるバーサークフューラーZはエナジーシステムの制限時間により時間稼ぎにしかならない。新鋭機であるエレファンダーもまるでおもちゃのように振り回された。ジェノリッターも通用しなかった。ディロフォースを始めとした鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の主力部隊も、いたずらに数を叩きつけたところで敵う筈がないことを証明するだけだった。

 ふう、とため息を吐くヴォルフは、しかしセリフとは裏腹に幾分すっきりとした表情であった。

 

「アラ、少し気分がよさそうじゃない? いいのかしらぁそんな態度で。ヴォルフ様?」

 

 バーサークフューラーZの横にダークスパイナーが着く。そう言えば、デススティンガーとヒルツの配下の部隊から逃げ切ったのは、スティンガーが起動に成功したダークスパイナーの恩恵が大きかった。

 

「此度は助かった。礼を言おう」

「話し逸らすんじゃないわよ。ガイロス帝国とヘリック共和国が苦労して、あんたは嬉しいのかしら? 案外、性格悪いわねぇ」

 

 隠しきれないか。

 ヴォルフは先ほどとは違う意味で嘆息した。この態度が両国の関係者に知れれば、下手を打てば国際問題に発展する。ルドルフ皇帝やルイーズ大統領ならば恩赦で許してくれそうだが、それ以外が黙ってはいない。

 

「脅しの種を見つけた、と言いたげだな」

「そうねぇ、これからも仕事を優先してくれる――ってのじゃぁ足りないわ。他に……」

「ならば、そのダークスパイナーを君に譲るとしよう」

 

 何気なく呟いた言葉に、先行するエレファンダーのコックピットでそれを訊いていたハルトマンが瞠目する。

 

「ヴォルフ様っ!? このような輩にダークスパイナーを!?」

 

 ダークスパイナーは、暗黒大陸の戦いで鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が得た貴重な成果だ。誰も乗りこなせない宝の持ち腐れ状態ではあったが、それを一介の賞金稼ぎ風情に――それも悪名高いスティンガーに譲るのは、些か以上に問題があった。

 

「そうやって、アタシを引き込もうって腹かしら」

「なんのことだ? 無償でダークスパイナーを譲ると言うのだが」

「とぼけんじゃないわよ。こんなどこにも出回ってないゾイド。その上、操縦系統どころか制御(コンバット)システムの構造が従来のゾイドとまるっきり違うじゃない。整備できるのは、今の所アンタらのとこ以外ないじゃないのよ」

 

 スティンガーは冷静にダークスパイナーを評価した。そして、それを受け取った末が鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に依存する、これまでよりも自由度の低い賞金稼ぎ生活だと冷静に分析をしている。

 こんな状況でもしっかり分析するとはさすがだな。そう、ヴォルフは自身の中のスティンガーへの評価を少し押し上げる。

 

「まぁ、貰えるもんはもらっとくわ」

「ほぅ」

「今の情勢考えたら、強力なゾイドを持っておくに越したことはないわ。それに、ダークスパイナー(コイツ)と賭けをしてるのよねぇ」

 

 そう言うと、ダークスパイナーは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とは別方向に足を向けた。

 デススティンガーに再戦を挑む、はありえないだろう。おそらく、このまま息を殺して騒動が収まるのを待つつもりだ。

 スティンガーは自分を理解している。

 デススティンガーの引き起こした騒動は、惑星Ziの存亡を賭けたものだ。惑星Ziに生きるすべてのものが力を合わせなければ到底解決できない。故に、ほんのわずかな勢力でも手を貸すべきだろう……。というのが、この事態に向き合っている者が出す結論だ。

 それは間違っていない。間違っていないのだが……どうやらスティンガーは、我々と()()()()をしたようだ。

 

「ヴォルフ様、我々は……」

「このままエリュシオンに帰投する」

 

 冷徹に告げたヴォルフの言葉に、一部の隊員が絶句する。

 

「ヴォルフ! 連合軍に合流しないの!?」

「ああ」

 

 アンナの詰問する口調に、ヴォルフは努めて平然と返した。

 良心が痛む。だが、ヴォルフにはこの後の展開がありありと想い描けた。

 

「このまま我々が合流したとして、何が出来る?」

「何がって……」

「共和国と帝国は、総力を挙げてデススティンガーとの決戦の準備を整えつつある。GFの秘密兵器ウルトラザウルスに加え、ドクター・ディの開発した重力砲(グラビティカノン)。おそらく、デススティンガーを倒すには十分だろう」

 

 その確信を、ヴォルフは今日の戦いで思い知った。件の重力砲(グラビティカノン)だが、その開発はドクター・ディが主導権を握っている。だが、その発想には鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の科学者、ザルカが居た。ザルカは暗黒大陸の戦いでギルベイダーに備えられた重力砲をその目で見ており、此度の騒動に際してドクター・ディに助言をしたのだ。

 それが表に出ていない理由は、ザルカは今でも帝国から手配されている身である、というからだ。

 

 そのザルカが開発したバーサークフューラーZは、エナジーシステムを併用した上でだが、デススティンガーに十分通用する力を秘めていた。

 そして、この戦いでデススティンガーの性能を把握したザルカは重力砲(グラビティカノン)で十分対処可能だと判断を下した。

 

「帝国と共和国で対処が可能ならば、我々が出張る必要はなかろう。ただ、介入しなかったら、それについて向こうの重鎮がうるさいからな。襲撃を受けた小村や町を周って、避難に努める。生存者の救助で、面目は保てるだろう」

「だけど……」

 

 アンナの声音から、大体言いたいことは分かった。そんな態度を取り続けて、ヴォルフ自身は、その精神(こころ)は、大丈夫なのか、と。

 正直に言えば、全く大丈夫ではない。自分たちの置かれている立場を氷の眼差しで見下し、その上で最良と思われる判断を迷わない。最良か、それとも最悪か、その結論は、事後に出すしかない。

 デススティンガーの脅威は強大だ。技術的には両国を上回っている鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は、積極的に解決に力を貸すべきだろう。だが、それで解決したとして、両国の上層部はどう思うだろうか。

 国でもない、ただの自治都市の管理組織風情が、自分たちよりも大きな顔をする。腹が立たない訳がない。

 此度の事件が解決した先に待っているのは、大きくなった鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)への圧力だ。そんなものは、もううんざりだ。

 

 ならば、最初から手を貸す必要などない。

 向こうで解決できるのなら、解決させればいい。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の技術力が余計な反感を買うならば、これ以上見せる必要はない。

 自身に力があるが故に反感を買うならば、隠すほかない。【能ある鷹は爪を隠す】。そうであるほかない。

 

 

 

「行くぞ」

 

 話を切り上げるように、ヴォルフはバーサークフューラーZの速度を上げる。

 それは、背に張り付く後悔を振り切る様に、ぎこちないものだった。

 




 ダークスパイナーのパイロットは少し迷いました。
 執筆中にリーゼ&ダークスパイナーの組み合わせもよくね? という意見を見かけましたもので……。まぁ、当初の計画通り、スティンガーです。

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